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絶対無敵! グレートマザー再び!! 5


「あ、あ、あの、お義母さま!」
「いらっしゃ……いえ、おかえりなさいませっ!」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ」
 「おかあさま」の言葉に込められた微妙なニュアンスを知ってか知らずか、大きな旅行鞄を持った百合子は緊張で身を強張らせている愛子と小鳩に軽く挨拶を返した。そう言われたところで緊張が解れるものでもない。二人は進んで百合子の荷物を持つと、ガチガチに緊張したまま彼女を居間へと案内する。横島の母の前で無様な真似は見せられない。むしろ、良いところを見せて印象を良くしたいと考えているのだろうが、そんな二人の様子に百合子は苦笑を浮かべ、後ろ姿を微笑ましそうに見守っていた。
 居間に到着した百合子は、まず待っていた一同の顔を見渡した。マリア、テレサ、カオス、それにタマモと薫。この辺りは既に見知った顔だ。かおりが立ち上がってペコリと頭を下げる。隣の魔理も慌ててそれに倣った。この二人も前回帰国した際に見た顔である。初めて見る桐壺と柏木に一瞬怪訝そうな表情をするが、今の目的は新しい義娘なので、彼等の事はひとまず置いておいて澪の姿を探す。
 ところが、横島の周りには薫とタマモ以外に見知らぬ少女達が三人も居た。その内の二人は薫がこの家に来た時の騒動で見掛けたような気もするが、よく覚えていない。
「……どの子が澪だい?」
 その言葉にビクッと反応し、隣の横島の背に隠れてしまった小さな影。どことなくタマモに似た髪形を見て、百合子はその子が澪である事に気付いた。
 兄との仲はそれなりに上手くいっている事が窺えるが、やはり前の家の事が忘れられないのだろう。百合子に対して怯えてしまっていた。仕方なく、先に他の二人、葵と紫穂について尋ねる事にする。
「ところで、そっちの二人は?」
「ああ、この二人は……」
「奥さん、それについては私の方からご説明しましょう!」
 横島が答えようとするが、その前に桐壺が割って入った。その事から彼女達もまた薫と同じB.A.B.E.L.の特務エスパーであると察した百合子。考えてみれば、そう言う理由でもなければ、薫と同じ年頃の少女がこの家に居て、しかも横島とも仲が良さそうにしている理由に説明がつかないだろう。
 桐壺と柏木の説明に耳を傾けてみると、やはり二人はB.A.B.E.L.の特務エスパーであった。しかも、薫と同じチーム、超度(レベル)7の『ザ・チルドレン』である。
「いやぁ、横島君にはウチの子達が大変お世話になってましてねぇ」
「―――と言うわけで、彼女達は地元の小学校に受け容れられる事になり、こちらから通わせていただいているんです」
「なるほど」
 横島と少女達の仲の良さを殊更に強調して話す桐壺。一方、柏木は書類も準備した上で、B.A.B.E.L.の活動の結果、小学校に通えるようになった薫達のため横島に協力してもらっていると説明した。
 両者の説明を聞き、百合子は柏木の説明が「建前」、桐壺の説明が「本音」であろうと判断した。身振り手振りも交えて若干大袈裟ではないかと言いたくなるほどに熱く語る彼からは、ある種の親馬鹿っぷりが伝わってくる。

