絶対無敵! グレートマザー再び!! 1
横島家の新しい家族、横島澪。
彼女が横島の家に来てから一週間。彼女の周りでは様々な動きがあった。
まず、澪はB.A.B.E.L.で検査を受け、その結果、彼女は変則的ではあるが、かなり強い瞬間移動能力者(テレポーター)である事が分かった。これ程強い超能力者だと、学校へ通わせようにも学校側が拒否する事も有り得るのだが、無闇矢鱈と張り切った桐壺の尽力により、薫、葵、紫穂と同じ小学校の同じクラスに編入する事が決定した。色々と難しい問題だと言うのに、たった二日で編入を認めさせてしまったあたりに彼のやる気が伺える。
ところが、いざ編入させようとしたところで、もう一つの問題が発覚した。物心がつくかつかないかの頃から実の母親により家に閉じ込められてきた澪は一般常識を持たず、学校生活を送れるだけの社会性すら身に付けていなかったのだ。
そのため、澪の小学校への編入は後回しになり、まずは家庭学習で一般常識を身に付けさせる事となった。桐壺は当然のように最高の教育スタッフを派遣すると申し出たが、当の澪は人見知りが激しく、大人を怖がる傾向にあったため、それも横島の家で担当する事となる。
その後のハニワ兵も交えた家族会議の結果、今まで学校に通った事のない彼女に勉強を教える先生役が、横島家の中で最も成績が良い優等生、愛子となったのは当然の帰結であろう。
また、澪の兄、横島忠夫の周囲でも激しい動きがあった。澪を一目見ようと、彼の関係者がこぞって横島家に押し掛けたのだ。
いつもこの家の庭で修行している六女の面々は当然のこと、B.A.B.E.L.からは澪の担当医であるESPドクター賢木に加えて桐壺、朧、皆本が頻繁に訪れ、ピート、雪之丞、タイガー、陰念と言った新人GS仲間を筆頭にGS側からは猪場、魔鈴、唐巣、エミ、冥子、六道夫人、シロ、厄珍、そしてオカルトGメンからは美智恵、西条、須狩とそうそうたる顔ぶれが集まった。
横島の人脈の広さ故であろうが、顔見知りする澪には少々厳しいリハビリになったようだ。当初は黙ってタマモの背に隠れるだけだった澪も、今は家族となら少しは喋るようになっている。
そして今日、とうとう横島の元上司である美神令子までもが横島家を訪れた。今日は平日で六女の面々のまだ訪れていない時間帯である。彼女達がいれば憧れの先輩の登場に大騒ぎになっていたであろう。ちなみに、横島は朝に一旦学校に行ったが、澪の事を気にして昼に早退して帰ってきていた。
「へぇ、そんなにたくさん来てたんだ。皆ヒマしてるのねー」
と言いつつも、令子自身もこうして澪を見に来ているので、人の事は言えない。
「B.A.B.E.L.の桐壺さんとかはしょっちゅう来てますよ」
「ああ、あの局長ね……」
「知ってるんスか?」
「ほら、ウチはひのめが念力発火能力者(パイロキネシスト)じゃない。念力発火封じのお札の値段もバカにならないからさ、B.A.B.E.L.のリミッターでも付けたら安上がりかなーって思ったんだけどねぇ……」
「ダメだったんスか?」
「連絡したら局長自ら来たのも驚いたんだけど、そこでママと鉢合わせになっちゃって」
「あー……」
令子の二十歳年下の妹、美神ひのめ。彼女は生まれ付いての強力な念力発火能力者である。
念力発火能力(パイロキネシス)はコントロールの難しく、制御に失敗して能力が暴走してしまうと能力者自身が人体発火現象を起こしてしまうと言う非常に危険な能力だ。
当然、おしめも取れていない赤ん坊にそんな力をコントロール出来るはずもなく、普段は念力発火封じの札を使って外から力を封じている。
ところが、ひのめ程の能力者を封じられる札となると値段も相応のものになってしまう。そこで令子が目を付けたのが、B.A.B.E.L.の超度(レベル)7の『ザ・チルドレン』の超能力すら抑え込むと言うリミッターであった。
