「ふわ〜、すごいなぁ」
「これまた…雰囲気出てるな」
「フッ、この僕に相応しい大事件のようだね」
「ナカナカ、イイ雰囲気ジャネーカ」
真名に紹介された屋敷を見上げて四者四様の反応を見せる木乃香、横島、醍醐、チャチャゼロの四人。チャチャゼロは横島の頭の上で横島にだけ聞こえるような小声で喋っている。おどろおどろしい口調は正直勘弁して欲しい。
屋敷の大きさも相当だが、霊能力者である横島の目にはそこかしこに飛び交う悪霊の姿が見えている。なんと醍醐も悪霊の姿が見えているようだ。プロのGSなのだから当然の事なのだが、それだけで凄いと思ってしまうのは彼が蔵人醍醐だからであろう。
「何と言うか…視覚的にやかましい家だな」
少し離れた場所から同じく屋敷を見ているのは本来この屋敷を除霊するはずの真名とエヴァ、刹那の三人。
こちらも普通に霊が見える者達なので、悪霊だらけの屋敷に辟易気味だ。
「真名はこの屋敷の浄化を依頼されたのか?」
「ああ、これまでにも何度か除霊を依頼されている」
「…何だと?」
どこにでもある幽霊屋敷…とは少し違うらしい。
そこには雑霊を集める何かがあるらしく、祓っても祓っても一ヶ月もすれば幽霊屋敷に逆戻りしてしまうのだ。
「ジジイは調査をしていないのか?」
エヴァの言う「ジジイ」とは学園長の事である。
彼女の疑問に真名は肯定の意で応えた。
「私も詳しく知らないけどあまり触れたくないみたいだね、ここには」
「かつてここで魔法を教えていたとの事ですし、何か思い出でもあるのでしょうか?」
「感傷に耽るセンチな性格でもあるまいし…」
ブツブツと呟くエヴァ。彼女はその話を聞いて、おそらく魔法の道具が残されていて、それが雑霊を呼んでいるのだろうとあたりをつけている。
かく言うエヴァも自分の家に様々な魔法の道具を隠し持っており、それが雑霊を呼ばないようにきちんと結界を張って対処している。だからこそ、この屋敷が雑霊を呼ぶ原因が分かったのだ。
普段の彼女なら、わざわざこんな所に出向こうとは考えもしないだろう。それが今日こうしてわざわざ来たとなると「この屋敷には何が眠っているのか?」と言うのが気になってくる。
「何が眠っているか探索するのも一興か?」
「…この屋敷の所有権は学園長にある。拙くないか?」
「ハッ、知ったことかっ!」
真名の指摘をあっさりと蹴るエヴァ。「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」と言う実にガキ大将的な思考だが、彼女には妙に似合っている。
学園長は彼女に対してはあまり強く出れない。と言うのも、彼女が『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを掛けられてしまった一因は、彼が『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』に対し「警備員が欲しい」と呟いた事にもあるのだ。
その後、十年前に『千の呪文の男』が消息不明となったためにエヴァの呪いを解ける者がいなくなり、彼女は永遠に学生生活を続けることを余儀なくされている。
例えば現在エヴァと親交のあるまき絵達四人だが、一年後に麻帆良女子中を卒業してしまうと呪いの力により彼女達はエヴァの事を忘れてしまうだろう。これは余りにも哀れだ。学園長に良心の呵責があるのも無理はない。
逆に真名としてはあまりこの屋敷を探索して欲しくはなかった。
彼女にとってこの屋敷は世間の評価である「幽霊屋敷」とは別の意味を持っている。と言うのも、定期的に除霊の仕事が発生し、雑霊しか現れないこの屋敷は「とてもオイシイ」のだ。
エヴァによりその原因が取り除かれるような事があれば、真名はおいしい仕事を失う事になってしまう。
