topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.106
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「どわーっ!? も、文珠ーーーっ!!」
 横島の叫びが辺りに響く。『護』の文字によって張られた結界が炎の海から横島自身と、その背に庇われた千雨とアキラを守った。
 結界のおかげで直撃こそ避けたとは言え、辺りの空気が熱せられる事までは防ぎようがない。チリチリと肌が焼けるような感覚。色々とゲームならではの不自然さがある世界だと言うのに、どうしてこのような所ばかりがリアルなのか。きっと千雨とアキラも同じような苦しみを味わっているだろう。背後から、彼女達の咳き込む音が聞こえてくる。
 とっさに『安』の文字を込めた文珠を発動させる横島。焼け付くような感覚がなくなり、熱も冷めて結界内の空気が正常な状態に戻る。
 とりあえず、安全は確保した。後はこの炎の海を生み出した張本人、目の前にそびえ立つ巨大なドラゴンをどうにかするだけだ。
「ホントに、でけぇ……」
 あまりの巨大さに思わず足がすくみ、逃げ出してしまいたくなる。しかし、後ろから感じる二人の縋るような視線を無視する事は出来ない。
 何故こんな事になったのか。横島は『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を構えながら、ここに至る経緯について考えていた。


 ゲーム上では『北の山脈』と呼ばれているダンジョンに入った横島達。幸か不幸か、件のクエストボスはすぐに見付かった。
 山道自体は舗装こそされていないものの、しっかりと整備されており、歩くのに苦にならない。千雨曰く、やはり木の生い茂り方に一定距離ごとのパターンが存在するようだが、麻帆良学園都市周辺の鬱蒼とした山林に比べてなんとも心地良い。周囲の緑豊かな風景と相俟って一行はピクニック気分で探索していた。
 ところが、山道を歩いていると急に辺りが暗くなり、何事かと空を見上げてみたら、悠々と空を飛ぶ巨大なドラゴンの姿があったのだ。これは探すどころの話ではない。
「な、なんだ、あの大きさは!? あれなら、もっと遠くから見えてもいいじゃねぇか!」
「山に入って、マップが切り替わったからのぉ……」
 空を見上げ、驚きの声をあげる千雨。一方でブロックルは顎髭を撫でながらぼやく。千雨の言う通り、空を覆う程に大きいドラゴンであれば、もっと遠くから姿が見えても良いはずだ。だが、それは現実の話である。このキャラバンクエストの世界では山はダンジョン扱い、すなわち別マップであるため、山に入らなければあの空を飛ぶドラゴンの姿は見えないのであった。
「て言うか、どうやってあんなの倒せって言うんだよ?」
 横島は呆然とした表情でドラゴンを見上げながら呟く。千雨と違って驚きは小さいようだが、上空をゆったりと飛んでいるドラゴン相手にどう攻撃すれば良いか分からずに戸惑っている。これではジャンプしても届かないし、サイキックソーサーを投げたところでたかが知れているだろう。
「なんでも、アレを追い掛けてきゃヤツの巣に辿り着くらしいぜ。巣に戻ったところを叩けって訳だな」
「ん? これまでに戦ったヤツがいるのか?」
「全員返り討ちらしいっス」
「………」
 相当手強いクエストボスのようだ。
 かなり高レベルのパーティも挑んだそうだが、それでもドラゴンには勝てなかったそうだ。カモ達が情報収集していた時も、あれはクリア出来ない、「無理ゲー」と言う者達がちらほらと居たらしい。
「……み、見失う事はなさそうだし、その、追い掛けようか?」
 呆然と空を見上げて足が止まってしまった一行。まずアキラがハッと我に返り、おずおずと皆に声を掛けた事で、ようやく再起動を果たす。
「アルベール。お前、上見ながら歩くのと、周り警戒しながら歩くの、どっちが得意だ?」
「任せてくだせえ! オレっちは警戒のスキルを持ってやすぜ!」
「んぢゃ、俺はドラゴンから目を離さないようにするわ」
 横島がドラゴンを見失わないように空を見て、アルベールことカモが周囲を警戒する。この二人が先頭に立ち、その後ろをブロックルに守られながら千雨達が続く形で、一行はドラゴンを追跡する事にする。

