topmenutext『黒い手』シリーズ『渡る世間は○ばかり』>渡る世間は○ばかり 3
前へ もくじへ 次へ

渡る世間は○ばかり 3


「それじゃ、行くワケ!」
「わかりました!」
「魔理さん、気を付けてツカサイ」
 威勢良く返事をする魔理に対しタイガーは心配そうに声をかける対照的な二人。
 いかに六道女学院のクラス対抗戦で好成績を残しているとは言え魔理は素人。この仕事の危険性を身を以って知っているタイガーは気が気ではない。
「タイガー大丈夫だよ。今なら文珠のストックにも余裕はあるし」
「横島さん。お願いしますケエ…」
 その言葉にタイガーは少し安心したのか、横島に魔理の事を頼み込むとエミと共にビルの中に突入して行った。



「まったく、アイツは心配性なんだよなぁ…」
「そう言うもんじゃないよ。試合と実戦は違うんだ油断しない方がいい」
「……わかったよ」
 魔理は子供扱いされたようで面白くなかったが、なんだかんだと言って業界の先輩の言葉だ。それにタイガーも横島も自分の事を心配してくれている。ここはおとなしく横島の言葉を肯定しておく事にした。

「それじゃ行こうぜ!」
「…魔理ちゃん、入り口に結界を張るの忘れてるよ」
 元気良く出発しようとしたが、すぐさま出足でコケた。
「う、うっかりだよ!」
「緊張してる?」
「そんなワケないだろ!?」

 魔理は耳まで真っ赤にしつつも入り口に結界用の札を貼りつける。
 横島はそんな姿を微笑ましそうに見守っていたが、そんな態度もまた余裕を見せ付けられているようで魔理は恥ずかしそうに目を伏せるのだった。





 先に突入したエミとタイガーはとうに3階中央の部屋に辿り着き、簡易結界を張って魔理達が到着するのを待っていた。
 今回の仕事、実の所普段のエミなら受けもしないような仕事だったりする。なにせ、霊の強さは並以下でビルの敷地面積も狭い。にも関わらず、この仕事を受けたのはひとえに魔理に実戦経験を積ませるためだ。そして、もう1つ…
「ふー…勝利が確定している勝負って案外つまらないワケ」
 エミはそう言って溜め息をついた。かと思えば顔がにやけていた。





 一方、魔理と横島は1階奥のラクガキまで辿り着いていた。
 色とりどりのスプレーでラクガキされた壁はカラフルとか言ったモノを通り越して下品だ。
「このラクガキを消すって、どうやって消すんだ?」
「壁を傷つけてこの模様を崩せばいいらしい」
 そう言って魔理はエミから渡されていたであろうアーミーナイフで壁を削りはじめる。それを何気に眺めていた横島だったが、ふと魔理と向かい合う壁の向こうに霊の気配を感じる。
 魔理の方は気付いていないようだ。警戒すらしていない。
 考えてみれば魔理の経験など、喧嘩を除けばクラス対抗戦か授業での訓練ぐらいで、特殊な条件下で悪霊を相手にするような経験はあるわけがない。
 エミがわざわざ報酬を減らしてまで横島を連れて来た訳がわかった。
 実力はあっても状況に対応できていない魔理を見て実戦経験の重要さと厄珍に言われた言葉、「凄い霊能を持っていても必要な時に活かせないと宝の持ち腐れ」というのを真の意味で理解する横島であった。

「俺もまだ未熟って事か…」
 そう言いつつ、壁をすり抜けて魔理に襲いかかろうとした悪霊に栄光の手を叩き込む。
「あ、ありがとう 横島さン…」
 突然の事態に呆然としていた魔理が状況を理解したのは栄光の手に貫かれた悪霊が消え去った後だった。



「横島さンって、なんか落ち着いたよなぁ」
「そうか? まぁ、猿神師匠に『常に冷静であれ』って口煩く言われたからなぁ。これでもビビってるし、家に帰りゃ事務所探しどうしよ〜って転がってるんだぞ?」
 横島は思う。あの言葉にはきっと「冷静に状況判断をしろ」と言う意味が込められていたのであろうと、そして把握した状況に対し自分のできる事の中からより良い手段を選び出す。

 今にして思えば令子、そして敵として戦った者達の中ではメドーサ。この2人は特にそれに優れていたように思える。
 …手段を選び出す基準に問題があったような気がしないでもないが、それはこの際脇に除けておく。

「…横島さン?」
「いや、なんでもないよ。エミさんの所に行こうか。しっかり俺を守ってくれよ?」
 そう言って笑う横島。魔理はそんな横島の笑顔を見ながら、いつかおキヌが言った事を思い出していた。
 「そばにいて安らげる人」かつておキヌが横島をそう評した時、魔理は少しも信じていなかった。しかし、いつの間にやら自分の緊張をほぐされている事に気付き魔理の顔にいつしか笑みが浮かぶ。
「それじゃ急ぐよ! しっかりついてきな!」
 そう言って魔理は走り出し、横島はその様子に苦笑しながら後に続いた。