「て言うか、今まで知らなかったんスか?」
「B.A.B.E.L.は結構秘密主義なとこあるからねぇ、仕方ないんだろうけど」
B.A.B.E.L.の超能力制御技術等は、あまり一般には知られていない。ECM(超能力対抗措置)やECCM(超能力対抗対抗措置)の技術は日進月歩でイタチごっこになってしまうもの。そのため、B.A.B.E.L.は常に研究の最先端であろうとし、その成果を外部に漏らそうとしない。
また、超能力者の個人情報についても、未成年の超能力者も多く、エスパーに対する世間の風当たりの強さも考慮した上で隠される傾向にあるため、オカルト業界においてもB.A.B.E.L.は秘密主義の組織であると言うイメージがあった。
令子の場合は、薫が横島の家に来てすぐに家出をした際、横島は知り合いに片っ端から電話を掛けて捜索を手伝ってもらった事があるのだが、実は彼女も捜索を手伝った一人であり、その時にB.A.B.E.L.の秘蔵っ子である超度7エスパー『ザ・チルドレン』の正体と、彼女らの力を抑え込むリミッターの存在を知ったそうだ。
「て言うか、あれは失敗だったわねー。ママがB.A.B.E.L.リミッターに頼ろうとしなかった理由を考えるべきだったわ」
オカルトGメンの隊長である美智恵は、民間GSである令子よりもB.A.B.E.L.に関する情報を持っている。
そんな彼女がひのめの能力を封じるためにリミッターを使おうとしなかったのは、B.A.B.E.L.の技術では、まだ強過ぎる力を完全に抑え込む事が出来ないと言う事を知っていたからだ。
ある程度分別の付く年齢であれば、それで十分だったかも知れないが、赤ん坊に自制を求めるのは無茶である。制御に失敗すれば自分が焼け死んでしまう能力だけに、完全に力を抑え込む方法を選んだのだろう。
「そういや仲悪いんでしたね、B.A.B.E.L.とオカルトGメンは」
「オカルトGメン『日本支部』ね」
令子がすかさず訂正する。
日本のオカルト業界では、陰陽寮等の古い組織との繋がりが強いGS協会の勢力が非常に強い。そして、残りの少ない「人材」と言う名のパイをB.A.B.E.L.とオカルトGメンが取り合っているのだ。
人材不足に悩むオカルトGメンと言うのも、日本の支部だからこそ見られる光景であった。コメリカなどではこの立場が逆転し、オカルトGメンの勢力の方が強かったりする。
「ところで、あの子が澪ちゃん?」
令子の視線の先には、庭でタマモとハニワ兵に囲まれて遊ぶ澪の姿があった。この家に来た当初は無口で、どこかおどおどした子供だったが、今は極一部の限られた面々の前では元気な姿を見せるようになっている。
「はい、この一週間で随分と元気になりました」
「……どっち?」
令子がそう言ってしまうのも無理はない。
この家に来て、澪は皆から色々と学び始めたのだが、基本的に彼女はタマモにべったりで、何かと彼女の真似をしたがった。
入浴の仕方すら知らなかった澪が、一週間で普通に日常生活を送れるようになったのは、全てにおいてタマモを手本としたからである。その事にいち早く気付いたのは「元・銀行強盗のハニワ兵」改め「澪父」であり、愛子やハニワ子さんなどは、タマモのぐうたらまで真似するようになってはいけないと、澪に何かを教える時などはタマモも巻き込むようにしていたりする。タマモにしてみれば堪ったものではないが、澪のためと言われてしまえば言い返す事も出来なかった。
そして澪は、髪型についてもタマモの真似をしていた。伸ばしっぱなしになっていた長い髪、その髪はボサボサで傷んでいたため、切った方が良いのではないかと言う意見もあったが、当の澪はタマモの髪型を真似る事を希望した。
