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帰ってきたどっちの除霊ショー 3


 TV局での打ち合わせから一週間経った番組放送当日、横島は六道家の用意した車で現場へと向かう途中、同乗した令子と冥子に学校で聞いた蔵人醍醐に関する話を聞かせる。
 彼等も蔵人をヒーローとして見ていると思っていた横島だったが、意外な事に級友達の内何人かは蔵人の正体に薄々気付いていた。
 彼等に言わせてみれば、横島、ピート、タイガー、愛子を普段から見ており、令子が横島を折檻する所を度々目撃しているため、それらの「本物」に比べれば大した事がないらしい。やはり、令子の「本物」ぶりは彼等にとって恐怖の対象のようだ。
 それを聞いた令子は怒って横島に掴みかかろうとしたが、横島が助手席に座り、令子は冥子と共に後部座席に座っていたため、必殺の拳を叩き込む前に冥子と運転手に止められてしまった。運転手だけなら令子も気にせずにその拳を横島の顔面に叩きこんでいただろうが、冥子までも間に入るとなれば拳を止めざるを得ない。暴走されると怖いからだ。
 その後は特にトラブルもなく横島達は撮影現場へと到着するのだが、それとほぼ同時刻に令子の事務所は白いリムジンに乗った蔵人に来襲されていた。ご丁寧に扉を通す事のできない程に巨大な花束を手土産に令子を迎えに来ていたようなのだが、令子は既に六道家の車で出発、おキヌは今回不参加のため学校へ、そしてシロは一人事務所に残っていても暇なため散歩に出掛けていた。
 その後も事務所の扉の前で諦めきれずに待ち続ける蔵人。それは少し遅れて登庁してきた西条に職務質問されるまで続くのであった。



 蔵人が任意同行を求められている頃、番組の主役が未だ現場にも向かわず油を売っている事など露知らず、現場ではスタッフ達が慌しく放送の準備を整えていた。
 現場となるのは森、スタッフはその手前の広場にロケーション車両を並べている。
 令子はざっと見回して見るが、車両の数に比べて周囲のスタッフの数が少ない。おそらく森の中で「準備」をしているのであろう。
 予定時間より30分程早く到着した横島達三人。令子はプロデューサーの元へ打ち合わせに向かい、横島と冥子がこの場に残される。スタッフの一人が駆け寄って来て、出演者の控え室代わりに使用される事となっているマイクロバスに二人を案内しようとしたが、その前にどこからともなく現れた六道家の使用人達がテーブル、チェア、パラソルも含めた優雅なティーセット一式を揃えてしまう。
「横島くん〜。令子ちゃんが〜戻ってくるまで〜、お茶でも飲んでましょ〜」
「…あー、それじゃそういう事で」
 己の生活水準を遥か彼方成層圏まで上回る出来事に唖然としていた横島とスタッフ。結局、式神マコラにエスコートされて椅子に着くまで茫然自失としていた横島だったが、せっかくだからこの優雅な時間を楽しもうと、周囲のスタッフの羨ましそうな視線を一身に浴びながら少し優越感に浸りつつティータイムに興じる事にした。

