横島家の特になんでもない一日 後編
「うぉーっ! 相変わらずでけーっ!」
目の前にそびえ立つ中武デパートを見上げて、薫が感嘆の声を上げた。現在彼女は横島に肩車をされた状態であり、彼女がデパートを見上げるとその動きに合わせてバランスが崩れそうになるが、横島は足を踏ん張って何とかその体勢を維持する。
そんな彼の両手は、右手は澪と、左手は紫穂と繋がれている。澪のもう片方の手はタマモと繋がれていた。葵は子供じゃないのだからと手を繋ぐ事を拒んでいたが、こちらは現在マリアと手を繋いでいる。迷子になってはいけないからと手を繋ごうとする彼女に断り切れなかったらしい。
愛子や小鳩にしてみれば、せっかく横島と買い物に来たのだから腕の一つでも組みたいところだろうが、目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に何も言う事が出来ない。仕方がないなぁと笑みを浮かべるばかりである。
「で、でも、周りからは親子のように見えちゃうかしら?」
「やっぱりそう見えちゃいますか?」
とは言え、彼女達もただ引き下がる訳ではない。横島と薫達、そして自分達を合わせれば周りからは子連れの夫婦のように見られるのではないかとにわかに活気付く二人。
「どっちかと言えばジジイと孫じゃない?」
そんなかしましい二人に冷ややかに目を細めたテレサがツっこみを入れた。
「まぁ、そんなとこじゃろうな」
確かに彼等の事情を知らない周囲の人達から見れば、この一行の中心は横島ではなくカオスであり、祖父が孫達を連れて買い物に来た図として見るのが自然であろう。
「にいちゃん! 早く入ろうぜ!」
「分かったから、動き回るな!」
薫は肩車されながら、両足のふとももで横島の顔を挟んだ状態で動き回る。横島はそれでも何とかバランスを保ちながら、澪と紫穂の手を引いてデパートの中に入って行った。まずは当初の目的であるエサ台とバードバスからだ。
ペット用品のコーナーに到着した一行。普段訪れる場所でないためか薫達は物珍しそうに目を輝かせ、我先にと三人で売り場に駆け込んで行った。横島達は苦笑しながらゆっくりと後に付いていく事にする。
バードバスはその名の通り庭に小鳥を呼ぶための水盤だが、庭を飾る点景物としての側面も持っているためか、ガーデン用品のコーナーとの境目に並べられていた。
「うおー! かっけー!」
スタンド型のバードバスを見てはしゃぐ薫。水盤の中央には枝に止まる小鳥の像が付いている。よく見ると妙に小鳥の目付きが悪く、薫は何故かそこが気に入ったらしい。
「でも、それウチの庭に合うか?」
「そうね、ちょっとちぐはぐかも」
しかし、葵と紫穂はお気に召さなかったようだ。横島の家は、家屋も庭も一貫して古めかしい和風の家だ。その庭に洋風のバードバスは合わないと二人は判断したのだろう。
「そうは言っても和風のバードバスなんてねーぞ?」
「確かになぁ、エサ台もプラスチックのばっかや」
売り場を見回しながら二人は呟く。薫達の希望としては、和風の庭に自然に溶け込むような物が好ましいのだが、ここの売り場に置かれている物はバードバスは西洋風のスタンドタイプ、エサ台はプラスチック製の透明なケースや派手な色の屋根が付いた物がほとんどであった。
「あら、こんなのもあるのね……」
その声に薫と葵が振り返ると紫穂が一つのエサ台に目を付け、それに触れていた。
「え? 何それ?」
「エサ台……か?」
紫穂が触れていたのも、西洋風のエサ台だ。ただし、これは木製であり少々変わった形をしている。
「西部劇?」
首を傾げる薫の言葉通り、それは西部劇に出てくる酒場のような外見をしていた。傍目には模型、一風変わったドールハウスのようにも見える。これにそぐう人形となると、それこそガンマンのような物になりそうだが。
無論、ペット用品の売り場にそのような物があるはずもない。これはれっきとしたエサ台である。屋根が開いてそこからエサを入れると、下部分に空いた穴からエサが出るようだ。木で作られたそれは意外と軽く、枝に吊して使う物らしい。
「こんなのもあるんやな〜。ウチの庭に似合わんのは変わらんけど」
「いや、これだけ異彩を放ってねえか?」
薫はそれを手に呆れた表情になっている。こんなエサ台にどんな小鳥がやってくるのだろうと考え、ガンマン風のニヒルな小鳥がやってくる光景を想像してしまったようだ。
周りを見てみると、この辺りは木製のエサ台がまとめて陳列されているようだ。同じく西洋風の家の形をしたエサ台もあるが、どれも形状は一般家屋である。
