topmenutext『黒い手』シリーズ絶対可憐チルドレン・クロスオーバー>絶対無敵! グレートマザー再び!! 3
前へ もくじへ 次へ

絶対無敵! グレートマザー再び!! 3


 中武デパートに向かうべく家を出た横島、タマモ、澪の一行は、手を繋いで歩いていた。横島を中心にして左右の手をそれぞれタマモと澪が握っている。俯いている澪の表情は分からないが、タマモは少し恥ずかしそうだ。しかし、これも澪が家族と打ち解けられるようになるためだと、ぐっと我慢している。
 一方澪は顔を伏せながらも、横島の手を離そうとはしなかった。薫ならここで可愛らしい満面の笑顔を見せてくれただろう。横島はそんな事を考えながらも、拒否されないのは良い傾向だと考えていた。
 おずおずと澪が横島の顔を見上げる。澪の様子を伺っていた横島は、すぐにそれに気付いてニッと笑ってみせるが、視線が合った澪は一瞬何かを言いかけたが、口ごもって何も言えないまま、再び顔を伏せてしまう。気軽に話し掛けてくれる程、打ち解けられてはいないようだ。今はまだ、横島側から半ば強引に歩み寄っただけなので仕方のない事だろう。
 ともあれ、こうして手を繋ぐ事が出来たのは、小さいながらも確かな一歩である。これからだと気を取り直し、横島は澪の手を握って軽い足取りで歩いていくのだった。

「よしっ、到着!」
「相変わらずデカい建物ね〜」
 バスに乗り込み揺られる事しばし、三人は中武デパートに到着した。この辺りは横島の家の近所と違って人通りも多い。散歩を日課としているタマモも、この辺りまではあまり来ないらしい。どこか呆れたような表情でデパートを見上げている。
「こ、ここに入るの……?」
 一方、閉じ込められていた家と、横島の家しか知らない澪は、デパートの大きさに圧倒されていた。もしかしたら泣き出してしまうのではないかと横島は心配するが、いざ手を引いて中に入ろうとすると、澪は震える唇をぎゅっと固く結んで強い足取りで付いてきた。無口でおとなしい態度から、横島は勝手に弱気で引っ込み思案な性格をイメージしていたが、意外にも彼女は気丈な性格をしているらしい。また一つ、澪の事を知る事が出来た。タマモやハニワ兵はとっくに知っていた事かも知れないが。
「横島、今日は一体何を買うつもりなの?」
「とりあえず服だな。おふくろが見たらタマモの服だって一目で気付きそうだし」
「……そう言えば、薫の服買った時に、ついでだって何着か買ってきてたわね」
 確かに、百合子が横島と薫を連れて買い物に行った際に、百合子はタマモの服も一緒に買ってきていた。後日、薫と一緒に横島の前で無理矢理ファッションショーをやらされたのを覚えている。しかし、タマモはどれが百合子の買ってきた服かを覚えていなかった。今、澪が着ている服がそうだったような気もする。何にせよ、澪の着る服がタマモのお下がりしかないと知られたら、百合子はあまり良い顔をしないであろう事は確かだ。
「で、大丈夫なの? 薫の時は、最初どれ選んでいいか分からないで買えなかったんでしょ?」
「大丈夫だ!」
 タマモに言われて、横島は百合子の言葉を思い出していた。その子が着て可愛いって思う物を選べ。流石に横島の趣味を丸出しにするのは不味いだろうが、薫達の普段着を参考にして澪に似合う物を選べば良いのだ。
「お前の意見も参考にさせてもらうぞっ!」
 それに、いざと言う時はタマモを頼りにすれば良い。他力本願全開の横島は強気であった。

 そして一行は、エレベーターに乗り子供服売り場に到着する。エレベーターが動き出した瞬間に澪がビクッと驚いてタマモに抱き着き、澪が本当に何も知らない子供である事を改めて思い知らされた。これからは注意してやらなければなるまい。
 子供服売り場に入ってみると、平日のためか客の姿はまばらであった。人が多いと澪が緊張してしまうので好都合だ。
