過去からの招待状 3
『…と言うわけなんですよ』
なし崩し的に魔族と共闘する羽目になった西条。彼は自分の車に戻ると、すぐさま携帯電話で美智恵に連絡を取った。
「例の山の一件よね? 私も気になってはいたんだけど、まさか魔族が絡んでいるとは…」
『魔族と協力すると言うのがオカルトGメンの総意なのですか? それなら僕はすぐにでも辞表の書き方を調べねばならないのですが』
「…おそらくその男の独断だと思うけど、調べてみるわ」
『わかりました。正式な命令ですから逆らう訳にはいきませんが、こちらから荒事にならないよう働きかけてみます』
「お願いね」
それだけを言って、美智恵は受話器を置いた。
実は美智恵が西条にあえて伝えていない事が一つあった。件の山を取り巻く組織の関係だ。
GS協会の名物幹部、猪場道九。彼が山の地主である高松と繋がりがあるという事はオカルトGメンでは既に把握している。
それに対し「GS協会は魔物と手を結ぶつもりだ」と鼻息荒くして陣頭指揮を取っているオカルトGメンの一幹部。
猪場もGS協会の一幹部に過ぎず。それが両組織の総意という訳では勿論ないが、いまや件の山を巡る争いは代理戦争の様相を呈していた。
「こういう裏の仕事は私の役目ね…」
GS協会と違い、政治も関わってくるオカルトGメンの上層部ならば魔族と手を結んでいる事実を武器に暴走するあの男を切る事もできる。
確かに汚い手ではあるだろう。しかし、だからこそ自分がせねばならないと美智恵は考えていた。
「俺が悪徳GSだと? どこぞの誰かと一緒にすんじゃねぇ!」
「悪いヤツは皆そう言うんだ、騙されないぞ!」
一方、森の中で対峙する雪之丞とケイ。
とは言え、山の妖怪を刺激しない、傷つけないというのが雪之丞に与えられた仕事の条件だ。それを抜きにしても目の前の子供相手にまともに戦うわけにはいかない。
今にも襲い掛かってきそうなケイに勢いで啖呵を切りながらも雪之丞はどうしたものかと頭を悩ませている。
「お〜い!」
そんな時だった、横島の声が聞こえてきたのは。
「あ、兄ちゃん!」
「横島!」
二人して同時に声を上げ、また同時に顔を見合わせた。
「…ようするにアレか? お前が助けたあのガキはお前に憧れて、この山を守ろうとしてると?」
「…らしいな」
廃校へと戻るべく山道を歩く三人だったが、ケイは一人先行し周囲を警戒している…つもりでいる。
いかに強い霊力を持つ猫叉とは言え、ケイはまだ実力も経験も足りない子供。しているつもりになっているだけだ。
横島が美衣に聞いた話によると、ケイは横島と会って以来横島に憧れ、皆を守れるぐらいに強くなりたいと『特訓』を始めたとか。
当然、子供にできる事なのだから横島や雪之丞から見れば大した事ではないのだが、如何せんケイ自身がその事を理解できておらず、ある種暴走したまま今のような状況に陥ったため、美衣はケイの事が心配で気が気ではないそうだ。
「…まぁ、あのガキに関しちゃ俺は無関係だな。むしろあのガキが言ってたオカルトGメンが動いてるっつー方が問題だ」
「薄情な…」
「原因はお前だろうが、自分でなんとかしろ」
雪之丞はそう言って立ち止まり、横島達とは逆の方向へと歩き出す。
「あんなガキにまで知られてるって事は、実際にGメンが動いてるのを妖怪達が知ってるって事だろ。俺はそれを調べてみる」
そして、そのまま森の中へと姿を消してしまった。
横島も心配する事なく見送る。それだけ雪之丞の実力を信頼しているのだ。
「あ、あれ!? あの目付きの悪いヤツどこ行った!?」
「…まぁ、目付きの悪いのは否定せんが、雪之丞は悪徳GSなんかじゃないぞ」
「そうなの?」
ケイはきょとんとした目で横島を見る。
横島はどうやってこの猫叉の少年を説得したものかと頭を捻るのだった。
廃校へと戻り、ケイを美衣に預けた横島は猪場達にオカルトGメンに関する話を聞きにいく事にする。