「これなんかいいんじゃない?」
木製の物を見て回っている内に、紫穂が一つのエサ台に目を付けた。屋根がついているタイプだが壁はなく、着色もされていないシンプルなスタンドタイプのエサ台だ。和風と言う訳でもないが、これならば横島家の庭に置いても違和感はなさそうに思える。
「これならええかもな」
「よし、これでいくか!」
葵と薫も、これは悪くないと思ったようだ。早速薫はそれを持って行こうとするが―――
「アホ! こんな所で堂々と超能力使うな!」
―――念動能力でエサ台を持ち上げようとしたところ葵に止められてしまったため、エサ台はその場に残して横島の姿を探す事にする。
「あ、いた! おーい、にいちゃーん!」
売り場内を探し回ったところ、彼等はバードバスの方を見ていたらしい。そちらの売り場に彼等の姿があった。澪は彼等と一緒にいたらしく、ちゃっかりと横島に寄り添っていたりする。
「ずっこいぞ、澪!」
「薫達が勝手に行っちゃったんじゃない」
しれっと答えた澪が更に腕を回してぎゅっと横島に抱き着くと、薫も負けじと彼に飛び付いた。
続けて葵と紫穂がやって来るが、こちらは飛び付く事なく自分達が見付けたエサ台の事を彼等に伝える。
「バードバスの方は、良いの見つかった?」
「それがなー、このパンフに良いのがあったんだが」
「どんなの?」
横島が持っていたのは店頭で「ご自由にお持ち帰りください」と配布されているパンフレットだった。バードバスもエサ台も、専門店でもないデパートの小さな売り場には到底収まりきらない種類がある。店頭に無い物はパンフレットを見て注文し、取り寄せてもらうようになっているようだ。
「ほら、これだ」
横島は差し出したパンフレットを開き、ある商品を指差して見せる。そこには庭石をベースにしたバードバスの写真が掲載されていた。確かにこれならば和風の庭にこの上なくマッチするだろう。
薫達も、可愛いデザインとは言えないが家の庭には合いそうだと一目で気に入ったようだ。
「いいじゃない。これ、何か問題でもあるの?」
「値段が、な」
「……うわっ」
写真の下に書かれた庭石型バードバスの値段を見て思わず声を漏らす葵。そこに書かれた数字は文字通り他のバードバスとは桁が違っていた。
GSとしての稼ぎがある今の横島ならば買えなくもない。しかし、右から左へとポンと出せる金額でもない。どうしたものかと頭を悩ませていると、そこにカオスが割って入ってきた。
「庭石ならウチにもあるじゃろ。これぐらいならわしが作ってやるぞ?」
「出来るのか?」
「水を循環させ濾過し、動力源は太陽電池か……これぐらい一日も掛からんわい」
「うわっ、カオスのじーさんが頼りになってる」
「わしを何だと思っとるんじゃ、お主は」
日頃の行いは大切だと言う事だろう。彼が作った薫達の部屋のネームプレートなどは何の問題も起こしていないのだが。
ともかく、横島家の庭にも元々庭石がいくつかある。六女の生徒達が上に乗って座禅を組むのに使っている大きな物が目立っているが、探せば手頃なサイズの物もあるだろう。せっかくなので多少大きな物になっても構わない。
バードバスに関してはそれで良いだろう。横島達は薫達が見付けてきたエサ台だけを買う事にした。流石に持ち歩くにはかさばる荷物なため、帰り際に受け取るようにして今は預かっていてもらう事にする。
「ああ、カオス」
「なんじゃ、テレサ」
「余計な機能、付けんじゃないわよ?」
そしてテレサは、しっかりとカオスに釘を刺しておく事を忘れなかった。
彼を放っておけばどんな機能を追加するか分からないので、彼女の判断は正しいと言えるだろう。
続けて横島達は服売り場へと向かった。本来の目的は自分の普段着を持っていないと言うテレサの服を買う事なのだが、キラキラと目を輝かせた薫達は自分の服も買ってもらう気満々である。横島としてもそれはやぶさかではないどころか、マリア達皆の服も買う気だが、まずはテレサの服だ。
人造人間である彼女の外見は大学生程度なので、それに合わせた売り場へと足を運ぶ。
「あ、せっかくだしスーツも買ってみるか?」
「スーツ?」
「ほら、お前秘書だし」
「ああ、そっちね」
「スーツ」と言われてテレサは真っ先に防水装備のようなボディスーツをイメージしてしまい怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐにビジネスウェアのスーツの事だと気付きポンと手を打った。
確かに彼女の立場は横島除霊事務所の所長である横島の秘書に近い。書類関係に関しては事務員の愛子に譲るが、スケジュール管理などは彼女の力あっての事だ。
