渡る世間は○ばかり　５

「おーい、大丈夫かー？　しょうがない、文珠で治すか」
「ぬ…ハハハハハ！　有難う横島君」
　マスク・ザ・ジャスティスがピクンピクンと痙攣を始めたので文珠の治療をする。すると、マスク・ザ・ジャスティスはすくっと立ち上がって無意味に胸を反らすと高笑いをはじめた。

「はぁー…もう、マスク・ザ・なんたらでいいよ。西条」
「マスク・ザ・ジャスティスだと言ってるだろう。横島君」
「どっちでもいいから話を進めるワケ」

　エミの言葉に一瞬高笑いが止むマスク・ザ・ジャスティスだったが、しばし沈黙した後、気を取りなおして話を進める事にした。
「断言しよう！　君がこのままここで事務所を開業すると、１ヶ月も経たないうちにその事務所は取り潰される事になるッ！！」
「なんだって！？」
「それってどういう事！？」
　衝撃を受ける横島と愛子。マスク・ザ・ジャスティスは覆面とサングラスで表情はわからないが、雰囲気から察するに２人のリアクションに満足しているようだ。


「おたくは横島が事務所の経営に失敗すると思ってるワケ？」
「いや、彼の商才は僕だって百も承知している　それ以前の問題なのだよ」
「それってどういう事ですかいノー」
　訪ねるタイガーにマスク・ザ・ジャスティスは腕を組んだまま答える。





「無認可で事務所を開業してはいけないからさ」

「へ？」


「ちょっと待って、横島おたく…開業申請の事知らないワケ？」
「え？　え？　何の事っスか？」
　うろたえる横島の様子に嘘は見えない。嘘を吐く理由もないだろう。どうやら本当に知らないようだ。


「この唐変木がッ！！」
「しう゜ぁッ！？」

　突然、マスク・ザ・ジャスティスの鉄拳が横島に炸裂。イイ感じにスピンしながら地面で２回ほどバウンドして吹っ飛ばされる横島。
「な、何するんだ！？」
「いいか！　霊能力を悪用するような不埒者が現れぬように監視、管理するためのシステムがＧＳ免許であり、ＧＳ協会、オカルトＧメンなのだ！！」
　仁王立ちで横島に説教を始めるマスク・ザ・ジャスティス。風もないのにマントと髪をなびかせている。
　もしかしたら霊力の成せるワザなのかも知れない。

「ちなみに、民間ＧＳとオカルトＧメンでは試験方法が違っていて、民間ＧＳは基礎霊力の審査と実戦形式の実技試験があり、対するオカルトＧメンは国家試験として筆記試験と実戦形式ではないが実技試験がある！　オカルトＧメン日本支部の誇る西条輝彦は在学中にヨーロッパで民間ＧＳの試験で免許を取り、Ｇメンの試験でもトップ合格を果たしているのだよッ！！」
「西条はお前のこ…いえ、なんでもないです」
　ある事実を指摘しようとした瞬間マスク・ザ・ジャスティスの放つプレッシャーが倍増し、横島は何も言えなくなってしまったのでそのまま話を進める。

「当然の事だが、除霊事務所の開業はＧＳ協会に認可される必要がある！」
「まぁ、モグリなんてどこにでもいるけど…おたくまでそうするのはやめといた方がいいワケ」

　具体的な例として雪之丞がいる。
　彼はかつてブラックリストに載り、香港でモグリのＧＳをしていた経験があったが、神族小竜姫の依頼で魔族の陰謀を挫くべく尽力したためブラックリストから除外された。
　同時に正式なＧＳとして免許を交付されているが、これは雪之丞がかつてＧＳ資格試験で合格していて、その実力が認められたからだ。


「ちなみに無認可で事務所を開業したら？」
「当然の事だが、営業停止の上数ヶ月の免許停止処分だ」
「…ダメやん」
　流石にそれはマズイ。

「令子…横島にそれを教えないで無認可のまま独立したらチクる気だった満々だったワケ？」
「おそらく」
　エミの言葉を肯定するマスク・ザ・ジャスティス。
「そこまでして独立を阻止したいんか…」
「令子ちゃんは負けず嫌いだからな」
　そういうレベルの問題ではない。


「ちなみに認可ってのはどうすれば受けられるんだ？」
「書類はＧＳ協会に行けばすぐに手に入るから、後は二人の保証人に署名してもらいＧＳ協会に届け出ればいい」
「保証人なんてのまでいるのか？」
「当然だッ！　事務所を開業するという事は依頼を受けた除霊の全ての責任を負うという事だぞ！？　ＧＳ免許を持つ者がそれを保証しなければ開業は許可されない！！」
「ちなみに、ＧＳが除霊に失敗した場合　その責任は保証人にも行くワケ」
　実はその時に責任を取らせるために保証人という制度があるという説もある。
「うっ…責任重大っスね」
　少しうろたえた様子の横島にマスク・ザ・ジャスティスのサングラスがキランと光った。


「こぉの大っヴァカ者がぁぁぁッ！！」
「へぷんッ！！」

　鉄拳再び。

　マスク・ザ・ジャスティスは霊力を込めた拳で横島を空高く飛ばしつつ、再び腕を組み、仁王立ちで一喝した。
「これから独立しようという男がそんなに弱気でどうする！？」
「確かにお前の言う通りだが…どさくさ紛れに日頃の鬱憤晴らそうとしてないか？」
「そ、そんな事はないぞ？」
　先程の勢いはどこへやら、手をぴこぴこと振りはじめる。どうやら図星のようだ。


