topmenutext『黒い手』シリーズ絶対可憐チルドレン・クロスオーバー>絶対可憐大作戦! 4
前へ もくじへ 次へ

絶対可憐大作戦! 4


 薫が目を覚ましたのは、かなり朝早い時間だった。部屋の外で「ぽー!」と言う高い声と、情けない悲鳴のような声が聞こえたため、目を覚ましてしまったのだ。薫は知らない事だが、テレサをハニワ子さんが起こしに来たのだろう。
 昨晩、自分のために作られたネームプレートを受け取った彼女が選んだのは、横島の隣の部屋だった。
 しかし、当然の事ながらその部屋は家具も何もない殺風景な部屋だったため、その夜は横島の部屋に布団を二つ並べて寝る事になったのだ。
「人の事言えないけど、だらしねぇなぁ…」
 薫の視線の先には布団を抱き枕のようにして眠る横島の姿がある。そう言う薫の布団は寝ている間に蹴飛ばされたのか、足元の更に先だ。
 そして、しばしぼーっとしていた彼女がニヤリと笑う。
「ま、これぐらいは役得だよな」
 そう言って薫は念動能力を解放し始めた。
「よしっ、今日も元気だなっ!」
 そんな謎の台詞を口走りながら。


 その後、全然起きてこない二人を起こすべく愛子が襖を開いたのだが、彼女が見たのはいつもの布団の代わりに薫を抱き枕にし、仲睦まじく眠る兄妹の姿だった。
 その微笑ましい姿をずっと見ていたため他の者達も集まってしまい、結局家族全員と昨晩泊まっていた六道の生徒達に目撃される事となるのだが、そんな事薫にはどうでも良い事だった。横島にとってどうかは知らないが…。

 そうやって皆で横島兄妹を見守っていると、突然玄関のチャイムが鳴った。
「あら、お客様?」
「こんな朝早くに、まさか弓さん?」
「まさか、いくらなんでも…」
 そんな会話をしているうちに階下から玄関の扉が開かれる音と、ドスドスと表現するのが相応しい様な足音が聞こえてくる。
 状況が理解できず、何の対応もできない愛子達を尻目に、こちらのざわめきが聞こえたのか一人の女性が階段を上って来て、彼女達に近付いてくる。
 おキヌがいればすぐに気付いただろう、その女性は横島忠夫の母、百合子だった。
 しかし、彼女の目に愛子達は入ってないらしい。ただ、話し声が聞こえたから、二階にいるのだろうと判断したようだ。廊下に群がる女子高生達に視線を向ける事無く、開かれた襖の前に立つ。
「忠夫!」
 ここにいるのかい、と続けようとした百合子の目が驚きに見開かれ、そして言葉を失う。
 彼女の視線の先には「仲睦まじい兄妹」の姿。
 ただし、百合子は薫の顔を知らなかった。故に、彼女から見た薫は「見知らぬ少女」である。
 つまり、彼女の目には二人の姿は別の物に映る訳だ。
 その時、愛子達は確かに何かが切れる音を聞いた。
 直後早朝の住宅街に絶叫が響き渡り、近所でも噂の的となっている『女子高生御殿』に新たな噂が加えられる事となるのだが、それはまた別の話である。


「なんだ、あんたが薫ちゃんだったのかい。てっきり忠夫が犯罪に走ったのかと」
「ちょっとは自分の息子を信用せんかい!」
 横島はすぐさま言い返すが、愛子に傷の手当てをしてもらいながら反論する姿に百合子の目は細くなる。
 しばらく離れて暮らしていた息子の家にやって来てみれば、年頃の娘が十人近くいたのだから母親としては当然の反応だろう。
 一方、薫は横島の背中にしがみつき、隠れてしまっていた。先程、百合子により行われた「お仕置き」を目の当たりにしてしまったためだ。
 薫は元々叱られた経験と言うのがほとんど無い。言うまでもなく、原因は彼女の持つ力だ。
 彼女の念動能力は同じ『超度(レベル)7』の葵、紫穂と比べて攻撃的であり、それを受ける者の命を危険に晒す。そのため、超能力の制御がおぼつかず、子供の癇癪と同時に起こる暴走を恐れて、誰も幼い頃の彼女を叱る事ができなかったのだ。
 今では担当官の皆本が彼女を叱る事がしばしばあるが、百合子のそれは迫力が違った。本気で怖いのだ。
 超能力とか関係無しに勝てない。薫は本能的に悟った。

