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絶対無敵! グレートマザー再び!! 12


 安全メットを被ったナイトメアが自らツルハシを振るう音が響く、横島の深層心理の底。おキヌ達は中央の泉から姿を現した、横島の簡易式神と対峙していた。式神はゆっくりとした動きで一歩ずつ彼女達に近付いて来る。
「あれ、あの時の式神だよね?」
「はい。ナイトメアには、ああいう能力があるんです」
「もしかして、十二人掛かりで勝てなかったあの時と同じ強さですの?」
「多分、そうだろうね。……前みたいに途中で弾けて消えたりしないかな?」
 以前、彼女達が六女で横島の簡易式神と戦った時は、十二人掛かりだと言うのに、一体の簡易式神に圧倒されてしまった。
 あの時は、依代になっていた式神和紙が横島の霊力に耐え切れずに燃え尽きてしまい、試合の途中で式神が消えてしまった。しかし、今回はそのような制限は無いだろう。
「へっ! あたしの念動能力(サイコキネシス)で……!」
「ちょっと待って〜、薫ちゃん〜」
 薫が張り切って戦いに参加しようとしていると、背後から冥子の気の抜ける声が聞こえてきた。薫は思わず、力が抜けて転びかけてしまう。
「な、なんだよ、冥子ねーちゃん!」
「その式神は〜傷付けちゃ〜ダメなの〜」
「え、なんで?」
 薫だけでなく、その場に居たほぼ全員が驚愕の表情を浮かべて冥子の方へと視線を向けた。一人おキヌはその言葉にかつてナイトメアと戦った時の事を思い出して、顔を青くしている。
 かつて令子の夢の中で、彼女の影法師(シャドウ)と戦った時もそうだった。令子以外の者が影法師を傷付けると、令子自身にダメージが行ってしまうのだ。あの時は、ナイトメアに眠らされた令子が、咄嗟に心の一部を分離してくれていたおかげで、令子自身が影法師を封じると言う形にする事が出来た。だが、横島は令子のようにはいかなかったらしい。不意を突かれたと言うのもあるが、術の類には無知に等しい横島では、霊力の制御は出来ても、心の一部のみを切り離すような事は出来なかったのである。

 ナイトメアは少し離れた黒い壁の前で、式神を前にした面々の反応を満足そうに眺めていた。実のところ、現在のナイトメアは彼女達を攻撃出来ない状態にあった。と言うのも、目の前の壁が意外に堅く、それを掘り進めるのに専念せねばならなかったのだ。
 そのため、式神には足止め以上は期待していない。向こうに、心の一部を分離させた横島が居ないのは確認済みだ。この壁に穴を開けるまで時間を稼いでくれれば良い。
「さて、この向こうには何があるのかしら?」
 ナイトメアは、この時点で壁の向こうに何があるかを把握していない。横島の精神は、ほぼ全て支配下に置いたのだが、この壁とその向う側だけは支配を免れていた。
 ナイトメア達からは壁に見えるが、これは大きな箱だ。深層心理の一角、決して狭くはない部分を巨大な『黒い箱』が占めている。そして、その箱の中からは何らかの大きな力が感じられる。
 今まで様々な人間に取り憑いてきたナイトメアだが、こんなケースは初めてだ。横島にとって、余程重要なものが入っているのだろう。それが一体何なのか。好奇心が刺激される。ナイトメアはそれが見たくて堪らなかった。何より、こんなものを残していては、完全に横島の精神を支配出来たとは言い難い。精神エネルギーを食らう悪魔として、文字通りの「ブラックボックス」を捨て置く訳にはいかないのだ。
「こんなに好奇心が刺激されるの……もしかして、初めてじゃない?」
 黒い馬面をやけにキラキラさせているナイトメア。正直、似合わない表情である。もしかしたら、堅い『黒い箱』を相手にツルハシを振るい続けて、ハイになっているのかも知れない。

