topmenutext『黒い手』シリーズ絶対可憐チルドレン・クロスオーバー>絶対可憐合体 ○○シマン! 1
もくじへ 次へ

絶対可憐合体 ○○シマン! 1


 おのれ悪党、貴様のような輩は捨て置けん!

 闇夜に紛れての悪行狼藉、たとえ月が見逃そうとも仏法の守護者は見逃しはせぬ!

 ええい、そこになおれ! ―――が成敗してくれるッ!!



「―ってな、感じよォ! くぅ〜っ、カッコいいね〜!」
 机の上に胡坐をかいた薫が、ポンとその膝を叩いた。
 ここは区立六條院小学校、4年3組の教室。始業を前にして、薫を中心にクラスメイトの男子達が盛り上がっている。
 子供達の話題の中心となっているのは、最近巷を騒がせているヒーローである。その正体は謎だが、夜な夜な現れては悪人達を薙ぎ倒しているらしい。
 特務エスパーが事件を予測して現場に急行してみると、既に謎のヒーローが解決していたと言う事もあったためB.A.B.E.L.内でも話題になっていた。おかげで薫は他のクラスメイト達よりもそのヒーローについて詳しく、得意気に語っている。

「それにしても、一体誰なんやろなぁ」
「GS資格を持ってない霊能力者か、B.A.B.E.L.に登録されてない超能力者(エスパー)…とも言われてるそうよ」
 盛り上がる男子達を、離れた所で少し冷めた目で見る女子達の中心となっているのは葵と紫穂。
 こちらは「謎のヒーロー」と言うよりも「何かしらの力を持つ不審者」として見ているようだ。
 突然力に目覚めた者が、その力を振るいたくて人知れず悪人を退治しているのではないかと言うのが、B.A.B.E.L.の見解である。しかし、その力の正体が何であれ、話に聞く限りでは相当強力な力を持っているとの事。
 特に霊能力者の場合、GS資格を持たずに霊能力を振るって故意に誰かを傷付けたとあれば、怪我をさせた事以外に霊能力を使用した事自体でも罪に問われる事となる。
 GSと言う資格は、言わば霊能力を使用するための免許でもあるのだ。霊能力を使える除霊助手は仮免扱いで、仮に除霊助手が霊能力で誰かを傷付けてしまった場合、本人は勿論のこと、雇い主であるGSもその責を負う事になる。
 国家資格として認められているGSと、B.A.B.E.L.が認定はするが、それが資格として身分を保証するものではない超能力者との大きな違いであろう。もし、超能力を悪用する者がいたとしても、その事自体を罪に問う事は現在のところできないのだ。
「やっぱり…エスパーなのかしら?」
 一人の少女がおずおずと声を掛けてきた。
 肩のあたりで切り揃えられた黒髪の少女の名は花井ちさと。超度(レベル)2の精神感応能力者(テレパス)であるが、普段は制限装置(リミッター)を付けて生活しているため、一般人となんら変わらない普通の少女である。
「仏教がどうのこうの言うとるんやろ? それなら、やっぱオカルトちゃうん?」
「どっちにしろ、急に力に目覚めた人でしょうね」
「薫ちゃんも、もっと強い力があったらやりそうよね」
「あ、わかるわかる!」
 薫の話題で盛り上がる面々、葵と紫穂もその意見には同意出来るので一緒になって笑い合い、笑っていいものかと困った表情をしていたちさとも、ついには堪えきれずに笑い出してしまった。
 薫達三人が転校してきて間もないが、それを感じさせないぐらい皆仲が良い。一般人も超能力者も関係ない何とも平和な光景である。この光景こそが桐壺の望んでいるものなのだろう。

 超能力者が学校に通う。
 言葉で言ってしまえば簡単そうだが、それを実現しようとすると、目の前にさまざまな壁が立ちはだかる事になる。
 力の制御に関して大人と子供を比べた場合、基本的に子供の方が制御能力は拙い。更に力が大きい程制御し難くなり、超度7である薫達三人も例外ではない。
 そんな子供が入学しようとするとどうなるのか。
 まず、何かあった場合責任を負う立場となる学校側が拒否反応を示す。そして、何かあった場合被害者になりかねない他の生徒の保護者達が騒ぎ出すのだ。実際、超能力者の就学は、拒否されるケースが多い。
 これは仕方のない事でもある。本人に超能力を悪用する意志がなくとも、幼い子供は感情の爆発に伴って超能力を暴発させてしまうケースが多いため、恐れられるのも仕方がない面もあるのだ。その際に被害を受けるのは周囲の者達なのだから。

 幼稚園にすら行った事がなかった薫達がこうして学校に通えるのは、「強力なパワーを持つ者が、一般社会から離れて育つ事の方がより危険なのだ」と主張する局長桐壺主導の下、B.A.B.E.L.が総力を挙げて推進する『チルドレン就学計画』のおかげだ。
 このクラスの場合、薫達も制限装置で低い超度のエスパーと言う事になっており、クラスメイトの方も、元々ちさとと言う超能力者が居る事で慣れていたため、スムーズに受け容れられている方だと言えるだろう。
 全てのケースが、このように上手く事が運べば良いのだが、そうはいかないのが難しいところである。


