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帰ってきたどっちの除霊ショー 5


「ん?」
「横島君〜、どうしたの〜?」
 冥子を守るために少し前を歩いていた横島がふと立ち止まった。
 大きな霊力を感知したのかクビラも横島と同じ方を向いている。
「…いや、なんでもないよ」
 一人と一体が感知した霊力は令子の物だろう、他に有り得ない。きっと彼女とエミ達が何かを始めたのだと、横島は心の中で蔵人に黙祷した。同じ方角を見て、どこか怯えているクビラの毬の様な身体を軽くぽんと叩くと、再び前を向いて歩き出した。
「さ、行こうか」
「は〜い」
 触らぬ神に祟り無し、そう考えた横島はそのまま自分達のルートを進む事にする。嬉々として蔵人にお仕置きする令子の姿が容易に想像できてしまったのだ、邪魔をすると恐ろしい事になりかねない。何より触れてはいけない女神様はすぐ後ろにもいるのだ、他人を心配する余裕は彼には無い。

「! クビラ、サンチラ! 冥子ちゃんを守れッ!!」
 こちらに向かう気配に気付いた横島は式神達に指示を出し、自らは右に≪栄光の手≫、左にサイキックソーサーを出して構える。
 雰囲気の変わった横島にスタッフ達が疑問符を浮かべざわめくが、その疑問は次の瞬間茂みから飛び出して来た者達により晴らされる事となった。令子達の所と同じ様にこちらにも餓鬼魂達が現れたのだ。
「数が多い!」
 冥子を守るために自分が囮になろうと横島は前に出て≪栄光の手≫で薙ぎ払うが、それを逃れた者達は揃って横島を避けると冥子の方へと向かう。
 第一波はサンチラの雷撃により焼き尽くされたが、次から次へと湧いてくる餓鬼魂達はこれも横島を避けるように冥子へと向かって行く。
「な、なんで!?」
 横島に知る術はないが、餓鬼魂達は光ではなく、霊力を視ている。彼等の目にはこう見えている、令子以上の霊力の輝きを見せる「極上のご馳走」冥子と、理解不能だが内に恐ろしい何かを秘めた横島と。それ故に横島に本能的恐怖を感じ、彼を避けるのだ。食欲のままに食らう彼等とて生存本能と言う物がある。
「冥子ちゃん、もう一体式神を呼ぶんだ!」
「え〜と、え〜とぉ〜…バサラちゃ〜ん〜!」
 いきなりそう言われても冥子には判断ができない。それ故に彼女は、一番大きく頼りになる式神を咄嗟に呼び出した。
「えっ、ちょっと、そりゃ…!」
 黒い巨体を持つバサラには霊を吸い込む能力がある、強大な相手一体と戦うにはあまり向いていないが、餓鬼魂の様な半実体の集団を相手にするには適していると言える。

 しかし…。

「うわっ、なんだこりゃ!?」
「横島さん、六道さん! 大丈夫ですかー!?」
 問題は、バサラの巨体は横島達の通っていた道を塞ぎ切ってしまう程の大きさだったと言う事だ。

「ああああ、いきなり背水の陣ー!?」
「え〜〜〜!?」
 冥子の式神により、二人は自ら追い詰められてしまった。
 横島は文珠を取り出し「浄」の文字を込めて発動、冥子の周囲に群がる餓鬼魂を浄化すると彼女の側まで戻り、彼女を背に餓鬼魂達の前に立ち塞がる。
 この餓鬼魂達はTVスタッフの用意できる物ではない、それは横島にも理解できる。そして彼等の狙いは自分ではなく冥子、嫌でも理解できてしまう事実。
「やるっきゃないのかっ!? 俺がやるっきゃないのかっ!?」
 ないのである。


 もう一方の触るとアレな女神様、美神令子は餓鬼魂に囲まれて後悔していた。こんな状況に陥るなどとは露ほども考えておらず、隠し持った神通棍と装飾品にもなる精霊石ぐらいしか武器になるような物は持って来ていないのだ。
 彼女は元々独自の霊能を持たず、多種多様の除霊具を効率良く使う事を得意とするGSだ。今は封印されているとは言え、その血に時間移動能力を持っていはいる。しかし、仮にそれを今使えたとしても、実戦で役立てる事ができるほど習熟していない上、餓鬼魂発生の原因もわからぬため、時間移動した所で何の意味も無い。