「で、何しに来たんだよ。親父と離婚するとか言い出すのは勝手だけど、俺はコメリカなんか行かねえぞ」
「復職したら絶対コメリカ行くって決まってる訳じゃないわよ」
 あっさりと言う百合子。そもそも、彼女は復職するとなればどのポストだろうと歓迎されるであろう伝説のOLだ。あの時はニューヨークの支社のポストが空いていたのだが、今もそうだとは限らない。
 横島はそれを聞いて少し安心するが、逆に言えば今復職したらどこのポストに据えられるかは分からないと言う事でもある。
「そんな事はどうでもいいのよ、あんた除霊事務所を開業したそうじゃない。昨日聞いて驚いたわよ」
「へ?」
 横島にしてみれば、両親には既に連絡しているはずなので今更の話だ。実際は大樹により百合子には報されていなかったのだが。
「ちょ、ちょっと待て。まさか前みたいに仕事辞めろとか言うんじゃないだろな?」
「…忠夫、あんた村枝商事の仕事もやった事あるみたいね」
「え、ああ、工場跡地の地縛霊の除霊を一回」
 その時、窓口となったのがクロサキだったりする。
 百合子は面白くなさそうにバックから書類の束を取り出して溜め息をついた。
「人類唯一の文珠使い。神魔族との深い交流を持っていて、GS協会の『交渉役』猪場派の若手ホープ」
 そして苦虫を噛み潰したような表情で書類を読み上げていく。
 その書類はGSとしての横島忠夫についての調査書類。オカルト業界については素人のクロサキが調べた物なためそれほど突っ込んだ内容ではないが、それでも横島が業界の中でも注目される立場にある事はわかる。
「そして、新時代の若手GS代表格…随分と評判がいいのね」
「そ、そうなの?」
 驚いた表情を見せる横島。百合子の言葉を聞いていた有喜達は尊敬の眼差しを横島に向けている。
 確かにオカルト業界から見た横島の位置付けはそうなのだ。神族の出張所である妙神山に顔パスで入る事のできる人間などそうはいないし、半年近く滞在していた者となると更に数は減る。
 魔族に対してもそうだ。横島自身が半魔族である事を抜きにしても、魔界正規軍の士官であるワルキューレ、ジーク姉弟と懇意であり、魔王≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスの娘でその後継者とされるルシオラ達三姉妹とは義兄妹の間柄だ。
 更に言えば、『愛子組』の騒ぎの際に横島を救うために真の《蝿の王》が動いているため、否応なしに魔王達の間での横島の注目度は上がっている。
 もっとも、本人にその自覚は欠片もないだろうが。

「ここまでやれるなら、流石に辞めろとは言わないけど…あんた、ちゃんと学校に行ってるんだろうね?」
「うぅ」
 全く行ってない訳ではないが、出席率はかなり悪い。
 無論、たださぼっている訳ではなく。除霊依頼がそれだけ来ていると言う事だ。ただ、まだ新人のためか都内からの依頼は少なく、地方からの物が多いため、数日かけて泊り掛けで仕事をする事が多い。そのためおのずと東京に居る日数が減り、学校へ行く日も少なくなってしまう。
「ちゃんと高校を卒業すると言うなら私もそっちに関しては何も言わないわ」
「…じゃあ、どっちに関しては言うんだよ?」
 訝しげな横島に対して、百合子の目が鋭くなる。彼女の視線の先には一箇所に集まって親子の会話を見守っていた有喜達の姿があった。

