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絶対無敵! グレートマザー再び!! 10


 薫達が旅館で一泊した翌朝、朝食を終えた頃に、六道夫人が彼女達を訪ねて来た。上手く行っていれば昨夜の内に除霊は完了していると考えてやって来たらしい。もし上手く行ってなくても、それはそれで娘をフォローするためとなる。
 残念ながら、今回は後者となってしまった。一向に横島達からの連絡が無いのだ。しかし、この時点では、まだ薫達に焦りは無い。ただ単に昨夜は悪霊が出なかったのではないか。或いは、昨夜の除霊に疲れて今は眠っているのではないかと考えている。
「しょーがねーなぁ、にいちゃん達を迎えに行ってやろうぜ!」
「だ、大丈夫かな?」
「夜しか出ないって話だし、大丈夫だと思うけど……」
「それなら〜、おばさまが〜一緒に〜行って〜あげるわ〜」
 にこにこと提案するのは六道夫人。その笑顔からはあまりイメージ出来ないが、彼女もかつてはGSとして活躍していた身だ。流石に現役の頃と同じようにはいかないだろうが、危険を察知するぐらいは出来る。
 また、彼女は五人の護衛を連れていた。横島も持っている六道家の礼服に身を包んだ、霊障にも対処出来る優秀なお抱えの護衛をだ。彼等と共にいけば、特に危険はないだろう。
 百合子も息子からの連絡が無いのが不安になったらしい。一行は、全員で元・組長の別荘へ向かう事になった。

「あら〜? 妙な〜、気配ね〜」
 別荘の間近まで近付いたところで、六道夫人の笑顔が消えた。別荘から発せられる怪しげな気配に気付いたのだ。
 薫がすぐさま駆け出そうとするが、それを小鳩と愛子が押さえた。三人の護衛が一行を守るために残り、二人が先行して別荘に近付いて行く。
 扉に近付き、チャイムを鳴らすが反応が無い。かと行って扉を蹴破る訳にはいかないだろう。護衛の男は通風口を探し出し、懐から取り出した式神和紙をこよりにして中に差し入れる。通風口の中で式神和紙は蛇型の簡易式神となり中へと進んで行く。やがて部屋に辿り着いた蛇型の式神は、手近な窓を内側から開いて、護衛の二人を中に招き入れた。良い子は真似してはいけない簡易式神の活用法である。
 中は静かで、一階に人の気配は無かった。二人は周囲を警戒しながら横島達の姿を探し、二階へと進む。
「あれは!」
 そこで彼等が見たのは、壁にもたれて倒れる元・組長と、部屋から半分身体を出して倒れる横島の姿だった。慌てて駆け寄り横島の身体を揺さぶるが、全く反応が無い。更に開いた扉から部屋の中を見てみると、そこには横島と同じように倒れるテレサと、眠り続ける冥子達の姿がある。言うまでもなく異常事態だ。護衛の一人がすぐさま六道夫人の下に戻り、事の次第をつぶさに報告する。その報告を聞いた六道夫人は珍しく顔を青くし、慌てて救急車を手配するのだった。


 横島達はすぐに東京の白井総合病院に搬送された。この病院の院長は、医者として日々患者の命を救うために邁進する良い医者なのだが、令子達に関わったのが運の尽きか、いつの間にか霊障絡みの患者はここに運び込まれるようになっていた。ある意味不幸な人ではあるが、本人は単純に救える患者の幅が広がったと、現実を受け容れているようだ。
 そんな彼も顔見知りである横島が担ぎ込まれた事に驚きを隠せない。努めて平静を保ち、彼等の入院の手続きを取った。
 ちなみに、アンドロイドであるテレサと、妖狐であるタマモの二人は、愛子と小鳩が付き添って先に戻っている。前者は医者よりもカオスに見せなければならず、後者は彼女が妖狐であることをあまりおおっぴらには出来ないためだ。
 心配で今にも横島に飛び付きそうな薫と澪を、紫穂と葵がそれぞれ押さえている。そんな四人の視線を背中に受けながら、白井院長は元組長の検査を始める。しかし、何の異常も見つからない。続けて横島の検査を始めようとしたところで、状況に変化が起きた。

