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絶対可憐大作戦! 2


「これでよしと…」
 家に電話をかけ、昼食を一人分追加して欲しいと連絡する横島。
 幸い今日は土曜日。休日であるため、今も家は六道の生徒達で賑わっているだろう。昼食も全員分用意するのが通例なので、今から子供一人分増やすのも容易いはずだ。
 毎週これだと食費も馬鹿にならないのだが、このあたりは六道女学院の方から補填されていたりする。六道にしてみれば伝説に名を連ねる二柱の武神、斉天大聖と小竜姫の直弟子である横島に直接鍛えてもらえるのだ。真面目に稽古をしているのが一部の生徒だけである事を差し引いても、課外授業として扱うに足る十分なメリットがあると言う事だろう。それ故の援助である。

「相変わらず、君の家は賑わってるみたいだな」
「やっぱ、真面目に頑張ってる子は応援してやりたいからなぁ」
 運転席から声を掛けてくる西条に対し、バックミラー越しに視線を交わしながら答える横島。
 B.A.B.E.L.までは電車とバスを乗り継いで行った横島だったが、帰りは西条の車で送ってもらっていた。運転席に西条、助手席に美智恵、そして後部座席に横島と薫が座っている。
 そう、薫もここにいるのだ。
 彼女が横島の妹であると盛り上がってしまったB.A.B.E.L.の面々、特に桐壺の行動は早かった。それから十分もしないうちにお泊りセットを揃えた彼は、正式な事は後日として、とりあえず家族水入らずで過ごしなさいと二人を一緒に家に帰らせる事にしてしまったのだ。美智恵に口を挟む暇も与えない早業であった。
「横島君、駅前まででいいの?」
「愛子に買い物を頼まれてるんスよ。皆の分の飲み物」
 どうやら電話をした際に買い物を頼まれたらしい。

 家までは送ってもらわず、その最寄の駅前で降ろしてもらう二人。
 車に乗っている間、薫はB.A.B.E.L.での態度とは裏腹に始終どこかそわそわした様子で借りてきた猫のようにおとなしくしていた。
 腹違いの兄妹とは言え、初対面の男の家に行くのに緊張しているのかと思ったが、
「ふー、パトカーで連行されるなんて初めてだ。なかなかできない体験だよなっ!」
「…あれはパトカーじゃなくて西条の自家用車だよ」
「すっげー! あいつ金持ちなのか!?」
 その心配は無用だったようだ。大変元気がよろしい。

 その後、コンビニに立ち寄り買い物を済ませようとするのだが、そこで薫が横島から離れて一人商品を見て回る。そして目当ての物が見つかったのか、両手に商品を持ち横島の元へと駆け寄って来る。
「にいちゃん、これもー!」
 横島の方はお菓子の一つぐらい買ってやろうと軽い気持ちでいたのだが、薫が満面の笑顔で持ってきたのはスタミナドリンクと未成年への販売が禁止されている雑誌であった。
「俺も遠慮して買えんと言うのに、そんな物持ってくるんじゃないっ! 普通のお菓子選んで来い!」
「ちぇっ」
 残念そうな顔を見せる薫。しかし、お菓子は買って良いという言質をとった彼女は嬉々としてお菓子売り場へと向かった。  この少女を家に連れ帰ったらどうなるのだろうか、元より他人同士の寄り合いの様な家庭なのだ。そこに一石を投じる事になるのだから、心配で気が気ではない。しかし、同時にホームドラマを目指す机妖怪は降って湧いた事件を歓迎しあっさり受け入れるだろうと、どこか確信めいたものも感じてはいた。

 薫が選び直したお菓子も一緒に買って家路を急ぐ二人。並んで歩く二人の姿は傍目に仲の良い兄妹のそれだが、横島を知り、かつ事情を知らない近所の人達から見れば、誘拐の現場と誤解されていたかも知れない。もっとも、足取りの重い横島に対し、薫が手を引いていたため、横島「が」誘拐されそうになっていると言う誤解を生む可能性もあったりするのはここだけの話である。


