女子高生の憂いごと 3
「先生ー!」
どこからともかくシロの声が聞こえてきて、横島はその姿を探すべく庭へと出る。
聞こえてくる声を頼りに空を見上げると、そこには魔鈴のホウキにぶら下がったシロの姿があった。
「そこで魔鈴殿を見かけて、乗せてきてもらったでござるよ」
そう言って横島に飛びつき顔を舐めまわし始める。横島とはここ一週間会っていなかったので無理もない。
「横島さん、これ差し入れです」
「あ、どうも! パーティーはもう始まってますから。ささ、あがってください」
庭に降り立った魔鈴は差し入れの料理を横島に渡す。それを喜んで受け取った横島は、シロをぶら下げたまま、魔鈴をパーティーが行われている広間へと案内した。
その頃、横島の屋敷の近くでシロの声を聞いた者が2人。
「あれは、美神おねーさまの所の…」
「確かシロだな、私達も急ぐぞ!」
「貴方が掃除当番を忘れてたのがいけないんでしょ!」
「早めに済んだんだからいいじゃねーか」
「私が手伝ったから早めに終わったんです!」
ある意味、仲の良い口喧嘩を繰り広げつつ走る魔理とかおり。二人は魔鈴達より少し遅れて屋敷に辿り着いた。
「いらっしゃい、おキヌちゃんが待ってるよ」
「おぅ、邪魔するよ!」
「ちょ、ちょっと…!」
軽く挨拶を済ませ、ずかずかと入っていく魔理をかおりがたしなめた。
「もう、一文字さんったら…横島さん本日はお招きいただき、ありがとうございました。」
「弓さん、そんな畏まらなくていいんだよ。それより、雪之丞はまだ戻ってないのかい?」
「ええ…向こうで調べている組織の構成員に年齢、社会的立場ともにこれと言った共通点もなく、正体を探るのが難しいそうですわ」
「アイツも大変だなぁ…」
横島としては雪之丞には是非とも参加して欲しかったが、弓家に属するGSとして遠征しているのでは呼び戻す訳にもいかない。
「近く報告に戻ると言ってましたけど、明後日のクラス対抗戦に間に合うかは微妙ですわね…」
「あ、またクラス対抗戦あるんだ?」
2人はそんな会話を交わしつつ広間に向かった。
「…《現代の魔女》魔鈴 めぐみに金髪の子は妖怪みたいね…シッポ付の女の子に、巨乳付の女の子に、机付の女の子…」
若干約一名、関係ないのが混じっているようだが、霞はそれだけ大きなショックを受けていた。
「ねぇねぇ、今ハニワがジュースを注いでくれたよー」
「言わないで! 常識最後の砦が陥とされそうだからあえて無視してるのよっ!」
姫は給仕をしているハニワ兵達を指差しながら楽しそうにしているが、生憎と霞はそこまで人間離れした適応能力は待ち合わせていなかった。
ちなみにパーティー会場となった広間には13体のハニワ兵が駆け回っているが、そのうちの1体だけがエプロンを身に着けている。
どうやら、それがハニワ兵のリーダーのようだ。
あと、1体だけ目付きの悪いのがいるようだが、こちらはパッと見には他のハニワ兵と区別する事ができない。
テレサは何かトラウマでもあるのか、ハニワ兵から逃れるようにマリアの影に隠れていた。
「や、楽しんでるかい?」
「あ、横島さん!」
振り返ると、そこにはジュースを持った横島の姿が。
パーティーと言いつつ、皆が座布団を敷いて床に座り、それぞれが好き勝手に騒ぐ宴会の様相を呈しているのは、この男の人柄だろうか?