「んん〜……おふぁようございますぅ〜〜〜」

 なんと、横島の隣のベッドに寝かされていた冥子が、突然目を覚ましたのだ。
「冥子ちゃん、大丈夫なのかい?」
 心配そうな顔をした百合子が声を掛けるが、冥子は状況が理解出来ずに目をパチクリとするばかり。きょろきょろと辺りを見回しながら、ここが自分の部屋でない事に驚いている。昨夜、除霊の仕事で元組長の別荘に泊まった事も忘れているらしい。
「冥子〜、一体〜何が〜あったの〜?」
 流石に彼女のペースに慣れている六道夫人は、容赦なく冥子に詰め寄った。傍目には分からないが、彼女も慌てている。
 なにせ冥子は、六道家の一人娘だ。娘がこうして無事に目覚めた事は嬉しい。六道家の当主としても、一人の母親としても。だが、今はそれ以上に六道女学園理事長、公人としての立場が彼女を動かしていた。
「寝ぼけてるんじゃ〜ありません〜! 何があったか〜報告しなさ〜い〜〜!」
 しかし、冥子の方も要領を得ない。仕方がないだろう。なにせ彼女は、あの時既に夢の中だったのだから。
 そうこうしている内に白井院長は横島の検査を終えて、険しい表情で百合子と六道夫人に向き直った。
「……以前、ウチに入院していた患者と症状が酷似しておりますな」
「あの、忠夫の様態はどうなんでしょう?」
「ご覧ください」
 そう言って、白井院長は二人の目の前で、横島の頬を抓って見せる。百合子は訳が分からず何事かと呆気に取られているが、六道夫人の方は心当たりがあるようで、もしやと顔色を変えた。
「まったく反応がありません。完全な睡眠状態です」
「え、それが一体、どう言う……?」
「睡眠薬を〜投与されてる〜可能性は〜?」
「詳しく検査をしないと分かりませんが、おそらく無いでしょうな」
 つまり、今の横島は睡眠薬などを使われている訳でもないのに、外部からの衝撃にも一切反応せずに眠り続けている状態と言う事である。
「……ナイトメア」
 六道夫人が小さな声でポツリと呟いた。ナイトメアと言うのは、人間の夢に寄生して精神エネルギーを食らう悪魔だ。一度取り憑かれると、そのまま昏睡状態に陥り、目覚める事のないまま精神エネルギーを食い尽くされて衰弱死してしまう。かつて冥子が令子との共同除霊で倒した悪魔であった。
 医学的には何の問題もない健康体。しかし、目覚めない。正に、ナイトメアに取り憑かれた者の症状である。元組長は昏睡などしておらず、昼は普通に起きて活動していたため、ナイトメアの可能性は最初から想定外であった。寄生した相手を昏睡させてしまっては、すぐにナイトメアの仕業だと分かる。日中は普通に目覚めさせ、夜寝ている間に精神エネルギーを食らえば、発見は遅れてしまうだろう。一度祓われた事で、知恵を付けたのかも知れない。
 しかし、この現状ではナイトメアの存在を疑わざるを得ない。もし、元組長がナイトメアに取り憑かれているとすれば、毎晩彼を脅かしていた悪霊の正体は、ナイトメアが見せていた限りなく現実に近い悪夢であろう。別荘を調査しても何も見つからないはずだ。
 彼女は今回の依頼の内容を聞いた時、まず依頼者が呪われている可能性について考えた。地獄組の元組長と言う経歴を考えれば、隠居後も狙われる可能性は皆無ではないからだ。次に考えたのが、別荘にある調度品、装飾品、或いは本人が悪霊に取り憑かれていると言う可能性だ。そのため、冥子に預けた手紙の中には、霊障の原因を探れと書いてあった。霊視能力を持つ式神クビラの力を借りれば簡単に見付ける事が出来るだろうと考えた上での事である。
「冥子〜! 寝ぼけてないで〜、すぐに〜依頼者を調べなさい〜! クビラちゃんよ〜!」
「え〜っと……クビラちゃ〜〜〜ん?」
 冥子は言われるままに手のひらに乗るサイズの栗のイガのような姿をした式神、クビラを呼び出す。身体とほとんど変わらぬ大きさの目を瞬きさせて、ネズミのようなシッポを振りながら「何をすれば良いの?」と冥子を見詰めているが、生憎と召喚した彼女はまだ寝ぼけているようだ。仕方なく六道夫人はクビラを自分の支配下に置き、自ら元組長にナイトメアが取り憑いていないかを調べ始める。白井院長も慣れたもので、一旦検査の手を止めて、六道夫人の調査を見守っていた。

