絶対可憐? ハニワ兵! 1
ハニワ兵、元々は≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスが雑用係として生み出した兵鬼だ。たかが雑用と侮るなかれ、外見はただのハニワだが、意外にも器用で力仕事もこなす。また、強力な自爆装置を内蔵しており、コスモプロセッサを起動させた際には、このハニワ兵をコスモプロセッサの護りに付けたりもしていた。
ただし、これはアシュタロスのハニワ兵の話であり、現在横島の家に居るハニワ兵はその娘、ルシオラのハニワ兵で少々仕様が異なる。
まず、ルシオラのハニワ兵には自爆装置が付けられていない。完全に雑用係として作られている。動力源が魂に変わっており、魔界で手に入る魂と言えば地獄に落ちた罪人のもののみであったため、下手に戦闘能力を持たせるのは不味いと考えたのだ。無論、自分の使用人として使う事を目的としているため、新しい体を手に入れた事で悪事を目論みそうな魂は最初から除外しているが、それ以上に強力な力を持つ事による魂に掛かる負荷を危惧したのだ。ルシオラの最近のマイブームは「コンパクトで高性能」、そのため、ルシオラのハニワ兵はアシュタロスのそれよりも自意識と個性が強く、魂の要求に応えられるだけの器用さを持ち、魂の器――もう一つの肉体としての側面を持っていた。
なお、目付きの悪いハニワ兵は強力なルシオラ印の武器を内蔵しているが、これは彼女が他のハニワ兵とは異なるからだ。動力源からして別物であり、ハニワ兵の姿をしているが、正確にはハニワ兵ではない。
そんなハニワ兵の中の二体、元・銀行強盗のハニワ兵と元・結婚詐欺師のハニワ兵が近くの商店街に買い物に来ていた。横島の家に来た当初は流石に周辺の住民も慣れておらずテレサが付き添っていたが、今はメモを見せれば言葉の通じないハニワ兵だけでも買い物が出来るようになっている。げに恐ろしきは人間の適応能力である。
ちなみに、アルバイト等で人の入れ替わりが激しいコンビニや、レジ担当が大勢いるデパートなどでは、ハニワ兵だけで買い物をする事は出来ないそうだ。商店街のような個人商店だからこそ、ハニワ兵でも買い物が出来ている。
ハニワ兵同士にも人間関係の機微があるらしく、この二体は性格も生前の罪も異なりながら仲が良かった。ネアカで元々面倒見の良い元・結婚詐欺師のハニワ兵が、難病を抱える娘のために犯行に及んだ思い詰めるタイプの元・銀行強盗のハニワ兵を放っておけなかったと言うのもあるのかも知れない。
二体掛かりで買い物袋を頭の上に載せて家路を急ぐハニワ兵。その時、ふと元・銀行強盗のハニワ兵がその足を止めた。
バランスを崩して荷物を落としそうになりながらも、辛うじてバランスを保った元・結婚詐欺師のハニワ兵が、何事かと「ぽー!」と言う抗議の声と共に振り返ると、元・銀行強盗のハニワ兵が、車道を挟んで向かいの歩道を歩く一組の家族を目で追っている事に気付く。赤子を連れた三人の夫婦だ。元・結婚詐欺師のハニワ兵は、当然のようにまず赤子を抱いた母親の方に視線を向ける。若奥様と言う感じではない。連れているのが赤子である事から判断するに、晩婚か再婚と言ったところであろうか。これで未亡人であれば彼の好みにド真ん中ストライクだ。
「ぽーぽぽー、ぽぽーぽー。ぽぽー、ぽー」
「ぽ……ぽぽー……」
「ぽー? ぽ、ぽぽ、ぽー?」
「……ぽー」
「ぽー、ぽぽーぽーぽぽー! ぽ? ぽー? ぽ、ぽぽー? ぽっ、ぽぽーぽぽぽー?」
「ぽぽー、ぽー」
「……ぽっ?」
失礼、これより先はバイリンガルでお楽しみください。
「(お前も隅に置けないなぁ、好みのタイプって訳か。分かるぜ、それ)」
「(いや……違う……)」
「(違うのか? まさか、生前の知り合いか?)」
「(……ああ)」
「(へぇ、世の中ってのは広いようで狭いねぇ! で、誰なんだい? 会社の同僚か? 学生時代の同級生か? まさか、飲み屋で知り合ったねーちゃんなんて事は……)」