 アキラは最後尾に立ち、背後を気に掛けながら遅れないように付いて行く。ここに到着するまでに更に何度かモンスターと戦っていた。元々の常人離れした身体能力と、外見上は相手を傷付けず、血も見ないゲーム的な戦闘のせいもあってか、彼女もある程度は戦える事が分かっている。ブロックルとアキラの二人で千雨を守っていると言った方が正確かも知れない。
 武器、防具以外は自分の身体能力だけが頼りの状態で、これだけ戦う事が出来る。どうやらアキラには戦士としての素養があるようだ。もっとも、心優しい彼女がそれを望んでいるかどうかは微妙なところだが。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.106


 そして一行はドラゴンの巣に辿り着いた。山中深くの盆地になっている部分に巣を作っている。木を集めて椀状となった巣に、巨大なドラゴンがうずくまっている姿は、どことなくシュールだ。全身を赤い鱗に覆われたドラゴンは、横島達に背を向けており、折り畳んだ翼と、直径が横島の背丈より大きそうな尾が揺れているのが見える。
「あれが巣か……」
「なんか、鳥の巣みたいだね」
 アキラの言う通り、巣にうずくまるドラゴンの姿は、鳥に見えなくもない。ただし、決定的に異なるのは巣を形作っているのが木の小枝などではなく、一本の木そのものだと言う事だ。ドラゴンがいかに巨大であるかが伺える。空を泳ぐ姿を見た時から薄々感じていた事だが、「山のように大きい」と言うのは、正にこのドラゴンの事であろう。比喩表現ではないのが恐ろしい所である。
「どうする? 攻撃を仕掛けるか?」
「正面からは避けたいが……寝たところを狙うとか無理かな?」
「アレ、いつ寝るんスか?」
 カモの言葉は、一同は揃って首を傾げる。
「安全なら、待つのはいいけどよ。ここってなんでか腹減らないし」
 妙な話だが、千雨の言う通りこの『キャラバンクエスト』の世界では、空腹や喉の渇きを感じる事はなかった。このゲームには食べ物や飲み物は登場しないので、そう言うシステム自体が無いのかも知れない。
 では、話を戻そう。ドラゴンが眠るのを待つのは良いが、本当に眠るのだろうか。確かに、『キャラバンクエスト』の魔法の中には敵を眠らせる物もあるが、自分達に食事が必要ないように、モンスターにも生理現象としての睡眠が必要ない可能性も考えられる。実際、このドラゴンに限らずモンスターが眠っている状態で遭遇したと言う話は聞いた事が無かった。特定のモンスターは、遭遇時に眠っている事があると言う特徴を持っているが、これは特別であろう。そう言うふうに設定されたモンスターなのだから。
 では、一体どうすれば良いのだろうか。
「よし、じゃあ文珠を使おう」
「へ?」
 ポンと手を叩いて、横島が取り出したのは『眠』の文字が入った文珠。戦いに入る前に、文珠を投げて眠らせようと言うのだ。これならば問答無用で眠らせる事が出来るだろう。
「……それ、効くのか?」
 千雨が怪訝そうな表情で尋ねてくる。このドラゴンは仮にもクエストボスなのだ。ボスモンスターは、眠り等の状態異常が一切効かない設定になっている事もある。また、仮に効くとしてもゲームシステムにはない霊能力で眠らせる事が出来るかどうかと言う問題もあった。
「う〜ん、多分大丈夫だろ。舗装された道路をトランポリンみたいにも出来たし、多少の無茶は出来るはずだ」
「物理法則無視だな、おい」
 もし、このゲームに取り憑いた悪霊が力尽くで防ごうとしても、最終的には横島と悪霊の霊力勝負になるため、分の良い勝負と言える。
「デカいからな、顔の辺りに投げ付けるぞ」
「攻撃するにも、やっぱ首の辺りだろうな」
 この作戦を決行するためには、今いる場所からドラゴンの顔が見える正面まで移動しなければならない。一行は息を潜め、ドラゴンの巣を遠巻きにしながら移動を開始した。
 幸い、ドラゴンに気付かれる事なく、横島達は茂みに身を隠したままドラゴンの顔が見える位置まで辿り着く。
「やっぱり、でけぇな……」
 いざ正面から見てみると、やはりドラゴンは巨大だ。顔の上はおろか、閉じた目のまぶたの上に乗れそうな程である。
 これは眠らせねば、まともに戦う事が出来ない。圧倒的な存在感からそう感じた横島は、早速『眠』の文珠を投げ付けた。一つでは足りないと思い、連続して三つも投げる。レーベンスシュルト城の日々に感謝だ。一日約一個と言う、麻帆良に来る以前では考えられなかったハイペースの文珠生成がなければ、このような大盤振る舞いは出来なかっただろう。
 三つの文珠は見事ドラゴンの頭に命中。連続して文珠を食らったドラゴンは、すぐに目を閉じ寝息を立て始めた。
「よし、行くぞ!」
「意味があるかどうか分かんねぇけど、生き物だからな。首を狙おうぜ!」
 千雨を茂みの中に残し、横島達はドラゴンへ攻撃を開始しようと走り出す。
 しかし、次の瞬間、予想外な事が起きた。なんと眠ったはずのドラゴンが突如起き上がったのだ。
 そして立ち上がったドラゴンは、天を仰ぎ、大きく翼を広げて空気がビリビリと震えるような咆吼を上げる。
「な、なんで!? 確かに寝たはずなのに!」
「あ、もしかして……これ、ボス戦突入前のムービーなんじゃ?」
 茂みから覗いていた千雨が、『キャラバンクエスト』では、ボスと戦う前にモンスターの姿を見せるムービーが挿入される事を思い出した。つまり、ドラゴンが文珠で寝た事は確かなのだが、攻撃するために近付いたため、ムービーが始まってしまったと言う事だ。
「そんなとこまで『ゲーム』すんなーーーっ!!」
「……実際、ゲームじゃしのぅ」
 あまりにもな理不尽さに絶叫する横島。しかし、ドラゴンは待ってくれない。大きく口を開き、炎のブレスを吐こうとする。
「ま、まずい……ッ!」
 ブレスを吐かれれば、辺り一帯が焼き尽くされてしまう。木々は「背景」なので焼けないかも知れないが、茂みに隠れた千雨は無事では済まないだろう。アキラは、咄嗟に踵を返すと、千雨を庇うようにして前に立ち、盾を構えた。
 続けて動いたのは横島。飛び込むようにアキラ達の前に躍り出ると、『護』の文字が入った文珠を発動させる。そして冒頭のシーンに繋がる訳だ。
 カモとブロックルは少し離れた場所に居たが、なんとか自分の身を守ったようだ。かなりダメージを負ったようだが、攻撃しても傷付かないのと同じ理由で、火傷などはしていない。二人はすぐさま反撃に移る。
 横島も負けじと両手にサイキックソーサーを出現させ、長いドラゴンの首を目掛けて飛ばした。二つのソーサーは弧を描きながら見事に首の一箇所に命中、爆炎を巻き起こす。