横島としても黙っていれば知的美人のテレサにはキリッとスーツを着てもらいたい。更に例のカオス作『霊体探知メガネ』を掛けてくれれば最早言う事なしである。
無論、テレサだけではない。若い女性用の売り場なのだからマリアと小鳩の服もここで買うつもりである。横島としては愛子にも買ってあげたいところだが、残念ながら机妖怪である彼女は普通の服を着る事が出来ない。
愛子達は手持ちぶさたにしていた薫、葵、紫穂、澪、そしてタマモの五人を呼び集め、そして横島に声を掛けた。
「忠夫君、私は先に子供服売り場に行ってこの子達の服を見てくるわ」
「え〜、どうせなら兄ちゃんに選んで欲しいんだけど」
「いくつか候補選んで、最後に忠夫はんに選んでもうたらええやん。試着して」
「おおっ!」
愛子の顔を見上げて不満げな声を上げる薫に対し、葵がフォローを入れた。それを聞いて薫は納得したように声を上げてポンと手を打つ。
以前ここに服を買いに来た時、横島は薫達の服を選ぶ際に何かと「可愛い、可愛い」と連呼していた。薫達はそれが好きなのだ。彼女達から見てこれはダサいだろうと思う物もあったが、兄の欲目か彼は本心から可愛いと思っているようだった。あの時は彼の勢いに押されてまとめて買ってしまったが、学校に着ていくのはちょっと……と、ほとんど着ずにタンスの肥しにしてしまっている服もあったりする。
それを考えれば、最初に自分達も良いと思う物を選んでおくのは悪くないかも知れない。最後に横島に選んでもらうと言っているが、彼の事だ。きっと「可愛い、可愛い」と連呼して全部買ってくれるに違いない。薫、葵、紫穂の中にはそう言う計算もあった。澪だけは三人が何を考えているか分からずに首を傾げていたが。
「分かった! 行こーぜ、愛子姉ちゃん!」
「ええ、とびきり可愛いのを選びましょ」
愛子としても、ここにいるよりも「ウチの子」である薫達の服を選ぶ方が楽しいのだろう。子供達だけならば心配で行かせられないが、愛子も一緒ならば安心だ。机を背負った愛子は、薫と澪に手を引かれながら子供服売り場へと向かって行った。その後を葵と紫穂がくすくすと笑いながら付いて行く。
「タマモ、愛子のフォロー頼むぞ」
「はいはい、多分いらないと思うけど」
そして五人の後に続くタマモ。横島が声を掛けると、タマモは気怠そうに手を振って彼女達の後を付いて行った。
「そうだ。カオスも今の内に選んで来たらどうだ?」
「む、ワシの服も買うのか?」
「ああ、カオスってウチで着る分には結構持ってるけど、余所行きはその服だけじゃない」
「流石にマントは人目を引くからなぁ」
以前の貧乏生活はどこへやら、横島の家に転がり込んで以来悠々自適の隠居生活を送っているカオス。生活のためにバイトをする必要がなくなったためか、最近の彼は基本的に出不精であった。何か必要な物があればマリアかテレサに買い物に行かせて、当の本人は蔵の研究所で趣味の研究に没頭しているのだ。
そんな彼が持っている服は、甚平のような和風の普段着を筆頭に家で寛ぐための物ばかりである。近所に買い物に行く程度ならばそれらでも大丈夫であろうが、余所行きの服はマントとタキシードしか持っていなかった。もちろん、今もその格好である。
「普通の余所行きの服がないと不味いだろ」
「そうかのう?」
「あの、流石に目立ち過ぎるんじゃないでしょうか」
小鳩も横島家における一般人代表として、カオスの格好は目立ち過ぎると指摘した。そもそも、マントを身に付けて町を歩く一般人などいない。この言葉にカオスも折れた。
「それでは、マリアが・付き添います。ドクターカオス」
「うむ、そうするか」
カオスを一人で行かせるのは薫達とはまた別の意味で不安であったが、そこにマリアが同行を申し出てくれた。
「って、あんたの服はどうするのよ?」
テレサが尋ねると、マリアは売り場をざっと一瞥し、テレサを真っ直ぐ見詰めてこう切り返した。
「ここには・マリアに合うサイズが・ありません」
「どこにでも行っちまえ、コンチクショーーーッ!」
服の下は人間とは少々異なるボディを持つマリアだが、そのスタイルの良さはそれこそ「桁違い」だ。横島にはその辺りの知識が全く無かったが、彼女のサイズに合う物になると、シンプルな物やそれこそ特注品となってしまう。
マリアは自分の事は良いから妹の服をと言い残し、負け犬―――もといテレサの遠吠えを背に受けながら、カオスを連れて紳士服売り場へと向かって行った。
