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女子高生の憂いごと 1


「それじゃ、また明日ね」
「ああ」
「またね〜」
 霞(シア)は十字路でクラスメイトの静美、有喜の二人と別れる。
 人当りの良い薬師堂有喜(ヤクシドウ ユキ)に対して無愛想なのはジミーこと舞浜静美(マイハマ シズミ)。そんな静美の無愛想さも霞にとっては慣れたものだ。
 2人はこれから駅に向かい、電車で帰路に着くのだが、留学生である霞は六道女学院へ徒歩で通える距離にある寮で暮らしていた。
「さて、今日も帰ったら特訓よ!」
 そう言って寮に向かって走りはじめる。
 前のクラス対抗戦で転校してきたばかりのおキヌに敗北を喫して以来、彼女は毎日の特訓を繰り返していた。





 ここで少し、張霞(チャン シア)の経歴について少し説明しておこう。

 六道の生徒は基本的に二種類に分ける事ができる。
 古くからの霊能者の家系に生まれた者と、偶発的に霊力を持って生まれた、もしくは目覚めた者だ。 霞はそのうちの後者にあたる。

 中国の小さな商店を営む張家の次女として生まれた霞。
 裕福とは言わないが特に不自由する事なく過ごした少女時代。
 しかし、霞が十二才の時に彼女の人生を一変させる事件が起きる。
 きっかけは何て事はない、霞が生まれた時から家族の一員であった猫が老衰により天に召されたのだ。
 猫としての年齢を考えれば正しく大往生とも言えるのだが、霞は愛猫の死をひどく嘆き悲しんだ。

 それだけならよくある話で済むのかもしれないが、問題はその猫が少し度の過ぎた心配性で、少し普通の猫より霊力が高かった事。
 霞を彼女が生まれた時からずっと見守って来た猫は嘆き悲しむ霞の事が心配で成仏できずに魔性と化し、霞に自らの存在を伝え安心させるためにこともあろうに、霞に取り憑いてしまったのだ。
 当の霞は愛猫の存在を感じられる事に喜んだが、それどころでないのが霞の家族。すぐさま霞の父はなけなしの金をはたいて高名な道士を呼び娘に憑いた猫を払おうとしたのだが、ここから事態がややこしくなってくる。

 なんと霞自身が愛猫と離れたくないために道士を妨害し、そのまま除霊を失敗させてしまったのだ。


 その後、霞は『猫憑き』のまま一年を過ごす。
 霞の事が噂となり、日に日にやつれていく霞の姿に家族は天を仰ぐばかり。そんな時だった。年老いた老婆が風のように霞の元を訪れたのは。



 チベットから来たと言う老婆は猫を払おうとはせず、ただ猫と霞の言葉に耳を傾け、その後にこのままでは霞は衰弱し命を落としてしまうと猫に告げる。
 猫は途端に慌てだし霞から離れようとするが、霞の方が猫を離さない。
 老婆はそんな霞を優しく諭し、元々猫が成仏できなかったのはいつまでもめそめそして心配をかけた他ならぬ自分のせいだと悟った霞は愛猫との別れを決意するのだった。

 老婆は霞の決意を祝福し、懐から取り出した奇妙な形の笛を吹いた。すると音は霊波へと変換され、光とともに冥界への道を開く。
 猫は自分に残された力の全てを霞に託し、それでもまだ心配なのか、何度も、何度も振り返りながら光と共に天へと昇って逝き、霞は涙を堪えてそれを見送るのだった。


 その後、老婆は数日張家で歓待を受けた後、また霞の元へ訪れた時のようにいずこかへと去っていった。
 その老婆が世界でも数少ない導師級の死霊使い(ネクロマンサー)である事を霞が知ったのはそれからしばらく経ってからの事だ。



 その後、霞はみるみる回復し健康な体を取り戻したのだが、猫が憑依してからの一連の騒動は霞の人生に二つの変化をもたらした。
 一つは霞が猫憑きだと言う風聞。
 もう一つは猫が霞に残した力、すなわち常人以上の霊力だった。

 このまま家にいては家族に迷惑がかかると判断した霞は愛猫の形見である力を活かし、霊能力者の道を歩む事を決意する。
 しかし、そんな霞に世間の風は冷たく、猫憑きと名の知れ渡った霞を弟子にしてくれる霊能力者は見つからない。
 自分がこれから先、霊能力者としてやっていくためには、どこか遠くへと行かなければならない。半年ほど師匠となってくれる霊能力者を探し回った霞は齢十三にして家族の元を離れる事を決意した。


 その後、霞は日本語を学び、家族や親戚、そして子供の頃から霞を知る数少ない理解者達の援助を受けて、十五の春に六道女学院へ入学するべく日本へと渡ったのだった。





「おーい、霞〜!」
 背後からかけられた声に振り返ると、ルームメイトの香月姫(コウヅキ ヒメ)が大きく手を振りながら駆け寄って来た。
「あなた、今帰りなの?」
「うん、一緒に帰ろ」
 そう言って人懐っこい笑みを浮かべる姫。
 彼女は当然留学生ではないが、実家が遠方であるため親元を離れ寮から学校へ通っていた。
 霞にとってクラス対抗戦ではライバルとなるが、それ以外においては心許せる親友だ。