澪がこの家に来て初めてのお願いである。断る理由はなかった。とは言え、澪はタマモと違って前髪も長かったため、そのまま同じ髪型にはならずにあくまで似た髪型にセットする事になったのだが――いざ完成してみると、澪の明るい髪色もあって、よく似た姉妹が出来上がってしまったと言うわけである。
「ほーんと、よく似た姉妹ねぇ」
「後ろ、長い方がタマモっスよ」
今は澪とタマモが揃って背を向けているので尚更だ。ちなみに、金髪に近く、後ろ髪が長い方がタマモである。
カオス曰く、妖狐であるタマモが夏毛に生え替わるとこの後ろ髪が短くなるそうなので、そうなったらますます区別が付きにくくなるかも知れない。
ちなみに、タマモは澪がこの家に来てすぐに自分が人間ではなく妖狐である事を教えているが、それでも澪のタマモに対する態度が変わる事はなかった。ハニワの父を受け容れる彼女にしてみれば、姉が妖怪である事ぐらい、大した事ではないのだろう。
「おーい、澪。こっち来て挨拶しろー!」
せっかく令子が来てくれたのだから紹介しようと、横島は庭で遊んでいる澪を呼ぶ。すると彼女は一度振り向いたものの、何故かその場から動こうとしない。それを隣で見ていたタマモが、見かねて彼女の手を引いて澪を横島の下へと連れて来た。
「あ、あの……澪、です」
半ば強引に連れて来られた澪は、タマモの背に隠れて少し顔を覗かせて小さく挨拶する。
令子はここに来る前に美智恵から澪が横島の妹となった経緯を聞いていたため、特に何も言わずに、にっこり笑って挨拶を返す。すると澪はビクッと顔を引っ込めて、完全にタマモの後ろに隠れてしまった。タマモが困ったような視線を横島に向け、彼がため息を一つついて小さく頷くと、タマモは澪の手を引いて庭へと戻って行く。
「……あんま懐かれてないみたいね」
「タマモとハニワ兵以外には、だいたいあんな感じなんスよねー。俺とテレサの話はとりあえず聞いてくれるんスけど、特に年上の女がダメみたいで、愛子も困ってました」
現在、澪に勉強を教えるのは愛子の役目だが、彼女も澪の人見知りには困っているらしく、間にタマモに入ってもらう事で何とか話を聞いてもらっているそうだ。やはり一番迷惑を被っているのは間違いなくタマモだろうが、彼女も現代の常識をちゃんと理解しているとは言い難いので丁度良いのかも知れない。
「俺としては、薫と同じように澪の事も受け容れるつもりなんスけど、どうすりゃいいんでしょうかねぇ?」
「そんな事、私に聞かれてもねぇ……」
ただ単に横島の新しい妹の顔を見に来ただけなのだが、横島家の家庭の事情は色々と複雑らしい。いきなり相談されて令子も困惑気味である。どう答えたものか、或いは逃げるべきかと考えていると、玄関の方からなにやら元気な声が聞こえてきた。子供の声だ。どうやらもう一人の妹、薫が帰ってきたらしい。
こちらは横島との仲が非常によろしいと聞いている。せっかくなので今の話題を吹き飛ばしてもらおうと令子が待っていると―――
「うおっ! すっげー乳したねーちゃんっ!!」
―――居間に入ってきた薫は、目聡く令子に目を付けると、横島ではなく令子に飛び付いた。
「ちょっ! 何すんのよ、いきなり!? 揉むな、コラっ!」
その素早さに流石の令子も反応出来ずに抱き着かれてしまう。澪がおとなしかったので油断していた。明石薫、まさに横島の妹である。
「こら、やめんか! 俺も自重していると言うのに!」
横島が慌てて引き剥がしにかかるが、薫は「いやだー! あたしのもんだー!」と、令子の胸にひしっとしがみついて離れない。横島は令子の下から巣立ち、独立した事で以前よりも少し落ち着いたようだが、その分が薫に受け継がれたかのようにも感じられる。見た目が子供で横島と違って殴り飛ばすわけにはいかないのが厄介だ。念動能力(サイコキネシス)も使っているのか、力で引き剥がす事は出来ない。
「あー、堪能したー♪」
