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絶対無敵! グレートマザー再び!! 8


 横島は誰かに揺さぶられて目を覚ました。寝ぼけた頭でまだ早いのではと考えたが、今日は除霊の仕事があった事を思い出す。
 起こし方が緩やかだ。これが薫ならばドスンと上に飛び乗って来ているだろう。少し控えめに揺さぶってくる小さな手。これは澪だろうか。横島は寝ぼけ眼のままその小さな身体を抱き寄せ、頭を撫でる。そして、いつも薫にやっているように頬におはようのキスをした。
「ん……?」
 ここでふと違和感を覚える。頭を撫でる手に感じる髪の感触。澪はこんなに髪が長かっただろうか。
「た、忠夫はん……」
 腕の中から聞こえてくるか細い声に、横島はぎょっと目を見開いた。一気に眠気が覚めて今抱き寄せたのが誰であるかを確認する。
「………」
 顔を真っ赤にしてあわあわと呆けている長い黒髪の少女。なんと、横島を起こそうとしていたのは澪ではなく葵だったのだ。
「え、え〜っと……」
「……あ、あの」
 至近距離で見つめ合ったまま動けなくなる二人。横島はだんだんと昨夜の事を思い出し始めていた。そう、昨夜は澪が勇気を出して百合子と一緒に寝ると言い出したので、薫がお姉さんぶってそれに付き合ったのだ。
 そのため横島の部屋には葵と紫穂の二人が残り、紫穂がならば今日は自分達が横島の隣で寝ると言い出した。当然、葵は恥ずかしがって断ろうとしたが、結局紫穂に押し切られる形で三人並んで眠る事になる。そして朝になり、一足先に目を覚ました葵が横島を起こそうとしたところで、先程の出来事が起きたと言うわけだ。
 横島がどうするべきかと頭を捻っていると、彼よりも先に葵の方が動いた。
「えっと、その……今日は特別やからなっ!」
 真っ赤な顔をしたままそう言うと、目を瞑って横島の右頬にその小さな唇を勢い良く押し付ける。そして、横島が反応出来ない内にバッと立ち上がると、そのまま踵を返して部屋を出て行ってしまった。いきなりビンタをされたりしない分、葵の優しさを感じると言うべきだろうか。
「フフフ……見たわよ、忠夫さん」
 呆然としたまま、出て行った葵を見送っていると、背後から小悪魔の声が聞こえていた。振り向いてみると、いつの間に目を覚ましていたのか横になったままの紫穂が悪戯っぽい目をして横島を見上げている。
「お、起きてたの?」
「面白そうな気配がしたから目が覚めちゃった」
 どうやら一部始終を見られてしまっていたらしい。
 身を起こした紫穂はそのまま横島の胸にしなだれ掛かる。そのまま横島の首に腕を回し、彼の左頬に長々とおはようのキスをした。
「ただの挨拶なんだから、葵ちゃんもあんなに恥ずかしがる事ないのにね」
 そして、唇を離した彼女はこう言った。葵に比べて余裕綽々である。薫がいないため、彼女もまた「今日は特別」と言う事だろうか。
「ねぇ、横島さんからは?」
 紫穂はそう言って目を瞑り、人差し指で蕾を指差す。流石の横島も何が言いたいのか理解出来た。横島はしょうがないなと頭を掻きつつ、紫穂にもキスをする。ただし、唇ではなくその頬に。
「……意気地なしね」
 余裕のある笑みを見せた紫穂は、ちょっと唇を尖らせてすねてみせた。しかし、その態度とは裏腹にそれほど怒ってはいないようだ。むしろ、満更でもなさそうな様子である。
「そう言う事は、もっと大きくなってからにしろ」
「分かったわ。もう少し待っててね♪」
 紫穂を窘めようとする横島だったが、彼女はそれをあっさりと躱してしまった。それどころか、「ねぇ、そろそろ着替えたいんだけど」と言って自分のパジャマに手を掛けて見せる。パジャマのまま部屋の外に出る薫達と違い、彼女は着替えてから部屋を出るのだ。実際に脱ぐ訳ではなく、ボタンに手を掛けるだけで紫穂はくすくすと笑っている。
 薫や澪は横島の前でも平然と着替える。葵は恥ずかしいので薫の部屋に入って間の襖を閉めて着替える。紫穂はどちらかと言うと葵に近いのだが、襖を完全に閉じていなかったり、色々と横島をからかって楽しんでいた。ここまでやられると却ってムキになってしまいそうなものだが、紫穂は先程のキスの要求といいそれを狙っている節がある。ここで乗ってしまう訳にはいくまい。横島は彼女の笑い声に見送られながら、そそくさと部屋を出るのだった。