「クックックッ、私が来た時は既に使われなくなっていたからな。その頃から今まで十数年間失われる事のない力、楽しみではないかっ!」
「やっぱりさっさと撃った方が良かったな、アイツ…」
眼前のエヴァは既に燃え上がってしまっている。
今から止めようとしたところで彼女は止まりはしないだろう。
ここで除霊勝負をしたらどうかと提案したのは真名だが、醍醐に恨み言を言わずにはいられなかった。
『…また誰か来たみたいだね』
入り口付近の横島達、そしてその背後に隠れるエヴァ達を見詰める白い影があった。
それは屋敷二階の窓から彼等の様子を伺っている。
その姿は小柄で年の頃はネギと同年代か少し上と言ったところだろうか。その髪は真っ白で血の気の無い肌もまた白い。
熱を持たない顔に表情は見えず、その視線は氷のように冷たかった。
『………まぁ、屋敷を静かにしてくれるならそれもいいさ。いつも通り隠れさせてもらうよ』
その言葉と同時に少年の姿がふっと霞のように消える。
後には絨毯を湿らせる僅かな水だけが残されていた。
そして、少年の存在に全く気付かない横島達はと言うと…。
「さぁ、ここは僕に任せて君達は下がっていたまへっ!!」
「いやいやいやいや! 俺も行きますって!!」
案の定、醍醐は話を聞いていなかった。
彼の中で横島は除霊を依頼してきたウェイターと記憶されているらしい。
おそらく百万言弄したところで醍醐と言う男は覆らないだろう。
こうなっては致し方なしと、横島は最後のワイルドカードを切る事にした。
「蔵人! いや、蔵人醍醐っ!!」
「…ム、僕をフルネームで呼ぶ君は何かな」
大声で名前を呼ばれて流石に反応する醍醐。
横島は「あとで殺されるだろうなー」と覚悟を決める。
「木乃香ちゃんを賭けて俺と除霊勝負だっ!!」
言ってしまった。
その瞬間、背後で膨れ上がる殺気。間違いなく刹那だろう。
しかし、こうでも言わなければ醍醐相手に除霊勝負には持ち込めない。あちらでエヴァと真名の二人がフォローしてくれている事を願うばかりである。
「…フッ、とうとう正体を現したなライヴァル!」
「はい?」
醍醐はまた何か勘違いしているらしい。
「君が木乃香さんを狙っている事など、僕は最初からお見通しさっ!」
「ええ! そうやったん!?」
「誤解だっ!」
「だが、これぐらいの障害がなければ盛り上がらない! 僕の愛のメモリーに華を添えるといいっ!!」
「だから話を聞けっ!!」
そう言ったところで醍醐が止まるはずもない。
彼に対して言葉を投げかける事が如何に無駄であるかは散々思い知らされていた。
「ならば見るがいい! 僕の華麗なる除霊をっ!!」
「って、一人で進むなよ!」
と叫ぶやいなや屋敷の中へと駆け込む醍醐。
うまく話が進んでくれたが、この勝負は最終的に木乃香が勝ち負けを判断するだけでなく、醍醐自身が敗北を認めなければならないのだ。彼一人に勝手に進んでもらっては困る。
「木乃香ちゃん行くよ!」
「う、うん!」
慌てて後を追う二人。
有耶無耶の内に横島対醍醐の除霊勝負がスタートした。
「…ま、俺の勝ちは決まってるんだし」
「ケケケ、悪人メ」
ただし八百長極まりない勝負である。
横島の頭の上に移動したチャチャゼロも元気が出てきたのか楽しそうだ。
勿論、醍醐が納得して身を引くのが一番なのだが、いざとなればこの勝負を理由に木乃香がキッパリと断ってしまえば、醍醐が何と言おうがこのお見合いはご破算となるのだ。この勝負自体、断る理由を作るためのものである。
趣味で木乃香にお見合いをさせている学園長も、結局のところは孫には弱い。木乃香が嫌がるお見合い話を強引にまとめるような真似はしないだろうと言う打算が横島にはあった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.11
「さて、私達はどうするか」
「それは勿論陰ながら横島さんのサポートを…」