「(あれは、妻だ)」
「(……は?)」
なんと、その女性は元・銀行強盗のハニワ兵の、生前の妻であった。
隣の男性は、おそらく現在の夫であろう。生前の妻が今は別の男と夫婦になっている。これはショックであろうと元・結婚詐欺師のハニワ兵がフォローを入れようとするが、元・銀行強盗のハニワ兵はどこか達観した表情で首を横に振った。娘のために犯行に及んだ彼だったが、妻の事を省みなかった事を今でも後悔していたのだ。それが立ち直って幸せそうにしている。それだけで彼は満足している。
「(帰ろう)」
「(いいのか?)」
「(今更会ったって何も言えないさ、こんな身体だしな)」
向かい合い、心なしか寂しげな声で言葉を交わすハニワ兵達。傍目に見ている人達には「ぽー」としか聞こえないため、こんなシリアスな会話がなされているとは想像もつかないであろう。
二体は荷物を担いで家路につく。元・銀行強盗のハニワ兵も、去っていく妻を振り返る事はなかった。
元・銀行強盗のハニワ兵には一つだけ気掛かりな事があった。歩きながら物思いに耽る。
妻が抱いていた子供、あれは彼の子供ではない。元・銀行強盗が命を落としたのは数年前の話だ。おそらく、再婚相手との子供だろう。
ならば、彼が自らの命と引き換えに助けた娘はどこに行ったのだろうか。病気はちゃんと治ったのだろうか。今も元気にしているのだろうか。ただ、それだけが気掛かりであった。
その頃、横島除霊事務所の前に一台のワゴン車が止まっていた。側面にペイントされた『GS SOCIETY』の文字、GS協会から来た車だ。仕事に関する話なのでハニワ兵だけに任せるわけにはいかず、事前に連絡を受けていた横島にテレサも付き添って協会職員を出迎える。
GS協会から運ばれてきたのは幾つものダンボールだった。ハニワ兵達がそれらをどんどん事務所の方に運び込んでいく。
「それじゃ、後はお願いします。記入用紙はこちらになりますので」
「了解っス、任せてください」
仕事の内容については事前に打ち合わせしてあるため、荷物の受け取りが完了すると、協会職員はすぐに帰ってしまった。横島も家の中に戻ると、それを見計らったかのように薫、葵、紫穂の三人が顔を出して、横島の下へ駆け寄ってくる。
「にーちゃん、何が届いたんだ?」
「ハニワ兵が、えらいぎょーさんダンボール運んどったけど」
「ちょいと仕事でな、紫穂は触らん方がいいぞ」
「私が?」
怪訝そうな表情をする紫穂。紫穂のみを止めると言う事は、彼女の『接触感応能力(サイコメトリー)』に関係する事なのだろう。
紫穂が周囲の者達に恐れられ、忌避される原因はその『接触感応能力』にある。指先が触れるだけで心の内を読み取られてしまうのだ、無理もあるまい。しかし、そんな人ばかりでない事も彼女は知っていた。B.A.B.E.L.局長の桐壺や、『ザ・チルドレン』の担当官皆本等、心を読んでも、それが人間関係におけるマイナスにならない人間も少なからず存在するのだ。そして、横島はそれを更に飛び越えており、紫穂が初めて出会った心を読む事がプラスになる人間である。「マの付く人」である横島と「サの付く人」である紫穂は、心を覗き見する事がある種のプレイとして成立してしまっているのだ。
そんな横島が触るなと言う物、一体何であるか気になってしまうのは当然の事であろう。横島と手を繋いで、問い掛けてみる。
「見られると不味い物?」
「不味いっつーか、怖いだな。呪われた物とか、何かが取り憑いたのとか」
「……え゛?」
たじろく紫穂。なんでそんな物が運び込まれるのかと考えているのだろう、その表情は引きつっている。怖いもの無しと思われがちな紫穂だが、実は怪談の類は苦手としているのだ。横島も心の中で紫穂が怪談を苦手としている事を気にしているようだ。触るなと言ったのは、その辺りが理由なのだろう。
「な、なんでまたそんなもんが……?」
