帰ってきたどっちの除霊ショー 1
その日、令子は朝から不機嫌だった。
仕事でミスをした訳でもなく、何か金銭的に損をした訳でもない。
ただ、とてつもなく嫌な予感がするのだ。
霊感の強い令子にとっては、それは勘ではなく予知だ。厄介で、手間がかかり、なおかつ儲けが少ない。そんな仕事が舞い込んでくる予感がビンビンする。止めとばかりに断り辛ければソーバッドだ。
「…逃げちゃおうかしら?」
限りなく本気の座った目でぽつりと呟いた令子。そんな彼女の様子をおキヌとシロは遠巻きに見守っている。
「香港で食べ歩き、エーゲ海でのんびりってのも良いわね。ラスベガスで豪遊ってのも悪くない」
本当に海外逃亡すると決めたらしく、旅行プランを練り始める令子。
プランの内容がどんどん過激になっていき、ブラドー島ニンニク祭を経てザンス王国精霊石盗掘ツアーに至った所で、おそるおそるおキヌが声を掛けて令子を現実に引き戻した。
「…さん! 美神さん!」
「え、何?」
「あの、唐巣神父がお見えになっているんですけど…」
その言葉を聞いて令子は机に突っ伏した。最早逃亡する時間が無い事を悟ったのだ。
「…で、何の用なのよ?」
「そんな顔をしないでくれ、全てのGSの未来が掛かっているのだよ」
真剣な顔をした唐巣の言葉を聞いて令子は頭を抱えた。間違いなく厄介事だ。
「君は蔵人醍醐(クラヒト ダイゴ)と言うGSを知っているかい?」
「誰それ?」
「最近TVによく出ているGSですよ。学校でも話題になっています」
醍醐を知らなかった令子をおキヌがフォローする。
蔵人醍醐と言うのは時期的には令子の先輩にあたるGSで、最近は頻繁にオカルト関連、またそれ以外のTV番組にも出演しタレントなのかGSなのかよく判らない位置にいる男だ。
芝居がかった動作に加え、大きな爆発を起こす破魔札を主な武器としている彼は、見た目にも派手なため一般人からの人気はかなりの物がある。
「ふーん…で、その醍醐とやらがどうしたってのよ?」
「実は彼が出演している番組が今度二時間スペシャルをやるそうでね、そのゲストに君を指名しているのだよ」
「は? それってどう言う…」
「とにかく、僕と一緒にGS協会に来てくれ」
聞きたい事は色々とあったが、令子は唐巣に促されるまま共にGS協会へ向かうのだった。
唐巣の車に乗り、GS協会に着いた令子は会議室に通された。唐巣の執務室ではなく会議室に通されたと言う事は醍醐に関する話は唐巣個人ではなく、協会からの話だと言う事だ。
ますます断りにくくなったと令子は顔を顰める。
ちなみに、唐巣は既に正式に幹部の地位についている。GSとしても現役のままではあるが、最近は仕事のほとんどをピートにまかせてGS協会の執務室で書類に埋もれる日々を送っているそうだ。
「まずはこれを見てくれ」
「それは?」
「件の蔵人醍醐が出演している番組だよ。醍醐が除霊を行う様を放送しているんだ」
「へぇ…」
画面にはロングコートを羽織った長髪の男とそれを取り囲む悪霊達が映っている。
「フッ…この天才GS蔵人醍醐を恐れぬならばかかって来たまえ!」
その言葉を皮切りに次々に襲い掛かる悪霊達を醍醐は破魔札で撃退していく。
「退け、悪霊ォーーーッ!!」
最後にその群のリーダーだと思われる他より一回り大きい悪霊に派手な動作で破魔札を叩き付け…
そこまで見た令子は無言のままリモコンを手に取り、そのビデオを停止させてしまった。
「………明らかにやらせじゃない」
全くもってその通りだったりする。
まず、周囲を取り囲む悪霊、あれは全て低級霊だ。
令子も以前、吸引した低級霊を低級霊弾にして利用した事があったが、おそらくあの映像もそれと同じ様な事をしているのだろう。低級霊をあえて祓わず、利用すると言うのは有名ではないが、割と使われる手段だったりする。
そもそも、低級霊と言うのは悪霊とは違う。言わば悪霊の残した念や霊気の残り滓である。