「どうやって?」
真名の冷静なつっこみに沈黙する刹那。
刹那達が除霊してしまえば横島が醍醐に対して良い所を見せつける事にはならないだろう。
一言で「横島をサポート」と言っても今回のようなケースの場合、自分達にできる事はあまりにも少ないと三人は気付いた。
「私がチャチャゼロと通信できる。この屋敷に雑霊が集まる原因を見つけて、それを横島に伝えるんだ」
「なるほど!」
「………」
エヴァの提案に刹那は感嘆の声をあげるが、真名はあまり良い顔をしない。
確かに彼女の言う通りだ。この幽霊屋敷を完全に浄化するには、原因を何とかするのが一番だ。それができれば確実にこの勝負は勝ちとなるだろう。
しかし、真名はエヴァの真意を見抜いていた。彼女自身この屋敷にある『力』に興味があるのだ。正論を振りかざしつつ、自分の欲望に邁進する気満々なのは一目瞭然である。
「はっはっはっ、さぁー、行くぞー!」
「ハイ! お供します!」
「…頭が痛いね」
刹那を引き連れて屋敷に入らんとするエヴァは実に楽しそうだ。
輝く笑顔とはまさにこの事。これは真名が鋭いと言うより刹那が鈍いと言った方が正確であろう。「世間ズレしていない」「純真」と言い換えることもできるので、そういう事にしておくのが友情かも知れない。
「む…まだこんな所にいたのか」
エヴァ達が入り口の扉を開こうとすると、扉の隙間から玄関ロビーで悪霊と戦う横島達の姿が見えた。屋敷の中は相当数の悪霊がひしめいているようだ。
醍醐が盛大に破魔札をばら撒き、横島は右手に『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』、左手のサイキックソーサーを展開して木乃香を守りながら戦っている。
「おお、あれが横島の霊能か。そう言えば見るのは初めてだな」
「あれは霊波刀でしょうか? 人狼族の得意技だと聞いたことがあります」
「右手に剣、左手に小さな盾ね…まるで剣闘士だな」
流石に乱入するわけにはいかないので、下から順にエヴァ、刹那、真名と鈴なりになって中を覗き込む三人。
横島の霊能に関しては謎が多かったので皆興味津々だ。文珠についてはこの中ではエヴァだけが知っているので、少し優越感を感じていたりする。
「数だけは多いな、コンチクショー!」
木乃香に近付こうとする悪霊をサイキックソーサーで防ぎ、『栄光の手』で次々に斬り伏せる横島。
敵の数は多いが壁まで下がるようなことはしない。雑霊は壁をすり抜ける事ができるので、そんな事をすれば自らの視界を防ぐようなものだからだ。
「ハッハッハッハッハッ! 久しぶりのこの感覚!」
一方、醍醐は自ら敵陣に突入し縦横無尽に破魔札をばら撒いていた。
TV番組に出演していた時は明らかに違う。これが彼本来の除霊スタイルなのだろう。
命中した一枚の破魔札が周囲の破魔札へと次々に誘爆し、まるで彼の周囲を霊波の弾幕が覆っているかのようだ。
これならば、彼の普段の除霊成功率が高いのも頷ける。
ただし、問題がないわけではない。
「憎い! この無駄に高性能な眼が今は憎いッ!!」
「ど、どうしたんだ、真名!?」
突然両目を押さえてのた打ち回る真名。
彼女の優れた眼が捉えてしまったのだろう。破魔札一枚一枚に書かれた値段を。
そう、蔵人醍醐の除霊は、完全に採算を度外視して考えねばならないのだ。
「オイ、奥カラ団体サンガオ見エダゼ」
「何!?」
頭上からのチャチャゼロの声に従って奥へと続く廊下を見てみると、雑霊が雲霞の如く溢れ出さんとしていた。
流石にあの量に来られては木乃香を守りきれない。そう判断した横島はサイキックソーサーを手近な雑霊の密集地帯に投げ込み、『栄光の手』を一旦消す。
そして新たなサイキックソーサーを今度は両手に展開すると、「それ行けッ!!」それを雑霊の押し寄せる廊下に向けて投げ放った。