「まぁ、西条の事はともかく保証人ってのが問題だなぁ」
「マスク・ザ・ジャスティスだと言ってるだろうがッ！」
　勢いを取り戻したマスク・ザ・ジャスティスが叫んだ。

「ああ、先に言っておくが西条輝彦に頼むのは無理だぞ。保証人に名を連らねると言う事は正式な書類として残るからな。それが令子ちゃんにバレたら恐ろしい事になりかねん」
「私もタイガーが免許を取らないウチから、他所の事務所から独立するおたくの保証人になるのはちょっと問題あるワケ。同系統の黒魔術師なら話は別だけど」
　確かにエミの言う事はもっともだ。ヘタをすればタイガーは見切りをつけられたとも思われかねない。
　西条に借りを作るのもちょっと嫌だ。


「うーん…そう言えばエミさんの保証人は誰なんですか？」
「私？　私は黒魔術の師匠と、師匠の友人なワケ」
「普通は師匠が保証人になるものなのだが君の場合は…」
　マスク・ザ・ジャスティスは言葉を濁す。
　横島にとって師匠と言えば小竜姫と猿神だが、この２人が保証人に名を連ねる事はできない。保証人はＧＳ免許を持つ者に限定されているからだ。

「民間ＧＳって言うのは、なんだかんだで派閥があるワケ。令子なら唐巣神父の一門、冥子なら六道家と言う風にね。そういうのに神族が関わっちゃいけないワケ」
「古い一門になると毎年旧正月に集まって会合を開く派閥もある。弓家一門などがそうだ」
「うぅ、美神さんが保証人になってくれる…ワケはないよなぁ。隊長もどっちかと言うと引き止めたがってたし…うーん」
「どうでもいいんだけど、ここで立ち話もなんだし屋敷の中に入らないワケ？」
　確かにこんな所で白い覆面にマントをなびかせた男と話していると御近所の噂の的になりかねない。エミに促されて横島達は場所を屋敷の中に移す事にした。



「それじゃ、わっしらは近くのコンビニで何か買ってきますケン」
「あ、私も行くよタイガー」
　話に参加できないタイガーと魔理はコンビニへ買い物へ行ったため、エミのワゴンにあったクーラーボックスとホワイトボードをテーブル代わりにしてそれを横島、愛子、エミ、マスク・ザ・ジャスティスが囲む。
　マスク・ザ・ジャスティスは畳の上に正座しながらも覆面もマントも取る気はないらしい。
　異様な姿だが言っても無駄だと思われるため、横島達はあえてツっこまない。
　タマモの方は小難しい話に参加するつもりはないのか、縁側でひなたぼっこをしている。



「う〜ん、唐巣神父に頼むにもあの人は美神さんの師匠だからなぁ…冥子ちゃんに保証人ってのも何か間違ってる気がするし」
「六道の理事長は止めといた方がいいワケ。あの人に借りを作ると後が怖いわよ」
　思い当たる事があるのか疲れたような表情で忠告するエミ。それに関しては横島も同意見だった。六道家に関わるとロクな事がない。
「二人って言うのがなぁ…」
「それはあまり深く考える必要はないぞ横島君。二人目の欄なんてのは一人目の保証人が選ぶというのが通例だからな」
「そうなん？」
「君の場合はやはり唐巣神父か隊長に頼むのが賢明だと思うぞ。期限は明日一日なのだろう？」
「う…それ以外ないかな？」
「あるとすれば六道夫人に頼むぐらいだな」
「それは…」
　避けたい。


　とは言え他に頼れる人がいないのも事実だ。横島はピートに連絡を取ると明日の朝一番に唐巣神父に会えるよう約束を取り付けるのだった。



「さ、小難しい話は終りにして事務所が見つかった祝いにパーっとやるワケ。ほら、西条もそのへんちくりんな変装といて来るワケ」
「マスク・ザ・ジャスティスだと言っているだろう！　僕はこのままで楽しまさせてもらうよ」
　そう言いつつ覆面の口の部分を開き缶ジュースをストローで飲みはじめる。エミはこれ以上何を言っても無駄だと悟り、そのまま放置する事にした。
　タイガーと魔理がコンビニで買って来た物とエミが頼んだ出前で小さいながらも宴会が始まる。
　ちなみに代金はマスク・ザ・ジャスティスが支払った。出前を持って来たバイトの青年は怯えていたらしい。





「ふー、俺はまだスタートラインにすら立てていない…明日が勝負だな」
　横島は縁側に座り１人空を見上げる、朧月夜だ。


　横島が心配している事は、横島の事務所を開業する目的にある。

「人と人ならざる者の共存の道を探る」

　これは人ならざる者を払う事で利益を得るＧＳとは相反するモノになりかねない。しかし、ＧＳにならなければそういう者達との接点がほとんどなくなるのもまた事実だ。
　やはり、自分の事務所開業に協力してもらう人にはこの目的の事をわかっていてもらいたい。


「唐巣神父はわかってくれるだろうか…」
「大丈夫よ」
　愛子がいつの間にか横島の隣に座り、そっとその手を取る。机はどうやら体の一部分が天板に接触していればいいらしく、横に倒して背もたれ代わりにしている。

「私、横島君が目指してるのって、とっても素敵な事だと思う。だからきっと、唐巣神父もわかってくれると思うわ」
「そうかな？」
「そうよ！」
　真っ直ぐな瞳で横島を見詰める愛子。
　自信があると言えば嘘になるが、この自分を信頼しきった瞳を裏切るわけにはいかないだろう。
「そうだな、やってみるか！」
「突っ走るのも青春よ！」
　横島は景気付けに手にした缶ジュースをグっと呷り、

「ブボッ！　鼻に入った！？」

　そして咽せた。