自意識も持たないあれらが人間に及ぼす被害など、悪霊と言う核を以って群体にでもならない限り、せいぜいただそこに居て邪魔になるだけだ。あんな風に自ら人に襲いかかると言う事は無い。
そして、醍醐の使用していた破魔札。
低級霊相手に破魔札を使うGSなどほとんどいない。令子だったら素手どころかデコピンでも祓える。ねばねばしているので普段は神通棍を使うが。
「こいつモグリなの?」
「いや、正規のGSだ。資格試験では資格取得の次の試合で負けたらしいが」
要するに三流と言う事だ。しかも、あの映像から察するにその底辺付近に位置する実力であろう。
「…どうせ、試験も破魔札使って勝ち進んだんでしょ?」
「その通りだよ、令子君」
唐巣はこめかみを押さえながら答えた。
「って、まさか私にこいつと共演しろっての?」
「ああ。だが、それだけじゃない」
そう言って苦渋の表情を浮かべる唐巣。続いて彼の口から出た言葉は、ある意味令子に相応しい物だった。
「GS協会はこれ以上この男の狼藉を看過できないと判断した。君の手で彼の化けの皮を剥がしてもらいたい。全ての視聴者に彼の正体が分かる形で」
そう言いつつもキリキリと胃が痛そうな唐巣。人を陥れる様な依頼をしてしまった罪悪感に苛まれているのだろう。
一方、令子も考える。
確かに醍醐一人を叩きのめしても解決にはならない。手間が掛かる。
GS協会からの報酬などたかが知れている。儲けが少ない。
苦悶の表情を浮かべた唐巣に頭を下げられたら、断り辛いを通り越して断れない。
しかし…
「な、なんて楽しそう…!」
どんな方法で陥れてやろうかと考えるだけで心がときめく。
令子は瞳を輝かせて依頼を快諾すると、醍醐の番組のビデオを手に取り、スキップしながら会議室から出て行ってしまった。
そして、一人残された唐巣はオカルトの知識の無い人々を騙している者とは言え、その男を悪魔の生贄にしてしまった事を悔やみ、天を仰いで十字を切った。
ちなみに、醍醐が令子をゲストに呼ぼうとしている事を知って、彼女を嗾けようと考えたのは唐巣ではなく、GS協会の幹部達だったりする。協会内における彼女の評価がよくわかると言うものだ。
一方その頃、横島家では…。
「横島君、お客さんよ〜」
「ん?」
愛子に呼ばれた横島は、今日家に訪れて霊力を高める訓練をしていた成里乃と大和を庭に残し、事務所として使っている部屋に向かった。
そこで待っていたのはスーツ姿で笑みを浮かべた中肉中背の男と、ロングコートを羽織った長い髪で長身の男だった。
「えーっと、依頼ですか?」
「いやいや、どうも。依頼は依頼なんですが、除霊ではないのですよ」
そう言って立ち上がったスーツ姿の男は懐から名刺を取り出して横島に手渡す。
「…TV局のプロデューサー?」
「ええ、ええ、実は私、こちらの天才GS蔵人醍醐さんの除霊番組を制作しておりまして」
「はぁ…」
気のない返事の横島。それもそのはず、蔵人醍醐と言うGSがTVに出て騒がれ始めてかれこれ数ヶ月となるのだが、横島はここ半年ほど妙神山での修行と独立のために奔走していてろくにTVを見ていないのだ。実は蔵人醍醐について名前すら知らなかったりする。
「この度、二時間スペシャルを制作する事になったのですが、そのゲストに是非横島さんをと…」
「俺が?」
いきなりの話に眉を顰める横島。それを見た蔵人は大きな動作で足を組み、やけに大袈裟に肩をすくめながらプロデューサーに話し掛ける。
「まったく、最近話題の若手GSだと聞いていたけど、まだ子供じゃないか。次の除霊は規模が大きいんだろ? もう少し有名所を呼べないのかい? 例えば小笠原エミとか、魔鈴めぐみとか…」
「いや、それは…」
プロデューサーは言葉を濁した。
一方、「未熟者」扱いされた横島だが、唐巣や令子、エミや魔鈴と比べると未熟である事は事実だと考えているので何も言わない。むしろ、エミや魔鈴を呼べと言えるこの男の実力の方に興味があった。
「まぁ、仕方がないか…ビィッッッグゲストを呼んでいる訳だし、更に有名所を呼ぶ予算がないんだね」