「そや、呪われたらどないすんねん!」
同じく引きつった表情で抱き合っている薫と葵。こちらも紫穂と同じく怪談の類を苦手としている。
「そうは言ってもなぁ」
そんな三人の表情に横島は困った様子だ。と言うのも、文珠を使い、物そのものにダメージを与えず、取り憑いた悪霊、呪いだけを浄化できる横島は、骨董品の除霊に関しては日本でも五指に入るGSなのだ。今回送られてきたダンボールもきっちりお札が貼られており、中には海千山千のGS達でも太刀打ち出来なかった呪われた骨董品が詰め込まれている。こう言った仕事は、他のGSには出来ないと言う事で依頼料が割り増しになる上、優先的に受けてもあまり文句を言われる事がないため、横島は率先して引き受けるようにしていた。
「除霊するにも、まず『鑑』の文珠で謂れを調査しないといけないんだよ。文珠の効果が続いている内は、連続して鑑定出来るから、こうしてまとめて持ってきてもらったって訳だ」
「鑑定?」
薫と葵は怖がっていたが、紫穂がその話に興味を持った。
実はここ最近、紫穂はこの家において少し疎外感を感じていた。発端は葵が横島にパンツを掴まれたあの一件である。あれから葵は、洗濯物の取り込みを引き受けるようになり、それを皮切りに家事の手伝いをするようになっていたのだ。優等生気質の葵らしい話である。
『瞬間移動能力(テレポーテーション)』は高い位置にある洗濯物を取り込むぐらいで、極力超能力を使わず、普通の子供でも出来るような手伝いをしているあたり、葵自身、普通の子供と言う物を夢見て、この家ではそのように過ごしたいと言う願望の現われなのかも知れない。
また、薫も葵に触発されるように家の手伝いを始めていた。こちらは『念動能力(サイコキネシス)』を使う事に抵抗がなく、夕飯を運ぶのを手伝い、廊下を皿が飛んでいく光景をよく見掛ける。下手をすると人の命を奪いかねない念動能力だが、この家では遠慮なく使えるのが嬉しいのだろう。ハニワ兵の力仕事を手伝ったりもしているらしい。
そんな二人に対し、紫穂は特に家事を手伝ったりはしなかった。元より、率先して家事をするような性格ではないためである。しかし、これでは「この家の子」と言うよりも、お世話になってばかりの「お客様」、彼女の抱く疎外感の原因はここにあった。
無論、紫穂とて何もしたくないと言うわけではない。しかし、何かするならば、自分の超能力を活かしたいと言う願望があった。人から忌避される原因である『接触感応能力』を受け容れるだけでなく、二人の結び付きをより強くする一つとしてくれる横島のためだからこそ、その力を活かした何かをしたいと考えていたのだ。
紫穂も呪いは怖い。悪霊が取り憑いているなんて考えたくもない。しかし、これはまたとないチャンスでもある。除霊するならともかく、鑑定する事に関しては、紫穂は横島以上のスペシャリストだ。
「あ、そいやウチ宿題すんの忘れてたわ!」
「おぉ、そういやそうだった!」
苦手な怪談話に発展するのを恐れた葵と薫は、理由を付けて居間の方へと戻って行き、テレサもそれについて行くが、紫穂だけはそれに続かずこの場に留まる。
そして、紫穂は覚悟を決めておずおずと口を開いた。
「あ、あの!」
「ん、どうした?」
「私も、手伝っても、いいかな?」
「何デスト?」
正直なところ、除霊助手でない紫穂に手伝わせるのは良い事ではない。物によっては触れる事自体が危険な場合もある。
しかし、だがしかし―――
「……ダメ?」
「大歓迎! こっちからお願いするぞっ!」
―――普段は「サの付く人」である紫穂が浮かべる不安気な弱々しい表情を見て、横島と言う男が断れる道理はない。
その返事を聞くと、紫穂は表情を輝かせる。その笑顔は、普段の彼女が見せる事のない、子供らしい笑顔であった。
