横島が学園長に連絡を取ったところ、彼は既に西と魔法界双方の援軍との顔合わせを済ませ、麻帆良女子中の学園長室に戻っていた。普段ならば周囲の視線が痛くてあまり近付かない場所だが、今日は学校が休みなので、横島は安心してアーニャを連れて学園長室へ向かう。
「ね、ねぇ、今日はこの学校休みなのよね? 意外と人多くない?」
「確かに……でも、この学校の制服じゃないな」
ところが、いざ女子中内に入ってみると、意外に人の数が多かった。教師、生徒と様々だが、生徒の中には聖ウルスラ女子高校や麻帆良男子高校の制服を着た者もいる。いないのはココネのような子供ぐらいだろうか。横島は知らない事だが、実は休日の学校と言うのは世間からその姿を隠す魔法使い達にとっては絶好の活動場所なのだ。
当然彼等は、自分達がそうなのだから魔法使いのローブなど見慣れたものである。ローブ姿のアーニャも特に目を引く事もなく、二人は学園長室まで辿り着いた。ノックをして中からの返事を待っていると、返事よりも先に中から扉が開かれた。
「あら、横島君」
開いた扉から顔を覗かせたのは刀子。その手には書類の束がある。どうやら、ここで書類仕事を行っていたようだ。
「おお、来たかね。ささ、入りなさい」
中から聞こえてきた学園長の声に促されて二人は学園長室に入る。
室内には窓を背に学園長の机があり、その前にはテーブルを挟んで二つのソファが並んでいる。ソファの片方には刀子が座り、向かい合うソファの方に、横島とアーニャが座った。
テーブルの上にはたくさんの書類が積み上げられている。チラリと見てみると、それは援軍に加わった人員の名簿であった。どのような人物が麻帆良に訪れているのか、関東魔法協会としてはそれら全てを把握しておく必要があるのだ。刀子が手伝わされているのは、レーベンスシュルト城組は独立部隊として双方の援軍と直接関わる事がないため、援軍への応対に出る必要が無く、手が空いていたためである。
「さて、アーニャ君は観光客として麻帆良を訪れたんじゃったな」
「は、はい、麻帆良祭を見るのと、あと日本でオカルトの勉強をするために」
「援軍の事は知らんかったと?」
「初耳ですよっ!」
麻帆良祭の話自体、ネギからネカネ宛に送られた手紙を読ませてもらって知ったアーニャは、下手に曖昧な態度を取ればネギとネカネに迷惑が掛かるのではないかと考え、必死になって否定する。
とは言え、学園長の方も特に疑っている訳ではなく、念のために尋ねてみただけだったので、ホッホッホッと笑って焦るアーニャを宥めた。
「珍しい話じゃが、別段魔法使いが観光に来る事を禁止している訳ではない。と言う訳で、アーニャ君が麻帆良に滞在するのも別に構わんのじゃが……ホテルの部屋は取れたのかね?」
「え? それはこれからですけど」
アーニャの返事を聞き、学園長と刀子は顔を見合わせた。予想通りの返答だが、少々困ってしまう答えだった。
と言うのも、学園都市を挙げて行われる学園祭『麻帆良祭』は、全国からも大勢の観光客が押し寄せる麻帆良名物と言っても過言ではないイベントである。そのため、学園祭期間中の麻帆良学園都市内のホテルは、事前に予約しなければ泊まる事が出来ないと言うのが通例であった。学園長自身、援軍の宿舎を用意するために、先程まで方々に連絡を取っていたところなのだ。
準備期間も始まっていない今ならば、探せば泊まれる所はあるだろうが、学園祭期間中は既に予約だけで満室になっているだろう。
「それじゃ、私泊まるとこないの!?」
「学園祭前日ぐらいまでならあるじゃろうが、当日はのぅ……市外のホテルなら、まだ探せばあるかも知れんぞ」
その言葉にアーニャは眉を顰めた。日本の地理には疎くても、それが麻帆良に行き来するには時間が掛かると言う事は理解出来たようだ。
