絶対可憐大作戦! 1
…なんで俺、こんな所にいるんだ?
横島はそわそわと周囲を見回しながら心の中で呟いた。縮こまる横島に対し、隣に座る西条は堂々としている。すぐ側には美智恵がいて、少し機嫌が悪そうな彼女は落ち着きのない様子で歩き回っていた。
彼等がいるのはかなり広めの応接室だ。まだ新築らしく壁の色も真新しい。ここがオカルトGメン日本支部内なのかと言えば、答えは否である。
ここは超能力支援研究局、通称『B.A.B.E.L.』の本部だ。
西条にしてみれば、オカルトGメンもここぐらいの施設を使いたいと言うのが本音だ。美智恵も同じような事を考えているであろう。
オカルトと超能力を取り扱うそれぞれの組織。それぞれの扱う物に対する一般の認識は同じ様な物だろう。しかし、警察庁に属し、現場の人間だけがマンションの一角を使用しているオカルトGメンに対し、内務省に属するB.A.B.E.L.は独自の大きな施設を持ち活動していた。
核ジャック事件の際に使用された地下の霊的施設もあるにはあるが、あの場所はそれこそ日本存亡に関わるような大事件でもなければどちらの組織も使用することができない。
あの場所は世界でも有数の施設だ。あれが使えれば職員達を鍛え上げる事も不可能ではないのだろうが、碌に実績がない今のオカルトGメンがそんな要望を通せるはずもない。実績を上げるためには職員を鍛えねばならず、鍛えるためには実績を上げなければならない。ままならぬものだ。
「いっそのこそ、あの建物ごと乗っ取ってやろうかしら…」
どこか虚ろな瞳でぶつぶつと呟く美智恵。相当疲れているらしい。
事件を未然に防ぎに行っては、事件の原因になってしまったりもするB.A.B.E.L.の扱いがオカルトGメンに比べて良いのは、何故か最近増えてきていると言われているエスパー達が軍事、外交、経済、あらゆる分野における国際競争力の鍵を握っていると言われているためである。
そういうのは占い等オカルトの分野ではないのか、横島が口にした疑問に対し、すぐさま美智恵が反論してきた。
「横島君、貴方もそう思う? それは正しくもあり、間違いでもあるのよ」
ここで疑問を口にしたのは間違いだったかも知れない。何故なら、イライラの募る美智恵は、その捌け口を捜し求めていたのだから。
「そもそもね、霊能力と超能力の違いってなんだと思う?」
「え、えーっと…」
「諦めろ、こうなった隊長は止められん」
溜め息交じりに西条が横島の肩を叩いた。おとなしく彼女の話に付き合うしかないと言う事だろう。
「霊? 超? どっちも超常現象じゃないっスか」
世界有数の霊能力者でありながら、どこか一般人のような感覚を持つ横島。西条は苦笑するが、美智恵の方は更に眉を顰める。彼のある意味ちぐはぐな感覚は霊能力者としての成長期に、適切な知識を学んでこなかった事に原因がある。そうなってしまったのは言うまでもなく、彼女の娘が関わっているのだ。
「超能力とは脳の、霊能力とは魂の力だよ」
「へ?」
横島が答えられないでいると、一人の大柄な男が秘書の女性を伴い、模範解答を携えて応接室に入って来た。
美智恵の表情が険しくなる。横島は初対面なのだが、何となく察しがついた。彼こそがB.A.B.E.L.の局長、桐壺帝三であると。
「脳、ですか?」
「うむ、魂の力である霊能力と違い、超能力は脳細胞が発していると言われている」
「横島さん、これを」
そう言って桐壺の後ろに控えていた局長秘書官の柏木朧一尉は小冊子を横島に手渡す。それはまるで青少年科学館に置いてありそうな、B.A.B.E.L.を紹介するパンフレットだった。
「あの、これは?」
「見学を希望するなら、事前に電話予約を入れてくれたまえ」
「…け、見学?」
施設の見学などオカルトGメンはおろかGS協会でも行っていない。横島の隣の西条は目を白黒させている。
「責任ある立場でありながら、間違った知識を蔓延させるなんて感心しませんわね、桐壺局長」
「はっはっはっ、これは手厳しい」