「こちらのお嬢さん方とはどういう関係なのか、きっちり説明してもらうわよ?」

 お仕置き再び。
 横島が説明するよりも速く、百合子の一撃がその腹に炸裂した。

「に、にいちゃん、大丈夫か?」
「なんとか…」
 あまり大丈夫ではなさそうだ。


「この子達はGSの卵で、あんたが稽古をつけてやってると」
「い、一応…一年生だけだけど六道女学院公認っス」
 息も絶え絶えの横島に有喜達もそれを肯定し、百合子も彼女達が「何故ここにいるのか」については納得する。
「それじゃ、そちらのお嬢さん達は?」
 視線の先にはタマモと小鳩、そしてマリア、テレサ姉妹の二人。
 タマモ、マリア、テレサの三人はどう見ても女子高生には見えない。そして小鳩は学校に来た百合子と顔を合わせた事がある。六道の生徒でない事を彼女は知っていた。
「小鳩ちゃんは、確かあのアパートの隣の部屋に住んでたわよね。親御さんはどうしたの? あんた、まさか…」
「違ーう! 息子を何だと思ってるんだ!」
「あの、私はお母さんが病気療養中で、母子家庭ですからその間こちらに居候させてもらってるんです」
 焦る横島を小鳩がフォローする。
「私は今ここの事務員をやってるんです。それで元々は学校に住んでたんですけど、こちらに」
「マリアも・居候です」
「私は、使用人として雇われてるのよ。って、私達が人造人間だってわかってる?」
 テレサの言葉に目を丸くする百合子。マリアの事は以前帰国した際に会っていたため知っていたが、テレサの事は知らなかった。何よりテレサの表情、仕草は人間のそれとさほど変わらないため、傍目には人間と区別がつかないのだ。
 そのおかげで接客を任されているので、ある意味では横島除霊事務所の看板娘だったりする。
「私は、そうね…囲われてるって言ったらいいのかしら? こういうのって愛人って言うの?」
「ただの穀潰しだ」
 確信犯的に妖しく微笑むタマモに対し、周囲から突っ込みが入る前に横島が訂正した。彼女は正確には横島除霊事務所の除霊助手だ。
 あと、この家には何百年も生きる怪人の爺さんと生きた埴輪が住んでいるらしい。想像以上の人外魔境だ。呆れた百合子がふと庭を見ると巨大な遮光式土偶の上半身が生えている。

「今日も六道の皆が稽古しに来るんだ。おふくろの相手してる暇はねえぞ」
 さも当然のように言う息子を見て百合子は頭を抱える。
 今の状況に何の疑問も抱いていない。いや、正確には今の状況を続ける事により周囲からどう見られるかが全く理解できていない。
 この状況で何も感じないほど朴念仁ではないだろう、あの大樹の血を引いているのだから。常に周囲から見張られているような状況下で何もできないでいる悲しい男の性は百合子も理解できる。自分を卑下する所のある息子は、これでも自分はモテないと考えているであろう事も。
 しかし、現実はこの際置いておくとして、問題はご近所の皆さんはそう見てくれるだろうかだ。
 答えは言うまでもなく否。だからこそ、この家は『女子高生御殿』などと呼ばれている。
 当の横島本人に自覚はないが、独立当初は上り調子だった彼の世間体は今や崖っぷちだ。

「にいちゃん、結構すごいGSだったんだな」
「あんまり自覚ないんだけどな」
「なぁ、今度神様に会わせてくれよ」
「そうだな、薫を紹介しときたいし…」
「確か、ウズメとか言うストリッパーの神様がいるんだろ!? 見てぇーッ!!」
「…残念だが、その神様は知り合いじゃない」
 悩む百合子とは裏腹に呑気な兄妹であった。


 その後、百合子も交えて遅めの朝食を摂っていると、有喜達の予想通りにかおりが帰宅組の中で一番早くにやって来た。普段なら朝に弱い魔理を迎えに行ってから来るため、こちらへの到着は遅れるのだが、今日は魔理がバイトで休むため妙に張り切って朝一番に来たらしい。
「え、横島さんのお母様…?」
 百合子を前にして最初は戸惑ったかおりだったが、元々礼儀正しい彼女は特につまづく事もなく百合子と談笑している。
 彼女のお仕置きを見ていなかったからこそだろうが、周囲からは少し尊敬の眼差しで見られていた。