「おはよう〜、横島くん〜。今日は〜、よろしくね〜」
 横島達が出発の準備をしていると、余所行きの服でおめかしした冥子が、おキヌ、かおり、メリー、美菜の四人を伴って横島の家を訪ねてきた。冥子は白を基調にしたロングスカートのワンピースに、同じく白い鍔の広い帽子を被っている。スカートの裾にはフリルがあしらわれており、胸元には可愛らしいアクセサリーが光る。その姿はまるで、ピアノの発表会か友達の誕生日会にお呼ばれした少女のようだ。
「え、えっと、私達の方が引率されるんですよね?」
「一応、そのはずだけど……」
「ハハハ、ほら、あれよ。本当の引率は横島さんって事で」
 ただし、冥子は小学生などではなくれっきとした成人女性。ここに並んだ五人の中で一番の年長者である。おキヌ達は除霊実習と言う事で、流石にまだ霊衣に着替えてこそいないものの、しっかりした格好をしているだけに、余計に冥子の子供っぽさが際立っていた。
「すぴー……」
 そして、美菜は立ったまま寝ていた。普段から眠そうにしている彼女だが、朝には特に弱いらしい。

「冥子ねーちゃん、またスゴい格好だな……」
 玄関で出迎えた薫も、冥子相手には飛び付こうとはしない。続けて出てきた横島と一緒に微妙な表情をしている。どうやら兄妹揃って、彼女に対してはセクハラしようと言う気にはなれないようだ。そのほんわかした雰囲気に呑まれてしまっている。
「横島くんの方は〜、準備〜出来てる〜?」
「え、ええ、後は出発するだけですけど……その、後ろのは何ですか?」
 冥子達の後ろには、閑静な住宅地には不釣り合いな大きなバスが停まっていた。しかも、内装が豪華な所謂サロンバスである。おキヌから話を聞いたところによると、彼女達は六女の校門前に集合し、このバスに乗って横島の家まで来たそうだ。正面から見えるネームプレートには「六道家御一行様」と書かれている。
「お母様が〜、用意して〜くれたのよ〜」
「は、はぁ……」
 流石の横島も、呆然として二の句が継げない。昨日、六道夫人は準備は任せて欲しいと言って帰っていったが、まさかここまでやるとは思わなかった。六女は学校の行事として除霊実習を行っているが、サロンバスを使うなど聞いた事もない。
「なんやこれは……」
 澪、葵、紫穂の三人を連れて出てきた百合子が、バスを見上げて呆れ果てていた。
 本来、除霊の現場に立てないかおり達のために、除霊実習と言う事にして一切の責任は六道家が負うと言う話は聞いていた。しかし、ここまでやるとは聞いていない。この依頼は元々横島が受けたものだ。しかし、これではまるで六女の除霊実習に横島が付いて行くようではないか。
「ここまでやるメリットがあるって事か……」
 百合子は静かに呟いた。澪と葵が敏感に反応し、抱き合って震えている。紫穂は接触感応能力(サイコメトリー)を使うまでもなく、百合子と同じようにサロンバスから六道夫人の思惑を感じ取っているようだ。面白くなさそうな表情でバスを見上げている。

