橋の上での戦いを終えた後、ネギ達は茶々丸の提案でエヴァのログハウスに移動していた。
魔法を撃ち合い続けたネギは当然のこととして、走り通しだったまき絵達も疲れ果てており、それに大停電も終わって既に学園都市に灯りが戻っていたので、メイド姿の集団で女子中寮まで戻るのはあまりにも目立ちすぎたのだ。
そして、もう一つ…。
「ねーねー、ネギ君って魔法使いだったの?」
「うぇっ!?」
「エヴァちゃんもそうだったんだよね?」
「それに吸血鬼…」
「あぅあぅ…」
「兄貴、諦めな。こりゃ誤魔化しようがねーさ」
一般人であるまき絵達に魔法使いの事を知られてしまった。
アスナが慌ててあれはGSの霊能力だと説明しようとしたがこれも無駄に終わる。
杖を持って、聞きなれぬ言葉で呪文を紡ぎ、光弾を撃ち合う。これが魔法使いでなくて何だと言うのか。
逆に霊能力を知る者であれば「そんな霊能もある」と誤魔化せたかも知れないが、まき絵達のような素人ではそれこそ魔法にしか見えなかったのだ。
この大問題を放置したまま彼女達を寮に戻すことはできなかった。事情を知らない彼女達が寮でそれを言い触らせば、明日の朝日を拝む前にネギはオコジョにされてしまうだろう。
「て言うか、アスナも知てたアルか?」
「…まぁね。ネギが麻帆良に来た日にちょっと」
「そう言えば、アスナってネギ君が来た頃しょっちゅう脱いでたけど。あれも魔法?」
「そ、それについては忘れてちょうだい」
アスナにとってはさっさと忘れてしまいたい過去だ。
確かにそれはネギの『風精・武装解除(フランス・エクサルマティオー)』によるものだった。ただし、意図的に使ったのではなくくしゃみ等による暴走なのだが。
この魔法、本来は敵を武装解除するためのものなのだが、ネギはまだ未熟なのか時折それを暴走させてアスナの衣服を吹き飛ばしていたのだ。
最近はその暴走も少なくなってきた事が救いである。
「…あれ?」
こういう話をすると、すぐさま飛び出てきそうな横島が姿を見せないので、アスナは疑問符を浮かべる。
「茶々丸さん、横島さんは帰っちゃったの?」
「あちらでマスターが遊んでおります」
「は?」
茶々丸が指した方向を見るとエヴァが横島の上に馬乗りになっていた。既視感(デジャ・ヴュ)、つい最近どこかで見たような光景である。
「貴様のせいだ、横島! なんで皆で私を噛むって話になるんだ!?」
「吸血鬼化した皆を助けるために決まってるやろが!」
どうやら、横島が皆でエヴァを噛みに来た事について言い争っているようだ。
傍目にはエヴァの方が優勢のようだが、この二人の場合突然攻守が逆転したりするので油断ができない。
「裏技から入るな! ええい、魔法使いの薬なら半吸血鬼ぐらいまでなら簡単に治せるものを…」
「俺はそれ以外の方法を知らんのじゃーっ!」
「吸血鬼と言えば退治する事しか考えんからだろうが、GSがッ!!」
エヴァの言う通り、吸血鬼化の治療と言えば、魔法使いはまず魔法薬で治療する事を考える。
しかし、その薬は魔法使いの存在と共に秘匿されており、人間界ではあまり知られていないのが現状だ。
彼女が言う事も半分は合っている。しかし、魔法使いの薬があまり知られていないからこそ、吸血鬼と言えば退治するしかないと判断されているのもまた事実である。
そして、今の二人にはそんな裏の事情は全く関係がなかった。
「横島、詫びの印に貴様の血をよこせ!」
「優しくしてねっ!」
「アホかぁーっ!!」
と言いつつ、肩をカプっと一噛み。
「あああ、この血を吸われる感覚がなんかクセになりそう…」
「静かに噛まれとかんか!」
既にその一箇所だけでなく幾つもの噛み跡を付けている横島。
どうやらエヴァが吸血鬼としての自信を取り戻そうと盛大に噛みまくっているようだ。
彼の表情がどこか嬉しそうなのは、きっと気のせいだろう。多分。
「あれ、吸血鬼化しちゃわない?」
「今のマスターでは吸血鬼化させる事はできませんが…後ほど薬を飲んでいただきます」
魔力を封印された状態のエヴァでは吸血したところで彼女のエネルギー補給にしかならず、吸血された人間が吸血鬼化する事はない。
