絶対可憐? ハニワ兵! 4
夢を見ていた。
あの頃は今のような灰色の部屋ではなく、真っ白な部屋にいた。
最初はイヤな臭いがしていたけど、いつの間にか慣れてしまった。
白いカーテンに白いベッドに白いシーツ、訪れる人達も皆真っ白な服を着て白だらけ。
色があったのは部屋を訪れる二人の男女だけ。優しそうな人と……怖そうな人。最初は怖そうじゃないのに、いつの間にか怖くなっている。
怖そうな人に怯えていると、優しそうな人がふわっと頭を撫でてくれた。顔はよく分からないが、なんとなく笑っているような気がする。
頭を撫でながら、安心させるように、優しそうな人は語り掛ける。
「ぽー」
弾かれたように飛び起きる澪。辺りをきょろきょろと見回すが、いつも通りの灰色の屋根裏部屋だ。
「……夢?」
遠い遠い昔の、変な夢だった。
「それにしても、騒がしいわねぇ……」
耳を澄ませば、なにやら階下が騒がしい気がする。それはこの家に立て篭もる強盗達の出す音なのだが、澪はそんな事知る由もなかった。
もう一度部屋を見回してみるが、タマモの姿は無い。もう帰ったのだから当然なのだが、澪はどことなくがっかりした様子だ。
「……ま、いっか。私には関係ないし」
そう言って再びベッドに潜り込む澪。彼女にとっての世界は、この屋根裏部屋だけ。外で何が起ころうとも関係がなかった。
今日は初めて自分以外の異能者に出会い、思わず外に出てしまったが、もしかしたらその事で母親に怒られてしまうかも知れない。
しかし、それを拒む事は許されない。抵抗する事も許されない。自分は何も求めてはいけないのだ。何故なら、彼女の父親は彼女を救うために犯罪に手を染め、そして死んだのだから。
澪を救出するため、横島達一行が勝手口から侵入しようと近付いていくと、テレサが横島に手袋を手渡して来た。それを装着すれば誰でも霊的存在に触れる事が出来るようになると言う使い捨て手袋、『神通手袋』だ。
「横島、これ使って」
「ん、なんでまた?」
「この中で指紋残るのあんただけじゃない」
「……ああ、そうか」
当然、ハニワ兵やテレサに指紋があるはずもない。タマモはどうなのかと彼女の方を見てみると、こちらは既に変化の術を使って手袋を装着していた。
「しっかし、こういう事してると悪い事してるみたいだな」
「『立つ鳥後を濁さず』って事にしときましょ」
「(ポリスが踏み込んで来る前に飛び立つのがベストだな)」
世間から存在を隠された澪は、色々と微妙な立場にある。時間が経てば警察なりB.A.B.E.L.なりが乗り込んでくるだろう。その前に澪を救出して撤収するのが望ましい。
「確認しとくが、その銃って殺傷能力ないんだろな?」
「(カオスの爺さんは、跳ねないゴムスタン弾って言ってたぜ。面倒臭えよな、日本って国は)」
「カオスの保障付きですって」
「そりゃ信用できないな」
「(念のため、急所は外しておくわ。それよりも問題はあの子よ)」
チラリとハニワ子が視線を向けた先には、バットを構えた元・野球少年のハニワ兵。息が荒い。ハニワ兵のボディは呼吸する必要がないにも関わらず息が荒い。
彼が興奮しているのには理由があった。実は彼自身も澪の様に親が再婚していたのだ。しかも、親とは折り合いが悪かった。それだけに今の澪の境遇を自分と重ね合わせてしまうのだろう。もっとも、彼の場合はその折り合いの悪さが原因で義父の頭を猛打賞にしたわけだが。
「(あ〜……あいつがぶん殴る前に俺らでやるぞ)」
「(……そうね、テレサ達はターゲットの救出を急いで)」
「わかったわ。横島、急ぎましょう」
「それは分かってるんだが、鍵が掛かってるみたいだな」
横島は、手袋を付けた手でドアノブを回そうとするが、当然だが鍵が掛かっていた。壊そうかとタマモやハニワ兵達が武器を構えるが、横島はそれを制して『開』の文字を込めた文珠を使ってドアを開ける。
「いいの? こんな事に使って」
「女の子がピンチなら、やるしかないだろ」
「……念のため言っとくけど、澪は薫達と同年代だからね」
「分かってるわい! お前、人をなんだと……っ!」
「横島、声が大きい。行くわよ」
