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女子高生の憂いごと 5


「明日〜、横島君に特別審査員として試合をしてもらうわけだけど〜、やっぱり〜生徒達に変な事されても困るので〜、明日はこれを使ってもらいます〜」
 そう言って六道夫人が横島に手渡したのは和紙の束。帯には『式神和紙』と書かれている。
「式神和紙?」
「それは〜授業で使う式神ケント紙の、も〜っとすごぉ〜いやつよ〜」

 冥子の説明を要約すると、使用方法は人や動物の形に切る事で式神を産み出す事ができる。使用者によって多少の差はあるものの、kg数により式神の力が決まるケント紙と違い、和紙の方は使用者の霊力によりある程度性能が上下するという物だ。
 それでも、十二神将や夜叉丸よりも高度な式神が生まれる事は式神和紙の性能上有り得ないのだが、その式神に宿る霊力の強さに関しては使用者のそれに準拠し、この限りではないらしい。


「こういう簡易式神と呼ばれる物の特徴は〜、式神がダメージを受けても〜使用者に影響を及ぼさない所なのよ〜。だから〜、人が入れないような〜狭くて危険な環境での除霊に本来は使われるのよ〜」
 六道夫人が説明を引き継ぐが、やはり間延びしていた。
「横島君は〜式神を使った事は〜?」
「いえ、ないです」
「それじゃあ、私が基本的な事を一通り教えるからよく聞いててね〜」
 こうして六道夫人のレッスンがはじまった。

 簡易式神を使う基本は式神の維持と操作に必要な一定量の霊力を常に安定して式神に供給し続ける事で、その事自体は猿神の修業により出力の安定していた横島にとってはたやすい事だった。
 冥子は流石にこういう話は耳が痛いらしく、この時点でそそくさと理事長室から逃げ出してしまっている。
 後は自分以外の体を操るコツだが、こればかりは実際に使ってみて慣れるしかないだろう。

「イメージしやすいように人型にしましょうね〜」
 そう言って六道夫人は人型に切った和紙に筆でなにやら印を書き込み、墨が乾いたのを確認してから横島に渡す。
「使ってみて〜。この印がサポートしてくれるから〜、初心者でも〜安心よ〜」
「…どうやって使うんですか?」

 六道夫人は脱力しながらも、霊力を込めて投げろと教えてくれた。




「お、成功か?」
「あら〜、なかなか凛々しいわね〜」
 横島が作り出した式神は身長が2メートルほどある陰陽師のような姿をしていて、顔は呪言の書かれた仮面に隠されていた。

「前に見た俺の影法師と似ているような、まったく違うような…」
「影法師を見たのはいつ〜?」
「随分前の事ですよ。最後に見たのは俺が文珠を使えるようになった頃ですから」
 それを聞いて六道夫人は納得したように頷く。
「それは〜、横島君が成長したって事よ〜。前世とか現世の人格とか〜色々な事に影響されるけど〜、基本は『今の』自分の影なんだから〜」
「…そういや、俺の前世は陰陽師だったな」
「百パーセント霊力を変換してるわけじゃないから〜、今の横島君の影法師が〜この姿そのままになる訳じゃないんですけどね〜」
 そう言って笑うと、六道夫人は式神を動かして慣らしてこいと複数あるグラウンドのうちの一つの使用許可証を横島に渡すのだった。





 一方その頃、クラス対抗戦を明日に控えたおキヌ達一年生は、特別授業があると体育館に集められていた。

 鬼道が壇上に立って説明を始める。
「あー、言いにくい事やが…理事長の気紛れで明日のクラス対抗戦は急遽中止となった」
 その言葉に生徒達は一斉にブーイングを始める。
 鬼道は生徒達を手で制すると更に続けた。
「その代わり、明日はお前達と特別審査員として呼ばれたGS横島忠夫との練習試合が行われる事になった」
 その言葉に生徒達がざわめき出す。

「ヨコシマ…?」
「タダオ…?」


「………誰?」

 横島の事を覚えている者はあまりいないようだ。



「これから、明日の試合に挑戦する者を選ぶ予選を行う。後は各先生の指示に従って試合場に移動してくれ、以上!」
 生徒達は納得のいかない様子だったが、理事長の気紛れが毎度の事で逆らってもどうにもならない事も充分承知していた。