「ネカネさんとこでお世話になるとかは出来ないんスか?」
「ネギ君のお姉さんか。彼女も相部屋の人がおるからのぅ」
現在、魔法界の援軍には関東魔法協会の息が掛かったホテルが宿泊所として提供されていたのだが、援軍全員に一人一部屋用意すると言う事は流石に出来なかった。ネカネも同じ援軍の女性と相部屋になっているため、そこにアーニャが転がり込むのは不味いだろう。
泊まらせてやって欲しいと申し出ればネカネは承諾するかも知れないが、そもそもアーニャは魔法使いとしてはまだ見習いであり、援軍と無関係なのだ。そう言う意味でも、援軍の宿舎となっているホテルに彼女を泊める訳にはいかなかった。
ちなみに、獣人達がいる南の帝国、アリアドネーからの援軍は、一つのホテルを貸し切った上で、本来の従業員全員を休ませ、表向きはホテルの従業員として活動している協会関係者を集めて対応していたりする。協会関係者は教職員だけでなく麻帆良学園都市全体に存在しているのだ。
「それじゃ、ネギの部屋でも良いわよ?」
「そりゃダメじゃ。ネギ君は今、麻帆男寮で世話になってるからのぅ」
ネカネが駄目ならばネギはどうかとアーニャは提案するが、それは余計に不味かった。現在ネギは麻帆男寮で、横島の部屋を借りて小太郎、カモと一緒に暮らしている。いくら子供とは言え、男子寮にアーニャを泊まらせる訳にはいかない。
「え〜、それじゃどうすれば……」
「う〜む……」
困り果て、半ば涙目になりかけているアーニャ。学園長も腕を組んで考え込んだ。個人的な事情を抜きにして考えても、この時期に麻帆良を訪れる魔法使い関係者の動向は全て把握しておきたいと言うのが正直な所だ。出来る事ならば、アーニャも目の届く範囲にいて欲しかった。
部屋が空いていると言えば、アスナ達がいなくなった麻帆良女子中の寮が空いているが、現在あの寮に残っているのはほとんどが魔法使い達と関わりを持たない一般人だ。3−Aの面々がいくら事情を知っているとは言え、そこにアーニャを泊まらせるのは問題がある。何よりレーベンスシュルト城に住むアスナ達も、表向きは今も女子寮に住んでいる事になっているのだ。ここにいらぬ波風を立てるのは避けた方が賢明であろう。
学園長は考えを巡らせながら何気なく部屋の中を見回し、アーニャの向かいに座る刀子の所で視線を止めた。
「そうじゃ、刀子君。君のところで預かってくれんかね?」
「は? 私は既にレーベンスシュルト城に……って、レーベンスシュルト城でですか!?」
「城?」
「そうじゃ。シャークティ君もおるし、そこなら問題なかろう。横島君も頼まれてくれるかね?」
「え? タダオも一緒なの?」
「それは、まずエヴァに聞かなきゃ不味いでしょ。まぁ、あいつなら今更一人や二人増えたところで文句は言わないでしょうけど」
いきなり「城」と言われても、話について行けずに戸惑うアーニャ。横島の方は冷静で、その話はまず城主であるエヴァに通すべきだと返した。
すると学園長は、すぐさまエヴァに連絡を取り、アーニャを連れてきても良いと許可を取ってしまった。最近のエヴァは、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いが解けた時の事を考え、関東魔法協会に対し恩を売っておこうと考えているので、学園長の頼み事は面倒でない限りは引き受けるのだ。ましてや、アーニャを一人預かるぐらい、自分が何もしなくても横島達が勝手に面倒を見てくれるので、楽なものである。
「アーニャ君も、それで構わんかね?」
「お城って、麻帆良にあるんですよね?」
「勿論じゃ。周りが自然豊かで、チト不便かも知れんがの」
アーニャはチラリと隣の横島の顔を見上げた。今日出会ったばかりの男性。彼と一緒と言うのが気になるが、空港からここまで一緒に過ごしてみたところ、特に危険な人ではなさそうだ。