「横島くんに〜、相談したい〜事があるの〜」
「相談?」
「令子ちゃんが〜、今日使う式神は〜横島くんに〜決めてもらいなさい〜って言ってたの〜」
 美神さん、感謝します! とほんの一瞬だけ女神の姿をしたかつての雇い主を思い浮かべた横島。
 冥子の式神暴走(ぷっつん)の一因は普段からの不必要な式神の出し過ぎによる霊力消耗にある。逆に言えば、それを防ぐ事ができれば暴走する確率は著しく減少するのだ。それが分かりきっているにも関わらず、いまだに暴走し続けているのは冥子が冥子たる所以であろう。
 それはともかく、冥子も令子がそう言ったのであればおとなしく従うであろう。後は横島が暴走させないようにうまく式神を選んで彼女を守り切ればいい。
「でも、今日の相手って低級霊なんだよなぁ…」
 そう言って苦笑する横島、普通に考えて現役のGSが苦戦する相手ではない。
「そうだな…スタッフも一緒にいるんだし、サンチラとクビラだけでいいんじゃない?」
「わかったわ〜」
 そう言って冥子は微笑んだ。
 式神サンチラは蛇の姿をした式神だ。人によっては生理的嫌悪感を催す姿であろうが、電撃を放つ事による広範囲の攻撃を得意としており、六道家の十二神将の中でもかなり攻撃的な能力を持つ式神だ。
 そして式神クビラはかなり高い精度を誇る霊視能力を持つ、低級霊程度の霊力では霊視のできるGSでも弱すぎて見逃してしまう事もあるが、クビラの霊視からは逃れられない。
 この二体であれば低級霊がどこに居ても見逃さず、すかさず攻撃し冥子を守るであろう。

 その後、打ち合わせを終えた令子も戻って来て、横島が六道家の使用人達に拉致られ着替えとメイクを済ませている間に女性陣二人も自らのメイクを完了させる。
 後は主役、蔵人醍醐の到着を待つのみとなったのだが…。

「遅い! 私を待たせるなんていい度胸じゃない…」
 蔵人は令子の事務所の前で待ちぼうけし、更に西条による職務質問を食らっていたため、到着は更に遅れるであろう事を彼女達は知らない。



 結局、予定時刻を二時間程過ぎてから蔵人は現場に到着した。本来ならリハーサルを行ってから、生放送が始まるはずだったが、これでは、放送開始に間に合うかぎりぎりのラインである。慌てる撮影スタッフには悪いが、エミ達を現場に潜ませている令子にとっては嬉しい誤算だと言える。
 プロデューサーはすぐさま彼に駆け寄り問い詰めてるが、どうやら蔵人の耳には入っていないらしく意にも介さず、歩みを緩める事無く令子の前まで来ると、こう言い放った。
「いやぁ、まさか君がこんなに早く来ているとは思わなかったよ。そんなに僕に会いたかったのかい?」

 馬鹿だ。

 真っ直ぐな瞳でこちらを見据える蔵人を見て令子はそう思った、同時に手強いとも。
 横島とは別のベクトルで、そして横島以上に性質の悪い人間だと確信し、今この場で病院送りにしてやろうかと拳に霊力を込めるが、それではGS協会からの依頼である「蔵人醍醐の正体を世間に露呈させる」事が達成できない。
 令子は蔵人に背を向けると、掌に『金』と言う字を三回書いて飲み込む。更に一拍置いて振り返るとあら不思議、心に燃える怒りの炎とは裏腹に完璧な営業用スマイルで蔵人に応えた。

「まぁ、お上手ですね蔵人さん。あんた二時間も遅れたんだから、とっとと準備しなさいよこの野郎

 表情以外は完璧ではなかったようだが。
 言うまでもなく、独自の進化を遂げた蔵人の耳には令子の怒声は届いていない。

 しかし、そんな蔵人にスタッフも慣れているのだろう。すぐさま蔵人を取り囲みものの数分で準備を済ませてしまった。横島の様に着替える必要はない。彼は常日頃からステージ衣装にしてトレードマークのロングコートなのだから。



 横島達四人はセットまで連れて行かれ、そのまま放送が始まった。蔵人は何時も通りのロングコート、令子も除霊の妨げにならない程度ではあるが着飾っている。冥子が彼女の感覚で選ばれた「よそ行きのお洋服」なため、二人を並べて令子の方が年下だと気付く者はおそらくいないだろう。
 そして、六道家の使用人達により着替えさせられた横島は…どこかで見たような着物に着替えさせられていた。
 撮影スタッフは誰一人として気付かなかったが、それは六道女学園で教師を勤める鬼道と同じ物で、実は六道家に所属する式神使いが着る礼服だったりする。言うまでもなく六道夫人の指示だ。
 この番組は生放送だ。六道女学院では今頃特別授業として霊能科の生徒を集めて、この番組を見ている事だろう。今頃、皆目を丸くして横島を見ているはずだ。
 オカルトGメンの事務所で部下達と共にこの放送を見ている美智恵は、大慌てで六道夫人へと抗議の電話を掛けているが、この辺りは割愛する。