そのまま二人は手を繋いで事務所の方へと向かう。中に入ると、畳の部屋の中央に大きなテーブルが置かれ、それを取り囲むように幾つものダンボールが置かれていた。横島はダンボールの中から箱を取り出してテーブルの上に並べていく。ここで彼がやるべき仕事は二つだ。
一つは送られてきた物の謂れを調査する事。ここに送られてきた物は、どんな謂れを持つか分からない物が多い。そんな状態だからこそ、ぞんざいに扱われ、怨念が祓われる事なく蓄積してきたとも言える。謂れが分かれば通常の方法で除霊出来るかも知れないし、謂れによっては一度除霊しても放置すれば再び同じ事が起きる可能性もあるのだ。
もう一つは、当たり前の事だが除霊する事だ。なお、文珠を使っての除霊であるため、基本的に期限は設けられていない。鑑定、除霊が終わった物から順にGS協会に引き取ってもらう事になっている。つまり、横島は通常の除霊の仕事のために文珠のストックを残しながら、通常の除霊の無い日を見計らって文珠を使ってこの仕事を進めていかなければならないと言う事である。
それを考えれば、紫穂に鑑定してもらうと言うのは、文珠を節約する意味でも有効と言える。
「でも、お前ら普段はリミッターで超能力押さえ込まれてるんじゃ?」
「あら、超度7をなめないで欲しいわね。その気になれば振り切る事ぐらいできるわよ」
「それは不味いだろ、ここに来れなくなっても知らんぞ」
「う……」
確かにそれは不味い。紫穂達超度7の三人が小学校に通えるのも、横島の家に入り浸る事が出来るのも、ESPリミッターを付けて、超能力を使わないと約束しているからだ。何か問題が起きると、学校に通う事はおろか、横島の家に来る事も出来なくなってしまうかも知れない。紫穂としては、それだけは避けたかった。
「だ、大丈夫よ。リミッター付けたままでもある程度は読めるし、いざとなったら局長に連絡して外す許可もらうから」
「そんな簡単でいいんかい……」
そう言いつつも横島は、あの子供にはとことん甘い桐壺ならば、あっさりと許可してしまいそうだと考えていた。あながち間違っているとは言い切れないのが恐ろしいところである。
「こういう箱を触って、中の物を鑑定するって出来るか?」
「やってみないと分からないけど、難しいんじゃないかしら?」
「それなら、何があってもすぐにフォロー出来る体勢でやらないとな」
そう言う横島が手に持つ長い桐の箱に入っているのは刀剣類だ。この手の物の中には手にすると身体が乗っ取られてしまうような代物もあるため、注意が必要である。紫穂が操られたところで、横島ならば取り押さえる事が出来るだろうが、紫穂を危険な目に合わせないためにも、そもそも乗っ取られるよりも早く除霊してしまうのが望ましい。場合によっては、刀剣類だけでも横島が文珠で鑑定する事を考えた方が良いだろう。
「それなら、こうしましょうか?」
「お、おい」
横島は座布団の上に胡坐をかいて、鑑定結果を記入する書類と、鑑定、除霊をする物を並べたテーブルに向かっていたのだが、紫穂は横島の胡坐の上にスポッと身体を納めるように座ってしまった。
「これなら、私が操られてもすぐに押さえられるでしょ?」
「いや、操られる前に除霊するけどさ」
「ならいいじゃない、役得って思ってるみたいだし」
身体を押し付けるようにしてもたれ掛かってくる紫穂。実に嬉しそうに微笑む彼女に、横島は何も言い返す事が出来ない。
これ以上に早く紫穂をフォロー出来る体勢が思い浮かばないため、結局このまま作業を進めていく事になる。実際に役得と思っているかどうかは、横島だけの秘密である。いや、紫穂は心を読んでいるため、二人だけの秘密と言うべきであろうか。
「それじゃ、まずはこれから」
左手に文珠を握り締めながら、横島は先程見せた長い箱の中から一振りの刀を取り出して見せた。これはとある戦いに敗れて戦場の露と散った戦国武将が手にしていたと言われる刀だ。その武将の首塚のある寺に奉納されていたのだが、昔からその武将が首を刎ねられた日になると、首を抱えた落ち武者の亡霊が現れると言う曰く付きの刀であった。しかし、誰もその落ち武者の亡霊を除霊する事が出来ず、今日までずっと寺の中に厳重に封印されていた物だ。