タマモのツっこみに言い返そうとする横島をテレサが遮り、サングラスを掛けたハニワ兵とハニワ子を先頭に澪の家に侵入を果たす。幸い周囲に人の姿はなく、一行は人気のない廊下を足音を忍ばせて進んで行った。
「澪がこの家の中に居るのは間違いないんだろな? 居なきゃ、俺等はただの不法侵入者だぞ」
「ちょっと待って……」
そう言ってタマモは足を止め、目を閉じて気配を探る。
「この家に居る人数は……多分六人、一階に二人、二階に三人、皆向こう側に集まってるわ。澪は……大丈夫、屋根裏部屋に居るみたい」
「とりあえずは無事か」
タマモの超感覚によると、現在この家に立て篭もっている強盗は五人組のようだ。幸い、屋根裏部屋の澪はまだ見つかっていないらしい。
そして、強盗達は一階と二階に分かれて、今横島達が居る位置とは正反対の通りに面した部屋に居るようだ。表には野次馬が集まっているので、そちらを警戒しているのだろう。これも横島達にとっては幸運である。
「(窓際ねぇ、表からも見えてるかな)」
「(身を隠してくれてたら、こちらとしてもやりやすいんだけど)」
「(そりゃやっぱ、影から近付いて後頭部に一撃)」
「とにかく、澪って子を保護しよう。ぶっちゃけ、犯人連中は俺達が相手する必要ねーし」
強盗達をいかに見つからずに倒すかを考えているハニワ兵達。しかし、横島はあえてそれを無視して屋根裏に向かう事を提案する。
「(何故っスか!?)」
「多分反対してるんだろうが、俺等が強盗ぶっ倒して帰ったら、中で何かあったって丸わかりじゃねぇか」
「見つかったら無力化、そうじゃなきゃ手出ししないって事ね。私も賛成よ。澪が無事なら後はどうでもいいもの」
「(あの、私もそれに賛成です。澪を無事救出するためにも、余計な騒ぎを起こすのは)」
「(……りょーかいっス)」
元・野球少年のハニワ兵は不満そうだったが、元・銀行強盗のハニワ兵が賛成したので、おとなしく引き下がった。生真面目で厳格な義父と折り合いが悪かった彼にしてみれば、押しは弱いが優しげな元・銀行強盗のハニワ兵は「良い父親」なのだ。澪を救出したいと言う彼の願いを叶えてやりたいのは、少年も同じである。
「横島、あそこに階段があるわよ」
「それじゃ行くか、こっそりとな」
互いに顔を見合わせて確認するように頷き合う一同。いつ一階の強盗達が現れるか分からないので、銃を構えたハニワ子さんが最後尾で警戒しながら、サングラスを掛けたハニワ兵と元・野球少年のハニワ兵が前に立って階段を上って行った。
一方、B.A.B.E.L.と合流した薫達はB.A.B.E.L.の車に乗って澪の家に向かっていた。
現場運用主任である皆本だけでなく桐壺も同乗しているが、薫達三人以外は出動していないらしい。と言うのも、あの家に澪と言う超能力者が居る事を知っているのは横島達とB.A.B.E.L.のみであり、現在のところ警察は、ただの強盗団の立て篭もり事件として解決するべく動いている。そのため、B.A.B.E.L.は警察からの要請がない限り介入する事出来ない。
「タマモねーちゃんが会ったって言ってるじゃん!」
「君達の気持は分かるが、証拠が無い事にはどうしようもないのだヨ」
「現在、あの家に住む夫婦から事情を伺っているのですが……」
そこで言葉を止めて柏木は眉を顰めた。
無論、警察側も手をこまねいている訳ではなく、澪の母とその再婚相手から事情を聞いている真っ最中だ。しかし、彼女達は頑なに澪の存在を認めようとしないらしい。特に母親の方はヒステリックになっていて手が付けられない状態だそうだ。
「なんやねん、それ!?」
「ゆ・る・せ・ねぇ〜!」
「皆本さんも、黙ってないで何とか言ってよ」
「………」
その話を聞いて口々に文句を言う少女達、薫に至っては怒りを露わにしている。紫穂は皆本に意見を求めたが、彼は無言で何か考え込んでいた。
疑問符を浮かべた紫穂がもう一度声を掛けようとすると、彼はやおら顔を上げて桐壺を見据えてこう述べた。
「横島君頼りになるのは心苦しいですが、澪君の存在を認めないと言うのは、かえって良い方向に転がるかも知れません」
「……続けたまえ」
皆本の考えはこうだ。