 美智恵が何故、この番組は一人だけではなく部下と共に見ているのか、疑問を抱く人もいるだろう。
 霊能者としてある程度の実力があれば、その正体を看過する事は容易い。世の民間GSの八割以上が気付いている事なのだから、美智恵が気付かないはずがない。
 ならば、何故部下達も集めて皆でこの番組を見ているのか?
 令子の活躍を見せるため? 否、わざわざ身内の恥を晒したりはしない。
 そもそも、美智恵は令子が蔵人の正体を世間に晒すために番組に出演している事を知っている。それを踏まえた上で部下達に見せる理由は一つしかない。

 そう、オカルトGメンの者達は蔵人醍醐の正体に気付いていないのだ。

 事前にそれとなく探りを入れた所、オカルトGメン日本支部の全職員の内、蔵人醍醐の正体に気付いていたのは一割にも満たなかったと言う、海外の他支部では有り得ない結果が出た。これは、そのまま民間GSとオカルトGメンの質の差を表していると言える。
 原因は、日本におけるGS協会とオカルトGメンの歴史の差等色々とあるが、ハッキリと言ってしまえば「美神令子」の存在だ。
 彼女は良くも悪くも有名人で、その金銭欲に眉をしかめる者も多いが、反面その財力を羨み、憧れる者も多い。彼女は自身の霊能力者としての実力でビッグマネーをつかんだ、いわばオカルティックドリームの体現者なのだ。
 それ故、霊能力者として実力のある者は、まず民間GSを目指す。わざわざ公務員になって、「はした金」のために命を賭けようとはしない。
 一つ断っておくが、オカルトGメンは国際公務員である。世間一般から見れば、かなりの高給取りだ。あくまで世間一般から見ればであって、強欲GSから見ればそれこそ「はした金」に過ぎないのだが。
 では、今現在オカルトGメン日本支部に所属する者はどういった者達なのか?
 はっきりと言ってしまおう。「民間GSになれる程の実力はないが、人々のために戦う道を諦めきれない者達」が集っているのだ。歯に衣着せずに平たく言えば「実力不足でも、諦めきれないぐらいにヒーロー願望の強い者達」である。「覆面男予備軍」と言っても良いだろう。
 本部や他の支部のある国では、オカルトGメンはそれこそ霊能力者のエリート、これ以上とない名誉な仕事と言われているのだが、悲しいかな日本では、その様には扱われない。オカルトGメンの持つ歴史よりも遥かに長い歴史を誇る霊能力者の家系が幾つも存在しているためか、日本のオカルト業界ではオカルトGメンこそが「新参者」として扱われているのが現状だ。
 言うまでもない事だが、このままではいけない。美智恵がアシュタロスとの戦いを終えてもなおオカルトGメンに留まっている理由は、日本支部を鍛え直すよう、オカルトGメン本部から要請されているためである。今回の番組も、そのための布石の一つなのだろう。


 TVの前の視聴者が騒いでいる内に、タキシードを着た司会者の説明が終わる。除霊作業自体の内容は簡単な事だ。蔵人と令子、そして横島と冥子で二手に別れて森に入り、除霊をしながら所定の目的地まで行くだけだ。
 司会者の説明の中にはなかったが、森の中のどのルートを通るかは最初から決められている。つまり、どこに悪霊が出るかが事前に分かっている、除霊作業として明らかにおかしい事なのは言うまでもない。つまりはそういう事だ。