 元気に振り下ろされるツルハシと黒い壁がぶつかり合って奏でるハーモニーを聞きながら、かおりは努めて冷静さを保ち、この現状を打破するためにどうするべきかを考えていた。
 冥子は澪達に良い所を見せようと、あの〜、えと〜、と慌ててはいるが取り乱すまではいかず、いつもよりかは比較的しっかりしている。しかし、如何せん経験不足なせいか、どう対処すれば良いのか分からないようだ。
 逆に薫、葵、紫穂の三人は冷静であった。B.A.B.E.L.の特務エスパーなので、もしかしたら冥子以上に荒事には慣れているのかも知れない。しかし、薫以外はまともに超能力も使えない状態であり、その薫も手加減する事が苦手であった。それに、超能力が悪魔に通じるかも謎だ。何より、年長者として子供を前面に押し出す訳にはいかないだろう。特務エスパーですらない澪は以ての外だ。
 タマモとテレサは、更に微妙な状態であった。まずタマモだが、攻撃が出来ないとなると狐火などを使う事が出来ない。幻覚を見せようにも、そもそも目で見て判断しているかどうかも分からないため、あまり意味はなさそうであった。テレサは更に悲惨だ。メイド服がよく似合う彼女だが、着ているそれはあくまでただのメイド服、カオス製の神通手袋すら無い。つまり、パワーはあっても霊的存在には何も手出しが出来ない状態なのだ。この二人は戦力として考える事は出来ないだろう。
 そして、かおり達はと言うと、自ら志願して横島の除霊に同行しただけあって怖じ気付いたりはしない。しかし、装備を一切持ち込めず、記憶の部屋での格好のままだったため、戦おうにも手段が限られてしまう。具体的に言うと『ネクロマンサーの笛』が無いおキヌと、『ファントムの仮面(ペルソナ)』がない美菜の二人は、まともに戦える状態ではなかった。
 逆に『水晶観音』が使えるかおりと、『雷獣変化』が使えるメリーは、今の状態でも戦えるだろう。かおりの『水晶観音』は媒体である数珠が必要なのだが、幸い令子と同じ格好をしていた彼女の首には精霊石のネックレスがあった。本来の媒体ではないため、100%の力は発揮出来ないだろうが、それでも無いよりかはマシだ。どちらも霊力で自分の身体を覆うタイプの霊能であるため、令子譲りのボディコンに白いビキニの水着と言う、あまり人に見せたくない姿を隠す意味でも丁度良いと言えるだろう。
「かおり、何か作戦はあるの?」
 『水晶観音』を発動させたかおりに、真面目な表情の美菜が問い掛けた。いつもの見ている方が眠くなるような表情ではなく、真剣そのものだ。流石にこのような状況では仮面がなくとも眠いとは言ってられないのだろう。そんな美菜は、かおりが持っていた神通棍を受け取り、それを伸ばしている。途中入学の編入生であるおキヌとは異なり、彼女は六女で基礎から学んでいるため、GSの基本装備である神通棍の使い方も学んでいるのだ。
「……何人かで式神を抑えている内に、ナイトメアを叩くしかないでしょうね」
「う〜ん、やっぱりそれしかないかぁ」
 かおりの言葉に、頭を掻きながらどっと疲れたような表情で返すメリー。彼女は雷獣に変身すると喋れなくなってしまうので、一旦元の姿に戻って作戦会議に参加している。彼女がそんな反応をするのも無理はあるまい。何せ十二人掛かりでも抑える事が出来なかった相手を、その半分以下の人数で抑えろと言われているのだから。