霞はまじまじと横島を見る。
年齢は自分達とさほど変わらない。
とは言え、独立して事務所を構えている時点で只者ではないだろう。
しかし…
「あぁ、なんかなごむ〜」
少なくとも他の人間よりは普通だと霞は判断したようだ。
この男こそが、実は一番非常識である事を彼女は知らない。
少し持ち直した霞が、おキヌ達高校生の輪に加わると、一人となった横島の元に西条がやって来た。
「よぅ、華やかだな」
「おキヌちゃんの友達ばっかりだけどな」
「六道の寮が近くにあるらしいじゃないか、まぁ、犯罪を犯さないように気を付けたまえ」
「あのな…」
からかうような笑みを浮かべていた西条だったが、ここで一転して真面目な顔に戻る。
「ところで、明日から君は本格的に仕事を始めていくわけだが…令子ちゃんと同じようにやっていこうとは考えていないだろうね?」
「え、違うのか? 同じGSじゃないか」
横島の返事は西条にとって予測の範囲内だったが、それでも溜め息をつく事を止める事はできなかった。
「あのな…令子ちゃんのような仕事のやり方は令子ちゃんのような一流のGSだからこそできた事なんだ。いいかい? 民間GSが仕事を得る方法は、GS協会から紹介してもらう。自分で霊障のある所に出向いて営業する。依頼者の方から出向いてくる。この3つだ」
「なるほど…」
またもや現実を突きつけられて絶句する横島。
自分が何も知らない事を思い知らされる。
「そもそも一般人は民間GSの事をよく知らないからね。まず霊に遭遇したら通報するのはオカルトGメンだ。しかし、Gメンが関わるとニュースになる事が避けられない。だから、霊障が起きたという噂が流れて欲しくない企業等はGS協会の方に相談し、金をかけても除霊の成功率を上げたければ有名な民間GSに直接依頼する事になる」
「う〜ん、そう考えると駆け出しの俺の所には…」
「直接の依頼など来る訳がないな」
「グッ…」
キツい物言いだが事実だ。鉄拳が飛んでこないだけ、いつぞやのサングラスに覆面姿の正義の味方よりかはマシかも知れない。
「確かに、個人事務所としては17才で開業というのは史上最年少だ。それだけに注目されてはいるが、それも業界内の話さ。まぁ、最近はGメンもGS協会もTVで世間にアピールしているから少しはマシになるかも知れないけどね」
ちなみに、個人以外を含めての最年少は現・弓家当主、つまりは弓 かおりの父親がそれにあたる。
現当主は先代を除霊中の事故で亡くし、15の若さで弓家の当主に納まった。娘、かおりが幼い頃から強くなるようにと、厳しい修行を
課されてきた背景には、実はこういう経緯があっての事だったりする。
「おや、先輩としてレクチャーしているのかい?」
「まぁ、そんな所です」
西条に考えの甘さを指摘されて頭を悩ませていると、今度は唐巣が横島の元へやって来た。
「横島君、GS協会は相談者のために現役GSの名を連ねたリストを作成している。まずはそこに名前を載せて、協会から依頼された仕事を着実にこなして行くんだ。令子君だって、最初はそこからはじめたんだよ」
「…そうなんですか?」
そう言いつつも、令子は事務所を開いて三ヶ月もするとそのルックス、派手な立ち回り、そして実力が話題となって、直接の依頼者が訪れるようになっていたとか。
非業の死を遂げた天才GS、美神 美智恵の娘としてのネームバリューがあった事も確かだが、やはりそれだけの実力があったと言う事だろう。
「おもしろい話をしてるあるな」
何時の間に来たのか、愛子に案内された厄珍が紙袋を持って広間に入って来た。
「ほれ、ボウズにみやげね。インテリアに使えそうなオカルトグッズを持ってきたよ」
「え? くれんのか?」
横島は厄珍から紙袋を受け取り、中身を取り出して確認すると、そこに入っていたのは除霊に使う武器だった。
神通棍と違って日本刀や西洋剣の様な外見で、他にも槍や弓など、他にも飾れば「如何にも」な雰囲気を醸し出しそうな道具が詰め込まれている。
「神通棍ができるまで使われてたヤツね、霊力込めるのが前提だから刃物としては使えないけど、見た目には雰囲気あるね」