「うわっ、何あの式神!?」
「おっきいー、新しい先生かな?」
 試合上に向かう途中のA組の生徒達が式神を連れた横島を見つけた。
 ここからは後ろ姿しか見えないせいか、まさか自分達より一学年上の同じ高校生だとは誰も予測できない。

 いや、一人だけ先程の鬼道の話と見慣れぬ霊能者を関連付けて考える事のできた生徒がいた。

「ちょっと姫、こっちに来て!」
「何?」
 姫を手招きして呼んだのは早生成里乃(ハヤセ ナリノ)。姫と話をしていた天城美菜(アマギ ミナ)も一緒に来た。

「あの人って、あんたが今朝言ってた人じゃないの?」
「あー! 横島さんだぁー!」
 嬉しそうな声をあげた姫に周囲の生徒達の注目が集まる。


「そう言えば…横島忠夫って名前、お父さんから聞いた事あるような…」
 仮面をつけている時とは打って変わって、普段はぼーっと眠そうにしている美菜が何かを思い出そうとしている。
 姫も含めた全員の注目が美菜に集まり、やがて美菜はポンと手を打った。

「人類唯一の文珠使いって、確かそんな名前だったようなー」

「「「…ナンデスト?」」」

 美菜の父はGS協会の職員をしていて、横島は人類唯一の文珠使いとして当然GS協会に登録されている。
 親がGS協会の関係者で、娘もGSを目指していると、家庭の会話でこういう話題が出るのはよくある話だったりするのだ。

 こうして、明日の対戦相手である横島忠夫のの正体は瞬く間に学校中に広まるのだった。



 一方、横島は
「う〜ん、どうしても式神より先に体が動くなぁ…」
 まだ、基本部分でもたついていた。




 予選はクラス代表ごとに対戦相手を変えつつ幾度か試合を行い、滞りなく進んで、A組、B組、D組、G組の4クラスが選出された。
 前回のクラス対抗戦で決勝まで残ったB組、G組は妥当だろうが、A組とD組が残ったのは意外と思われるだろう。

 その理由は
「この剣、凄いわ…キョンシー達の動きの鋭さが違う!」
 横島に貰った木剣が霊能と相性のよかった霞と、

「んー♪ 前回出番がなかったから暴れられてスっとしたぁ〜」
 元々身軽で、オールマイティに鍛えている姫が、予想外の活躍を見せたからだ。



「…横島さん、十二対一で戦うんでしょうか?」
 代表者として選ばれたはいいが、横島の事が心配なおキヌはおろおろとしていたが、
「さあねぇ、私ゃ横島さンが何かしでかさないかの方が心配だけど」
「心配なさらなくても、私ぐらいならともかく、貴方のようなガサツな人に何かしでかす様な物好きなんていませんわ」
「あんだと、コラ?」
「あああ、やめてくださ〜い!」
 魔理とかおりが喧嘩を始めそうになったため、心配するどころではなくなってしまった。




 その後、おキヌ達は通常の授業に戻ったが、横島の特訓は放課後まで続けられていたらしい。

「なんとか、普通に動かせるようになりましたよ…まだ、身振り手振りが入っちゃいますけど」
「それは〜、慣れるまでは仕方ないわ〜」
 六道夫人は笑顔で依り代に戻った式神和紙を受け取った。
 実は横島の式神が暴走した時のために、ずっと理事長室の窓から横島の様子を伺っていたのだが、幸いその心配は無用だったようだ。

「それじゃ〜今日は明日に備えてしっかり休んでね〜。さっき代表に選ばれた子がねぇ、会議室を借りに来たわ〜。きっと、横島君に〜対抗する方法を考えているのよ〜。明日は油断しないでね〜」
「…そうですね、俺はもうプロになったんだから、ここで負けるわけにはいきませんよね」
 横島はそう言って笑った。





「弓、いきなり私達を呼び出して何の用だ?」
 大和が不機嫌そうにかおりに問う。どうやら、会議室の使用を申請したのはかおりのようだ。
「明日の練習試合の事ですわ」
 六道女学院では正式な手続きに則って申請すれば生徒でも会議室を借りる事ができ、主に相談事に用いられている。
 横島の実力、その他を他の選手達よりも知るかおりは、選手十二人を集めて明日の対策を練ろうと考えたのだ。
 かく言う彼女も、横島の実力を完全に把握しているとは言い難いのだが。