「でも、そうなると……ナイトメアに向かうのは冥子さんですよね」
「え〜? 私〜?」
 意外だと言いたげな顔で目を丸くする冥子。まさか、肝心要の部分が自分に振られるとは思ってもいなかったのだろう。しかし、このメンバーの中で最も強いのは間違い無く冥子である。
 横島の下で修行するようになって分かった事なのだが、霊能力者の強さと言うものは、どんな霊能、術を覚えているかよりも、霊力そのものの強さに依るところが大きい。そして、日本有数の霊能力者の家系である六道家、その跡取り娘である冥子の霊力の強さは、かおり達がまだ見習いである事を差し引いても頭抜けていた。仮にも「悪魔」であるナイトメアと戦うのは、やはり冥子の役割だろう。
 そして、かおり達もナイトメアとの戦いを冥子に押し付けて楽をしようと言う訳ではない。冥子がナイトメアの方に向かうとなれば、残りの戦力はかおりとメリー、辛うじて神通棍を持った美菜の三人である。おキヌは、ネクロマンサーの笛が無くては戦えないのだ。つまり、横島の式神をたった三人で抑えなければならない。
 だが、ここで引く訳にもいかなかった。このままでは、自分達は何時までも夢の中に閉じ込められたままだし、何より横島がナイトメアに取り殺されてしまうだろう。やらねばならないのだ。
「おキヌさんは、タマモちゃん、テレサさんと一緒に薫ちゃん達を連れて下がっていてちょうだい」
「は、はい!」
 おキヌは、薫達四人を連れて記憶の扉が並ぶ通路へと続く階段の所まで下がった。子供達が戦いに巻き込まれるのは、どうしても避けねばならない。
「それじゃ、いきますわよ! 私とメリーさんが前に出て守りに徹し、美菜さんはフォローをお願いしますわ!」
「雷獣変化ッ!」
 かおりの声を合わせて、メリーも『雷獣変化』を発動させた。ビキニで覆われた抜群のスタイルを誇る長身が煙のような霊力に覆われ、みるみる内にその身を四足歩行の獣へと変える。
 絶対の条件として、こちらから攻撃する事は出来ないが、どちらにせよかおり達だけでは式神を倒す事は出来なかっただろう。幸い、式神のスピードは前回同様遅いようだ。
「遅いッ!」
 スローな動きで繰り出された強烈な拳の一撃を、かおりは六本の腕の内、霊力で構成された追加の四本の腕でいなして躱した。ミシリと嫌な音が聞こえてくる。やはり、まともに受けるのは難しいようだ。
 続けてメリーは俊敏な動きで式神の蹴りを避ける。こちらはかおりと違って囮に出来るような予備の腕など無いため、掠りもしないように避け続けるしかない。かおりは直ぐさま、メリーのフォローを優先するよう、美菜へと指示を飛ばした。
「……これは、前回より遅い?」
 しばらく攻撃を避け続けていたかおりが、ふと違和感を覚えた。横島がコントロールしていないせいか、前回よりも式神の攻撃が大振りで、イメージしていたよりも遅いのだ。
 チラリと横に視線を向けると、意を決した冥子が、式神のハイラを連れてナイトメアに向かって行くのが見えた。後はおキヌ達と冥子の方へ、横島の式神が行かないようにすれば良い。
 これなら行けるかも知れない。かおりは確かな手応えを感じ、微かに笑みを浮かべるのだった。