しかし、「塵も積もれば山となる」と言う言葉もある。あれだけ噛まれればひょっとして…と不安がよぎった茶々丸は、念のため横島に吸血鬼化治療のための魔法薬を渡しておく事にした。
心配そうなアスナとは裏腹に、二人の騒ぎを見て「やれやれー♪」とはやし立てるのは裕奈とまき絵。
横島についた歯型の数が彼女達のクラスメイトの人数を越えそうになった辺りで、見かねたアキラは子供を抱き上げるようにエヴァを引き離し、救急箱を持った亜子が噛み跡だらけの横島の治療を始めた。
「ほら、消毒するからじっとしといてください」
「うぅ、君はええ子やな〜」
「それぐらいツバつけとけば治るわっ! ええい、放せ大河内!」
アキラに抱き上げられたエヴァは、何とか逃れようとジタバタともがくが、体格の差もあって全く身動きが取れない。
それどころか抱き上げられたままくるっと半回転させられ、アキラと向き合う体勢にされてしまう。
「ダメだよ、おイタしちゃ…」
「貴様も私を子供扱いするかっ!?」
「ええー、こんなにカワイイのにー?」
「そうだよそうだよ」
「明石に佐々木まで…ああっ、群がるなっ!」
噛み跡を消毒しながら思わず笑みがこぼれてしまう亜子。エヴァを囲んで楽しそうな皆の姿を見ていると、彼女に対して抱いていた恐怖心は、いつのまにかどこかへ吹き飛んでしまった。
当然意図的にやったことではないだろうが、これは横島のお手柄だと言えるだろう。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.08
横島の治療が一段落ついた後、女性陣が着替えるため、ログハウスの外に出された横島達男三人と一匹。
ちなみに彼女達の着替えは全てログハウスにあった。まき絵達が吸血鬼になった時は入浴中で裸だったのだが、まず脱衣場の私服に着替えて、その後このログハウスまで来てメイド服に着替えていたのだ。もちろん操られた状態で。
当然、アスナも噛まれた後、同じように操られた状態でこのログハウスに来てメイド服に着替えている。
「てか、なんでこんなとこまで着替えさせられてんのよ」
「特に貴様はあまりにもガキっぽかったんでな」
「年相応ってもんがあるでしょ?」
「そう考えたら、あのクマは余計に変だろう」
「エヴァちゃんの黒よりかはマシよ」
「………」
「………」
痛いところを突かれてこめかみをひくつかせるエヴァ。
それはアスナも同様だったらしく、二人は下着姿のまま無言で睨み合う。
アキラが慌てて止めようとするが、その前に裕奈が二人の間に割って入った。
「二人ともすとーっぷ!」
「邪魔をするな明石!」
「そんな事言っても、外でネギ先生達が待ってるんだから、早く着替えちゃわないと」
「む…」
個人的にはネギをどれだけ待たせようが一向に構わないのだが、同時に外では横島が野放しになっている事にエヴァは気が付いた。
アスナも似たような表情になっている。彼女も気付いたのだろう、横島を放置する危険性に。
直後、二人が慌てて着替えだしたのは言うまでもない。
「そこをどけ豪徳寺、お前は漢として恥ずかしくないのか!?」
「そっくりそのまま返すぞ、横島」
案の定、ログハウスの外では中を覗こうとする横島とそれを食い止めんとする豪徳寺が睨み合いを続けていた。
この男、つい先程頭から橋に墜落したと言うのに元気なものである。
「あの、豪徳寺さん。首、大丈夫なんですか?」
「ん、ああ…心配には及ばない。打ち所が良かったんだろう」
ネギの頭の上で「んなわけない」と手を振るカモ。
そんな彼には、豪徳寺が平然としている理由に心当たりがあった。
「兄さんが平然としてられるのは、あのアーティファクトのおかげさ」
「あの『下駄バーニアン』か?」
「『金鷹(カナタカ)』だってば」
豪徳寺はアーティファクト名を間違えて覚えているようだ。カモの言った名前『金鷹』の方が正しい。
それはともかく、カモは豪徳寺が無傷である理由は『金鷹』による気の強化にあると考えていた。
『気』と『魔法力』どちらも身体能力の強化が行えるのだが、実はこの二つには大きな違いがある。『魔法力』は外部から身体を包み込むパワードスーツのようなものであり、『気』は内側から肉体そのものを強化するのだ。