ちなみにマリアは後日、ネット通販で伸縮性がある素材のワンピースを購入する事になる。普通の服ではそのスタイルの良さのため太って見えてしまう彼女のために薫、紫穂、葵の三人が探してくれたそうだ。紫穂、葵の二人は純粋にマリアを想っての事であったが、薫はそのスタイルの良さを何とかして表に出せないかと目論んでいた事は言うまでもない。
「いつまでもいじけてないで、お前らの服を探すぞ」
「うぅ、分かったわよう……」
横島は打ちひしがれるテレサに声を掛け、彼女の手を引いて立ち上がらせる。
「ほら、元気出してください。せっかくだから可愛いの選んじゃいましょう!」
「………」
そして小鳩もテレサを励ます。しかし、テレサは彼女の表情が妙に楽しそうなのを見逃さなかった。
「……ねぇ、私はいいけど、小鳩は選ばないの?」
「え?」
テレサがジト目で小鳩を見ると、小鳩はスッと視線をそらす。その頬には冷や汗が伝っている。
「小鳩のは?」
テレサが更に顔を近付けると、小鳩は観念した様子で訳を話してくれた。
「え〜っと、私も着られる物が限られてて、あんまり選ぶ余地が……」
そう、彼女もまたマリアほどではないにせよスタイルが良いのである。流石に着られる服が無いとは言わないが、選択の幅は狭くなってしまうのは否めない。特に横島家に居候する以前の彼女は経済的な理由もあって選ぶ自由など無かったと言えるだろう。
そんな理由もあって、小鳩は自分の服ではないとは言え、テレサの服を選ぶのが楽しみなのだ。可愛い服を選んでやりたいとうずうずしている。もしかしたら、愛子が薫達を連れて子供服売り場に行ったのも、同じような理由なのかも知れない。
「……まぁ、忠夫よりはセンスありそうね」
「悪かったな、センスなくて」
とは言え、これはテレサにとってもメリットのある話であった。テレサ自身、自分にどのような服が似合うかなど考えた事もなく、どのような服を選べば良いのか分からない。薫達の服を買いに行った時の事もあって、横島も当てにならない事は分かっていた。彼にとって重要なのは誰が着ているかであって、服そのものには余程色気がない変な物でない限りあまり頓着しないのだ。実は下着となると多少の拘りを見せるのだが、当然テレサはその事を知らなかった。
その点、小鳩は六女の生徒が多く訪れるパン屋でバイトしている事もあって、最近の流行もある程度は把握していた。彼女のセンスは信用に値するだろう。
「分かった、それじゃ頼むわね」
「はい、任せてください!」
テレサが小鳩に頼むと、彼女は満面の笑みを浮かべて引き受けてくれた。
「これなんてどうでしょう?」
「ちょっと派手じゃない?」
「普段着ているアレに比べたら派手でしょうけど、これくらい普通ですよ?」
小鳩が選ぶ服は決して派手ではなく、むしろおとなしめのデザインが中心だ。しかし、カオスの作った少々野暮ったい服を着慣れたテレサには、それすらも派手に見えるようだ。恥ずかしがるテレサに対し小鳩が満面の笑みを浮かべて多少強引に服を勧めると、やがてテレサは根負けしたのか小鳩に勧められた服を試着してみせた。
「おおっ! いいじゃないか、可愛いぞテレサ!」
途端に復活して感嘆を声を上げる横島。ずずいっと顔を近付けてきたため、赤面したテレサは思わず拳で迎撃してしまった。
そんな二人の様子を見て、小鳩はくすくすと笑いながらテレサにフォローを入れる。
「恥ずかしがらなくても良いですよ、ホントに似合ってますから」
「そ、そうかしら……?」
家では「見た目は秘書、中身はへっぽこ」扱いされるテレサだが、こうして普通の服を着てみると傍目には普通の女の子である。マリアに似た身体構造上胴体部分を見せると不自然になってしまうが、スラリとした手足は露出してしまっても何の問題もない。
テレサは普段とは勝手が違う軽やかにひらひらとしたスカートに戸惑った様子だったが、二人に褒められるのは嬉しかったようで、何やらむずがゆそうな様子であった。
そのままテレサは何着かの服を選び、小鳩もまた自分に合ったサイズの服を選ぶ。こちらはシャツなどが中心であったが、その服の上からでもはっきりと分かる豊かな双峰に横島は確かな満足感を感じていたようだ。
「次は忠夫さんですね」
「え? 俺も買うのか」
皆の服を買うつもりでここに来たため、やはり自分の事については無頓着であった横島。しかし、またとない機会であるため、テレサと小鳩の二人は彼の腕を引いて男性向けの売り場へと連れて行く。
「あんただって結構着た切りスズメじゃない。せっかくだから買っちゃいなさいよ」
「俺は適当でいいぞ」
「言ったわね?」