「おー、結構でかい家じゃん! GSって儲かるんだな!」
「この家は報酬代わりに貰ったんだよ。先輩GSから譲ってもらった仕事で」
「って事は別荘とかも持ってるのか?」
「いや、それはない」
「次はそんな仕事やれよ、川原でキャンプできるとことかがいいな」
 家に辿り着き、そんな会話を交わしながら門を潜る二人。
「薫ちゃん、皆に紹介するからまず庭に行こうか」
「…皆?」
 怪訝そうな表情を見せる薫。ここまで横島の家族構成に関する話は一度もしなかったのだ、無理もない。
 庭に回りこんで縁側の方まで行くと、台所の方からエプロンを付けた愛子達が皆の昼食を持ってやって来た。
「あ、横島君。お昼ご飯一人分追加って一体………誰、その子?」
 今日の昼食はカレーらしい。愛子は良い香りを漂わせる鍋を持っていたのだが、横島と手を繋ぐ少女を見て思わずそれを落とした。
 そして、すぐさま下に回り込み鍋をキャッチするのはハニワ兵達。ナイスフォローである。
「あー、皆紹介するよ。この子は明石薫ちゃんと言って…その、俺の生き別れの妹らしいんだ」
「よろしくな!」
 次の瞬間、皆の驚きの声が響き渡り、横島の妹出現の報は瞬く間に近隣に知れ渡る事となってしまった。


「皆騒ぎ過ぎだっつーの。もう、近所中の噂になってるぞ」
「普通は驚くわよ」
 皆のカレーを皿によそいながら横島の愚痴に答える愛子。よそい終えた皿を横島の隣でおとなしく座っている薫に手渡す。
 愛子は純粋に妹が現れた事に対して驚いていたのだが、他の者はそれだけではない。横島が今日B.A.B.E.L.に行っていた事は彼女達も知っている。つまり、その直後現れた薫はB.A.B.E.L.から来たと考えられる。そして、薫のような子供がB.A.B.E.L.の一般職員であるわけがない。つまり、エスパーだと言う事だ。更に言えば、こんな小さい頃からB.A.B.E.L.に管理される必要があるエスパーとなると、その正体はおのずと限られてくる。彼女達もオカルト業界の人間、薫の正体に薄々勘付いていた。
 一方薫は、意気込んで乗り込んだは良いが、まさかこんな大人数に出迎えられるとは思ってもみなかったため、少し出鼻を挫かれていた。しかし、元々強気な性格の彼女がこのままおとなしくしているはずがない。愛子から皿を受け取ると、どうしても聞きたかった事を切り出す。
「なぁ、にいちゃん…ここって、にいちゃんのハーレムってヤツ?」
 吹き出す一同。平然としているのはタマモと、疑問符を浮かべているマリアぐらいだ。
「ち、違う! ちょっぴり望んでたりするが、断じて違うぞ! ここにいる皆は六道の生徒達でだな、ここには純粋に稽古のために…」
「あ、でも、この家『女子高生御殿』って近所でも評判ですよ?」
 慌てて否定する横島。しかし、すぐさま今日も稽古に来ていた香月姫に撃墜されてしまった。確かに近所でそう呼ばれているのは事実なのだ。ひとえに元幽霊屋敷で知名度が高いせいであろう。
 そして、薫の方はこれでいつもの調子を取り戻す。
「なぁなぁ、皆にいちゃんの彼女なのか?」
「ん〜、まだそんな仲じゃないかなぁ」
「まだって事はその気はあるって事じゃないか、どこまでいったんだよ?」
「やだ、も〜♪」
 彼女らもお年頃、恋愛絡みのゴシップは興味津々ではあるが流石に自分をネタにされるのは勘弁して欲しいらしい。姫は無邪気に笑っているが、張霞などは露骨に視線を逸らしたりしている。
「薫ちゃん。皆稽古するために来てるんだから、迷惑かけないようにな」
「…わかったよ」
 どこか不満そうな薫。そんな彼女を複雑そうに見つめる者の存在には、当の彼女も横島も気付かなかった。

