女子高生の憂いごと 7
「ところでお母さま〜」
「何かしら〜?」
横島達の試合を観戦していた冥子が隣の母におずおずと声をかけた。
「霊力中枢を破壊するって〜、どういう事なの〜?」
それを聞いた六道夫人の額に青筋が浮かぶ。
「…冥子〜、基本中の基本でしょ〜?」
笑顔だが妙なプレッシャーを放っている。
見かねた鬼道が六道夫人をなだめて冥子への説明役を買って出た。
鬼道の説明を要約すると、こうだ。
霊力中枢とは本来、人体における霊力の発生源を指した言葉で、式神においてもだいたい同じ意味を持つが、紙等を依り代にする式神は基本的に自身の霊力というものを持たない。
それ故に式神の霊力中枢とは術者から供給される式神の維持、活動のための霊力を供給される点を指し、式神使いはそこを通して式神を操っている。
「式神ってのは霊力が供給されなくなると、自分の体が維持できなくなって依り代に戻るんや」
ちなみに、この説明は簡易式神にのみ適応される物であり、十二神将や夜叉丸の様な通常の式神の場合はまた少し状況が違って来る。
術者の霊力で作られ、維持され、操作される簡易式神と違い、通常の式神は元々居る者を術者が使役しているのだ。それ故に術者の霊力で呼び出され、支配され、操作されている。
前者は霊力の供給が足りなくなると、維持できなくなり消えていく。それに対し後者は式神を支配できなくなり、式神は影へと戻る。
鬼道程の者となれば、式神が影に戻る瞬間の隙を突いてその支配権を横取りする事も可能だ。対六道家の手駒として、幼い頃から鍛え上げられてきたのは伊達ではない。
ただし、術者の支配力と言うのには限界がある。それを越えた強さの式神を支配しようとした場合、式神を支配する事ができずに暴走させてしまう事になるのだ。
鬼道はかつて冥子の十二神将を奪い、夜叉丸にそれを上乗せしたはいいが、それを支配する事ができずに暴走させてしまったのが良い例であろう。
ちなみに、冥子もよくぷっつんで十二神将を暴走させているが、これは鬼道が夜叉丸を暴走させたのとは少し状況が異なる。
両者の違いを簡潔に説明すると、鬼道が夜叉丸を暴走させてしまったのに対し、冥子は十二神将を暴走させたのではなく、冥子が暴走しているのだ。
その証拠に鬼道が暴走した夜叉丸に攻撃されたのに対し、冥子は今までに何度もぷっつんしているが、自分自身に被害が及んだ事は一度もない。これは、冥子が無意識のうちに自分自身に対する危険を排除しようとしているからなのだ。
どちらの暴走がより迷惑であるかは、言うまでもないだろう。
閑話休題。
「おそらくは〜、逢さんの技で〜霊力中枢に横島君の霊力を受けないよう命令するんでしょうけど〜、どうなるかしらね〜?」
六道夫人はそう言ってほがらかに笑った。
対照的に冥子は心配そうに横島を見詰め、鬼道はハラハラとした表情で見守っていた。
横島をではない。今にも式神を暴走させそうな冥子をだ。
「クッ…更に霊力が上がってきましたわ! 今までは全力ではなかったと言うの!?」
そうではない。
如何に、猿神の元で修業をして霊力を扱う基礎を身につけ、安定して霊力を使えるようになっても横島は横島。
煩悩で一時的に霊力を増したのだ。
「逢さん! やっちゃってください!」
「あ、ああ…」
おキヌの霊力も増していた。
「弓はそのまま! 私が左腕を!」
「私は頭を押さえます!」
魔理が飛び込み、式神の左腕を捕えて全身で地面に押さえ込み、姫も式神の頭を抱え込んで、そのまま地面に押さえ込む。
そのまま、式神は膝をつき両手と頭を三人がかりで体重をかけて地面に押さえつけられる体勢となってしまった。
「ぬはー! 三人も 式神、今すぐ俺と代われ!!」
「うそっ! 更に霊力が増した…!?」
「クッ…」
「大和急いで! 長くもたない!!」
悲鳴のような姫の言葉に大和は技の発動を以って応える。
「よし、これで!」
「くっ…あの技はマズイ! ぬおおおおっ!!」
横島は霊力を振り絞って3人に抑え込まれた式神を動かそうとし、
「うっ…うそ!?」
姫に抑え込まれた頭を、その上に姫を乗せたまま持ち上げようとする。
そのままの勢いでかおりと魔理も振り払おうとしたが、次の瞬間上から叩き付けるように降って来た四つの影が式神の肩に突き刺さり、再び、式神を地面に縛り付けられてしまった。
「あ…キョンシー!」
式神の頭を抱えたまま尻もちをついた姫が式神の肩に目をやると、霞の操るキョンシーが四鬼がかりで式神を押さえ付けていたのだ。
「大和、今よ!」
「応ッ!」
その隙を突いて、大和は数人分の霊力を込めて霊体の触手を式神の背中に接続し、そのまま霊力中枢に命令を下そうとする。
「うっ…式神が動かせない?」