現在、横島達が澪救出のために動いている事を皆本達は知っている。澪の母が彼女の存在を認めないままならば、横島が澪を救出すれば、彼女は「身元不明の少女」と言う事になる。この事を上手く利用すれば、澪を母親から引き離す事も不可能ではないだろう。
「なるほど、澪君が超能力者であればB.A.B.E.L.が動く事が出来るネ」
「確かに、身元不明の孤児が超能力者としてB.A.B.E.L.の保護下に入ると言うのは、無い話ではありません」
桐壺と柏木も、皆本の案に賛成の意を示す。あまり綺麗なやり方とは言えないが、子供達のためならばそれぐらいやってのけるのが桐壺である。
一度澪の存在を公的に認めてしまえばこっちのものだ。家に閉じ込めていたと言う事実がある以上、彼女を保護する理由はいくらでも作る事が出来る。そう考えれば強盗団が入ったのは良いタイミングであった。この件が解決すれば警察の調査が入るので、事前に連絡を入れておけば、澪を閉じ込めていた証拠はすぐに見つかるはずだ。
「え〜っと、それじゃあたし達は結局どうすりゃいいんだ?」
「今出来る事は現地に向かって待機だな。事情聴取されている母親が澪君の存在を認めれば、すぐさま突入出来るように」
「認めなければ、横島さん達に任せるしかありませんね」
「なに、家の中には手出し出来んが、外ならば横島君達の逃亡を手助けするぐらいは出来る。そのためにも現場近くに居ないといかんがネ」
「要するに、その母親次第か」
B.A.B.E.L.の方針は決まった。後は状況次第の出た所勝負だ。
「私の接触感応能力(サイコメトリー)なら、横島さん達が家から出てきたらすぐに分かるわ」
「そしたら、私が念動能力(サイコキネシス)でビューンと!」
「いや、そこはウチの瞬間移動能力(テレポーテーション)やろ」
薫達は同じ超能力者の救出と言う事で張り切っている。その様子を見て皆本は、最近さぼりがちな検査にも、これぐらいのやる気を見せてくれたらと、こめかみを押さえるのだった。
一方、B.A.B.E.L.の期待を一身に背負う横島達はと言うと―――
「うわわわわっ!?」
「横島のアホーーー!」
―――ものの見事に強盗達に発見されていた。二階に上がったところで、丁度廊下に出てきた強盗と鉢合わせになったのだ。
すぐさまサングラスを掛けたハニワ兵が銃を構えるが、それと同時にいきり立った元・野球少年のハニワ兵がバットを振りかぶって強盗に襲い掛かる。
サングラスを掛けたハニワ兵が射線を遮られて戸惑っている内に、バットの一撃が側頭部に炸裂し、強盗は悲鳴を上げる間もなく倒れた。その音に気付いてもう一人が廊下に出てきたが、こちらはカオス製霊力銃の餌食となっている。
当然この騒ぎは一階にも伝わり、二人の強盗が出てきたが、こちらはハニワ子と一階へ取って返したテレサによって片付けられた。
「(よし、トドメを)」
「(待て、流石に殺るのはマズイ)」
「……良かった、死んではいないようだ」
横島は最初にバットで殴られた男の安否を確認してほっと胸を撫で下ろす。続けて霊力銃で撃たれた男を確認したが、こちらは両腕両足を撃たれて昏倒していた。袖口から見える腕には痣が出来ている。殺傷能力はないと言う話だったが、単に貫通力がないだけで威力は十分以上にありそうだ。
「やり過ぎじゃないか?」
「(念のために頭と胴体外しといてよかったぜ)」
一方、一階の方はと言うと、こちらはすぐさまテレサが駆けつけてくれたため、ハニワ子は相手の武器を持つ手を狙い無力化させる事に終始し、二人の強盗はテレサの当て身によって無力化されていた。手の甲に痣が出来ているが、それ以外に怪我はない。
「って、もう一人は?」
「大丈夫よ、こっちで夢みてるから」
横島は強盗が五人いた事を思い出してその姿を探すが、最後の一人は既にタマモが幻術の虜にしていた。虚ろな目をして怪我一つ負う事なく無力化されている。一番幸運なやられ方かも知れない。
とは言え、このまま五人を捨て置く事は出来ない。何事もなかったかのように澪を連れてここから離脱しなければならないのだ。見つかってしまった以上、捕らえるしかないのだが、流石に怪我をさせたまま放っておけば、誰がやったかと言う話になってしまうだろう。