「…ん?」
「にいちゃん、どうした?」
「………いや、なんでもないよ薫ちゃん」
 突然言葉を止めて庭の方を見ていた横島だったが、すぐに何もなかったように視線を戻す。
 庭の方から視線を感じたのだが、何も見つからなかったらしく首を傾げていた。


 一方B.A.B.E.L.本部では、桐壺と柏木の二人が驚愕の表情を浮かべていた。
 基本的に『ザ・チルドレン』の三人に対しては親馬鹿街道まっしぐらの桐壺。彼は陸自で開発中の特殊光学迷彩服の試作品を独自のルートで手に入れ、それを使って薫達を監視させていたのだ。
「…彼は、こちらのエージェントに気付いたのか?」
 そう、あの時横島が見た方向には、その迷彩服で姿を消したエージェントが居たのだ。
「『霊視』と呼ばれる能力かも知れません。あれはオカルトによる索敵に関しては想定外らしいですから」
「むぅ…GS協会の人材はそれほど優秀なのか」
 大きな誤解である。横島の霊視では神魔族や妖怪、または霊能力者の様な相応のマイト数を持つ者でなければ感知する事ができない。ただ単に彼個人の危険感知能力が高いのだ。令子の元で日々危険に晒される事により鍛え上げられたのであろう。
「とりあえず、うまくやっているようですね。今の所念動能力は見せていないようですが」
「まぁ、彼女達はGSのタマゴ。一般人とは感覚が違うのだろうが…」
「やはり心配ですか?」
 柏木の問いに苦い表情で応える桐壺。
 心配しないわけがない。それだけの理由が彼等にはあるのだから。


 そんな風に監視されているなど知りようのない横島家では、昼食を終えて本格的な稽古を行っていた。と言っても、その内容は横島が妙神山で習った基礎訓練に過ぎないのだが。
「なー、退屈だよー」
「今日は土曜日ですからね。横島さんも忙しいんですよ」
 退屈そうに縁側で胡坐をかく薫、その隣に座るのは薬師堂有喜。
 振り向けば居間でマリアとテレサがTVを見ているのだが、薫としてはTVを見るより、この家の者達と遊びたいと考えているらしい。
 横島の家に集まる六道の生徒、次のGS資格試験を受けるために毎日訪れる早生成里乃とその付き添いの逢大和の二人は例外として、いつしか平日は日毎に異なる者達が訪れるのに対し、土日の休日は特定のメンバーだけが訪れるようになっていた。
 その特定のメンバーとは、要するにクラス対抗戦参加者達の事だ。六道女学院側から見れば、卒業後GS資格を取れる見込みのあるメンバーである。
 ちなみに、横島の家を訪れる者は六道女学院霊能科の一年生だけだったりする。二、三年になると横島と同学年かそれ以上となるので、彼に教えを乞うのはあまり気が進まないらしい。六道理事長はそれを何とか堪えて彼から学び、色々な物を吸収して欲しいと考えているのだが、彼女達にもプライドがあるので無理強いできないでいる。それでも、以前にも増して除霊実習に打ち込む者が増えたそうだが。
 そして今日は土曜日、皆真剣に稽古をつけてもらいに来ている者達である。横島の妹が現れたからと言ってそれを怠るわけにはいかない。そのため彼女達は休憩する時ぐらいしか薫と接する時間がないのだ。
 何より、今日は横島が出掛けていると聞かされ肩を落としている矢先に、仕事がなくなったと当の本人が戻ってきたのだ。それだけに彼女達のやる気はうなぎ上りだったりする。
「て言うか、色気ないよなー。花の女子高生がこんだけ集まってナニやってるかと思えば」
 否定できないため苦笑するしかない有喜。そんな二人の元に横島が戻ってきた。
「あ、有喜ちゃん。薫ちゃんの事見ててくれたんだね」
「いえ、私も話し相手になってもらってましたから」
 有喜はそう言って柔らかく微笑む、その仕草には一片の澱みも無い。彼女は日本の旧家に生まれ、フランス人とのクォーターでありながら大和撫子として育てられた生粋のお嬢様である。横島は同じお嬢様でもかおりや大和とは違うんだなと、庭でいがみ合いながら稽古を続ける大和とかおりを見ながら、本人に知られると怒られそうな事を考えていた。
 確かに六道女学院霊能科に通うお嬢様と言う事で霊能力者の家系であると連想しがちだが、有喜はオカルトとはまったく関係ない家に生まれ、偶発的に霊力を持って生まれたタイプの生徒だ。古くから続く霊能力者の家系などそう多くはなく、六道の霊能科の生徒の大半は彼女の様なタイプなのだが、やはり第三者から見たイメージと言う物なのだろう。そのため有喜は六道に入学後しばしば霊能力者の家系であると勘違いされたりしていた。