投げやりな横島の返事にニヤリと笑みを浮かべて目を光らせるテレサ。
「それじゃ、私達が選びますね!」
小鳩の方も彼女ほど露骨ではないにせよ嬉しそうだ。
そんな二人を見て、横島は墓穴を掘ったかと思ったが後の祭りである。これはもう収まりそうにない。
「薫達が待ってるから手短にな?」
「ふふっ、分かってますよ」
「それじゃ手早く選んでくわね」
子供服売り場に行っている薫達だけでなく、同じく別行動中のカオス達の事もある。その辺りは二人も承知しているようで、テキパキと横島の服を選び始めた。
仕事で使うスーツは既に持っているため、今回は家族で出掛けるための余所行きの服と、家で着る普段着も何着か見繕う。前者をテレサが、後者を小鳩が選んでいるようだ。横島には立派な雇い主であって欲しいと言う願望があり、彼が周りからどう見られているかを気に掛けるテレサ。そして周りの目よりも家で共に過ごす時間を重視する小鳩。二人の姿勢が表れていると言えるかも知れない。
流石に二人ともお遊びで選ぶような事はせず、無難な物が選ばれた。自分の服を買う事自体が久しぶりな気がする横島は、二人の少女に自分の服を選んでもらっていると言う事実に何やらむずがゆそうな表情をしている。その一方でテレサと小鳩の二人は、これで少しは落ち着いて見えるだろうと満足気な表情であった。
自分達の服を買い終えた三人は、他の面々と合流する事にする。テレサがカオスとマリアを迎えに行き、横島と小鳩の二人は薫達のいる子供服売り場に向かった。双方の買い物が終われば合流し、昼食を食べに行く予定である。
「あっ、にいちゃん!」
横島達が子供服売り場を訪れると、真っ先に薫が気付き飛び付いてきた。
「って、お前はなんつー格好で出てくるんだ!?」
しかし、その時の彼女は白地に青い肩紐が付いたタンクトップと、青いワンポイントが付いた白いショーツの下着姿。どうやら試着の最中だったらしい。胸に飛び込んで来た妹を抱き留めた横島は慌てて周囲を見回すが、幸い子供服売り場に他の客の姿はなかった。中年女性の二人の店員が元気な薫の姿を見てくすくすと笑っているだけだ。
横島はそのままの体勢で薫を飛び出して来た試着室の前まで連れて行くと、ぺいっと中に放り込んで勢い良くカーテンを閉めた。そして試着室の前で呆然としていた愛子に向き直る。
「それで、どの服を買うかは決まったのか?」
横島が声を掛けると、愛子はようやく我に返って再起動を果たす。
「え、ええ、いくつか候補を絞ったから見てもらえるかしら」
そう言って愛子は、薫を放り込んだ試着室の隣に「開けるわよ」と声を掛けてカーテンを開く。するとそこにはチェック柄のシャツワンピースに着替えた葵が立っていた。色は明るいブルー、ふわふわしたダンドールの三段フリルがなんとも可愛らしい。袖を折ってインナーの長袖シャツを合わせているが、こちらは試着ではなく彼女が元々着ていた物だ。
「どうや、忠夫はん。似合う?」
「いいんじゃないか? 似合ってるぞ」
くるりんとその場で一回転してみせる葵。横島が頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる。
この三段ダンドールフリルのシャツワンピースは全員が気に入ったらしく、それぞれ色違いの物を一着買おうと思っているらしい。薫はレッド、紫穂はパープル、そして澪とタマモは色もお揃いのチャコールグレーの物を選んでいた。
「なぁなぁ、こっちはどうや? ほら、これも!」
他にもシャツやブラウス、スカートを身体に合わせて見せてくる葵。彼女は全体的に清潔感のある明るい色合いの服を好むようだ。横島は最近の流行などは分からないが、どれも葵に似合っている。次々に服を見せて嬉しそうに「ここが良い」、「ここで可愛い」と語る葵を見て、横島は満足気に頷いていた。
続けて隣の試着室のカーテンを開くと、そこにはピンクのプルオーバーにハーフパンツを合わせた紫穂の姿があった。
「これなんてどうかしら? 私は気に入ってるんだけど」
こちらも何着か選んだ物を身体に合わせて横島達に見せてきた。紫穂はシャツの柄もハートマークをあしらったものなど、いかにも「女の子」な可愛らしい物を選ぶ傾向があるようで、色合いも葵に比べて一層鮮やかだ。小鳩は特に気に入ったらしく目を輝かせていた。
「紫穂ちゃんは、私が口出しする間もなかったのよね〜。すぐに自分で選んじゃったから」
「しょうがないわよ。薫ちゃんを見とかないと、何を選ぶか分からないもの」
どうやら紫穂は愛子の助けを借りずに自分一人でさっさと服を選んでしまったらしい。不満そうに口を尖らせる愛子を窘める紫穂。どちらが年上か分からなくなる光景である。