「おはよーっス」
 始業時間ギリギリになって教室へ入って来たのは東野将。花井ちさとの幼馴染である。
「あ、東野君。もうギリギリの時間よ?」
「遅刻はしてねーんだから、いいだろ」
 ちさとが心配そうに駆け寄るが、東野はぶっきらぼうな態度で素通りし自分の席に就く。
 彼がちさとに対してそういう態度を取るのはいつもの事なのだが、今日に限っては皆の視線が集中していた。
「ん、なんだよ…?」
 東野もその視線に気付き戸惑った表情を見せるが、自分が何故見られているかは分かっていないようだ。
「お前、その顔どうしたんだよ?」
「顔?」
 見かねた友人の男子が東野の異常を指摘するが、彼の方に自覚がないらしく疑問符を浮かべるばかり。
 仕方がないと、手鏡を持っていた女子が「あんた、ヒドい顔になってるわよ」と彼の眼前へとそれを突き出した。
 東野は何事かと覗き込み、そして目を見開いた。
「なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?」
 続けて教室に響き渡る絶叫。
 叫ぶ東野の顔、その目の下には凄まじいまでのクマがクッキリと浮かび上がっていた。
「…東野君、身体の方は大丈夫なの?」
「え、いや、今日は寝坊したけど、全然…」
 ちさとが心配そうに問い掛けるが、東野の返事はしっかりとしたものだ。焦りのためか歯切れは悪いが、疲れているような様子は無い。他のクラスメイトも彼の机の周囲に集まるが、当の本人は本当に無自覚らしく、呆然とするばかりだ。
「昨日、夜更かしでもしたの?」
「いや、いつも通りだって!」
 問い掛ける紫穂。超度7の接触感応能力者(サイコメトラー)である彼女が調べれば何か分かるかも知れないが、残念ながら彼女は学校では超能力を使う事を禁じられている。
 紫穂はあの手この手と質問攻めにするが、先生が教室に入って来たためそれも中断を余儀なくされる。結局、彼の返答からは、当人には何の自覚症状もなく、別段疲れたりしている訳ではないと言う事だけしか分からなかった。

 先生も東野の顔を見て驚きはしたが、当の本人が何でもないと言い張るため、授業はそのまま進行。その日は体育の授業もあったが、東野は何事もなかったかのようにそれにも参加する。
「…元気そう、やな?」
 いつも通りに薫と張り合う東野の姿を眺めながら、葵が疑問符を浮かべた。
 その言葉通り、東野は目の下のクマ以外に異常はなく、いつも通り――いや、いつも以上の元気さで薫とデッドヒートを繰り広げている。
「不細工な顔になってる割にゃ元気良いじゃねーか!」
「へっ、てめぇみてえなブスエスパーにゃ、負けやしねぇ!」
「何だとっ! スパッツなめんじゃねーぞ、短パンっ!」
「関係ねーだろ、それっ!」
 売り言葉に買い言葉で他のクラスメイト達そっちのけで盛り上がる二人。その姿を見ていると、東野のクマも実はペイントか何かで冗談なのではないかと思えてくる。
 薫はそもそも目の下のクマ自体を心配していないようだ。葵もまた普段通りに元気一杯の東野を見て、明日になれば何事もなかったかのように治っているのではないかと軽く考え始めていた。
 ちさとは心配そうだが、当の東野があの調子ではしつこく問えば機嫌を損ねてしまうだろう。彼女は幼い頃に、エスパーの自分と一緒に居て本当に良いのかと、精神感応能力で東野の心を読んでしまった事がある。
 超度2程度では雰囲気程度しか読めないが、彼が心の底から楽しんでいた事は読めた。そこまでは良かったのだが、嬉しくなってその事を母親に伝えたところ、回りまわって東野本人にも伝わり、彼を怒らせてしまったのだ。
 そんな事もあってちさとは東野に対し強く出る事が出来ない。今も彼の事が心配でたまらないのだが、どうする事も出来ずに困り果てている。
「ああ、そう言えば横島さんが言ってたわ」
「ん、ああ、昨日のか」
「…ヨコシマさん?」
 いつものどこか達観したような笑顔ではなく真剣な表情になっている紫穂に、怪訝そうに眉を顰めるちさと。「ヨコシマ」、その名は薫達三人の口から初めて聞く名だ。
「ねぇ、そのヨコシマさんって誰?」
「薫の兄ちゃんや」
「え、でも、明石さんとは…」
 「ヨコシマ」と言うのはおそらく名前ではなく苗字だろう。薫は「明石薫」、兄妹だと言うのに苗字が違う。
「あ〜、それは…」
「薫ちゃんと横島さんは訳あって最近まで離れ離れに暮らしてたのよ」
 口篭る葵を差し置いて、さらりと真顔で誤魔化す紫穂。嘘は言っていない。嘘があるとすれば、それは横島と薫が実の兄妹ではないと言う事だ。
 とは言え、横島を薫の兄と紹介した葵の方にも、二人は兄弟同然、ある意味それ以上の絆で繋がった『ソウルブラザー』と考えているので嘘をついている気はさらさら無かったが。
「それで、その薫ちゃんのお兄さんがどうしたの?」
「横島さんから言ってたわ。悪霊に憑かれた人の場合、体調が悪くても無自覚な場合があるって」
「あ、悪霊…?」
 突然出てきた非日常の言葉にちさとは困惑した表情を見せ、葵が両者の間にある隔たりに気付き「横島はんはGSなんや、本職の!」と慌ててフォローを入れる。
 それを聞いたちさとはほっとした様子だが、ふと落ち着いて考えてみると、今の東野がまさにその状態ではないか。
 彼女もGSの事は知っている、オカルトの専門家だ。本物のGSが言っていたとなると、その信憑性は高い。ちさとは俄然その話に食い付いてきた。
「それで、それでどうなるの?」
「そのまま放っておくと、自分でも気付かないうちに衰弱して死んじゃうんですって」
「…ッ!?」
 衝撃的な話の内容に、ちさとは言葉を失ってしまう。紫穂の方も真顔であるため、それだけにちさとも彼女の言葉を重く受け止めてしまったようだ。
 無論、紫穂もちさとを怖がらせようと言う意図がある訳ではない。接触感応能力(サイコメトリー)のせいか、現実的な恐怖にはさほど動じない彼女自身だが、実は怪談話の類は苦手としているので、この手の話は冗談では出来ないのだ。

