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絶対可憐合体 ○○シマン! 2


「なあ兄ちゃん、あんな事言って大丈夫なのかよ?」
 横島宅の風呂場で、浴槽から顔を覗かせた薫が横島に問い掛けた。
 薫がそう思うのも無理はあるまい。実は、横島は六條院小学校の前で『ヒガシマン』と遭遇した後、東野は大丈夫だと言い出して、何もしないまま帰宅していたのだ。現在は時間が経過し、夕食前に入浴を済ませてしまおうと二人して仲良く入浴中である。
「まぁ、大丈夫だろ。東野君だったか、今のあの子は、悪霊や妖怪程度じゃどうにもできんぞ」
「…そんな強いのかよ、『ヒガシマン』って」
 横島の言葉に、薫は感心すれば良いのか呆れれば良いのか分からない様子だ。
 しかし、横島の言葉に嘘はない。
 東野に憑いているのは韋駄天だ。かつて横島に取り憑いた事がある韋駄天八兵衛ではないようだが、トラックの前に飛び込んだ超人的なスピードから察するに、まず間違いないだろう。
 韋駄天は言わば天界の郵便配達人、仏教に帰依して神格を得た鬼である。その神族が憑いているのだ、今の東野には。そんじょそこらの悪霊や妖怪では相手にもならない。
 問題は韋駄天は普段から人間界に降りてくる神族ではないと言う事だ。何故、韋駄天が人間界に来ているのか理由を知らなければならないだろう。
 だからこそ、横島はまず妙神山に問い合わせるため、『ヒガシマン』を追わずに帰宅したのだ。
 横島が妙神山での修行を終えて下山した後に急遽引かれた電話に掛けて小竜姫に事情を話すと、彼女も韋駄天が人間界に来ていると言う話は聞いていなかったようで、現在天界の方に問い合わせてくれている。
 東野を心配するちさとに対しては、彼に憑いているのは神様であり、その神――韋駄天が憑いている内は安全であると説明し納得してもらっていた。

 こうして二人がまったりとした時間を過ごしているのも、妙神山からの返答が来るまで、何もできないからだ。
「兄ちゃん、あたしが背中流してやるよ」
「おう、それじゃ頼むわ」
「へへっ」
 嬉しそうに笑って横島の背を洗い始める薫。紫穂も葵も流石に横島と一緒に入浴しようとはしないため、薫にとっては兄を独占できる貴重な時間である。
 そもそも、薫の年齢で兄妹一緒に入浴するのかと言う問題はあるが、薫にしてみれば、これは家族のスキンシップであった。超度(レベル)7の念動能力(サイコキネシス)を恐れず受け容れていると言うのが、彼女の中ではやはり大きく、一緒にいるのが嬉しくて堪らない。
 当初は色々と戸惑い焦っていた横島も慣れたものだ。薫の方も、もうからかったりはしていない。大好きな兄を独占できる時間なのだ、甘える方が大切なのである。
「て言うか、お前等B.A.B.E.L.の方には行かなくて大丈夫なのか?」
「一応連絡は入れたってば。B.A.B.E.L.も『ヒガシマン』のことは気にしてるみたいだから、それ解決してくるならオッケーだってさ。だから、一週間ぐらいねばってくれた方がいいなっ!」
「いや、そんなに放っといたら、東野君の身体がもたんかも知れんし」
 確かに韋駄天は強い。強いのだが、実はヒガシマンが活躍すればするほど、韋駄天の強大な力に人間の肉体が付いていけないため、後になって東野を地獄の筋肉痛が襲う事になる。
 この問題に関しては、東野の身体が完治するまで韋駄天に憑いていてもらうしかあるまい。
 かつての横島がそうであったように、東野も何かしらの理由で大怪我をしたため、韋駄天が憑いている可能性もある。薫には残念な話だろうが、この問題は一日も早く解決するに越した事はないのだ。
 先程『ヒガシマン』を追わなかったのは、韋駄天が人間界に降りてきた理由を先に知るため。場合によっては、強大な敵を追って人間界に降りて来ている可能性があるため、横島はまずそれを知る必要があった。
「ちぇーっ、しょうがねぇなぁ」
「ほら、交代だ。今度は俺が洗ってやるから場所換われ」
「はーい。でも、韋駄天かぁ…あたしに憑いたら『カオルマン』? いやいや、ここはやっぱ『カオルマンレディー』か?」
「…お前、あの格好で人前に出る気か?
「………いや、流石にそれは勘弁」
 ヒーローには憧れるが、下着姿で人前に出るのだけは、流石の薫も勘弁してもらいたい。
 かつては横島も韋駄天に憑かれた事があり、『ヨコシマン』になった事があるのだが、あの格好だけは二度と御免だそうだ。当然の話であろう。彼の年齢では最早犯罪である。