 それから一時間もしない内に昨晩帰宅した寮生達も集まってきて朝稽古が始まる。
 百合子は縁側に座りその様子を見ていたが、演舞の様にゆっくりと組み手をしてみたり、庭の中に散らばって座禅を組んだりと、彼女には理解不能な内容だった。
 横島は自分も同じような事をしながら、時折目の付いた者に声を掛けているだけだ。
 元々、横島が妙神山で行った修行は霊力を鍛える基礎修練と、猿神と小竜姫による格闘訓練だ。そして横島が自信を持って身に付けたと言えるのは前者のみである。そのため、彼は六道の生徒達に対しては霊力を鍛える基礎修行以外の事に関しては口を出さなかった。
 五ヶ月の修行の結果、純粋に格闘技術同士の戦いで猿神、小竜姫、そしてベスパを相手に一度も勝つ事ができなかったのだから、彼が自信を持てなくても仕方がない。言うまでもなく、彼の格闘技術が人より劣っているわけではなく、単純に比較対象が悪いのだ。
「あの子達、何やってるんだい。忠夫の事だから、ここぞとばかりに腰とかさわりまくってると思ったんだけど」
「GSの修行に関してはあいつ真面目よ。すっごい意外だけど」
 そう言って座布団を枕代わりに縁側で横になっているのはタマモ。
「…そういうあんたは修行しなくていいのかい」
「私は身体を休めて、妖力を回復しなくちゃいけないのよ」
 と言う言い訳で稽古をさぼっている。

 百合子は稽古する彼女達の様子を見て、これならわざわざここに来なくてもいいのではないかと思った。しかし、彼女達がここで稽古をする事はそれなりに意味がある。
 それは、この屋敷を囲む塀の四方の隅に貼り付けられた札。片腕が魔族と化し魂を魔力に侵食されつつある横島の魂を安定させるための結界を張るための物である。
 これは横島の身を案じた小竜姫が気合を入れて竜気を込めようとしたところ、その場を聖地に変えてしまう様な結界札が完成しそうになったため、それを見ていたメドーサが彼女の後頭部に蹴りを食らわせ、二人仲良くケンカしている隙にヒャクメが手を加え、それを横からパピリオがちょっかいを出した事により、奇跡的なバランスで安定したと言う代物だ。
 由来はともかく、神にも魔にも偏らない領域を創り出す事に成功してしまったこの結界。力の乱れが少なく、人間にとっては魂にさほど負担をかける事無く霊力を酷使する事ができる。そのため神魔どちらにも傾く事無く霊力そのものを鍛えられると言う、稽古をするにはうってつけの場所となっているのだ。
 この事は結界札を作り上げた小竜姫達も知らない。そして六道の生徒達も知らないので、ここに集まる理由にはならないのだが、そこはそれである。

 そして薫だが、どうやら彼女は百合子に近付かないようにしているようだ。庭にいる横島の周囲をうろちょろしている。昨日出会ったばかりらしいが、一日で随分と懐かれたものだ。
「精神年齢が近かったのか、それとも今までがアレだったのか…」
 夫の隠し子、その事はこの際無視して考えよう。
 『超度7』のエスパー。百合子は今の日本についてはよく知らないが、ナルニアでは武装ゲリラが発生する情勢のため、超能力者はむしろ重宝される傾向にあった。
 ただ、最近超能力に目覚める者が増えてきているが、彼等の『超度』はせいぜい四、五程度らしい。そう考えると薫の力が希少な事は否定できない。
「かおりちゃん、ちょっといいかい?」
「なんですか、おばさま」
 百合子はタオルを手に休憩していたかおりを呼び寄せる。
 彼女はまるで教師に呼ばれたかのようなしゃきっとした態度で駆け寄ってきた。きっと、真面目な委員長タイプだと百合子は判断する。
「私よく知らないんだけど、日本でエスパーってどう扱われてるの?」
「…正直、あまり良い扱いではありませんね」
 百合子の問いに対し、苦虫を噛み潰したような表情で答えるかおり。
 実は闘竜寺の門下生の中にも超能力者はいる。『超度』こそは低い者達だが、B.A.B.E.L.に超能力者として登録されそうになり、逃げ込むように入門してきた。オカルト業界における霊能力者の旧家である弓家の傘下に入る事により、自分達は霊能力者であるとしたのだ。
 ここでも「早い者勝ち」の法則が顔を出す。門下生となった彼等はGS見習いとなり、これによりB.A.B.E.L.は彼等に手出しできなくなってしまうのだ。
「最近のB.A.B.E.L.は超能力を制限する制限装置(リミッター)の普及に努めていますから、自分で力を制御し切れない強い超能力者には良いかも知れませんね。暴走する超能力者なんて一般人に嫌われる筆頭ですから」
 かおりの言葉に百合子はなるほどと頷く。
 確かに超能力の暴走なんてものは、刃物を振り回しながら暴走しているのと大して変わらないだろう。超能力は物理的な物だけではないが、人間の場合、物理的な物より精神的な物の方が効くと言う事もある。
 かおりが言うには、やはり子供の方が力の制御が拙いらしい。だとすれば、子供の集まる学校などに超能力者が入ってくるのを好まない親がいても仕方がないと思ってしまう。