照れ臭いが、刀子と言う女性や学園長が連絡した「エヴァ」と言う女性も一緒ならば問題はないだろう。アーニャはそう判断する。
「分かりました。それなら」
「よし、決まりじゃな。レーベンスシュルト城には君と同じ見習いの魔法使いや、横島君の下でGSになるべく修行している者達もおる。後学のために、彼女達と交流を持つのも悪くなかろうて」
アーニャが承諾の返事を返すと、学園長は満足気に頷いていた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.113
アーニャの泊まる場所についての話が終わった後、刀子はまだ帰れないので横島とアーニャの二人だけで一足先にレーベンスシュルト城に戻る事になる。アーニャはネカネとネギの事を気にしていたが、ネカネは学園祭準備期間の開始と同時に始まる警備の準備で忙しいため、会いに行ったところでかえって邪魔になってしまうだろう。会いに行くならば、それら一連の準備が終わってからにするようにと学園長に言われていた。アーニャもタイミングの悪い時に押し掛けてしまったと言う自覚はあるため、ここは素直に納得する。
では、ネギの方はどうかと言うと、彼は彼で魔法界からの援軍に逆に歓迎されているそうだ。リカードががっちり捕まえているそうなので、彼もまたすぐには仲間の下に戻れそうにはなかった。
「援軍って、準備で忙しいんじゃなかったの?」
「援軍の中でも、お偉いさんがネギをつかまえてるんじゃないか?」
「……ああ、なるほどね」
アーニャはこちらも納得した。ネギ自身は魔法界でも片田舎で育ち、都会には行った事もない身の上だが、彼の父である英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』のネームバリューと言うのは相当な物がある。援軍に参加したメンバーの中には、ネギに会いたくて参加したと言う者もいるだろう。
そんな所にアーニャが出向いたところで、やはり邪魔者にしかならないだろう。横島の話によるとネギは定期的にレーベンスシュルト城を訪れると言う話なので、会うのはその時で良いと考える事にした。
「どちらにせよ、まずはこのバッグをどうにかしないとな」
横島がさも当たり前のように振る舞うのでアーニャ自身忘れ掛けていたが、アーニャの荷物が入ったキャリーバッグは空港からずっと横島が運んでいる。どこに行くにせよ、まずはこの荷物をレーベンスシュルト城に置いてこなくてはならないだろう。
「わ、分かってるわよ。重かったらいいのよ。私が持つから」
「いいって、いいって。これぐらい軽いもんだから」
ずっと荷物を持たせっぱなしだった事に気付いたアーニャは、顔を真っ赤にし、慌ててバッグを受け取ろうとするが、横島は軽いものだと笑うばかりであった。
少し離れたところから、そんな微笑ましい二人の姿を見詰める影があった。
「と言うか、千草はん。いつまで追跡しはりますの?」
「………」
千草と月詠の二人だ。横島達が女子中に入って行くまでは追跡する事が出来たのだが、流石に魔法使い達がたむろしている校内までは入る事が出来なかった。月詠はその後数分も経たない内に飽きてしまったが、千草は彼等が出てくるまで待っていたのである。
月詠が、距離を詰めれば大した相手ではない魔法使い達に興味が薄かったのは幸運であったと言えるだろう。そうでなければ、麻帆良女子中は今頃大惨事になっていたはずだ。
「……よし、決めたで」
「?」
何やら決心がついたのか、千草は身を隠していた物陰から飛び出すと、そのまま脇目も振らずに横島に近付いて行った。月詠は千草の突然の行動に疑問符を浮かべながらも、その後に続く。