 説明が一通り終わった所でCMに入るのだが、ここで蔵人が一歩前に出てカメラの前に立った。
「フッ…お茶の間の諸君、見ていたまえ。この天才GS、蔵人醍醐が現世に巣食うパラノイアを見事一掃してみせよう!
「………」
 一瞬、理解のできなかった横島達を含めたスタッフ全員の動きが止まり、CMに入るのが遅れてしまう。
 そんな中、いち早く現世復帰を果たした冥子が可愛らしく首を傾げながらこうのたもうた。
「それって〜、もしかして〜『パラサイト』って〜言いたかったのかしら〜?」
「フッ、ルーブル地方ではそうとも言うね」
「まぁ〜そうなの〜、初めて聞いたわ〜」
「………」
 よりによって冥子につっこまれた蔵人に向けられる令子の目は生暖かい。
 冥子の言う「パラサイト」とは「寄生生物」と言う意味だ。死してなお、現世に留まる悪霊をそう呼ぶのはわからなくもない。それに対し、蔵人の言った「パラノイア」とは妄想が内的原因から発生し、体系的に発展する病気の事だ。妄想症とも言う。妖怪コンプレックス等、妄執から現世にしがみ付いた者はこう呼んでもいいかも知れないが、少なくとも二つの言葉は同じ意味ではない。
 ちなみに蔵人は更に「ルーブル地方」と言ったが、ルーブルとはロシアの通貨単位でもあるが、地理的な物を指す言葉であるならばフランスのパリにある旧王宮『ルーブル宮』の事を言っているのだと思われる。地方名ではない。
 スタッフは慌ててCMに入り、令子と横島はこんな男でも視聴者を騙せてしまうのは、TVの持つ魔性の力故かと頭を抱えていた。

「と、とにかく…俺達が先に出発して、美神さん達は少し遅れて反対側のルートで進むんですね?」
「らしいわね、交互に放映されるらしいけど…なんで、悪霊が襲ってくるタイミングまで予定に入ってるのよ?」
 CMの間にカメラに撮影されていない事を確認した上で決定的な事を口走る令子。周囲のスタッフの何人かが冷や汗を流している。
 横島はざっと森を霊視してみるが、やはりほとんど霊力を感じない。悪霊がいるとは思えない。幾つか、覚えのある霊力を感じるが、それはおそらく令子の指示の元、蔵人を陥れるために待ち構えるエミ達だと思われる。
 結局、令子の企みの具体的な内容は横島には知らされていない。全容を知るのは令子とエミのみだ、ピートとタイガーもそれぞれの担当する一部しか教えられていない。
「美神さん、本当に俺は冥子ちゃんにぷっつんさせない事だけ考えてりゃいいんですね?」
「そうよ、こっちは私に任せなさい」
 そう言って豊満な胸を張る令子だが、実際は一番の危険物を横島に「任せて」いる。
 横島も薄々勘付いてはいるが、だからと言って、自分に蔵人醍醐の相手が出来る訳でもない。大人しく従うしか道はない。
「怖がらなくても〜大丈夫よ〜、冥子が〜ついてるからね〜」
 無邪気な彼女の笑みが、何故か心に痛かった。


「それじゃ、横島、六道チーム出発して下さい!」
 いつの間にかCMが終わっていたらしく、司会者が二人に出発を促した。
 横島は冥子の手を取り、二匹の式神と五名の撮影スタッフを引き連れて森の中へと入って行った。
 それを見送る令子はそっと安堵の溜め息を漏らす。横島と冥子の二人だけならば冥子も怯えたかも知れないが、TVには映らないとは言え、撮影スタッフを合わせれば、式神も合わせて総勢十名のグループである。これで冥子が暴走する可能性は減ったと言えるだろう。

「後は…私達次第か」
 そう言って隣に立つ蔵人を見る令子。まるで獲物を見る肉食獣の目である。
 本人も気付かぬうちに、彼女の顔には獰猛な笑みが浮んでいた。



つづく



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