「よし、このまま霊力中枢を破壊して…!」
今度は横島の顔にあせりの色が浮かぶ。このままでは式神を破壊され負けてしまうだろう、なんとかして大和の技を弾かねば…
「こうなったら仕方がない…」
横島は試合場の十二人を見回し、できる事ならば使うまいと決めていた禁じ手を使う事を決意する。
瞳を閉じ。
霊力を練り上げ。
再び瞳を開いて、そして叫んだ。
「煩悩全開ッ!!」
「きゃあっ!」
どのような煩悩を全開にしたかは不明だが、式神は一瞬にして霊力を倍増させ、式神を押え込む三人と大和の霊体の触手を振り払い、キョンシーを破壊して、燃え上がるような霊力を迸らせて立ち上がった。
そのまま、手近な魔理に近付こうと一歩踏み出し…
パァンッ。
風船が弾けるような音と供に式神は依り代の紙人形に戻ってしまった。
「…え?」
「逢さん…あなたがやりましたの?」
「いや、私じゃない…私の思考波は霊力の奔流に掻き消された」
呆然としたかおりの問いに、やはり呆然として答える大和。
式神がいきなり消えた原因は術者である横島にもわからないようだ。
「式神和紙が横島君の霊力に耐え切れなくなったみたいね〜」
観客含めた皆が呆然としていると六道夫人が冥子と鬼道を伴って横島達の元に来た。
そのまま試合場に入り、紙人形に戻った依り代を拾い上げると、それは黒く変色し、焦げ臭い煙を上げている。
「これがちゃんとした式神なら暴走してたんでしょうけど〜。簡易式神でよかったわね〜、命を落としてたかも知れないわよ〜?」
笑顔でサラっととんでもない事を言う。
しかし、力尽きてへたり込む少女達はその言葉が事実である事を身を以って知っていた。
ほとんど霊力を使い果たしたあの時点で、あの重い一撃を食らえば無事では済まなかっただろう。
「中途半端な形で終わっちゃったけど〜、逢さんの技を〜振り払った時点で勝負はついてたわね〜」
六道夫人の言葉にかおり達は頷く。
口惜しさはあるが、完全敗北だ。
「横島さん、頭大丈夫ですかぁ?」
美菜を助け起して試合場から出て来た姫が、 試合中から気になっていた事を横島に問う。
先程のジャーマンスープレックスの事を言っているのだろう。
「いや、平気だよ…でも、おかしいな? 簡易式神は痛みが伝わらないって聞いてたんだけど」
「そうですよね〜? だから私も思いっきりいったんですよ?」
二人は助けを求めるような視線を鬼道に向けるが、鬼道も困った表情で六道夫人に助けを求めた。
「それはね〜、横島君が同調し過ぎていたのよ〜。心構えの方に〜問題があるわね〜」
「心構え…ですか?」
六道夫人は頷いて説明を続ける。
「簡単に言えば横島君は〜式神を「使う」と言う事が〜、感覚的に〜わかってないのよ〜。お友達のように思い入れを持ってしまってるの〜」
そう言って六道夫人は鬼道から式神和紙を受け取ると、それを人型に切って、霊力を込めて投げた。
それはすぐさま式神の姿となるが、それは生徒達が授業中でよく見る簡易式神の姿だった。
「これが〜、本来の簡易式神の姿よ〜。横島君のは〜これに比べて特殊な姿をしてたでしょ〜? それが、思い入れを持っていた証拠なのよ〜」
確かに、横島の簡易式神は陰陽師のような姿をしていた。
式神和紙はそもそも「霊力を込めると式神になる術」がかけられた和紙であり、込められた術より横島の思い入れの力が強くなってしまったが為に起きた現象であり、それだけ式神と術者の繋がりが濃かったと言うことになる。
「簡易と言えど〜霊力を込めてるから〜、霊力を通じて〜体の方にもダメージが行っちゃったの〜」
「それは、俺が式神使いには向いてないって事ですか?」
六道夫人の言う通りであれば、彼女は最初に横島の簡易式神を見た時点で、こうなる事に気付いていたと言う事だが、横島もあえてそれに関しては触れない。
「普通の式神を使う者としては、それも才能よ〜。ああいう〜、特殊な姿になった〜式神は〜、主様のために〜う〜んと頑張ってくれるんだから〜。横島君〜、本格的に式神使いの道に進んでみない〜?」
今の言葉ではっきりと解った。六道夫人は今回の一件で横島の式神使いとしての素質を計ったのだ。
理由は言うまでもないだろう。
「せ、せっかくですけど…遠慮します」
「残念ね〜」
顔は笑顔だが、目が笑っていなかった。
「それじゃ、せっかく出したんだし〜、横島君に先輩として〜手本を見せてもらおうかしら〜?」
そう言って六道夫人は横島を試合場へと押し出す。
試合場の中では、先程六道夫人が出した式神がシャドーボクシングをしている。力そのものは横島の式神の方が上回っているようだが、動きの鋭さが全然違う。これが式神に関する玄人と素人の差なのだろうか?