しばらく頬ずりして思う存分に堪能した薫だったが、満足したのか横島に引き剥がされて令子から離れた。
「お前ってヤツは……なんて羨ましい! 俺にもその幸せを分けろーっ!」
「やめろよ、兄ちゃ〜ん」
薫を抱き上げた横島は、先程まで令子の胸に頬ずりしていた薫の頬に、今度は自分が頬ずりをし始めた。薫は口では嫌がっているが、その表情はむしろ喜んでいるようだ。なんとも仲の良い兄妹である。先程の事が無ければ微笑ましい光景に思えたかも知れない。もっとも、当の被害者である令子には「なんて似た者兄妹」としか思えなかったが。
「あんた達、他の連中が来た時もそうなんじゃないでしょうね?」
「何言ってんだ! エミねーちゃんが来た時は、ちゃんとフトモモに飛び付いたぞっ!」
「流石の薫も、冥子ちゃんには毒気抜かれたみたいです」
「あっ、そう……」
ちなみに、須狩は令子と同じく薫にされるがままとなり、魔鈴はにこにこ笑いながら軽くあしらっていたそうだ。
「薫、いきなり慌てて走り出したかと思えば……」
「あら、お客様?」
その声に振り返ると、そこには更に二人のランドセルを背負った少女が立っていた。葵と紫穂だ。令子はその顔を見て、家出した薫の捜索を手伝った際に居た二人である事を思い出す。
「ああ、俺の元上司の美神さん。澪を見に来たんだよ」
「ちぇっ、皆澪、澪ってズルいよなー。あたしの時は全然集まらなかったのに」
「あんたが家出した時、どんだけの人間が駆り出されたと思ってるのよ」
確かに、薫がこの家に来た時は、あまり人が集まらなかった。しかし、それは家出捜索に皆が駆り出された事で、皆へのお披露目がなし崩し的にそこで終わってしまったからだ。薫に興味が無かったわけではない。
「えっと、野上葵です。よろしゅう」
最初にペコリと頭を下げたのは葵。黒髪に関西弁と、外見で言えば彼女の方が横島の妹に見えなくもない。しかし、性格は横島と違って優等生気質のようだ。初対面の令子を前にして緊張しているのが見て取れる。
「こんにちは、三宮紫穂です♪」
続けてにこやかに笑顔で自己紹介したのは紫穂。しかし、令子はその笑顔の裏に潜む何かを敏感に感じ取っていた。
なかなかに手強い少女のようだ。おキヌから彼女が接触感応能力者(サイコメトラー)である事は聞いているので、令子にとっては色々な意味で警戒しなければならない相手である。
紫穂の方も令子の警戒を感じ取ったのか、それ以上彼女には近付こうとはせずに背負ったランドセルを下ろすと、薫を膝の上に乗せた横島の隣に座った。紫穂にしてみれば、令子のような反応をする方が普通なので慣れたものなのだろう。向かい合って座る令子からはテーブルに隠れて見えないが、紫穂の手はしっかりと横島の手を握っていたりする。まるで自分の居場所はここだと主張するかのように。
葵が長方形のテーブルの横島から見て右斜め前の位置に座ると、三人も交えての談笑が始まった。薫達は初対面の令子を質問攻めにするが、その内容は令子のスタイルの良さや美容の秘訣に関するものばかりだ。令子は三人が超度7のエスパーであった事は知っていたが、それを聞いてやはりただの子供なのだなぁと思わず苦笑してしまう。
そんな風に居間で五人が盛り上がっていたその時、横島の家の玄関先に一台の高級外車が停まった。その車から降りてくる長い髪を風になびかせたスーツ姿の影、オカルトGメンの西条輝彦である。
「令子ちゃんも、やはり澪君の事が気になったか」
令子の事務所を訪ねたところ、留守番をしていたシロから令子は横島の家に澪を見に行ったと聞かされた西条。横島にはいずれ時間があれば教えに行かねばと思っていた別件の用事があったので、それを理由に慌てて車を飛ばしてここに来ていた。
ハニワ兵に通されて廊下を歩いていくと、居間から横島と令子の話し声が聞こえていた。何やら盛り上がっている。