「あーもう! 数多すぎっ!!」
 そうぼやきつつも神通棍を振るい数匹の餓鬼魂を霧散させる令子。彼女と餓鬼魂の実力差はそれ程に大きい、しかし相手の数があまりにも多すぎた。
「この天才GS蔵人醍醐が…極楽へ…逝か………ベイビー達、僕の霊符をかじらないでくれたまえ! オゥ、ブランド物のコートがッ!?」
 せめて、蔵人がもう少し役に立てばとも思うが、霊符を取り出すたびに餓鬼魂にそれを喰われ、むしろ敵に塩を送っている状態だ。カメラは今も回り続けているので、蔵人の実力がこの程度と言う事がお茶の間に流れるのはいいのだが、今の状況を打破するためにはもう少し戦力が欲しい。
 エミ達は彼女の性格上こちらに援軍として駆けつける事はないだろう。本来ここにいない事になっているのだから。美智恵達オカルトGメンがここに来るにも時間がかかり過ぎるし、GS協会にいるであろう唐巣も同様だ。
 地元に拠点を持つGSもいるかも知れないが、餓鬼魂もいわゆる鬼族、凡百のGS数人がこの数相手に戦力になるとは思えない。
 誰でもいいから助けに来なさい! 口に出すのは気が咎めるので心の中で叫ぶ令子。
 その叫びに対する返事は思いの外早く、意外と近い所から返って来た。

「「デュアル・オカルト・ウェーイブ!」」

「!?」
 突然響き渡ったどこか聞き覚えのある声の主を探す令子。餓鬼魂の群を令子達と挟むような位置に二つの人影、それは白と黒と言う好対照な二人。白い人影は長い髪をなびかせ、黒い人影は格闘能力の高さを伺わせる構えを取っている。
 助けが来てくれたのかと安堵の溜め息を漏らす令子。しかし、その希望は次の瞬間木っ端微塵に打ち砕かれた。

「あ、ああ…あんた達は、もしかして…!!」

 考えたくない、考えたくないが、あの二人は…。

「正義の使者、ダテブラック!」
「正義の使者、ジャスティスホワイト!」

「ああああ、やっぱり〜」
 令子は頭を抱えて身悶えた。

「「二人はッ…げふぅ!!」」
「はい、そこまでッ!!」
 これ以上喋らせては色々な意味で拙いと判断した令子は手近な餓鬼魂を掴み、投げつけて二人を止めた。

「僕としては、最後まで聞いてみたかったんですけどねぇ」
「ほほほほ、そうかしら?」
 のん気な事をのたまう蔵人を黙らせる気力は、最早令子には残っていなかった。

「闇の力の下僕共め」
「さっさとお家に帰りたまえ」
 そして、二人はやる気満々だった。
 言うやいなや餓鬼魂の群を薙ぎ払いながら突っ切り、令子の元に駆けつける。

「さ、西条さんが、おにいちゃんがこんな所にいるはずないじゃない、これは夢よ! 夢なのよー!」
 今まで大切にしていた何かが砕け散る音が聞こえているであろう令子。しかし、どう言おうがこれが現実である。
 彼女にとっての救いはダテブラックはいつもの魔装術の姿であり、ジャスティスホワイトは純白のスーツに同じく白いマントと覆面にサングラス姿だった事であろう。もし、二人がヘソ出しルックだったり、スカートを穿いていたりした日にはTVカメラが回っていようがおかまいなく、二件の殺人を犯してしまっていたかも知れない。

「僕が来たからにはもう安心だ、シャイニーヴィーナス!」
「誰よそれっ!?」
 どうやら令子の事らしい。



 一方、その光景を隊員一同揃って見ていたオカルトGメンでは。
「急に休みが欲しいなんて言い出したと思ったら…」
「隊長、我々も対抗して五色の隊員服を着るべきでしょうか!?」
「いや、魔法を身に付けるんだ、魔法を!!」
「貴方達…目を覚ましなさい」
 隊員達が的外れな対抗意識を燃やし、美智恵は痛むのか、胃の辺りを押さえて涙を流していた。

 ジャスティスホワイトが何故撮影現場にいたのか?
 正義の心が悪の存在を感知した…わけでは無い。ただ単に令子を狙う蔵人醍醐の存在を知り、彼女の事が心配で悪に鉄槌を下すのだとダテブラックを連れて彼の後を追って来ていたのだ。


「あ、あのさ…あの黒い方…」
「知りませんわ! あ、あんなキテレツな方ッ!!」
 生徒一同揃って見ていた六道女学院ではかおりがヒステリックな声を上げていた。まさか、ただでさえ頭の痛い存在が公共の電波で流されるとは思わなかったのだから無理も無い。
 普段ならかおりをからかえるネタを見つけたらちょっかいを出す魔理も、この時ばかりは強く出る事ができなかった。そんな彼女はタイガーが正真正銘の虎男になった事を知らない。
「横島さん、大丈夫かしら…」
 バサラに視界を防がれてから、TVでは令子達の方しか映されていない。
 おキヌとしては心配で気が気ではないが、横島にしてみれば文珠を使用した事が公共の電波で流されずに済んだのだから、今の状況も良し悪しだったりする。