 横島の家に居る時は基本的に横島の手をぎゅっと握って離さない紫穂。
 実は昨日も三人で横島の家で過ごしたのだが、晩にTVで心霊現象のスペシャル番組をしていた時はそれが災いした。怖くて手を握る力が強くなったのを横島に感付かれてしまったのだ。
 すぐさまそれに気付きニヤリといやらしい笑みを浮かべた横島が、いつもの仕返しとばかりに紫穂に語ったのが先程の話である。紫穂が心を読んでそれが本当かどうか確認しようとしても、横島は自分が知っているオカルト知識しか話してないので怖い話を再確認するばかり。逃げようにも手を離してもらえず、膝の上に乗せられて延々とオカルト関係の話を語られてしまった。
 昨晩は、怖くて普段使っている薫の部屋では寝られず、薫と一緒に隣の部屋の横島の布団に潜り込む事にした。薫の部屋に一人残った葵もやはり怖かったらしく、結局四人一緒に床に就く事となる。もっとも、葵だけは恥ずかしくて一緒の布団と言うわけにはいかず、すぐ隣にもう一つ布団を敷いてもらったが。

「フフ、あの時の屈辱は忘れないわ…」
「さ、三宮さん?」
 異様な雰囲気、物理的な圧力すら感じてしまいそうなプレッシャーを放つ紫穂に、ちさとは思わず後ずさった。
 紫穂的には、横島に対して主導権を握っておきたいようだ。こんな刺激のある関係だが、不思議と二人は仲が良い。なんだかんだと言って彼に対して甘えているのである。

「それはともかく、放課後にでも横島はんとこに相談に行ったらどうやろか?」
「そうね。本当に何か悪いものに憑かれてるなら、GSに相談しないと」
「それじゃ、後で東野君にも言って…」
 真剣に話し合う葵と紫穂に、ちさともだんだん乗せられていく。
 今日一日の変化、当事者は元気そのものだと言うのに深刻になり過ぎている気もするが、これは紫穂達の「悪霊は怖い」と言う感情が先走ってしまっているため仕方があるまい。
「でも大丈夫かしら? GSって高い依頼料を取るって言うし、オカルトGメンの方が…」
「あー、大丈夫大丈夫。横島はんならその辺は勉強して安うしてくれるわ」
 噂程度にGSの事を知っているちさとは話によく聞く「高額の除霊料」について心配するが、葵はそれを一笑に付す。紫穂もオカルトGメンよりもずっと頼りになると薦めてくれたので、ちさとも放課後横島の除霊事務所を訪ねる事を了承し、神妙な面持ちで頷くのだった。

 しかし、いざ放課後になり、ちさとがGSに相談に行こうと誘うと、当の東野が「は? なんでもねーって言ってるだろ」とあっさり同行を拒否して友人達と一緒に下校してしまった。
 本人は無自覚なのだから、それほど危機感を感じていないのかも知れないが、それ以上に四人の女子の中に男子が一人と言うのが恥ずかしいのだろう。葵は心配しているのにと憤慨しているが、紫穂だけは東野自身も分かっていないであろう事を察して溜め息をつく。
「仕方ないわ、私達だけで横島さんの所に行って状況を説明してみましょ」
「せやな、もしかしたらそれで何か分かるかも知れへんし」
「え、ええ、そうね」
 心配で堪らないちさとは、紫穂と葵に促されるまま横島の家に向かう事にした。
「へっへー! 用があるならしょうがないよなー!」
 一方、一人嬉しそうなのは薫。
 今日はB.A.B.E.L.に一度顔を出すようにと言われていたのだが、横島の家の方に帰るのならばそのままB.A.B.E.L.に行かないでやろうと考えている。元より横島の家に入り浸っていても何も言われていないのだ。特に本部でも待機任務が控えているわけではないので、それぐらいの融通は利くだろう。紫穂と葵も、自分でも気付かない内に心の中のどこかで同じような事を考えていたのかも知れない。
 心配そうな表情のちさとに、始終機嫌が良い薫。そして、やはりどことなく楽しそうに見えなくもない紫穂と葵、計四人の一行は、学校を出た後、そのまま直接横島の家へと向かって行った。