「そういや、ひのめちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、シロに預けてきたわ」
「シロ一人で大丈夫っスか?」
「前ほど手が掛からなくなってきたから大丈夫よ。今日はオカルトGメンの方にママがいるから、いざって時は助け呼べるしね」
「やっぱ、赤ちゃんは大変なんでしょうねぇ」
「タマモも合わせて五人も面倒見てるあんたほどじゃないわよ」
「こっちはそれほどじゃないですって。タマモは澪の面倒みてくれるし、葵は家の事手伝ってくれる。最近は紫穂も仕事の方を手伝ってくれて、ホント手の掛からない良い子達ですよ――薫以外は」
「兄ちゃん〜、なんだよそれ〜」
「フフ、手の掛かる子ほど可愛いってヤツ?」
「そんなとこ……て、西条。そんなとこでどうした?」
「……い、いや、ちょっとね」
横島が西条の姿に気付いた時、彼は何故かがっくりと膝を突いていた。子供について語り合う横島と令子の話を聞いて、独身貴族として言いしれぬ敗北感を感じてしまったらしい。
「で、何の用だ? 澪なら一昨日見に来たばかりだろ」
「い、いや、最近の君の仕事ぶりで気になる話を聞いたものでね」
本音を言えば、令子が珍しく横島の家に直接出向いたので心配になったのだが、そんな事はおくびにも出さずに、西条はもう一つの目的の方を前面に押し出した。先程までの子供についての話で盛り上がる二人が、彼の目には良い雰囲気に映っていたので、ここで引き下がるわけにはいかない。西条は、葵の向かいの席が空いているにも関わらず、ちゃっかりと令子の隣に座った。
「横島君の仕事で? なんか不味い仕事でも受けたの?」
「協会から古物除霊の仕事を受けたそうだよ」
「……あー」
「え? なんか不味いの?」
令子は西条の一言で理解したようだが、横島にはそれだけでは理解出来ない。精神感応能力(サイコメトリー)で横島の古物除霊を手伝う事に自分の居場所を見出していた紫穂にとってもこれは他人事ではなく、興味深げに西条の言葉に聞き入っている。
「あー……協会から持って来たのはアレよね? 倉庫に入ってたヤツ」
「いや、どこにあったかまでは知りませんて。段ボールに入ってたけど」
「それについては僕の方から問い合わせたよ。横島君に依頼された物は、令子ちゃんお察しの通り全て『倉庫』入りしてた物だ」
「そ、そう、それならまぁ」
「二人だけで納得してないで。俺『倉庫』とか言われても何の事だかさっぱりだから」
「ああ、すまなかったね。『倉庫』と言うのは、GS協会にある霊的危険物を封印しておくための倉庫だよ」
古物の除霊と言うのは、横島のように文珠を用いるのは例外中の例外であり、本来は儀式を以て行われるものである。
しかし、このような古物に取り憑く霊は物が物だけに年季が入っているものが多く、それだけでは除霊しきれない危険なものも数多く存在している。当然、そのような危険物を巷に放置していられるはずもなく、それらはGS協会に回収されて厳重に封印されるのだ。西条の言う『倉庫』とは、GS協会に集められた霊的危険物を幾重にも封印、保管するための場所の事を指している。
「ちょっと考えれば分かる事だけど、除霊しきれないって事は、誰かが除霊しようとしたって事よね。それって誰だと思う?」
「誰って、そりゃGSじゃ?」
その答えに令子はフッと笑って首を横に振った。確かにその通りなのだが、民間GSと一口に言っても色々とあるのだ。
横島は知らない事だが、古物除霊の儀式の方法は数あれど、それら全てに共通している事が一つだけある。それは、儀式を執り行うための専用の場が必要だと言う事だ。この日本においてそのような場を所有する者は神社仏閣を本拠とするGS達に限られている。彼等はGSが存在する以前から世襲で退魔を生業としてきた古き伝統を受け継ぐ者達だ。
