topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.102
前へ もくじへ 次へ


 一面に広がる草原を駆け抜け、モンスターから必死に逃げ続ける千雨。時折草の間から顔を出すように木も生えているのだが、どれもこれも細く、低い木ばかりで、登ってやり過ごす事は出来そうにない。もっとも、あったところで千雨に木登りが出来たかどうかは、また別の問題だ。
 彼女を追い掛けるモンスターは、四本の足で地を駆ける赤黒い毛の獣の姿をしていた。顔付きは千雨の知るどんな動物とも似ても似つかない。額の中央から一本の角が生えているのが特徴だ。
 最初は一匹だったが、今は三匹に増えていた。一匹が仲間を呼んだのか、それとも千雨を見付けて追い掛けてきたのかは分からないが、千雨にとっては願い下げな展開である。
「ハァッ! ハァッ!」
 体力は最早限界だ。しかし、足を止めればモンスターの餌食なので、気力だけで何とか足を前へと動かし続ける。
「うわっ!」
 しかし、それも長くは続かなかった。足がもつれた千雨は勢い良く転んでしまう。幸い、生い茂った草のおかげで怪我は擦り傷程度だ。しかし、もう身体が言う事を聞いてくれない。一度地面に横たわった身体は、力が入らず、起き上がる事も出来そうになかった。
 これまでか。千雨は思わず目を瞑る。意識を失ってしまえば、痛みも感じずに済むのだろうか。そんな益体も無い事を考えてしまう。
 追い掛けてきたモンスター達は、そのままの勢いで千雨に飛び掛かり―――

「おっと、姐さん。助けが必要かい?」

―――大きく開いた口に、千雨ではなく、突然突き出されたブーツの底を食らった。
 そのままブーツの主は、颯爽とした足取りで千雨とモンスターの間を遮るように立ちはだかる。千雨は朦朧とした状態のまま、目の前の男を見上げた。かなり大きな男だ。倒れている状態から見上げているせいもあるだろうが、千雨にはその男の背中が大きな山のように感じられる。
 色々と規格外の存在が多い麻帆良でも、そうそう見掛けないような巨躯。濃い藍色のマントを羽織り、その背には鉄塊のような大振りの剣を背負っている。千雨はまず、その男が味方かどうかを考える。しかし、彼女がその判断を下すより先に男とモンスターの戦いが始まってしまった。逆立てた短いボサボサの髪は白い。老人なのだろうか。千雨に背を向けているため顔が見えない。
 その背中の大剣を見た千雨は、目の前に立つ男が『キャラバンクエスト Online』のPC(プレイヤーキャラクター)である事に気付いた。大剣は派手なアクションが多く、多くのプレイヤーが使用している人気の装備なのだ。
「あ、あんたは……?」
「通りすがりのアルベールってもんだ。こいつらはオレっちが片付けるから、そこで休んでな」
 アルベールと名乗った男は、千雨に背を向けたままモンスター達と相対した。
「行くぜ……ザコ共ッ!!」
 無骨な手甲に覆われたアルベールの右手が、背負った大剣の柄を掴み、そして一息に振るう。最初に蹴りを食らわされた一匹以外が、その一撃で軽く薙ぎ払われた。残った一匹も不利を悟り逃げ出そうとするが、男の追撃が容赦なくその背に襲い掛かる。哀れモンスターは、その一撃で倒され、光の粒子となって消えて行った。
「つ、強ぇ……」
 今まで自分を追い回していたモンスターが倒されていくのを、千雨は呆然とした表情で見ていた。
 後には、宝石のような光り輝く塊が残る。おそらくキャラバンクエスト内で使われる通貨、G(ゴールド)であろう。
 敵を倒して、Gを手に入れる。ゲーム通りの光景なのだが、実際に、先程まで自分を追い掛け回していたモンスターが屍も残さずに消えてしまうのを見てしまうと、余りにも現実離れした光景に口をぱくぱくさせるしかなかった。
「姐さん、大丈夫ですかい?」
 Gを回収したアルベールが大剣を携えたまま振り返った。白髪頭からは想像も出来ないぐらいの若い男だ。広い肩幅、厚い胸板。その体格に見劣りせぬ強面の顔。その顔を見て千雨は思い出す。このゲームのプレイヤーキャラは外見を自由に設定する事が出来るのだが、その中にこの強面もあったと言う事を。思えば、設定出来る外見の中に「銀髪」と言う物もあったはずだ。やはり、目の前のこの男は、PCの一人なのだろう。
「………」
「どこか怪我でもしたのかい?」
 息切れしていた千雨だったが、ようやく呼吸が整ってきた。疲れた身体を奮って何とか、身体を起き上がらせる。
 そして、じっと目の前の男の顔を見た千雨は、やがて意を決して口を開いた。