 全国のお茶の間の皆さんが色々な意味でTVに釘付けになっている頃、意外と立ち直りの早かった令子はダテブラックとジャスティスホワイトの援護を受けて餓鬼魂の群と戦っていた。
 彼女達は知る由もないが、令子達を襲う餓鬼魂の群と横島達を襲うそれは前者の方が数が多い。実は普通に考えればこれはおかしい。
 彼等は霊力を視て、より強い霊力を持つ者に襲い掛かる。だとすれば、彼等にとっての第一目標は令子ではなく冥子なのだ。単純に霊力量で言えば、令子では半数も抑える事のできない十二神将を全て同時に使役できる彼女の霊力は現行のGSの誰よりも強い。にも関わらず、令子達の方により多くの餓鬼魂が来ていると言う事は…この餓鬼魂の群れを発生させる何かが令子個人を狙っていると言う事だ。

 式神が暴走したとすれば霊力による爆発が起きているはず。それがないと言う事は冥子はまだ暴走していないと言う事だ。ならば餓鬼魂の攻撃はこちらに集中しているのだろうと考え、その目的を考えてみるが令子自身心当たりは全く無い。恨みを買った事がないと断言できるような生き方をしてはいないし、魔族ともそれなりに因縁を持つ身。どこかで逆恨みされている可能性もあるが、彼女の霊感はこれは怨恨によるものではないと告げている。
 そもそも、魔族が関わっているなら餓鬼魂「ごとき」の群で攻めてくるとは思えない。何より、自分達の力を誇りとし、また頼りとする彼等がこんなまだるっこしい方法をとる理由は無い。自分自身が攻めてくるか、アシュタロスや真の『蝿の王』のような自分自身で動く事ができない程に強力な魔族なら部下の魔族を使う。故に魔族が関与している可能性はほぼ零だ。
 ならば、裏に潜むは人間か、妖怪か…。

「妖怪、だったみたいね…」

 餓鬼魂の群れの向こう側に立つ鎧兜を身に纏った落ち武者の様な影、人間の物ではない妖力を感じる。令子がダテブラックに目で合図すると、その意を酌んだ彼は霊波砲を連射、自分達と落ち武者の間に群がる餓鬼魂を一掃した。
「こいつが黒幕か、なかなか強そうじゃねぇか」
「…素人ではないな、気をつけろダテブラック」
 強者と戦いたくてうずうずしている様子で前に出るダテブラック。そして、その構えから相手の剣の腕を察したジャスティスホワイトが、霊剣ジャスティスを構えて令子を守るように続けて前に出る。
 ちなみに蔵人は既にカメラマンの背後に隠れていた。そう、カメラマンの方がプロのGSより前に出て撮影を続けているのだ。不謹慎ではあるが、そのプロ根性には敬意を表したい。

 その間に令子は眼前に現れた鎧武者を観察するが、その足元だけでなく妖怪の歩いてきた道が黒く変色している事に気付いた。
 嫌な予感がする。令子が神通棍を構えると、妖怪の足元の黒く変色した部分が沸騰した液体のように泡立ち、そこから無数の餓鬼魂が湧き出してくる。
「…これが餓鬼魂大量発生の原因ね」
「コイツを倒せば全部終るって事だろ? わかりやすくていいじゃねぇか」
 更に一歩前に出るダテブラックを一瞥した鎧武者は彼等に向けて手にした刀を突きつける。それと同時に鎧武者の足元、そして背後にいた餓鬼魂の群が一斉に二人に襲い掛かった。
 先程までとは動きが全く違う、強い霊力に対する怯えが無い。鎧武者の意志の元に統率されたそれは、まさしく「餓鬼魂の群を超えた一体の何か」である。
 そして、鎧武者本体は刀を構えなおすと、矢のごとき踏み込みで二人の間を貫き、令子に斬撃を送り込んだ。速く、そして重い斬撃。それはかつて戦った犬飼ポチの一撃を思わせるような、人を殺すための剣。それに込められているのは明確な殺意。
「やっぱり、狙いは私ね!」
 神通棍で受け止めた一撃を渾身の力を込めて押し返す。鎧武者に中身は無いようで、ウェイトに関してはこちらが有利なのか思いの外軽い手応えで鎧武者は弾き返された。
 そのまま追撃しようと前進する令子だったが、突然足首を誰かにつかまれて動きを止める。
「…げっ」
 何事かと思って足元を見ると、そこには黒く泡立つ大地。そこから生えた無数の細い手が令子の足首を掴んでいた。
 そう、鎧武者の歩いた後は黒く変色し餓鬼魂が発生する。攻撃するための踏み込みも例外ではないのだ。
「このっ! 私に触ろうなんて百年早いのよっ!!」
 神通棍を地面に突き刺し、最大出力で霊波を放出。足首を掴んでいた餓鬼魂はその一撃で消えたが、変色した大地は元に戻らない。それだけでなく、次から次へと餓鬼魂が湧いて出ようとしている。
 想像以上に厄介だ。相手が動けば動くほど敵は増えて、こちらの動きを制限されてしまう。ダテブラックとジャスティスホワイトも周囲に群がる餓鬼魂があまりにも多すぎて身動きが取れない。
 このままでは時間の経過と共に不利になるのはこちら。一刻も早く勝負を決めなければならない。
「なんでこんな奴に狙われなきゃいけないのよ!」
 理不尽への怒りを霊力に変換し神通棍を輝かせる令子。
 相対する鎧武者はその輝きに怯む事なく、大上段に刀を構えた。