 今回の依頼について整理してみよう。
 かつて令子のお得意様であった元・地獄組の組長からの依頼だ。横島は依頼を受ける際に霊障の内容をあまり確認していなかったが、夜な夜な彼の枕元に悪霊が現れるらしい。
 報酬は現場である別荘そのもの。二度もトラブルに巻き込まれた別荘など、もういらないと言う事なのだろう。
 当然、その報酬はこの依頼を引き受けた横島が受け取る事になっている。共同で除霊する冥子が必要なのは、依頼を成功させたと言う実績だ。この事については既に六道夫人と話が付いていた。
 つまり、今回の案件から六道夫人が得るメリットは「冥子の実績」だけだ。「実習生の経験」もメリットと言えるだろうが、夜な夜な現れる悪霊を除霊するだけでは、横島が一人でさっさと終わらせてしまいそうなので、それこそ現場の空気を肌で感じられる程度でしかない。
 にも関わらず、彼女はこのサロンバスに今日の宿泊先まで用意してくれている。百合子にはそれが引っ掛かって仕方がなかった。六道夫人にとって、この一件はそれだけの投資をする価値があるのかと。
「忠夫さん、随分とあのおばさまに気に入られてるみたいね」
「まぁ、六道家にとっちゃ大した事じゃないんだろうな。知ってるか? 冥子ちゃんの家、白鳥型の自家用クルーザーとかあるんだぞ」
「へ、へぇ、そうなの……」
 横島は、その辺りの細かい事は気にしていない様子だ。令子に連れられて六道家を訪れた事があるため、その非常識さを身に染みて知っているからであろう。妙神山の様な試練を受ける修行場と言うのは日本各地に幾つかあるが、六道家の場合は自宅の庭にそれがあるのだから。

「忠夫〜、ねぼすけ子狐連れて来たわよ〜」
 例の霊視メガネを掛けた『知的な』テレサが子狐の姿をしたタマモを頭の上に乗せてやってきた。タマモはまだ寝ているらしい。こちらも、いつもの事である。
 続けて愛子と小鳩も旅行用の大きなカバンを持ってやって来た。更にその後にマリアがいくつかのカバンを持って現れるが、これは百合子や薫達の分で、マリア自身はカオス、ハニワ兵達と一緒に留守番である。
「お〜い、テレサ。これを忘れとるぞ〜」
「う゛……」
 家の中から聞こえてきたカオスの声に、テレサは呻き声を上げる。
「ん、神通手袋を忘れたか?」
 神通手袋と言うのは、カオスが破魔札と同じ要領で霊力を込めた手袋の事だ。使えば使うほど込められた霊力が減ってしまう使い捨ての除霊具だが、これを使えば素人でも霊体に触れられるようになると言う、カオスが作ったとは思えない優れ物である。
「いや、それはポケットに入れてるんだけど……」
 しかし、どうやらそれではないらしい。横島が玄関の方を見ると、カオスが紙袋を持って現れた。
「なんだそりゃ?」
「お主らが前に言うておった、新しい除霊具じゃよ」
 テレサが受け取ろうとしないので、代わりに横島が受け取って中を確認してみた。薫も念動能力(サイコキネシス)で身体を浮かせて彼の背に飛び付くと、肩越しに中身を覗き込む。
「ん? これは……白衣か?」
「にいちゃん、底にも何か入ってるぞ。ストッキングだ」
 紙袋に入っていたのはテレサ用の白衣とストッキングであった。メガネを掛けた知的なテレサのために横島が要望した対霊防御用の白衣と、対霊攻撃用にテレサが要望した神通ストッキングである。
「流石はカオス、パーフェクトだ」
「すげぇぜ、じいちゃん!」
「フッ、任せておけい」
「こいつらは……」
 兄妹揃ってサムズアップしてみせる横島と薫。対するカオスは自慢気に笑ってみせる。そんな三人を見ながら、テレサは何も出来ない自分の無力さを噛み締めていた。彼女の場合、悪霊を相手にするには対霊装備が必須なので、用意された除霊具は必ず身に着けなければならないのだ。