両者の明確な違いは、使用者が大きなダメージを受けた時に現れる。
まず、肉体そのものを強化する『気』は、強化された分ダメージを軽減する事ができるが、ダメージそのものは受けてしまう。
それに対し、その身を包んで守る『魔法力』は、その魔法力の障壁が耐えられる間は全てのダメージを無効化するが、障壁が破られた時点で全てのダメージを素通りさせてしまうのだ。
つまり、『金鷹』により全身の気を強化されていた豪徳寺は、その気で肉体を強化し、通常の状態より遥かに頑丈になっていたのだろう。そのおかげで墜落時のダメージを軽減できたのだ。
ちなみに霊力こと『生命力』は肉体強化には向いていない。
それもそのはずだ。生命力は命そのもの、魂を原動力としている。肉体と関係のない力であるため、肉体強化に向いていないのは当然のことだろう。
同時に生命力は物質の肉体を持たない霊的エネルギー体の者達を相手にする際に真価を発揮する性質を持っているのだ。つまり、除霊を行うのに最適なエネルギーと言うことである。
「あの、豪徳寺さん…」
「何かな、ネギ君」
おずおずと話しかけるネギに、腕を組んで仁王立ちの姿勢のまま視線だけを向ける豪徳寺。
「豪徳寺さんは一般人なのに、魔法使いの戦いに巻き込まれてしまって…」
「本当に良かったんですか?」と続けようとしたネギを豪徳寺は手で制した。
それは愚問だ。彼はむしろネギに感謝しているのだ。
横島の台詞ではないが、気を扱えるような者を普通は一般人とは言わない。
かと言って、それだけでネギや横島のような一線を越えた世界の住人になれるわけでもない。
今まで豪徳寺は一般人の枠を飛び越えながら、それでも一線を越える事ができずにずっと燻り続けてきたのだ。
それが今日、彼はこのステージに立った。『魔法使いの世界』と言う新たなるステージに。
「俺は望んで今ここにいる。ネギ君が気にすることじゃない」
「でも…」
「兄貴! そんなに気になるなら豪徳寺の兄さんが誇れるようなマスターになりゃいいんだよ!」
「おお、そりゃ楽しみだ」
そう言って豪快に笑う豪徳寺。
ネギは感極まって涙目で頭を下げた。
そんな三人をよそに、二階の窓から中に侵入しようとしていた横島はと言うと。
「フッフッフッ、あいつらがダベってる内に…」
「…横島さん。皆さん着替え終わりましたので、玄関からどうぞ」
センサーで横島の動きを察知したのだろう。茶々丸の開いた窓に押し出されるようにして横島は見事に頭から地面に墜落した。
こちらは豪徳寺のように気で強化したりはしていなかったようだが、すぐさま何事もなかったかのように平然と立ち上がる。「『生命力』が強い」と言うのは、こういう事も指すのかも知れない。
何事もなかったかのように横島達がログハウスの中に戻ると、アスナを除く古菲達五人がネギから魔法使いの事情について説明を受けるためにテーブルに座って待っていた。
その辺りの事はエヴァでも教えられるのだが、「お前は教師だろう」とネギに押し付けて自分は既に別の部屋に避難している。
ネギはすぐさま豪徳寺を伴って古菲達の元に向かった。豪徳寺は既にカモから話を聞いていたが、もう一度ネギからきっちり説明を受けたいとの事だ。従者としての立場を気にしているのかも知れない。
既に魔法使いの事を知っていた横島は同じく説明を受ける必要がないアスナのいる部屋に行くことにした。
すると彼女はエヴァの向いのソファに座り神通棍を握り締めてうんうんと唸っている。
「何やってんの?」
「あ、横島さ〜ん。さっきまで光ってたのに、全然光らなくなっちゃったんですよ、神通棍」
「ああ、それは…」
「当然だろう、バカモノめ」
横島の答えを遮って、ソファで寝そべっていたエヴァが答えた。
元より、先程までアスナの神通棍を光らせていたのは吸血鬼の魔力だ。吸血鬼自体が肉体と精神体を併せ持つ種族である。神通棍ぐらい使えて当たり前なのだ、吸血鬼であれば。
「吸血鬼でなくなった貴様に魔力はもうない。それが貴様の本当の実力ってことさ」