「あら〜?」
 しかし、クビラを使って元組長を霊視した六道夫人は、小首を傾げた。
「ど、どうしたんですか?」
「………」
 百合子が心配そうに声を掛けるが、六道夫人は腕を組んで考え込んでおり、聞こえていないようだ。
 よしっと気合いを入れ直して、もう一度霊視し直してみるが、やはり結果は芳しくない。ナイトメアが取り憑いているとすれば元組長だと思っていたのだが、思い過ごしなのだろうか。そんな疑問も頭を過ぎる。
「な、なんじゃ? 随分、騒がしいが……」
 それどころか、件の元組長が、彼女達の前で目を覚ましてしまった。ナイトメアが何かするつもりかと六道夫人は身構えるが、どうやらそうではないようだ。やはり彼も状況が理解出来ずに、怯えた小動物のようにきょろきょろとしている。
「ここは〜、病院よ〜。落ち着いて〜、別荘で〜何が〜あったのか〜聞かせて〜ちょうだい〜」
 六道夫人は昨夜何があったのかを聞きだそうとする。しかし、彼もまた早くに寝てしまった口なので、ほとんど何も覚えていなかった。
「いや、なんか、部屋の前で横島君に会った記憶があるぞ…はて?」
 しかし、昨夜夢遊病者のように部屋から出て、隣の部屋に行った事は、おぼろげに覚えていた。
 その言葉を聞いた途端に、一斉に皆の視線が横島に集まる。ナイトメアは人から人へと移る事が出来る。元組長にナイトメアが取り憑いていないと言う事は、昨夜横島に会った時に、彼に移った可能性が高い。
 六道夫人が百合子と白井院長の方へ目配せすると、二人は頷いて横島の眠るベッドの側に居た薫達四人を引き離した。代わってベッド脇に立つのは肩にクビラを乗せた六道夫人。すぐにクビラに命じて横島を霊視させる。
「……いるわね〜」
「いるって何がだよ!?」
「ナイトメアよ〜。横島君に〜移ってるわ〜」
 決定だ。六道夫人は横島の精神に寄生するナイトメアの存在を察知した。こうなればやるべき事は一つ。六道夫人は彼女にしては鋭い目で娘の方に向き直る。ようやく頭が覚醒した冥子は、嫌な予感を感じてビクッと肩を震わせた。
「冥子〜、やるべき事は〜分かってるわね〜」
「え〜と〜?」
 ずずいと迫る六道夫人に、たじろいで一歩下がる冥子。彼女は何かとワンテンポ遅れてしまうとろい子だが、頭が悪い訳ではない。母が何を言わんとしているかは、察しがついていた。それだけに内容が怖くて口に出せないのだ。
「そうだわ〜。薫ちゃ〜ん」
「な、なんだよ? にいちゃんを助ける事なら、何でもするぞ!」
「それじゃ〜、おキヌちゃん達の〜ほっぺたを〜つねってみて〜」
「はぁ?」
「……起きるかどうかを確かめるんやな」
 訳の分からない頼みに薫は素っ頓狂な声を上げるが、葵の方が理解してくれた。ただ寝てるだけなら抓れば起きるか、何かしらの反応を示すだろう。彼女達もナイトメアの被害を受けていないかを確かめるのだ。
「おーい、起きろーっ!」
「お姉ちゃん、起きて……」
 薫達はそれぞれ、言われた通りにおキヌ、かおり、メリー、美菜の頬を抓って起こそうとする。しかし、四人ともまったく反応が無い。澪は躊躇してむにっとつまむだけだったため、「それじゃ、甘い!」と途中で薫がバトンタッチするが、結果は同じだった。
 それを見ていた百合子は、六道夫人に一声掛けて病院の外に行き、携帯電話で家の方に連絡を入れて確かめてみた。やはり、家のテレサもタマモも眠り続けており、まったく起きないそうだ。電話の向こうの小鳩は涙ぐんでいるのか鼻声になっている。