「風呂空いたぞー」
「はーい」
 横島と薫が居間に戻ると、洗濯物に囲まれた葵の姿があった。
 この家で過ごす時間が増えるにつれて、自分の下着の洗濯をどうするのかと言う問題に突き当たり、昨日に至っては横島に自分のパンツを掴まれてしまった葵。どうにかならないかと頭を悩ませた結果、意外にも単純な答えに辿り着いていた。
「ほな、これ畳んだら入ってまうわ。って、横島はん、見たらあかん!」
 横島に見られたくも触られたくなかったら、洗濯物の取り込みを自分でしてしまえば良い。
 と言うわけで、葵は洗濯物の取り込みを自ら引き受け、その洗濯物を畳んでいるのだ。物干し竿まで手が届かなかったりするが、彼女の瞬間移動能力(テレポーテーション)があれば、それぐらいどうとでもなる。
 いざ思い付いてみると、これは良い考えだった。いつまでもお世話になってばかりのお客様扱いよりも、家事の手伝いぐらいした方が、この家の子になれたような気がしてくると言うもの。これは三人の中でも優等生気質の葵ならではの考え方と言えるだろう。
 横島としても生殺しの状態から解放されるので、葵の手伝いは大歓迎である。
 「いい子だなー」と横島が頭を撫でてやると、葵は嬉しそうにしつつも、照れているのか、はにかんだ笑みを浮かべて頬を染めていた。
 一方、紫穂も「家の手伝いをする少女」として居間に溶け込んでいる葵の姿を眺めながら、自分も何か手伝うべきかと考え始めていたりする。
 例えば、自分の接触感応能力(サイコメトリー)を駆使すれば、横島のGSの営業――霊障に遭った人を探すのを手伝えるのではないかと考えていた。
 葵にしてもそうだが、紫穂も、本来ならば畏怖の対象である超度7の超能力を積極的に使おうとしている。
 これは、この家では超能力が普通に受け容れられており、三人にとって我が家同然、超能力を隠す必要がないと言う事なのかも知れない。

「タマモさん、一緒に入らない?」
「ん、いいわよ」
 紫穂が誘うとタマモはあっさりと承諾し、葵も一緒で三人で着替えを持って風呂場へと駆けて行った。
 B.A.B.E.L.に複合能力者、横島タマモとして登録されているタマモだが、実は薫達三人は彼女が妖狐である事を既に知っていたりする。三人が入り浸るようになってから、いつまでも隠していては子狐の姿を見せられないし面倒だと、タマモが自ら正体を明かしたのだ。
 横島がタマモは国に追われていた事を話すと三人はその境遇に同情し、涙脆い薫と葵に至っては涙も流した。
 当然、三人はタマモの正体を隠す事を快諾。それ以降は、縁側で子狐姿のタマモがくつろぎ、薫がそのしっぽにじゃれついて遊んでいる姿が時折目撃されていたりする。
 この家に来た当初は、葵と紫穂の事を「ちゃん」付けで呼んでいた横島も、いつしか二人を薫と同じように敬称を付けずに呼ぶようになったのと同じように、タマモを初めとする他の家の者達も皆、新しい三人の妹達を家族として受け容れているのだろう。

 愛子とマリアとテレサの三人が台所に立ち夕食の準備を進めている。
 薫も葵に負けじと家の手伝いをするべく、横島に「ちょっと行ってくる!」と投げキッス一つ飛ばしてから、台所へと向かった。
「愛子ねーちゃん、晩飯運ぶの手伝うぞー」
「それじゃ、そこのテーブルに並んでるのから持って行ってくれるかしら」
「タマモ達がお風呂から上がってくる前に終わらせるわよ。私達も早いとこ充電したいから」
「ほいほい」
 念動能力を活かして料理の皿を居間へと運んで行く。これは、いつも数が多く意外と重労働だったりする。無論、アンドロイドであるマリアやテレサにとっては大した事ではない。しかし、手伝いたいと言う薫の意思こそが大切なのだ。