放物線を描きながら飛ぶそれは軌道上の霊を蹴散らしながら突き進み、廊下の入り口で二つのサイキックソーサーが激突。霊波の爆炎が巻き起こり霊団をことごとく呑み込んでいった。
やがて煙が晴れると、廊下の霊団は一掃されていた。かつてデミアンとの戦いにおいて編み出した技はしっかりと彼の血肉になっている。
「よしっ!」
「横島さんすごいなぁ、流石アスナのお師匠さんや」
手を叩いて喜ぶ木乃香。その仕草はどこか幼くまるで初めてサーカスを見た子供のようだ。その表情に『恐怖』はない。
霊能力について全く無知であるため奇異なものと映らないのか、意外と肝が座っているかのどちらかだ。
「フッ、まだまだだねぇ。僕のライヴァルを名乗るならば、もう少し華やかに戦いたまえ」
「そ、そうですか?」
一方、横島の戦いはお気にめさないらしい蔵人醍醐。
彼の判断基準は地味か派手かだけらしい。
「まだまだ行くよッ!」
「…あんた、一体何枚破魔札持ってるんだ?」
「フッ、聞きたいかね?」
「遠慮しときます」
ろくな答えが返ってきそうにないので横島が丁重に遠慮すると、醍醐は素直に引いた。
こころなしか残念そうな表情だったが、その辺りは彼も弁えているらしい。
玄関ロビーにたむろしていた霊達を一掃した横島。
頭の上にチャチャゼロを乗せる姿は滑稽だが、今も彼女はエヴァが雑霊を集める原因を特定するまで、鉢合わせにならないように、除霊しながら部屋を回っておけと囁いている。
傍目には滑稽な姿だが、除霊中は歩くことすら億劫だと子狐の姿となったタマモを乗せていた横島は、むしろその重みを心地よく感じていた。
「さっきの廊下から奥へ行こうか、向こうの敵も少なくなってるだろうし」
「うん、わかったわ」
そして横島は木乃香の手を引いて屋敷の奥へと足を進める。
屋敷はまだまだ広く、周囲の霊の気配も濃い。幽霊屋敷の除霊はまだ始まったばかりだった。
「…行ったか?」
「先程横島さんが一掃した廊下から奥に向かったようです」
扉の向こうから横島達を見守っていたエヴァ達は、彼等が屋敷の奥に向かったのを見届けてから行動を開始した。
彼等と鉢合わせないように屋敷を探索し、この屋敷が幽霊屋敷になった原因を探るためだ。
ただし、エヴァ達の手ではなく、あくまで横島の手で解決させねばならない。
三人は横島達とは違い二階へと足を進める。
何度もこの屋敷に来たことがある真名が、二階に書斎がある事を知っていたのだ。
玄関ロビー周辺は横島と醍醐に除霊されたため、歩を阻む者はいない。そんな彼女達の話題は、先程見た横島の霊能についてだった。珍しい能力であったため、皆興味津々である。
「それにしても器用な男だな」
「あの霊波刀ですか?」
「私としてはむしろ光の盾の方が厄介だ」
剣士である刹那は霊破刀に興味があるようだったが、エヴァはむしろサイキックソーサーの方を脅威に感じているようだ。
霊波刀は『栄光の手』と横島は呼んでいるが、あれは人狼族が得意とする技でエヴァにとってはあまり珍しいものではない。人間であの技を扱えるのは珍しいが『送り狼』等の言葉が似合いそうなあの男の事だ、その正体が人狼族を飛び越えてけだものだと言われても彼女は驚かないだろう。
「真名は?」
「私も…盾の方だな。剣では私に届くまい」
「…そ、そういう判断基準か」
物理的な防御力がどれほどあるかは分からないが、銃を主武器とする真名にとって攻防一体の飛び道具と言うのは厄介だ。しかも先程投擲された二枚を見るに、投げた後も自在に操作できる様子。霊力、すなわち『生命力』は『気』、『魔法力』に比べて応用力があるとは聞き及んでいたが、なるほどその通りだと思い知らされる。
彼女は知らなかった。自分には届かないと高をくくっていた『栄光の手』も、横島の意志で自在に伸びると言うことを。横島の『器用さ』は真名の予想を遥かに越えているのだ。