「お前、カモだろ」

 直球である。その一言にアルベールは大きく狼狽えた。
「な、何言ってんですか、姐さん! オレっちはアルベールって名前で、カモミールなんかじゃ……」
「いや、私みたいな小娘を『姐さん』呼ばわりするのって、お前ぐらいしかいないし」
「ぐはっ!?」
 窮地を脱した事で、ようやく混乱していた頭が立ち直ったらしい。冷静になって考えれば、簡単な推理だ。
 そもそも、千雨はただの女子中学生である。『姐さん』と呼ばれるような年齢ではないし、あやかのように、いかにもお嬢様なオーラを放ってもいない。同級生でも千鶴辺りならば、男の方から傅いて姐さんと呼ぶ事もあるやも知れないが、少なくとも『ネットアイドルのちう』ならばともかく、一見して地味な千雨では考えにくい事である。
 しかし、そんな彼女を『姐さん』と呼ぶ者が1人―――いや、一匹だけ存在する。それがネギのペットである、オコジョ妖精のカモだ。もっとも、彼が「姐さん」と呼ぶのは千雨だけに限った話ではないが。
 更に千雨は、先日カモが教室で「新しいゲーム機を手に入れたんスけど、何か面白いゲームは無いっスかねぇ?」と、ハルナに相談していた事を思い出した。
 同じ麻帆男寮に住むネギパーティのメンバーの一人、謎の格闘技『3D柔術』の使い手である山下慶一が、「薄型を手に入れたから」と、それまで使っていた旧型をネギと小太郎に譲ったらしい。しかし、ネギも小太郎も修行にかまけてばかりでそのゲーム機を放置していた。そこでカモは自分の暇つぶしに丁度良いと考えたのである。ネギ達が修行している間、それに参加出来ない彼は、結構暇な時間を持て余しているそうだ。
 そしてなにより、千雨の目の前に立つアルベールの口調は、彼女の知るカモの口調そのものであった。
 つまり、こう言う事であろう。暇つぶしにゲームをやってみようと思ったカモは、ハルナから最近流行っている『キャラバンクエスト Online』を紹介された。そして、千雨と同じようにこの世界に引きずり込まれたのだ。
「……はっ、私も慣れちまったもんだな」
 ここまで考えて、自分が思っていたよりも冷静である事に気付いた千雨は、自嘲気味な笑みを浮かべる。こうして冷静に考えられるのは当面の危機が去ったからと言うのもあるだろう。何より彼女自身が、自分で思っている以上に非常識な事態に慣れてしまっていたようだ。今まで無自覚だった事を不意に突き付けられた形となり、千雨がその場に突っ伏してしまったのも無理のない話である。



「あ、あの〜、学園長。なんかカモ君が目を覚まさないんですけど、病気か何かでしょうか?」
「どれ、見せてみなさい。む、これは……魂が抜けとるのう」
「えぇっ!?」
 一方その頃、外の世界では朝になっても一向に目を覚まさないカモを抱えたネギが、学園長室に助けを求めて飛び込んでいた。
 身体ごとゲームの世界に引きずり込まれてしまった千雨とは異なり、カモの身体は外に抜け殻のような状態で残っており、魂だけがゲームの世界に来ているらしい。魂が抜けたカモの身体は、力無くぐったりとしていた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.102