 結界の中で呆然としていたアキラも、バスタードソードを構え直すと、結界から飛び出しドラゴンに躍り掛かった。更に横島は右手に『栄光の手』を出現させてそれに続く。
 繰り出されたカモ、ブロックル、そしてアキラ達の攻撃は、まるで鉄板を叩いたかのような硬質な音を立てる。ドラゴンの首は傷一つ付いていないが、ダメージは通っているはずだ。
 続けて横島が『栄光の手』で斬り付けると、ドラゴンの反応に変化が起きた。
「ギュオォオォォンッ!」
 横島が確かな手応えを感じると共に、何故かドラゴンが雄叫びを上げて苦しみだした。山に到着するまでに、何度か霊能力を使ってモンスターと戦ったが、その時には無かった反応である。
 よく見ると、横島が斬り付けた部分が傷付いていた。ただし、生物に付く傷ではない。斬り付けられた部分がぼやけ、まるで映像が乱れているかのように崩壊している。
「な、なんじゃ、この反応は?」
「! そうか! 兄さんの霊力に、このゲームに取り憑いた悪霊が反応してるんだ!」
 つまり、このドラゴンには、件の悪霊が関わっていると言う事だ。高レベルのパーティを返り討ちにしてしまうと言う圧倒的な強さにもしやと思っていたが、どうやらビンゴだったらしい。
 霊能力で攻撃されて傷付くと言う事は、やはりあのボスモンスターは、ゲームに取り憑いた悪霊の影響下にあると言う事だ。
「霊能力で攻撃したら、霊力勝負に持ち込めるって訳か! そうと分かれば、思いっきり……!」
 横島は左手からも『栄光の手』を出現させると、霊波刀を伸ばした両腕を高く掲げる。すると、二つの刀身が一つになって、巨大な霊波刀が姿を現した。両手で自在にサイキックソーサーと『栄光の手』を操れるようになった彼の、攻撃の隠し球である。
「どっせい!!」
 横島は、そのまま巨大な霊波刀をドラゴン目掛けて振り下ろす。その一撃で、音を立ててドラゴンの首が地面に落ちた。アキラは思わず目を背けるが、彼女がイメージするような凄惨な傷口は無い。その断面は、先程横島が傷付けた首と同じように、崩壊しつつある。霊力勝負で横島が勝ったのだ。
 しかし、首が落とされたにも関わらずドラゴンは倒れない。それどころか、爪や尾で攻撃を仕掛けてくる。
「なんで……」
「そうか! ゲーム上のHPがゼロになってないから、倒せた事にならないんだ!」
 首が落とされても動き回るドラゴンの姿はなかなかにシュールである。山に到着するまでに戦ったモンスター達、ほとんどは横島が牽制してアキラがトドメを刺すと言う役割分担で戦ってきたが、それでも何体かは横島がトドメを刺している。しかし、どれも他の武器で倒されたモンスターと同じように光の粒子となって消えて行くばかりで、このような反応を見せたモンスターは、存在していなかった。
 だが、今の横島にはそんな事は関係無かった。目的はクエストクリアではなく、このゲームに取り憑いた悪霊を倒す事。ブレスさえなくなればあとは単純な肉弾攻撃である。カモとブロックルが牽制し、横島はドラゴンの猛攻を掻い潜って渾身の一撃を食らわせようとする。
「ドラゴンを倒す事が目的じゃない! 中の悪霊さえ倒せば……って、なんだぁ!?」
 ところが、ここでドラゴンの身体に思わぬ変化が起きた。
 なんと、ボコッボコッと全身の筋肉が盛り上がり、徐々に巨大化していくではないか。
 その不気味な躍動に思わず距離を取ってしまう横島一行。ドラゴンの変化は収まらず、それどころか元々あった物よりも更に大きな一対の翼までもが生えてきて、合計四枚の翼が広げられる。失われた首も、更に禍々しい物が生えてきた。しかも、二本だ。斬り口から二本の首が生えてきて、最終的には双頭のドラゴンとなった。
「な、なんだよこれ! このボス、変身すんのか!?」
「そんな話は聞いてないけど……」
「違う! 悪霊のヤツ、またデータを書き換えやがった!」
 異様な光景に混乱状態に陥る一行。そんな中で、横島だけが冷静な判断を下した。
 そう、この変化はゲームに取り憑いた悪霊によるデータ改竄である。パラメータだけではなく、外見そのものまで変化させてしまったのだ。
 四枚の大きな翼に、異常に発達した筋肉を持つ四肢。鱗も赤から毒々しい紫に変わっている。首の途中で枝分かれした双頭は、右側が巨大な一つの目に三本の角。左側は三つの目の二本の角と、その不気味な造形は見る物を恐れさせる。
「だが、ゲーム内でいくら強くなっても、霊能力の差は変わらないはずだ! みんな、援護してくれ!」
「お、おう!」
 かつて、開発中の『キャラバンクエスト』シリーズが悪霊に取り憑かれた際、令子が実際にやってみせた事だ。
 横島の大声で茫然自失状態から立ち直るカモ。隣を見ればブロックルも同様だったらしく、覚悟を決めた表情で武器を構え直している。
「食らえや! クリティカルヒットーーーッ!!」
 再度、両手『栄光の手』で攻撃を仕掛ける横島。
 ドラゴンは片腕を巨大化させてそれを受け止めようとするが、やはり霊力に差があるのか、その腕を容易く斬り裂かれてしまう。
「何!?」
 だが、悪霊の方も学習していた。斬り裂かれた腕がボロボロと崩れ落ち、中から傷一つ付いていない、紫色の腕が現れた。
「……あれ?」
「おい、まさか……」
 不安そうに横島を見詰めるアキラと千雨。その視線に気付いた横島は、更に踏み込むとドラゴンの腹を斬りまくる。
 しかし、斬った側からボロボロと崩れ落ち、あたかも脱皮するかの如く中から真新しいドラゴンの表皮が姿を現した。
「もしかして、トカゲのシッポ切りか? これ」
 ポツリと呟く千雨。おそらく、それが正しいのだろう。
 霊力勝負に持ち込まれては勝ち目が無い悪霊。そこで、改竄したデータを囮にして、本体を守ろうとしたのだろう。腕が巨大化したように見えるがそうではない。本来のドラゴンが、囮の身体を身に纏っているのだ。
 しかも、囮は倒しても倒しても復活してしまう。こうなっては中の本体を叩くしかないのだが、囮の再生スピードが速いために、本体まで攻撃が届かない。
 繰り返し言っておくが、横島が悪霊と霊力勝負に持ち込めば、悪霊に勝ち目は無い。しかし、戦いようによっては「負けない」事は可能なのだ。
 正に今がその状態であった。斬っても斬っても切りがない状況に、千雨が待ったを掛ける。
「横島さん、ここは一旦退こう! このままじゃ埒が明かないぞ!」
「くぅ〜! 覚えてろよー!」
 有利に進めていたはずが、一転してピンチとなってしまった。横島達は、一旦麓の小屋まで戻り、態勢を整える事にする。
 無論、悪霊が素直に逃がしてくれるはずもないが、そこはサイキックソーサーや文珠で足止めをして、一行はなんとか無事にその場から逃げ出す事に成功するのだった。