「なぁ、あたしあの土偶を見てくるよ」
 二人の会話を遮ってやおら立ち上がると、庭のカオス式発電機に向かって駆け出す薫。その後ろ姿にどこか遠慮が感じられた横島はばつが悪そうに頭を掻く。
「まだ馴染んでないのかなぁ…」
「横島さんがですか?」
 普段の柔らかさより、どこか鋭さを感じさせる有喜の声。
 慌てて彼女の方に振り向くと、いつもの笑顔の消えた有喜が神妙な面持ちで横島を見つめている。
「やっぱり、いきなり妹だと言われても受け容れられませんか?」
「そんな事は…」
「あの子は必死にこの家に溶け込もうとしてますよ。横島さんは、どこか他人行儀だから敬称を使っちゃうんじゃないですか?」
 静かに問う有喜に対して横島は何も答える事ができなかった。彼なりに薫を受け容れようとしていたのは確かだ。しかし、彼女に対する態度と葵、紫穂の二人に対する態度に何か差はあっただろうかと考えると、無いと言わざるを得ない。つまり、他人の子供と同じ扱いをしていたと言う事だ。

「横島さんが霊力に目覚めたのって、ここ数年の事だそうですね」
「え、ああ…そうだよ」
 突然変えられた話題に戸惑う横島。有喜の表情から真意を探ろうとするが、視線を庭の方へ向けた彼女はそこで稽古に励む友人達より更に向こう側を見つめているよう気がする。
「知ってます? オカルトと関係ない家に力を持って生まれた子供がどんな幼少時代を過ごすのか…」
「………」
 何も言えない横島に対し、有喜はどこか陰のある自嘲的な笑みを浮かべている。
「どこへ行っても腫れ物扱い、化け物扱いされる事も珍しくないですね。学校でも、家でも…」
「有喜ちゃん…」
 現実は彼女の言う通りなのだろう。『愛子組』と再会した時の事が思い出される。
 いつか雪之丞からも同じような話を聞いた事がある。彼は元々白龍会と言う『白龍GS』を主催する僧侶の寺院で育ったのだが、そこに引き取られた理由と言うのが母親が亡くなった直後、生まれ付き霊力を持つ彼を持て余した実の父親により預けられたためなのだそうだ。そして、それ以降の父親の行方は分からない。そう、彼は捨てられたのだ。
 勘九郎や陰念も似たような生い立ちらしい。だからこそ、強くなるため、生きるために魔装術の契約を交わしたのだと彼は言っていた。

「私はまだましな方なんです。フランス生まれの御祖母様が私の力を受け容れてくれましたから」
 胸元のクロスを弄びながら有喜は微笑む。
 西欧は『教会』の勢力が強い地域であり、宗教と言う形でオカルトが身近にある。そこで生まれ育った信心深い祖母にしてみれば、彼女の霊力は神の祝福だったのだ。
 幼い有喜にとって彼女は心の支えだった。薬師堂家は仏教徒であり、彼女もまたそうだ。しかし、祖母からもらったクロスだけは特別なのだ。お守りとして今も肌身離さず身に付けている。