「そもそも、悪霊の憑いた古物なんて、出所が限られてるのよ」
「え〜っと、骨董屋とかコレクターあたりやろか?」
「博物館とか、旧家の倉なんてのも考えられるわよ」
葵と紫穂の言葉に令子は満足そうに頷いた。二人の言う通り、古物除霊の八割程度にその四つのいずれかが関わっている。残りの二割は、オカルトに疎い者が悪霊が憑いていると知らずに仕入れ、また知らずに買って被害に遭うと言うものだ。最近は海外の土産物として悪霊憑きの物を買って帰ってきてしまう一般人も多い。
「厄珍みたいな専門家ばかりじゃないけどね。腕の良い骨董屋になると、その辺のオーラみたいなものを見抜けるようになるのよ」
「彼等は仕事柄その手の物に遭遇する事が多いから、そう言う時に除霊依頼を持ち込む先が決まっているんだよ」
「それが、神社仏閣って事か?」
横島の言葉に西条は頷いた。骨董品を取り扱う商人と神社仏閣の繋がりはかなり古い。そのため、昔から古物除霊と言えば神社仏閣に持っていくのが、骨董の世界では常識となっていた。
「要するに、昔からの伝統に胡座かいてた連中の世界に、もっと優秀な横島さんが突然現れたって事?」
「平たく言えば、そう言う事になるわね」
「え〜っと……それはいい事なんじゃねぇの?」
紫穂はなんとなく察したようだが、薫の方はまだ分かっていないようだ。横島が古物除霊のエキスパートだと言うのならば、それで良いのではないかと疑問符を浮かべて首を傾げている。すると、すかさず紫穂が分かりやすく噛み砕いて説明をしてくれた。
「彼等にしてみれば、横島さんは自分達のシマに勝手に入り込んで荒稼ぎしてる新参の余所者って事よ」
「あ、な〜るほど!」
「なんで、あんたはそれで理解出来るのよ……」
妙なたとえ話を出して話をする二人に令子は冷や汗を浮かべた。説明をした紫穂、理解した薫、どちらも侮れない。
「要するに横島はんは、あんま古物除霊の依頼受けへん方がええんか?」
「自分から営業に行くなんて以ての外ね。連中にケンカ売る事になるわ」
「GS協会から持ち込まれるものだけに留めておくべきだろうね」
前述の通り、GS協会には他のGSが除霊に失敗した悪霊憑きの物が集まる。それらは通常の儀式では除霊出来ない物ばかりなので、横島がまとめて引き受けて文珠で除霊する分には何の問題も無い。
幸い、文珠使いの情報は隠匿されているので、横島の名が表に出る事はないだろうし、変に吹聴しない限り古物除霊を専門とする古株GS達も問題視しないはずだ。
「ああ、古物除霊を専門にしてる連中が、自分の手には負えない物を他の優秀なGSに持ち込む事があるけど、それを受ける分には問題ないわよ。その代わり、連中の面子に関わる話だから、他言無用で内密にね」
「つまり、連中の面子を潰すなと」
「そう言う事だな」
「六道家ほどじゃないけど、ああ言う力を持った旧家にケンカ売るようなもんだと思えばいいわ」
令子は何やら怖い事を言って話を締めた。横島にとっては、それが一番分かりやすい例えである。
文珠が使える横島にしてみれば、古物除霊は楽して稼げる仕事だ。それだけに、これからは手広く引き受けていこうと思っていたところだったので、西条がこの話をしに来たのは丁度良いタイミングであった。もう少し後ならば手遅れになっていたかも知れない。
西条は横島と令子の間に割り込むために今日ここに来たわけだが、横島は彼に感謝しなければなるまい。
「令子ちゃん、そろそろお暇しようか。いつまでも彼女達から横島君を取り上げているわけにはいかない」
「え、ええ、そうね。澪ちゃんを見るって当初の目的は果たしたわけだし」
西条の登場で思わず長居してしまったが、そろそろ戻らなければひのめが心配なので、令子もその言葉に従い席を立った。
そして玄関に向かい、横島達は二人を見送るために後に続いたのだが、玄関から出る直前になって令子が神妙な面持ちで横島に声を掛けた。