 では、実際にはどうだったのか。彼女達がこの家で暮らすようになった経緯を振り返ってみよう。
 元々、実は生き別れの兄妹ではないかと騒動になった横島と薫。結局、血の繋がりはなかったと判明。その後も薫が彼を兄と呼び慕い、彼の家に入り浸るようになってから横島と少女達の関係は始まった。
 吹っ切れて思う存分に横島に甘える薫。幸せを満喫する彼女の表情は、満面の笑みに満ちていたのは言うまでもない。
 当初は週に一、二度泊まっていく程度であったが、徐々にその頻度は増えていく事になる。そうこうしている内に薫は思ったらしい。この幸せを自分だけで独り占めしていて良いものかと。そう、彼女には幼い頃から一緒だった二人の仲間がいたのだ。
 やがて、薫は葵と紫穂も連れて来るようになった。彼女達が初めて来た日を横島達は今でも覚えている。笑顔で二人を紹介する薫の影に隠れて緊張する二人。そう、あの紫穂さえもが頬を染め、もじもじとしていた。
 薫と同じ調子で二人の頭を撫でようとする横島。葵の方は耳まで真っ赤にしながらも、借りてきた猫のようにおとなしくされるがままになっていた。しかし、紫穂の方は神妙な面持ちでそれを手で制する。そして、玄関先で出迎えたタマモ達に対し、自分が『接触感応能力者(サイコメトラー)』であり、触れたものの心が読める事を告げた。
 横島はこの力の事を気にしないタイプだが、彼の家族もそうだとは限らない。瞳を閉じて顔を伏せる紫穂。これで受け容れられなくても仕方がない。そう覚悟を決めて顔を上げ、真っ直ぐを前を見据えると――そこには、何を考えたのか、興奮して鼻息を荒くした横島の手が迫っていた。
 直後、紫穂の前で繰り広げられたのは、その横島を全員掛かりで取り押さえる愛子達の一騒動だった。更には、皆揃って「教育に悪いから、読んじゃダメ!」と窘められてしまう。このリアクションは彼女にとって、それこそ予想外どころの騒ぎではない。
 結局『接触感応能力(サイコメトリー)』については有耶無耶になってしまったが、その後も彼女達が紫穂とのスキンシップを嫌がる気配はなかった。恥ずかしがったりする事はあったが。照れ臭そうに「今は読んじゃダメよ〜」とか言われても、それこそ聡い紫穂ならば読まなくても察しがつくと言うものである。
 数回通う内に、紫穂は迷うのも馬鹿らしくなり、横島家では横島以外には超能力を一切使わないと言う自分ルールを定める事になる。その後、更に数回通うと超能力を使わずとも、横島が何を考えているのかおおよそ見当がつくようになってしまった。遠慮がなくなり、今の紫穂のようになったのは、大体この辺りからだ。
 その頃には葵も、自分を普通の子供と同じように扱う彼等の態度を心地よく思い、横島家では『瞬間移動能力(テレポーテーション)』を使わずに、普通の子供として過ごすようになっていた。あくまで葵のイメージする「普通の子」であるため、傍目にはかなりの優等生になっているのはご愛敬である。

 この後の事だったりする。薫達三人が小学校に通えるようになったのは。
 つまり、三人がこの家に来るようになった理由としては桐壺の方が正しいのだ。とは言え、薫達がこの家から小学校に通っている事は事実である。B.A.B.E.L.の最重要人物である『ザ・チルドレン』がB.A.B.E.L.と無関係の横島に預けられていると言うのは色々と不味い。実は柏木の説明も、それを誤魔化すために用意された表向きの理由であった。