「薫ちゃんってB.A.B.E.L.のエスパーなんですよね? 多分、『超度(レベル)7』の『ザ・チルドレン』」
「…そうらしいね」
 一瞬隠そうかと思ったが、彼女がB.A.B.E.L.から来た事は既に知られているのだ。更に年齢の事も考えれば『ザ・チルドレン』に辿り着く事はオカルト関係者には難しい事ではない。横島は有喜の言葉を認める事にした。
「あの子…今まで学校に行った事もありませんよ。多分、幼稚園にも」
 横島の顔が瞬時に驚愕と怒りに染まる。
 実は、霊能力と超能力の二者を比べた場合、後者に対しての方が一般人からの風当たりは強い。
 何故なら、超能力はB.A.B.E.L.の定めた『超度』と言う数字によって公的に認知されてしまっているからだ。『超度』の低い者はほとんど力を持たないにも関わらず超能力者として見られ、薫の様に高い者はそれだけで危険人物として見なされてしまう。
 民間GSやオカルトGメンの場合は、あくまでも本人の意思があって免許を取得、ないしオカルトGメンとして任命されるわけだが、『超度』はB.A.B.E.L.が発見した力を持つ者全てを、それが子供であろうとも無差別に超能力者として認定してしまう。認定される側に、それを受け入れる意志や覚悟があるかどうかお構い無しに、だ。
 彼等は超能力者がどこにいるかを把握し、守るためと言っており、事実この制度とB.A.B.E.L.で開発された制限装置(リミッター)により、超能力の暴走による事故を未然に防ぎ、それにより超能力者の立場を守っているのも確かである。しかし、認定されてしまった方にしてみれば超能力者としての烙印を押されているような物であり、それが偏見の原因となってしまうのが現状だ。
 そのため、薫のような『超度』の高いエスパーは学校側から入学を拒否されるケースが多い。そして、超能力の研究を後押しする政府も、そちらへのフォローはまだできずにいる。

「そんな顔しちゃいけませんよ、横島さん」
 彼は薫の境遇に対して本気で怒っている。そう感じた有喜の顔から陰りが消えた。
「あの子の事、受け容れてあげてください。そしてたっぷりと愛してあげてください。御祖母様が私にそうしてくれたように」
 そう言って、いつもの柔らかな微笑みを浮かべる有喜。
 霊能科に通う少女達は、多かれ少なかれ似たような幼少時代を過ごしているのだろう、強い力を持つ彼女達は特に。それでも今こうして笑っていられるのは彼女を受け容れてくれる人、そして六道女学院で同じ力を持つ仲間に出会えたからに違いない。
 薫もこうならなければいけないのだ。そのためには今のままではいけない。
 遠慮をしていたのはきっと横島の方なのだろう。二人はこれから離れ離れになって暮らした十年と言う歳月を埋めていかなければならないのだ。遠慮なんてしている場合ではない。

 決意を固めたのなら、後は行動あるのみ。横島はすくっと立ち上がると手を拡声器のようにして庭でしゃがみ込む薫に声を掛ける。
「おーい、薫ー! 買い物に行くぞー!」
 一瞬呆気にとられた薫だったが、横島の隣に座る有喜が自分にむかってウインクをしているのに気付くと、彼女が彼に入れ知恵したのだろうと察して駆け寄ってくる。
「なんだ、今度は晩飯の買い物か? にいちゃん、パシリにされてるのかよ」
「違うわい、お前の日用品とか揃えに行くんだよ」
「へ? 着替えとかは持って来てるぞ?」
 確かに、B.A.B.E.L.の用意したお泊りセットだけは持って来ている。しかし、中に入っているのは数日分の着替えや洗面用具だけで、言うなれば旅行に行くためのそれであった。
「あのな、お前はここに泊まるんじゃなくて、ここで暮らすんだろうが。まだ布団すら用意してないんだぞ」
「あ…」
 言葉を失う薫。彼女はこれだけ客が集まるなら客用の物が有り余っているだろうし、自分もそれを使えばいいと考えていたのだ。
「それに、いつまでもB.A.B.E.L.の制服着てるわけにゃいかんだろ。服も一通り揃えないとな」
「そりゃ、まぁ」
 視線を逸らして薫は言葉を濁す。確かに横島の言う通りなのだが、そこまでしてもらっていいものかと迷っている。
 しかし、横島は遠慮しない。そう決めたのだから。
「よし、それじゃ行くぞ薫!」
「え、おい!?」
 不意に抱え上げられたかと思うと、次の瞬間薫は横島に肩車されてしまっていた。
「恥ずかしいだろ、降ろせよ!」
「はっはっはっ、俺は韋駄天と追いかけっこした事もあるんだ。逃げ足なら車より速い、多分!」
「そういう問題じゃねー!」