「ねぇ、忠夫さん」
「ん?」
「そこ開けっ放しだと着替えられないんだけど」
「おっと、すまん」
からかうような目付きの紫穂に言われ、横島は慌ててカーテンを閉める。
「そんなに慌てなくてもいいのに」
すると紫穂はカーテンの隙間からにゅっと顔だけ出し、楽しそうな笑顔で更に言葉を続ける。
「流石にここで全部着替えて見せるのは時間が掛かっちゃうからやらないけど、帰ってから全部見せてあげるから今はガマンしてね♥」
そう言って上目遣いで微笑む紫穂。選んだ服は普通の子供服で特にセクシーなデザインと言う訳でもないのに、どことなく小悪魔的に見えるのは、普段の彼女を知っているせいだろうか。最近ますます手強くなってきたと、横島は頭を抱えるのであった。
気を取り直して隣の試着室のカーテンを開くと、そこには澪とタマモが二人で一つの試着室に入っていた。タマモは澪をフォローするために付きっ切りでいたようだ。
二人はお揃いのデザインで色違いのプリントTシャツを着ている。その柄があまり子供っぽく見えないのは、タマモの趣味で選んだためだろう。そのせいか澪が普段よりも大人びて見える気がする。
「お兄ちゃん!」
横島の姿に気付き、満面の笑みで抱き着いてくる澪。大人びて見えるとは言え、その仕草の一つ一つはまだまだ子供である。抱き着いたまま笑顔で見上げてくる澪を見て、横島も思わず頬を緩ませて彼女の頭を撫でてやる。
他にもチュニックやコンビネゾンといくつか選んだ服を見せてもらったが、それらは全てお揃いのデザインであった。流石に全く同じだと区別がつかないと思ったのか、ほとんどが色違いである。澪がタマモとお揃いの服を着たがるので、あえてそうしたらしい。
「全部タマモが選んだのか?」
「一着だけ澪が選んだわよ」
そう言ってタマモは澪を呼び寄せると、モノトーンのワンピースを彼女の身体に合わせて見せた。スカート丈は他の物に比べて長めで、少し落ち着いた雰囲気だ。澪によく似合いそうである。
もっとも、その格好で泥んこになるまで遊び回るのは少々厳しいかも知れない。
しかし、余所行きの服には丁度良さそうだ。
「それじゃ、今度はそれを着て出掛けてみるか」
「え……いいの?」
「もちろんだとも!」
そこで横島はまた今度どこかに遊び行こうと約束する。すると一瞬呆気に取られた澪だったが、彼の言葉を理解するとすぐに表情をほころばせて花が咲くような笑顔を見せた。
「タマモも、どこか行きたい所とかあるか?」
「ん〜、そう言う店はないわねぇ」
「いや、油揚げ料理じゃなくて」
タマモも同じように誘う横島だったが、彼女は澪と違って一緒の外出にはあまり興味がないようだ。この娘、食べ歩きを趣味にしているくせに、それ以外については出不精である。
「にいちゃん、にいちゃーん!」
薫の呼ぶ声が聞こえてきたので、横島は澪とタマモの更衣室のカーテンを閉めて薫の元へと移動する。
「へへっ、どう? どう?」
カーテンを開けてみると、そこにはアイボリーのタンクトップを着て、かぼちゃシルエットのショートパンツを穿いた薫がポーズを取っていた。シンプルな物ではなくチュールフリルがあしらわれたデザインである。
「おっ、可愛いな!」
「あったりまえじゃん!」
横島に誉められて得意気に胸を張る薫。他の選んだ服もキャミソール、チュニックにキュロットと動きやすさを優先した物ばかりだが、デザインそのものは可愛らしい物ばかりである。おしゃれにはあまり興味がなさそうな薫だが、意外にもセンスは悪くないらしい。
「それじゃ次はこいつを……」
突然薫は横島の目の前でタンクトップを脱ぎ始める。次の服を見せたいのだろう。カーテンが開いたままなのだが、横島の陰になっているので気にならないようだ。当然横島が見ているのだが、それこそ薫にとっては意に介す必要のない事である。
「待て待て待て、それは帰ってからでいいから。元の服に着替えろ」
「えー、しょうがねえなぁ」
横島が慌てて止めると、薫は唇を尖らせながらも元の服に着替え始める。
「他のもキュートなの選んだんだから、帰ったら全部見せるぞ」
「はいはい、帰ったらな。他の皆もやるって言ってたぞ」
「あとしょーぶパンツも!」
「それは五年早いッ!」
目を輝かせて少々早過ぎるのではないかと思われるデザインのパンツを掲げて見せる薫の額に、横島は容赦なくチョップを叩き込むのだった。当然、そのパンツは没収である。