 一方、かおり達が式神との戦いを始めても、しばらく躊躇していた冥子だったが、澪達が心配そうに自分を見ている事に気付いて、勇気を振り絞ってナイトメアに向けて駆け出した。
「そこまでよ〜、ナイトメア〜!」
 あまり走るのは速くないが、ハイラと共にかおり達と横島の式神の戦いに巻き込まれないように走り抜け、ナイトメアに近付き、冥子にしては頑張って声を張り上げた。
「チッ……お前が来たのかい。あとちょっとの所で!」
 忌々しそうに振り返るナイトメア。他の者であれば、すぐさま精神攻撃で心を凍らせるところなのだが、式神を出している状態の冥子は、常に強力な霊波を放出し続けているため、下手に精神攻撃を仕掛けると例の心象風景カウンターを食らってしまう。
「ハイラちゃん〜〜〜!」
「キィッ!」
 ナイトメアが躊躇している隙を突いて、冥子がハイラに毛針で攻撃させる。ナイトメアは両腕でガードして顔を庇うが、しっかりとダメージを受けていた。精神を攻撃する事に関しては、「悪魔」と呼ばれるのに相応しい力を持っているナイトメア。しかし、それに特化しているため、精神攻撃が出来ないとなると、途端に出来る事が少なくなってしまう。
「こうなったら!」
 精神を攻撃出来ない以上、別の方法で冥子を叩くしかない。そこでナイトメアはもう少しで終わりそうだった穴掘りを一旦中断し、横島の式神を自分の下に戻して、それで彼女を攻撃する事にする。
「式神の動きが!」
 これにはたまらず、かおりが声を上げる。散漫な攻撃をいなし続ける事で、逆に式神を足止めしていたのだが、ナイトメアに呼び戻された事で動きを変え、周囲のかおり達に目もくれずに、真っ直ぐ冥子に向けて進み始めたのだ。
 何とか止めたいが、攻撃して気を引く事も出来ない。かおりは慌てて式神の進行方向に回り込み、何とか力で押し返そうとするが、パワーが違い過ぎて逆に押されてしまう。メリーと美菜も回り込んで三人掛かりで押し返そうとするが、結果は同じであった。
「え〜? え〜?」
 冥子もようやく、式神が迫っている事に気付いた。前門のナイトメア、後門の式神。どうにかしなければならないのだが、どうすれば良いのか分からない。経験の乏しい彼女は、こう言う時に必要な判断力が欠けている。判断力以外にも色々と欠けているが、この際それについて指摘してはいけない。
「チャンス!」
 一方、ナイトメアの行動は早かった。黒い壁の穴を開ける。やるべき事がハッキリしているため、迷う事なく行動に移せるのだ。
 冥子の事は式神に任せておけばいい。先程まで毛針で攻撃してきていた鬱陶しいハイラも、今は冥子の指示を待つ事なく式神を押し返そうとかおり達に協力している。しかし、元々パワーがあるタイプではないため、あまり効果は無いようだ。遅い歩みが更にもう少し遅くなる程度である。
「不味い、止まらない!」
 そのままかおり達の存在を意にも介さずに、冥子に手が届く距離まで辿り着いた式神は、彼女を攻撃するべく大きく腕を振りかぶった。
「きゃあ〜〜〜!」
 その迫力に冥子は思わず目を瞑り、しゃがみ込んで悲鳴を上げる。
「………あら?」
 しかし、いつまで経っても、腕が振り下ろされてこない。疑問符を浮かべた冥子が目を開き、視線を上へと向けてみると、式神の拳が振りかぶった時よりも更に上の方へと離れていた。
「あら〜?」
 不思議そうに式神を見上げながら立ち上がる冥子。拳だけではない。横島の式神は全身全てが宙に浮かび上がっていたのだ。空中でもがいているが、手足がどこにも届かない状態であるため、殴り掛かる事しか出来ない式神では、どうする事も出来ないようだ。
「冥子ねーちゃん、大丈夫かー!?」
 少し離れた場所、おキヌ達が居る階段の近くで、一歩前に出た薫が両手を式神に向けて突き出していた。
 彼女はその念動能力で、式神を持ち上げてしまったのだ。攻撃している訳では無いので横島にもダメージは無く、霊的存在に対してダメージを与えられるかを気にする必要も無かった。現に薫の念動能力は、式神を高く持ち上げて完全に無力化させているのだから。
「あれ? これなら、私が力尽くで押さえつけても良かったんじゃ……?」
 念動能力で浮かぶ式神を見て、テレサがポツリと呟いた。しかし、三人掛かりでもスピードを緩める程度しか出来なかった力の持ち主に、どこまで力で対抗出来たかは正直微妙なところである。
 しばし呆然と宙に浮かぶ式神を見詰めていた冥子達。やがてかおりがハッと弾かれたようにナイトメアの方に振り向いた。