横島も彼女の接近に気付き、振り返って千草の姿を確認した。当然、すぐ後ろの月詠の姿にも気付く。
「久しぶりやなぁ、横島」
「お前は……」
颯爽とした立ち姿で挨拶をする千草。心の中では「決まった!」とガッツポーズだ。
対する横島も呆気に取られている。西から援軍が来ると言う話は聞いていたが、まさか問題を起こした張本人である彼女達が来るとは思ってもみなかった―――訳ではない。
「悪いチチねーちゃん!」
「誰が悪いチチじゃーーーッ!!」
久しぶりに見た大胆に開いた千草の胸元に釘付けになっていただけである。
「おのれは、一度ならず二度までも……! いっぺんホンマに見せたろか! 罰でやらされたハードワークの間、どんだけ苦労してこのスタイルを維持してきたと思っとんねん!!」
「差し支えなければ是非!!」
怒鳴って捲し立てる千草に対し、横島はサムズアップして目を輝かせた。
「相変わらずですなぁ、お兄さん」
傍から見ていた月詠は、二人のやり取りを見て愉快そうに微笑んでいる。
「え? こいつ、悪いヤツなの!?」
一方、アーニャはと言うと千草も月詠も初対面であるため、どう反応すれば良いのかと迷っている。
そして、千草の身体の一部に目をやり、自分にはない圧倒的な存在感を確認すると―――
「……確かに悪いヤツねっ!」
――― 千草の事を悪と認定してしまった。
その一方で、同じく月詠の一部にも目をやると、彼女の方はお仲間と判断したらしく、満面の笑みを送っていたりする。流石の月詠も、何故そんな風に微笑み掛けられるかが分からず、アーニャの態度に戸惑うばかりであった。彼女がこんな反応を示すのも珍しい事である。
「え〜っと、確か天ヶ崎千草に月詠だったか?」
「せや、ようやく思い出したか」
「お久しゅう〜」
横島とのやり取りで息を荒げる千草に対し、月詠はにこやかに挨拶をした。
意外にも彼女の横島への好感度は高い。勿論、斬りたいと言う意味で。
いや、ここに来て高くなったと言うべきだろうか。横島と月詠の二人は京都ではほとんど接点が無かったが、こうして彼の後をつけている間に、その動きの端々に本職の剣士のものではないが、しっかりと基礎を身体に叩き込まれている気配を感じ取ったのだ。
それは、彼の周りでも刹那を始めとする一部の面々は気付いているものだ。月詠もまた彼の妙神山での修行の成果を見抜いたのである。
「今回は援軍で来てるんだよな?」
「一応な」
「千草はんは嫌われ者やから〜、村八分になっとるんですよ〜」
「お前が言うな!」
すかさずツっこみを入れる千草。
しかし、これは隠しても仕方がない事なので、千草は今の自分を取り巻く状況について包み隠さず話す事にした。
月詠の言っている事は、ある面で見れば間違いではない。確かに、今の千草は陰陽師達に嫌われる立場にあった。しかし、これは彼女の立場が悪くなったため、周囲が手の平を返したと言った方が正確であろう。
現に『両面宿儺(リョウメンスクナ)』復活の騒ぎを起こすまでは、彼女は他の旧家の支持を得ていたのだ。少人数であれだけの騒ぎを起こせたのは、旧家が詠春に協力せずに静観したと言うのも大きい。
ところが、状況が変わり、いざ誰が詠春の後を継ぐかと言う話になると、『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を復活させた千草の立場とその有能さが、却って彼等の邪魔になってしまったのである。
彼女が旧家にそっぽを向かれているのは、その辺りに理由があった。ただ単に危険人物として距離を置かれている月詠とは違うのだ。
「あんたも大変だったんだなぁ……」
話を聞き終えた横島は、彼女の境遇に同情した様子であった。アーニャも「悪いチチだけど、悪い人じゃないかも」と、早速千草の評価を改めていたりする。