薫達の選んだ服を全て購入した一行は、その後カオス達と合流しデパート内にあるレストランで食事をし、食料品を買い込んで帰路についた。大量の荷物になってしまったが、横島とマリアの二人が揃えばこの程度はどうと言う事はないだろう。横島には両手に提げた袋以外に、背中に飛び付いた薫と言う荷物があった事は言うまでもない。
その後、帰宅した一行はまず買って来たエサ台をハニワ兵に渡す。するとハニワ兵達はこれらの到着を心待ちにしていたようで、サングラスを掛けたハニワ兵を中心にすぐさま設置場所を探し始めた。庭は六女の面々の修行が行われる場所でもあるので、それの邪魔にならないよう気を使わなければならない。
そして薫達はと言うと、エサ台の設置はハニワ兵達に任せ、早速新しい服をお披露目するファッションショーを始める事にする。元々は庭に野鳥を集めるために買い物に行ったはずなのだが、ついでに服を買った事でそちらの方に意識が向いてしまっているようだ。
横島達の目を盗んで密かに購入していたらしい勝負パンツをお披露目しようとした薫が、葵と紫穂に止められると言う一幕もあったが、それ以外はトラブルもなく盛況に終わる。
「なぁにいちゃん、誰が一番可愛かった?」
「なぬ?」
「あ、それはウチも気になるな」
「そうね。『可愛い』だけじゃなくて、もう少し感想を聞きたいわ。誰が一番好みだったかとか」
一通り見終わった後、あぐらをかいた横島の上に座り胸にもたれ掛かっていた薫が、彼の顔を見上げながらそんな事を尋ねてきた。葵と紫穂もすぐさま反応し、横島に詰め寄る。二人も横島の答えが聞きたいのだろう。
こうなると困るのが横島である。誰を選んでも角が立ちそうだ。紫穂はその辺りの事情も全て承知の上で問い掛けているようで、横島の反応を見てにやにやと笑っている。
周りに助けを求めてみても、タマモを筆頭に皆苦笑するばかりだ。三人に囲まれながらどう答えたものかと悩んでいると、くいっくいっと背中の裾が小さく引っ張られてる事に気付いた。
「ん?」
横島が何事かと振り返ってみると、そこには彼のシャツの裾を摘んだ澪が座り込んでいた。彼女も薫達と同じ事を聞きたいのだが、恥ずかしくて声に出して聞く事が出来ないようだ。顔を真っ赤にして俯いている。
「総合優勝っ!」
そんな態度を見せられて、横島が黙っていられるはずがない。ガバッと澪を抱き寄せると自分の膝の上、薫の隣に座らせて頬ずりし始めた。
突然の事に澪は目を白黒させていたが、兄が自分を選んでくれた事を理解すると一転して嬉しそうに自らも頬を擦り寄せてその身を委ねる。
「あ、ズルいぞ澪!」
それを見て薫も負けじと横島に抱き着く。葵は羨ましそうにその様子を見ていたが、流石に薫に続いて抱き着いたりはしなかった。
「なるほど……大胆に迫るよりも、ああ言うのが良いのね。もう少し成長してからなら反応も変わるのかしら?」
そして紫穂は、一人冷静に横島の好みを分析していた。超能力を使えばそれこそ全てを見通せると言うのに、あえてそれを使わずにいるあたり彼女の微妙な乙女心と真剣さが窺える。
「ぽー!」
横島、薫、澪の三人がじゃれ合っていると、ハニワ兵がエサ台の設置が終わった事を報せに来た。既にエサもセットしたそうだ。場所を選ぶだけなのでそんなに時間は掛からなかったのだろう。どうやらファッションショーが一段落するまで待っててくれていたようだ。
横島達が縁側に移動して庭を見てみると、六女の生徒達の邪魔にならない塀沿いの木の近くにハニワ兵が集まっているのが見えた。その中心に買って来たエサ台が設置されている。
「ふむ、近くに手頃な石がないのぅ。バードバスは庭石の中から適当に見繕うとするか」
横島達の隣で、カオスが庭を眺めながらバードバスに加工出来そうな庭石を物色する。彼にとってはそれこそ日曜大工のレベルなのだろうが、最近はこう言う作業も結構楽しんでやっている。
薫達もようやく当初の目的を思い出したらしく、目を輝かせてエサ台を見ていた。これで野鳥が集まるようになれば、巣箱に入ってくれる鳥も現れるかも知れない。
あまり近付くとかえって鳥が寄ってこないだろうと言う事で、横島達は縁側に腰掛けてエサ台を眺めている。
「早く小鳥来ないかな〜」
「いや、すぐには来んやろ」
今にも待ち切れない薫に、葵はすかさずツっこみを入れた。
「みんな〜、おやつよ〜」
「む……」
「は〜い」
愛子と小鳩がデパートで買って来たケーキをトレイに乗せてやってきた。葵と紫穂はすぐに、澪も横島の手を引いて二人一緒に居間に戻る。
しかし、薫だけはエサ台が気になるのか縁側から動かなかった。
「薫ちゃん、食べないの?」
「う〜……」