その時、エヴァの脳裏に浮かんでいたのは横島の第三の霊能『文珠』だった。
横島の使える霊能はエヴァの知る限りたったの三つしかない。千とは言わないが無数の魔法を使いこなす彼女から見れば少な過ぎる数だ。
しかし、その応用の幅は恐ろしく広い。学園都市の結界破りを依頼している身であるエヴァには良く分かる。
それと同時にエヴァは三つの霊能を並べて、ある共通点がある事に気付いた。
「…とことん自分の身を危険に晒すのは嫌みたいだな」
『栄光の手』は伸縮自在の剣であり、意外と長いリーチで相手を近付けさせない。
サイキックソーサーは敵の攻撃を遮る盾であり、また投擲する事でそれは武器ともなる。
そして文珠の応用力は素晴しい。時に強力な結界を張り、時に強力な霊波砲となって変幻自在の戦術を可能としてくれるだろう。
前者二つはそれぞれ応用する事により『サイキック猫騙し』、『サイキック猫騙し・改』となるが、これはエヴァもまだ知らないことだ。
実はそれ以外にも第四の霊能『外道焼身バーニングファイヤメガクラッシュ』があるのだが、これは彼にしては珍しい自爆技に近いものだ。横島自身が身に付けたものではなく、韋駄天八兵衛の技を元にしたものだからであろう。
ルシオラ譲りの幻影やマヒ毒もあるのだが、魔力を使うこれらは隠しておかねばならない禁じ手である。
そして、エヴァの知るこの三つの霊能に共通していることがある。それは全て「自分の身体を危険から遠ざける」霊能だと言うことだ。「相手に直接触れずに戦える」ものばかりと言い換えても良い。
トラブルをとことん避ける性格が、横島の霊能に少なからず影響を及ぼしているとエヴァは考えていた。
「…そのクセ、踏まれて悦んでるんだからわからんヤツだ」
どちらかと言うと踏みたい側であるエヴァには理解できない領域の話だが、横島の中において戦闘で傷つく事とそれとでは明確な違いがあるらしい。
その分遠慮せずに噛んで吸血できると言う意味では希少な人材であるが、頻繁に吸血しながら今までの食生活を維持すると太ってしまうので自制せねばならないだろう。横島を自宅に招いたあの日から、エヴァの自制は信用できないので茶々丸が目を光らせていたりする。
「着いたぞ、ここだ」
「ん、ああ…」
エヴァが物思いに耽っている内に、書斎に到着したらしい。
中に入ってみると埃っぽい部屋の中に本棚が並んでいる。
調べ物に関しては戦力にならない刹那と真名には横島達が近付いてこないようにと閉じた扉と窓際での警戒にあたらせ、エヴァはハンカチで口を押さえながら、まずは使い古された机へと向うが、流石に都合よく机上に問題の核心部分に触れた本が開きっ放しで放置されているような事はないようだ。
少し残念に思いながら写真立てを手に取ると、そこには七人の人間が横に並んでおり、右端に映る一人の人物の顔だけが塗り潰されている。
それぞれの顔に添えるように名前が書き込まれており、エヴァは顔が塗りつぶされた人物の名前を読み上げた。
「Steve Far Arcuin …スティーブか」
名前からして外国人のようだが、着ている服は数十年前の麻帆良の制服のようだ。当時の留学生なのだろう。この写真に写っている七人が、かつてここで魔法を学んでいた学園長の弟子達だと思われる。
スティーブは一緒に写っている六人に比べて小柄で、塗り潰されていない部分から覗く髪は白い。
「龍宮真名、この写真について何か知っているか?」
「いや…先程も言ったが、私は詳しい事情は知らされていない」
エヴァの問いに窓際の真名は首を横に振った。
彼女もこの屋敷の特異性が気に係り個人的に調べてみた事があるのだが、この屋敷で事故が起きたような記録は発見できなかった。ただし、この屋敷に住んでいた人間のその後についても皆目見当がつかない。
「…隠蔽か」
「おそらく、な」
「?」
魔法使いの事情に疎い刹那は疑問符を浮かべているが、エヴァと真名には何やら合点のいくものがあったようだ。