紫穂は念のために柄には触れず、おそるおそる鞘の方に触れて「鑑定」を始めた。
正直怖いが、何とかそれを我慢する。こうして横島の膝の上に座っているのも、実は、常に横島と触れ合っている事で怖さを紛らわせるためでもあるのだ。紫穂なりの自己防衛である。
「これは……かなり古い刀ね。実際に何人も殺してるわ」
「こっちの資料によると、戦国時代にある武将が使ってた刀らしいな。そいつは戦争に負けて首を刎ねられたらしいが、最後に持っていたのが、この刀なんだと」
話を聞きながら、紫穂は心の中で「これは猟奇殺人、猟奇殺人」と呪文のように唱えながら鑑定を続ける。妙な話だが、紫穂は怪談は苦手でも、猟奇殺人等は平気だったりする。この刀に関しては、怪談ではなくずっと昔の殺人事件だと自分を誤魔化していた。
「あら……?」
「どうした?」
「その資料、間違ってるみたい」
「何?」
「この刀、首を刎ねた敵の刀よ」
「はいぃっ!?」
そもそも伝わっていた謂れが間違っていた。古いものにありがちな霊障の原因その一である。
常識的に考えて、戦いに敗れた武将を祀るのに、実際にその首を刎ねた刀を供えればどうなるか分かるであろう。知らなかったとは言え、それをやってしまっていたのだ。祟られるのも無理の無い話である。
「こりゃあ、刀を別のとこで祀って、首塚の方を供養した方が良さそうだな」
「そうね、この刀はただの凶器。特に怖いものは感じないわ」
「斬った方はとっとと成仏してたって訳か。何とも言えん話やの〜」
横島はその事を書類に書き込むと、刀を元の箱に仕舞って脇に退けた。これについては文珠を使って除霊するまでもないだろう。書類に書き込む際に、テーブルの方に手を伸ばすため、紫穂の頭の上に顎を乗せる体勢になるが、彼女はそれに対して抗議の声を上げようとしない。むしろ、どことなく嬉しそうに微笑んでいるようだった。
「すごいな、紫穂は。多分、俺だとそこまで詳しくは分からないで、意味もなく文珠で浄化して終わりだったぞ」
「うふふ、もっと頼りにしていいのよ。横島さんと一緒なら、ちょっと怖いぐらいどうって事ないから」
実際はとても怖いのだが、横島と一緒なら大丈夫と言うのは、紛れも無い本音だ。
「それじゃ、次はこれ行ってみようか」
「これは、掛け軸?」
「持ち主が次々と変死を遂げてるらしい。流石にこういうのは後回しに出来ないからな」
「この家で変死者を出すわけにはいかないものね。早く済ませちゃいましょ」
紫穂は掛け軸を開く事なく巻いた状態のまま触れて鑑定し始める。これも物騒な曰く付きの代物であるため、横島は左手に文珠を握り締め、右手は紫穂を護るように腕を回して抱き寄せ、何が起きても対処できるように備えていた。
横島から紫穂を守らなければと言う気持ちが伝わってくる。いける。怖いけど、まだいける。
その後も二人は、最低限残しておくべき文珠以外、今使える文珠を使い切るまで、次々に鑑定、除霊を行っていった。
どんな物でもたちどころに鑑定してしまう超度7の接触感応能力者(サイコメトラー)紫穂と、どんな物でも傷一つ付ける事なく浄化してしまう『文珠使い』の横島、古物除霊の名コンビ、誕生の瞬間であった。
事務所で横島と紫穂が掛け軸の鑑定を始めた頃、薫、葵、テレサの三人が再び玄関に集まっていた。買い物に行っていた二体のハニワ兵が戻って来たのだ。頭の上に載せていた荷物はすぐさま薫が引き受けて念動能力で浮かび上がらせる。
この時、テレサは元・銀行強盗のハニワ兵が沈んだ表情をしている事を見逃さなかった。
「どうしたのよ、暗い顔しちゃって」
「(え、いや、何でもないです)」
「何でもないって、そんな顔して言っても説得力ないわよ?」
