狐の子、拾いますか? 2
令子の事務所を出た横島はその足で学校へと向かった。とりあえず最初に職員室の方に挨拶に出向くが、横島を待ち受けていたのは担任教師による説教だった。
「5ヶ月も無断欠席なんて、お前は一体何を考えとるんだ!?」
「え、連絡するの忘れてたっけ!?」
「まったく…今年はどうあがいても出席日数が足りん、進級は」
「やだなー。どーせ皆進級なんてしな
「…お前もレギュラーなら言っちゃならん事ぐらいわかれよ」
「す、すんません…」
閑話休題。
「で、どーすんだ? もうじき昼休みだが昼からの授業は出るのか?」
「実はかくかくしかじかでして、あと1週間はロク来れそうにないっス」
横島は独立に関する話をしたが、流石に非常識な話なのか教師達は皆唖然としていた。
「まぁ頑張れよ…」
「あ、電話借りまーす」
「お、おぅ」
横島は学校の電話を使って雪之丞へと連絡をし、昼休みの屋上に除霊委員+雪之丞を集合させた。事務所のメンバーの候補として、まずは彼等に目を付けたのだ。
「と言うわけで独立を賭けて美神さんと勝負をする事になったんだ」
「いきなり呼び出しやがって何かと思えば…」
「あの戦いが終って一段落したら妙神山へ行って修行、帰って来たら独立するために奔走…生き急いでますね。横島さん」
「…ほっといてくれ」
ピートの言う事ももっともだ。
「とにかくだ。独立するためにお前達にも手を貸してもらいたいんだが…」
横島は「人と人ならざる者の共存の道を探る」という目的も含めて全てを説明する。
それが事務所の方針となるのだから、これを説明せずにメンバーを探すわけにはいかないからだ。
しかし、3人の返答は
「俺は無理だぜ」
「すいません、横島さん」
「わっしはエミさんを裏切れんジャー!」
即答。
「なんでっ!? ここは「友情パワー!」って皆協力してくれるのがお約束ってヤツだろ!?」
「…何の話ですか?」
何の話だろうか?
「俺は弓の家から仕事をまわしてもらってる立場だからな。ここで他のヤツと事務所を作るなんて恩知らずな真似はできん。まぁ、助っ人が必要ならいつでも呼んでくれてかまわんがな」
「お前、友情よりも女を取るか…」
雪之丞はこの5ヶ月で一匹狼の牙を失っていた。すっかり入り婿気取りだ。
弓家から見れば化粧品の「お試しセット」と言った扱いである事には気付いていない。
「実はあのTV番組の一件以来先生がGS協会の方で注目を集めるようになってしまいまして、その弟子である僕も後継者として見られて身動き取れない状況になってるんですよ。横島さんの掲げる目標はとても共感できるのですが…」
「もう1人の弟子が美神さんだからなぁ」
確かにGS協会からしてみれば唐巣神父の扱いはむしろ遅いぐらいだろうし、ピートも逃し難い人材なのだろう。
Gメンを志望していたピートにしてみれば複雑な心境だろうが。
「この前エミさんが六道の学校に臨時講師しに行って、魔理さんのタフさを気に入って事務所の新メンバーにしてもうたんです。だからわっしは、わっしは…!」
「あ、お前は期待してないからいいや」
「なんでジャー!!」
哀れタイガー。
横島は腕を組んで唸った。経理を任せられる事務も探さないといけないのに、除霊の助手でてこずってるわけにはいかないのだが、彼等三人に断られては、残る候補はほとんどいない。
「事務の方は花戸ってヤツをバイトに雇うってのはどうだ? ほら、お前の隣に住んでる」
「あのコはバイトで家計を支えてるからなぁ。独立したってすぐに経営が軌道に乗るとも限らないしちょっとそこまで責任は負いかねると言うか…」
「なるほど、先生のとこも収入がない月だってありますからね。そのあたりを納得の上で来てくれる人が望ましいわけですか」
「やっぱ難しいだろうけど、俺も貯金あんまねーし」
「わっしも生活がかかっとりますケン。それなら余計に協力できんノー」
揃って貧乏な4人は、やはり揃って溜め息をついた。
「あんた達ね、誰かを忘れてない?」
「え?」
4人に声をかけたのは机妖怪の愛子。彼女もれっきとした除霊委員の1人だ。
「あ、そういやお前もいたか」
「失礼ね。横島君と事務所した時は事務とか電話受付とか手伝ってあげたじゃない」
「ハッ! そういえばそうだった…愛子!」
がしっと愛子の手を掴む横島。愛子もそれに応えるように手を握り返す。
「言われなくてもわかってるわよ。学校妖怪を卒業してOL妖怪、これも青春よね〜。そしてオフィスラヴ…いやいや、横島君の掲げる理想も私にとっては他人事でもないから」
一部妄想を交えながらも快諾する愛子。彼女は令子が一時的にオカルトGメンに入り、横島が事務所を任せられ、もとい押し付けられていた時に一緒に事務所を切り盛りしていたキャリアがある。
「あ、私は皆と一緒に卒業するつもりだから、今はバイト扱いでお願いね」
「それぐらいならお安い御用さ!」
こうして横島は令子の出した条件の1つ「経理をまかせられる事務員」をクリアーした。
「問題は除霊の助手ですよね」
「確かに、事務仕事と違って霊力があって、なおかつ自分の身ぐらい守れねぇとな」
「俺が最初の頃は単なる荷物持ちだったんだけどな〜」
「…それはただ単に美神さんが特殊なんじゃない?」
呆れ顔で突っ込む愛子。彼女の指摘はおそらく正しい。だからと言って横島も同じ事をするわけにはいかないが。