今から数十年前、一般人を魔法使いに育てようという試みは裏側の魔法使いの間で大きな話題となっていた。それがいつしか噂も聞かないようになり、当時の事を知るエヴァでさえもその事を忘れていた。
「誰かが情報操作をしたと言うことですか?」
「誰か? ハッ、そんなものあの狸爺以外おらんだろう!」
隠蔽したということは、誰かにとって都合の悪い何かがあったということだろう。
写真立ての塗り潰された顔から判断すれば、それはスティーブという少年に関する何かだ。
「まさか、彼が何かしらの事故で命を落とした?」
「魔法使い絡みだろ? 別の魔法使いに殺された可能性もある」
「むしろ、コイツがトラブルを起こした張本人かもな」
口々に思いついた予想を並べ立てる三人。刹那、真名、エヴァの順だ、こんな所にも個性と言うものは顔を覗かせるらしい。
とは言え、ここで三人顔をつき合わせていても真実に辿り着けることはないだろう。気を取り直してエヴァは何か手掛かりを掴もうと本棚の調査を始めることにした。
「魔導書ばかりだな…」
「そりゃ、ここは魔法使いの学校だったんだろう?」
「個人経営の塾みたいなもんだ」
その割には本格的な書物が揃えられていると言うのが、エヴァの正直な感想だった。
一般人を魔法使いに育てたければ、魔法界の学校にて入学する子供達に配られる「魔法使い初心者セット」があれば事足りるはず。これだけの書物を用意していると言うことは、学園長が求めるレベルが相当高かったことを窺わせる。
ただし、ここにあるのは写本ばかりだ。エヴァが求めるそれ自体が魔力を持つような強力な魔導書はない。
エヴァは知らないことだが、学園長は数十年前から魔法協会による情報公開を考えていた。一般人出身の魔法使いを誕生させる事で、両者の間の垣根を取り払おうとしたのだ。
しかし現在の情勢を省みると、その試みがうまくいったとは言い難い。
確かに一般人でありながら魔法使いを志し、アン・ヘルシングのように魔法学校の門を叩く者達が少なからずいる事は確かなのだが、その事によって『純血』、『凡俗』と言った考え方が生まれ、魔法世界における差別の温床となってしまっている。
学園長の試みが裏目に出てしまったということかどうかは分からないが、魔法界と人間界の隔たりが全く縮まっていない事は確かだ。
「龍宮真名、この屋敷の中でいかにも魔法使いの部屋みたいな場所はあるか?」
「何のことだ?」
「床に魔法陣が描いてあるとか、怪しげな薬品と大鍋が並んでいるとか、そんな『いかにも』という感じの部屋だ」
要するにエヴァは魔法に関する実験室は無いかと言いたいらしい。
調べてみて気付いたのだが、ここの書斎の本棚には棚の数と比べて蔵書が少ない。強力な魔導書だけを学園長が回収した可能性が高いが、一部実験室に残されている可能性もある。
しかし、生憎と真名には心当たりがなく、無言で首を横に振った。
「いや、それらしい部屋は見たことがない」
「ない? それこそ有り得ない」
対するエヴァは、真名の返答をあっさりと一蹴する。
「魔法の実践は、どこか別の場所で行っていたのでは?」
二人の会話を見守っていた刹那が口を挟むが、これもエヴァは鼻で笑った。
「桜咲刹那、我々は一体何を探しているのだ?」
「え、それはこの屋敷に霊が集まる原因を…」
「そう、そして見ての通りこの書斎は目ぼしい本は既に持ち出されていて、残されているのは写本ばかり…まだわからんか?」
そう言われても魔法使いでない刹那には、エヴァが何を言わんとしているか見当もつかない。
比較的詳しい真名はある事に気付いてあっと声を上げる。
「霊を引き付けるような力を持った物がここに無いと言うことは…」
「!…そうか、その魔法の実験室に残されている可能性が高いという事ですね!?」