 小屋に戻った一行は、まず簡易ベッドで順番にHPを回復させる事にした。外見上は火傷の一つも負ってないが、カモとブロックルは炎のブレスを食らったのだ。HPは相当減っているだろう。
「な、何なんだよ、あいつは!」
 そして、テーブルを囲んで休憩を取るのだが、やはり話題の中心はあのドラゴンの事であった。
「アレに悪霊が憑いてるって事で、間違いないのか?」
「負けないように必死になってたし、まず間違いないと思う。ヤツ自身、遊ぶ事が目的だろうしな」
「遊ぶ事っスか……」
 ただし、真っ当な遊び方ではない。パラメータを強化し、絶対に負けない状態になってプレイヤー達を蹴散らす遊びだ。あのドラゴンにはこれまでに幾つものパーティが挑んでは返り討ちに遭ったが、それも悪霊が楽しんだ結果であろう。
 小屋の中が重苦しい沈黙に包まれる。頼みの綱は横島の霊能力であったが、悪霊はそれが届かない所に隠れてしまっている状態だ。しかも、すこぶる物騒な場所に。
「ぶっちゃけ、反則だよな。アレ」
「やっぱり、ズルしてでも勝ちたいのかな?」
 その辺りは、悪霊ならではの発想なのだろう。悪霊にとって『キャラバンクエスト』は、何でも自分の思い通りになる世界である。この世界の神にでもなったつもりなのであろう。
「なんとかアイツを引きずり出す方法はないか?」
「真っ当な手段は、思い付かないっスねぇ」
 あの囮には、流石の横島もお手上げであった。文珠を使おうにも効果があるのは囮の方なので、本体までその効果が届かない。何とかして本体を剥き出しにしなくてはならないのだが、どうすれば良いのかはてんで見当が付かなかった。