「…わかりました」
横島は断れないと判断し、開始位置に立った。
「それじゃ〜、行くわよ〜」
間延びした声とは裏腹に鋭い動きで式神が襲い掛かって来た。
渾身の力を込めた拳が横島に迫る、が
「タイミング、ドンピシャ!」
横島は繰り出された右腕を掴み左脇に抱えるように引き寄せると、そのまま相手の勢いを利用したカウンターを放つ。右の拳が式神の胸板を貫き、式神はそのまま依り代の紙に戻ってしまった。
「うそっ…!」
「一撃…?」
生徒達がざわめく、彼女達の目から見ても横島の式神と六道夫人の式神がほぼ互角に見えた。
一年生代表の十二人が結局倒す事のできなかった式神を、横島はただの一撃で倒してしまったのだから無理もない。
彼女達は流石、プロのGSは違うと尊敬の眼差しを試合場に立つ横島に向けていた。先程の試合での失言を補って余りある活躍と言える。
「あらら〜、一撃でやられちゃうとはね〜。横島君〜、腕上げたじゃない〜」
「ははは、どうもっス」
六道夫人はマイクを受け取り、生徒達に向けて話をはじめた。
横島は疲れ切ってへたり込んだ十二人を文珠で回復させつつ話を聞く。
「さて〜、皆さんに2つの試合を見てもらいましたが〜、プロと素人の差と言うものが〜、皆さんにもわかってもらったと思います〜。勿論〜、横島君はプロの中でも上位に位置し〜ここまで強くならなくてもプロにはなれるけど〜、先生は〜目標は高く持って欲しいの〜」
おそらく今回の思い付きは、この一言が言いたかったためだろう。
生徒達もその言葉に真摯な態度で頷いていた。
本来、クラス対抗戦は六道の卒業生に致命的に欠けている実戦経験を少しでも補うためのものだ。
だが、最近はそれに勝つだけで満足している風潮がある。
六道夫人はそんな生徒達を一喝したかった。
そのために、彼女達と同年代でなおかつ強力なGSに成長した横島はまさに適役者だったのだ。
何にせよ、横島としては誰一人として怪我をする事なく、試合を終わらせる事ができた時点で大成功だったと言えるだろう。
後は家に帰り、今日の出来事を土産話に愛子の手料理を食べて寝るだけ…と思っていたのだが、
「そうそう〜、横島君は近所でも有名な幽霊屋敷を除霊して〜、そこを事務所に独立したそうよ〜。修業を見てもらいたい人とかは〜訪ねてみるといいわ〜」
最後の最後で爆弾を放り投げられた。
「な、な、な…」
「横島さん、また遊びに行っていいですか?」
「あ、私もー♪」
霞と姫に詰め寄られ、更にその後から二十の瞳に見詰められ、横島は仕方なく白旗を上げるのだった。
「で、こうなっちゃったワケなのね」
「…申し訳ありません」
殊勝な態度で愛子に対して土下座をする横島。
あの日以降、横島の屋敷は女子高生の溜まり場と化した。
毎日数人…多い日は十人以上が横島に対する興味本位、真剣に実力の向上を目指す等、様々な目的を持って訪れている。
救いは愛子もタマモもテレサも友人が増える事自体は喜んでくれた事と、GS協会の関係者を家族に持つ者が多い六道女学院で有名になった事で少しずつだがGS協会から仕事を紹介される様になった事。
そして、客を応対する部屋が女子高生の集まる庭に面した居間とは反対側にあった事だろう。
「はぁー、幸せなんだか不幸なんだか…」
「複雑じゃのぅ、小僧」
庭を眺めて複雑な表情を浮かべる横島に、カオスは笑いながら肩を叩いた。
そんなカオスに対して横島は顔を上げてこう言う。
「じいさん…お前はいつまでウチにいるつもりだ?」
「………」
「横島さん、マリアも・います」
なし崩し的に家族が増える、かも知れない。
おわる
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