「並べてくぞー!」
 今日は小鳩が既にバイトを終えて帰宅し、カオスも蔵の研究所から出てきてそこで新聞を広げているので、マリアとテレサを除いて皆で八人分だ。
 居間を見回し、薫は大きめのちゃぶ台の上に手も触れずに次々と料理を並べていく。
「…?」
 ここでふと違和感がよぎった。
 愛子、マリア、テレサの三人は現在台所。タマモ、葵、紫穂の三人は風呂場。小鳩は部屋で着替えており、この居間には横島、カオス、そして薫の三人が居る。
「ひの、ふの、み…」
 確かに数えてみると三人、いや、それはおかしい。
 薫自身を勘定に入れていないのに、三人いるはずがない。
 横島と、カオスと――そして、もう一人。

「韋駄天八兵衛、参上ッ!!」
「なんなんだてめぇはーっ!?」

 なんと、韋駄天八兵衛がいつの間にか居間に出現していた。
 薫が台所から戻ってくる直前、ほんの数秒前に現れたので、横島とカオスも気付いていなかったようだ。二人とも驚き後ずさっている。
「横島君、今一度君の力を貸して欲しいッ!」
 そんな周囲の雰囲気などお構いなしに話を進めて、横島に詰め寄る八兵衛。
 横島も、返事をしようにも肩を掴まれて韋駄天のスピードで揺さぶられては、何も答える事が出来ない。
「てめぇ、兄ちゃんに何すんだーッ!」
 横島が襲われている。そう感じた薫は思わず念動能力で攻撃。
「のわーっ!?」
 しかし、八兵衛は平然としており、逆に余波で横島が庭に投げ出されてしまった。
「あああ、兄ちゃんゴメーン!」
 薫は慌てて駆け寄るが、横島はそれよりも早くに立ち上がる。
「八兵衛ー! なんでお前がウチに来てるんじゃー!?」
「小竜姫殿から連絡を受けたのだ。こちらに九兵衛が現れたと」
「九兵衛? そうか、東野君に取り憑いてるのはアイツか」
「ああ、そうなのだ。彼を再び捕らえるためにも、横島君には再びヨコシマンに――」
「だが断る!」
 勢い良く詰め寄る八兵衛に、薫がビクッと横島の背に隠れる。
 八兵衛は九兵衛を捕らえるために再びヨコシマンになりたいようだが、横島はあっさりそれを断った。九兵衛を探すのには協力しても良いが、再びヨコシマンになって地獄の筋肉痛を味わうのは真っ平御免である。
「うっわ、変態や!」
 縁側の方を見ると、風呂上りの葵達三人が八兵衛を見て目を丸くしていた。
 とりあえず、皆に八兵衛の事を説明する事から始めなければならないようだ。横島は溜め息一つついて八兵衛を夕飯の席に招き、不審そうな目で見ている薫達に、彼が一体何者であるかを話し始めるのだった。


「どーすんだよ、あいつらに見られちまって!」
『心配するな、覆面してたんだから、正体まではバレてねーって』
 一方、件の東野は、自宅の部屋で問答を繰り返していた。
 ただし、部屋の中に居るのは東野一人。問答相手の声は、彼の頭の中に直接響いている。傍目には東野が一人で騒いでいるように見えるため、なんとも奇妙な光景だ。
「思いっ切り名乗ってたじゃねーか!」
『お前はトウノだろ? ヒガシノじゃなくて』
「いや、そりゃそうなんだけど…」
 頭のの中に響く声――彼に取り憑いている韋駄天九兵衛の言い分に東野は口ごもるが、そう言う問題ではない。あの場で『ヒガシマン』を目撃した皆は、彼が東野である事を見抜いていたのだから。
『それに、悪いことしてるわけじゃねぇし』
「…まぁ、むしろ感謝される事だよな」
 九兵衛は、八兵衛によって天界に連れ戻された後、罪の償いとして善行を積むよう命じられていた。要するに、真面目に韋駄天の任務に奔走しろと言う事だ。
 しかし、韋駄天の任務と言うのは天界の宅配便屋。重要な仕事ではあるが、あまり表舞台で目立てる仕事ではない。
 当初は黙々と東奔西走していた九兵衛だったが、元より負けず嫌いで向上心の強い性格をしている彼が、いつまでもそんな地味な仕事ばかりでは満足できるはずがなかった。
「…で、人間界に逃げ出したと」
『人聞きの悪い事言うなよ。人助けだって立派な善行だぜ?』
 それについてはもっともだと東野は頷く。
 一週間ほど前の話だ、この韋駄天九兵衛が東野の前に現れたのは。
 突然目の前に現れた怪人、しかも本人は人助けに来た神だと言う。
 その外見は尖った耳に、額には長い二本の角が生え、四つの鋭い目が光っていおり、東野の好きな特撮ヒーローの世界では明らかに敵側の外見だ。当然彼は九兵衛の言葉を信じなかった。
 しかし、九兵衛は逃げようとする東野に問答無用で入り込み、彼が抗議するよりも早く、論より証拠と言わんばかりに、近くで起きようとしていた交通事故を力尽くで食い止めてしまったのだ。
 これを見て――いや、自身の身体を使って行われてしまえば、東野も信じざるを得ない。