「まぁ、そんなとこだろうなぁ。一度使うとある程度魂が覚えるもんだけど」
「うぅ…」
諦めた様子で神通棍をしまい込むアスナ。神通棍を使えた喜びが大きかっただけにショックが大きかったようだ。
そんなアスナに、エヴァは追い討ちをかける。
「『気』や『魔法力』と違って『生命力』で戦うってのは、誰でもできるってわけじゃないからな。できないヤツはどうあがいたってできないんだから、とっとと諦めな」
「…やっぱ、私ダメなのかなぁ」
どよーんと落ち込むアスナを見てエヴァは実にサディスティックな笑みを浮かべている。
アスナの隣に腰掛けていた横島は「きっかけがあればなぁ…」と腕を組んで考え込んでいた。
「まぁ、それはそれとして…横島」
「なんだ?」
ひとしきりアスナをいじめ終えたエヴァが起き上がり、座った目で横島を見据える。
「神楽坂明日菜達を率いて突撃してきた時、貴様は何を使っていた?」
「え、な、何のことやら?」
焦りまくりである。
エヴァが言っているのは、あの時エヴァが魔法で攻撃してきた時に備えて張っていた結界のことだ。あれは文珠で作ったものである。
夢を覗いたり、洗脳を解いたりすることだけならば、「小賢しい術者タイプ」だと誤魔化すこともできるのだろうが、実際に文珠の結界を見せてしまっては、その誤魔化しも効かない。
「ククク…噂には聞いたことがある。あれが『文珠』と言うものだな?」
「な、なんでそれを…」
しかも、エヴァは文珠の存在を知っていた。
今の時代にこそ文珠を創り出すことのできる人間は横島だけだが、過去には幾人か存在していたのだ。何百年も裏の世界で生き続けるエヴァなら不思議なことではない。
「横島さんモンジュって何ですか?」
「ソレハネ、獅子ニ乗ッタ智慧ヲツカサドル菩薩サマダヨ」
カクカクしているその姿は明らかに嘘をついている。
バカレッド・アスナは「へー」と騙されたようだが、エヴァの方はそうはいかなかった。
「それは『文殊菩薩』だバカモノめ」
「ハハハ、小麦粉ヲユルク水ニ溶イテ、イロンナ具ヲ混ゼテ焼イタモノニ決マッテルジャナイカ、俺モダイスキサー」
「それは『もんじゃ焼き』だ。貴様、関西人のクセにお好み焼きよりもんじゃを選ぶつもりか」
こう言われると横島は自分を偽り続ける事ができない。ガバッと頭を下げて謝り倒した。
「スマン、俺もお好み焼き大好きだ! 大阪風最高ーっ!」
お好み焼きに。
「フッ、私の好みは広島風だ。故に泣き落としは効かんぞ」
「クッ…」
しかし、エヴァには効果がない。
「えーっと…私も広島風、かな?」
「貴様が言っているのは食堂棟のあの店だろうが! 何が本場の味だ! あれは関西風モダン焼きであって、断じて広島風ではないッ!!」
「ええっ、そうなの!?」
何かこだわりがあるのかエキサイトし始めたエヴァ。彼女に言わせれば、食堂棟にあるお好み焼き屋は勘違いをしているらしい。
いつの間にかお好み焼き談義になり、広島風とはかくあるべきと熱く語りはじめた。
横島は今の内にとソファの後ろを通り這って逃げ出そうとするのだが。
「横島さん、お茶が入りましたが」
「…茶々丸は俺に何か恨みでもあるのか?」
「何のことでしょう?」
どうにも相性が悪いのだろうか、部屋から逃げ出す直前にトレイにティーセットを乗せてやってきた茶々丸の足と鉢合わせてしまったのだ。 その体勢のまま見上げても何のリアクションもないので、見ている方が何故か気恥ずかしくなってしまう。茶々丸本人が選んだものかは分からないが、なかなか良い趣味をしていると、横島は心の中で密かに感心していた。
「あ、逃げるな! 横島!」
「横島さん、ちゃんと説明してくださいよ!」
そうこうしている間にエヴァとアスナが横島に気付いて飛びついてきた。
こうなっては仕方が無い。横島は覚悟を決めて自分が『文珠使い』である事を白状する。
当然、あまり口外してくれるなと頼む事を忘れないが、その辺りは数百年吸血鬼であるために追われ続けてきただけあってエヴァもわきまえていた。
アスナはいまいちピンと来なかったようなので、エヴァが「弟子は師匠の困るような事はしないものさ」とフォローを入れてくれる。おかげでアスナは「言いふらすと横島が困る」とだけ理解したようだ。言いふらされる恐ろしさに関しては朝倉和美を友人に持つ彼女にも心当たりがあったのだ。