「それじゃ、早速見て回ろうか。昼までには帰りたいしな」
「あれ? お昼はこっちで食べるんじゃないの?」
「俺、学校に持ってくはずだった弁当があるからなぁ」
 特に葵の作ってくれたおかずを食べないわけにはいかない。
「まぁ、いきなり外食はハードルが高いかも知れないわね。ここの地下に評判のお寿司屋があるってこの前テレビで見たから、そこのいなり寿司で手を打つわ」
「オッケイ、服買った後でな」
 二人の会話に口を挟む事こそ出来なかったが、澪はこころなしか目を輝かせていた。彼女にとっていなり寿司は、初めてタマモと一緒に食べた料理。思い出の味として、今では大好物になっているのだ。
「あ、あの服なんてどう?」
 タマモがマネキンの着ている服を指差して言う。胸元に英字を取り囲むように花輪をあしらった可愛らしいプリントの入ったミックスグレーのTシャツだ。近付いてみるとマネキンの隣に同じデザインのTシャツが平積みにされていたので、横島は澪に合うサイズを見繕って手に取ってみる。
「どうだ?」
「……よく分かんない」
 横島は手に取ったシャツを澪の身体に当て、サイズを確認がてら似合うかどうかを見てみる。横島にはデザインの善し悪しは良く分からないが、これを澪が着ればきっと可愛らしくなると思った。
「澪にはまだ分かんないわよ。横島が選んじゃいなさい」
「んじゃ、そうするか。これは買いと」
 そう言ってTシャツをタマモに預けると、横島は別の服を探し始めた。可愛らしいシルエットのニットソーチュニック、格子柄のシャギーワンピース、フリル付きのキャミソール、キュロットスカートにデニムスカートと次々に持って来ては、澪の身体に当て可愛い可愛いと連呼する。そしてサイズが合っていると、迷う事なくタマモに預けてくるのだ。
「……あんた、ちゃんと見てるんでしょうね?」
「勿論だっ!」
 そろそろ持ちきれなくなりそうになったところでタマモがジト目で問い掛けると、横島はすかさず胸を張って答えた。澪に似合う。澪が着たら可愛い。それが紛れもない彼の本心であるのだから、なんら恥じ入るところがない。親の欲目ならぬ兄の欲目。薫に対しても似たような傾向があるのだが、要するに今の横島には着ているのが澪である事が重要なのであって、服のデザインは二の次になっているのだろう。
 澪は澪で、横島にされるがままになっていた。無言のままだが嫌なわけではないようだ。むしろ、可愛い可愛いと連呼されて気を良くしているのか、どことなく嬉しそうだ。その表情を見れば、流石のタマモも文句を言う気にはなれなかった。
「ところでさー、下着もあんたが選ぶの?」
「いや、それは流石に不味いだろ。俺が服の会計済ませてる間に、お前が見繕ってやってくれ」
「それが妥当なとこでしょうね。オッケー、分かったわ」
 流石に今の調子で横島が下着も選べば、下手をしなくても警備員を呼ばれかねない。彼の判断は妥当なところであろう。

「とりあえず、こんだけ買ってりゃ当面は大丈夫だろう」
 それからしばらくあれでも良い、これも良いと服選びを堪能した横島。その間、澪は一言も喋らなかったが、今まであった彼に対する怯えのようなものが薄れてきていた。横島が自分に危害を加えるような者ではなく味方である事が澪の心に伝わったのかも知れない。
「それじゃ、私達は下着売り場の方に行ってくるわね。財布はあんたが持ってるんだから、後でちゃんと来なさいよ」
「あ……えと、よ……その、また後でね」
 タマモに手を引かれて下着売り場に向かう澪。彼女が一瞬横島の方へ振り返り、彼に向けて声を掛けた。緊張しているのかたどたどしい口調であったが、彼女の方から声を掛けてきたのは初めての事である。
 一瞬何が起きたか分からずに呆気にとられる横島。しかし、二人の後ろ姿が下着売り場に入って見えなくなる頃にようやく澪が初めて話し掛けてくれた事に気付き、選んだ服を抱えたままにやけた笑みを浮かべた。それを理解すると、だんだんと嬉しさがこみ上げてくる。そして横島は、人目も憚らずに今にもスキップしそうな勢いでレジへと向かって行くのだった。