「ねぇ、気になってたんだけどさ……澪ちゃんとうまくいってないの?」
「む、一昨日見た時もそうだったが、相変わらずなのかい?」
令子が気になっていたのは澪の態度だ。自分に対して人見知りをするのは仕方がないと思う。しかし、兄である横島に対しても心を開いていないとなると問題だ。これから先、家族として暮らしていくのだから、何とかしなければならない。
それについては西条も気には掛けていたらしい。一昨日彼がこの家を訪れた時も、澪はタマモの背に隠れて挨拶をしたらすぐに逃げ出してしまった。客に対するあの態度は、彼女がこの家に来た経緯を考えれば仕方がないと思うが、家族に対しても同じような態度を取っているとなると、やはり問題である。
「薫ちゃんとはすぐに仲良くなれたんでしょ。あんた、子供扱いは上手かったじゃない」
「しかし、焦って性急に事を進めるのも良くないな。長い目で見て、彼女が心を開くのを待ってあげるのも大切だと思うよ」
「そうっスねぇ……考えてみます」
とは言え、令子も西条も子育てに関しては、これ以上のアドバイスをする事は出来ない。何かあれば相談に乗ると言い残し、それぞれの車で帰って行った。
それを見送った横島は、澪の事を思い溜め息をつく。確かに彼もその事は気に病んでいたのだ。タマモが間に入る事で何とかなっているが、澪がまともに話す事が出来るのはタマモにハニワ兵、後は辛うじてテレサぐらいだ。このままでは、いつまでたっても学校に通う事も出来ないだろう。
とは言え、今は誰に相談して良いかも分からないのが現状なのだ。横島周辺の人物で、子育ての経験があると言えば、令子を育てた美智恵、冥子を育てた六道夫人がいるが、二人とも結果を見るに子育てには何かしらの問題がありそうである。桐壺に至っては孫がいるはずだが、彼は親バカ過ぎるので、どこまで当てになるかは微妙なところだ。
こうなれば、少々距離が遠いが小鳩の母や猫又の美衣を訪ねて相談してみようかと横島が考えていると、彼の手を握った紫穂が、くいっくいっとその手を引いてきた。
「ねぇ、横島さんのお母さんに相談するのはダメなの?」
心を読んだのか、考えを察したのか、紫穂なりに澪の問題を考えたようだ。
確かに、横島の母、百合子は最も身近な子育ての経験がある人物なのだが、彼女は現在遠いナルニアの空の下である。
澪を養女とした事は、最終的にそれを認めたのは百合子達なので当然知っているのだが、二人はまだ帰国していなかった。澪が養女となった翌日に、大樹の部下にして元・百合子の部下であるクロサキがこの家を訪れ、なにやら大樹がナルニアの方で新しいプロジェクトを進めており、忙しいと言う事を教えてくれた。彼曰く、一段落付き次第、百合子だけでも帰国するとの事だったが……。
「……ま、おふくろに関しては、来るまで待つしかないか。さ、入るぞ」
「ほーい」
横島は三人を伴って家に入った。居間に向かう途中で庭に居る澪達の姿が見える。
澪はちらりと横島に視線を向けたが、横島の方も自分を見ている事に気付くと、すぐに顔を伏せてしまった。
「そう言えば、お前等はどうなんだ? 澪とは話したりしてるのか?」
「う〜ん。あの子、話し掛けると逃げてまうからなぁ」
「怯えてる――とは、また違う気がするけど。後で心を読んでみる?」
「いや、それは最後の手段と言う事で」
最終的にはそれしか手がないかも知れないが、そうでなければ接触感応能力に頼るのは避けたかった。超能力がどうこうと言う問題ではない。家族となるのだからこそ、兄である横島自身が、妹となる澪の心を分かってやりたい。
紫穂も横島の気持ちは分かるのであっさりと引き下がる。彼女自身も横島のためならばと申し出たが、本音を言えば、この家では横島以外の人に自分の力を使いたくはないのだ。