「って言うか、なんで俺なんだよ?」
『何故お前かって話なら、お前がたまたまそこに居たからだ』
「おい…」
 東野はジト目になるが、それは紛れもない事実だ。
『何故人間に憑いてるかって話なら、そうしないと人間界に手出しできないからだな』
 九兵衛の言う通り、デタントの流れのおかげで、神魔族はかつて人間界の覇権を掛けて競い合うように干渉していた頃に比べて人間界に対して直接手を出しにくくなっていた。
 人間界に駐留すれば限定的に力を使えたりするのだが、如何せんこれには上の許可が必要となる。
 そこで九兵衛は、人間に憑依し、人間の身体を通して力を使うと言う方法を取る事にした。かつて八兵衛が横島に憑依して『ヨコシマン』となっていた時と同じ方法である。

 東野が選ばれたのはあくまで偶然。
 九兵衛が事故を察知して駆けつけた時、たまたま近くに居たのが彼だったと言うだけだ。
「使える力は限られるんだがな。それでも人間界の魑魅魍魎共なんざ屁でもねぇぐらいに強いって事はお前が一番よく知っているだろう?」
 九兵衛の言葉に東野は神妙な面持ちで頷いた。
 実は『ヨコシマン』と違い、『ヒガシマン』は九兵衛が身体を動かしている最中も、彼の意識ははっきりとしている。
 これは、九兵衛が『ヒガシマン』となる事を東野に納得してもらうためにあえてそうしていた。自分がヒーローとして活躍していると言うのは、ヒーローに憧れる年頃の少年にとって堪えられないものがあるのだろう。
 彼が九兵衛を追い出そうとせずに受け容れている理由は、この辺りにあった。


「――と言うわけで、私は九兵衛を追ってここまで来たのだ」
 夕食後、八兵衛が横島を訪ねてきた理由を一気にまくし立てた。
 九兵衛は手っ取り早く償いの禊を終わらせるために、人助けをして善行を積むべく人間界に降りてきたらしい。だがしかし、そもそも神族が勝手に人間界に降りる事自体が罪なのだ。九兵衛は、この時点でまた一つ罪を犯している事になる。
 そして、それを追ってきた八兵衛もまた九兵衛が取り憑いている人間に対し手出しが出来ない。それをしてしまえば、八兵衛は人間に対し手を出した事になってしまうのだ。
「…ウチ、『神様』っつーもんに対するイメージが変わってまいそうや」
「いや、神様って言っても、こんなのばっかじゃないから…」
 ズレた眼鏡を直しながら葵が呟く。
 お面のような顔をした上半身裸のマッチョ男が居間で正座すると言う光景は、なかなかにシュールなものがある。
 神族が皆このようなものばかりと言うわけではないが、葵がそう考えてしまうのも無理はあるまい。それが分かっているだけに、フォローしようとするタマモにも勢いがなかった。

「横島君! 九兵衛を捕らえるために、再び『ヨコシマン』になってもらえないか?」
「いや、流石にそれはなぁ…一応、俺達も『ヒガシマン』は追ってるし。明日学校に行ったら会えるから、九兵衛が東野君から抜け出しさえすれば、後は神族同士の問題になるんだろ?」
 八兵衛としては、横島に取り憑いてもう一度『ヨコシマン』になってもらい、『ヒガシマン』との直接対決に持ち込みたいと考えているのだが、当の横島は変身後の出で立ちと、その後に訪れる地獄の筋肉痛を恐れて、頑として首を縦に振らない。
 確かに彼の言う通り、九兵衛が東野から抜け出せば神族同士の直接対決に持ち込めるのだが、八兵衛にはそうするための手段がなかった。
「文珠使えばいいんじゃないか?」
「それは、そうかも知れないが…『ヒガシマン』でいる間は、私は手出しできないんだぞ?」
 それでも、九兵衛が東野から抜け出すまでは、八兵衛は手出しする事が出来ない。
 不意を突けば何とかなるかも知れないが、『ヒガシマン』の力は、横島をも遥かに凌駕している。
 それでも尚、横島は『ヨコシマン』になるよりかはマシだと考えているようだ。余程嫌なのだろう。