 とにかく、横島の家からは横島に除霊助手のテレサとタマモ。それに、百合子、薫、澪、葵、紫穂、愛子、小鳩の付き添い組の合計十人。六女からは冥子におキヌ、かおり、メリー、美菜の五人、総勢十五人が今回のメンバーとなる。
「それじゃ〜、行きましょうか〜」
 全員揃ったところで、冥子に促されて次々にバスに乗り込んでいった。
 中に入ると六道家に雇われた運転手が待っていた。年配のベテランドライバーである。座席は前方に前を向いた通常の座席が並んでおり、後方はテーブルを囲むように席が並んでいた。前方の席は左右の列それぞれに二つの席が並んでいるのだが、前から二列だけは入り口側の席が一つだけになっており、その席の前に冷蔵庫がある。
 このようなバスに乗るのは初めてである薫達は、当然後方の席に座りたがった。嬉しそうに横島の手を引いて行く。
   最後列は前を向いた五つの席が並んでいた。横島はその真ん中に座らされて、その左側に澪、葵。右側には薫、紫穂が並んで座る。澪はタマモの事も気になったようだが、タマモは子狐の姿で眠ったままだったので、百合子が預かる事になった。
 テーブルを囲む席は、最後列の五つを除くと左右四つずつの計八つだ。テレサが百合子、タマモと共に前方の席に向かったので、残りは七人。争い事が起きる事なく席は決まった。
 それにしても前方の席がほとんどガラ空きである。もう少し小さいバスでも良かったのではないだろうか。百合子は主婦の感覚でもったいないと思ったが、六道夫人にしてみれば、それこそケンカする事なく席が決まるのであれば、これぐらい安いものなのであろう。
「これなら、宿泊先も期待出来ると言うか、怖いと言うか……随分と豪勢な旅行になりそうねぇ」
「ま、いいんじゃない? 後になって経費請求してくるようなセコい真似はしないわよ。忠夫、飲み物は何かいるー?」
 膝の上で眠るタマモの頭を撫でながら、百合子は大きな溜め息をついた。隣のテレサはこの事態をあまり重く受け止めていないようで、席を立って冷蔵庫を覗き込みながら、横島達に飲み物の注文を取っている。なかなかに気の利く秘書振りである。メガネは伊達ではないと言う事だろうか。度は入っていないので、伊達メガネである事は確かなのだが。

 そんなテレサの様子を見て、横島の右斜め前の席に座っていたおキヌがおずおずと問い掛けた。
「あ、あの、横島さん。その、テレサさんから名前で呼ばれてるんですか?」
 いつの間にか、テレサの呼び方が「横島」から「忠夫」に替わっていた事に驚いたようだ。
 すると、横島は左手で澪の方をぐっと抱き寄せ、右手で彼女の頭を撫で回しながら答えた。突然の兄の行動に澪は驚いたようだが、嫌どころか嬉しいのでされるがままになっている。
「ああ、澪のヤツが家族なのに名字で呼び合うのはややこしいって言ってきたんだ。こいつも『横島 澪』だし。最初は澪達だけだったんだが、薫達が他の皆にも勧めだしてな〜」
「私は雇われの身だから、最後まで抵抗したんだけどね。このアホ所長まで勧めるもんだから……」
 注文の飲み物を持って来たテレサが、苦笑混じりに付け足した。
 テレサはいつしか、『横島除霊事務所の看板娘』としての立場を大切にするようになっていた。復活した際に頼りの武装をほとんど失い、寄る辺の無かった彼女にとって、人から賞賛されて得た看板娘の立場はそれだけ大事なものなのだ。
 そのため、家族として名前で呼び合うように勧められても、横島除霊事務所に雇われた身である事を固持しようとした。しかし、薫達に敵うはずもなく、あっさり白旗を挙げたそうだ。その代わりと言ってはなんだが、最近はほんの少しだけ横島に所長としての敬意を示すようになったらしい。