「横島君、騙されちゃ駄目よ」
「え? え?」
美智恵は桐壺の言葉は嘘だと言うが、彼の方も悪びれた様子はない。知識の足りない横島には、どちらが正しいのか判断できない。混乱の極みに達した彼に救いの手を差し伸べたのは西条だった。
「あー…横島君。君は先程どちらも超常現象と言ったが、実はそれが一番正しい認識なんだよ」
つまり、霊能力と超能力、その本質は一緒だと言う事なのだ。美智恵に言わせれば霊能力の中で科学者が研究の対象とする物が超能力である。
「例えば、このB.A.B.E.L.には『超度(レベル)7』の日本最高峰の接触感応能力者が特務エスパーとして登録されているが、僕に言わせればタイガー君の方が感応能力者として遥かに優れている。相手に触れる必要すらないんだからね」
「タイガーの能力が凄いのは知ってるけど…タイガーは超能力じゃなくて霊能力だろ?」
その言葉を聞いた西条は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「だから言ったろ、元々は一緒の物だと。タイガー君はGS協会が、『超度7』のエスパーはB.A.B.E.L.が先に発見した。それだけの事ってわけだ」
「…ものすごく、無駄があるような気がするのは気のせいか?」
「それだけ分かれば、君としては上出来さ」
肩をすくめる西条。彼とてそれぐらいは十分承知している。
もう少し詳しく説明しよう。
超能力の根源は脳にある。脳細胞に微細な損傷があっただけで超能力はいとも簡単に暴走すると言う事実がある。そのため根源かどうかはともかく、その制御に脳が深く関わっている事は間違いない。
しかし、実際に除霊の現場等で死力を尽くす戦いを経験している者なら心当たりがある事だろう、人の感情の昂りにより霊力も変動するのだ。脳が人の思考を司る物ならば、霊能力も超能力と同じくその影響下にあると言う事になる。
西条は超能力も霊能力も力の根源は魂であり、脳がそれを制御していると言う説を支持していた。だからこそ二つは同一であると考えている。対するB.A.B.E.L.は超能力の力の根源は脳であると主張する。何故なら、『魂』と言う名の臓器が人間の体内に存在しないからだ。
そもそも、魂や、チャクラも物理的に身体のどこにあるかなど分かっていない。いや、分かるようなものではない。
気功と霊力は同じ物とする説、心臓こそ魂であり、血管こそがチャクラであると言う説、或いは心臓はもう一つの脳であるとする説等、諸説あるが、どれも決定的な物では無い。少なくとも今の技術レベルでは理屈をつけて解明する事などできないと言う事だろう。それを踏まえた上で「魂」と言う物が存在すると認識するのが彼等の「オカルト」である。
科学で解明できると研究するB.A.B.E.L.と解明しないまま受け容れるオカルトGメン。二つの組織の扱いの差がその姿勢にあるとすれば、やはりこの世界は科学万能であり、それを中心に回っていると言う事であろう。
ちなみに、ここで言うオカルトGメンとは美智恵以下現場サイドの者達の事であり、上層部は含まれていない。彼等はオカルトに対して素人同然であるため、美智恵や桐壺の様な信念など持ってはいないのだ。オカルト業界において、Gメンの実質トップは美神美智恵だと言われるのはこのためなのである。
「流石は、オカルトGメン日本支部が誇る西条輝彦君。よく勉強しているじゃないか」
「恐縮です。桐壺局長」
笑顔で挨拶を交わす二人。横島はここにきてようやく状況を理解した。
西条の言葉が事実だとすれば、オカルトGメンとB.A.B.E.L.は民間GSに人材の大半を奪われ、残りの数少ないそれを奪う合う間柄と言う事だ。
すなわち、ここは二つの組織の冷戦の真っ只中。とんでもない所に来てしまったものである。
「ところで、我々は横島クンを呼び出しはしたが、オカルトGメンのお二方を招待した覚えはないのだが?」