「………土偶?」
 横島の家近くに差し掛かった時の、ちさとの第一声である。
 門はもう少し先なのだが、塀の向こうに大きな土偶の上半身の姿をしたカオス謹製の地脈発電機が頭を覗かせていたのだ。そのまま薫に手を引かれて門まで辿り着くと、今度は門付近でたむろしている目付きの悪いハニワ兵を含む数体のハニワ兵と遭遇し、ちさとは再び驚きの声を上げる。
「…GSの家って皆こんな感じなの?」
「さぁ? あたしも兄ちゃんの家以外知らないし」
 毎度のことではあるが、やはり初見の者にはインパクトが強いらしい。
 対して、当初は驚いていた薫達は、もう慣れたものだ。普通にハニワ兵に「たっだいまー!」と挨拶すると、元気よく門をくぐって行く。
「あら、おかえりー」
「ぽー」
 玄関を開けたところで一行はテレサとハニワ子さんと遭遇。ちさとを学校の友人だと紹介すると、ハニワ子さんは慌ててお茶を準備するために台所へと戻っていく。
 残されたテレサに、門の前のハニワ兵は何をしているのかと訪ねると、学校で噂になっている件の『謎のヒーロー』が、オカルト方面でも話題になっている事を教えてくれた。
 なんと、都内の公園に夜な夜な現れると言う悪霊の退治を引き受けたあるGSが現場に行ってみたところ、B.A.B.E.L.の特務エスパーの時と同じように既に除霊されてしまっていたらしい。
 先程門の前にたむろしていたハニワ兵も、実はその謎のヒーローと言う不審者を警戒し警備をしていたそうだ。ミリタリー仕様である目付きの悪いハニワ兵を中心に、交代で見張りに立っている。
「ふ〜ん、手広くやってんだなぁ、謎のヒーローも」
「いや、そう言う問題ちゃうやろ」
 暢気な事をのたまう薫に、葵が裏手でツっこんだ。
「もう、そんな事してる場合じゃないでしょ?」
 その話にも興味はあるが、今は東野の異常について横島に相談する方が先だ。
 テレサによると横島は既に帰宅しており、二階のベランダの方で洗濯物の取り込みを手伝っているとの事。薫達は走って階段を駆け上がって行き、ちさとは「おじゃましまーす」と少し緊張した様子でその後に続いた。

「は〜、無心無心…」
 一方、二階のベランダでは、横島は無心、無心と念仏のように唱えながら洗濯物を取り込んでいた。
 家族のものが干してあるのだから当然女性用も混じっており、横島にとってはある意味役得、ある意味苦行なのだが、そこは自分とカオスの物も混じっていると言う事で何とか持ち堪えていた。
 横島と言う男の人間性の根本には、母、百合子により叩き込まれたフェミニストな部分が存在する。そのため、この家の稼ぎ手であっても、家事を女性陣に任せっきりにする事を善しとしない。しかし、横島は料理はできず、掃除はハニワ兵達が済ませてしまう。後に残されたのはハニワ兵の手が届かない洗濯物の取り込みのみだったわけだ。
 タマモ、マリア、テレサの三人は元々頓着せず、小鳩は照れながらも忙しい身の上なので、横島が家事を手伝ってくれる事を歓迎。愛子に至ってはいやんいやんと顔を赤くしながらも、むしろ積極的に推し進めていた。
 何にせよ、女性陣は信頼して任せてくれたのだから、その信頼を裏切るわけにもいかないし、「下着ドロにお気に入りの下着盗まれるのも、ある意味青春の一幕よね〜」と言っていた愛子の妙な期待に応えるわけにもいかないだろう。
 しかし、中にはサイズは小さいのに大人顔負けのランジェリーも存在し、それを前にした横島が身悶えてしまうのは仕方がない事であろう。その姿はある意味精神鍛錬の様相を呈していた。