横島達は、五人の強盗を一箇所に集めて『治』の文珠で怪我の治療を行った。更にタマモが、しばらく目を覚まさず、起きれば横島達の事は忘れているように幻術を掛けて五人全員を眠らせる。
「あっさり片付いたな」
「この面子にただの強盗が対抗しようってのが間違いよ」
強盗達にしてみれば、まるで天災が突然襲い掛かったかのようなものだが、彼等には相手が悪かったと諦めてもらうしかあるまい。横島達は五人を放置して急いで屋根裏部屋に向かう。既に敵はいないので、足音を忍ばせる必要はない。
その足音は屋根裏部屋にも響いていた。バッと飛び起きた澪は、耳を澄ませて足音が近付いてくるのを確認すると、シーツにくるまって丸くなり、壁を背にしてベッドの隅で震え始める。
そんな彼女を嘲笑うかのように一人の男が姿を現した。閉ざされた扉を開く事も無く。
「チッ、戻ってきたら皆やられてやがる。連中、上を目指してたみたいだが、こんな所に一体何が……」
無精ヒゲを生やした目付きの悪い男だ。手には拳銃が握られている。
タマモは一つミスを犯した。家の中の気配を探った時、彼女は強盗団は五人だと言った。確かに、あの時家の中に居たのは五人だったが、実は強盗団は全部で六人だったのだ。この男こそが最後の一人、たった今外から戻って来た瞬間移動能力者である。
家に戻って来たは良いが、他の者達が倒されているのを見付けた彼は、階段を上っていく集団の姿を確認し、一体何が目的なのかと瞬間移動能力で先回りしたのだ。
男は部屋の隅でシーツにくるまっている澪の姿に気付いた。澪もまた男に気付いてビクッと身を震わせる。
「……なるほど、連中の目的はお前か」
ニッと男は獰猛な笑みを浮かべた。横島達が辿り着くまでに何も見つからなければさっさと退散するつもりだったが、いきなり見付かった。彼等の目的がこの少女だと言うのならば、彼女を人質にすれば、彼等は手出し出来なくなる。
「てめぇにゃ人質になってもらうぜ」
「い、いや……!」
「うっせぇ! おとなしくしな!」
「ひっ……」
いきなり腕を掴んできた男に対し、澪は抵抗しようとするが、大声で怒鳴られてしまうと、身がすくんで動けなくなってしまう。男にとってはおとなしい方が都合が良い。澪を人質に取って横島達を待ち構えていると、扉の向こうから声が聞こえて来た。
「大奮発の三個目ーーー!」
「よしっ、開けるわよ!」
男には何が大奮発なのか、何が三個目なのかは分からないが、外では澪を閉じ込めるために鎖で錠が掛けられ開けられないようになっていた扉を横島が文珠を使ってこじ開けていた。
来るなら来いと、男は銃口を捕まえた澪の頭に押し当てて待ち構える。
しかし、扉を開けて飛び込んで来たのは、予想外なものだった。
「(澪ーーーっ!!)」
飛び込んで来たのは元・銀行強盗のハニワ兵。サングラスを掛けたハニワ兵、元・結婚詐欺師のハニワ兵が力を合わせて投げたため、もの凄い勢いでミサイルのように突っ込む。
男は思わず拳銃で撃ち落とそうとするが、仮にも魔界製の兵器であるハニワ兵のボディにただの鉛玉は通用しない。容易く弾かれ、逆に男は度肝を抜かれてしまう。 しかし、扉を開けたと同時に投げたため、ろくに狙いを付けていなかった元・銀行強盗のハニワ兵は、そのまま外れて壁に激突する。物凄い勢いに男は思わず目で追ってしまった。その隙が命取りだ。ハニワ子さんと元・野球少年のハニワ兵が男に飛び掛り、タマモとテレサがひったくるようにして澪を救い出す。
「(ハッハッハー! 女の子人質とか、男の風上にもおけないじゃなーい?)」
「(フクロだ! フクロにしちまえっ!)」
「きれいに納まりそうなとこに出てくんじゃないわよ。あんたらの出番は終わったんだから、とっとと引っ込みなさい」
身も蓋も無いテレサの言葉。こうなってしまえばこっちのものだ。
流石に銃やバットは危険なので引っ込めているが、前述の通りハニワ兵のボディの硬度は相当な物。しかも、温厚な元・銀行強盗のハニワ兵が娘を危険な目に合わせたと怒り、元・野球少年のハニワ兵は元々いきり立っている。
サングラスを掛けたハニワ兵と元・結婚詐欺師のハニワ兵は悪ノリして参戦し、そして普段は彼等を止める立場であるハニワ子さんまでもが、子供を人質に取るような男に掛ける情などないと言わんばかりに怒っていた。