 その後は特に問題もなくエミ達と合流。そして霊体撃滅波による除霊。こうして、魔理の初陣は横島の助けを借りながらも成功に終わらせる事ができた。



「それじゃ、さっそく俺の分の報しゅ…」
「ほらほら、次のとこに行くから さっさと車に乗るワケ!」
「え?」
 エミが依頼主から報酬を受け取ったのを見た横島はエミの元に駆け寄るが、文句を言う間もなく横島はワゴンに押し込まれるとエミ達もすぐに乗り込み次の現場へと走り出した。

「ちょっと待てーーーッ!?」

「悪いようにしないから おとなしくついてくるワケ」

「絶対ウソだぁーーーッ!?」

 とりあえず、うるさいのでエミは拳で黙らせる事にした。






 次に横島が目覚めたのはエミ達が昼食を取るために立ち寄ったレストランの駐車場だった。
「あら、目が覚めた? お昼ぐらい奢ってあげるからこっち来るワケ」
「はぁー。次の仕事も付き合いますけどちゃんと分け前はもらいますよ」
「わかってるから早く注文するワケ」
 横島はここぞとばかりに高いものを幾つか注文する。エミは少しこめかみをピクピクさせていたが、何も言わないあたり大した出費でもないのだろう。


「で、次の仕事はどこなんです?」
「郊外の幽霊屋敷。2階建てだけど敷地面積は結構広いワケ」
 そう言って封筒を横島に手渡す。中には屋敷の見取り図、霊障の規模と言った資料の数々が入っていた。

「結構 広いですね」
「しかも庭付ですノー」
「でも、この写真見る限りじゃオンボロそうだぜ?」
 見取り図を覗き込む横島とタイガーはその広さを褒めるが、屋敷の写真を見ていた魔理はその古さに顔をしかめる。
「古いけどつい最近まで人が住んでて、別段怪しい事件が起きた訳でもないワケ」
「…それじゃ、なんで幽霊屋敷に?」
「この資料には住んでいた人間の怨恨絡みとありますノー」
 そう言ってタイガーは1枚の資料を横島にも見せた。
「ふーん、高利貸かなんかだったんですか?」
「至って普通の小さな会社の社長さんなワケ」
「それがどうして…?」
「あ、横島さン、ここに書いてるよ」
 隣で横島の持つ資料を覗き込んでいた魔理が一点を指差す。その辺りを読んでみるとこういう事情らしい。



 この幽霊屋敷に住んでいたのはとある小さな会社の社長だったのだが、身代金を目的に彼を誘拐しようとした人物がいたそうだ。
 彼が連れ去られ、残された家族は警察に連絡。人質を助けるために要求された身代金を払おうとしたのだが、警察は当然のごとく身代金を取りに来る犯人を待ち構えていて、身代金を奪われる事はなかった。しかし、当の犯人が逃走中に事故死してしまったらしい。

 その後、人質は無事救出されたのだが…



「それじゃ、屋敷に居座っている悪霊ってのは」
「その事故死した犯人なワケ」
「思いっきり逆恨みですジャ」
 横島は単純そうな件だと胸をなで下ろすが、エミはそれを見透かしたようにニヤリと笑った。
「確かに、単純と言えば単純だけど その一言では済まされない事情があるワケ」
 そう言うエミの表情は何故かとても楽しそうだった。





 一方その頃、令子はどうしていたかと言うと。
「今日1日をエミがツブせば期限は残り1日! この賭けは私の勝ちのようね横島くん!」
 無意味に薄暗い部屋でブランデーグラス片手に勝ち誇りながら、猫…はいなかったので代わりにシロを膝に乗せていた。
 膝の上のシロは怯えている。
「あ、都内の不動産屋にも連絡入れとこうっと♪」
 嬉々として受話器を取る令子。勿論、明日1日横島を相手にしないように圧力をかけるためだ。
「フフフ…私から逃げられると思わない事ね。横島君…」
 そう呟く令子の顔は言うまでもなく怖い。



 その様子をそっと伺っていた美智恵は
「ひのめ、貴方はあんなになっちゃダメよ〜。いい? 男を支配するって言うのは縄で縛りつける事じゃないの、いつでもほどける縄を自分からほどく気にさせない事なのよ」
「うー?」
 次女の教育は失敗すまいと決意を新たにし、とりあえず男の扱い方の英才教育を施すのだった。

 また別の意味でひのめの将来が心配である。




つづきましょうか?



前へ もくじへ 次へ