テレサが問い掛けても、元・銀行強盗のハニワ兵は何も答えなかった。あまり知られていないが、ハニワ子さんがテレサを自分の娘のように思っているのと同様に、中身がある程度大人のハニワ兵から見れば、テレサは子供同然なのだ。それだけにテレサには心配を掛けたくないのだろう。
「て言うか、テレサはん」
「ん、何よ?」
「すっげー。テレサねーちゃん、ハニワと喋れるんだ」
「いつの間にか分かるようになっちゃってたのよね〜、悲しい事に」
それは愛故、なのかも知れない。
ちなみに、マリアでもハニワ兵の会話を理解する事は出来ない。ましてや顔色を窺うなど出来るはずもなかった。正真正銘、テレサのみが身に着けたテレサだけの能力である。
「(俺が教えてやろうかい、テレサちゃん)」
「あんたが? まぁ、いいわ。こういう時はハニワ子も交えて話しましょ」
そう言うと、テレサは通り掛かった元・野球少年のハニワ兵にハニワ子を呼んでくるように頼んだ。彼はサングラスを掛けたハニワ兵の子分を気取っているため、そちらにも知られてしまうだろうが、テレサはそんな事は気にしなかった。なんだかんだで、サングラスを掛けたハニワ兵も、濃く壮絶な人生を送ってきただけあって人生経験は豊富だ。今の元・銀行強盗のハニワ兵の相談相手としては、もしかしたらハニワ子よりも相応しいのかも知れない。そう考えたのだ。相手の優れた部分を認められるようになったのは、テレサの成長だと言えるであろう。
元・銀行強盗のハニワ兵としてはあまり知られたくない話であるため、踵を返して逃げ出そうとするが、薫の念動能力がそれを許してくれない。そのまま持ち上げられ、買ってきた荷物と一緒に居間まで運ばれてしまった。
居間に入り、ハニワ子の到着を待っていると、まずサングラスを掛けたハニワ兵がやって来た。元・野球少年のハニワ兵は、予想通りまず彼に話をしたのだろう。ハニワ子さんは、そのすぐ後にやってきた。元・野球少年のハニワ兵も一緒である。
ハニワ子さんはハニワ兵達のリーダーのような存在だ。サングラスを掛けたハニワ兵も、ナンバー2のような位置にいるため、この二体に囲まれてしまっては元・銀行強盗のハニワ兵も観念するしかない。喋りたくてうずうずしている元・結婚詐欺師のハニワ兵に説明を任せて、自分は腹を括る事にした。
身振り手振りを交えて元・結婚詐欺師のハニワ兵が語る。勿論、薫達には通じないため、そこはテレサが通訳をする。やがて話を聞き終えた一同は、何とも言い難い表情をしていた。薫、葵、元・野球少年のハニワ兵だけは、今一ピンとこない様子だったが。
かつての妻が別の男と歩いていた、それはショックだった事だろう。しかし、本来ならば元・銀行強盗のハニワ兵は、この世にいないはずなのだ。妻にしてみれば、夫と死に別れて数年、再婚を考えてもおかしくはない。何より夫は銀行強盗――犯罪者だったのだから、忘れたいと考えてもおかしくはない。
「(だから、私は気にしていません。皆さんもあまり気にしないでください)」
「う〜、気になる話ではあるんだけど、今更ハニワの姿で会いに行くわけにはいかないし、その方がいいのかなぁ」
「そりゃ、死んだはずの旦那がハニワで帰って来たらビビるわ」
「何より・本人であると・証明・できる・可能性は・低い・です」
「(………)」
「(サングラスの旦那?)」
元・銀行強盗のハニワ兵が言う通り、仕方がないので、顔が見れただけでよしとすると言う方向で話がまとまりかけていたその時、元・野球少年のハニワ兵が、サングラスを掛けたハニワ兵が珍しく黙り込んでいる事に気付いた。
「(なぁ、お前言ってたよな。自分の命と引き換えに娘の命助けたって)」
「(そ、それは……)」
「(そういやそういう話をしたね、前に)」
サングラスを掛けたハニワ兵の鋭いツっこみに、元・銀行強盗のハニワ兵は言葉を詰まらせる。元・結婚詐欺師のハニワ兵もその話を聞いて、それらしき姿があの家族の中にいなかった事に気付いた。赤子がいたが、年齢的に元・銀行強盗のハニワ兵が救った娘であるとは考えにくい。