 しかし、当の超能力者の親はどうだろうか。
 好き好んで身に付けられる物ではないだろう、超能力は。それが原因で子供が周囲から疎まれる。自分なら我慢できないかも知れない。逆に、一緒になって子供を疎んでしまう親もいるだろう。
「だから、あの年で特務エスパー、か…」
 隣のかおりにも聞こえないような小さな声でぽつりと呟く百合子。
 あの子は自分と血の繋がった娘ではない。それはわかっているのだが、息子にじゃれつく少女を見ていると、そんな事は抜きにして母性本能がくすぐられてしまう。
「六道の生徒の中には超能力者もいますわ。もちろん、私達は彼女達とも仲良くしてますわよ」
 そう言って胸を張るかおり。
 百合子自身もかつてはそうだったが、霊とかオカルトに対し一般人はまず胡散臭いと考える。その反面怪談等昔から慣れ親しんだ物に通じるため、受け容れやすい傾向にもあったりする。
「そう言えば、超能力検証番組ってのはあっても、オカルトはあんまり見ないわね」
 心霊写真の検証などは、たまに見かけたりもするが。
 元々は同じ物だと言うのに、呼び方一つで扱いが変わってしまうなど皮肉な話だ。
 そう思いつつも、息子がGSになっていなければ自分も同じような反応をしていたかも知れない事を考えると、百合子も大きな事を言えた立場ではない。

「…少しは母親らしい事してやるべきかね」
 頭を掻きながら立ち上がる百合子。  それを見ていたタマモは寝返りを打って向こうを向いたまま「昨日、あいつら子供服どれがいいかわからなくて買わないまま帰ってきたらしいわよ」と呟く。
 一瞬呆気にとられた百合子だったが、ふと微笑むと礼を言ってタマモの頭を撫でる。対するタマモは振り向く事なく気だるそうにその手を払うと、さっさと行けと言わんばかりに百合子を追い払うのだった。

 タマモに背を押される形で一歩踏み出した百合子は、そのまま横島と一緒に演武の真似事をしている薫に近付いて行く。それに気付いた薫はさっと横島の後ろに隠れてしまった。少しショックだ。
「忠夫、あんた昨日その子の服買いに行って、何も買ってこなかったんだって?」
「いや、どんなの買えばいいかわからなくて」
「バカだね、普通にその子が着て可愛いって思うの買えばいいんだよ」
「それが簡単にわかりゃ苦労はしねえよ。自慢じゃないが俺の好みは露出度の高ッ!」
 言い終わる前に百合子の拳が横島の顔面に炸裂した。薫はビクッと震えて横島の足にしがみ付く。
 そして倒れ伏した横島を見下ろし百合子はこう言う。
「今日は特別に母さんが色々とレクチャーしてやるから、出掛けるわよ」
 要するに、家族三人で買い物に行こうと言う誘いだ。
「に、にいちゃん。服ならB.A.B.E.L.から送ってもらうから、今日は家にいようぜ」
「い、いや、何故か知らんがおふくろがやる気になってる。こうなったら誰にも止められん」
 既に諦めきった表情の横島。彼は自らの経験から、このような状態の百合子には何を言っても無駄だと言う事を悟っていた。
「にいちゃん、あたしを見捨てたりしないよな」
「当たり前じゃないか、たった一人の妹を見捨てるわけないだろ」
「にいちゃん!」
「薫!」
 ひしと抱き合う二人。そんな二人を見ていた百合子は冷めた目で「コントやってないで、さっさと準備しな」と横島の背中に蹴りを一発入れる。すると二人はあっさり離れて、元気良く返事すると出掛ける準備を始めた。
 確かに中々に息の合ったコントである。

「す、すごい人ね」
「美神さんの霊圧に気合で張り合う人ですから」
 横島達が出掛けた後、呆然としていた静美の呟きにおキヌが答える。
 彼女の言葉は事実だ。そう考えると六道の生徒達が彼女に敵うはずがないのも当然の事なのだろう。
 なるほど、横島の実力はあの血筋ゆえか。彼女達はいつしか妙に納得した表情になっていた。