 一方、下着売り場に到着したタマモは、自分や薫達の下着を参考に澪の下着を選んでいた。サイズは事前に調べてあるため、確認する必要も無い。
「ねぇ、タマモ。そんな簡単に選んでいいの?」
 あまりにもさっさと選んでいるため、澪が不安そうに聞いてくる。この場に横島がいないため、しっかりした口調だ。タマモにしてみれば、これが彼女の本来の口調である。横島の前では上手く喋れないだけなのだ。
 そのせいで横島は澪の事を無口でおとなしい子だと思っていたようだが、それは誤解である。きっと他の家族も同じような誤解をしているだろう。
 しかし、忘れてはならない。澪は元々、家の前で変化したタマモを窓から見て興味を持ち、瞬間移動能力(テレポーテーション)で家から飛び出して追い掛ける行動力があるのだ。ただのおとなしい子であるはずがない。
 また、礼儀作法を知るはずもない澪は、口調も意外とぶっきらぼうなところがあったりする。澪が普通に話し掛けるようになれば、きっと横島は驚くに違いない。
「ちゃんと可愛いの選んでるから大丈夫よ」
「そ、そうなの? よく分かんないけど」
「それに、早く地下の方に行きたいじゃない。いなり寿司が売り切れちゃっても困るしー」
 自分勝手な言い草ではあるが、澪の服を買うのも大事だがいなり寿司も大事、それこそが紛れもないタマモの本心である。
「う……それは、確かに」
 澪にとってもいなり寿司は重要であった。意気投合した二人は、横島が来るまでに選び終えてしまおうと意気込む。
「おまたせー」
「やっと来たわね、横島。早速、会計お願いね」
 そして二人は、本当に横島が服の会計を済ませて来る前に澪の下着を選び終えてしまった。二つの袋を持って下着売り場に現れた横島は、カウンター気味に選んだ下着を突き出された。しかし、彼の両手が塞がっていたため、タマモがレジまで運ぶ。流石の横島も下着売り場――しかも子供用の所に長居をするつもりは毛頭無いらしい。すぐに会計を済ませると、下着の入った袋をタマモに持たせて早々に下着売り場から退散する。
 そして、両手で持っていた二つの袋を片手に持ち替えると、再び横島が澪の手を取って手を繋いだ。タマモの方は、もう自分は必要ないだろうと隣に並ぶだけで澪とは手を繋がずにいる。澪の方にその事を嫌がる様子は無い。まだ目が合うと視線を逸らしてしまうが、顔を伏せるような事はなかった。横島に対する警戒感が薄れたのだろうか。また一歩前進である。

 服の買い物を終えた一行は、続けてタマモお目当ての寿司屋がある地下へと向かう。途中、横島は家に電話をして何か買ってくる物はないかと訪ねたところ、マリアが電話に出て、今夜は鍋にするので材料と、今日は掃除で忙しいため、カオスの昼食を何か買ってきて欲しいと返事があった。カオスの昼食はともかく、鍋と一口で言っても色々あるので、横島は具体的に何を買ってくるかをしっかりマリアに指示してもらう。
「と言うわけで、そっちの買い物も済ませるぞ」
「鍋……油揚げは?」
「マリアの事だから、別に用意してくれるだろ」
「むー、そうね。マリアを信じましょ」
 地下へと向かうエレベーターの中、これから昼に食べるいなり寿司を買いに行くのに、もう夜の分を心配しているタマモ。気が早いだろうとツっこみたくなるが、妖狐であるタマモにとって油揚げは妖力の源だ。ただ好物だからと言うだけで言っているわけではないのだ。趣味が八割程度であるのは否定しようがないが。
「澪、この辺は真似するなよ。好き嫌いしないでちゃんと食べるんだぞ」
「わ、分かってる。ちゃんと食べるわよ。ハニワ子も言ってたし」