「横島さん、それあかんー!」
「うぉっ!?」
 その時、葵が大声を上げて部屋に突入し、横島の腰に跳び付いて来た。その勢いで横島は倒れ込み、ベランダの木製の手すりにしこたま顔を打ち付けてしまう。
「な、何やってんの横島はん! それ、ウチのぱんつやん!」
 実は、この家の中で一人だけ、下着の洗濯を別にしてもらっている者がいる。顔を真っ赤にしながら倒れた横島に跨る姿を見れば分かるだろうが、それは葵だ。
「そんなしっかりウチのぱんつ握らんといて!」
「俺が悪いのか!?」
 握ってしまった事については不可抗力である。
 いつもの葵は、下着だけはそのまま持ち帰りB.A.B.E.L.に戻ってからまとめて自分で洗濯していたのだが、昨晩は例のオカルトのTVがあったため、ついうっかり忘れてしまったようだ。薫と紫穂は元々皆と一緒なので、今日はそのまま葵の分も一緒に洗濯されてしまい、現在に至る。
「あああ、ウチもうお嫁に行かれへん…」
「いいじゃん、下着ぐらい」
 崩れ落ちるように葵が離れると、横島は痛む顔を押さえながら立ち上がり、続けて薫が彼の背にしがみ付いた。
 嬉しそうにその首筋に顔を埋める薫を見て、何故か葵の方が赤面している。自分がそうする光景を想像しているのだろうか。この差は横島を『大好きな兄ちゃん』と見る薫と、『親友のお兄さん』と見る葵とのスタンスの違いからくるものだと思われる。薫の方が子供っぽいのかも知れない。
「そうよ、こっちに居るのもだんだん長くなってきてるし、持って帰ってまとめて洗濯するにも限度があるわよ」
 確かに紫穂の言う通りではある。葵もそれは分かっているのだが、やはり恥ずかしさのため踏ん切りが付かない。
 そして紫穂はと言うと、少し頬を紅潮させてこう答えた。

「触れた時に伝わってくる、悶え苦しむ横島さんの葛藤がいいんじゃない

「セクシーパンツの犯人は貴様か」
「それ、何かプレイ入ってねーか?」
 流石、他の二人とは一線を画している。
 ちなみにそれは、通販で買った物を母百合子に没収されそうになった薫が、ならばいっそと涙を飲んでまだしも似合いそうな紫穂に譲った物らしい。当初は貰った紫穂も興味はなかったのだが、この家では横島が洗濯物を取り込んでいると知り、このトラップを仕掛けるようになった。
 そんな彼女の横島を見るスタンスは『いじりがいのあるエモノ』であろう。

 閑話休題。

「あれ、その子は?」
 薫を乗せたまま立ち上がった横島が、ちさとの存在に気付いた。
「え、あ、はじめまして! 花井ちさとと言います!」
 突然目の前で繰り広げられた出来事に呆然自失状態だったちさとは、ハッと我に返りペコリと頭を下げる。
 その隙に葵は横島の手にある下着をテレポートで自分のランドセルの中へと瞬間移動させると、取り繕うように彼女をここへ連れて来た訳を説明し始めた。
「あ〜…実はやな、ウチらのクラスに妙な事になったヤツがおってな。そいつについて横島はんに相談しに来たんや。GSの横島はんにな」
「そ、そうなんです、東野君が…!」
「とりあえず、下の部屋で話を聞こうか」
 「GSの」と聞いて霊障絡みであろうと察した横島は、取り込んだ洗濯物を入れたカゴを担いで、ちさとを居間の方に案内しておいて欲しいと葵に頼んだ。GSの仕事ならば事務所としている部屋の方で聞くべきなのだろうが、これは正式な依頼ではないし、除霊用の武器を飾りつけた部屋は、少女を怖がらせてしまいかねないからだ。

 そのまま葵と紫穂に土偶型地脈発電機が見える縁側の廊下を通って居間へと案内されたちさとは、横島と、彼にしがみ付いたまま付いて行った薫が戻ってくるのを待った。
 途中、ハニワ子さんがお茶を持ってきたが、埴輪の持って来たそれに手を付けて良いのか否かと迷っている。
 とりあえず話題を逸らそうと、ちさとは自分を挟むように両隣に座る紫穂と葵の二人に話し掛けた。
「ね、ねぇ、明石さんって家ではあんな感じなの?」
 薫は学校では女子なのに男らしく格好良いと評判の少女だ。ちさとも彼女の男らしさに憧れている面もある。
 そんな薫が横島を前にするとまるで幼子のように、そして嬉しそうに甘えている。正直なところ、ちさとにとって先程の薫の姿はにわかに信じ難いものであった。
「あ〜、薫が横島はんと一緒に暮らせるようになったのは最近の事やからなぁ」
「ああやって一緒にいられるのが嬉しくてたまらないのよ」
 葵と紫穂は微笑ましそうな笑顔でそう教えてくれる。二人は、薫と横島の仲の良さを歓迎しているようだ。先程の洗濯物に関するやり取りを聞くに、二人もこの家に居る事が多いのだろう。薫の兄にしてGSである横島の存在もそうだが、ちさとはまだまだ転校生である三人の事を知らないのだと気付かされる。