「平たく言ってしまえば…」
取り出したハンカチで汗を拭うプロデューサー。二人のやり取りから察するに彼も醍醐の扱いに苦労しているらしい。
「あの、結局俺はどうすればいいんでしょう?」
「あああ、そうでしたな。横島さんには是非にも、是非にもスペシャルに出演して頂きたいと思いまして、詳しい事は後日局の方で打ち合わせと言う事で」
「…わかりました」
胡散臭さを感じなくもないが、TV出演はこれ以上とない宣伝活動だと考えた横島はその話を受ける事にする。
その後、二人はもう一人の出演予定者との交渉があるからと足早に次の目的地へ向かって行き、残された横島は女子高生達の待つ庭へと戻った。
「…と、言う訳でTV出演する事になったんだ」
その言葉に途端に色めき立つ女子高生達。今日は十人弱の女子高生が訪れていたので、彼女達の熱い視線を一身に受けて横島は浮かれていた。
しかし、そんな中何か考え込んで黙り込む大和と、一心不乱に修練を続ける成里乃の二人。浮かれていた横島も二人の様子に気付く。
「…成里乃ちゃん、何か必死だね」
「彼女、次のGS資格試験を受けるらしいですから」
横島の隣に陣取っていた少女の言葉に、六道の生徒は卒業まで試験を受けられないのではと疑問符を浮かべる横島。
確かにその通りなのだが、これには例外があるらしく、六道女学院には「GS資格試験を受ける資格を得るための試験」があるとの事。それに合格すれば卒業前でも試験を受ける事ができ、成里乃はそれに挑戦しようとしているらしい。
それを聞いた横島は、かおりもすぐにGS資格が取れるのではないかと考えた。
後日家を訪れたかおりにそれとなく聞いてみたところ、彼女の父は先代を早くに亡くしたために十五の若さで当主となった経緯があるため、そんなに私を早死にさせたいのかと親の許可が下りないとの事だ。
閑話休題。
成里乃にそういう事情があるならばと横島も妙神山で学んだ基礎訓練を彼女に伝授するべく、マンツーマンで指導する。
周囲の女子高生達から黄色い声援が飛び、横島を呼び寄せようとする。しかし、横島としても同じ女子高生との触れ合いなら、真面目に実力向上を目指す者を世話してやりたいので、終始成里乃に付きっ切りで指導を続けた。
そのまま成里乃への指導は日暮れまで続けられ、彼女と一人で修練をしていた大和の二人を残して女子高生軍団は帰路についた。
寮生である二人は、寮では入浴時間も限定されるため横島家の風呂を借りる事となる。これは修練を目的に来た者達には恒例の事だ。
広さでこそ寮の浴場には敵わないものの、マンション等のそれよりは大きい檜の風呂は寮に比べて一度に入浴する人数が少ない事もあって彼女達には好評であった。
外を散策していたタマモとバイトに行っていた小鳩も帰宅し、風呂に入っている成里乃達が戻ってくるのを待つ間にTV出演の事を皆に話す横島。それに対する彼女達の反応は…。
「そんな名前、学校で聞いた事があるような…」
普段はドラマしか見ない愛子はこう答え。
「誰それ?」
タマモは全く興味がなく。
「あー、知ってる知ってる。この前女優とスキャンダルが発覚したかと思えば実は出鱈目だった奴でしょ?」
「売名行為の、確率、82.5%」
「ぽー」
まるで主婦の様な覚え方をしているように見えて、本当に主婦御用達の番組しか見ていないテレサとマリア…ついでにハニワ子さん。
「さて? 聞いた事がないのー」
カオスは最近蔵を改造した研究所に篭っていて、TVは見てもニュースか情報番組か時代劇なので全く彼の事を知らなかった。
そして、彼女達に比べて一般的な感性を持つ小鳩は蔵人の事を知ってはいたが…。
「あの、私知ってます。学校でも話題になってますし…けど」
「けど?」
口ごもる小鳩だったが、横島は少しでも情報が欲しいと先を促す。
「こんな事を言っては失礼だと思うのですけど…TVで騒いでる割には、横島さん達に比べて大した事がないように見えました」