「まさか、外に仲間がいたとはねぇ……しくじったわ」
「タマモ!」
顔を上げた澪は、いつの間にか自分の肩に手を掛けているのが、男からタマモに変わっている事に気付いた。
ハニワ兵達にタコ殴りにされている男を見て、自分が助かった事を理解すると、目から涙が溢れ、感極まったようにタマモの胸に泣き付く。
いきなり泣かれて戸惑うタマモは横島に助けを求めるが、横島は澪の事はタマモに任せて紫穂の携帯に電話を掛けていた。
ただの強盗であれば放って帰るところだが、超能力を使った犯罪者がいるとなると捨て置くわけにはいかない。超能力を抑え込むリミッターが組み込まれた『エスパー錠』で拘束しなければならないのだ。
「タマモ、怖かった……」
「もう大丈夫だから、泣き止みなさい。それよりも、とっととここから脱出するわよ」
「えっ……で、でも……怖い、ここから出たら、ママが怒るから」
これだけの目に遭っても、まだ外に出るのは怖いようだ。いや、母親の存在がそれだけ恐ろしいと言うべきだろうか。これは理屈の問題ではない。どう説得したものかとタマモは頭を悩ませる。
澪にとってはそれだけ大きな枷のようだ。力が抜けたようにぺたんと尻餅をついてうずくまり、また怯えた表情になって震え出す。
その様子を見てタマモがおろおろしていると、スッと割り込むようにして元・銀行強盗のハニワ兵――澪父が彼女の前に立った。
ぼさぼさの髪に薄汚れた衣服。顔は涙に濡れている。生きていてくれたのは嬉しいが、こんな姿を見たかったのではない。元・銀行強盗のハニワ兵の心の中はやるせなさで一杯だ。
「ぽー(澪……)」
「な、何よ、あんた……?」
しかし、悲しい事にハニワの声は澪には通じない。それどころか、拒絶するような素振りを見せる。無理もあるまい。彼女にとってはハニワ兵がどうこうと言うレベルではなく、ハニワそのものを知らないのだから。
「あ〜、なんて言うか……」
タマモは迷った。彼女はハニワ兵がどのようなものかを知っているので、中身が死んだ澪の父親の魂である事を知っているのだが、それを伝えたところで彼女は信じてくれるだろうか。いや、信じないだろう。死んだ人間がハニワになって還ってくるなど。
しかし、これを信じさせる事が出来れば、彼女をここから連れ出す切っ掛けになる。信じなくても、食って掛かってくれば、勢いで丸め込めるかも知れない。タマモは僅かな希望に望みを掛けて、思い切って澪にハニワ兵の正体を伝える事にした。
「澪、落ち着いてよく聞いて」
「う、うん……」
「信じられないだろうけど……それ、あんたの父親よ」
「そんな、冗談やめてよ……」
食ってかかってくるかと思いきや、澪は力なく俯いた。やはり、ショックが大きいのだろうか。言い返す気力もないようだ。
この反応はタマモも予想外だ。もはや成す術なく頭を抱える。澪はオカルトの事はおろか超能力の事も何も知らない。そんな彼女にどう説明すれば目の前に居るハニワ兵が澪の父である事を納得させられるのか。
「あんたねー、タマモは嘘言ってないって。信じられないかも知れないけど、そいつは本当に――」
「待って、テレサ!」
見かねたテレサがタマモを援護しようとするが、他ならぬタマモがそれを止める。
「なんで止めるのよ!」
「いいのよ」
タマモも腰を下ろし、視線の高さを澪に合わせて話し掛けた。
「ゴメン、澪。この話をするにも、もう少しあんたが落ち着いてからにすべきだったわ。ゴメン」
「タマモ……」
理屈ではないのだ。澪だってタマモを信じたい。しかし、母親への恐怖がその全てを飲み込んでしまうのだ。
澪父も何も言う事が出来ない。しかし、それでも我が子を慰めたくて、ハニワ兵の手で彼女の頭をそっと撫でた。
「――ッ!?」
その瞬間目を見開く澪。微かに覚えがある。
大きくもなく、暖かくもない。指すらない小さな手。
それでも、それは確かにいつか撫でてもらった父の手であった。
「……信じる」
「え?」
「私、タマモの言う事信じる」
「澪……!」
澪は何故か、目の前に立つハニワが父であると確信した。もしかしたら彼女の常識の無さが幸いしたのかも知れないが、本当のところは彼女自身にもよく分からない。