 バスに乗り、横島達が辿り着いたのは昨日と同じ中武デパート。久しぶりに日本で買い物をする百合子は感慨深げにその建物を見上げている。
「薫、今日はおとなしくしてろよ」
「わかってるよ、この人怖そうだし」
「そこ、ひそひそ話してないで行くよ!」
「へ〜い、ほら行くぞ」
「お、おう」
 そんな会話を交わしながら横島は薫の手を引いて、百合子の後を追いデパートへと入っていく。
 平和な光景だ。それだけに気が緩んでいたのだろうか。

「エスパーと家族、笑わせてくれるねぇ」
「きっと、超能力で脅してるのさ」

 横島は向かいのビルの屋上に三人を見下ろすミンキン姉妹の姿がある事に気付く事ができなかった。
「兄の男はプロのGSだ。奴が離れた隙を狙うよ」
「ええ、準備は整っているよ。狙いは『超度7』のエスパーただ一人ッ!」
 ここでふと疑問が浮かぶ。彼女達はGSは敵視しないのだろうか。
 結論から言えば答えは否だ。この姉妹の場合、仮に横島や百合子が少女であれば別の反応を見せたかも知れないが。
 『普通の人々』は超能力者の排斥を目指す人々で構成されており、霊能力者の排斥を目指している訳では無い。超能力を忌避する人々はそれがどんなものかを正しく理解していないからこそ恐怖心を抱いているため、このような反応になってしまうのだ。桐壺や美智恵が聞けば鼻で笑うだろう。

 そんな陰謀が進行している事など露知らず、横島達三人は昨日入り口で引き返した子供服売り場に辿り着いていた。
 日曜日だけあって周囲にも家族連れが多いのだが、母親に連れられ兄妹が手を繋いで歩く姿は傍から見ても仲の良い家族にしか見えないだろう。
「薫ちゃんはどんな服が好きなんだい」
「うーん、やっぱ寄せて上げ」
「十年早い!」
 横島の素早い突っ込みが炸裂する。
 そのため自分の拳の下ろし場所を失った百合子は、薫の姿に自分の夫の遺伝を感じてしまっていた。
「…とりあえず、私が選ぶわね」
「男が思わず獣になっちまうようなの頼むぜ!」
「頼む、まともな奴を…」
 横島が相当疲れた表情で懇願してくる。昨日一日で何があったかは知らないが、よほど振り回されていたのだろう。
 少しは母親らしい事をしようと薫を連れ出した百合子だったが、まずはきっちり躾けるのが先決ではないかと思い始めていた。

 百合子は自分のセンスに合わせて選んでいたが、流石に真っ当な子供服を選んでいた。薫にしてみれば少し古臭いとも感じるが、B.A.B.E.L.の制服を脱いでこの服に着替えれば彼女も普通の子供と変わらないように見える。
 対する薫は隙を見てきわどい服を選ぼうとするが、流石に百合子は見逃さずことごとく阻止されていた。
「え〜、普通じゃん」
「何言ってんだい、よく似合ってるよ」
「そうか! これで勝負ぱんつで脱いだらすごいのよ〜んって」
「…持ってるのかい?」
 静かに問い掛ける百合子の目が怖い。
「………つ、通販でちょっと」
「没収ね」
「ああ、勘弁!」
 その間、横島は特に口を挟まず静かに荷物持ちに従事し、少し懐かしさに浸っていた。
 子供の頃を思い出しているのか、美神除霊事務所にいた頃を思い出しているのかは微妙なところだ。

「忠夫、私達は下着を一通り揃えてくるから、あんた一階の喫茶店で待っててくれるかい」
「え〜、にいちゃんも一緒に行こうぜ」
 薫は一緒に来て欲しそうだったが、今までも子供服、特に少女向けの売り場で肩身の狭い思いをしていた横島は、百合子の申し出を二つ返事で了承すると、既に会計を済ませた荷物を持って喫茶店に向かって走り去ってしまった。
「にいちゃん、後でファッションショーしてやるから楽しみにしてろよー」
「アホな事言うてないで、ほら行くよ」
 そして、荷物を全て横島に預けて身軽になった百合子は薫を軽々と引きずって行った。