真名の言葉で刹那も気付いたらしい。二人の回答にエヴァは満足そうに腕を組んで肯いた。
むしろそこしか考えられないのだ、何かが残されているとすれば。
真名が見たことがないとすれば、実験室は隠し部屋…地下室にあるのはまず間違いない。屋根裏であればとうの昔に気付いているだろうし、普通に壁の向こう等に隠していれば、見取り図からすぐに判明しているはずだからだ。
「では横島達を二階に誘導し、私達は一階の捜索を…む、ちょっと待て。チャチャゼロの方からの連絡が来た」
こちらから連絡を入れようとしたところで、向こう側からの連絡が入り出鼻をくじかれたエヴァ。
しばし念話を続けていたかと思うと、突然カッと目を見開き力なく崩れ落ちてしまった。
慌てて駆け寄った二人がエヴァを助け起こすと、彼女はわなわなと震えながら「あのバカめ…」と声を絞り出す。
チャチャゼロから入った連絡はこのような内容だった。
「阿呆ガ自爆コイテ地下ヘノ階段ガ見ツカッタゼ」
言うまでもない、エヴァ達が探そうとしていた地下室への入り口だ。
チャチャゼロが言うには、醍醐は「ハッハッハッ、こういう所には隠し扉があるものなんですよ。映画で見ました」と突然壁に向かって破魔札を投げつけだしたとか。
四枚を無駄に消費し、五枚目は投げるのに失敗して彼の足元で爆発。その爆風が晴れた後には、如何にも『地獄の底まで続いてござい』と言わんばかりの地下室への階段がぽっかりと口を開いていたそうだ。
彼は現在、その階段から転げ落ちて目を回しているらしい。
その話を聞いて、早く始末しておくべきだったと拳を震わせる三人。
もしここに醍醐がいれば、恒例のタコ殴り大会を開催していたに違いない。
特に真名は、今まで自分が見つけられなかった隠し通路を醍醐があっさり見つけてしまったため大きなショックを受けており、どこか虚ろな表情で半笑いを浮かべている。
エヴァもショックが大きかったようだ。元々、横島より先に霊を寄せ付けている魔法の道具を発見し、それが貴重な物であれば自分の物にしてしまおうと目論んでいたのだ。しかし、醍醐のおかげで全てが台無しである。
何より『あの』蔵人醍醐のせいで破綻してしまったと言うのがショックを倍増させている。こちらも真っ白になっており、刹那が手を引かねば歩けないほどだった。
「…はぁ、お嬢様は大丈夫だろうか」
無事なのは刹那だけのようだ。
木乃香の事ばかり考えて、醍醐の事はあまり気にかけていなかったためだと思われる。
その頃、木乃香は横島に連れられて地下室に入っていた。
階段を下りたところで目を回している醍醐はそのまま放置してある。彼は破魔札だらけのロングコートを羽織っているので、例え悪霊が近付いたとしても、勝手に破魔札が爆発して身を守ってくれるだろう。当然その爆発には彼も巻き込まれるのだが、それで彼がどうにかなるとは横島も木乃香も思っていなかった。
その部屋は薄暗い石造りの頑丈そうな部屋で、壁の棚には幾つかの薬品瓶が並んでいるが、床にはそれ以上の数の瓶が散乱しており、そのほとんどが割れてしまい、床に薬品の染みを作っていた。
「…うげっ」
「アリャ血ダナ。年代物ダゼ、御主人モマタイデ通ル」
色とりどりの染みの中に、明らかに毛色の違うどす黒い塊を見つけて口を押さえる横島。逆に頭上のチャチャゼロは、調子が良くなってきたのか上機嫌だ。
同時に横島は慌てて木乃香を背に隠すように移動し、彼女の視界にそれが入らないようにする。
魔法に関する実験か、人同士の争いなのかは分からないが、この部屋で何かが起きたことは間違いあるまい。
「木乃香ちゃん、俺から離れないで」
「う、うん…」
いざと言う時すぐに木乃香を守れるようにと、サイキックソーサーを展開したままの左腕でソーサーが触れないように気を付けながら木乃香を抱き寄せる横島。同時に彼女があまり部屋の様子を見ないように、顔は横島の方に向けさせる、