「おい、アルベール。急に走り出してどうしたんじゃ」
 突然背後から聞こえてきた声に千雨は振り返った。カモが駆け付けてくれた方向から、何やらガチャガチャと音を立てて金属塊が走ってくる。千雨はその音に驚き、カモの背に隠れた。
「おっと、すまねぇ。こっちの姐さんを助けてたんだよ」
 その一方で、カモは手に持っていた武器を収めて、その金属塊に向かって大きく手を振る。
「お、おい、大丈夫なのかよ?」
「ああ、心配する必要はないぜ。旦那は信用出来るお人だ」
 見知らぬ相手に戸惑う千雨を、カモが諭す。そうこうしている間に近付いて来た金属塊は、急ブレーキを掛けて二人の前に止まった。
 その異様な姿に千雨は目を丸くする。背丈は千雨の胸辺りまであるかどうかと言ったところなのに、横幅は彼女の三倍ぐらいはありそうだ。全身重そうな金属製の装備に身を固め、顔の下半分は兜に覆われていない代わりに、もじゃもじゃの長いヒゲに覆われている。
「ド、ドワーフか?」
 千雨は思わず呟いた。その姿は、PCが選択出来る種族の一つ、「ドワーフ」そのものである。説明書には、彼のように全身金属装備に身を包んだ姿が、ドワーフのキャラメイクの例として載っていた。
「コイツは、オレっちの仲間でブロックルって言うんだ」
「よろしく頼むぞい。どうやら嬢ちゃんの方は、生身のまま引きずり込まれたらしいな」
「分かるのか?」
「分からいでか。流石に、そのスウェットはキャラバンクエストの世界には合わんからの」
「……なるほど」
 言われて千雨は納得した。全身鎧のブロックルに、身体部分は軽装だが、明らかに現実には売っていなさそうなデザインの服を着ているカモ。それに比べて、千雨のスウェットは、いかにも現実的である。
「とりあえず、ここで立ち話もなんだ。一度、街に戻らねぇか?」
「ウム、そうじゃな」
 どうやらこの二人、この異常事態について何やら知っているようだ。何より、ただの無力な少女である千雨に比べて強そうである。千雨はそのまま二人に付いて行く事にした。
 先に歩き出すブロックル。カモは、その背が少し離れたのを確認してから、千雨に近付き、小さく声を掛けてくる。
「姐さん。すまねぇんだけど、オレっちの事は『アルベール』と呼んでくだせぇ」
「なんで……って、ああ、そうか」
 突然の頼み事に千雨は疑問符を浮かべたが、すぐにその理由に気付いた。現在、カモは『キャラバンクエスト Online』内で使用している「アルベール」と言う名のPCの姿をしている。それに対して「カモ」と呼ぶのは、本来隠しているはずの本名で呼ぶと言う事だ。
「ここはゲームの流儀に合わせるっつー事で。オレっちもブロックルの旦那の本名は知らねーし」
「分かった、アルベールって呼べばいいんだな?」
「ええ、お願いしやす」
 普段は見下ろさないといけないカモが大男になって、自分と内緒話をするために屈み込んでいるのだから、何だか妙な感じである。
 だが、それでもカモはカモなので、千雨は遠慮なく彼に頼み事をする事にした。これから街に行くならば、どうしても今の内に解決しておかねばならない重要な事が一つある。
「それより、この格好は目立つんだろ? 何か顔とか隠すヤツないか? フード付きのマントとか」
「なんでまた?」
「見ての通り、コイツは寝間着みたいなもんなんだよ! このまま人前に出られる訳ねーだろ!」
 更に言ってしまえば、千雨のもう一つの顔、「ネットアイドルちう」が問題であった。彼女のサイトの利用客の間でも、この『キャラバンクエスト Online』は流行っていた。と言うか、流行っていたからこそ千雨もこのゲームに手を出したのだ。つまり、「ネットアイドルちう」のファンも、この世界に引きずり込まれている可能性がある。
 「千雨」と「ちう」では、髪型からして異なるため、バレる可能性は低いのだが、バレないとも言い切れない。千雨としては、出来るだけその危険性を排除しておきたかった。
「ちょいと待ってくださいよ。確か、前に使ってたマントを売らずに取っておいたような……」
 そう言ってカモが懐から取り出したのは、ベージュ色の大きなマントであった。ちゃんとフードも付いている。防具としての性能は低いそうだが、カモがこのゲームを始めたばかりの頃に、格好付けるために身に着けていた物なのだそうだ。
「て言うか、お前どっから取り出したんだよ!?」
「いや、PCなら皆やってるぜ?」
 ゲームシステム上、多くのアイテムを収納出来るアイテムボックスがある。その中のアイテムはいつでも取り出す事が出来て、画面上のPCはどこからともなくアイテムを取り出して使用するのだが、それを現実に目の当たりにすると、こんな光景になるらしい。しかも、PCなら誰でも出来るそうだ。何とも奇妙な光景である。
 格闘技で戦うPCは、男性限定だが上半身を裸にする事も出来たはずだ。そんな彼等のアイテムボックスは一体どこなのだろうか。そんな事を考えてしまった千雨の表情が、心底嫌そうな物になったとしても、誰も彼女を責める事は出来ないだろう。
 ちなみに、千雨も試しに襟元から自分の服の中に手を突っ込んでみたが、そこには胸があるだけだった。やはり、PCでない千雨には、アイテムボックスは使えないらしい。
 同時に千雨ははたと気付く。昨夜このゲームをプレイした時は、入浴後であったためブラジャーを身に着けていなかった事に。道理で走っている間、擦れるような感覚があったはずだ。その事に気付いた千雨は、慌ててマントを受け取ると、自分の身体を隠すようにそれを羽織った。
 PCでない千雨がアイテムを装備出来るかどうか疑問であったが、身に着ける事は特に問題は無いらしい。大きなマントで全身を覆い隠し、更にフードも目深に被った千雨。まるで、てるてるぼうずのような姿である。この姿ならば、誰一人として彼女が「ネットアイドルちう」とは思わないだろう。
「おーい、早く来んか」
「さぁ、姐さん。ブロックルを追いやすぜ。アイツ、足は遅いけど体力だけは有り余ってるからな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私は今、あんま走れないから」
 その言葉を聞いたカモは、走れない理由を、疲れているのだと判断した。疲れているのは確かなので、それも間違いではない。
 カモはブロックルを呼び戻し、三人でゆっくりと街に向かう事にした。再びモンスターに遭遇する可能性もあるが、カモとブロックルが付いているならば問題ないだろう。
「はぁ……私は、ちゃんと元の世界に戻れるんだろうな……?」
 不安そうに小さな声で千雨は呟いた。その瞳には薄らと涙が浮かんでいる。
 涙がこぼれそうになった千雨は天を仰ぐ。この世界の空も、やはり青かった。一瞬、その光景に目を奪われた千雨だったが、改めて周囲を見回してみると、雲の形にパターンがある事に気付く。
 自然なように見えて、どこか不自然な世界。やはり、ここはゲームの中の世界なのだ。分かっていた事だが、改めて思い知らされてしまった千雨は、知らず知らずの内に大きな溜め息をつくのだった。