 薫達と百合子の話を聞いて、六道夫人は状況を推理してみた。
 元々は、依頼主の元組長に取り憑いていたナイトメアは、昨夜、不意を突いて横島に移ったのだろう。奴は精神寄生体、一般人よりも霊能力者の方が多くのエネルギーを摂取出来る。そのまま横島に寄生した事で使えるようになったエネルギーを使って、おキヌ達も取り込んでしまったのだろう。
「どうして〜、冥子だけ〜無事だったのかしら〜?」
「さぁ〜? どうしてかしら〜?」
 揃って首を傾げる母と娘。二人は知らない事だが、以前ナイトメアは冥子と戦った際に、精神攻撃を食らわせようとして逆に奇妙な心象風景のカウンターを食らった事があるのだ。だから、彼女だけは取り込まずに放置したのだろう。

「それで、忠夫達を救う手立てはあるの?」
 百合子が問い掛けると、六道夫人はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ〜。ウチの〜冥子が〜なんとか〜してくれるわ〜」
「お、お母さま〜。やっぱり〜私が〜やらないと〜いけないの〜?」
 弱音を吐く冥子に対し、六道夫人が笑顔のまま振り返った。冥子には分かる。その笑顔は励ますものではなく、心の中では怒っている。
「当たり前でしょ〜。あなたが一番〜ナイトメアと〜上手く戦えるのよ〜」
「そんな事言っても〜一人じゃ〜無理だわ〜!」
 悲鳴のような冥子の主張。  六道夫人の言うナイトメアと戦う方法と言うのは、式神ハイラの力を借りて寄生された夢に入り込み、直接ナイトメアを叩くと言う方法だ。つまり、冥子が直接ナイトメアと相対すると言う事になる。令子など助っ人の力を借りれば何とかなるかも知れないが、冥子一人だけにそれを求めるのは、あまりにも酷な話であろう。冥子もれっきとした一人前のGSであるというのはこの際忘れる事にする。
 六道夫人は、クビラにおキヌ達も一通り霊視させて、努めて優しく、安心させるように冥子の肩を叩いた。彼女の逃げ道を塞いでしまうために。
「それは〜大丈夫よ〜。横島君の精神は〜ナイトメアに〜支配されてるだろうけど〜、おキヌちゃん達は〜、取り込まれているだけよ〜」
「え〜っと〜、それは〜どう言う事なのかしら〜?」
「あなたが〜、中に入って〜おキヌちゃん達を助ければ〜、一対一じゃなくなるわ〜」
 何とも良い笑顔である。つまり、助っ人は中に居るから一人で行ってこいと言う事だ。六道夫人は有無を言わせずクビラを影に戻し、代わって冥子の影からハイラを召喚する。元の持ち主であるため、近くに居れば六道夫人でもこのような事が出来るのだ。
 影から飛び出して来たのはクッションのような大きさの白い毛玉。毛の隙間から一対の角と目が覗いている。ハイラを抱えた六道夫人は、そのまま冥子の顔に押し付ける。すると彼女はハイラに誘われて眠りに落ち、先程まで自分が寝ていたベッドに倒れてしまった。
「ろ、六道さん? 一体、何を……?」
「大丈夫ですよ〜。今〜、冥子は〜横島君の夢の中に〜入りましたから〜」
 「夢の中に入った」と一歩間違えればメルヘンのようにも聞こえる返事に百合子は戸惑いを隠せない。しかし、六道夫人の方は「やるべき事は全てやった」と言わんばかりにニコニコ顔である。後は冥子に任せておけば良いと言う事だろうか。正直、昨日一日――いや、半日を一緒に過ごしてみた感想は、「放っておけない危なっかしい子」であるため、心配で堪らない。
 一方で六道夫人は今後の対応について考えていた。問題は、前回、令子と冥子がナイトメアと戦った際、彼女達が目覚めるまでに三日掛かったと言う事だ。その間に体調が急変する可能性もあるため、白井院長に頼んで、横島達はこのまま入院させておいた方が良い。
 テレサに関してはカオスに任せておくのが一番だろうが、タマモの方はそうはいかない。念のため、愛子組の方に連絡を取って、対処出来る者がいないか問い合わせる事にする。この際、天狗でも妖怪でも構わないので、可能であれば派遣してもらう事にしよう。
 そして、百合子へのフォローも忘れてはならないだろう。彼女は息子がこのような事になって心を痛めているはずだ。冥子と、横島の精神に捕らわれているおキヌ達に任せておけば大丈夫だと言う事を、しっかり説明しておかねばなるまい。
「ああ〜、横島さんにも〜詳しい事情を〜説明するわね〜」
「……そうね、お願いするわ」
 二人が話している間、薫達は興味深そうに冥子の顔の上で眠るハイラを見詰めていた。本来ならば冥子が眠りに付くと同時に消えるはずなのだが、今回は冥子が「眠らされた」ため、消える事なくその場に残っていた。
 横島の家で暮らすようになってから、六女の面々が霊能力を使うところは何度か見てきたが、こうも明らかに普通ではない生き物を見るのは初めてだったのだ。薫は妖怪コンプレックスを見た事があるが、あれは「生き物」と言うより「化け物」である。その点、ハイラはふわふわとしたぬいぐるみのようで、見た目にも可愛げがある。
 今は、ハイラも丸い目を閉じて眠っているようだ。冥子と一緒に横島の夢の中に居るのだろうか。
「―――ッ!」
 名案が閃いた。薫は途端にそわそわし出して、きょろきょろと辺りを見回す。百合子と六道夫人は二人で話していて、こちらの事を気にしていないようだ。
 ふと、紫穂と葵とも目が合った。二人は薫の視線に気付くと、にんまりと笑みを浮かべる。二人も彼女と同じ事を考えたようだ。ハイラを被れば、自分達も横島の夢の中に行けるのではないかと。
 普通の子供ならば怖いと言う感情が先立つだろう。しかし、幸か不幸か三人の少女は普通ではなかった。B.A.B.E.L.の誇る特務エスパー『ザ・チルドレン』。超度(レベル)7の超能力があれば、大丈夫だと考えていた。
 百合子達に気付かれる前に実行に移そうと再びベッドに目をやり、彼女は驚きに目を見開く。冥子の顔の上のハイラが消えていたのだ。
 三人は忘れていた。