タマモが横島と合流しようとしたが、オカルトGメンが関わってくるとなるとタマモの存在を隠さねばならなくなるので、美衣にタマモを預けて一人で行くことにする。
ちなみに、愛子はかつてのクラスメイトと昔話に華を咲かせているので、やはりここはそっとしておくべきだろう。
「そうか…君もその話を聞いたのか」
「俺はここのトラブルは公共事業に関するものだと聞いてたんですが」
横島の言葉に高松は顔を曇らせる。確かにそれも事実なのだが、実はその公共事業自体が仕組まれた事なのだ。オカルトGメンは政治との関わりが深い。決して不可能な話ではない。
「で、でも…どうしてそこまでして?」
「別にこの山を欲しいと思っているわけではないさ。ただ、オカルトGメンは人と妖怪が共存できる事を認めないんだよ」
猪場の言葉に横島は唇を噛む。
「猪場さん…人と妖怪が共存するって、そんなにいけない事ですか?」
「私は正しいと信じているよ」
「………」
猪場がいつか言っていた今の世は科学を中心に動いているという言葉が思い出される。
科学で解明できない存在を、理解できない存在を認めたくないのだ。
「俺は…俺たちはどうするんですか?」
「なに、連中が攻めて来たところで同じ舞台に上がる必要はないわい。今、GS協会でここを保護区とするべく働きかけている。それが決まれば、連中は手出しできんよ」
確かにそれができればオカルトGメンも手を引かざるを得ないであろう。
「私はこれから東京へと戻り、協会の会議に出席せねばならん。その会議でここを保護区に承認させるつもりだ」
そこで一旦言葉を区切り、猪場は古びた鍵を横島に手渡す。
「これは?」
「おそらく、オカルトGメンが最も危険視している魔族が隠れ住む場所への鍵だ。一度会っておくといい」
「魔族…わかりました。すぐにでも会いに行きます」
横島は神妙な面持ちで頷くと、猪場から受け取った鍵を握り締める。
高松に聞いた話によると、この山の中に魔族がいる事は高松、猪場、そして妖怪達の中でも極一部のまとめ役しか知らぬ事だとか。
当然、猪場は横島の魔族化した腕の事は知らないが、ルシオラの事は聞き及んでいるはずだ。それだけに横島の事を信用してこの鍵を託したという事だろう。
「…長丁場になるかも知れないな」
横島は高松に愛子達への伝言を頼むと、すぐさま山奥の小屋に隠れ住むという魔族の元へと向かった。
一方、雪之丞はオカルトGメンの本営に辿り着いていた。
ここを見つけ出す事自体は町の中でGメンの人間らしき者を見つけて、後をつけただけなのでたやすい事だったのだが、この物々しい本営の様子はただ事ではない。まるで、どこかに戦争をしかけに行くようではないか。
どこに?
決まっている、山に棲む妖怪達と《愛子組》に対してだ。
「それにしても、やり過ぎだ…相手はほとんど素人と変わらねぇ集団と人間から逃げて来た妖怪だぞ?」
雪之丞はそのまま注意深く周囲を警戒しながら本営への忍び込み、更なる情報の収集を計る。
彼にはまだ、何故オカルトGメンがここまでせねばならないかがわからないのだ。
一際大きなテントの裏側に回り込み耳を澄ませる。
そこからは聞き覚えのある西条の声と、複数の禍々しい気配…忘れもしない、デミアンとベルゼブルだ。
「なんだって、西条の旦那が魔族とつるんで…」
雪之丞は注意深くテントの中の会話に耳を傾けた。
「そもそも、山に潜む魔族の正体はわかっているのですか!?」
「魔族がいる事は確かさ、我々が言うんだ間違いない」
西条が何か理由をつけて襲撃を遅らせようとしているが、そのことごとくをデミアンにより論破されている。
そもそも、今回の作戦自体がオカルトGメンの正式な命令だ。これを止めるには、作戦を遂行する事によるデメリットを説くしかない。しかし、信用できるかどうかは別問題としてデミアン、ベルゼブルという魔族がオカルトGメン側にいる以上、戦力面での危険性を説いたところで説得力に欠ける。