「あんたが邪魔せんかったら、今頃出世街道まっしぐらやったのにな」
「謝らんぞ? 木乃香ちゃんの将来性と引き替えにゃ出来んからな」
「将来」ではなく「将来性」と言ってしまうあたりが横島らしい。
「分かっとる。謝ってもらおうとは思っとらん」
だが、埋め合わせをしてもらいたい。口に出しては言わなかったが、それが千草の正直な考えであった。
「まぁ、ウチが陰陽師としてお先真っ暗って事は伝わったやろ?」
「それはもう、十二分に」
いつもの調子が戻って来た千草に対し、横島は歯切れが悪い。彼は彼女の話を聞いて、罪の意識とまではいかないが、引け目を感じていた。
「そこでウチは、GSに転向しようと思うんや」
「ほぅ」
「へぇ」
この一言には横島だけでなくアーニャも興味を持った。日本にオカルトの勉強をしに来た彼女にとって、GSと言うのは興味と好奇心をくすぐられる対象なのだ。
「うん、いいんじゃないか? 千草ぐらい強けりゃ資格試験も楽勝だろ」
「……研修期間をクリア出来たらな」
「なんか問題あるのか?」
千草がふっと視線をそらしてぼそっと呟く。その言葉に横島は首を傾げた。
彼女の言う研修期間と言うのは、言わば「GS資格試験を受けるための資格」を得るためのものであり、資格を持ったプロのGSの下で一定期間除霊助手を勤める必要がある。
除霊助手をしなくても、六道女学院の除霊科を卒業すればこの研修はクリアした事になるのだが、これは六道女学院の理事長が有資格者の六道夫人であり、また除霊実習を指導するために有資格者の教師を揃え、「霊能力者育成機関」としてGS協会に認められているためだ。
実は、陰陽寮もまた「GS資格試験を受けるための資格」を発行する事が出来るのだが、これは卒業のようなきっちりとした規定がない。その都度、希望者の実力を見て受験させて良いかを判断するのが通例となっていた。
そう、判断するのは陰陽寮の上層部、すなわち旧家である。今の千草の立場では、実力があっても許可してもらえないのだ。
ならば、素直に除霊助手をすれば良いのだが、今度は千草のわがままが一つの問題となって浮上してくる。
御存知の通り、千草は実力ある陰陽師だ。罪の償いとしてやらされたかなり無茶な任務も、全て月詠と二人でこなしてきた。その能力は一端のGSにも引けを取らないだろう。
そんな自分が、何故今更除霊助手をしなければならないのか。下手をすれば、上司になるGSより千草の方が能力が上と言う事も有り得るのだ。それは彼女のプライドが許さない。
どうせならば、自分の実力を分かってくれる上司の下で研修したい。その実力に見合った扱いをしてくれれば尚良しだ。
高望みかも知れないが、幼い頃から歩んできた陰陽師の道を捨てるのだ。これぐらい望んでも罰は当たるまいと千草は考えていた。
「そこでや。あんた、ウチを除霊助手として雇わへんか?」
「なぬ?」
「ウチの実力は知っとるやろ。お買い得物件やで」
「う〜ん……」
突然の申し出だ。横島にとってはそうだが、千草は横島を見掛けて後をつけている間、ずっと考えていた事であった。
千草にしてみれば、横島は自分の実力を身を以て知っている数少ないGSだ。彼の人となりも、それなりに分かっている。今も話を聞いて負い目を感じている様子なので、除霊助手になっても、無体には扱われないだろう。
関東魔法協会からの親書を詠春が受け取った際、彼が六道家の礼服を着ていたと言う噂は千草も聞いている。彼が六道家ゆかりのGSだとすれば、彼の助手になる事で旧家に対する意趣返しになると言うのも、何気にポイントが高い。
何より、同じ関西人同士ノリが近いのだ。性格の相性が良いと言い換えても良いだろう。
横島の下でならば除霊助手をしても良い。千草は本気でそう考えていた。
一方で横島も真面目に考えていた。