 これは横島にとって意外な返事であった。彼の中には、澪はタマモの真似ばかりしているイメージがあったのだ。実際には、ハニワ兵達の話であればしっかり聞いているらしい。その調子で横島や愛子達の話も聞いてくれるようになれば良いのだが、それはまだこれからの話であろう。
 とりあえず、ここは褒めてやるべきだと考えた横島は、二つの紙袋を一旦下ろして自由になった手で澪の頭を撫でた。タマモもまた、自分の真似をしながら好き嫌いをしない澪に感心している。頭を撫でこそしないものの、気持ちは横島と同じであった。
「澪はえらいな〜」
「澪はえらいわね〜」
「タマモの妹とは思えない!」
「横島の妹とは思えない!」
 しかし、次の瞬間に二人の意見はものの見事に分かれてしまう。横島とタマモは互いに互いの頬を抓り、引っ張り合う事になった。この二人もまた、ある意味似た者兄妹である。間に挟まれる事になった澪は、止めようにも止められず、エレベーターが地下に到着するまでおろおろするばかりであった。
 そして、地下に到着した一行。タマモがすぐにいなり寿司を買いに行くかと思いきや、まずは横島が頼まれた買い物に付き合うと言い出した。いなり寿司を先に買ったとしても、その後で横島の買い物を済まさなければ帰れない。どうせ家に帰らなければ食べられないのだ。それに、流石に昼前に売り切れる事はないだろう。ならば、買ってから帰るまでの時間が短くなるようにするのは当然の判断である。
「それじゃ、ちゃっちゃと終わらせるか」
「う、うん」
「そうね、それからいなり寿司ね」
 幸い、まだ午前中であるため、それほど混雑はしていない。澪は子供服売り場とはまた異なる商品棚の様に目を白黒とさせていた。横島の家でも料理されたものばかりを見て厨房には興味を示さなかったため、丸ごとそのままの野菜や魚を見るのは初めてなのだ。タマモの手を引いて商品棚に近付き、二人ではしゃいでいる。横島が居る事を忘れているのだろうか、初めて見る澪の笑顔は、なんとも無邪気なものであった。
「おーい、澪。その白菜持って来てくれ」
 横島が後ろから声を掛けると、ようやく彼の存在を思い出したのか、澪はばつが悪そうに、それでいて照れ臭そうな顔をして頬を染める。
 しかし、すぐに横島の言う事を聞いてくれる。値札の商品名も読む事が出来ず、どれが白菜か分からなかったので、タマモに教えて貰い商品棚から白菜を取って持って来てくれた。手渡してもらう時に目が合うとさっと逸らし、何か言いたげなのに口籠もってしまうの相変わらずであったが、横島は澪の態度の変化に概ね満足していた。彼女が何を言おうとしているのか、今はまだ分からない。しかし、焦る事はない。澪は横島家の子となったのだ。ゆっくりと聞く時間はあるはずである。
「あ、あの、よ……よこ……」
「ん、どうした?」
「! な、なんでもない!」
 白菜を手渡した澪が何か言いたそうにしていた。横島はそれに気付いて声を掛けると、澪はビクッと肩を震わせ、顔を真っ赤にして何も言わずにタマモの所に戻ってしまう。
 その後も三人で買い物を続けるが、澪が何かを言い掛け、何も言えずにタマモの所に戻ると言う光景が何度も繰り返された。やはり、澪は横島に何かを言いたいようだ。目が合う度にもじもじしている澪を見て、横島は家に帰ったらじっくり腰を据えて話を聞いてみようと考えるのだった。
「それで、お前が言う評判の店ってのはどこだ?」
「あそこよ」
 そう言ってタマモが指差す先には、デパートの売り場とは独立した寿司屋があった。本当に人気があるらしく、それなりの人数が並んでいる。
「結構並んでるな。俺はこっちの会計済ませてくるから、お前等は列に並んで待ってろ。ついでにカオスの昼飯もここで買っておいてくれ」
「あ、でも、人が並んでると澪が」
「ああ、そうか。それじゃ、澪は俺と一緒に行こうか」
 時間の節約のため、横島と澪の二人が会計を済ませている間に、タマモは一人で寿司屋の列に並んで待つ事にする。横島達が戻ってくる前に順番が来てはいけないので、寿司の代金を先にタマモに預け、横島は澪を連れてレジに向かう事にする。