 言い争いつつもどこか楽しそうな声が遠ざかって行く。
 横島に駆け寄る友人達を防ぐ防波堤となっていた有喜は、居間から自分に向けて無言で親指を立てるマリアとテレサに対して、自分もまた慎ましやかに親指を立てて応えるのだった。


 確かに、稽古をつけてくれるはずの横島が急に出掛けてしまっては、彼女達にも色々と言いたい事があるだろう。
 横島と有喜の会話を聞いていたらしいマリアとテレサが援護してくれたおかげで、有喜はなんとか皆に事情を説明する事ができた。特にマリアはいつもの無表情だが、どことなく熱心に説得にあたってくれた気がする。
 丁度皆の説得を終えた頃、朝一番に仕事があるからと昼からの参加となっていたおキヌが顔を出した。
 愛子が嬉々として薫の事を話し、対するおキヌは「え、横島さんに妹さんがいたんですか?」と目を丸くして驚き戸惑っている。無理も無い。
 生き別れの妹が見つかったと言えば聞こえがいいが、言葉を変えれば親に隠し子がいる事が発覚したと言う事だ。皆もどう接していいのか戸惑っている面がある。
「横島さんが受け容れてるならそれでいいと思うけど」
 有喜はそう言うが、それはむしろ彼女の願望である。横島に幼い頃の自分と似たような境遇の彼女を受け容れて欲しかったのだ。
「隠し子だからと言って、あの子に責任がある訳じゃないしなぁ」
「そうなんですよねぇ…ちょっと親父臭いとこあるけど、いい子だし」
 これは魔理と姫、二人の意見だ。どう接するのが正しいかはわからないが、拒否する気はないらしい。
 その後もおキヌを交えて喧々囂々とディスカッションを続ける面々。それは休憩するために縁側に戻って来た成里乃から「貴方達、横島さんの妹だからって意識し過ぎじゃない?」と冷めた突っ込みを投げ掛けられるまで続けられた。

 結局の所は成里乃の言う通りだ。要するに問題は薫が横島の妹であるという一点にある。
 横島にはこれからも稽古をつけてもらうのだ、人間関係は良好であるに越した事はない。だからこそ、薫と仲違い等して自分に関する悪い評価が彼女から横島へと聞かされるような事態はどうしても避けたいのだ。
 確かに、薫は『超度7』の念動能力者であり、それが原因で一般人から疎まれる立場にある。しかし、GSの卵である彼女達にはそれこそどうでも良い事だった。何せ、彼女達も力を持つ者なのだから。強い力を持つ事を羨ましいと思う事はあっても、それを疎ましいと思う事など無い。
「私達の初対面の印象あんま良くないよなぁ」
「それは、どう接していいかわからなかった訳ですし…」
 揃って唸り声をあげる面々。どうせなら、嫌われるより好かれたいのが人情だろう。
 何より彼女達は毎日この家を訪れる訳ではない。ここで印象を強めて、きっちりと名を覚えてもらいたい。
「それじゃ、こう言うのはどうでしょうか?」
 おキヌが人差し指を立てて提案する。
 皆、真剣な顔をして彼女の言葉に耳を傾けるのだった。





 その頃、横島は住宅街を抜け、駅前の商店街に差し掛かったあたりで、人目を気にした薫により『超度7』の念動能力の凄まじさをその身で味わっていた。
「調子に乗るな!」
「ぐっ…これくらい、美神さんのお仕置きに比べれば大した事…」
 その言葉通りに横島はすぐさま復活し、驚いて固まっている薫の手を取ると、そのまま買い物へと向かうのだった。



つづく



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