「お待たせ」
「よぉーっし、対策会議はじめようぜ!」
 やがて、横島と薫が手を繋いで居間に入って来た。
 ちさとは慌てて居住まいを正し、背筋を伸ばして横島が席に就くのを待つ。
「薫から話聞いたんだけど、東野って子の様子がおかしいんだって?」
 ちさとと向かい合う位置に就いた横島がそう切り出した。ここに来る前に薫がある程度事情を説明していたらしい。そんな彼女は横島の隣に座っている。
「そうなんです、朝学校に来ると目の周りにくっきりとクマが浮かんでて…」
「でも、疲れてるかって言うとそうでもないみたいなんや」
「体育の時間も、元気に薫ちゃんと張り合ってたしね」
 堰を切ったかのように口々と今日の東野の様子を話し始めると、横島はその一つ一つを聞きながらうんうんと頷いた。本人を連れて来れれば一番良かったのだろうが、本人が来るのを拒んだと葵が告げると「自覚ないなら、ぶっ倒れるまで気付かないってのがお約束だからなぁ」と苦笑いする。
 悪霊等に取り憑かれていると悪夢にうなされる等、精神的に悪影響を及ぼす事が多い。無論、肉体は精神の影響下にあるため、その悪影響はやがて肉体にも及ぶのだが、その時点で既に精神の方は悪霊のためにボロボロになっている事が多い。オカルトに縁が無い人はその期に及んでもそれが悪霊に因るものだと気付かず、原因不明の奇病として病院に担ぎ込まれる事となる。
 しかし、悪霊が原因なものを医者に治療できるはずがなく、医者が何かの霊障ではないかとGSに相談をする事で、初めて何かに取り憑かれている事が判明するのだ。
 ただし、GSにお鉢が回ってくる前に死に至るケースも決して珍しくはない。こういうものは病気と同じで早期発見、早期除霊が大切なのである。

 ちなみに、これは特殊なケースではあるが、横島の元上司である令子も、紀元前に栄え、現代病が原因で滅んだとされる『古代フトール帝国』で崇められていた『悪魔グラヴィトン』にどんどん身体が重くなると言う呪いを掛けられた時などは、事が女性の沽券に関わる体重だけに判断力が低下してしまい、栄養失調寸前になるまで気付かなかった事があったりする。流石にこれは話すと後が怖いので、横島も伏せていたが。

「それじゃ、写真とか撮ってきたら分かりますか?」
「いや、それが心霊写真になってるならともかく、そうじゃなければ直接見ない事には」
 しかし。今日の東野の様子では、身体が不調を訴えるまでちさとの話に耳を傾けてくれそうにない。やはり、東野を説得してこの家に連れて来るか、横島に学校に来てもらうしかないのだろうか。
 他ならぬ薫の友人と言う事で、横島は明日にも学校に出向こうかと言い出すが、逆にちさとの方がそれに戸惑い、遠慮してしまう。
「あの、私、お金が…」
 問題は除霊料だ。一般にGSは高額の除霊料を取る事で知られている。それがどの程度のものかちさとは理解できないが、小学生のお小遣いでどうにかなるものではないだろう。
 横島は気にしなくても良いと言おうとするが、それより先に葵と紫穂が動き始める。
「ちさとから金取る気かいな? ウチのぱんつ玩んだんやから、それくらいサービスせな!」
「誤解だし、玩んでもない!」
「葵ちゃん、タダなんて言ったら横島さんが可哀そうよ。私達とデート1回でどう?」
「あ、それもええな」
「…それは、俺が出費する側だろ」
 女が三人寄ればなんとやら、言いたい放題だ。特に紫穂の「デート」の言葉には薫も目を輝かせ、横島にしがみ付いてデジャブーランドに行きたいと駄々をこねている。
 これは止まりそうもないので、横島はシャツを掴んで揺さぶる薫の頭に拳骨を落とし、向かいに座る葵と紫穂にはチョップを食らわせて、彼女達の言葉を強引に遮り話を進める事にした。
「あのな…霊視するぐらいなら営業の範疇なんだよ。それぐらいタダでやってやる」
「ホントですか!?」
 それを聞いてちさとはパァッと顔を輝かせるが、逆に葵は不審そうな目を向ける。「タダより高いモノはない」とでも考えているのだろう。同じ関西人である横島には手に取るように分かった。
 しかし、横島も除霊料を受け取らない理由付けに口から出任せを言ったわけではない。
 一口にGSとして言っても色々で、令子のように待っているだけで向こうから依頼がやってくるのは一握りのトップクラスのみであり、新人GSから見れば夢のまた夢の世界である。
 横島を含む多くのGS達は、GS協会から仕事を紹介してもらう立場なのだが、そのGS協会も世のGS達全てに満遍なく仕事を与えられるわけではない。
 では、彼等は自ら仕事を得るために何をするのか。それが先程の横島の言葉にある「営業」である。
「営業ぉ? んなサラリーマンみたいな」
「いや、ホントにやるんだってば」
 横島はGS協会の幹部と懇意で優先的に仕事を回してもらえる立場にある。また、父、大樹の部下であるクロサキが村枝商事に関わる物件で霊障があれば優先的に仕事を回してくれるので新人の中でも恵まれた方であろう。ただし、それだけでやっていける訳ではないため、彼も営業をしていかなければと考えているが。
 恵まれていると言えば、唐巣が幹部招聘されて以来、彼の教会で民間GSとして独り立ちしたピートもそうだ。
 マスコミに注目されて以来、オカルトと縁のない一般人にも新人GS代表として名前が知られるようになった彼には、幅広い年齢層の女性ファンが存在する。その中に居るのだ「子供」と並んで霊に憑かれやすい代表例である「古い宝石、貴金属」を持つ女性が。
 彼の性格上、教会を訪れる人が悪霊に憑かれていては放っておけるはずがない。唐巣の意思を継ぐ彼が高額の除霊料を請求するはずがないが、そういう依頼者に限って金払いは良かったりする。元より高価な宝石、貴金属を所持する所謂セレブなのだから、当然と言えば当然なのだが、そのおかげで彼の教会は今までにない好景気を迎えていた。
 故郷ブラドー島に暮らす仲間に仕送りする余裕が出来たのは有難いのだが、元々国境や貧富の差に関係なく、人々のために働きたいと考えていたピートは、本当にこれで良いのかと良心の呵責に苛む日々を送っている。
 オカルトGメンではなく民間GSをする事については、美智恵を見て民間GSで積んだ経験がオカルトGメンになってから役に立つと考えを改めていたのだが、この好景気に慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうである。