「と言うわけで、この二人もウチの子だ」
「そう言う事なのね」
 自信に満ちた表情で二人の肩を叩く横島の顔に、百合子は馬鹿息子が成長したものだと目を細める。この家の家主は横島だ。彼がそう言うのであれば、母と言えど自分が口出しする事ではない。
 実は、百合子は今日ここに来るまで、澪を引き取った事で問題が起きたりしていれば、自分が彼女を引き取りナルニアに連れ帰るつもりだったのだ。母親なのだから、当然であろう。
 しかし、いざ澪を見てみると、彼女は兄である横島に懐き、母である自分に怯えているような様子を見せている。そこで、事前に聞かされていた彼女がこの家に来る事になった経緯を思い出し、その反応も仕方がない事に気付く。むしろ、横島が彼女の心を開く事が出来ただけでも上出来であると言えよう。澪に会えば、新しい母親として思い切り抱き締めてやろうと思っていた百合子だったが、これならばもう少し彼女がこの家の生活に慣れるまで、適度に距離を保った方が良いのではないかと考え直す。
 百合子は空いていた席――横島達の向かいの席に腰を下ろした。横島の陰からチラチラと百合子の様子を伺っている澪と目が合う。ニッコリと微笑み掛けてみると、彼女はサッと横島の背に隠れてしまった。しかし、しばらく見ていると再び顔を覗かせる。やはり、怯えてはいるが、嫌われているわけではない。
「そ、それじゃ、夕飯にしましょうか。今日はお義母様が帰ってくると言うことで、お鍋にしました」
「そんな気を遣わないで、いつも通りで良かったのに」
「それじゃ、私達もご馳走になろうかネ」
 そして、百合子、桐壺、柏木を交えた横島家の夕食が始まった。タマモや薫達は百合子の存在をさほど気にしてはいなかったが、愛子達にとっては緊張感溢れる時間の始まりである。
 百合子も彼女達の異様な雰囲気を感じ取っていた。別段姑を気取るつもりもない百合子だったが、こうなると料理に対してもどう反応したものかと悩んでしまう。こんな時こそ、フォローするような甲斐性を見せろと息子に視線を向ける。しかし、彼は甲斐性は甲斐性でも、甲斐甲斐しく澪の世話を焼き、それを見て自分もと甘えてくる薫に手一杯でそれどころではない。
 桐壺はそんな微妙な空気に気付かず、カオスと共にビールを飲んで上機嫌であった。柏木と紫穂の二人、それに六女代表でここに残っていたかおりと魔理の四人はそれに気付き、苦笑いを浮かべながら百合子に同情的な視線を送っている。タマモも当然気付いていたが、こちらはどこ吹く風だ。澪の世話を横島が引き受けてくれているため、思う存分だらけきっていた。
 鍋料理にしては、やたらと凝っていると感じてはいた。そう言う事かと事情を察し、そして諦めた百合子は、鍋を突付きながらも彼女の達の手を加えたであろう鍋の具一つ一つにコメントをしていく。自分が作った物が良いと褒められた時は、マリアさえもが無言でグッと拳を握り小さくガッツポーズするほどだ。愛子達も今日一日大変であったが、百合子もまた大変であった。気分はまるで料理学校の先生である。