「はっはっはっ! お主は世辞にも外見は威厳がないからの」
「そうだな、これぐらい飾っておかないと除霊事務所に見えないぞ」
「お前等な…」
いつの間にかカオスもやって来て笑っている。
だが確かに、今の屋敷は「事務所」ではなく「住居」だ。
「そんな顔するな、君の霊能者としての実力はちゃんと知っている。だがな、客は見た目で君を判断するんだ」
「考えてみたまえ、霊障に悩み、助けてもらおうとGSを訪ね、そこで、見た目にも普通の家で高校生が出迎えたらどう思う?」
「う…」
西条と唐巣にたしなめられて横島は厄珍の意図を理解した。
今の事務所のメンバーは横島、愛子、タマモ、そしてテレサの4人だ。
横島と愛子は高校生、タマモに至っては小学生、テレサもマリアと比べ大人びた顔立ちだが、それでも、せいぜい大学生ぐらいにしか見えない。
確かに、一般人から見れば説得力に欠けているかも知れない。
家の中をうろつくハニワに関してはこの際考慮しないでおこう。
「巫女やらシスターの服着せて雰囲気出すって手もあるね」
「あのな…」
ちょっと心がトキメいたのは秘密だ。
「GS協会から紹介された仕事でも、依頼主はまず実際に除霊にあたるGSの元を訪れるからね。お客を通す部屋をこれで飾りつければいい」
「そうかも知れないけど…こんなに一杯いいのか?」
紙袋の中の道具はかなりの数になる、流石にこれらを全てもらうのは悪いのではないかと横島は厄珍を見た。
しかし、厄珍は笑ってパイプを吹かせる。
「どうせ、神通棍や霊体ボウガンが開発されてから誰も使わなくなった売れないゴミね。どうやって処分しようかと迷ってたところよ」
「厄珍さん、神通棍って令子が生まれる前から流通してたんですけど…」
「…をい」
つまり、少なくともこれらは20年以上前の物と言う事だ。
美智恵のツっこみを聞いて、横島はジト目で厄珍を見るが当の厄珍はまったく動じていない。
「もっとちゃんとしたのを飾りたければ、稼いでウチで買うよろし」
「それが本音か」
流石は厄珍、商売人だ。
しかし、そんな古い道具もGSを志す少女達には興味深いのか、いつの間にか霞達が横島の周りに集まっていた。
「あの…横島さん、その刀見せていただいてもよろしいですか?」
「いいよ、ケガしないように気を付けてね」
霊力を込めない限り切れないのだが、そう言ってかおりに刀を手渡す。
「家にも霊刀がありますけど…それとはまた違いますわね」
「外面を似せているだけね、材質もそう丈夫な物じゃないからそのまま使っても鈍器にすらならないあるよ」
「見た目は格好良いのになぁ…」
「これじゃ、ただのハッタリですよね〜」
「でも、それを実戦に使っていた時代もあるのよ…何十年も前だけど」
魔理や姫はそれらの見た目が気に入ったようだったが、実用に耐えられる代物ではないと聞いて肩を落とした。
美智恵もフォローはするが、これらを自分自身で使ってみようとは思わない。
「ん…これだけ随分とみすぼらしいな」
横島が一振りの木剣を手に取る。
他の武器が装飾に凝っているのに対して、シンプルで飾りのない造り。まるで子供のおもちゃのような外見だ。
「厄珍、これは何だ?」
「あいやー、そんな物まで混じってたか、それは飾らない方がいいね。中国の道士が霊を指揮するのに使う剣よ。と、言っても練習用アルが。他のよりデキは良いけど、中古でキズ物だから売り物にならないね」
「ふーん…」
横島は厄珍の説明にある事を思い出して、霞の方に振り向いた。
「そう言えば霞ちゃんってキョンシー使ってなかったっけ?」
「え? ええ…」
突然、声をかけられて霞はうろたえてしまう。
「よければ、これあげるよ。キョンシーも霊の一種なんだろ?」
「え? ええ!? いいんですか!?」
予想外の横島の言葉に大声をあげてしまう霞。
横島は霞の返事を待たずに木剣を手渡した。
「あれはちゃんと使えるんだろ?」
「他のに比べればしっかりしてるね。嬢ちゃんらが練習に使う分には何も問題はないあるよ」