 かおりやメリーはその話を聞いて微笑ましそうにニコニコと笑っている。彼女達の場合、横島に対しては業界の先輩に対する敬意と言うものがあるため、名前で呼ぶよりもむしろ「先輩」と付けて呼びたい思いがあるのだろう。
 かおりは家が弓式除霊術の総本山『闘竜寺』であるため、幼い頃から「親」が「師匠」と同義であった。そのため、同じ業界の人間でありながら、ある程度家とは距離がある人間の方にこそ親しみを覚えるらしい。
 メリーは、かおりとは少し事情が違っていた。彼女の両親は共にコメリカ人であり、六本木でレストランを経営している。母親が経営者であり、父親がコックだ。そう両親共に一般人である。彼女が六女に入学したのは、偶然人より強い霊力を持って生まれたからに過ぎない。当然、霊能『雷獣変化』も弓式除霊術のように代々伝わっているようなものではなく、六女で学んで身に着けたものである。明るい性格、大柄な体格の割には気の弱いところのあるメリーは、それを克服しようと担任に相談し、この霊能を教えてもらったのだ。
 そんな彼女にとっての横島は、学校以外で霊能力について教えてくれる人だ。彼を慕っているのは確かだが、親しげに名前で呼ぶよりも、むしろ『師匠』と呼びたいと言う思いがある。今はメリーにもたれ掛かり、その胸を枕に寝息を立てている美菜もそうだろう。彼女の父親はGS協会の事務員だが、GSではない。美菜にとっても横島は霊能力の師匠のようなものであった。
 そんな美菜を羨ましそうに見詰める横島と薫の目があった。何を羨ましがっているかは、言うまでもない事である。
 分かりやすい二人は置いておいて、六女の生徒達は、実戦経験の乏しさから現場においては除霊助手よりも下に見られる傾向にあった。これは当の彼女達の間でも知られている話だ。特に横島の家に集まっている面々は、おキヌと魔理と言う除霊助手として活躍している者が近くにいるのだから尚更である。昨日、皆が除霊現場への同行を望んだのは、そんな理由が下地にあったのだ。

「そ、そうなんですか。薫ちゃん達が……」
 その一方で、おキヌは少々異なる事情を抱えていた。
 彼女は天下の美神令子除霊事務所の除霊助手であり、その点においては他の面々から羨望の眼差しで見られる立場にある。しかし、彼女にはそんな事よりもよほど重大な問題があった。それは、横島が独立して以来、彼との距離が離れてしまった事である。
 まず、横島が美神令子除霊事務所に顔を出さなくなった事で、顔を合わせる機会が極端に減ってしまった。これは横島が独立してしまったのだから仕方のない事である。いつまでも令子を頼っていては、横島も一人前とは言えない。更に、横島の家に愛子達が住み込むようになって、おキヌは焦りを覚える。
 顔を合わせる機会自体は、横島の家で修行する事になってから以前よりも増えたと言って良いだろう。しかし、今度は別の問題が浮上した。自分だけではなく、かおり達も横島の家に入り浸るようになってしまったのだ。
 前述の通り、GSを志す六女の生徒達はプロのGSの下で学べる機会を求めている。それを考えれば現在の横島家の状況は当然の流れと言えるだろう。問題は、それがおキヌにとって良い流れでないと言う事である。
 今回の除霊現場への同行は、彼女にとって降って湧いたチャンスであった。
「あの、そう言えば横島さんと一緒に除霊現場に出るのって久しぶりですよね」
「そう言やそうだな。美神さんは許してくれたのか? 後でレンタル料請求とかなったら困るんだが」
「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと美神さんも許してくれましたから」
 昨夜、この事を令子に話したところ、明日は仕事も無いと言う事で彼女は苦笑しながら許してくれた。
 ちなみに、その場には美智恵も居て、彼女はすぐに席を立って携帯電話を持って部屋を出て行ってしまった。おキヌは知らない事だが、部屋を出た美智恵が、すぐさま六道夫人に連絡を入れていたのは言うまでもない。あまり露骨に横島を六道家に引き込もうとするなと釘を刺したのだろう。六道夫人の方は冥子の除霊成功率を上げるためだとか、生徒達に実戦経験を積ませるためだとか、のらりくらりと躱していたが。
「今回の悪霊はどんなヤツかよく分からんからな。おキヌちゃんのネクロマンサーの笛には期待してるぞ」
「ハイ、任せて下さい!」
 横島にしてみても、除霊助手だった頃からずっと一緒に現場に出ていたおキヌに対しては、他のメンバーにはない一種の安心感があった。今では横島が現場の責任者であるGS、おキヌが応援に駆け付けた別事務所の除霊助手と立場こそ変わってしまったが、実は彼女が思っている程二人の距離は離れていないのかも知れない。