 幸い、無理に褒めなければならないような料理はなく、一部緊迫した空気が流れていたものの、全体的に見れば和やかに夕食は終わった。
 食事を終え、お茶を飲んで百合子はようやく一息つく。ナルニアでは夫と二人暮らし。その夫も最近忙しく、一人で食事をする事が多い百合子にとって、久しぶりの賑やかな食事であった。
 長年主婦をやってきた自分ほどではないにせよ、この家で毎日料理をしているためか、皆手馴れている印象を受けた。ずっとカオスの下で家事を担当してきたマリア。元より一通り家事は出来るように作られているテレサ。病弱な母の代わりに家庭を支えてきた小鳩。それに比べて経験の浅い愛子は相当な努力をしたのではないだろうか。皆、馬鹿息子にはもったいなさ過ぎるお嬢さん達だと言うのが百合子の結論である。

「なぁ、母ちゃん。父ちゃんはどうしたんだ? そんなに仕事忙しいのか?」
 一息ついたところで薫が問い掛けてきた。
「ああ、父さんは仕事で新しい事始めたの。それで色々とやる事が多くてね。まだ休みが取れそうにないのよ」
「新しい事?」
 好奇心をくすぐられた薫が、興味を持って更に尋ねてくる。
 百合子は教えて良いものかと考えた。新しい事と言っても、既にナルニアの現地ではスタートしている事だ。それに、薫達にとってもこれはある意味他人事ではない。ここにはB.A.B.E.L.の桐壺達もいるが、教えても特に問題はないだろうと、大樹が今何をやっているのか、薫達に教えてやる事にする。
「父さんはね、超能力者を集めた警備隊を作ったのよ」
「何ですとっ!?」
 薫達が驚くよりも先に、桐壺が驚いて立ち上がった。薫達はその大声にビックリである。
「そ、それは本当なのかネ?」
「ええ。最近、世界中で超能力者が増えてるそうじゃないですか」
「魔王アシュタロス降臨以降、超能力に目覚める人間が増加傾向にあると言われていますね」
 百合子の言葉を柏木が補足する。その話は桐壺も聞いた事があった。
「しかし、そのほとんどが超度の低い者達と聞いている。高くとも、超度4程度だと」
「それでも、一般人には脅威ですよ。超能力に目覚めてしまったおかげで職を失い、生活苦からゲリラに身を投じる者も結構いますし」
「ム……」
 百合子の言葉に桐壺は言葉を詰まらせる。B.A.B.E.L.のお膝元である日本ではなくナルニアの話だが、その話は紛れもなく超能力者達の現状についてフォローし切れていない社会の限界と言う現実を表していた。
「ナルニア支社は、希少金属(レアメタル)鉱山とか持ってるからね。結構、武装ゲリラとかに狙われるのよ」
「って事は、超能力者とかが襲ってくるのかよ」
 横島の問いに百合子は頷いた。父親がナルニアでどんな仕事をしているのか興味もなかった横島だが、その話を聞くと大変な仕事なのだなと今更ながらに思う。薫達も任務で犯罪行為に手を染める超能力者と戦う事はしょっちゅうなので、真剣な表情でその話に聞き入っていた。
「その対抗策として父さんが考えたのが、生活苦からゲリラに身を投じた超能力者を、こっちで生活を保障して雇ってしまおうって計画なのよ」
「すげー事考えたんだな、父ちゃん」
「超能力と言えば、すぐにB.A.B.E.L.が出てくる今の日本じゃ考えられへんなぁ」
 これは日本ほど超能力者を管理保護する組織、法整備が整っていないナルニアだからこそ出来る事であろう。仮に日本で出来たとしても、超能力者をまとめて雇おうと考える者が果たして現れるだろうか。
 超能力者にしてみても、警備の仕事は危険だろうが、それは武装ゲリラも同じだ。それならば、警備の仕事に就いて真っ当に良い暮らしをした方がマシと言うものである。
 新たに警備隊を組織し、人員を集めたりと様々な準備を整える。大樹はそれらを全て行わなければいけない。武装ゲリラは待ってくれないので、出来るだけ早い内に。大樹と百合子の帰国が遅れたのはこれが原因であった。
 日本ではGS協会、オカルトGメン、そしてB.A.B.E.L.が人材の取り合いをしているが、ナルニアではそれを警備部隊と武装ゲリラで行っているらしい。
「例の『普通の人々』が超能力者殲滅に協力するって言ってきたらしいけどね。その話聞いて、逆に思い付いちゃったそうよ」
「親父らしいと言うか……でも、放って帰国して大丈夫なのか?」
 百合子の目がなければ、大樹はまた浮気するのではないだろうか。心配する横島をよそに百合子は全く心配していないようで、あっけらかんと笑って答えた。
「大丈夫よ。最近雇った超能力者なんだけど、生真面目が服着て歩いてるような人がいて、その人をお目付け役に残してるから」
「あの親父に対抗出来るって、どんなヤツだよ」
「元・紛争地域専門の民間警備会社で傭兵やってた超能力者でね、名前はヤマダ・コレミツ。クロサキ君とはまた違ったタイプだけど、頼りになるわよ」
「ふ〜ん」
 男の話には興味のない横島は、その話を軽く聞き流した。澪はその名前を聞いて心に引っ掛かるものを感じたが、特に聞き覚えの無い名前だったので、気のせいだろうとすぐに忘れてしまう。
「その話、もう少し詳しく聞かせていただきたいですナ!」
 一方、桐壺はこの話に食いついた。これまで日本では、超能力犯罪に対する警備が必要となればB.A.B.E.L.の特務エスパーが出張るのが当然であった。他に方法がなかったとも言える。
 民間企業が超能力者の警備部隊を雇う。日本でやるには色々と問題がありそうだ。しかし、一言で言えば想定外。それが新しい共存の形である事は確かであった。
「奥様、超能力者を養子に迎えた御家庭に、B.A.B.E.L.から注意事項等の説明も御座いますので―――」
「それなら、話しついでにそっちの話も聞きましょうか」
「ええ、是非」
 そう言ってニッコリ微笑むと、柏木は片付けられたテーブルの上に冊子と書類を広げていく。それを見て薫達は面倒臭そうだと逃げの体勢に入る。横島にとっても、それは既に澪を引き取る際に聞かされた話だ。もう一度最初から聞く気にはなれないので、ここは百合子に任せて自分達は居間から退散する事にした。
「あの、私達も聞かせてもらっていいでしょうか?」
 そう申し出たのはかおり。超能力者の問題はGSを志す彼女には直接関係はないが、後学のために聞いておきたいようだ。魔理は面倒臭がったが、かおりに手を引かれて一緒に話を聞く事になる。