「それでね、美菜ったら今日…」
「あのコ、仮面被ってない時はボケボケしてるからねぇ」
 そんな他愛ない会話をしながら歩く2人。
 交差点に差し掛かった時、姫は向いの道に普段この辺りでは見かけぬ生徒の姿を発見する。

「あれ? あそこにいるのってB組の…」
「ゲッ! 氷室じゃないの、なんでこんな所に…?」
 そう、向いの道を1人歩いていたのはおキヌだった。

「氷室さんってあの美神令子さんの事務所に下宿してるのよね?」
「こっちは逆方向なのに、一体こんな所で何を…」
 2人して考え込むが、すぐさま同じ結論に達したらしく顔を見合わせてニヤリと笑い、霞は更にメガネを輝かせる。

「あれってもしかして…」
「男の影ってヤツっすかぁ?」
 姫はいたずらっぽい笑みで追跡を提案、霞はすぐさまそれを承諾した。

 おキヌは横島の開業祝いパーティの準備を手伝うべく、横島の事務所へ向かっていたのであながち間違いではなかったりする。




「目的地はあの屋敷みたいね」
「…あれって噂の幽霊屋敷じゃない? 仕事だったのかしら」
 おキヌが足を止めたのは例の横島の屋敷の前なのだが、寮生の間では幽霊屋敷として有名過ぎる。  当然の事だが横島が除霊を行い屋敷の新しい主になった事はまだ知られていない。
「でも、いくら美神さんとこの助手でも、まだ1人で除霊はできないわよ」
「そうよね…あ、誰か来たわよ!」
 2人は慌てて電柱の影に隠れ、そのまま様子を伺う。
 屋敷の前に一台のオープンカーが停まり、おキヌがその運転手に気付いてにこやかに声をかけた。



「あれ? あの人どこかで見たような…」
「あーあの人知ってる! この前テレビに出てた唐巣神父よ!!」
「わっ バカ!?」
 車の運転手が業界の有名人である唐巣だと気付いた姫が思わず大声を上げてしまった。
 霞はすぐさま姫の口を押さえ身を隠そうとするが、
「あれ? あなた達は…」
 当然、2人の存在はおキヌと唐巣にバレてしまうのだった。





「この屋敷って何時の間にか持ち主が替ってたのね」
「つい先日の事なんですけどね。えーっと…確かカスミさん、でしたっけ?」
「張霞(チャンシア)よ、霞(シア)でいいわ」
「私は香月姫よ、よろしくねおキヌちゃん♪」
「………」

「どうかしたの?」
 にこやかに挨拶した姫に、おキヌは何故か戸惑ったような表情を見せる。
「あ、あのー…失礼ですけど、どこかでお会いしましたっけ? スイマセン! 記憶にひっかかってはいるんですけど!」
 なんと、おキヌは姫の事を覚えていなかった。
 これには流石の姫もショックを受けてよろめいた。


「…いーんだ、いーんだー。どうせ私なんてクラス対抗戦に出たけど、出番もないまま1回戦敗退しちゃうような影の薄いコだしー」


「あああ! ゴメンなさーい!」
 姫はそのまましゃがみ込んで地面にのの字を書きながらいじけてしまう。

 当然、しゃがみ込んだ体勢では丸見えなのだが、姫本人がそんな事を気にする余裕もないほどにショックを受けているようだ。
 まぁ、周囲に人影もなく唐巣に背を向けた状態ではそれを見る者は皆無…訂正、若干約一名いた。

「おお! 美しい尻…じゃなかったお嬢さん! あなたに涙は似合わない ささ、すぐそこが俺の家なんで…いやいや遠慮する事は…」
 遥か遠くから土煙を上げて駆け込んで来た横島がしゃがみ込む姫の手を取り、そのまま有無を言わせず屋敷の中に連れ込んでしまった。



「い、今のは…?」
「この屋敷の新しい持ち主の横島さん…です」
 呆然とする霞の問いに、おキヌは顔を真っ赤にして俯いたまま答える。
「ヨコシマ…? ああ、前にクラス対抗戦に来て屋上でトランペット吹いてた」
「……はい、その横島さんです」
「そいや、木の上から私達をナンパしてきたりもしてたわね」
「そんな事もしてたんですか!?」
 おキヌはもう耳まで真っ赤だ、恥ずかしくて穴があったら入りたかった。




「ちょ、ちょっと待て! 俺は親切心でだな…」
「問答無用ーーーッ!!」




 何故か横島はウェルダンになって玄関から飛び出してきた。
 玄関の方を見ればタマモが仁王立ちで毛を逆立たせており、その脇には何が起こったかわからない様子の姫が呆然と立ち尽くしていた。



「…この屋敷の主人って、そこのケシズミよね?」
「そのはず、です」
 霞とおキヌは呆れた表情で道に転がる屋敷の主を見下ろすのだった。




つづく



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