桐壺の言う通りだ。今日横島がここに来た理由は、依頼があるから来て欲しいと連絡を受けたためである。そして、美智恵と西条がアポを取らずに訪れたのも、また事実であった。
「人類唯一の文珠使いとしてGS協会に登録されている横島君が、B.A.B.E.L.に呼び出されたと聞きましたので」
「はっはっはっ、我々の研究に協力してもらおうと言う訳ではありません。今日は純粋に依頼のためです」
「特務エスパー『ザ・チルドレン』を擁するB.A.B.E.L.が民間GSに、ですか?」
刺すような美智恵の視線。明らかに桐壺を疑っている。
横島がここで誘われた所でB.A.B.E.L.に鞍替えするとは思っていない。しかし、煩悩の強さと言う弱点を突かれればどうなるかわからない。美智恵はそう考えていた。
文珠は三界レベルで見ても、極めて希少な能力だ。それを一国家が支配下におくような真似はさせてはならない。美智恵は使命感に燃えて西条を伴いB.A.B.E.L.へと乗り込んだのだ。
何より、ただでさえオカルトGメンは人材不足に苦しんでいるのだ。それなのに、その重要性を考えスカウトを控えていた横島を奪われてなるものかと彼女は別の意味でも燃えていた。
「それで、今回の依頼と言うのは」
「実は『ザ・チルドレン』の現場運用主任が重傷を負い入院してしまってね」
「…任務中の事故ですか?」
「そんなところだ」
間違ってはいないのだが、横島と桐壺の認識には大きな隔たりがある。横島は、任務中に敵の攻撃を受けた等の理由で怪我をしたと考えていたのだが、現実は少し違う。
実は現場運用主任の皆本光一と言う男は、彼の担当する『ザ・チルドレン』の超能力が原因で起きた事故により怪我を負っていたのだ。
不慮の事故と言っても決して間違いではないが、やはり横島の考えるそれとは少し異なるであろう。
「そこで、君の文珠でぱぱーっと彼の怪我を治して…」
「駄目よ、横島君」
本題に入ろうとした桐壺の言葉を美智恵が遮った。
「美神さん…」
横槍を入れられた桐壺は眉を顰めて美智恵を見るが、彼女の方も負けていない。
「『ザ・チルドレン』を率いる皆本二尉の重要性は認めます。しかし、桐壺局長は文珠の価値をわかっておいでですか?」
「実はあまり…GS協会が情報を出し渋っているもので」
苦笑いをする桐壺、おそらく本音であろう。
実のところ、皆本二尉の怪我は入院こそ必要ではあるが、それ以上に大騒ぎするような重いものではない。ただ単に、桐壺はこれを機会に『万能の霊能』と呼ばれているが、情報の乏しい謎のヴェールに包まれた文珠の力をその目で見たいと考えていたのだ。
「ちなみに金額をつけますと、安く見積もっても…」
どこから取り出した電卓に数値を打ち込んで桐壺だけに見せる美智恵。それを見た桐壺は顔を青くする。
美智恵が見せたのは仮の値段だ、文珠は元々値段が付けられる様な代物ではない。しかし、その性質上「高価な除霊具」の代表格とも言える精霊石以下の値段が付くはずがないのだ。好奇心で求めるには少々高過ぎるだろう。
「よろしければ、知り合いのヒーリング能力者を紹介しましょうか?」
「そうだね、このまま入院させてるよりかは早く完治するだろうし」
乾いた笑い声を上げる桐壺。対する美智恵は満面の笑みを浮かべていた。
「文珠使い、いるかー!」
応接室の扉を豪快に開け放ち、美智恵の勝利の余韻を打ち砕く闖入者が飛び込んで来た。
制服なのだろうか、揃いの服を着た三人の少女達だ。
「この子達は、まさか…」
「あー、我がB.A.B.E.L.の誇る日本で三人しかいない超度7のエスパー、『ザ・チルドレン』の三人だ」
桐壺にとっても三人の乱入は予想外だったらしい。その言葉にいつもの快活さが無い。
「あれ? 三人もいるぞ。今日来るのは文珠使い一人じゃなかったか?」
「あっちのおばちゃんとそっちのロンゲはオカルトGメンみたいやね。TVで見た事あるわ」
赤みがかったショートヘアの少女、『超度7』の念動能力者の明石薫が部屋にいた者達を見て呟く。そんな彼女の疑問には隣にいた眼鏡を掛けた長い黒髪の少女、同じく『超度7』の瞬間移動能力者である野上葵が答えた。