「横島さんの目的はある意味、他のGSと相反しかねないモノですからね。そのあたり納得の上で一緒に仕事をしてくれる人となると…」
「マリアあたりいいかもしんないけど マリアがいなくなるとカオスの爺さん生きてけないだろうからな〜」
「2人ともって発想はないのですか?」
まったく無いようだ。
「エミさんみたく、六道の学校から探すってのはどうカイノー?」
「う〜ん、おキヌちゃんは美神さんに押さえられてるし、弓さんは無理だろうし…」
「横島さんは以前にクラス対抗戦を見にいったのでは? 有望そうな人はいなかったのですか?」
「…名前がわかんねぇんだよ」
「「「「………」」」」
暗転
「よ、横島さん。失言が続いてますね…」
「す、すまん。ちょっと世俗を離れていたから…」
何故か息が荒い4人。横島は何故か怪我が増えている。愛子に至っては机の中に隠れてガタガタ震えていた。
一体、何があったのかは永遠の謎である。
「ま、まぁ 甲が乙にどうしたこうしたって理由で六道の生徒はアウトだよな!」
「そ、そうですね!」
とりあえず勢いをつけて話題の転換を図る横島とピート。ここで愛子が再び机から顔を出した。
「そういえば、雪之丞は心当たりないのか?」
「助手ができそうなヤツなら心当たりがあるが、ほとんどが海外だな」
「…お前って時々無駄にインターナショナルだよな」
修行のために放浪していた時の彼の行動範囲を知りたい気もするが、聞くと知らなくても良い世界の裏側まで知ってしまいそうで、誰も聞くことができないでいた。
「1人だけ日本にいて、それなりに強いヤツがいるが…コイツは勧められんぞ」
「教えてくれ! 今はワラにも縋りたいんだ!」
雪之丞は嫌そうな顔をしたが、期待の眼差しに耐え切れず溜め息をついてその重い口を開いた。
「…陰念だ」
「「「「………」」」」
「愛子、お前の妖怪友達に誰かいないか?」
「私の知る範囲じゃ、学校妖怪にそんな武闘派はいないわね」
「何事もなかったように話進めてるんじゃねー!!」
無視された雪之丞は怒鳴るが、これには横島がすぐさま反撃を開始する。
「んな事言っても、よりによって陰念かよ! あんな顔見たら愛子は泣くかも知れんぞ!?」
「そ、それは否定せんが…」
「容赦ないですノー」
そういうタイガーも陰念には痛めつけられた事があるのでフォローする気はない。
「他に助手ができそうなのは…ピート、アンちゃんは今どうしてるんだ?」
「アン・ヘルシングですか? 彼女は向こうでオカルト関連の学校に通っているそうですよ。確かホグワー…」
「ストップ」
「失言ネタは3度までよ、ピート君」
「す、すいません」
思わず謝ったピートだったが、何故謝らなければならないかはわからなかった。
「まぁ、何にせよ彼女を日本に呼び寄せるのは無理だと思いますよ」
「そうか…」
このままではラチがあかないと判断したのか、雪之丞は方向転換を試みる事にした。
「まずは事務所の方を探したらどうなんだ? そっちの方が難しいだろ?」
「それはそうだけど、助手が見つからないとそもそも独立できんし」
「なんだったら俺が弓の家に話をつけて、ちゃんと助手が見つかるまで名前を貸してやるさ」
これは願ってもいない申し出だ。
雪之丞は実力的には申し分ない上、横島の目的にも共感してくれている。
「いいのか?」
「ちゃんと助手は探せよ? いつまでもってわけにはいかねぇからな」
雪之丞にとってもこれがギリギリの妥協点だろう。下手をすれば弓家からの印象も悪くしかねないが、友人を見捨てるわけにはいかない。
正式な助手は後で探さねばならないだろうが、令子との賭けの事を考えればその申し出は有り難い。横島も一週間と期限が決められているため、その言葉に素直に甘える事にした。
「よし、それじゃ事務所探しだ!」
「私も付き合うわよ横島君!」
二人して盛り上がる横島と愛子。
「って、愛子さん! 昼からの授業はどうするんですか!?」
「サボリよサボリ〜 はじめてのエスケープ、これも青春よね〜♪」
二人はハイテンションなまま屋上から駆け降りて行った。それを見送った雪之丞も横島の独立に際して名前を貸す旨の話を通すべく弓家に向かう。
そして、ピートとタイガーの2人は昼休みの終りも近いため急いで教室に戻るのだった。
「で、何かアテはあるの?」
「まずは資金をどうにかせんといかんからなぁ…あまり気がすすまないが厄珍に相だ」
そんな会話をしながら校門を抜けた2人だったが、突如横島が愛子の目の前から姿を消した。代わりにそこに現れたのは美神の駆る車。
「横島君! 緊急の仕事が入ったわ、すぐに乗って!」
「人を撥ねといて他に言う事はないんかいッ!!」
「元気そーだからいいじゃない♪」
「美神さん、そういう問題じゃないと思いますよ…」
助手席のおキヌがおずおずと突っ込んだ。
とは言え、話を聞くと国から直接依頼されたと言う大きな事件らしく。片腕が不自由な事を承知の上で横島を必要としているなら断る事もできず、流血したまま車に乗ろうとする横島。
しかし、その直前に愛子が横島の腕を掴んでそれを止める。
「私も行くわ。机の中になら保健室もあるし、怪我の手当てをしないと」
「美神さん。いいっスか?」
「…バイト代は出さないわよ?」
令子は渋々同意し、2人が中に入った愛子の机を後部座席に放り込んで車を発車させるのだった。
つづく
|