お互いノリが似ており、相性が良いと言うのは、横島も感じていた事だ。麻帆良だけでなく東京の事務所にいる面々も含めて、彼女ほど横島の関西人のノリを完璧に理解出来るものは、いないのではないだろうか。
能力についても折紙付である。彼女を除霊助手にすれば、事務所の主力と成り得るだろう。
こう見えても横島は、後進の指導、育成に力を入れている。麻帆良に来てアスナを筆頭に除霊助手を増やした彼にとって、知識も豊富な彼女は指導者としても期待出来るかも知れない。
だが、問題もあった。それは木乃香と刹那の存在だ。二人は横島の除霊助手ではないが、彼女達が六女に進学して東京に行った際には、彼が後見人のような立場になる。彼女達を無視して、千草を受け容れる訳にはいかなかった。
「どうするのよ、タダオ」
アーニャが不安気な顔で問い掛ける。彼女も千草に同情しているので、出来れば承諾してやって欲しいと考えている。
横島は大きく溜め息をつき、即答する事が出来ない理由について、千草に話す事にした。
「実は俺、今、木乃香ちゃん達を預かっててな」
「む……」
その一言で千草は理解した。彼女は二人、主に木乃香に多大な迷惑を掛けてしまった。もし、横島が承諾して除霊助手になったとしても、二人が千草を拒む可能性がある。木乃香も刹那も、アスナ達と同じように可愛がっている大切な二人だ。彼女達を軽んじて返事は出来ない。
「分かった。それなら、ウチから二人に話させてくれへんか? 二人が拒んだら諦めるわ」
「そうだな……そうするか。俺としても、千草ぐらいの実力者なら、喉から手が出るほど欲しいからな」
「とりあえず、あんたとの交渉は成立って事やな」
横島は頷いた。性格的な相性の良さ、実力、経験、何より悪いチチ。本音を言えば、これを手放すのは惜し過ぎた。いざとなれば木乃香達の説得を手伝おうとすら考えていたりする。
「ちょっと待ってくれ。まずは連絡してみるから」
いきなりレーベンスシュルト城に連れて行く訳にはいかないため、横島はまず電話で木乃香に連絡を取った。
刹那ではなく木乃香に電話を掛けたのは、彼女の性格ならば千草を受け容れる可能性が高いと考えたからだ。木乃香が了承すれば、刹那も良い顔はしなくても反対はしないだろうと言う打算である。
「木乃香ちゃん、実は―――」
横島は、千草の承諾を得た上で、彼女を取り巻く状況を説明し、千草を除霊助手として受け容れたい旨を木乃香に伝えた。流石の木乃香も驚き、すぐには返事が出来ない。
ここで千草が携帯電話を受け取り、電話越しだが直接木乃香と話してみる事になった。
「謝って済む事やないかも知れへんけど……あの時は、本当にすまんかった。ウチのせいであんたの人生が決まってしもうたようなもんや。恨まれてもしゃーないと思うとる」
「………」
木乃香は黙って千草の話を聞いている。
確かに千草の言う通りであった。彼女が禁術の札を使って木乃香の霊力を引き出したからこそ、彼女は霊力に目覚め、霊能力者を目指す事になったのだ。
「……ええよ」
しばらく考えた木乃香だったが、やがて千草を許す言葉を口にした。
「そのおかげで、ウチはせっちゃんとまた仲良う出来るようになったんや。横島さんのとこで、もう悪させえへんのなら、ウチから言う事はあらへんよ」
千草が原因で木乃香の人生は一変した。それは紛れもない事実だ。しかし、木乃香はその一変した人生を受け容れている。疎遠になっていた刹那との仲が修復され、横島に見守られながらアスナ達と共に霊能力者を目指す。むしろ結果だけ見れば色々と好転したとさえ思っている。だからこそ、その原因である千草を、必要以上に責める気にはなれなかった。
もう悪さをせずに、やり直すと言うのであれば、それを応援したい。それが木乃香の考えである。