 バスに乗って揺られる事しばし。もうすぐ現地に到着しようかと言うところで、冥子が何かを思い出したかのようにポンと手を打ち、ウサギをモチーフにした可愛らしいデザインのポシェットから三つの封筒を取り出して、横島に手渡してきた。真っ白な厚手の封筒である。
「そうだ〜、横島くん〜。お母様が〜、この封筒を〜渡しなさいって〜言ってたの〜」
「何スか、これ?」
「困った事が〜あれば〜、これを〜数字の順に〜開けなさいって〜言ってたわ〜」
「ど、どこかで聞いた事がある話ですわね」
 感心すれば良いのか、呆れれば良いのか、微妙な表情をしているかおり達。しかし、脱力しながらもやはり興味があるようだ。皆の視線は横島の手元の封筒に注がれている。
「困った時っていつなんだ?」
「にいちゃん、今全部開けてみたらどうだ?」
「それは不味くないか?」
 薫の提案に横島が難色を示していると、澪がくいっくいっと彼の袖を引っ張って、声を掛けてきた。
「でも……お兄ちゃん、今困ってる。その封筒をどうすればいいかって」
「おっ! 澪、上手い事言うやん」
 葵に褒められて照れ臭そうにしている澪。確かに彼女の言う通りだった。横島は反論する事も出来ない。現に今、彼は困っている。こんな封筒を渡されて、一体どうすれば良いのかと。
「と、とりあえず、一つ目の封筒を開けてみるか」
「そうよ〜、困った時に〜遠慮せずに〜開ければいいから〜」
 皆に促されて、横島は「一」と書かれた封筒を開けてみた。中には一枚の便箋が入っており、そこには意外にも達者な文字で二行の文章が書かれていた。

 先に宿泊先に向かうべし。
 そして全員で現場に向かう事。

「……前半はともかく、後半は不味くないか?」
 前半については横島も全面的に同意する。しかし、後半は難しい。横島はむしろ、先に旅館に行き、百合子に薫達を預けて、除霊チームだけで元・組長に会いに行こうと考えていたのだ。ところが、この便箋には逆の事が書かれている。困ったら開けと言う話だったが、開いた事で余計に困ってしまった。薫達は便箋の内容を見て目を輝かせている。これでは連れて行けないと言っても納得はしてくれないだろう。
「そう言えば〜、お母様が〜言ってたわ〜」
「……なんて言ってたの?」
「悪霊は〜、夜にしか〜現れてないから〜、昼の内なら〜大丈夫だって〜」
「な、なるほど」
「それと〜、GS全般を〜怖がってる〜依頼人を〜、安心させないと〜ダメだって〜言ってたわ〜」
「ああ、そう言えばあの組長さん、美神さんとエミさんの争いに巻き込まれて、オカルトにトラウマ持ってましたね」
 おキヌが元・組長の事を思い出してポツリと呟いた。その呟きを聞いて、かおりとメリーがなるほどと頷く。GSだけで行くよりも、薫達も連れて行って、そのアットホームな雰囲気で安心させろと言う事なのだろう。薫達を見て、元・組長が安心してくれるかどうかは分からないが、意図を理解してしまえば、意外と真っ当な指示である。