「あら、忠夫」
 横島達は、廊下に出たところで、丁度洗濯したタオル等を抱えたテレサと鉢合わせになった。
「話聞かないで退散するなら、先にお風呂済ませちゃったら?」
「う〜ん、そうするか」
「それじゃ、お願いね」
 テレサの提案に了承の返事を返すと、彼女はニッコリ笑って抱えていた洗濯物をまとめて横島に押し付けた。今から風呂場に持っていくところだったらしい。風呂に行くなら、ついでに持って行ってくれと言う事だ。
 その場に居たのは横島、薫、葵、紫穂、澪、タマモの六人。いつもは、横島と薫、葵と紫穂、澪とタマモと二人ずつの三組に分かれて入っている。ところが、今日は澪が横島のシャツの裾を掴み、何か言いたげな表情で彼を顔を見上げていた。
「どうした?」
「あ、えーっと……」
 そこで口ごもる澪。彼女と会話をしていると、こんな事が度々ある。この事から横島達は、彼女を引っ込み思案だと思っていたが、どうやらそうではない事が分かってきた。
 この家に来るまでほとんど会話らしい会話をした事のなかった澪。そのため、自分の気持ちを伝えるのに、どう言えば良いのか分からなくなる事が多々あるらしい。口ごもるのはそのためである。根が照れ屋な事もあって俯いてしまうため、傍目に見ている横島達は彼女が引っ込み思案であると勘違いしてしまったと言うわけだ。
 では、今回の澪は、何を言いたいのかと言うと―――

「お、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、一緒にお風呂に入ってあげてもいいわ!」

―――いつも、横島と薫の二人が仲良く入浴しているのを、こっそり羨ましく思っていたらしい。
 すかさず薫がツっこむ。
「……お前、ツンデレるにしても、それはベタ過ぎるだろ」
「えぇ!? 何か変だった?」
「いや、変も何も。一緒に風呂入りたいなら素直にそう言えよ」
「は、恥ずかしいじゃないっ!」
 顔を真っ赤にしてそっぽを向く澪に、薫は呆れた様子だ。姉妹と言う感じではないが、仲の良い友人同士のようではある。
 横島としては特に拒む理由もない。いつも薫が一緒なのだから、もう一人面倒見るぐらいは容易いだろう。問題があるとすれば、澪の本当の父であるハニワ兵、澪父が怒ったりしないかどうかだが、テレサへフォローを頼むと目配せすると、彼女はすぐに任せておけとサムズアップして答えてくれた。テレサだけでは少々不安だが、澪自身が望んだとあればマリアやハニワ子さんもフォローに回ってくれるだろう。これで後の事は大丈夫なはずである。多分。
「それじゃ、今日はタマモはんも忠夫はんと一緒か?」
「え゛? ……いや、私は遠慮するわ」
 急に話を振られて、戸惑いながらも拒むタマモ。
「それなら、私達と一緒に入る?」
「そうねぇ〜……」
 紫穂からの誘いに了承の返事を返そうかと思っていたその時、テレサが横島に何やら耳打ちをする。
「そう言えば、タマモと澪なんだけどさ。お風呂から上がってきても、あんまり髪が濡れてなかったりするのよ」
「なに?」
「ほら、澪ってタマモの真似するでしょ。あの子って烏の行水じゃない」
「あ〜、そういや言ってたな。自分で」
 その内容は、タマモと澪の二人が、入浴中にちゃんと髪や身体を洗えてないのではないかと言うものであった。流石にまったく洗っていないと言う事はないだろうが。
「どれ」
 横島は澪の髪に指を通してみる。突然の行動に澪は驚いた様子だったが、拒む事はなくされるがままになっている。続けて、薫、葵、紫穂の順に同じようにしてみると、髪質の差こそあれど、やはり澪の髪が一番指通りが悪く痛んでいる印象を受ける。
「んで、お前はどうなんだ?」
「私も?」
 最後にタマモの髪にも指を通してみて、横島は驚いた。
 指触りの良いサラサラの髪。薫達に比べても遜色なく、一番手入れしているのではないかと思えるほどだったのだ。
 薫達もこぞってタマモの髪を触らせてもらい、その滑らかさに驚きの声を上げる。九尾の狐の尻尾にあたる九本のおさげは、たちまち薫達のオモチャになってしまった。
「なんで、こんな髪キレイなんだ?」
「当たり前でしょ。あんたら人間の髪とは違うんだから。私の場合、コンディションは妖力次第だし。それで毛づやぐらい変わるわよ」
「な、なるほど……」
 つまり、人間である澪がタマモのものぐさを真似していても、彼女と同じようにはいかないと言う事だ。やはり、誰かが――この場合は横島が教えてやるしかないのだろう。愛子は机があるからダメだとして、小鳩に任せると言う手もある。しかし、それでは少し遅いだろう。澪が彼女と一緒にお風呂に入れるぐらいまで慣れるには、まだ時間が掛かりそうだ。
「それじゃ、今日は三人で入るか。俺達が先でいいか?」
「いいわよ、私達は後で入るから」
 愛子達は片付けがあるし、百合子は桐壺と柏木と話をしている。結局、先に横島達三人、続けてタマモ達三人がお風呂に入る事になった。