「十二対一だろ? 各チームそれぞれに攻撃をしかければ、いくらプロでもなんとかなるんじゃない?」
 そう言ったのは机の上で足を組んで椅子にもたれかかっていたD組の静美。
 いくらなんでも明日の試合は多勢に無勢だと考えている。
「でもジミー、昨日横島さんの事務所の開業祝いに参加させてもらったんだけど、物凄い人達が集まってたわ。横島さんもそれだけ凄い人なんじゃないかしら?」
 霞を含む極一部の友人は、静美の事を「ジミー」と呼ぶ。
 当初は言われる度に否定していた静美だったが、最近はもう諦めた。


「ところで、横島さんが人類唯一の文珠使いと言うのは本当なのかしら?」
「あ、それは本当です」
 同じくD組の有喜の疑問にはおキヌが答えた。


「氷室さん、横島さんの事知ってるなら教えてよ」
 机に腰掛けていたG組のメリー・ホーネットがおキヌに問う。
 確かに横島の情報が少なければ対策の立てようがない。
「美神さんが言ってたんですけど、単純に霊力だけ比べたら自分と互角だって言ってました」
 その言葉に一同は騒然となる。
 美神令子と言えば、六道の生徒皆の憧れの的。
 その人と互角となると、いくら無名とは言え油断はできない。



「理事長先生が、明日は式神和紙だけで戦ってもらうって言ってましたから、文珠を使ってくる事はないと思いますけど…」
「それが明日の試合における唯一の突破口ってわけね」
 獣化能力者のメリーはその能力と大柄な体格のためか気が強いと思われがちだが、その実少し気の弱い所がある。
 それだけに、情報を集めて慎重に事を運ぶのでクラスメイトからの信頼は厚かった。



「それじゃ、弓さんはどうしようと考えているの?」
「確かに、強い強いと分かっていてもどうしようもないわねー」
 成里乃と美菜がかおり自身の考えを問う。
「お父様から聞いた話ですが、強力な魔族に対し精神感応を以って人間の集まりを一つの『人間以上』として勝利したそうです。私達もそれをすれば美神おねーさまと互角の横島さんでも…」
「待て弓、その話には無理がある」
 かおりは西条達が南極でパピリオを相手に行った方法を使う事を提案したが、大和がそれに待ったをかける。

「私もその話は聞いた事があるが、それは複数の仲間に対し、正確に、しかも、タイムラグなく精神感応を行える強力な能力者あって初めて為せる事だろう? 今の私達にはとてもじゃないが無理だ」
「それは…」
 かおりは言葉に詰まる、確かに大和の言う通りだ。


「神野さん、このメンバーの中で広範囲に精神感応が行えるのは貴方だけですけど…」
「む、ムチャ言わないでよ! そんな事できるわけないでしょ!?」
 成里乃がG組の神野むさし(カンノ むさし)に問うが、彼女の精神感応は相手に幻覚を見せて一時的な精神汚染を誘う物で、範囲も神木の枝から放たれる露が届くまでだ。世界を救った霊能者と同じ事ができるはずがない。
 おキヌのネクロマンサーの笛は範囲こそ広いのだが、生者相手には効果が薄いため、この役目をまかせる事ができない。
 彼女達はタイガーの事をまったく知らなかった。

「………」
 魔理は複雑な笑みを浮かべ、タイガーの事を話すべきか迷っていた。


 ちなみに、南極での戦いは基本的に一般には情報が公開されていないが、GS協会やオカルトGメンの関係者の間では参加メンバーや敵魔族の情報はともかく、それ以外のおおまかな経緯は割と公然の秘密として扱われている。
 かおりの父は弓家当主としてGS協会上層部に懇意にしている人間が多く、大和は父がGS協会関西支部の幹部であるため、人類が上級魔族に勝利した実例として聞き及んでいたのだ。



「横島さんが使うのは式神和紙でしょ? あれは特殊な能力はないけど、使う人の霊力によっては凄く強くなると聞いたわ」
 成里乃が思い出しながら呟く。彼女の母は現役で活躍するGSであり、式神和紙を使用して除霊しているのを成里乃は何度か見た事があったため、式神和紙が如何なる物であるかが良くわかっている。