「(いや、難しい病気でしたから、まだ入院中なのかも知れませんし)」
「でも、娘の安否も気になってるんでしょ? 無理すんじゃないわよ」
元・銀行強盗のハニワ兵は、ハニワの身体で器用にコクリと頷いた。当然だ。自分が命と引き換えにしてでも助けたかった娘、彼女がその後どうなったのか、気にならないわけがない。
「よく分かんねぇけど、要するにもう一人会いたいヤツがいるって事だな!」
「でも、今日チラっと見掛けただけやろ? 再婚してるって事は昔の住所に行ってもおらんのとちゃうか?」
「確かにそうね、また商店街の近くで見掛けたら後を追うぐらいしかないかしら?」
問題は、再婚した妻が今どこに住んでいるのかが分からないと言う事。皆で何か良い方法はないかと考えてみるが、三人以上で寄り集まっても文殊の知恵とはいかないようだ。
「(カオスの旦那に相談してみたらどうだい? 案外、役立つ発明品持ってるかも知れんぞ)」
「いや、カオスを頼るのはリスキーでしょ。それなら、まだ横島の裏技を頼りにする方がまだマシじゃない?」
「(どっちもどっちだと思うわ、私は)」
サングラスを掛けたハニワ兵がドクターカオスを頼ってはどうかと提案するが、それは他ならぬカオスに作られたテレサが却下した。逆にテレサは横島に相談してみたらどうかと提案するが、これにはハニワ子さんが待ったを掛ける。横島はGSであって探偵ではないのだ。
「B.A.B.E.L.に探してもらえねーかなぁ?」
「流石に無理やろ。超能力者ならともかく」
僅かな望みを託して桐壺に連絡してみたが、薫達には甘い彼も、流石に超能力者でもない一般人を探すのは難しいとの事だった。せめて、ハニワ兵達の生前の名前が分かれば役所を通じて探す事が出来たかも知れないのだが、ハニワ兵達の生前の記憶と言うのは、所々があやふやになっており、全員に共通する事が、自分の生前の名前を覚えていないと言う事であった。家族の名前は覚えているのに、自分の名前だけは思い出す事が出来ない。何かしらの理由があるのかも知れないが、薫達にそれを知る術はなかった。
「そいや、にいちゃんと紫穂は?」
「横島なら事務所の方で古物除霊の仕事してるわよ。紫穂もそれ手伝ってるんじゃない?」
「……待つか」
「……せやな」
薫と葵は、横島達が仕事を終えて戻ってくるのを待つ事にした。仕事の邪魔をしたくないのが理由の一つ。もう一つは、わざわざ好き好んで怪談の現物がある事務所に足を踏み入れたくはなかったのだ。
しかし、結局横島は日が暮れるまで戻っては来なかった。紫穂のおかげで鑑定がはかどり、なおかつ文珠を節約できたため、多くの仕事を済ませる事が出来たのだ。紫穂も横島の役に立ち、今までの遅れが挽回できたと満足気である。
「あ、にいちゃーん!」
居間に戻って来た横島に、早速薫が飛び付いた。いつもならばこのまま甘え倒すところだが、今日はそれ以外にやるべき事がある。そう、元・銀行強盗のハニワ兵の生前の妻を探す方法を聞く事だ。ハニワ子さんは、探偵じゃないのだから無理だと言っていたが、薫にとっての横島は「GS」とか「探偵」とかを超越したところで「頼りになるにいちゃん」なのである。
「要するに、今日見掛けた人が住んでるとこ知りたいって事か?」
「そうなんや、何か方法はないやろか?」
「人通りの少ないところとか、見つけた直後なら私の接触感応能力で何とかなるかも知れないけど……」
元・銀行強盗のハニワ兵の家族に関する話を聞いた横島と紫穂は考え込む。
確かに、紫穂の言う通り、他に候補がない、或いは少ない場合ならば、彼女の力で追跡する事は可能である。しかし、場所は人通りの多い商店街で、既に数時間経過している。これでは、いかに超度7の接触感応能力を以ってしても、元・銀行強盗のハニワ兵の生前の妻に辿り付ける可能性は低いだろう。