「ねえ、忠夫さん。いっその事、三つとも中を確認しておいたら?」
「う〜ん、その時まで待った方がいいんじゃないか?」
 紫穂の提案に横島は眉をひそめた。一つ目の内容が意外と真っ当であったため、この封筒を信用しようと言う思いが芽生え始めている。
「でも、その時と思って中を見たら、手遅れだったって事も考えられますよ?」
 メリーが紫穂の応援に回った。気弱な彼女は心配性な面もあり、事前に情報収集等、出来る限りの準備を整えたがる傾向にあった。彼女も、封筒の中身を信頼している。信頼しているからこそ、事前に知っておきたいと考えていた。
 横島が困った様子で冥子の方に視線を向けると、彼女はニコニコと微笑みながら「別に〜いいと思うわ〜」と、あっさり返してきた。更に周りを見回してみると、皆期待の眼差しで横島を見ている。前方の座席の百合子と目が合うと、彼女もまた「後はともかく、先に開けといて困る事はないやろ」と、今ここで残りの封筒も開けてしまう事に賛成した。
「そ、それじゃ、二の封筒も開けてみるか……」
 一の封筒と便箋、それに三の封筒をテーブルに置き、横島は二の封筒を開いて中身を取り出した。こちらもやはり一枚の便箋が入っている。開いて中を確認してみると、そこには先程よりも一行多い、三行の文章が並んでいた。

 依頼者は現場にいなければならない。
 最近建て直されたばかりの別荘に悪霊が憑くとは考えにくい。
 古物の可能性も捨て切れないが、依頼者の経歴を考えるに、彼個人が憑かれていると推測するのが妥当。

「そう言えば、シロちゃんを連れてあの別荘に行った時、元・組長さんってすぐに逃げちゃいましたよね?」
 おぼろげな記憶を辿りながら、おキヌが言った。その言葉を聞いて横島も当時の事を思い出す。確かに元・組長は刀傷を負った人狼族のシロを見て、組長時代の抗争とオカルト騒動を思い出し、令子が止める間もなく車で走り去ってしまった。
 この便箋に書かれてある通り悪霊騒動の原因が元・組長にあるとすれば、彼を逃がす訳にはいかない。件の悪霊が別荘ではなく彼が逃げた先に現れるかも知れないのだから。

 それにしても、本当に真っ当な指示である。六道夫人もかつては現役GSとして活躍していた身。自身の経験に基づいて助言してくれているのだろうか。もしかしたら、誰か別の人の知恵を借りているのかも知れないが、冥子のためにも必ず成功させたいと言う意志がひしひしと伝わってくる。
 横島は、先程よりも安心した表情で三つ目の封筒を開いて中身を取り出した。最後の便箋には、更に一行多い四行の文章が書かれている。

 一度悪霊を祓っても油断するべからず。
 悪霊発生の原因を絶つ事で、初めて解決となる。
 冥子の式神を上手く使い、原因を突き止める事。
 指示は、横島君に任せます。