 一方、千雨と同じく身体ごと『キャラバンクエスト Online』の世界に引きずり込まれた横島とアキラ。こちらの二人は、千雨と違ってゲームに関する予備知識も無い状態だ。
 除霊助手だった頃に、同じような能力を持った妖怪と遭遇した事がある横島が、比較的冷静でいられたのは不幸中の幸いと言えるであろう。
 こちらの二人は、千雨達が現在目指している街の程近くに出現していた。やはり、辺り一面は見渡す限りの草原が広がっているが、かろうじて小さく街の影が見える程度の距離である。
「あ、あの、横島、さん。これは一体?」
「多分、あの時画面に映ってたゲームの中に入っちまったんだと思うが……」
「そんな事があるの……?」
 アキラの疑問に、横島はコクリと神妙な面持ちで頷いた。彼女としては冗談であって欲しかったが、目の前に草原が広がっている現実の前に、その望みは容易く打ち砕かれてしまう。
「向こうに建物の影みたいなのが見えるだろ? とりあえず、あそこを目指してみよう。ここに居たって仕方が無い」
「分かった、横島さんに任せるよ」
「とりあえず、俺から離れないようにな」
「う、うん……」
 普段のアキラならば恥ずかしがってばかりだっただろうが、今は素直に横島の言葉に従い、寄り添うような距離まで近付いて来た。この異常な状況が、やはり怖いのだろう。彼の左腕にしがみ付いたその身体は小さく震えていた。横島とさほど変わらぬ身長を誇るアキラだが、今の彼女はまるで小さな子供のように感じられる。
 街に向かう道中、千雨を追い掛け回したのと同種のモンスターが横島達にも襲い掛かったが、横島はこれを尽くサイキックソーサーで撃退した。どこからともなくモンスターが現れる度に、身を強張らせてぎゅっと横島の腕に抱き着くアキラ。『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』の場合、伸ばす事は出来ても背後を攻撃するのは流石に難しい。横島としては、彼女を振り解いてモンスターに向かって行くよりも、サイキックソーサーばかり使うのは当然の選択であった。
 腕に抱き着くアキラの柔らかな感触を堪能しながらも、投げたソーサーを自在に操作してモンスターを撃退する横島。モンスターの方を見てもいないのに、的確に敵を撃退出来てしまうのは、やはり煩悩の成せる技と言えよう。
「あ、あれ? 消えた?」
「ん、ああ、倒したら消えるみたいだな。流石ゲームと言うか」
 カモの時と同じく、倒したモンスターは光の粒子となって消え、後にはGが残される。横島達にはそれが何かは分からないが、とりあえず、宝石のように光っているので、貴重な物なのだろうと判断し、ポケットに詰め込んで行く事にする。
 こうして二人は、次々に襲い掛かってくるモンスターを撃退し、Gを回収しながら街へと向かって行く。横島はサイキックソーサーを撃ちまくっていたが、倒した敵の数ほど疲れてはいなかった。それは、彼の腕にしがみ付くアキラのおかげである。彼女がたわわな胸に横島の腕を挟み込むようにして押し付けていたため、湧き上がる煩悩で使用した霊力を回復し続けていたのだ。
 今の横島をゲームシステムの上で説明するならば、魔法を使用するのに必要な力――MP(マナポイント)が常時自動的に回復し続けているような状態であろう。
 アキラも矢継ぎ早に襲い掛かってくるモンスターへの恐怖が先立って、それに気付く事が出来ない状態である。二人はそのままの状態で街へと向かうのだった。