「………のぅ、千雨の嬢ちゃんや」
 その時、今まで黙って聞き役に徹していたブロックルが、重々しく口を開いた。
「なんだ?」
「お主、隠しているようじゃが、ネットアイドルの『ちう』じゃな?」
「なっ……!」
 突然の指摘に千雨はたじろいてしまう。周囲のほとんどのメンバーが横島達、つまり事情を知っている者なので油断していたようだ。フードを被っていても、完全に顔を隠している訳ではないのだ。近くで接していれば気付く者も現れるのは仕方がない事だろう。
 そして、ブロックルは、千雨の事情を知らず、近くで接する立場にあり、かつネットゲームをやっているだけあってネットには詳しく、ネットアイドルちうの事も知っていた。
「そ、それがどうしたんだよ?」
 咄嗟に否定出来れば良かったのだが、彼が「他人」である事を意識してしまい、上手く誤魔化す事が出来ない。それどころか、半ば認めたも同然の反応をしてしまう。
 対するブロックルは、千雨を宥めるように話を続けた。
「お主のブログを見る限り、結構なプログラム技術を持っているようだが、ハッキングなどは出来るのかの?」
「ハッキングだと?」
 「ハッキング」、その単語に千雨は狼狽えていた精神を立て直した。そこに現状を打破するための光明を見たのだ。一人ブツブツと呟きながら何やら考え始める。
「た、確かに、相手がチート野郎なら、こっちから逆チート掛けてやるのが一番手っ取り早い」
「そうなのか!?」
「た、多分、いける、はず、だ!」
 それでも周囲には聞こえているため、横島は思わず身を乗り出して千雨を問い質した。ガクガクと肩を揺すられながら、千雨はなんとかハッキング出来れば勝ち目はあると返事を返す。
「だったら、その方法で再挑戦を……!」
「ま、待った!」
 やおら立ち上がり、再び山を登ろうとする横島を、千雨が大声を出して引き止めた。
 これまで色々とあったおかげで、やはり横島は「他人」ではなくなっているのだろうか。人見知りの激しい千雨も、彼に対しては大声を張り上げる事も出来るようだ。
「ハッキングと言っても、どうやってやるんだよ? 確かに私は、ハッキング技術も持ってるけど、何も無しには出来ないぞ」
 そうなのだ。いかに千雨がハッキング技術を持っていても、『キャラバンクエスト』のプログラムに接続出来るコンピューターが無い事にはどうしようもない。この世界にそのようなアイテムは存在しないのは言うまでもない事である。