「…この横島忠夫って人が文珠使いみたい」
「え!?」
突然、後ろから掛けられた声に慌てて振り返ると、色素の薄い髪色の少女がいつの間にか横島の背に触れて微笑んでいる。
いかにGS協会に登録されているとは言え、部外者が見れる情報は極端に少ない『人類唯一の文珠使い』横島忠夫。普通ならば初対面で彼が文珠使いである事が分かるはずがない。つまり、彼女こそが先程話題にもなった『超度7』の接触感応能力者である三宮紫穂なのであろう。彼女は彼の心を読んだのだ。
「で、で、皆本の怪我は治してくれるのか? さっさとやってくれよ、今ならこの買ったばかりのコスプレクロニクルやるからさ」
「あのな…」
「女子高生特集だぞ、好きだろ?」
横島に飛びついて、明らかに子供が買ってはいけない雑誌を片手に迫る薫。傍目にはタマモと同程度の年齢にしか見えないのだが、その態度はどことなく親父臭さが漂っている。
葵、紫穂も横島に迫り収拾がつかなくなったため、最終的には柏木が三人に皆本の治療はヒーリング能力者を呼んで行う事になったと説明する事となる。その理由は「皆本の怪我はそれほど酷くないため」とした。事実とは多少異なるが、それも事実であるため彼女達は素直に納得したようだ。
本来なら、依頼のなくなった横島はここで帰る事となるのだが、薫達がお菓子を持ち込んで彼を引き止める。彼女達も文珠と言う霊能力に興味を持っていたらしく、彼に対して興味深々なのだ。
まだ子供の彼女達、色仕掛けと言うわけではないが、横島忠夫と言う男は子供に懐かれて、それを無下に扱えるような人間ではなかった。
そんな理由もあって、そのまま応接室で談笑する四人。美智恵達四人もそのまま応接室にいるのだが、彼女達は和やかに談笑する横島達とは裏腹に水面下で冷戦を繰り広げていた。
「ちぇっ、折角文珠がこの目で見れると思ったのによー」
「残念やなぁ、またとない機会やのに」
「ごめんな。仕事道具だから、無闇に使う訳にはいかないんだ」
そう言って笑う横島。彼女達がせめてあと五年から十年程成長していれば、彼も調子に乗って文珠を使っていたかも知れないが、生憎と御年十歳の彼女達は横島にとって保護欲の対象でしかなかった。
「あと五年程育ってからって考えてる」
「…五年でもギリギリかなぁ」
しかし、否定はしない。
向いのソファに座る薫、葵に対し、紫穂は横島の左隣にちょこんと腰掛けていて、その小さな手は横島のそれを握って離さない。
当初は抵抗のあった横島だったが、考えてみれば彼には子供相手につかなければならない嘘など無いため、今はもう慣れてしまい何も言わないでいる。むしろ、彼女が心を読む事を踏まえて自分の考えている事を彼女に代弁させたりしていた。紫穂の方も今までにない反応をする横島が珍しくて、その手を離さないでいる。
「そうだ、文珠って何でもできるんだろ? あたしを五年と言わず十年分ぐらい大きくしてみせてくれよ」
「あ、それ面白そうやな」
「…は?」
「あたし発育いいからさ、きっとあの美神令子に負けないぐらいにどーんと成長するぞ!」
「うーむ…」
悩む横島。しかし…
「ちょっとドキドキして迷ってる」
紫穂にあっさりと心を読まれてしまった。
「なー、いいじゃんかよー。ムチムチのバインバイーンだぜ、お前だって見たいだろ? 無理すんなよ、身体は正直なんだからさ」
自分の身体を念動能力で持ち上げているのだろうか、突然フワリと浮き上がった薫は横島の膝の上まで移動して胡坐をかき、そしてどこかデジャヴを感じる笑顔で笑う。そんな彼女の様子を見て、西条はこめかみを押さえて唸った。
「なんと言うか…将来が心配だな。このまま行くと第二の横島君になるんじゃないか?」
横島が反論しようとするより先に、桐壺が口を挟む。
「人類唯一の文珠使いの様になれるとは、光栄だな」
「「やめといた方がいいと思います、本気で」」
しかし、それには西条と横島が口を揃えて反論した。