 サイキックソーサーで派手に戦っている影響か。先に街に辿り着いたのは、千雨達の一行であった。
「な、なぁ、もしかしてなんだけど、私みたいに引きずり込まれた人って結構いるのか?」
「ああ、俺も来たばっかりだけど、多いな」
 街中に入ってみると、カモやブロックルのようなPC、街の住民であるNPCに混じり、外の世界の服に身を包んだ人間の姿をちらほらと見掛けた。
 カモは千雨と同じく昨日の深夜に急に引きずり込まれたのだが、ブロックルの方は、こちらに引きずり込まれてかれこれ一週間になるらしい。これはカモ達も知らない事だが、この『キャラバンクエスト Online』には半月ほど前からプレイヤーが引きずり込まれていた。
 見た目には分からないが、PCの中にはカモのように魂だけ引きずり込まれた者達もいる。そう考えてみると、千雨が思っている以上に被害者の数は多いのかも知れない。
 三人は周囲の様子を伺いながら、この街の商店街に向かっていた。まずは千雨の格好を何とかしなければならないからである。真ん中の千雨を、カモとブロックルで挟み、丁度二人が彼女のボディガードをしているような形となっていた。

「それで、その、なんだ。元の世界に戻る方法に心当たりは?」
「こんな魔法は聞いた事がねぇな」
 気になるのは、元の世界に帰る手段があるかどうかなのだが、これについては残念ながらカモは首を横に振った。そもそも、彼自身何が起きたかを把握し切れていないのだ。帰る方法を知っているなら、まず自分に使っていただろう。
「ゲームの世界に入り込むなんて、そうそう出来る経験ではないぞ。もっと、今の状況を楽しんだらどうじゃ?」
「いや、私はそこまで楽観的にはなれねぇ」
 ブロックルの方も、心当たりはないらしい。それどころか彼はこの状況を楽しんですらあった。
 そもそも、彼の老人っぽい口調は、外見を見るに「いかにもドワーフらしい」言動であると言える。しかし、カモと同じようにプレイヤーの魂がPCに取り憑いている状態だとすれば、彼はPCに「なりきっている」事になる。
 それだけこの状況を楽しんでいると見る事も出来る。一刻も早く元の世界に戻りたい千雨は思わず眉を顰めた。