 一方でそんな状況を待ち構えていた者達がいた。
「GSが離れたよ」
「今がチャンスだね。GSが一階まで降りた所で始めるよ」
 言うまでもない、ミンキン姉妹だ。
 二人は現在、係員室で監視カメラの映像を通して薫を監視している。
 何故、関係者以外立ち入り禁止のはずの場所に二人がいるのか、そう聞かれれば彼女達はこう答えるだろう、『普通の人々』はどこにでもいると。そう、デパートの係員も『普通の人々』だったのだ。


 中武デパートでミンキン姉妹が行動開始しようとしているのとほぼ同時刻。大樹が成田空港に到着し、彼にしては珍しくスチュワーデスも連れずに一人で日本の地に降り立っていた。
 空港を出ると、そこにはクロサキが車を回して待ち構えていた。
「おお、クロサキ君。来てくれたのか」
「お乗り下さい。状況は一刻を争います」
 どこか肉食獣のような雰囲気を醸し出すクロサキの目を見て、大樹は百合子が何かしらのトラブルに巻き込まれていると察した。
「わかった、急ごう」
 そう言って大樹はスーツケースから小さなバックを取り出すと、スーツケースの方をトランクに乗せた。
「それは?」
「クックックッ、レアメタル鉱山に襲撃かけてきた武装ゲリラから奪ってやった秘蔵の代物さ。今度帰国した時に忠夫の土産にでもと思っていたが…」
「お手柔らかに」
 かく言うクロサキも念のために色々と用意していたので、あまり強く言う事はできない。
 二人は車に乗り込むと、大急ぎで百合子達が居る中武デパートへと向かうべくクロサキはハンドルを握った。

 クロサキの調べによれば、元々薫は『超度7』のエスパーであるため、元からかなりセキュリティレベルの高い生活をしていたらしい。そんな彼女が横島の家に引き取られる事となったのだ、彼女を狙っていた組織はこれぞ好機と思った事だろう。何せ引越し先とされる横島の家は、見るからにセキュリティを備えていなさそうな古い日本家屋だったのだから。
 もっとも、霊的なセキュリティは施されているので、素人が手を出そうとしても返り討ちにあうだけなのだが。

「しかし、あの明石君がそんな危険な目に遭っているとはなぁ…」
 大樹の脳裏に、付き合っていた頃の彼女が思い出される。
 まだ新人OLだった彼女はとても気弱でおどおどとしていた。当時上司だった大樹は優しい紳士の仮面を被って彼女に近付いたのだ。
 その後、一年もしないうちに彼女は両親から見合いを持ちかけられ、寿退社していった。それ以降は連絡も途絶えているので、それだけの関係と言ってしまえばそれまでだが、現在苦境に陥っていると聞けば色々と考えさせられてしまう。
 しかし、それは後回しだ。今は妻とまだ見ぬ娘を守る事を考えなければならない。
「それで、百合子の方は今どうなっているんだ」
 運転中のクロサキは助手席のダッシュボードを開く。中には数枚の写真が入っていて、そのうち一枚には中武デパートの係員に手引きされて従業員用入り口から中に入ろうとしてるミンキン姉妹の後ろ姿が写されている。
 彼自身が撮った物ではなく誰かに依頼したものなのだろうが、流石に仕事が早い。
「ほーう、こいつらが薫を狙ってるのか。『普通の人々』だったか?」
「はい、以前にもB.A.B.E.L.の桐壷局長を襲撃した事でニュースになりましたので警戒していたのですが」
「思ってたより早く動き出したと」
「よほど薫お嬢様が目障りなのでしょう」
 大樹は無言で写真を握りつぶした。
 想像以上に危険な組織だ。彼等は薫達がどこに出掛けるか、そもそも出掛けるかどうかもわかっていなかったはずだ。にも関わらず彼等は中武デパートにもおり、今も彼女達を包囲している。
 『普通の人々』はどこにでもいる、彼等のその言葉は真実だと言う事だ。大樹はクロサキを急がせた。



「一人見かけたら三十人いるなんて事ないよな?」
 写真に写っているのは三人。だとすれば、中武デパートには九十人の『普通の人々』がいるという計算になってしまう。
 洒落にならないと、大樹は浮かんだ下らない考えを振り払うようにかぶりを振った。



つづく





 ある一箇所、決定的に原作と違う部分があります。言うまでもなくわざとやっていますので、突っ込まないで下さい。
 そして、それは事実を解く鍵となっています。解いちゃった方はしばらく内緒にしておいて頂けると有難いです。

前へ もくじへ 次へ