「最近になって再び現れたと聞いていたが…まさか、こんなアホ面をしていたとは」
「フッ…ここ一番に強い意外性の男と呼んでくれ」
「それ、普段はダメって事じゃ?」
アスナに突っ込まれてしまった。
可愛い弟子の突っ込みに師匠の横島が落ち込んでいると、エヴァの表情がパッと変わる。いたずらっぽく輝く瞳はまるで猫のようだ。
指をわきわきさせながら迫るエヴァ。彼女の放つ異様なオーラに横島は壁際まで追い詰められてしまう。
「横島〜、私の言いたいことは…分かるな?」
「文珠を使わせろ?」
「そうだ、それで私の呪いを解く」
ニンマリと笑みを浮かべるエヴァ。しかし、横島の返事は彼女の期待を大いに裏切るものだった。
「それ無理」
「何故だっ!?」
「文珠にだってできない事はあるんだよ」
ルシオラ達を文珠で攻撃してもほとんどダメージがなかったのが良い例だ。圧倒的な力の差が原因である。
文珠の力はおよそ三百マイト。単純な力のぶつかり合いとなると、それ以上の力を持つものに対して文珠は、その効力を発揮できなくなるのだ。
「だって、その呪いって学園都市の電力で維持されてんだろ? 敵うわけないやん」
「う、くっ…」
横島の言葉が正論であるだけに、エヴァは反論できなかった。
いくら文珠でも学園都市全体を動かす電力に敵うわけがない。当然全てを結界の維持に使用しているのではないだろうが、ニュアンス的には空母の電力を霊力に変換したあの美智恵と力比べをしろと言っているのに等しい。
ここでエヴァはある事に気が付いた。
「…単純な力比べでなければ何とかなるのか?」
「まぁ、大抵は」
実は今回の一件で魔力の封印を解く際に、一つの事実が判明していた。
それは『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』が一つの呪いではないと言うことだ。
この呪いはエヴァに学生生活を続けさせると言う制約の呪いと、彼女を学園都市を覆う結界内に閉じ込めると言う呪い、そして、結界内にいる彼女の魔力を抑え込む呪い。この三つの呪いで構成されていたのだ。
本来、真祖の魔力はそう簡単に抑え込めるものではない。しかし、『サウザンド・マスター』は彼女に学生を続けさせる呪いを掛け、それによって学園都市から逃げられないようにする事で、彼女の行動範囲を結界内に限定してしまったのだ。これで条件付でしか抑え込めなかったエヴァの魔力は、事実上完全に封じられたこととなる。
そしてこれは、エヴァにとって朗報であった。
「つまり結界の外に出ることができれば、晴れて自由の身?」
「『登校地獄』は健在だから、学校行事のスケジュールに縛られる。魔力が復活するだけだ」
それでも学園都市外であれば、彼女の強大な魔力を以って『登校地獄』を解くチャンスとなる。
そしてエヴァは、近いうちに訪れるチャンスに心当たりがあった。
「あ、修学旅行!」
「そうだ。バカレッドにしては冴えてるぞ、神楽坂明日菜」
麻帆良女子中は四泊五日の修学旅行を一週間後に控えている。
自由時間も多く、エヴァにとって最大のチャンスだ。
「横島、単刀直入に言う。結界を潜り抜けるのに協力しろ」
「それは…」
横島は即答できなかった。
個人的には協力してやりたいのはやまやまだが、彼はGS協会日本支部から関東魔法協会に派遣されている身なのだ。関東魔法協会に囚われている彼女の解放に協力してよいかどうか、横島には判断がつかない。
エヴァは彼の迷いを敏感に察知した。力尽くと言う方法もあるのだが、せっかく『文珠使い』と直接知り合えたのだ。敵対するのは避けたい。
ならば搦め手だと彼女はアスナを巻き込んだ。
「神楽坂明日菜、協力しろ」
「え、なんで私が!?」
「協力を取り付けられたら、貴様が霊力を使う方法を教えてやろう」
「マジ!?」
「ああ、私はその方法を知っている」
自信に満ちたエヴァの表情は嘘を言っているようには見えない。彼女は本当に知っているのだろう、アスナが霊力を使えるようになるための方法を。