「もしかしたら、魔法じゃなくて霊障の範疇なのかも知れないなぁ、せめて横島の兄さんがいてくれたら、何か分かったかも知れないんだが」
「無い物ねだりしても仕方ないだろ。横島さんって、あんまゲームしそうにないし」
 「魔法使い」側であるカモに分からなければ、「GS」側である横島ならばどうなのか。それについては千雨も考えていた。しかし、横島と言う男は、除霊助手だった頃は貧乏学生でゲーム等をやる余裕もない生活を送っていた。そのような事は彼らが知るよしもないが、それなりにゲームをする千雨の目から見ても、彼はあまりゲームをやりそうにない。
 無い物ねだりをしても仕方が無いと考えていた千雨だったが、街中を歩く人影を見て、思わず噴き出す事になる。
「お、おい、カ……じゃなくてアルベール! あれ見ろ、あれ!」
「あれ? ……って、あーーーッ! 兄さんじゃないっスか!」
 なんと、そこには横島とアキラの姿があった。彼等もまた、無事に街まで辿り着いていたのだ。
 街に入った横島達は、いかにもファンタジーな町並みや人々の姿に呆然とした。そして、制服姿の自分達が非常に目立つ事に気付き、まずは目立たない格好に着替えようと言う事で、千雨達と同じく商店街を目指していたのだ。
 見知らぬ大男に、目深にフードを被った小柄な人影。それに全身金属鎧のドワーフ。見知らぬ三人組に突然声を掛けられた横島は、思わずアキラの手を取って逃げ出そうとする。アキラの安全を考えれば当然の判断であろう。
 それに気付いた千雨は、仕方なくフードを外して顔を出し「アキラ、私だ!」と声を張り上げた。
「あ、千雨!」
「え? あ、ホントだ!」
 アキラが千雨の存在に気付き、足を止める。つられて横島も千雨の方を見て、小柄なフードの正体が千雨である事に気付いた。
 カモの方は千雨と違って大声で名乗りを上げる訳にもいかず、千雨の事をブロックルに任せて一人横島達に近付いて行く。すると、横島は警戒するようにアキラを背に庇った。カモは両手を上げて戦う意志は無いとアピールしつつ近付き、小声で話しても通じる距離まで来たところで、二人だけに聞こえるように自分がカモである事を告げる。勿論、人前では「アルベール」と呼んで欲しい事を伝える事は忘れない。
 当然二人は驚いた様子だったが、確認するように千雨に視線を向けると、彼女は再びフードを被って横島達に近付いている最中だった。その千雨が、神妙な面持ちでコクリと頷く。それを見た横島とアキラは、目の前に立つ白髪の大剣を背負った男が、本当にカモであると信じる事にした。
「どうして二人がここに?」
「千雨ちゃんが行方不明だってアキラちゃんから連絡があってな。千雨ちゃんの部屋を調べてたら、付きっぱなしだったテレビに吸い込まれて、気付いたらこのゲームの世界に居たって訳だ」
 カモの問い掛けに、ここに来た経緯を説明する横島。それを聞いて黙っていられないのは、知らない内に自分の部屋を見られてしまった千雨だ。
「私の部屋に入ったのか!?」
「ゴ、ゴメン……朝ご飯一緒に食べないか誘いに来たんだけど、返事がなかったもんだから……」
「あ、いや、非常時だし、別に文句は無いんだが……」
 本当は色々と文句を言ってやりたいところなのだが、今の状況を考えれば何も言う事が出来ない。本当にヤバい物は片付けてあるし、アキラならば無断でそこら中を漁るような真似はしないはずだ。横島も、アキラの目があるところで変な事はしないだろう。今は非常時、非常時なんだと、千雨は自分に言い聞かせる。