「お兄ちゃん、いま行くから……」

 この場にはもう一人、「怖い物知らず」を通り越して、「世間知らず」、「常識知らず」、「何も知らず」の三冠王も居たと言う事を。
 澪はいつの間にか手にしたハイラを躊躇する事なく頭に被り、数秒も経たない内に眠りに落ちて、ベッドで眠る冥子の上に突っ伏した。頭の上のハイラはそのまま転がり落ちるが、薫が慌ててそれをキャッチする。
 慌てて百合子達の方を見てみるが、気付いた様子は無い。冥子の胸が澪を受け止めてくれた事で、上手い具合に音が立たなかったようだ。薫はほっと胸を撫で下ろし、ハイラを見ると、ベッドから転げ落ちそうになったばかりなのに暢気に眠っていた。
 一人一人やっていたら途中で見つかってしまうかも知れない。幸い、ハイラは大きめのクッションのようなサイズだ。三人は、一斉に顔を埋めて一度で済ませてしまおうと考えた。
「それじゃ、いっせーので」
 小声でひそひそと喋る薫の言葉に、紫穂と葵が神妙な面持ちで頷く。
 これからプールに潜るかのようにすぅっと息を吸い込んで息を止め、三人は揃ってハイラに顔を突っ込んだ。
 三人が一斉にベッドに倒れ込む音を聞き、百合子と六道夫人が異変に気付いたのは、その直後の事である。こうして白井総合病院に四人の入院患者が増える事となってしまった。