 結局、明日東野が登校してきた後に実行すると言う事で話はまとまった。
 このまま人間界で待機していると力を消耗してしまうため、八兵衛は一旦妙神山の方に戻る事となる。
 己の二本の足で駆け出し、あっと言う間に見えなくなってしまう八兵衛。
「うひゃあ、すんげえスピードだな」
「あれ、ウチの瞬間移動より早いんとちゃうか?」
 瞬間移動と単純に猛スピードで走る韋駄天を比べるのは難しいが、葵が瞬間移動で距離を取っても、韋駄天はその数秒後には追い付いてしまうだろう。
 特に八兵衛と九兵衛の二柱は一時的に時の流れを遅らせて、自らを相対的に加速させる『超加速』を会得しているのだ。いかに超度7と言っても、まともに勝負したところで勝ち目はない。それが神魔族と人間の決定的な差なのだ。
「ま、文珠を一発当てるだけだ。不意打ちすりゃ何とかなるだろ」
 その差を埋めるのが人間の知恵であり、策である。
 横島は、それを経験として知っている数少ない一人であった。

 横島の邪魔はすまいと我慢していたのだろう。八兵衛が帰ると、仕事の話はもう終わりだと薫が横島の背に抱きついてくる。
「でも、兄ちゃんが『ヨコシマン』になったのも見てみたかったよな〜」
「勘弁してくれ…」
 顔をすり寄せて甘えるような声で言う薫。彼女はヒーローとなった兄を見てみたいようだが、それが下着姿の覆面男である事を忘れてはならない。
「薫、流石にアレはあかんやろ…」
「あら、面白そうじゃない。私も見てみたいわ、横島さん
 一方葵は頬を染めて下着姿の横島を見るのを恥ずかしがっていた。
 逆に紫穂はだからこそ見てみたいと考えているようだ。横島が嫌がっているからこそ、あえてやらせてみたいと言うのもあるのだろう。うふふと笑って、横島に妖しげな視線を送っている。
 てててっと横島に近付いてその手を握ると、横島が『ヨコシマン』になる事を心底嫌がっている事が伝わってきた。
 しかし、同時に薫や紫穂が見たいと言うのであればやるべきか。葵が嫌がっているならば、やはり止めるべきかと迷ってもいるようだ。
 そこで紫穂は、クスッと微笑みを浮かべて横島の腕に抱き着くと、「でも、どうせなら格好良いヒーローを見たいな」とフォローを入れる事にした。すると薫もすぐさま「格好良いヒーロー」と言う言葉に反応し、どんな格好が良いかとあれこれ想像を巡らせ始め、横島が『ヨコシマン』になるかどうかの話は有耶無耶のままに終わる事となる。
 横島が心底ほっとしているのが、腕に抱き着いている紫穂にも伝わってきた。同時に、終わらせる切欠を作った紫穂のフォローにも感謝しているようなので、小さな声で「今度、何か奢ってね」とウィンクと共に伝えてみると、横島は笑って頷き、了承の返事を返すのだった。



 翌朝、横島は高校を休んで薫達と一緒に六條院小学校へと向かう。
 出発前に妙神山の方に連絡してみると、既に八兵衛は出発した後だった。
「横島はん、具体的にはどうするつもりなんや?」
「学校の方にGS免許見せて、どっかで待ち伏せってとこかな」
 やはり、不意打ち以外の方法で文珠を当てるのは難しいと横島は考えていた。
 昨日までと異なるのは「東野には韋駄天が取り憑いている」と言う事実が判明した事だ。この情報があれば、取り憑いているのが韋駄天である事を伏せたとしても、学校側に協力してもらい場所を借りるぐらいはできる。無論、生徒達を避難させた上で。
 ちなみに、葵が特に心配していた依頼料の件だが、神族が関わっている事もあって、韋駄天八兵衛に協力した報酬と言う形で、妙神山を通じて天界からもらう事になっている。
 葵は天界と言われてもピンと来ず、訝しげな様子だったが、神様が関わっていた事を内緒にして欲しいと言う口止め料だと説明すると、あっさり納得してくれた。
 薫や紫穂は、自分達が支払うわけではないのなら、その辺りはどうでも良いらしい。特に興味もない様子である。