「ブヒヒヒッ! ちょっと気付くのが遅いんじゃない? ほぅら、こっちはたった今、掘り終わったわよ!!」
 しかし、それは少し遅かったらしい。いやらしい笑みを浮かべるナイトメアが指差す先には、ツルハシで削られた黒い壁に小さな穴が開いている。指が一、二本入るかどうかと言った小さな穴だが、ナイトメアにしてみれば空間が繋がっているかどうかが重要であるため、それこそ針の穴でも構わない。支配するには十分過ぎる大きさの穴だった。
「ブヒヒヒーン! 強い力が漏れ出してるじゃない? これだけ強ければ、あんた達なんかひとひねりかもね!」
 その言葉を聞くまでもなく、たじろぐ一同。小さな穴から溢れ出す力は強烈な霊圧となって彼女達に襲い掛かっていた。美菜は意識が跳びそうになってフラッと崩れ落ち、雷獣に変化しているメリーは、今にも身を翻して逃げ出してしまいそうな程に怯えている。
 ナイトメアの言葉に嘘は無い。黒い壁の向こうに居る何かは、横島の式神以上に強いと言う事が彼女達にも感じ取れた。
「さぁ、出ておいで! ボクの可愛い下僕ちゃん!」
 壁の向こうの何かは、その言葉への返事代わりに、小さな穴を押し広げるように突き破って拳を突き出した。そして壁から肘から先が突き出た形となる。その腕は横島の腕ではない。明らかに女性の物であった。
 同時に霊圧も強くなり、冥子達は一歩、また一歩と後ずさってしまう。逃げ出さねばならない。頭で考えるよりも先に本能的な恐怖を感じ取っていた。
 そして、それはおキヌ達も同様であった。タマモは超感覚を持つが故に他の者よりも敏感に壁の向こうの存在の力を感じ取っているようで、その身を縮こまらせていた。葵と紫穂は抱き合って怯えている。薫も力が抜けて、思わず式神を落としそうになってしまうが、そんな薫の肩を澪がポンと叩き、彼女を勇気付けるように、その背中を支えた。
「澪……?」
「大丈夫、あれは、大丈夫だから」
「澪、あれが何か分かるの?」
 テレサの問いにコクリと頷く澪。何故か澪は、壁の向こうの存在を味方だと判断していているようだ。
「どうしたの? さぁ、早く、出て――ブヒン!?」
 腕以降がなかなか出てこないため、黒い壁に近付いて行ったナイトメア。しかし、その顔を近付けた瞬間、穴の無いところから繰り出された拳が壁を貫き、ナイトメアの馬面に炸裂する。
「な? な? な?」
 ナイトメアは、何が起きたのか理解出来なかった。支配したはずの何かから攻撃を受けている。壁の向こうに居たのは一体何だと言うのか。
 二箇所に穴が開けられたためか、黒い壁が崩れていき、人一人が通れるぐらいの穴が開いた。その穴から腕の主がのそりと姿を現す。
 やはり横島ではない。穴の中から現れたのは、黒髪の女性であった。
 少々古臭いデザインの衣服に、水玉模様のエプロン。少しウェーブのかかった長い黒髪の女性だ。
「……誰?」
「どこかで見た事があるような……?」
 初めて見る顔だ。しかし、どこかで見た事があるような気がする。
 皆同じ疑問を抱いていたようで、揃って首を傾げていた。
 テレサは不思議そうな顔をして澪の方を見た。彼女だけだ。澪だけが、壁の向こうの存在を味方だと判断していた。見てみると、澪だけでなく薫の方も持ち直している。実際にその姿を見て、彼女も女性の正体が何であるかに気付いたようだ。
 小さくポツリと、それでいて、皆にハッキリと聞こえる声で澪が呟く。