美智恵ならば、何か作戦開始を止めるような裏技を思い付いただろうが、生憎と西条ではそんなアイデアは思い付かない。
「フフフ…そうだベルゼブル。お前が偵察に出て山の魔族の正体を探ってくるというのはどうだ?」
「いいのか? 思わず殺っちまうかも知れんぞ?」
「なっ!?」
あげくにデミアンに揚げ足を取られてしまった。
「ちょ、ちょっと待て!」
「何故止める? 我々はオカルトGメンの勝利のために協力しているのだぞ?」
「それは…」
そう言われると反論する術がない。
西条はあくまでオカルトGメンの人間であり、マスコミからはおろか他のメンバーからも注目される西条が反抗するような素振りを見せれば組織の屋台骨そのものを崩しかねない、それだけの重圧が彼の双肩に重く圧し掛かっている。
「ところでデミアンよ、コソコソと嗅ぎまわっているネズミはどうする?」
急激にベルゼブルの殺気が膨れ上がり、テントの外で中の様子を伺っていた雪之丞は頭で考えるよりも速く距離を取った。
「ククク…やはり、『協力者』として害獣の駆除ぐらいはせんとな?」
そう言ったデミアンの視線がテントの外の雪之丞に向けられる。
完璧に雪之丞の存在に気づいている。
「奴はオカルトGメンの敵だ。よもや邪魔はすまいな?」
デミアンは西条を一瞥し、見下したような笑みを浮かべつつテントから出て行き、ベルゼブルも小馬鹿にしたような笑みを残して山に向かって飛び去っていった。
「………」
ここで雪之丞に助力すれば完全な裏切り行為となる、西条には決してできない事だ。西条は己の不甲斐なさに唇を噛むのだった。
「西条君、『オカルトGメンの西条輝彦』がオカルトGメンを裏切る事がどれだけ大きな意味を持っているか…わかっているね?」
「………ハイ」
粘着質な言葉で攻める幹部を一瞬怒りに満ちた目で睨み付けたが、結局西条は何も言い返せずに俯いてしまうのだった。
「逃げられ…そうにはねぇな」
「当然だ」
雪之丞は霊波砲で応戦しつつ山道を逃げていたが、デミアンは霊波砲で身体を削られながらも歩む速度を落とす事なく徐々にだが
確実に近付いてくる。
逃げ切れないと判断した雪之丞は魔装術で霊気の鎧を纏い、一戦交える覚悟を決めた。
「ククク…お前のような力馬鹿が勝てるつもりか?」
「クッ…」
「こうすればまぐれ当たりもないだろ!」
デミアンは身体を正中線で開き巨大な肉塊を吹き出させた。
この肉塊の中の本体を攻撃せねばダメージを与える事ができないという特性上、体積が増えれば増える程雪之丞にとって不利になっていく。
しかも、こうしているうちにベルゼブルが廃校へと向かっている。ベルゼブルがおとなしく偵察だけで帰ってくるとは思えない。
向こうには横島がいるが、ベルゼブルにはクローンがいる。横島自身にベルゼブルに負けない実力があるとは言え、《愛子組》の全員を一人で守れるわけがない。
「相性は最悪…それでも、負けるわけにはいかねぇんだよ!」
「その通りだ雪之丞君!」
「「!?」」
突然、背後からかけられた声にデミアンが振り返り、声の主を見てニヤリと笑った。
「思いきった真似をしたな、西条輝彦…オカルトGメンがどうにかなっても困るのは我々ではないぞ?」
デミアンの影となって雪之丞からは見えないが、声から察するに西条が救援に駆けつけてくれたらしい…が
しかし、声の主はデミアンの言葉をキッパリと否定する。
「フッ…僕はオカルトGメンきっての好青年、西条輝彦などではない」
「狂ったか? 西条でなければなんだと言うんだ?」
白い覆面、マントにサングラスをかけた声の主はよく響く朗々とした声でこう答えた。
「僕の名はマスク・ザ・ジャスティス! 通りすがりの正義の味方さッ!」
デミアンの紛い物であろう顎がカクーンと落ちた。
つづく
|