「と言う訳で、それは無理だ。何とか外にメッセージを送る方が、まだ建設的だろ」
 現実的に実現可能な方法を考えるとすれば、ゲーム画面を見ている人に対し、ゲームシステムを利用してメッセージを送る事だろう。超と聡美の二人に届いてくれれば、彼女達が『キャラバンクエスト』をハッキングしてくれるはずだ。
 問題は、画面を見ると言う事は取り込まれる可能性がある事。しかも、メッセージを受け取った者を悪霊が見逃すかと言う疑問もある。正直、これもリスクが大きい方法だった。
 肩を落とす一同。しかし、ブロックルだけはニッと笑みを浮かべている。どうやら彼の考えている事は、もっと安全で勝率が高いもののようだ。
「いや、方法はあるぞい。それは……『仮契約(パクティオー)』じゃ」
「なにぃ!?」
 その一言に、カモは思わず大声を上げて立ち上がってしまう。
 それはそうだろう。ブロックルとは、今回の一件で知り合った仲間だが、彼のプレイヤーの事など考えた事もなかった。霊能力を見ても驚かなかったので、オカルト関係者である可能性については考えていたが、まさか『仮契約』についてまで知っているとは思わなかった。彼は魔法関係者なのだろうか。
 千雨は表向きは隠しているが、ハッカーとしての腕を持っている。彼女が仮契約すれば、今最も必要としているハッキングツールが現れる可能性は高い。アーティファクトのハッキングツールであれば、あの悪霊に対抗する事も可能だろう。
 確かに妙案ではあるのだが、一つだけ大きな問題があった。
「ちょっと待ったぁ! それは良い考えだけどよぉ、無理ってもんだぜ。何せ、ゲームキャラとして取り込まれた俺は、魔法を使う事が出来ねぇんだからよ」
 ブロックルが一般人だと思っていたため今まで黙っていたが、魔法について知る者であれば、色々と話せる事も増えてくる。
 問題は、カモがオコジョ妖精の本体ではなく、ゲームキャラとして取り込まれてしまった事だ。魔法陣は覚えているため描く事は出来るだろうが、肝心の魔法を発動させる事が出来ないのだ。これでは、千雨を仮契約させてやる事が出来ない。