居間から紫穂が声を掛けても薫はうなり声を上げるばかりだ。ケーキも気になるが、エサ台にいつ鳥がやってくるかも気になるようだ。
「いつ来るか分からないんだから、ずっと見ててもしょうがないだろ」
「来たらハニワ兵が教えてくれるって」
「……分かった」
横島と葵にも窘められて、薫はようやく重い腰を上げた。
しかし、来る瞬間を見逃したくないのか、居間に戻って来た彼女は大急ぎでケーキをかき込み始める。
「そんなに慌てんでも、鳥は逃げへんで?」
「そうよ、場所を覚えたら毎日来るわよ」
「でも、初めて来る瞬間は、初めて来た時にしか見れないんだぞ?」
興奮気味にぐぐっと拳を握り締めて力説する薫。葵と紫穂は顔を見合わせ、その通りだと思ったのか少し食べるベースを上げ、ケーキを食べ終わるとすぐに縁側へと向かう。
その一方でのんびりとしているのは澪。
「澪は行かなくてもいいのか?」
「うん、こっちの方が……」
そう言ってケーキを一口食べる。鳥も気になるが、澪はケーキの方が大切なようだ。
横島もどちらかと言うと澪の意見に賛成だった。二人はそのままゆっくりとケーキを味わう事にした。よく考えてみれば、これは降って湧いた兄を独り占め出来る時間である。その事に気付いた澪は頬を染めながらも、そっと気付かれないように少しだけ横島に近付いて座り直すのだった。
その頃、縁側ではゆるい空気が漂っていた。薫、葵、紫穂の三人にハニワ兵達が縁側に並んで鳥が来るのを待っているのだが、今か今かと待ち構えている内に待ちくたびれてしまったようだ。
二体のハニワ兵がエサ台の近くでカメラを持って息を潜めているのだが、こちらも退屈してきている。
「来ねぇ〜!」
「こらっ、しゃんとし!」
とうとう限界が来たのか、薫が足を投げ出し仰向けに倒れ、隣の葵が窘めながらスカートの裾を直す。
「のんびり待ちましょ。鳥もすぐにはエサ台を見付けられないわよ」
紫穂は元よりすぐに来るとは思ってないため、薫のようにずっとエサ台を注視している訳ではなく、まだまだ余裕そうだ。
鳥を待つよりも、のんびりとした時間を過ごす事に主眼を置いているのだろう。ハニワ子さんが用意してくれたお茶を飲んで一息ついている。
「このまま来ないって事はねーよな?」
「大丈夫やろ。巣箱に入らんかったけど、前から鳥は来てるし」
「……うん、そーだよな」
気を取り直して起き上がる薫。
「あたしもお茶!」
「あ、ウチもお願い!」
「ぽー!」
薫達も、紫穂と同じようにのんびり待つ事にした。いつもの賑やかさとは打って変わって庭は静かになる。空を見上げると、目に染みるような眩しい青空が広がっていた。
「……ま、たまにはこんな日も良いか」
何気なく呟いた薫の言葉に、葵達もしみじみと頷くのだった。
「あー! 来たーーーっ!」
エサ台に降り立った小鳥の姿に気付いた薫が、思わず立ち上がって大声を張り上げ小鳥を逃がしてしまうのは、それから一時間ほど後の事である。
おわり
あとがき
この話は、『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』のラストエピソード『絶対無敵! グレートマザー再び!!』終了後、黒い手シリーズ本編『続・虎の雄叫び高らかに』と『アン・ヘルシングと賢者の石』の間のエピソードになります。
つまり、神族過激派が本格的に動き始める前ですね。横島除霊事務所は、まだ天使メッシャーに破壊されていません。
横島家の庭に集まる野鳥達は、天使メッシャー襲撃前に野生の勘で察知して逃げているでしょうからご安心を。
最終章で六女の臨海学校が行われてるので時期的に妙な事になりそうですが、気にしてはいけません。
「三度目のバレンタインか……まんがの中の時間の流れがどーなってんのかはともかく、いつもありがとう……!」なんて作中で言ってしまう『GS美神』です。一年近く、横島達は平和な時間を過ごしたと言う事で。
マリアは身長160cm、B100cm W57cm H97cm、これはアニメ版公式設定です。
ちなみに、横島の身長は176cm。令子は身長164cm、B92cm W58cm H90cmだとか。
と言う訳で、公式に数値が出ているメンバーの中では、マリアがトップと言うのは、アニメ版公式設定と言う事になります。
登場人物の設定及び除霊に関する設定は『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。ご了承下さい。
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