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渡る世間は○ばかり 7


「令子。やけにあっさりと独立を認めたわね」
「………」
 事務所に背を向け去っていく横島達を窓から見送る令子と美智恵。
 決して雛鳥が巣立って行った事を喜んでいるようには見えない。
「あそこまできっちり準備されたら、もう何を言っても無駄でしょ。保証人に協会の幹部まで担ぎ出されちゃ尚更よ」
「少しは大人になったのね」
「誰かさんが私の脱税バラしたおかげで私の立場が悪くなってなきゃ、もう少し別の手段もあったんだけどね」

 どういう手段だったのだろうか?


「…どっちにしろ、引き止めたところでアイツは戻ってこないわよ。そういう目してた」
「…そうね」
「ルシオラの事もあるしね…」



「あ、そうそう。言い忘れてたけど、ルシオラさん復活したらしいわよ?」



「…え゜?」

「今は魔界でベスパと養生してるそうよ」

「………」







「私を差し置いて寿退社か横島アァァァッ!!」

 横島の事務所にミサイルを撃ち込もうとする令子を美智恵はひのめを使って止めた。今日の令子はちょっぴりミディアムのようだ。






 次の日曜日。令子にルシオラがしばらく人間界に来れない事を伝え落ち着かせた美智恵は引越しの真っ最中の横島達の元を訪れた。
「あれ、美智恵…だっけ? どうしたの?」
 応対に出て来たのはタマモ。
 横島と愛子は引越しの手伝いを申し出たピートとタイガー。そして軽トラックで応援に駆けつけてくれた担任と学校の友人数名で引っ越しの真っ最中らしく、タマモだけがサボっているようだ。

「ちょっと頼みたい事があるんだけど、横島君はどこかしら?」
「…こっちよ」



 美智恵がタマモに案内されて居間まで行くと、横島達は屋敷内の掃除を終えた所で一息ついていた。
「あれ? どうかしたんスか?」
「ちょっとお願いがあってね。ひのめを預かって欲しいのよ」
「何かあったんですか?」
「Gメンの方で西条君が覆面被って奇声を発してるらしいから、すぐに行かないといけないのよ」
「「「………」」」

 嫌な沈黙が辺りを支配する。
 横島達も忙しい身だが、流石にそんな状況では断るわけにもいかなかった。

 美智恵はミルクとオムツ、そして念力発火封じの札を横島に預けGメンへと向かう。
 そして、ひのめを預けられた横島達は

「さて、どうしようか?」
「横島君がいないとタンスとか運び込むの苦労するわよ」
「部屋のレイアウトは愛子にまかせるって言っただろ」
 横島と愛子の視線がおのずと1人に集中する。
 その視線の先にいた少女はまわれ右をしてダッシュで逃げ出そうとするが、

「逃げるなタマモ」

 あっさり横島に肩を掴まれてしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私、赤ん坊のめんどうなんて見た事ないわよ!?」
「誰にだって初めてはあるものよ」
「タマモ、お前言ってたよな? 衣食住を保証すれば事務所のメンバーになるって」
「そりゃ言ったけど…」

「所長命令。ひのめちゃんの子守りをしなさい」
「横暴よーーーッ!!」

 と叫んでみてもどうにもならない。他の選択肢などないのだ。



 横島達はタマモにひのめを預けると、引っ越しの作業に戻った。厄珍から得た報酬を資金に家具なども買い足したため、控えめにしたとしてもそれなりの量になっている。屋敷の広さを考えれば致し方ない事だろう。


 そして、1人残されたタマモは
「ったく、なんで私が子守りなんか…」
 畳の上をハイハイで動き回るひのめを眺めながら柱にもたれて愚痴っている。

 わずかに残っている転生前の記憶を辿っても子供と関わった記憶などない。まして、赤ん坊となるとなおさらだ。

「何が楽しいんだか」
 ひのめはハイハイでタマモに向かって縁側までやってきて、そのまま庭へ転がり落ち  …る寸前に慌てて飛びついたタマモにより抱きかかえられた。
「何考えてるよ! 危ないかどうかもわからないの!?」
 わかるわけがない。それどころか急に怒鳴られたので驚いて泣き出してしまった。
「うわわわ、コラ、泣くんじゃない!」

 言って泣き止むようなら苦労はない。
 タマモはひのめを抱いてドタバタ走り回るが、それで事態が好転する訳もなく。自分には似合わないと思いながらも、先日令子の事務所で見かけたひのめをあやしていた美智恵を真似してみる事にする。

 それが効を奏したのか、やがてひのめは泣き止みタマモはへたり込んで腰を下ろした。


「ぜ、絶対に割にあわない労働だわ…今夜はきつねうどんよ」
 そう言いつつタマモは「抱っこしたままでは動けまい」とひのめを離さぬまま再び柱にもたれて一休みしようとするが、

「吸うなぁーーーーーッ!!」

 ひのめはまだタマモを休ませてはくれなかった。

「まだ、出るわけないでしょ…お腹空いてるなら空いてるとハッキリ言いなさいよ」
 言えるわけがない。


 また泣かれても困るので、タマモは美智恵が預けていった荷物の中からミルクの缶を取り出し蓋を開けるが、

「何? この粉」

 タマモは粉ミルクを知らなかった。
 しばし粉ミルクの缶を片手に呆然としていたタマモだったが、ひのめがぐずり出したので慌てて1階の和室で家具の配置をタイガー達に指示していた愛子に救援を求めた。