「うお、すっげー!」
 次に薫達が目を開いた時、彼女達は横島の夢の中に居た。目の前にはどこかで見たような城が建っている。かつて令子の夢の中に入った時のような西洋の城ではなく、天守を持つ和風の城である。いつの間にか薫の隣に立っていた葵が、その城が大坂城に似ている事に気付いた。横島は幼い頃、大阪で過ごしたらしいが、その影響だろうか。深い堀に囲まれた、かなり大きな城である。
「見て、あそこに澪と冥子さんがいるわ」
 薫のすぐ後ろに居た紫穂が、城の近くに居る二人とその足下に居るハイラの姿に気付いた。その先には橋があり、大きな城門が見える。薫達はおーいと声を掛けて近付いて行った。
「澪ー、抜け駆けすんなよー!」
「ご、ゴメン……」
 二人に駆け寄った薫は、その勢いのまま澪に抱き着いた。澪も、兄に会いたくて一人で先走ってしまった事は理解しており、バツが悪そうだ。一方、冥子は一人で居るのが心細かったらしく、三人の姿を見て、ほっとした様子で笑顔を見せている。
 彼女の目の前にそびえる城は、横島の精神構造のイメージである。前回ナイトメアに取り憑かれた令子の精神構造のイメージは、洋風の白亜の城であった。その時は、令子が心の一部を切り離してくれていたおかげで中に入る事が出来たが、横島は完全に不意を突かれたせいか、そのような器用な真似は出来なかったらしい。
 冥子はまず、前回同様門の前に立ち、「横島く〜ん〜、入〜れ〜て〜」と大声で頼んでみた。横島ならばあっさり迎え入れてくれそうだが、ナイトメアに支配された城はまったく反応しない。どうしたものかと考えていると、澪が冥子の胸に飛び込む形で現れたそうだ。
「葵の瞬間移動能力(テレポーテーション)で入れるんじゃねぇの?」
「う〜ん……さっきから試してるんやけど、上手くいかへん。夢の中やからやろか?」
 正解である。目の前の城は外見こそ大坂城に似ているが、中身もそうだとは限らない。葵が空間座標を把握しようとしても、そもそもその空間自体が歪んでいるのだ。この状況で瞬間移動を行うのは自殺行為である。
「紫穂はどうだ?」
「……わざわざ手を触れなくても分かるわ。こうして何もない所に立っているようだけど、私達は忠夫さんの夢の中に居るのね」
 薫が問い掛けると、紫穂は何も無い空間を掴むようにして拳を握り、その感触を確かめている。彼の夢の中に居るせいか、彼女は常に横島に触れているような状態にあるらしい。しかし、今の彼は、まったく何も考えていないそうだ。ナイトメアに眠らされているのだろう。
 また、夢の中では何に触れてもそれは横島の夢でしかない。接触感応能力(サイコメトリー)で情報を引き出す事は難しいとの事だ。
「おいおい、それじゃ二人の超能力が何の役にも立たないって事じゃん」
「でも〜、助けに来てくれて〜心強いわ〜」
 薫達は自分達の置かれた現状に気付き始めた。三人の内、二人の超能力が封じられた状態。紫穂と葵の二人は、それこそ冥子の寂しさを紛らわせるぐらいしか出来ない状態である。冥子にとっては、それが一番重要なのかも知れないが。
「くそっ! こうなったら、あたしの念動能力(サイコキネシス)で門をぶっ壊して……!」
「ダメよ〜、薫ちゃ〜ん〜! このお城は〜横島君の精神だから〜、傷付けたら〜横島君にダメージが行くわ〜」
 幸い、薫の念動能力は普通に使えるようだが、場所が場所だけに下手に力技に訴える事も出来なかった。