その話を聞き、自分でも意外な事に鼻の奥がつんときた。千草自身、自分で思っていた以上に木乃香を巻き込んだ事を気に病んでいたのかも知れない。千草は目元に浮かんだ涙を拭いながら、携帯電話を横島に返した。そして、溢れる涙を見せないように背を向ける。
「千草はん、年を取ると涙もろくなるから……」
月詠の呟きに、千草はすかさず渾身の力を込めたグーのパンチを繰り出すが、彼女はひょいっと避けてしまった。
二人のじゃれ合いを横目に見ながら、横島が再び携帯電話に耳を当てると、今度は木乃香ではなく刹那の声が聞こえてきた。彼女もすぐ近くで聞いていたらしい。
「私は、このちゃんの意見を尊重します。天ヶ崎千草に伝えておいてください。このちゃんの信頼を裏切るような真似は許さないと」
「分かった。伝えとくよ」
そう言って笑みを浮かべた横島は、そのまま電話を切った。上手くいったようだ。これで千草をレーベンスシュルト城に連れて行く事が出来る。
後は、直接会わせて話をさせれば良いだろう。木乃香も刹那も許すと言っているので、ちゃんと和解出来るはずだ。
「上手く行って良かったわね、お姉さん!」
「せやな。ありがとうな、お嬢ちゃん」
アーニャも嬉しそうに千草の手を取り喜んだ。千草も手を握り返すと、二人で喜びを分かち合った。その目は涙ぐんでいる。
ニヤニヤとそれを見ている横島の視線に気付くと、千草はバツが悪そうにアーニャの手を離し、袖で涙をぬぐった。
「ほ、ほな行こか。ちゃんと直に目を見て謝らんとな」
「分かった。それじゃ案内するよ」
こうして横島は、千草達を引き連れて四人でレーベンスシュルト城に向かう事になる。
「ん? 四人?」
そう、四人である。
「千草はん、良かったですな〜」
「……お前も来るんかい、月詠」
千草が行くとなれば、当然の如く月詠も付いてくるのだ。
「そんなぁ。千草はん、いけずやわ〜。刹那先輩に会いにいきはるんやろ? ウチも連れてってくださいな」
「「………」」
「?」
横島と千草は顔を見合わせた。アーニャは、何故二人がそんな反応をするかが分からずに首を傾げる。
千草と月詠は、同じようで微妙に立場が違う。千草が木乃香と因縁があるとすれば、月詠の因縁の相手は刹那だ。彼女は、木乃香が許したと言う理由で千草の事を受け容れても、月詠の事は受け容れないだろう。それぐらいの危険人物なのだ、この『狂人』月詠と言う少女剣士は。
「……どないしよ?」
「………」
千草は縋るように横島に助けを求めるが、横島もすぐに答える事は出来ない。これは千草を許してもらう以上の難題だ。
何故ならこの月詠と言う少女は、千草と違い全く反省していないのだ。言動を改めるつもりもないだろう。
「え、え〜っと……千草は大事な話があるから、それが終わるまで斬り掛かったりしたらダメ。オッケイ?」
「構いませんよ〜。ウチも、千草はんの身の上は気になってましたから〜」
「だ、大丈夫やろか?」
「とりあえず連れて行こう」
ここで追い返すのは無理そうだ。横島達は仕方なく月詠も連れて行く事にする。
「で、ダメだったらエヴァに氷漬けにしてもらおう」
いざと言う時はエヴァに任せてしまおうと物騒な事を考えていたのは秘密である。
「絶対に反対ですッ!!」
アーニャ、千草だけでなく、月詠もレーベンスシュルト城に連れ帰った横島。一同をサロンに集めて三人を紹介すると、案の定、刹那が猛反発してきた。無理もあるまい。千草と月詠はコンビのような関係だ。千草が横島の除霊助手となれば、おのずと月詠もレーベンスシュルト城に出入りするようになるだろう。月詠のような危険人物を、木乃香と一つ屋根の下に置いておく訳にはいかないのだから。
「千草に関しては、百歩譲って受け容れましょう。このちゃんの意見を尊重します! しかし、月詠だけは絶対にダメです!!」