だから、それを教えてくれたタマモを信じてみようと思った。
「連れてって、私を、ここから!」
「任せなさい! 横島、行くわよ!」
「ちょっと待て、コイツを外に運ぶから」
タマモが澪の手を握り振り返ると、ハニワ兵達が男を担ぎ上げていた。タマモ達が話している間に電話でB.A.B.E.L.と話を付けて、薫達がエスパー錠を持って裏庭まで迎えに来る事になったらしい。
澪父は男を担ぎ上げるのを手伝いに行こうとするが、その前に澪が空いている手でまるで人形のように彼を抱え上げてしまった。流石に父親として娘に抱えられるのは恥ずかしいので何とか抜け出そうともがくが、ハニワ子さんがそのままおとなしくしていろと言うので、諦めておとなしくなる。
一行が澪を連れて外に出ると、そこには薫達が既に瞬間移動能力で到着していた。男を引き渡すと、すぐさま薫がエスパー錠を掛ける。
「コイツがいるって最初から分かってりゃ、あたし達で突入できたのになぁ」
「まぁ、楽が出来たと思っとけ。中にあと五人いるぞ、あいつらが超能力者かどうかは、確認できなかったから分からん」
「それなら、私と薫ちゃんで中の五人を調べましょ。皆本さんには私から連絡を入れておくわ」
五人が超能力者かどうかは紫穂の接触感応能力で調べればすぐに分かる事だ。薫と紫穂は空いた勝手口から家の中へ入って行った。家に帰るには、この仕事を終わらせなければならないのでテキパキしている。
「んじゃ、私は皆を家まで送ったるわ」
「おう、頼むぞ。流石に今の澪ちゃんを連れて歩くと目立ち過ぎる」
澪は外に出るにも靴がなく、裸足のままであった。このまま徒歩で帰るのであれば横島かテレサが背負うところだが、それでも薄汚れた格好をしている彼女を連れて歩けば目立つ事は避けられない。
葵の瞬間移動能力で家に直接跳ぶのが一番目立たない方法だ。澪も瞬間移動能力者だが、こちらは外の世界を全くと言って良いほど知らないので、彼女に任せるのは止めた方が良いだろう。
「ほな、行くで!」
その掛け声と共に横島達の姿が消え、こうして澪救出作戦は成功に終わった。
桐壺は強盗団の中に超能力者が存在する事を突き止めたと警察に連絡し、薫達が捕らえた六人を引き渡す事により、表向きはただの強盗立て篭もり事件として幕を下ろす。
その後、警察による調査が始まるのだが、この時既に桐壺から紫穂の父である警察庁の長官に澪の事は伝えられており、彼女を監禁していた事についても調査を進められる事になるのだった。
「ウチは現場に戻るな。後で桐壺のおっちゃんらがこっち来ると思うわ」
「分かった、待っとくよ」
横島達を家に送り届けると、葵はすぐさま現場に戻って行った。表向きは澪はあの家に居なかったとして話を進めるので、『ザ・チルドレン』の三人は、あの場に揃っていなければならない。
一行が降り立ったのは土偶型地脈発電機が設置されている庭だった。彼等の帰還に気付いたハニワ兵達がそこかしこから集まってきて横島達――正確には澪を取り囲む。
「な、何よ?」
「あんたを歓迎してるのよ、澪」
「……そうなの? って言うか『カンゲイ』って何?」
極めて本気な澪の反応に、流石のタマモもずっこけた。
「皆、澪がここに来てくれて嬉しいって言ってるのよ」
「うれしい……」
それは何となく分かった。タマモが稲荷寿司を買って戻ってきてくれた時に感じた、胸がふわっと暖かくなるようなあの感覚だ。
「……うん、私も、うれしい、かな?」
そう言って頬を染めた澪の微笑みは、少女らしい花もほころぶような笑顔であった。
それを見たハニワ兵達が、口々に「ぽー!」と歓声を上げる。澪を無事救出出来たのはめでたいが、それだけでなく、彼等にしてみれば、黄泉還ったハニワ兵の仲間が再び現世で絆を結んだ瞬間でもあるのだ。感慨もひとしおなのだろう。
「はいはいはい。お前等騒ぐのはいいが、まずはその子を風呂に入れてやらんとな」
「……ふろ?」
その言葉を聞いて澪は首を傾げる。その反応に一同は目を丸くした。横島としては、足も汚れているし、早い所その薄汚れた格好をどうにかしてあげたくての発言だったが、どうやら澪はお風呂も知らないらしい。澪を閉じ込める扉が鎖でガチガチに固められていた事を考えると、当然の反応なのかも知れない。先程まで気にしていなかったが、そう言われると彼女の体臭が気になってくる。