 千雨が黙り込んだタイミングを見計らって、ブロックルが会話に割り込んで来た。
「どうやら、アルベールのリアル友人のようじゃな。ワシの名はブロックル。見ての通りドワーフの重戦士じゃよ」
「ああ、ブロックルにも紹介しとくぜ。……って、兄さん達にはプレイヤー名は無いんですよね?」
「このゲームをやってないからな」
 カモと違い、PCとしての名前が無い横島とアキラの二人は、ブロックルに対しそれぞれ「横島」「アキラ」と名乗る事にした。ちなみに、千雨は生身で引きずり込まれたとは言え、PCはちゃんと持っているので、PCの名前を名乗る事も出来るのだが、あえてそうはしなかった。
 何故なら、彼女のPCは彼女自身のサイトでも紹介するために「ネットアイドルちう」として作ったPCだからだ。名前も当然「ちう」である。
 何とか正体を隠したい千雨としては、名乗る訳にはいかないだろう。ブロックルに関しては、カモが信用しているからと言う事で「千雨」と名乗ったが、これ以上の人数に自分の名前を知られるのは避けたいところである。

 そのまま一行は合流し、五人で商店街に向かう事になった。
 その道すがら、横島はこのゲームについて詳しく知ってそうな千雨、カモ、ブロックルの三人に問い掛ける。
「なぁ、このゲームのラスボスは一体誰なんだ?」
「は?」
「いや、最後の敵だよ。俺が以前に似たような妖怪の力でゲームの世界に吸い込まれた時は、その妖怪はラスボスの魔王に取り憑いてたんだ」
「おおっ!?」
 GSの横島ならば何か分かるのではないかと思っていた千雨とカモだったが、横島は彼女達が考えていた以上の事を知っていた。除霊助手の頃の話だが、実際に似たようなケースの除霊を経験していたのだ。
 これならば、元の世界に戻る方法も分かるかも知れない。色めき立つ千雨とカモに対し、ブロックルが冷めたツっこみを入れる。
「いや、このゲームはオンラインゲームじゃぞ? クエストのボスとかはいるかも知れんが、明確なラスボスと言うのはおらんじゃろ」
「「あ……」」
 千雨とカモも、その事実に気付いた。このゲームは『キャラバンクエスト Online』、横島がかつて助手として除霊に参加した『キャラバンクエスト』とは異なり、明確な「ラスボス」と言うものが存在しないのだ。
「え、え〜っと、兄さん?」
「いや、そうなると俺には分からんぞ。ゲームにゃ詳しくないし」
 がっくりと肩を落とす千雨とカモ。一気に事態が進展したと思った直後だっただけにショックも大きそうだ。
「え、え〜っと、二人とも元気出して? 妖怪本体を倒せば良いって分かっただけでも良かったんじゃないかな?」
「そうじゃそうじゃ、嬢ちゃんの言う通りじゃぞ。二人とも」
 なんとか二人を慰めようとするアキラ。彼女の言う通りである。このゲームの世界に放り出されて何をすれば良いかも分からない状態だったのが、このゲームに取り憑いた妖怪本体を倒せば良いと言う、明確な目標が出来たのは確かである。
 横島も、ゲームに疎いため今は心当たりが無いと言っているが、もしかしたら千雨達が知る情報を教えれば何か閃くかも知れない。
 少なくとも、解決に向けて一歩前進したのは確かなのだ。千雨は気を取り直し、背筋をしゃんと伸ばして気合いを入れる。
 しかし、その直後に自分がノーブラのままである事を思い出して、顔を真っ赤にし、そそくさと胸を手で隠した。マントで隠しているとは言え、オコジョであるカモとは違い、年頃の男性である横島の前でこの格好と言うのは流石に恥ずかしい。
「い、急ぐぞ! まずは服だろ!」
「お、おう」
「ちょっと待ってくだせぇ、姐さん! 場所分かってるんスか?」
「ゲームと一緒だろ?」
 千雨は先程よりも早足で歩き出し、横島達は慌ててそれについて行く。千雨の言う通り、まずはこの世界で目立たず行動するための服を揃えねばならない。一行は当初の目的地である商店街――そこにある服屋へと向かうのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 『キャラバンクエスト Online』
 「アレ」が肉体丸ごとゲーム内に取り込む能力を持っている。
 「アレ」が魂だけを取り込んでPCに憑依させる能力を持っている。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

前へ もくじへ 次へ