もう一度、その女性を見掛ける事が出来れば、紫穂の超能力で追跡する事が可能だろうが、それならば普通にハニワ兵が後を追えば良いのだ。わざわざ紫穂を頼る必要はない。
「にいちゃん、何か良い考えないかな〜?」
「ヒャクメに頼んでその奥さんの顔を写真にしてもらうなりして、後はそれ見せながら人海戦術って手があるが……」
「いや、流石に人探しで神様の力借りるのは不味いでしょ……」
妙神山で暇を持て余しているため、頼めば意外とすんなり引き受けてくれそうだが、流石にそれは不味いと言う事で却下となった。しかし、横島はへこたれない。その案は前座に過ぎず、本命の案は別にあった。
横島は、子狐の姿で散歩から帰って来たばかりのタマモをひょいと摘み上げて皆の前に差し出した。突然の出来事に状況が理解できないタマモは目を白黒させている。
「本命の案はズバリ、タマモの超感覚で探してもらうんだ。下手な警察犬とか足元にも及ばんぞ、タマモなら」
「は? いきなり何の話?」
「そっか、タマモはんなら匂いで追跡出来るわ」
「さっすがにいちゃん!」
「いや、だから、状況の説明を……」
「「「「「(姐さん、協力してくだせーーー!)」」」」」
「集団で迫るなーーーっ!」
数時間の間にハニワ兵全体に元・銀行強盗のハニワ兵の家族の話は伝わってしまったらしい。集団で拝むように迫ってくるハニワ兵達に、その勢いに気圧されてしまい流石のタマモも断る事が出来ない。
「だから、まずは状況を説明してってば」
「分かった、説明してやるからよく聞けよ? まずは――」
そして、横島は人間の姿に変身したタマモに、今日ハニワ兵達の買い物帰りにあった出来事と、元・銀行強盗のハニワ兵の娘の安否を確認するために、妻の居場所を捜している事を伝えた。
話を聞いてみると面倒臭そうなので、やっぱり断ろうかと考えたタマモだったが、ハニワ兵を筆頭に今は横島家全体が娘の安否を確認したいと言う方向で固まっている。この状況では、流石の妖怪食っちゃ寝娘も断るわけにはいかなかった。
今日は既に日が暮れているため、明日から捜索を開始する事にして、今日のところはお開きとなる。
この時、当事者である元・銀行強盗のハニワ兵は、縁側の廊下で夜空を眺めていた。
薫達が家族を探すのに真剣になってくれている事が彼には嬉しかった。彼が命を引き換えに助けた娘は、生きていれば薫達三人と同年代である。もしかしたら、三人と同じ学校に通って、友達になっていたかも知れない。そう考えると感動もひとしおである。
「(ああ、お前は今、どこに居るんだ……)」
夜空に輝く月に問い掛けたところで返事が返ってくるはずもない。全ては明日、タマモの超感覚で元・妻を追跡できるかどうかに掛かっている。
いや、きっと会える。会えるに違いない。自分が信じなくてどうする。元・銀行強盗のハニワ兵は、願いを込めてその名を呼んだ。
「(どうか、澪に会えますように。澪を見つける事ができますように)」
しかし、その声は夜の闇の中に溶けるようにして消えていく。
娘の名は澪。難病に侵され、生死の境を彷徨った彼女は、治療を終えて奇跡的に一命を取り留めた際に超能力に目覚めていた。
そして、その力のおかげで家族から疎まれ、虐げられている事を、元・銀行強盗のハニワ兵は知る由もなかった。
つづく
作中冒頭にも書かれていますが、『黒い手』シリーズ、及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』に登場するハニワ兵は、原作に登場したハニワ兵とは別物のオリジナル兵鬼です。
また、桐壺が『ザ・チルドレン』だけでなく子供全般に甘い。
紫穂が『接触感応能力』により、古物の謂れを鑑定する事が出来る。
澪が超能力に目覚めた経緯。
澪の父がハニワ兵。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。ご了承ください。
|