「……お母さん」

 皆の表情が驚愕に染まる。それと同時に、おキヌがあっと声を上げた。気付いたのだろう。かなり若いが、ナイトメアを殴り倒した女性の顔立ちは、おキヌ達が知る百合子と同じものだと言う事を。
「ま、まさか、コイツは……ぶぎゃ!?」
 若い百合子は、更にナイトメアへ容赦のない攻撃を加える。完全にナイトメアの支配を撥ね除けていた。
「や、やっぱり、コイツは支配出来る訳がない!」
 ここに来てナイトメアが悲鳴のような絶叫を上げた。理解してしまったのだ。この若い百合子の正体を。
 横島に取り憑いたナイトメアは、横島の精神を支配して、その能力を利用する事が出来る。では、何故この百合子は支配出来ないのか。その理由は一つ、この百合子は横島自身も支配下に置けていないと言う事だ。
 横島は基本的に煩悩に塗れた人間であり、それを百合子によって躾けられた理性で押し留めていた。そう、この百合子は、彼が幼い頃に母親によって植え付けられた躾そのもの。横島自身にはどうしようもない枷であり、ある種のトラウマ――彼が絶対に敵わないと信じる、最強のイメージそのものであった。

 横島の精神を支配しているナイトメア。だが、その精神の中に横島に支配出来ない、横島以上の力を持つ者が存在する場合はどうすれば良いのだろうか。
「ちょっ、コイツ無茶苦茶じゃない!? 深層心理の底に、こんな物騒なの飼ってるなんて……へぶっ! あぁ、ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
 答えは、一方的にタコ殴りにされるしかない。
 式神が無力化された今、他の「過去」の横島を泉から呼び出そうとしても、百合子はその間すらも与えてはくれなかった。
「かーちゃん、すげー……」
「流石、お母さん」
 呆然とその馬面が変形していく様を眺める薫達。ただ一人、紫穂だけは心ここにあらずと言った感じで、別の事に思いを馳せていた。
「やっぱり、あの精神防壁じゃなかったのね。『関係者以外立ち入り禁止』ってどこにも書いてなかったから、妙だと思ったわ」
 当初、彼女はナイトメアが掘っていた防壁が、かつて見た謎の精神防壁だと考えていた。しかし、例の『関係者以外立ち入り禁止なのね〜』の看板が無いため、もしかしたら、これは違うのではないかと思い始めていたのだ。
 そんな事を考えている内に徐々に意識が薄れてきた。百合子によりナイトメアが倒されてしまったらしい。例の精神防壁を見られなかったのは残念だったが、仕方あるまい。
 いずれ機会がある。そんな事を考えながら、紫穂は自分の意識が光の奔流の中に飲み込まれて行くのに、身を任せるのであった。





 白井総合病院のベッドで横島達が目覚めると、前回同様ナイトメアに眠らされてから三日が経過していた。前回は幽霊であったおキヌは、今回は生身であったため、あの時の横島達と同じ苦しみを味わい、改めて自分は生き返ったのだと幸せを噛み締めていたりする。
 おキヌだけでなく、横島と冥子も分かっていたが、これから数日は一睡も出来ない日々が続くだろう。しかし、今はとりあえず全員無事に生還出来た事を祝うとしよう。
 横島の隣のベッドでは、連絡を受けて家から駆け付けた百合子が、薫、澪、葵、紫穂の四人を並べて彼女達の無事を喜び抱きしめたりしながらも、勝手に冥子について行った事について説教をしていた。薫は先程、若き日の百合子がナイトメアをタコ殴りにした所を見たばかりなので、殊勝な態度でおとなしく話を聞いている。
「横島君〜、お疲れさま〜」
 説教される薫達を横目に見ながら、横島がベッドの上で呆けていると、冥子が病室に入ってきた。皆、肉体的に異常はなく、すぐにでも退院出来る状態であるため、冥子は既に着替え終えて退院の準備を終わらせている。
「さっき〜、組長さんに会って〜、横島君に『ありがとう』って〜伝えてくれって言われたわ〜」
「そんなの直接言ってくれりゃいいのに……」
「もう行っちゃったわよ〜。仏門に〜入るって言ってたわ〜」
 度重なる霊障トラブルに懲りたのか、地獄組の元・組長は仏門に入って、現役時代に傷付けた人々を弔う事にしたそうだ。横島はそこまでしなくても良いのではないかと思うが、本人は既に決意を固め、横島達には合わせる顔が無いと、既に病院から出て行ってしまったらしい。

 六道夫人はと言うと、全員が無事に生還した事は喜んでいたが、それと同時に事後処理のために忙しく駆け回っていた。
 おキヌ達については大目に見ても構わないのだが、ここは教育者として心を鬼にし、一睡も出来ない間も学校にちゃんと登校するように申し付けておいた。それともう一つ、夜眠れないからと言って、深夜に出掛けたりはしてはいけないとも伝えておく。
 横島達はと言うと、こちらはそこまで真面目に学校に行く気はないようだ。薫達が盛り上がって、一睡も出来ない数日間を報酬として受け取った別荘で過ごそうと計画していた。
 ただし、テレサはメンテナンスを受けなければいけないため同行出来ない。タマモの方は横島達と同じように一睡も出来ない状態となっているため、別荘に同行する事になるだろう。