「く、蔵人さん、拙いっスよ。美神さんを助けないと」
「フッ、僕が切り札を出せばすぐに終るだろうが、それじゃ番組が盛り上がらないじゃないか。ここは彼女に任せておきたまえ、僕が出る程の相手じゃないさ」
 蔵人の脳内ではそういう力関係らしい。
「…はぁ、そうなんですか?」
「だが、マイハニーのために多少の手助けはしてあげるべきかも知れないね。愛故にッ!
 そう言うと蔵人は立ち上がり、渾身の力を込めて、
「令子君! この僕が応援しているぞ、頑張りたまえ!」
 愛のエールを送った。しかも、渾身の力を込めた愛情三割増しだ。

 当然のことながら、それを受けた令子のやる気はみるみるうちに下がった。



 令子達の戦場から更に奥、鬱蒼と生い茂る森を餓鬼魂達を祓いながら進むエミ達三人は、横倒しになった石碑を発見していた。
 どうやら、元々安置されていたであろう台座の方が成長した木の根により不安定になっていたようだ。周囲には彼女達の物とは異なる新しい靴跡。おそらく撮影スタッフの物であろう。彼等が石碑を倒してしまい、そして逃げ出した事は想像に難くない。
 下手にTVの前に出ると逆にやらせの共犯者にされかねないため、三人は戦場に出る事はできない。それ故に彼女達は妖怪大量発生の原因を調べるべく、その石碑を調査していた。
 古い文字に関してはピートもタイガーも役には立たない。どうやら石碑は日本語と梵字を交えて刻まれているらしく、エミも専門でないため、この場での解読は困難であった。
「エミさん、何て書いてあるかわかりますか?」
「…最後の大きな字だけ読めるワケ」
「これは…この石碑を作った人の名前かノー?」
 最後に書かれた名前だけはエミ達にも読む事ができた。文章の方は帰って解読しない事には読む事はできないだろう。
 台座の方も調べてみるが、中に封じられていた物は既に出て行ってしまったらしい。今、令子達が戦っているのが封印されていた妖怪なのだろう。
 石碑の方もここまで劣化してしまって霊力を全く感じない以上、再度これで封印するのは不可能だと判断せざるを得なかった。
「これからどうするんじゃ?」
「TVカメラの前に出るってのは…駄目ですよね」
「妖怪の方は令子達にまかせておけばいいワケ。それよりタイガー、この石碑をとっとと運ぶワケ」
「わっしがですカイ!?」
 タイガーの体格なら不可能ではないだろうが、それでも相当の重量だ。
「これだけ古けりゃ資料としても価値あるかも知れないワケ」
「はいー!」
 エミに背中を蹴られて、慌てて石碑を担ぎ上げるタイガー。見た目通りの重量だが、持ち歩けない程ではない。
「それじゃ、スタッフが戻ってくる前にさっさとずらかるワケ」
「わ、わかりました!」
 そして三人は、スタッフに見つからない様にその場を去った。
 文字を解読するだけなら、蔵人の無様な姿を収めるために持ってきたデジタルカメラで十分なのだが、エミはもう一つの可能性、この石碑自体が霊的なパーツであった可能性も考えて石碑ごと持ち去る事にしたのだ。
 もはや彼女の頭に令子の事はなかった。つい先程までの同じ目標に向かっての邁進ぶりが嘘のようだが、これが本来の二人である。


 タイガーの肩に担がれた石碑、辛うじて読める名前の部分には、こう刻まれている。

 『葛の葉』と…。



つづく





あとがき
 『葛の葉』の正体が判らない方は次回をお待ち下さい。
 気になる方は22〜23巻の「デッド・ゾーン」をどうぞ。

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