厄珍はあわよくば木剣だけは回収しようかとも思っていたが、若い娘が使うなら良いかと回収を諦めた。
「あの、その…大事にします!」
「いや、練習用なんだからドンドン使っちゃってよ」
「ハイ!」
満面の笑みで返事をする霞。
その後、横島達は他の武器をどう飾って事務所にするかを話し合いはじめたので、高校生の者達はここでお開きとなった。
寮生の霞と姫は美智恵が、魔理とかおりはエミとタイガーが駅まで車で送って行く事となり、おキヌ、シロ、魔鈴、そして小鳩と貧乏神は片付けをするべく今日は泊って行く事になった。
マリアもテレサを連れて片付けに参加し、タマモは愛子にエプロンを着けられ、無理矢理片付けに参加させられた。
「ところで、事務所にはどの部屋を使うつもりなんだい?」
「生活に使うこっちとは逆側の畳の部屋を使うつもりだけど」
「それじゃ、今から行って飾り付けをしてみよう」
「ええ」
唐巣、西条、カオス、そしてピートの4人は事務所となる部屋に向かい、横島もそれに続こうと広間を出た時、突然携帯電話がかかってきた。
「もしもし?」
『…横島君?』
「! 美神さんですか!?」
『ええ、今仕事が終わったとこなの』
なんと、それは令子からの電話だった。
「こっちはパーティーが終わって、美智恵さんがさっき帰ったとこっス」
『そう…』
「そっちの仕事はどうだったんですか?」
『急だって事を除けば大した事ない仕事よ。楽勝で片付けちゃったわ』
「流石ですね」
『………』
「…どうかしたんですか?」
何かをためらっている。
電話の向こうの美神の様子がどこかおかしいと横島は感じていた。
『その、なんて言うかさ………独立、おめでとう。今まで言ってなかったから』
「あ、ああ…ありがとうございます!」
どうやら、それが言いたくて電話をかけて来たようだ。
まさか独立を祝ってもらえるとは思っていなかった横島は意表を突かれて声がどもってしまう。
『でも、あんた経営の細々した事知らないんだから、しっかりしなさいよ?』
「ついさっきまで西条達に説教くらって思い知りました…」
『…まぁ、私でよければ相談にのってあげるから。話はそれだけよ、じゃあね』
それだけを言うと美神は一方的に電話を切ってしまった。
「美神さん…」
「横島さーん、所長が来ないとはじまりませんよ」
「ああ、今行くよ!」
ピートが呼びに来たので横島は慌てて携帯を仕舞い、西条達の待つ事務所となる和室へと向かった。
その頃、横島に貰った木剣を後生大事に抱きかかえ、姫にからかわれながら寮に戻った霞に
「あら、遅かったじゃない」
風呂上がりなのかロビーで濡れた髪を解いていた1年G組の逢大和(ユタカ ヤマト)が声をかけた。
「…それ何? 何か除霊道具を探してたの?」
「あ、これはねー」
「わっ バカ!」
大和が霞の持つ木剣に気付いて問う。霞はこれを手に入れた経緯は内緒にしようと思ったが、姫が面白がって洗いざらい話してしまった。
「…するってーと何? あなた達はあの幽霊屋敷を除霊して、新しい事務所開いたGSの開業祝パーティーになし崩し的に参加して、業界の著名人に囲まれて、なおかつ、プロのGSからその木剣を貰って来たの!?」
「え、えーっと…平たくまとめればそんな感じかなぁ?」
まとめなくてもそんな感じである。
「オカルトGメンの美神 美智恵さんに寮まで送ってもらったんだよ〜」
言わなくてもいいのに姫が火に油を更に注いだ。
「あんたらねぇ…そういう事があるなら呼びなさいよ」
「いや、私達も飛び入りで参加させてもらってた訳だし」
「「「うらやましい〜」」」
突然背後から聞こえた声に振り返ると、他の寮生達が二人を取り囲んで、うらましそうな眼差しで見ていた。
その後、寮の大浴場に向かった霞と姫だったが、案の定他の寮生達から質問攻めに遭い、オモチャにされるのだった。
最初は著名人に関する質問だったはずが、何時の間にか質問の内容が新しい事務所の所長は格好良かったか等と言った内容に変わるあたり三人寄ればなんとやらである。
今、大浴場には十人以上いるのだから尚更だろう。
つづく
|