こうなってはアスナは居ても立ってもいられなかった。すぐさま立ち上がって深々と頭を下げる。
「横島さん! エヴァちゃんに協力してください!」
「裏切ったな!?」
「横島さん、私からもお願い致します。マスターをお助けください」
茶々丸もアスナと並んで頭を下げた。
追い詰められているのは横島だが、傍目には彼の方が悪者に見えなくもない。
「おーい、ネギ君の説明終わったよー。私達も秘密を守るのに協力して…って、何やってんの?」
事情説明を終えて、魔法使いの事を秘密にすると約束した裕奈達がアスナ達の元にやってきた。横島に向かって頭を下げるアスナと茶々丸を見て女子五人が揃って目を丸くしている。
「裕奈達も頭下げてっ!」
「だからなんで?」
「横島が協力してくれるとな、私が修学旅行に行けるんだ」
「えぇっ!?」
裕奈の問いにはエヴァが答えた。
嘘ではないが、真実も語っていない。
しかし、これは裕奈達にとってクリティカルだった。エヴァが学校外に出る行事がある時はいつも休むのはクラス内でも有名な事で、皆何か事情があるのではないかと気に掛けていたのだ。
その真実の扉が開かれようとしている…と皆誤解している。
「横島さん、お願いします!」
「エヴァちゃん、かわいそうな子なんですぅ!」
「お前ら全く事情分かってないだろ!?」
本人達は分かっているつもりなのだが、それは大きな誤解である。
最早吸血鬼でなくなった彼女らはエヴァの支配下から逃れているはずなのだが、流石は真祖。見事に少女達を操ってみせた。「かわいそうな子」扱いのはずのエヴァは、横島の前に並ぶ少女達の背後でソファに腰掛けて悠然と足を組んでいる。正に「悪」だ。
「よく分からんけど、エヴァが修学旅行に行けるのは良いことアル」
「そりゃそうだろうけど…」
確かに古菲の言う通りなのだが、横島にも立場と言うものがあるのだ。
「あの、私からもお願いします…。エヴァンジェリンさんを修学旅行に行かせてください」
「うぅ、これじゃ俺の方が悪者やん…」
必死の表情でアキラも横島の前に立ち頭を下げた。
涙ぐんだ瞳で見詰められると、悪いことなどしていないはずなのに自分が悪い気になってくる。
「アキラ、それじゃダメだよ〜」
「え?」
「ほら、ちゃんと手を前で合わせて」
「ちょっと前屈みに礼をして」
「提案いたします。その体勢のまま少し上目遣いで横島さんを見てみるのはいかがでしょう?」
「ククク、それでボタンを一つ外せば完璧だな?」
「…こう、かな?」
言われるがままのアキラ。邪悪な笑みを浮かべているエヴァのアドバイスまでも忠実に実行した。
元より高身長で中学生離れしたスタイルの彼女が、腕で挟んで持ち上げるようにして胸元を強調する。
そして響き渡る粘着質な噴出音。
横島は鼻だけでなく、耳、頭からも血の噴水を上げて倒れ伏した。
効果抜群だ。
「わ、わかりました…協力させていただきます…」
「「やったーっ!!」」
直後、横島が力なく白旗を上げたのは言うまでもない。
裕奈とアスナがハイタッチで喜び合っている。
一方、アキラは今になって顔を真っ赤にして両腕で胸元で隠すようにしゃがみ込んでいた。
元より子供好きの面がある彼女。頼んでいる間は必死で気付かなかったが、ふと我に返ると自分がどれだけ大胆な事をしているかに気付いたようだ。恥ずかしくて横島の顔を見れないようで、今は顔を伏せている。
「カモ君、女の人って怖いね」
「フッ、兄貴にゃまだ早いのかねぇ…」
「横島、屍は拾ってやるぞ」
部屋の外ではネギ達男三人が横島に黙祷を捧げていた。
そして再び部屋の中では、アスナとエヴァが相対していた。
倒れた横島については保健委員の亜子…は、大量出血に顔を青くしていたので、裕奈とまき絵に任せている。
「さぁー、エヴァちゃん。聞かせてもらうわよ!」
「ん? …ああ、貴様が霊力を使うための方法だったな」
必死の形相のアスナ。対するエヴァは騒がず「オイ、そこの小動物」と部屋の外にいたカモを呼び寄せた。
「そこに仮契約(パクティオー)の魔法陣を描いてやれ」
「へ? 何でまた…」
「口答えするな小動物。私が描けと言えば黙って描けばいい」