西条にしてみれば、第二の横島誕生など悪夢以外の何物でもない。横島にしてみても、傍目には美少女と呼んでも差し支えのない薫が自分のようになるなど、やはり悪夢である。自分がセクハラ小僧である自覚はあるようだ。変な所で自虐的である。
「じゃあさ、葵と紫穂はどうだ。こいつらだって十年もすれば」
「いや、だから…」
横島が返答に困っていると、隣の紫穂がぽつりと呟いた。
「むしろ、今のままの青い果実の方が良いって」
「うわっ! マジ!?」
「横島はん、フケツー!」
「真顔で人の人格全否定するような嘘を言うなーッ!!」
大声で叫んでいる割には自分に対する悪い感情はさほどないと分かっているのだろうか、紫穂はいつもの表情を崩さずキラキラと輝くような笑顔で横島の肩を叩く。そして優しく言い聞かせるように「無理しなくてもいいのよ」と微笑む。
どこかで見た様な笑顔で「そうそう、最近流行りだって言うじゃん」と薫も続くが、こちらはフォローになっていない。
「優しい目で見んといてー! 俺は! 俺はーッ!!」
いたたまれなくなったのか、ソファを飛び越えて壁まで走ると、恒例の頭突きを開始する横島。美智恵達はその姿が視界に入らないように遠い目で窓の向こうの空を見つめていた。
「し、しかし、こうして見ていると他人とは思えないな。実は生き別れの妹とかじゃないかい?」
場を和ませようと西条が珍しく冗談を飛ばす。対する横島は「そんな訳ないだろ」と突っ込み返そうとするのだが、そこでふと彼の動きが止まった。
「………」
「…よ、横島君?」
外してしまったかと少しショックな西条。しかし、当の横島はそれどころではない。
思い出してしまったのだ、彼は。
己の父、横島大樹がどんな人間であるかを。
有り得る。無下に否定する事ができない。
現に、目の前にいる薫と言う名の少女は、自分でも自分にそっくりだと思えてしまうほどに似ているではないか。
「ちょっと、電話させてもらうぞ」
言うやいなや携帯を取り出す横島。流石に海外に掛けると電話代が馬鹿にならないため、相手は村枝商事のクロサキだ。横島の知る範囲で両親を一番良く知っているのは会社で大樹の部下であった彼なのである。
彼は事務所を開業した際に、大樹、百合子の息子が開業したのだからと律儀に挨拶に来てくれた一人だ。村枝商事が霊障に遭えばすぐに連絡をと電話番号も交換したのだが、まさかこんな事でかける事になるとは思わなかった。
「あの、クロサキさんですか、忠夫です。少し聞きたい事が…」
切羽詰った様子の横島。それは当然の事だろう、下手をすれば両親の離婚の危機なのだから。
壁の方を向いて小声で会話しているため、周囲の者達には何を話しているのか聞こえず、会話の内容を誰も把握できないまま彼はどこか虚ろな表情で電話を切った。
「…横島君、一体どうしたんだ」
しかし、横島は呆然とした様子で彼等に背を向けたまま答えない。
「紫穂、行ってき」
葵の言葉にコクンと頷いた紫穂はとてとてと横島に近付く。彼の方に反応はない。
再び彼の手を握り、そして心を読む。次の瞬間、紫穂の瞳は驚きに見開かれた。
「ど、どないしたん?」
「………」
いつもの笑顔のままギギギと音が鳴る様なぎこちない動きで皆の方を振り返る紫穂。
珍しく冷や汗をたらした彼女の口が、衝撃の事実を紡いだ。
「薫ちゃん、横島さんの妹かも知れない」
「へ? にいちゃん…?」
呆気にとられた薫の声が、静まり返った応接室に響いた。
つづく
『絶対可憐チルドレン』連載開始記念の特別編です。
言うまでもありませんが、超能力と霊能力の関係に関する設定は全て『黒い手』シリーズ独自の物です。脳とか魂とか、原作内はおろか現実の方で探してもこんな説はないと思いますので、くれぐれも本気にしないで下さい。
あくまで「『黒い手』シリーズはこの設定が通用する世界である」と言うだけですので。
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