彼女はあまり蔵人に対して良い印象は持っていないようだ。
「小鳩はんの言う通りや!」
背後からの大きな声に振り向くと、汗を流してさっぱりとした大和と成里乃がタオルを手に立っていた。濡れた髪がなんとも言えず、横島は思わず喉を鳴らすが、直後隣のタマモの手が伸びその脇腹を抓る。
毎度の事なので慣れたものだ。
「や、大和ちゃん、それってどういう事?」
横島に問い掛けられた大和は彼女達の前では言えませんでしたが、と前置きをして答えた。
「はっきり言うて、蔵人醍醐って野郎はTVで騒がれとる程の実力なんてない三下なんや!」
GS協会大阪支部の幹部を父に持つ大和は色々と考える事があるらしく怒りを露わに関西弁混じりでまくし立てた。
大和の関西弁に懐かしさを感じつつ、どんどん語気が荒くなる彼女の言葉を皆にも解る様に翻訳し、要約するのは同じく関西出身の横島。成里乃も関西の生まれではあるが、京都出身のためか大和の関西弁に少し引き気味だ。
しかし、蔵人に対する意見は成里乃も同意見らしく、ある程度の霊能力がある人が見ればすぐに蔵人が三流である事はわかるとの事だ。
問題は六道の生徒達の中で、それを見抜ける者はクラス対抗戦の代表に選ばれる様な極一部の少数派であるため、周囲の生徒達が蔵人を話題にしていてもついて行けないと言う事だ。
逆に言えば、見抜けない者達から見た蔵人はまさにヒーローらしく、下手な事はいえないのが現状らしい。
「大和、関西弁」
「…はっ! し、失礼しました…」
成里乃に指摘され、大和は自分が関西弁で喋っていた事に気付いて湯上りで赤く染まった頬を更に真っ赤にして俯いてしまった。
「う〜ん、そんな奴だったのか…」
「私も詳しくは知りませんが、東京本部が蔵人醍醐をどうにかしようと動いてると聞いてます。一度問い合わせてみれば?」
標準語に戻った大和の提案に横島は頷く。唐巣か猪場に聞けば何かわかるだろう。
その後、大和と成里乃の二人はテレサとハニワ兵達が寮まで送って行く事となり、横島は二人に、特に成里乃に十分身体を休めるようにと別れ際に伝える。
当初はご近所の噂になったハニワ兵達も、庭に巨大な土偶型のカオス式地脈発電機が設置されてからは、ハニワ兵はそれの付属品のように見られ、意外にも近隣の人々に受け容れられていた。
開業祝の時はアイデンティティ・クライシスを起こしかけていた霞も、最近ようやく馴れてきたようだ。
本当の所はカオス謹製の発電機と違って、ハニワ兵はルシオラ印の魔界最先端技術の粋を集めた兵鬼なのだが、その事はハニワ兵達を引き取ってきた横島も理解していない。
今ではテレサと一緒にエプロン姿のハニワ子さんが商店街で買い物をしていても誰も疑問に思わなくなっていた。
「ねぇ、横島。そのTV出演の仕事断ったら? 共演者も胡散臭いし…」
「そうかもしんないけど…まぁ、明日GS協会に問い合わせた結果次第だなぁ」
充電用の椅子に腰掛けたテレサは心配そうに声をかけるが、それに対して横島はさほど危険だとは思っていない。
何かあるにしても、須狩達による偽の依頼に比べれば大した危険はないと考えているのだ。
「…面倒事は勘弁してよね。それじゃ、おや…す…み…」
そう言ってスリープモードに移行するテレサ。横島は同じくスリープモードに移行したマリアの二人に必要はないと頭では分かっていてもそのままにしておく事ができず、そっと毛布を掛けてやり、その後自分の部屋に戻るのだった。
翌日、横島がTV局へ打ち合わせに行こうと準備をしていると、共演者が彼の元を訪れた。
玄関を出てみると、そこにいたのは令子…ではなく、
「横島く〜ん。私も〜、一緒に〜TVに〜出る事に〜なったの〜♪」
そう、そこに立っていたのはかつて横島と一緒にTV出演し、完膚なきまでにその番組を破壊したデストロイヤー。無邪気な笑みを浮かべる六道冥子その人であった。
つづく
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