「安心せい。その魔法なら、ワシが使える。見様見真似じゃがな」
 対して平然とニコニコ顔を浮かべていたブロックルから、更に爆弾発言が飛び出した。
 絶句する一同を尻目に、彼は淡々と床に魔法陣を描いていく。横島は何度かそれを見た事があるため、理解する事が出来た。それは、カモがいつも描く仮契約の魔法陣と同じ物であると。
「ブ、ブロックル、あんた一体何者なんだ? まさか……?」
「まぁまぁ、そんな細かい事はどうでも良いじゃないか」
 細かくないような気もするが、やはりブロックルは笑うばかりで、まともに答える気は無いらしい。
 そして彼は、千雨に向き直った。ここからは彼女の問題だ。
「さて、これで準備は整った。相手の選択肢が狭いのは勘弁してくれい」
「いや、まて、まだ私はやるとは……」
 ここまでくれば、嫌でも状況は理解出来た。
 つまり、ここでハッキングが出来るアーティファクトを手に入れろと言うのだ。
 それは言うまでもなく、誰かと仮契約しろと言う意味である。
 ハッと横島の方に視線を向けると、丁度彼も千雨の事を見ていたため、バッチリ目が合ってしまった。思わず意識してしまい、恥ずかしくなって顔を伏せる。

 今のところ、あのドラゴンをハッキングする以外の解決方法は考え付かない。もしかしたら、どこかを探せばあるのかも知れないが、そちらは全く見当がつかないのが現状だ。そもそも、あの存在自体が反則なのだから、正規の倒す手段が存在するかどうかも怪しい。
 しかし、それは千雨が誰かと仮契約しなければならないと言う事である。
 候補は横島とアキラの二人。アキラは一般人なので、実質は横島一択と言って良いだろう。

 つまり――今ここで横島とキスをしろと言う事である。

「―――ッ!」

 それを意識した瞬間、耳まで真っ赤になってしまう千雨。
 『キャラバンクエスト』に取り込まれてしまった者達の命運は、今、この人見知りが激しい、恥ずかしがり屋の少女に託されたのである。



つづく


あとがき
 『キャラバンクエスト Online』
 「アレ」が肉体丸ごとゲーム内に取り込む能力を持っている。
 「アレ」が魂だけを取り込んでPCに憑依させる能力を持っている。
 ちうのブログに関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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