「ほら、澪」
「う、うん……」
 横島が澪へと手を差し伸べると、今度は澪の方から横島の手をぎゅっと握った。緊張のせいか少女の手は少し汗ばんでいる。横島が安心させるように笑ってみせると、澪もまた小さく笑みを浮かべてみせる。ぎこちない笑みであったが、今はそれでいい。彼女が満面の笑顔を見せられるようにするのは、他ならぬ横島の役目なのだから。
 タマモがおらず二人だけになってしまったため会話こそないが、二人の間に流れる雰囲気は決して悪いものではなかった。
 先程までは横島が一人でカートを押し、澪とタマモの二人で商品棚を見て回っていた。しかし、タマモがいなくなると澪が一人になってしまう。横島は左手で澪と手を繋ぎ、右手だけでカートを押すがどうにもバランスが悪い。それに、どうしてもカートの方に意識が行ってしまい澪の方に気が回らない。
 見れば澪も、横島の隣で誰かとすれ違う度にビクッと身を震わせている。やはり、他人がまだ恐いようだ。周囲の買い物客が大人ばかりなので尚更である。横島は気付かなかったが、タマモが一緒の時は彼女がそれとなく周囲に気が回らないようフォローしていたのだろう。
 しかし、彼はタマモのように器用にフォローする事など出来ない。どうするべきかと考え、横島は一つの方法を思い付いた。
「澪、こっち来い」
「え?」
 横島は澪の手を引き、彼女を自分とカートの間に引き寄せた。カートを両手で押す横島の腕の間に、澪がすっぽりと収まる形となる。言葉でフォローする事が出来ないのであれば、身体を使って澪を周りから守ってやろうと言うのだ。
 澪は突然の行動に驚いた様子だったが、横島の身体にもたれ掛かるようなこの体勢は、守られていると言う実感がわくらしく、どことなく嬉しそうだ。その反応に満足気に頷いた横島は、そのまま進んで行った。
 間に澪が入った分、横島は腕を伸ばさなければならなくなる。また、足がぶつからないよう気を付けなければならないため、少々歩き辛い。しかし、そんな事はどうでも良かった。澪が嬉しそうにしている。今はそれが全てである。
 その体勢のまま横島達がレジに到着すると、寿司屋の前の行列ほどではないにせよ、数人の買い物客が並んでいた。澪は行列のように多くの人が一箇所に集まっている所が苦手なため、大丈夫なのか心配だ。列に並んで待っていると、澪は横島にもたれ掛かってきた。平気と言うわけではないが、横島を頼りに何とか我慢しようとしているようだ。そう、逃げずに立ち向かっているのである。横島はそっと抱き寄せるようにして頭を撫で、その頑張りに応える。
 レジの担当が新人だったのか、並んでいた人数の割には時間が掛かってしまったが、二人は何事もなく会計を済ませる事が出来た。そして二人で買った鍋の材料を袋に詰めると、再び手を繋いでタマモを迎えに行く。
 寿司屋の方に向かって歩いて行くと、既にいなり寿司を買い終えたタマモもこちらに向かっていたため、三人は途中で鉢合わせになった。
 これで買い物は終わりだ。後は家に帰るのみである。
 帰りは荷物が多いため、横島の両手は塞がってしまった。右手に鍋の材料が入った袋、左手に澪の服が入った二つの紙袋を下げている。澪の下着が入った袋はタマモが左手に抱え、澪はいなり寿司の入った袋を右手に持ち、二人は空いた手を繋いでいる。
 前を歩く二人の後ろ姿を眺めながら横島は思う。この買い物を通じて、随分澪との距離が縮まったと。
 彼女がイメージしていた程、おとなしく、無口な性格をしていない事には驚いたが、彼女の本当の姿を見れた事を嬉しく思う。逆に、どうして今まで躊躇して、澪に近付こうとしなかったのか、後悔しているほどだ。
「横島ー、バスが来たわよー」
「おーう、今行く」
 しかし、後悔したところで時間が戻ってくるはずもない。今考えるべきは、どうやって遅れを取り戻すかだ。