「なーに、いざとなったらあたしも協力してやるって!」
「他の生徒の目があったら私達も超能力が使えないわよ、薫ちゃん」
 超度7の念動能力者である薫の援軍は頼もしいのだが、彼女は超度2と偽って学校に通っている身だ。今後も平穏に学校に通う事を考えるならば、出来るだけ避けた方が無難である。
 何にせよ、全ては横島達が東野よりも先に学校に到着しなければ始まらない。
 ちさとも彼の事を心配しながら待っているだろう。
 横島は、薫を肩車し、葵、紫穂の二人を手を繋いで学校へと向かった。普段、こうして一緒に登校するような機会がないため、薫は横島の頭の上で楽しそうに歌を歌っている。
「大変だ、横島君!」
 突然頭上から響く声、一斉に見上げてみるとそこには空を飛ぶ八兵衛の姿が。
 とても慌てている様子である。横島は何かあったのか尋ねてみた。
「何かあったのか?」
「九兵衛が取り憑いていると言う東野君だが…彼は小学校に行っていない!」
「はいぃ!?」
 八兵衛は今朝早くから妙神山を出て、まだ自宅で寝ている東野をずっと見張っていたらしい。
 彼が小学校に向かうのを確認してから横島と合流しようと考えていたのだが、彼は登校途中で突然方向転換をして別の所に行ってしまったそうだ。
 絶句する横島達、これは予想外の展開である。
 当然、八兵衛はどこに向かったかを確認してきている。話を聞いてみると、『ヒガシマン』は最近オープンしたばかりの巨大レジャー施設に入って行ったとの事。
「どういう所なのか私には良く分からなかったが、確かにそこから巨大な悪の気配を感じた」
 おそらく九兵衛もそれを感じて、悪の気配の主を倒しに行ったのだろう。
「! それってもしかして、この前テレビでやってた…!」
「あれか、真ん中のドーンと、ドデカい高層ホテルが建ってる」
「なるほど、あれは宿泊所だったのか。確かに中央に巨大な建造物があったぞ」
 そのレジャー施設を紹介する番組は横島も薫達と一緒に見ていた。塔のようにそびえ立つ高層ホテルを中心に、遊園地を初めとする様々なレジャー施設を配した巨大テーマパークだ。
 薫が横島の顔にしがみ付くようにして行きたい、連れてってと駄々をこねていたので、よく覚えている。
「なんで遊園地に悪の気配が…」
「そんな事よりも急ぎましょう、横島さん!」
 紫穂の言う通り、急いで現地に向かった方が良さそうだ。八兵衛も先に行ってるぞと猛スピードで走り去る。
 何故、そのような場所に悪が潜んでいるかは分からないが、それは実際に見て確認するしかあるまい。
「ちさとはどうすんだ?」
「…あの子には悪いけど、居たら超能力が使えないわ。私達だけで向かいましょう」
「せやな、ウチの瞬間移動なら一瞬や。いくで!」
 その掛け声と共に横島達の姿がフッと掻き消える。
 次の瞬間、彼等は件のテーマパークに程近い公園の芝生の上に出現していた。
「周囲に人の目はナシと、オッケイ!」
「ホントにデカいホテルだな。こっから見てもデカいぞ」
 横島の視線の先には、天高くそびえる高層ホテルが見える。
 その周辺はレジャー施設ばかり、最上階から見る光景はさぞかし絶景であろう。
「でも、騒ぎが起きているってわけじゃなさそうね」
 この公園は駅からテーマパークに向かうルートに入っているらしく、芝生を抜けて道に出てみると大勢の人達の姿があった。学校はサボって来たのか、平日にも関わらず子供を連れた家族の姿がチラホラと見える。
 しかし、全体的に見れば子供の数は少なく、客のほとんどは若い男女であった。オープンしたばかりと言う事もあって、かなり人気があるらしい。平日でこれならば、休日はさぞかし混雑する事であろう。
「くぅ〜! ナンパしたいところだが、そんな暇はない。急ぐぞ!」
 涙を飲んで横島はテーマパークへと向かう。今現在何も起きていないのであればGS免許も効果がないため、四人分のチケットを買って中へと入った。
「とにかく、東野君を探すぞ!」
「それじゃ、手分けして探そうぜ。あたし、空から見てくる!」
「あんまり目立たないようにしろよ!」
 言うやいなや、薫が念動能力で空を飛んで行ってしまった。
 あまり目立つ真似はしない方が良いのだが、今は状況が状況なだけに仕方がない。
「それじゃ、横島はんはウチと一緒や。何か連絡があったらすぐに瞬間移動出来るように」
「おう、それじゃ行くぞ!」
「私はB.A.B.E.L.の方に連絡して、何か事故が予知されてないか調べてみるわ」
 葵も横島の手を引いて駆け出して行き、紫穂は一人B.A.B.E.L.に連絡を取るべく動き出した。