何にせよ、葵も紫穂も澪とまともに会話する事すら出来ていないようだ。
「薫はどうだ?」
「ん〜……あんま近付いて来ないからなぁ」
「そっか」
一方、薫はと言うと、こちらは澪と顔を合わせる事も少なかった。薫がいつも横島にべったりであり、澪がその横島と距離を取ってるので仕方のない事だろう。彼女を検査のためにB.A.B.E.L.に連れて行った時は一緒だったが、澪は話し掛けても小さく一言だけ返事を返すばかりで、全然会話にならなかったらしい。
「みんなー、おやつよー!」
横島達が居間に戻ると、丁度テレサがおやつを運んでやって来た。
「テレサ、タマモ達も呼んでくれるか?」
「ん、いいわよ」
自分が呼んでも澪が逃げ出してしまうかも知れないので、テレサに二人を呼んでもらう。何故か澪は、タマモとハニワ兵以外にテレサの言葉だけは素直に聞いている。彼女も澪を救出したメンバーの一人だからかも知れないが、それならば同じくメンバーである横島と距離を取っているのが謎だ。
呼ばれた澪は居間に横島達が居るのを見て尻込みしていたようだが、タマモに促されて渋々やって来た。ハニワ子さんが、おやつを庭で食べないようにと躾けているため、おやつを食べている間は居間に一同が会する事になる。
横島と薫、タマモと澪がそれぞれ並んで座り、向かい合う形になったのだが、澪はやはり横島の事を気にしているのかチラチラと上目遣いの視線を横島に向けている。
しかし、横島の視線も自分に向いている事に気付くと、やはりサッと視線をそらし、顔を伏せてしまうのだ。それどころかタマモの腕にひしっとしがみつき、ますます彼女以外には頑なになってしまう。
照れているのだろうか。いきなり見ず知らずの男が家族、兄になったのだから仕方がないとは思うが、いつまでも他人行儀のままではいけない。何とかしなければならないとは思うのだが、どうして良いのか分からず、正直なところ横島にはお手上げ状態であった。
テレサが飲み物をおかわりを取りに台所に戻ろうとしたところで、横島も運ぶのを手伝うと彼女に付いて行った。
無論、目的は彼女を手伝うためだけではない。
「なぁ、なんでテレサだけは澪と普通に話せてるんだ?」
「さあねぇ、私も澪を救出に行ったからじゃない?」
「それなら、俺にも心開いてくれたっていいだろうに」
「まー、私の人徳ってヤツかしらねー」
なんとか、澪と話すためのアドバイスをもらおうと考えたが、残念ながら彼女自身も何故澪が自分とは普通に話してくれるのか分からないようだ。当てが外れた横島は、ナイナイと手を振りながらがっくりと肩を落とす。
実際のところ、どうして澪はテレサとは普通に喋っているのだろうか。
彼女は、黙っていればクールビューティを地で行く知的な美人だ。澪が一番苦手としている「年上の女性」である。
にも関わらず、何故テレサだけは平気なのか。頭を捻って考えた横島は、ある一つの可能性に辿り着いた。
「あ、もしかして……」
「あらぁ、あんたも私の魅力にやっと気付いたの?」
テレサの冗談はさておき、これならば謎は全て解ける。
澪にとってタマモは姉であり、父親はハニワ兵である。ハニワ兵全体が平気なのは、皆父親と同じハニワ兵だからだろう。
そんな彼女が何故テレサだけは平気なのか。これがその答えだ。
「お前、ハニワ兵と同類扱いされてるんじゃないか?」
「……え゛?」
そう、彼女もまた、澪と同じハニワの娘なのである。
つづく
あとがき
澪の父親がハニワ兵である。
澪が横島家の養女となる。
古物除霊と、それを取り巻くあれこれについて。
これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。ご了承下さい。
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