「早生さんはああ言ってますけど、逢さんには何か考えがありまして? 真正面からぶつかっても玉砕するだけですわよ?」
「…必勝法はないな。確かに各チームバラバラに戦っても勝てないのは、弓の言う通りだろうな」
 かおりの提案は確かに最良だった、実現できればの話だが。しかし、それを実現するために必要な要がない。
 二人は揃って黙り込んでしまった。


「私から提案、いいかしら?」
 成里乃が一歩前に進みでる。
「え、ええ…皆さんで意見を出し合わないと」
 かおりの言葉に成里乃は頷いて口を開いた。

「確かに逢さんの言う通り、私達がその魔族に勝った戦いを真似る事は不可能でしょうけど、参考にする事はできると思うの」
「それって…」


「私達もクラス関係なしで一つのチームとして戦えばどうかしら?」

 成里乃の提案に反対する者は誰もいなかった。



「基本は戦闘をフォワードとサブにまかせて、バックアップが援護だよねぇ?」
「それに、バックアップのガードも入れてた方がいいぜ」
 メリーがホワイトボードに三つの役割を書き出して行き、エミの元でガードの大切さを叩き込まれた魔理が一つ書き加える。

「明日は最初から全力の水晶観音でいきますから、私はフォワードですわね。ミネさんもここでいいかしら?」
「当然、そうなるわね」
 かおりがフォワードの所に自分とメリーの名前を書く。
「私は、エミさんのとこで防御を鍛えてるからガードだな」
 魔理がそれに続き、ガードの所に名前を書いた。

「ファントム仮面で強化できる美菜と、神通棍メインの私は当然フォワードとして…成里乃はどうするの?」
「私は扇を使えば距離を取っても戦えるからサブに回るわ」
「オッケイ♪」
 姫はA組の3人の名前をそれぞれの場所に書いた。

「キョンシーを動かすと私自身の動きが疎かになるから、私はバックアップかなぁ」
「私も防御結界を使うからガードとして、ジミーはどうする?」
「んー、私は姫と違って破魔札も使うからサブにまわるよ」
「それじゃ、3人とも書いとくよ〜」
 姫がD組の3人に代わってホワイトボードに名前を書こうとして有喜と静美の名前を書いたが、
「………」
「姫、どうしたの?」
「ねー、シアの名前って漢字でどう書くんだっけ?」
「…片仮名で書いてなさい」
「は〜い♪」
 姫はバックアップの所に『シア』と書いた。

「氷室さんと神野さんは当然バックアップとして、逢さんはどうしますの?」
「………」
「逢さん?」
 しばらく考え込んでいた大和だったが、決心したのか顔を上げて皆の顔を見据える。
「…一つ作戦があるわ」
「え?」
 大和の言葉に一同は静まり返った。

「私の霊体の触手は精神感応とかじゃなくて霊力中枢(チャクラ)に直接命令を下す事は知ってるでしょ?」
 前回の戦いで大和の霊能をその身で味わったかおりとおキヌが頷く。
 あれは意志に関係なく、体を直接操られてしまう。
「簡易式神でも霊力を使って体を動かしている以上…」
 そこまで聞いて、成里乃が大和の言おうとしている事に気付いて声を上げた。
「霊力中枢である、霊力の供給点は存在する!」
 大和は力強く頷いた。


「そう簡単に隙を見せてくれる相手とは思えない。でも、これが決まれば式神は霊力中枢からの供給をなくす事になる。私達でも勝機があると思うわ」
 皆は顔を見合わせあって頷き合った。



「わかりましたわ、私達で隙を作りますから、逢さんは全体の指揮をお願いしますわ」
 かおりが微笑んで大和に手を差し出す。
「…いいのか?」
「どうせ、あの式神と一戦交えている間は背後を気にかける余裕なんてありませんもの」
「わかった、まかせてくれ」
 大和もかおりの手を取り、微笑んだ。





「んふふ〜、いい感じねぇ」
 理事長室で会議室の様子を監視カメラを使って伺っていた六道夫人は、手を取り合うかおりと大和を見て満足そうに頷いた。
「学校という狭い世界で満足してちゃダメなのよ〜。もっと広い世界を見ないとね〜」

 外の世界の強敵を見せて、中の世界でいがみ合う者達を一歩先に進ませる。
 六道夫人が練習試合を決めた目的は、こういう辺りにもあったらしい。




つづく



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