木乃香の方も異様な雰囲気を感じ取ったのか、されるがままになっていた。横島にはチャチャゼロのひやかす声が聞こえるが、正直それどころではない。
部屋の中央を見ると、床に淡い光を放つ魔法陣が描かれており、その中心の台座には巨大な水晶球が安置されていた。その水晶球の中にはミニチュアの城が見える。西洋風の所謂『白亜の城』と言うやつだ。
ここは明らかに他の部屋とは雰囲気が違う。
屋敷が霊を引き寄せる原因はここにあると直感で判断した横島は、割れた瓶を踏まないように気を付けながら部屋の隅にある机へと向かう。
こちらも物が散乱しており、机の上に広げられた本は薬品を被って変色してしまっていた。
蓋の開いた薬瓶は既に中が腐敗してしまったのか異様な匂いを発し、走り書きされたメモも既に字が霞んで読み取ることができない。
直接触れたくないのか篭手の形状にした『栄光の手』で変色した本をつまんで閉じ、表紙を見てみる横島。
そこに書かれている題名を見て、彼は驚愕の表情を浮かべた。
「よ、横島さん、どないしたん?」
「………字が読めない」
その表紙に書かれた文字は魔法界のものであったため、彼では読む事ができなかったのだ。
エヴァなら読むことができたであろうが、魔法使いでない横島が読めなくとも仕方が無いだろう。
「横島、ウシロダッ!」
「!?」
突然のチャチャゼロの大声。木乃香を抱き締め、振り返る間もなく横っ飛びでその場を離れる横島。
その直後、無数の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が謎の本ごと机を粉々にしてしまった。
行動が一瞬遅れていれば、粉々になっていたのは横島達だったであろう。
「…避けたね?」
「あ、当たり前やろが、アホー!」
そこに立っていたのは古めかしい学生服を着た白い少年。
屋敷に入ろうとしていた横島達を見詰めていたあの少年だ。
「いつも通り適当に除霊して帰ればよかったのに…」
この地下室自体彼が魔法で作ったもので、屋敷の持ち主である学園長ですらその存在を知らない。
入り口は高度な魔法を駆使して巧妙に隠しており、まさか投げるのに失敗した破魔札で見つけられてしまうとは予想外の更に外側であった。
「おとなしくしていれば、痛くないように殺してあげるよ」
「そう言われて、ハイそうですかっておとなしくしてるわけないだろーが!」
そう言いつつも、木乃香を庇いながらでは飛び掛ることもできずにジリジリと移動するしかない横島。
中央の水晶球を障害物にして、隙を作り何とか突破を試みようとするが―――
「あまりそれには近付かない方がいい」
「な、何?」
―――少年の言葉の意味を問い質そうとした横島だったが、言い終わる前にその姿が掻き消えてしまった。
木乃香やチャチャゼロも一緒に消えてしまっている。
「『入って』しまったか…仕方ないね。でも、これで彼等はどこにも逃げることができない…」
小さくため息をつくが、その表情に焦りは見えず何の変化もない。
歩を進めて水晶球の前に立つ少年。
その視線の先には水晶に閉ざされた城、その城門の前で立ち尽くしている横島と木乃香の姿があった。
つづく
あとがき
元々は木乃香、刹那、真名を登場させるためのサブエピソードでしたが、
書いている内に、ストーリー本筋に絡みまくる話になってきました。
このエピソードはもう少しだけ続きます。
『白い少年』の正体については、分かる人には一瞬で分かる事でしょう。
原作とは明らかに立場を変えたキャラその3となります。
原作の方ではこれから正体が明かされそうな気配もありますが、
どんな正体が判明しようとも、『見習いGSアスナ』における彼の立ち位置が変わる事はありません。
ご了承ください。
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