 最後の封筒は、悪霊を祓った後に読む事を想定していたのだろうか。冥子について書かれていたため、横島はその便箋を冥子に手渡した。受け取った冥子は、ふむふむとそれに目を通す。GSとしては彼女の方が先輩なのだが、あの便箋の文章を見る限り、六道夫人は横島の方を今回の除霊作業の指揮官と考えているらしい。
 読み終えた冥子は顔を上げると、便箋を横島に返してにっこりと微笑んだ。
「この前の〜テレビに出た時も〜、横島君の指示で〜上手く行ったじゃない〜。だから〜、今回も〜横島君に〜お願いするわ〜」
 彼女の方に異存はないようだ。むしろ、一度横島に任せて成功しているだけに、彼に任せれば大丈夫だと言う安心感がある。
 冥子は自分の影を見下ろして更に続ける。
「この子達も〜、横島君の事は〜大好きだから〜大丈夫よ〜。ちゃんと〜、言う事を〜聞いてくれるわ〜」
「は、ははは……」
 全幅の信頼を寄せる冥子に対し、乾いた笑みを浮かべる横島。その影の中に潜む式神達には、今までに何度も痛い目に遭わせられてるのだから仕方あるまい。
 ただ、冥子が式神を暴走させる原因の一端は、彼女が普段から式神を出しっぱなしにする事で、霊力を使い過ぎて制御が不安定になってしまう事にある。ところが、今の彼女は式神を一体も出していない。おそらく、周りに横島達が居るからであろう。彼女が式神を出すのは、一人で居るのが寂しくて友達である式神達を召喚するのであり、周りが賑やかであればそれを我慢する事が出来るのだ。もしかしたら、理事長はその事も考えておキヌ達の同行を許したのかも知れない。

「冥子お姉ちゃん、がんばって」
 ぎゅっと握りこぶしを作って冥子を応援するのは澪。冥子は喜んで澪の頭を撫で回し、澪は満更でもなさそうな表情でそれを受け容れている。
 冥子は、薫から見れば、セクハラする気が起きずに調子が狂う人物だ。葵や紫穂にしてみれば、直感で危険を感じて警戒する人物であった。しかし、澪から見た場合の冥子は、そのゆるい雰囲気が安心出来るらしい。意外にも、この二人の相性は良いようだ。
「横島君〜。冥子〜、澪ちゃんに〜いいとこ〜見せられるように〜がんばるから〜、今回も〜よろしくね〜」
 おキヌ達から見れば子供っぽい冥子も、流石に澪の前ではお姉さん振りたいようだ。両手をぎゅっとして意気込む彼女は、今までにないやる気に満ちている。その瞳に炎が宿っていそうな感じではあるが、冥子の場合、その火はとろ火であろう。
「は、ははは、了解っス」
 一方横島はと言うと、冥子がやる気を出せば出す程不安になっていた。おキヌも、かおりも、メリーも、揃って苦笑いである。
 ただ一つ言える事は、この場にやる気を出した冥子を止められる者は、誰一人としていないと言う事だ。一同は彼女のやる気と一緒に式神達も暴走しないよう祈るばかりであった。


「ふ〜ん、なるほどな」
 前方の席に居た百合子は後方の席の様子を確認し、小さな声がその口から漏れた。後方の席には聞こえていないようだが、彼女の膝の上のタマモがピクリと耳を動かして反応する。隣の席に座っていたテレサもまた、怪訝そうな表情で彼女を見ている。
 百合子は後方の様子から、六道夫人の意図を探ろうとしていたのだ。そして、何となくその意図を察する事が出来た。
 そして考える。まず見るべきは、冥子の人となりであろう。澪が懐いているのを見る限り悪い人間ではなさそうだが、その辺りも踏まえて見極める必要がありそうだ。
 また、息子の方もしっかり見なければなるまい。彼が独立して除霊事務所を開業した事は、一時期、夫である大樹によって百合子には秘密にされていた。それは、彼女が聞けば「高校を卒業するまでは許さない」と頭ごなしに反対すると大樹が判断したからだ。その事については百合子も否定出来ない。そして反省しなければならないだろう。
 そろそろ、百合子も向き合わねばなるまい。GSとなった息子、忠夫と。見せて貰おうではないか、息子のGSとしての仕事振りを。
 当初は報酬となる別荘を見分するだけのつもりだったが、今回の旅は色々と見所がありそうだ。座席のシートに身を沈めた百合子は、小さく笑みを浮かべてポツリと呟いた。「それじゃ、色々と見せてもらおうやないの」と。
 

つづく





あとがき
 澪の父親がハニワ兵である。
 澪が横島家の養女となる。
 元・地獄組の組長の別荘が再建されている。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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