 とりあえずは、澪が自分を嫌っている訳ではなかった事が分かった事が一番の収穫である。今はただ、帰宅して昼飯を食べ終わってからどうするかを考えよう。帰りのバスに揺られながら、横島はもっと澪と仲良くなろうと決意を新たにするのであった。


 横島は気付いていなかった。
 確かに、澪との関係と言う問題は解決しつつある。
 だが、それを解決すると言う事は、同時に別の問題を発生させる事になると言う事を。


 一方、小学校の薫達は丁度給食の時間の真っ最中であった。薫、葵、紫穂の三人で机を合わせて一つの班になっている。
「あーあ、今頃兄ちゃんは家で弁当食ってるんだろなぁ」
 椅子の上で胡座をかいて、面白くなさそうにぼやく薫。わざわざ学校を休んで、澪とタマモを買い物に連れて行った横島の事を気にしているようだ。
「買い物に行ってるんやろ? 外で食べてくるかも知れへんで」
「まさか。横島さんがお弁当を無駄にするわけないじゃない」
「そ、そうやろか?」
 葵がおかずを作ったのだから尚更である。接触感応能力(サイコメトリー)で心を読むまでもなく紫穂は分かっていた。しかし、ここで葵が照れて、のろけ始めても困るので、あえて口には出さずに黙っている。
「タマモ姉ちゃんが一緒だから、今頃いなり寿司買って帰ってるってとこだな」
「ああ、澪のヤツも好きみたいやしな」
 薫はタマモ達の行動そのものズバリを言い当てた。
 薫から見たタマモは、尊敬出来る姉貴分だ。もし、横島がタマモだけを連れて出掛けていても、薫はさほど気にはしなかっただろう。それどころか、気にも留めなかっただろう。横島が除霊の仕事にタマモだけを連れて二人で出掛ける事はそう珍しい事ではない。
 だが、澪を連れて行っているとなると話は別だ。薫は彼女に対しては色々と思うところがあった。
 横島忠夫と明石薫は兄妹である。とても仲の良い兄妹である。少々仲が良すぎるのではないかと言う者もいるが、薫は気にしていなかった。
 何故なら横島は、薫が今まで望んでやまなかった念動能力(サイコキネシス)など関係無しに付き合える家族。手を伸ばせばその手を取り、思い切り抱きしめてくれる大好きな兄なのだから。
 しかし、二人は横島忠夫と明石薫。異なる名字だ。そう、性格もよく似ていると言われる二人だが、彼女達の間に血の繋がりは無い。戸籍上の繋がりなどあるはずもない。
 薫が望んでも手に入らないそれを、突然現れて手に入れた者――それが澪である。
 彼女の事を嫌っているわけではないが、羨ましいものは羨ましい。それに、横島が澪の事を気にして構っているのが薫にとっては大きかった。とは言え、超能力が原因で閉じ込められていたと言う事情を知っているだけに何も言う事は出来ない。自分はそれほどではなかったとは言え、多かれ少なかれ薫も似たような立場にあったのだ。澪の苦しみ、辛さは理解出来るつもりである。
 血の繋がりも、戸籍上の繋がりも無い薫。血の繋がりこそないが、戸籍上では確かに横島の妹となった澪。
 今までは、澪はタマモにべったりで、横島とはろくに話そうともしなかったため、薫は横島の妹として存分に甘える事が出来た。しかし、横島が動き出し、澪との仲を改善しようとしているとなると、そうも言っていられない。
 澪が横島と仲良くなってしまうと自分の居場所がなくなってしまうのではないかと言う不安が、薫の心の中で渦巻いていた。
「薫のヤツ、なんか悩んどるな」
「分からなくもないけどね。私の方から横島さんに言っておくわ」
 葵と紫穂は、薫ほどの危機感は抱いていない。澪がいまだに打ち解けていない事を気に懸けていたので、むしろ横島の動きを歓迎してさえいる。
 薫と同じく横島を慕う二人だが、今回の件に対する考え方は少々異なるようだ。特に同じ瞬間移動能力者(テレポーター)である葵は澪に同情的で、横島の動きを切っ掛けに自分も澪と仲良く、家族になりたいと考えていた。