ギラリと睨み付けられたカモは怯えにしっぽの毛を逆立てながら、慌てて魔法陣を描いた。ものの数秒の早業である
魔法陣が正しく描かれている事を確認すると、エヴァはさぁとアスナを促した。
「と言うわけで神楽坂明日菜。横島とキスして仮契約するがいい」
「なっ…!?」
突然の言葉に耳まで真っ赤にして絶句するアスナ。
周囲の裕奈達は『仮契約』が何の事かは理解できなかったが、『キス』と言う単語だけに如実に反応し、まき絵と裕奈が手を取り合ってきゃーと黄色い声を上げている。
「なんでそんな事になるのよ!?」
数秒後、我に返ったアスナが怒声を上げてエヴァに反論を試みるが、所詮はバカレッド。どこからともなく眼鏡を取り出して知的に決めたエヴァに理論で押し返されてしまう。
「『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』と言うのは、マスターから『魔法力』の供給を受けて強くなるものでな…」
彼女の説明によると霊力、すなわち『生命力』とは『気』や『魔法力』の根源的なエネルギーであり、全ては『魂』と言う一つのエネルギータンクに繋がっているとの事だ。
肉体を以って引き出されたエネルギーが『気』であり、精神を以って引き出されたエネルギーが『魔法力』。そして、どちらにも依らず魂から直接力を引き出したものが『生命力』だと言う。
「元は同じものだからな。『魔法力』の代わりに『生命力』を供給する事も、やり方によっては可能と言うわけだ。ぼーやじゃこの辺の応用は利かないだろうが、私ならできる」
「いや、だからって…」
「さぁ、どうした? 私は約束通り道を示してやった。GSになりたいんだろう、今のままでは到底無理だぞ?」
「うぅ………」
ニヤニヤと笑みを浮かべているエヴァ。
アスナは気付いた。あれはできるわけがないと確信している笑みだと。
その笑みを見ていると、アスナの反骨心がむくむくと鎌首をもたげてくる。
こうなれば後には退けない。やってやると覚悟を決めてアスナは魔法陣の上に立って横島の方に向き直った。
「さぁ! 横島さ…ん?」
「…ど、どーぞ」
すると、彼女の目に飛び込んできたのは、目を瞑り、ドキドキしながら唇を突き出す顔。今にも自分から上着を脱がんとする横島の姿だった。トレードマークであるデニムのジャンパーは既に脱ぎかけている。
直後、何かがぶち切れる音をその場にいる全員が耳にし―――
「真面目にやってよーッ!!」
―――渾身の力を込めた神通棍の一撃により、横島は夜空の星と化した。
しかし、その神通棍に霊力の光は宿ってなかったそうだ。
神楽坂アスナのGSへの道はまだまだ遠そうである。
つづく
あとがき
今回はちょっと長いです。
まずは『気』と『魔法力』と『生命力』の設定に関して。
毎度のことですが、これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。
今回で説明すべき基本的な事はだいたい説明いたしました。
今後補足するべき事があれば、その都度作中で説明するでしょう。
それと、前回名前が明かされなかった豪徳寺薫のアーティファクト『金鷹(カナタカ)』
下駄の中でも高下駄と呼ばれるタイプの形状をしています。
下駄のイメージと言えば天狗。
当初は『大天狗“○○”』と言う名前を付けようかと思いましたが、天狗と言うと、一枚歯の下駄のイメージがあるので『大天狗』を除外。
怨霊となった崇徳天皇は 天狗の王として金色の鷲の姿で描かれているという情報と、鷲とはタカ目タカ科の中で大型のものをそう呼び、中型、小型は鷹と呼ぶと言う情報。
この二つを合わせて、天狗の王と呼ぶほど大物ではないと言う意味も含めて、鷲ではなく『金色の鷹』略して『金鷹』。
天狗は鼻が高い。つまり鼻高(ハナタカ)。
これに語呂を合わせて『金鷹』は『カナタカ』と読む事に決定しました。
オリジナルのアーティファクトですが、暖かい目で見守ってやってください。
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