「ん、なんだありゃ?」
 空から捜索していた薫が、奇妙な場所を発見した。
 人通りの少ない場所にある小さな建物。裏方のための施設だとすれば、特におかしいものでもないのだが、何故かその建物は扉が壊れている。
「もしかして…ビンゴ?」
 薫はすぐさま降り立ち、その建物に近付いていく。
 扉の中を覗き込んでみると、入ってすぐの所に階段があり、それは地下深くへと続いているようだ。
 そして、壊れた扉を見てみると、これもまた奇妙な状態であった。相当強い力が掛かったらしく、全体的にひしゃげている。薫がこのように扉を壊すには、念動能力で体当たりをする等、肉弾戦に頼るしかない。
「『ヒガシマン』の体当たり…か?」
 疑問符を浮かべながら薫は建物の中へと入った。
 階段の方に損傷はないようで、そろっと階段を下りて地下へと潜って行く。
「うっひゃあ〜、SFみてぇ〜」
 地下に降り、更に廊下を進んでいくと、大きな円筒上の空間の一番上の部分に出た。数多のケーブル、パイプが、縦横無尽に張り巡らされた空間である。
 水道、電気、或いは電話回線。あらゆるライフラインがここにまとめられているようだ。薫の言う通り、SF映画に出てきそうな近未来を思わせる光景であった。
「いかにも何か潜んでそうな感じだよな! よーし、行くぞっ!」
 念動能力も駆使して頑丈そうなパイプを選んで飛び移っていく薫。パイプの上に立ってみると、中から轟々と水が流れる振動が伝わってくる。
 わくわくと目が輝いているのは気のせいではあるまい。今の薫はまさに探険気分であった。

 その頃、東野はその空間の奥深くで、例の悪の気配の主と相対していた。薫の現在位置から更に地下、ケーブルが集合する空間の底に彼等は居る。
 当然、既に『ヒガシマン』に変身済で、タオルで覆面をして顔の下半分を隠し、Tシャツ一枚とトランクス一丁のみのスタイルだ。
「チッ…想像以上に大物じゃねぇか…」
 忌々しげに呟く『ヒガシマン』。正義の味方として取り繕った口調ではなく、完全に九兵衛のそれに戻っている。
 それだけ目の前に居る者は強かった。
 如何に人間の身体に取り憑いて使える力が限られてるとは言え、神族である韋駄天の力は強い。
 それを差し引いても目の前に居る者――妖怪は強かった。これだけの力を持った妖怪が存在していると言う事が信じられない。それどころか、どこからか力を吸収し続けて、どんどん力が膨れ上がっているようだ。
『お、おい、大丈夫なんだろうな?』
 『ヒガシマン』、現在身体を動かしている九兵衛の脳裏に東野の声が響く。
「黙って見てな。いかに妖力が強かろうが、当たらなければどうってことないって事を教えてやる!」
 その時、陰に隠れていた妖怪の身体がのそりと動いた。
 『ヒガシマン』が戦闘態勢を取った事で、向こうも動き出したようだ。
 金色の髪を逆立てた、かなりの巨体である。
 スピードで翻弄してやる。そう考えながら『ヒガシマン』が構えを取ると、巨体の妖怪は大声でこう叫んだ。

「おでは地獄の底からモテる男達を倒すためにやってきた戦士……満たされない欲求をもてあましながら激しい嫉妬によって目覚めた伝説の妖怪……超コンプレックスだぎゃーっ!!