 風呂場に入る横島、薫、澪の三人。薫は横島の腕にしがみ付き、澪もそれを真似して反対側の腕にしがみ付く。やはり、澪は人前で裸になる事に躊躇がないようだ。タオルで身体を隠そうともしない。そうでなければ、あんなボロボロのシャツで外に出たりは出来ないだろう。
 もっとも、タオルで身体を隠そうともしないのは薫も一緒である。ただ単に二人の性格なのかも知れない。
 葵はきっと恥ずかしがるに違いない。紫穂もやはり身体は隠すだろうが、恥ずかしがりはしない気がする。そこから更に一歩どころか百歩ほど進んで誘惑してくる可能性すら考えられるから侮れない。

 閑話休題。

「澪、とりあえず一人でやってみろ」
「わかった」
 まずは、澪が一人でどれぐらい出来るのかを見てみる事にする。
 その姿を後から見守っていると、身体を洗う動きはもそもそと手慣れていない感じがするものの、特に問題はなさそうだ。
 しかし、頭の方はさっと流すだけだった。確かに、土埃程度ならそれで流す事が出来るだろう。横島自身もそう変わらないためあまり人の事は言えない。しかし、薫は意外にも髪の手入れには気を使っており、横島はいつもその姿を見ている。そのため、澪のような女の子の場合は、それだけではいけないと言う事が横島にも理解出来た。ちなみに、薫が髪の手入れに気を付けるようになったのは、葵、紫穂の影響らしい。
 自分ではこれで洗い終えたと思っている澪が、振り返って問い掛ける。
「……どう?」
「頭の方を、もっとちゃんと洗わないとな。今日は俺が洗ってやる」
「あ、ありがと」
 横島は澪の後ろに移動して、薫のシャンプーを借りて彼女の頭を洗い始める。自分のならばガシガシと思い切り洗うところだが、澪にもそうするわけにはいかない。優しく爪を立てないよう、マッサージするように澪の頭を洗っていく。
 澪は無言でされるがままであったが、目を閉じ気持ちよさそうにしていた。
「ほい、おしまい」
 最後に頭を下げさせて、泡をすすぎ落として終了だ。頭を洗い終え、今までにないぐらいにすっきりした頭に澪は目を丸くしている。
「……で、お前は何をしている?」
 ふと隣を見てみると、いつの間にか薫が澪と並んで座り、横島の方を見て目を輝かせていた。何を言いたいのかはだいたい分かる。自分も横島に洗って欲しいのだ。澪が横島と薫の仲を見て羨ましく思っていたように、薫もまた横島に頭を洗ってもらう澪を見て、羨ましくなったのだろう。
「お前は自分で出来るだろ」
「なに言ってんだよ。兄ちゃんにやってもらうからいいんじゃねーか。代わりにあたしが背中流してやるからさ♪」
 そう言って唇を尖らせる薫。どうにも引き下がってくれそうにない。
 横島は一つ溜め息をつくと、続けて薫の頭も洗ってやる。澪はその姿を湯船に浸かりながら見ていた。
 血の繋がりも、戸籍上の繋がりも無い妹、薫。彼女はその事を気にして悩んでいたが、戸籍上の妹である澪から見た二人の姿は、しっかりと兄妹である。澪も羨むほどに。
 やがて頭を洗い終え、二人は場所を入れ替えて、今度は薫が横島の背を洗い始めた。それはもう嬉しそうな笑顔で。
 それを見ていた澪は、いてもたってもいられずにザバッと湯船から立ち上がる。
「あ、あたしも手伝ってあげるわ!」
 突然の申し出に、ポカンと大きく口を開けていた薫。状況を理解すると、澪を手招きして呼び寄せる。
 そして余っていたタオルを彼女に手渡すと、ニッと白い歯を見せて笑い、こう言い放った。
「澪、これが『妹道修行その二』だ!」
「う、うん、分かった。頑張る!」
 相変わらず言葉の意味はよく分からないが、兄の背中を流す事が、薫の言う『妹道』であるらしい。
 澪は石鹸で泡だったタオルを手に、神妙な面持ちでコクリと頷くのであった。