「タマモ、頼む」
「自慢じゃないけど、私は狐のクセに烏の行水よ」
「鳥類かい」
と言いつつも、澪を一人で入れるわけにはいかないと言うのはタマモも同意見だったため、タマモは澪と一緒に入浴する事を了承する。
「それじゃ、行くぞ」
「きゃっ」
澪の足が汚れているため、横島が彼女を抱き上げて浴室へと向かった。突然の出来事に澪は目を白黒させるが、タマモが一緒について来てくれたため、おとなしく身を任せる。
「なんなら横島も一緒に入る?」
「俺も自慢じゃないが、子供を風呂に入れる事に関しては薫で慣れている。だが、ハニワ兵達を敵に回すつもりはない! と言うわけでハニワ子さんとテレサに頼むぞ」
「(任せてちょうだい)」
「しょうがないわね、一肌脱ぎますか」
いつの間にか横島の背後にハニワ子さんとテレサが立っていた。タマモが「烏の行水」と発言した時から、彼女に任せてはおけないと一緒に来たらしい。テレサは生活防水されているので、湯舟に浸かる事は出来ないが、澪の背中を流すぐらいは出来るだろう。
「て、言うか力加減間違えるなよ?」
「私も自慢じゃないけど、力加減は完璧よ。伊達に弱体化してないわ」
「それはホントに自慢にならんな」
「……言わないでよ、気にしてるんだから」
自慢気に胸を張ったテレサは壮絶に自爆した。
とにかく、テレサは以前の彼女より武装を含めて色々と弱体化しているため、かえって力加減がコントロール出来るようになっていた。そのおかげで、力が強過ぎて澪に怪我をさせるような事態は避けれそうだ。
「て言うか、あんたがそこに居ると脱げないんだけど」
「おっと、スマン」
タマモに指摘されて横島は慌てて脱衣場から飛び出して行った。
その後、タマモ達は戸惑う澪を連れて入浴するのだが―――
「あんた、何やってんの?」
「え? キレイにするなら体拭かないと」
―――湯舟に目もくれず、濡れタオルで身体を拭こうとする少女の姿に、彼女のこれまでの境遇を思い知らされた。それが、今までの彼女にとっての「入浴」だったのだろう。
これは「烏の行水」などと言っている場合ではない。タマモは自ら手本を見せて、入浴の仕方を教え始める。
澪の身体はかなり汚れており、結局は垢を落とすのにテレサとハニワ子さんの手を借りる事になった。髪はハニワ子さんが担当し、身体はテレサの担当となったが、キレイになる頃にはテレサに洗われた身体が少しヒリヒリしていたようだ。
しかし、生活防水にも限度があるテレサと、脱いだ服を洗濯しなければいけないハニワ子さんが風呂場から去り、タマモと一緒に湯舟に浸かる頃になるとその表情はとても安らいだものとなる。その表情を見ていると、救出出来て良かったと改めて実感がわいてきて、知らず知らずの内に、タマモの顔にも笑みが浮かんでいた。
一方、タマモ達が澪を入浴させている間に、桐壺と柏木がこちらに到着していた。現場の方は皆本に任せてすっ飛んできたらしい。
「横島君、澪君はどうしてるかネ?」
「ああ、今はタマモ達が風呂に入れてます」
「……そうか」
不幸な境遇にいた少女の救出に成功したと言う事でニコニコ顔で入ってきた桐壺だったが、彼女が入浴していると言う話を聞くと、途端に真顔に戻って眉を顰めた。彼は横島達以上にこの手の問題については詳しい。帰宅してすぐに入浴する事になった理由に見当が付くのだろう。
しかし、彼女の境遇に同情しているだけでは話が進まない。居間へと移動し、彼女の今後について話を進める事にする。
「あ〜、その前に紹介しときたい人が」
「ほう、どなたかナ?」
桐壺が訪ねると、横島は一体のハニワ兵、澪父をずいっと前に押し出した。
「……こちらは?」
「澪のお父さんです」
「………………マジで?」
「マジです」
突然言われたところで信じられないのも無理はあるまい。横島は、ハニワ兵達には死んだ人間の魂が入っている事と、桐壺の目の前に立つハニワ兵には澪の父の魂が入っている事、そして、横島達が澪に辿り着いた経緯を説明した。