 文字通り地下空間そのものを震動させる怒声。
 ケーブルが、パイプが、ひび割れ、そして砕けた。地下空間にパイプから漏れた水が豪雨のように降り注ぐ。
 テーマパーク全体から戸惑いの声と悲鳴が木霊する。なんと、超コンプレックスの怒声一つで、テーマパーク全体のライフラインがストップしてしまったのだ。

「な、なんなんだ、今の声は…」
 薫もまた、地下空間内に居たため、声の被害をもろに受けてしまっていった。
 脳が回るような感覚。気持ち悪くて吐き気がする。
 それよりも問題なのは、このような状態では超能力がまともに使えないと言う事だ。
「うわっ」
 足を滑らせて落下する薫。幸いすぐ下のケーブルに引っ掛かるが、念動能力が使えない状態のため、強く身体を打ち付けてそのまま意識を失ってしまう。
「にい、ちゃん…」
 小さなか細い声で横島を呼ぼうとするも、その声は降り注ぐ水の轟音で容易く掻き消されてしまった。


 一方、地上は大混乱に陥っていた。
 暗闇が混乱を助長するような事はなかった。しかし、係員が誘導して避難させようとしようにも、あまりにもテーマパークが広過ぎる。
「一体、どうなってんだ!?」
「…地下で何かが起きたみたい」
 横島と葵は紫穂と合流し、薫の行方を捜していた。
 B.A.B.E.L.の方は、このテーマパークで今日何かが起きるとまでは予知していたのだが、それ以上の詳しい事は分からなかったらしい。
 現在こちらに向かっているそうだが、到着まではもう少し時間が掛かりそうだ。
「薫は、こっから地下に入ってったみたいやな」
 横島達は薫が地下へと入って行った入り口の建物まで辿り着く。紫穂が接触感応能力で確認し、そこから薫が中に入って行った事を確認した。
「地下に大きな円筒状の空間があるわね…居たわ、薫ちゃん。真ん中あたりのケーブルに引っ掛かってる、気を失ってるみたい」
「そんならウチが!」
「ダメよ! 水道管が破裂して水が雨みたいになってるわ」
 すぐさま葵が瞬間移動しようとするが、紫穂がそれを強い口調で止める。
 瞬間移動能力は、空気中に水や塵のような不純物が多くなると、上手く跳ぶ事が出来なくなるのだ。
「…俺が行く。二人は安全なところに避難してるんだ」
 そう言い出したのは横島。葵もサポートしたいのだが、今の状況下では彼に頼むしかなく、口惜しそうに唇を噛む。
「横島さん、急いだ方がいいわ」
 地下を探り続けている紫穂がある事に気が付いた。
「地下空間にどんどん水が溜まっていってる。このままじゃ薫ちゃんがおぼれちゃうわ」
 なんと、パイプから漏れた水が、地下空間に溜まっていっていると言うのだ。
 もはや一刻の猶予も無い。薫を助け出すべく横島は地下へ向かおうとするが、そこに薫と同じように上空から『ヒガシマン』の姿を捜していた八兵衛が現れた。
「待つんだ、横島君!」
 八兵衛はスタッと地面に降り立ち、横島と向かい合う形となる。
 互いの目を見て、何が言いたいのかは一瞬で理解できた。
 薫を助けるための最善の手段が一つある。横島は上着を脱ぎながら、力強い声で八兵衛に告げた。
「合体するぞ、もう一度『ヨコシマン』になってやる!」
「ウムッ!」
 その瞬間、眩い光を放って八兵衛が横島の身体に溶け込んでいく。
 薫を助けるためならば、後の地獄の筋肉痛など、最早どうでも良い。横島は覚悟を決めてそれを受け容れた。
「ヨコシマン、参上!」
 光が収まると、そこには例の下着姿となった『ヨコシマン』の姿。
「「…何故、脱ぐ?」」
 葵と紫穂が呆然とした表情で呟く。紫穂はじーっと凝視しており、葵は手で目隠しし、顔を真っ赤にしながらも、指の隙間からチラッチラッと覗いていた。
「うおぉぉぉ! ヨコシマンダーッシュッ!!」
 そんな事など気にも留めずに猛スピードで地下へと駆けて行く『ヨコシマン』。どうやら、こちらは『ヒガシマン』とは異なり横島が身体の主導権を握っているようだ。合体した八兵衛が事情を察してくれたのだろう。
 そのまま廊下を駆け抜け、スピードを落とさないまま地下空間へと飛び出し―――

「待ってろよー、薫ー!」

―――そして、正義のヒーロー『ヨコシマン』の叫びが、地下空間に響き渡った。



つづく





 今回登場している巨大テーマパークは架空のものであり、特定のモデルは存在しておりません。

 また、無許可で天界から人間界に降りる事が罪。
 八兵衛と合体した状態でも横島の意識で身体を動かせる。
 この辺りは原作にはない『黒い手』シリーズ独自の設定です。
 ご了承ください。

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