「兄ちゃん、営業ってどんな事すんだ?」
「人通りの多いとこに立って、目の前通り過ぎる人らを霊視して、憑かれてる人を探すんだと」
「一日中?」
「一週間掛けても見つからない時もあるらしいぞ」
「ふぇ〜、GSってのも大変なんだなぁ」
 心底驚いた様子で目を丸くする薫。B.A.B.E.L.の特務エスパーは公務員であるため、民間GSも同じようなものだと考えていた彼女はビックリ仰天である。
 営業と言っても、モノがオカルトだけに誤解されてしまう事も多く、悪霊に取り憑かれた女性に声を掛けたらナンパと勘違いされたり、子供は霊に憑かれやすいからと小学校の通学路で待ち構えていると、不審者と間違われて警察を呼ばれたりする事もあるらしい。
「つまり、ホンマの除霊が必要になるまではサービスって事か?」
「実際に除霊する事になっても、除霊料払うのはその子の家族か学校だよ。ちさとちゃんが気にする事じゃない」
「は、はぁ…ありがとうございます」
 何にせよ、横島は霊視を引き受けてくれると言う事なので、ちさとはぺこりと頭を下げる。
 実際に除霊する事になったらどうなるか分からないが、横島曰く、出来るだけ安くするし、それでも無理ならオカルトGメンを紹介すると言ってくれたので、一安心と言って良いだろう。
 横島としては、薫の友人なのだから、簡単な除霊であればサービスでやっても良いと考えているが、そんな事ばかりしていると、ダンピングと同業者から言われてしまうのが難しいところである。
「それじゃ、後は明日実際に東野って子を見てからだね」
「よろしくお願いします」
 話を終えてちさとが帰る事になったので、テレサとハニワ兵が送っていく事となった。
 葵が瞬間移動で送れば早いのだが、超度7である事を彼女に知られる訳にはいかない。
 ちさとはハニワ兵を連れて歩く事を躊躇するが、謎のヒーローと言う名の不審者がいるのだからとテレサが押し切る。小学生にはヒーローとして話題になっている者も、大人の目線で見れば不審者となるらしい。ちさとは自分を心配してくれるのだからとハニワ兵に若干引きながらもそれを受け入れ、また明日ねと帰って行った。

 ちさとが帰った後、葵がすぐさまB.A.B.E.L.に連絡を入れる。
 今日の本来の予定では、今頃B.A.B.E.L.に顔を出しているはずなのだ。だから、向こうが怒って連絡を入れてくる前に、こちらから先手を打つ。局長の桐壺に用件を伝えると案の定、すぐさま許可が下りて今日は本部に行かなくても良い事になった。
「よっしゃ、これで今日一日ゆっくりできるな!」
「今日も、だろうが」
 電話を終えて得意気な葵に、すかさずツっこみを入れようとする横島。葵は笑顔でそれから逃げるように居間へと戻って行く。
 薫もちさとが居る間は使えなかった念動能力(サイコキネシス)で身体を浮き上がらせて、横島に張り付くように抱き着いてくるが、それもいつもの事なので、横島はその態勢のまま紫穂の手を引いて居間へと向かった。
「そう言や、紫穂は東野って子を読んでみなかったのか?」
「気にはなったけど、学校では使っちゃいけない事になってるから」
 その辺りの約束事はしっかり守っているらしい。オカルトと超能力、いつの間にか「除霊委員」などと言う謎の役職を割り振られていた横島達とは、やはり扱いが全く異なっている。
「兄ちゃんはあっさり引き受けたけど、大丈夫なのかよ?」
「中古だけど、この前『霊視ゴーグル』と『見鬼君』を西条から譲ってもらったからな。それを使えば何とかなるさ」
 幽霊屋敷の除霊を終えた数日後、西条から届けられた荷物の中に、オカルトGメンの教本を始めとする参考書の山と一緒に、彼がイギリスに居た頃に使っていたお古の除霊具が数点入っていた。
 横島が令子を頼るのを防ぐためなのだろうが、あの男なかなかに気前が良い。
「何にせよ、全ては明日本人を見てからだな」
 その言葉を聞いた薫は、今日はずっと一緒に遊べると頬擦りする。一方の横島も霊視に行くのを「今日これから」ではなく「明日」にしている辺り、薫達の方を優先した節があった。
 今回の一件を甘く見ていると言うべきか否かは、現在のところ神のみぞ知ると言ったところである。