 百合子は、予定ならば既にナルニアに帰っているはずだったが、横島達が昏睡している状態では帰る事が出来ずに、飛行機のチケットをキャンセルしてこの三日間待ち続けてきた。今からチケットを取るのであれば、いつ取っても変わらないため、彼女も別荘に同行し、横島達が眠れるようになった事を確認してから帰国する事になっていた。
「よぉっし! バーベキューだな!」
「そう言や、いつかそんな話もしてたな」
 その話を聞いて、薫が嬉しそうな声を上げる。三日前は横島の仕事があるため、のんびりと出来なかった。しかし、今回は一睡も出来ない身体を休ませる事が原因なので、ゆっくり遊ぶ事が出来るはずだ。
「あら〜、楽しそうね〜。私も行っちゃ〜ダメかしら〜?」
 そんな話を傍から聞いていて羨ましくなったのか、冥子は自分も行きたいと言い出してきた。澪が歓迎ムードであり、六道夫人から、冥子も数日間眠れないだろうから、是非一緒に頼むと言われたため、別荘行きのメンバーに冥子が加えられる事となる。一行は一刻も早く別荘に行きたいと急いで退院の準備を整え、家に帰ると、その日の内に準備をして出発するのだった。


 今度は電車で現地に向かい、別荘に到着した一行は早速バーベキューの準備をする。
 薫が横島家に来た頃、家を除霊の報酬で貰ったと言う話を聞いた時に言っていたのだ。次は別荘が貰えるような仕事をしろ、川原でキャンプできるとことかがいいと。流石にキャンプをするには準備不足であったが、バーベキューならば、横島の家に器具が揃っている。薫の夢の一つが、ようやく叶ったと言って良いのかも知れない。
「そう言や忠夫、この別荘はどうするんだい? なんなら、維持費とかは父さんが出すようにするけど」
「いや、流石にそこまで頼るのはな〜」
 バーベキューを焼きながら問い掛けてきた百合子の問いに、横島は困った表情をして答えた。実際問題として、今の横島ではこの別荘を維持するのは難しかった。既に元・組長は引っ越してしまったため、中の家具、調度品は無くなっており、別荘としての態を整えるだけでもかなりの出費となると思われる。
 だからと言って、父大樹を頼れば良いのかと問われると、それも首を傾げざるを得ない。
「それなら、思い切って手放しちゃえば?」
 横島の隣に腰掛けていた紫穂が、そんな提案をしてくる。横島自身も考えていたが、薫との約束を気にして言えなかった事だ。紫穂は接触感応能力で心を読んだ訳ではなく、ただ単に彼の考えを察したのだ。
「え〜、せっかく手に入れたのにもったいないじゃん!」
 案の定、薫は嫌そうな顔をする。しかし、葵の方は紫穂の意見に賛成した。
「ウチは紫穂に賛成や。ここしか来られへんより、どうせなら色んなとこに連れてってもらいたいやん」
「ム……」
 どうせなら別荘ばかりではなく、様々なところに連れて行って欲しいと言うのだ。薫は唸った。それはそれで実に魅力的な提案に思える。悩んだ薫は、澪とタマモにも意見を求める事にした。

 タマモはハンモックを用意して、木陰で休んでいた。眠れないとは言え、疲れている事に変わりはないようだ。
「ん〜……一回爆破されて、一回ナイトメアに憑かれたんでしょ? 縁起悪いわよ」
 そんな彼女は、別荘を手放す事に賛成していた。ただし、葵達とは異なり何度も霊障に遭うこの別荘は縁起が悪いと言うのが理由である。

 澪の方はと言うと、冥子に式神を出してもらい、式神と一緒になって遊んでいた。この二人、別荘に来てから更に仲良くなったようだ。
「……どっちでも良い。みんながいるとこなら、どこでもいいから」
 彼女は別荘を手放すかどうかについては中立だ。澪にとって重要なのは横島や皆と一緒に居る事であり、場所がどこであるかはあまり関係ないのだろう。