 入浴を終えて三人で居間に戻ると、丁度百合子達が話を終え、桐壺と柏木の二人が帰るところであった。桐壺はアルコールが入っているが、B.A.B.E.L.の車が迎えに来ているので問題は無い。
 色々と勉強になったかおりも満足そうである。彼女にとっては百合子の話よりも超能力者の子供を引き取った家庭を取り巻く現実、柏木の説明の方が有意義な話だったようだ。一方の魔理は半分も理解出来ずに頭が茹で上がった状態であった。彼女達はB.A.B.E.L.の車で家まで送ってもらう事になっている。
「いやー、良かった! キミは本当に良い家族に引き取られたヨ! ウン!」
 村枝商事のナルニア支社で結成された超能力者による警備部隊の話はとても有意義なものだったらしい。桐壺は目に見えて上機嫌であった。有無を言わさぬ勢いで澪の肩を掴み、ガクガクと肩を揺さぶる桐壺。ハイテンションである。
 すぐさま柏木が引き剥がし、横島が二人の間に割って入る。相当酔いが回ってきているらしい。上機嫌なままの桐壺は、鼻歌を歌いながら車に乗せられ、そのままB.A.B.E.L.へと帰って行った。

「まったく、大変だったな」
「まー、あたしの念動能力に掛かれば、局長の一人や二人、どーって事ねぇけどな!」
 桐壺を運ぶような力仕事は、横島と念動能力者(サイコキノ)である薫の仕事だ。二人は門の前まで出て車に乗って帰って行く桐壺達を見送る。
 一方、玄関先には澪と、百合子の二人が残されていた。澪はどうしてよいのか分からずに俯いてしまい、百合子もその俯いた頭を見ながら、どう声を掛けたものかと頭を悩ませている。出来れば、彼女がこの家での生活になれるまで刺激しないようにしておきたかったが、奇しくもここで二人だけになってしまった。

 澪の頭の中では様々な感情が渦巻いていた。
 百合子は、あの女とは違う。頭では分かっているのだが、身体が言う事を聞いてくれない。でも、きっと横島は澪と百合子が仲良くなる事を望んでいるだろう。
 怖い。ここから逃げ出したい。しかし、それではいけない事も澪は理解していた。百合子の事を何も知らないから怖いのだ。この恐怖を打ち消すには百合子の事を知らなければならない。
 その時、澪の脳裏に一筋の光が差し込んだ。
 何も知らないのではない。一つだけ、百合子について分かっている事がある。それは横島達が百合子の事を信じていると言う事。横島の事は少しずつではあるが、優しい兄である事が分かってきた。
 百合子を信じる横島の事は信じてもいいかも知れない。そう思い至った澪は、何かを決意したように顔を上げ、百合子の方へと向き直る。そして、少しはにかんだ表情で、おずおずと百合子へと右手を差し出した。

「あ、あの、澪……横島澪です」

 いきなり澪の方から話し掛けられたため、百合子は一瞬呆気に取られてしまった。しかし、すぐに気を取り直して、差し出されたその手をぎゅっと握る。手が触れた瞬間、澪はビクッと肩を震わせたが、手を引っ込める気配は無い。
 百合子はにんまりと笑ってこう返した。

「私は横島百合子。あなたの新しい母親よ」



つづく





あとがき
 澪の父親がハニワ兵である。
 澪が横島家の養女となる。
 B.A.B.E.L.が、超能力者の子供を養子を迎えた家に説明等のアフターケアをしている。
 ナルニアは、日本ほど超能力者を管理保護する組織、法整備が整っていない。
 ヤマダ・コレミツが村枝商事ナルニア支社の警備隊に雇われている。
 タマモの毛づやは妖力次第。コンディションによって変わる。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格など、いなり寿司が好き等の設定は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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