「あなたね、ミルクの作り方ぐらい知っておきなさいよ…」
「初めて見るんだからしょうがないじゃない。あ、できたのね貸して」
 愛子の作ったミルクをすぐさま取ろうとするが、その直後頭部に愛子チョップをくらう。
「まだ熱いでしょ!」
「へ?」
「ミルクは人肌の温度! 常識よ?」
 そう言いつつほ乳瓶を頬にあて温度を見る愛子。タマモはひのめを抱きながらしきりに感心していた。
「さっすが、女の子ねー」
「あなたもでしょ。将来のためにちゃんと覚えときなさい」
「必要になったら覚えるわよ」
「だったら今がその時よ。ハイ、ミルクのあげ方…わかるわよね?」
 ほ乳瓶を手渡してくる愛子に対し、タマモは苦笑いで首を横に振って応える。愛子はため息をついてミルクのあげ方をレクチャーする事にした。

「って言うか、あんた学校を根城にしてた妖怪なんでしょ? なんでそんなに詳しいのよ」
「ここ1週間で勉強したのよ。必要になるかも知れないから」
 そう言って頬を染める愛子。タマモには何の事かさっぱりわからない。

「そういうものなの?」
「そういうものなのよ」
「ふーん」

 ちなみに、この2人の会話は引っ越しの手伝いに来ていたある女生徒に立ち聞きされ、横島の学校で少し勘違いを含んだ噂がたつ事になるのだが、それはまた別の話だ。





「しっかし、あの横島がこんなデカい屋敷の主になるとはなぁ」
「ホントだよなぁ。何か悪い事して手に入れたんじゃないだろうな?」
「んなわけあるか!」
「まぁまぁ 横島さん」
 友人達の言葉にこめかみをヒクつかせる横島をピートがなだめる。
 引越しの作業はほぼ終了しており、後はタイガー達が家具を運び込むために外した玄関の扉を戻せば全て完了だ。

「縁側に回り込めば扉を外す必要ありませんでしたね」
「…そーだな」
 それに気付いたのはほとんどの家具を運び込んだ後だった。

「ところで、横島は学校の方はどうするんだ?」
「そりゃ行くさ、毎日とは言わないけど」
「これまで通りって事か」
 横島は頷く。
 その時、タイガー達が玄関の扉を直して戻って来た。これにて引っ越しは完了だ。



「横島くーん。晩ご飯の仕度するからひのめちゃんの事お願いできるかしら?」
「ああ、わかった こっちで預かるよ」
 そんな2人の会話を聞いて、先程愛子とタマモの話を立ち聞きしていた女生徒達がヒソヒソと何か話していたが、横島は気付かない。
 そんな周囲の状況を意に介さず、食欲を満たしたひのめは次は横島の胸を枕に睡眠欲を満たすのだった。



 その後、愛子達が作った夕飯で互いに労をねぎらいささやかながら宴が催される。特にピートとタイガーの2人が我が事のように横島の独立を祝ってくれた事が嬉しかった。
 タマモはきつねうどんといなり寿司に囲まれてご満悦そうだが、どこかしら疲れた様子が見える。
「タマモ、疲れたみたいだな」
「ホントにね。これだったら引っ越し手伝った方がラクだったわ」
「そうかな? 力仕事の方が疲れると思うけど」
「力仕事なんかやるわけないでしょ! ラクそーなの探して手伝ってるフリするのよ」
「ハハハ…」
 横島は苦笑する。
 タマモはそんな横島の様子に頬を膨らませていたが、横島の腕の中ですやすやと眠るひのめに気付くと今までのお返しとばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべてひのめの頬をつついた。
「まったく、幸せそうな顔しちゃって…そこは私の特等席なんだから取るんじゃないわよ」
「おいおい、いつからお前のモンになったんだよ」
 呆れる横島に対し、タマモはからかう様な笑みでこう答える。
「決まってるじゃない。あんたと私が出会ったその日からよ」
 横島は何故か蜘蛛の巣に捕らわれた蝶の気持ちがわかった…ような気がした。





 一方その頃、魔界では

「ふ、ふふふふ…横島ったら」
「姉さん…」
 ルシオラが怒っていた。

 横島の保証人になった事を伝えるべく訪れていた魔鈴もルシオラの放つ怒りのオーラに少し引いている。
「あ、あのさ姉さん。別に私達は人間の倫理に縛られる必要はないと思うんだけど…」
「そりゃそうかも知れないけど…でも、やっぱり私は…」
 ベスパの意見ももっともだが、ルシオラは渋る。
 仕方ないのでベスパはルシオラが気付いていない事実を1つ突き付ける事にした。
「それに、姉さんは気付いていないのかも知れないけど、今の姉さんとヨコシマは同じ魔力を分けた双子の兄妹になるんだよ? 人間の倫理観に縛られてちゃ、それこそ…」


「魔界バンザーイ! 人間の倫理なんてゴミ箱ぽいよ!」


 ルシオラはあっさり前言を翻した。


「とりあえず魔鈴さん。横島に会ったら浮気は控えめにって伝えといてくださいね♪」
「え、ええ…伝えておくわ」
 ルシオラは笑顔だが、怒りのオーラを放ち続けている。ハッキリ言わなくても怖い。
 魔鈴は少し怯えながらもコクコクと頷いておくのだった。



「…うっ」
「どうしたの?」
「何か寒気が…」
「しっかりしなさいよ。この事務所はあんたがいてこそなんだから」
 色々と前途に不安は残るが、これで明日から『横島除霊事務所』の看板を掲げる事ができる。

 ここまで辿り着くまでに愛子、タマモを含め幾人もの協力者がいた。
 雪之丞、ピート、タイガー、エミ、魔理、厄珍、魔鈴、猪場、引越しの手伝いに駆けつけてくれた担任と学友達。そして、あえてこう呼ぼうマスク・ザ・ジャスティス

 決して1人ではここまで辿りつく事はできなかったであろう。彼等の想いを無駄にしてはいけない。
 横島は明日の開業に向けて決意を新たにするのだった。




おわる



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