 翌日、薫達の下校時刻に合わせて高校の方を早めに切り上げた横島は、タマモを連れて六條院小学校のすぐに近くにあるファーストフード店の窓際の席に陣取って、校門の様子を窺っていた。
 タマモを連れて来たのは、霊視ゴーグルや見鬼君で分からなかった時のためであるが、横島一人だけで立っていたら不審者と勘違いされかねないため、少女であるタマモを連れていたら言い訳も出来るだろうと言う保険でもある。
「で、あんたその顔どうしたのよ?」
「うるへぇ…」
 横島は真っ赤になっているアゴを痛そうにさすっていた。
 今朝方、一緒に寝ていた薫が、すり寄るように横島の懐に潜り込んで来たまではよかったのだが、そのまま勢い余って彼のアゴに頭突きを炸裂させてしまった。横島はその衝撃で目覚めたが、薫の方はすやすやと眠り続けていたと言うのだから、頑丈な石頭である。
 あまりに気持ち良さそうに寝ているため怒るに怒れず、横島は薫が目を覚ますまでそのままの体勢でいたらしい。
「あ、薫達が出てきたわよ」
 タマモが指差す先に、校舎から出てきた薫達四人の姿が見えた。校門付近まで来た所で薫が真っ先に気付き、元気良く手を振っている。
 横島とタマモも彼女達に合流しようとするが、店を出たところでタマモがある異変に気付いた。
「あんた達、避けなさいッ!」
 一点を指差し、突如叫ぶタマモ。指差す先には道路を走るトラックがあるのだが、運転手が眠ってしまっており、そのまま校門――薫達が居る所に突っ込もうとしている。
 咄嗟に薫は念動能力でトラックを止めようとするが、制御装置が付けられているためパワーが上がらず止める事が出来ない。しかも、超能力で止めようと試みた事が、彼女から逃げるための時間を奪っていた。
「薫ーーーッ!!」
 横島は文珠を手に駆け寄ろうとするが、トラックは相当スピードが出ており間に合いそうもない。
 せめて、『止』の文字を込めた文珠をトラックに投げつけようとしたその時、とてつもないスピードで何かが薫達とトラックの間に飛び込んで来た。
「その程度のスピードでえぇぇぇッ!!」
 飛び込んで来たのは東野。しかも、タオルで口元を隠しTシャツ一枚にトランクス一丁と言う出で立ちだ。
 なんと、彼は凄まじい力でトラックを受け止めてみせた。これには薫達も、横島達も驚きの声を上げる。
「東野君!?」
 トラックが完全に止まったところで、ようやくちさとが声を発し、東野に呼び掛ける。
 対する東野は、ちさと達の方へと振り向くと、ぎょっとした様子で後ずさった。
 どうやら、悲鳴を聞いて駆け付けたものの、その悲鳴の主が彼女達である事までは気付かなかったようだ。
「東野君、何やってるの? そんな格好で!」
「ち、違う、俺は東野将なんかじゃない!」
「ウソよ!」
 否定の言葉をきっぱりと否定し返すちさと。いくら顔の下半分を隠しているとは言え、幼馴染の彼女が彼の顔を見間違えるはずがない。
 更に詰め寄ろうとする彼女を突き飛ばすように引き離した東野は「とうっ!」と跳躍して門柱の上に立ち、そして仁王立ちでこう叫んだ。

「俺は…俺は…東野将そっくりの人間が大勢住むヒガシノ星からやってきた宇宙人、ヒガシマンだああっ!!

 呆然とする一同を他所に「さらばっ!」と捨て台詞を残して飛び去る東野――いや、ヒガシマン。
 しっかりと空を飛んでいる事からも、彼が真っ当な状態ではない事が分かる。
 横島がちさとに駆け寄って助け起こすと、彼女の肩は震えていた。無理もあるまい。
「お、おい…」
 薫も近付いて声を掛けようとするが、何と言って良いのか分からない。
 やがて助け起こされたちさとは、感情を弾けさせたように叫んだ。

「東野君は『ヒガシノ』じゃないわっ! 『トウノ』よッ!!」
「ツっこみ所はそこじゃねーだろ!?」

 しかし、的外れだった。



つづく





 お久しぶりの絶対可憐チルドレン・クロスオーバーです。
 こちらも前回から半年以上経っていますね。

 今回は、GS資格を取得する事とB.A.B.E.L.に超能力者として認定される事の違いに触れています。
 超能力者認定されるのは「資格を得る」と言った感じではなかったのでこのような設定となりました。
 GS資格の無い者が霊能力を使ってはならないと言うのは、『GS美神』の原作にもあった話ですね。
 これに『黒い手』シリーズ独自の設定である開業申請に関する設定における師弟関係も組み合わせて、霊能力の不正使用に関する設定を作りました。

 また、GSの営業についても触れてみました。
 これは『見習GSアスナ』で触れた、神社仏閣の地域密着型オカルト情報網も合わせて、原作『GS美神』における脇役GSの世界ですね。

 この辺りは『黒い手』シリーズ全般で使用している独自設定です。ご了承下さい。

もくじへ 次へ