 一方澪は、自分の足下の地面をじっと見詰めていた。兄の夢の中の大地、しかし、それは自分の行く手を阻む障害物に他ならない。
 しゃがみ込んで地面に手を付き、ぐっと力を込める。ただ押し込むだけではない。澪自身の超能力を使ってだ。
「……いける」
「え?」
 皆がしゃがみ込んだ澪の方を見てみると、彼女の手が地面に溶け込むように入っていた。澪の変則的な部分テレポートによるすり抜けだ。葵のそれと違い、広範囲の空間座標を把握しないで済む分、夢の中でも問題なく使えるらしい。
「大丈夫、私の超能力なら、皆であの門をすり抜ける事が出来る」
「それじゃ〜、それを使って〜中に入ってみましょう〜」
 冥子の言葉に、澪は力強く頷く。
 自分の超能力で、兄を助ける事が出来る。ぐっと握りこぶしを作る澪の表情は、少し頬を紅潮させ、どこか得意気であった。



 一方、夢の城の中で、おキヌも目を覚まそうとしていた。ただし、おキヌが目を覚ました場所は、城の中にあるような立派な部屋ではなく、かつて横島が住んでいたアパートとそっくりの部屋であった。まだ幽霊だった頃から何度も横島に料理を作りに行っていた部屋なので、おキヌは懐かしそうに部屋を見回している。
 しかし、この部屋があの時の部屋であるはずがない。横島はとうに独立してこの部屋を引き払っているため、今はこの部屋にも別の住人がいるはずである。これは幻覚か何かだと、おキヌは表情を引き締めて立ち上がった。
 その時、おキヌはふと違和感を覚えて、自分の身体を見下ろした。
「……あれ?」
 そして気付いた。自分が霊衣の巫女服ではなく、普通の洋服を着ている事に。どこででも見掛けそうな有り触れたデザインの洋服だが、おキヌの持っていない服である。彼女は知らない事だが、それはまだ彼女が幽霊だった頃に、横島が生身の彼女を妄想して、その時に妄想の中で着ていた服であった。
「あ……」
 そうこうしている内に、おキヌは昨夜の事を思い出してきた。元組長が部屋に訪ねてきて、横島が倒れ、自分も意識を失った。そしてもう一つ思い出す。自分が意識を失う直前、部屋中に響き渡っていたあの笑い声を。
「ま、まさか、皆も!?」
 慌てて辺りを見回してみるが、部屋の中にはおキヌ一人だけである。横島はおろか、タマモ達の姿も無かった。
「……皆を探さないと」
 霊衣も無い、ネクロマンサーの笛も無い丸腰の状態だが、ここでじっとしていても埒が明かない。そう考えたおキヌは、この部屋を出て、横島達を探してみる事にした。窓からを外を見てみると、なんとも形容し難い、雲の中に入ってしまったかのような空間が広がっている。ここから外に出るのは止めておいた方がいいだろう。素直に玄関から出た方が良さそうだ。

 扉を開けたおキヌは、目の前に広がる光景に絶句する。アパートの廊下に出ると思ったのだが、それは甘かったようだ。
 真っ暗闇の空間の中に無数の扉がずらっと並んでる。おキヌが出てきたのは、その内の一つの扉であった。
「これって、もしかして……」
 そして、おキヌはこの光景に見覚えがあった。
「まさか、ナイトメア!?」
 扉が並ぶ暗闇の廊下。それは、かつて冥子と共にナイトメアと戦うために足を踏み入れた、令子の夢の城で見た風景とそっくりだ。その事からおキヌは、今回の霊障はナイトメアだったのではないかと推理する事が出来た。つまり、自分はナイトメアにより、夢の中に取り込まれたのだと。
「これは……横島さんの夢よね、きっと」
 元組長の夢の中ならば、横島が住んでいたアパートの部屋があるはずがない。その事からおキヌは、現在ナイトメアが取り憑いているのは横島であると考えた。
 問題は、自分以外の誰が取り込まれているかだ。正直なところ、あの頃のアパートの部屋は、おキヌにとってこれ以上となく安心出来る空間であるのだが、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
「横島さんは……もう、あの部屋にはいない!」
 途中でナイトメアに遭遇してしまう可能性もあるが、この部屋に留まっていたところで、状況は好転しないだろう。おキヌは勇気を持って一歩踏みだし、他の皆の捜索を開始するのだった。


つづく





あとがき
 澪が横島家の養女となる。
 元・地獄組の組長の別荘が再建されている。
 原作に登場したあの医者は、白井と言う名前の、白井総合病院の院長である。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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