 紫穂に至っては、接触感応能力(サイコメトリー)を通じて結ばれている自分と横島の絆の方が強いと言う自負を持っていた。こちらは戸籍上の妹が現れたからと言って動じはしない。今も薫のフォローを考えられるぐらいに余裕がある。
「薫ちゃんの事だから、一回ケンカでもすれば、すぐに仲良くなれると思うけど……」
「……問題は、横島はんのお母はんか」
 薫と違い、葵と紫穂の二人は、横島の母、百合子と話した事すらなかった。しかし、中武デパートで薫が反エスパー組織『普通の人々』に襲われた事件。それを一般人でありながら解決してしまった百合子の勇姿は、強烈なインパクトを二人の心に残している。
 直接知らなくても、横島と薫が揃って恐れると言う時点で只者ではない事は分かる。それが今回は、一つ屋根の下で過ごす事になるのだ。何が起きるか予想もつかない。実態を知らないからこその恐怖を二人は味わっていた。
「……こうなったら、勝負パンツの出番かっ! いや、でも母ちゃんにバレると不味いし……」
 そんな二人をよそに、薫は一人ぶつぶつと、いかにして澪から横島を取り戻すか計画を立てていた。
 放っておいたら、どんどん面白い方向に突っ走っていきそうな勢いではあるが、紫穂とて薫が悲しむのを見たいわけではない。溜め息混じりに、彼女をフォローする事にする。
「薫ちゃん。変に色仕掛けとかに走ると、かえって横島さん引いちゃうわよ」
「そ、そうかな!?」
 薫がもう少し、あと五年ほど成長していたら話は別だっただろうが、紫穂はあえてその事には触れない。
「せや、むしろウチらも澪と仲良うする事考えた方がええんとちゃうか?」
「えぇーっ!?」
 葵の提案には露骨に嫌そうな顔をする薫。やはり対抗意識があるのだろう。
「横島さんの妹って事は、薫ちゃんにとっても姉妹。そんな風に考えたらどうかしら?」
「う〜ん……」
「頭の中身は、見た目以上に子供やろうからな。妹が出来たと思えばええやん」
「妹、妹かー……」
 二人の言葉に腕を組んで頭を捻る薫。明石家に戻れば母と姉がいる彼女だが、念動能力のためにどちらとも隔意があったため、姉妹と言われても今一ピンと来ない。悩む薫を見てそれを察した紫穂は、更に一言付け加えた。
「タマモさんをイメージしてみたらどうかしら?」
「あとは、マリアはんとか、愛子はんとか、小鳩はんやな」
 ここで名前が挙がらないのがテレサである。二人とも彼女を嫌っている訳ではなく、むしろ仲が良い。だが「年上の女性」として憧れるか、彼女のようになりたいと願うかと問われれば、首を横に振る。横島の除霊事務所の秘書、知的美人として、実は外部の人間には非常に評判が良いテレサ。しかし、少女達の中では、箒を持ったハニワ子に追い掛け回されている情けないイメージがあるようだ。
 また、紫穂がタマモの名前を。葵がマリア、愛子、小鳩の名前を挙げたのは、彼女達がそれぞれどういう女性になりたいと望んでいるかの表れであろう。そう言う意味では、どちらもテレサのようにはなりたくないと思っているとも言える。
「なるほど、あたしが姉ちゃんになるのか!」
 どうやら薫も納得してくれたらしい。対抗意識は残っているが、それでも澪と仲良くなる事を考えてくれるはずだ。

 ちなみに、薫はどんな大人になりたいかと問われたら、きっと横島のようになりたいと答えるだろう。どんな女性になりたいかと問われたら、百合子のようになりたいと答えると思われる。
 様々な意味で薫の将来が危ぶまれる話である。



つづく





あとがき
 澪の父親がハニワ兵である。
 澪が横島家の養女となる。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格など、いなり寿司が好き等の設定は、原作の描写に独自の設定を加えております。ご了承ください。

前へ もくじへ 次へ