「うぅ……」
 意見を集めてみると、手放す事に賛成する意見が多数であった。
「わーったよ! でも、眠れるようになるまでの数日間は、ここで思いっきり遊ぶからな!」
「それじゃ、決まりだな」
 薫が折れた事で、この別荘は手放す事に決定した。百合子も特に反対はしない。実は、彼女も横島だけで維持するのは難しいと思っていたのだ。だからこそ、大樹に協力してもらったらどうか提案していたのである。
「まぁ、妥当なところね。諸々の手続きは、私に任せておきなさい」
「よろしく頼むわ。その辺は愛子でもよく分からんだろうし」
 売却の手続きは百合子が担当する事になった。彼女にとって、それぐらいは朝飯前である。

「にいちゃん! その分、いっぱい遊んでくれよ!」
 薫が背中に飛び付いてきた。別荘は手放す事になってしまったが、それを理由に存分に甘えようと言うのだろう。
「そうね。数日眠れないとなると、時間はたっぷりあるわ」
「だからと言って、夜中に行けるとこなんか限られとるしな」
 続けて、紫穂と葵が左右の腕に抱き着いてくる。
 そんな横島達の姿を羨ましそうに見ているのは澪。そんな澪の姿をニコニコと微笑みながら眺めていた冥子は、にっこり微笑むと、いってらっしゃい〜と、彼女の背中をトンと押す。
 そのままの勢いで、てててと横島に駆け寄った澪は、背中、両腕が既に埋まっていたので、横島の膝の上に登り彼の身体に背を預けて座った。
「あらあら、大人気ね」
 横島の周りに集まる四人の少女達を見て、百合子はくすくすと笑う。
 今回は養女となった澪に会うために帰国したが、これでは澪だけでなく薫、葵、紫穂と合わせて四人の娘が出来たかのようではないか。タマモも合わせれば五人である。
 場合によっては澪をナルニアに連れて行く気であったが、今ならばハッキリと断言する事が出来る。澪は横島家に居た方が幸せであると。むしろ、この仲の良い兄、それに姉達と引き離してはいけないだろう。
「どうやら、私の出番はもうなさそうね」
 そう言って微笑む百合子の表情は、どこか寂しそうであり、またどこか誇らしげであった。

「なー、タマモねーちゃんも来いよー!」
「イヤよ。狭そうだし」
「あ……私が代わろうか?」
「いいじゃない。せっかくなんだから、もう少しこのままでも」
「いや、両手ホールドされてたら、俺は何も食えんだろうが」
「それなら私が食べさせてあげる♪」
 横島の反撃を逆手に取り、串に刺さった肉を差し出す紫穂。もしかしたら、最初からこれがやりたくて、利き腕である右手を捕まえていたのかも知れない。
「もーらいっ!」
 しかし、背中の薫も負けてはいなかった。肩越しに顔を出して横島に代わってその肉を食べてしまう。
「おいおい、俺が食えんぞ」
「それなら〜、私が〜食べさせてあげるわ〜。はい、あ〜ん〜」
「お、おう」
 一瞬、紫穂と薫の視線が交錯した隙を突いたのは、意外にも冥子であった。
 対する横島は一瞬驚きはしたが、空腹には勝てずに冥子が差し出した肉を食べる。
「あー! 冥子ねーちゃん、ずるいぞ!」
「え〜? でも〜横島君〜お腹空かせてるみたいだから〜」
「ほな、次はウチが。忠夫はん、どれがいい?」
「そっちのエビ頼むわ」
「それじゃ、次は私……」
「お前等ーーーっ!!」
 周囲に人家があれば近所迷惑になっていたであろう、薫の絶叫が響き渡る。
 一睡も出来ずに過ごした数日間、横島、タマモ、薫、葵、紫穂、澪、六人の仲良し兄妹は、終始こんな調子だったらしい。



おわり





あとがき
 澪が横島家の養女となる。
 元・地獄組の組長の別荘が再建されている。
 原作に登場したあの医者は、白井と言う名前の、白井総合病院の院長である。
 横島の心の中には、百合子の躾により形成されたブラックボックスが存在している。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定、またはナイトメアの精神構造をイメージ化した城等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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