桐壺や柏木にとっては信じ難い話だったが、そうでなければ世間から存在が隠されていた澪に辿り着いた理由が説明出来ない。何より、横島が嘘をつく理由が思い当たらなかったため、二人はその話を信じる事にした。
「となると、澪君はやっぱり……」
「ウチで引き取りたいと考えてるんですけど……」
「……そうだネ、親子を引き離すのはよくないネ」
元々桐壺はB.A.B.E.L.で澪を保護し、引き取るつもりでここに来たのだが、澪の父親が出てきてしまえば引き下がるしかない。
彼は法律上死人であるため、それを認めない事は簡単なのだろうが、桐壺としても子供を悲しませるような真似はしたくなかった。
とは言え、このまま何もせずに引き下がる訳にはいかない。
澪は変則的ではあるが瞬間移動能力者なのだ。未熟な子供の超能力者を守るのはB.A.B.E.L.の義務である。それに、今までの境遇を考えるに、検査は必須だ。それだけはB.A.B.E.L.で受けてもらわねばならなかった。
横島もそれに関しては承知しているので、澪の今後に関する話はとんとん拍子に話が進み、彼女達が長風呂から上がってくる頃には全ての話し合いが終わり、桐壺は来た時と同じニコニコ顔で帰って行くのだった。
「いってきまーす!」
「おーう、行ってこい!」
あの事件から一週間、澪の処遇に関する話は、桐壺主導の下スムーズに行われた。
まず、彼女の母親だが、警察により彼女を閉じ込めていた証拠が発見され、澪が保護された事を聞くと、まるで憑き物が落ちたかのようにそれまでの態度を一変させて、彼女の存在を認めたそうだ。
その後、柏木が出向いて今後の事について話し合ったが、澪を引き取るつもりはないらしく、結局彼女は澪の親権を放棄する事になった。
「ったく、なんで私まで行かないといけないのよ。検査は受けないからね」
「分かってる、一緒に居てくれたらいいから」
澪父の存在については桐壺、柏木、皆本も含めて、個人ではその存在を認める事となったが、流石に公的にそれを認めるわけにはいかない。
そのため、澪は大樹、百合子に連絡を取った上で横島が二人を代理する形で引き取る事となった。そのため、澪は戸籍上は「横島澪」と言う事になる。薫の一件で超能力者の子供達を取り巻く状況を知っていたからなのだろうが、あっさり認めてしまうあたり実に豪気だ。
無論、横島は澪父にも確認を取ったが、彼も自分が澪を引き取る事が出来ないのは重々承知していたようで、ペコリと頭を下げて横島に娘を託した。
薫が羨ましがったが、澪にしてみれば横島よりもタマモの妹である事の方が重要なようだ。お互いに火花を散らしているが、完全に的外れなところで争っている。
「そんで、ウチらも行く事になるんか」
「いいじゃない。サボってばかりだと怒られちゃうし」
そして、横島家に引き取られた澪は、定期的にB.A.B.E.L.で検査を受ける必要があるのだが、これに薫達が同行する事になる。
横島の家に住むようになってから、薫達はB.A.B.E.L.の検査をサボりがちだったので、これは渡りに船であった。澪はスケジュール通りにB.A.B.E.L.に行かねばならないため、おのずと薫達も定期的にB.A.B.E.L.に顔を出すようになるのだ。
桐壺が密かにこの事を一番喜んでいたりするのはここだけの話である。
澪が振り返ると、門の前にハニワ兵達が並んでおり、その中に澪父の姿もあった。
「パパ、行ってきます!」
満面の笑顔で手を振り、B.A.B.E.L.に向かう澪。
数奇な運命を辿って横島家に辿り着いた少女。彼女が幸せを掴むのはこれからである。
おわり
『黒い手』シリーズ、及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』に登場するハニワ兵は、原作に登場したハニワ兵とは別物のオリジナル兵鬼です。
『神通手袋』、『カオス製霊力銃』は『黒い手』シリーズ及び、『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自のものです。
澪の境遇についても、原作での描写をベースに、独自の設定を加えて書いております。
ご了承下さい。
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