誰もこれには反論する事が出来ない。月詠が危険人物である事は、他の誰よりも本人が認めている。
「はぁ〜、しょうがないですねぇ〜。まぁ、千草はんが除霊助手になったら、もう陰陽寮とは直接関わりなくなる訳ですし、ここらでコンビは解散と言う事で」
こう見えても月詠は、千草に対しては少なからず友情めいたものを感じている。
彼女は、ここで受け容れられれば前途が拓けるのだ。そのためなら自分がここで身を引くのもやぶさかではない。
月詠はやおら立ち上がり、一人で出て行こうとする。
「ちょ、ちょい待ち月詠!」
「そうだ、落ち着け!」
それを止めたのは千草と横島であった。
千草は彼女の性格を良く分かっている。月詠は、ここでただ引き下がるだけで済ませるような殊勝な性格ではない。
きっと彼女は今、こう思っているはずだ。レーベンスシュルト城に入り込んで戦えないのならば、外に出てきたところを襲えば良いと。
一方、横島は彼女の性格をそこまで把握していなかったが、何やら予感めいたものを感じ取っていた。
霊感が囁くのだ。このまま月詠を見送ると、彼女は刹那と戦うために自称フェイトと手を結んで襲い掛かってくると。何故か、その光景をリアルにイメージする事が出来た。これは予知と言っても良いかも知れない。
何としてもそれだけは阻止しなければならないだろう。そうでなくとも、彼女を野放しにするのは危険過ぎる。千草と言う首輪を失った彼女が何をしでかすか、考えるだけでも恐ろしい話だ。
「………あ」
ここで横島は天啓を得た。
彼にしか出来ない、月詠の行動を押さえ込む画期的なアイデアだ。
「月詠ちゃん、ちょっと待っててくれるかな? 刹那ちゃんも、とりあえず落ち着いて。二人とも席に着いて待っててくれ」
「はぁ、お兄さんがそう言うなら」
「……分かりました」
千草を受け容れてくれ、自身も一目を置いている横島の言葉だったので、月詠は素直に従って戻って来た。月詠と刹那の二人が席に着くと、今度は横島が席を立つ。窓際に移動して携帯電話を取り出す。レーベンスシュルト城では、外部に連絡をする場合は屋外の方が電波の通りが良いのだ。
そしてどこかに電話を掛けると、何やら話し相手に頼み込んでいた。しかし、少し離れた場所で小声で話しているため、何の話をしているのか聞き取る事が出来ない。皆がやきもきしている内に、話は終わってしまった。携帯電話を仕舞った横島は、皆の下に戻ってくる。その表情は晴れやかだ。
「月詠ちゃん、俺と取り引きをしないか?」
「取り引き? まさか、先輩の代わりにお兄さんがウチと戦ってくれるんですか? 確かに、お兄さんも強そうやけど、先輩ほどウチを満足させてくれるとは……」
横島にも興味はあるが、刹那ほどでない。月詠は取り引きを断ろうとするが、それを遮るように横島は話を続けた。
「もし、俺の言う事を聞いて、刹那ちゃん達に襲い掛からずにいてくれたら―――」
「いてくれたら?」
月詠は、興味深げに耳を傾ける。取り引きを受けるかどうかはともかくして、横島が何と提案してくるかに興味があった。
余裕の笑みを浮かべる月詠だったが、その余裕は次の彼の一言で吹き飛ぶ事になる。
「神剣の使い手、小竜姫様を紹介してやろう」
「……はい? し、神剣?」
呆気に取られる月詠。冗談を言っている訳ではなさそうだ。横島の目は本気である。
「小竜姫と言うと……伝説の修行場、妙神山の?」
「そうだ。夏休みにエヴァを連れて行く予定だったからな。その時に、一緒に連れてってやる」
これには一同絶句であった。横島の姉弟子にあたる竜神小竜姫の名は聞いている。そう神様だ。よりにもよって、それを月詠に紹介すると横島は言っている。
流石にこれは不味いのではないかと、刹那が彼の耳元に口を寄せ、小声で尋ねた。
「横島さん、良いんですか?」
「今電話して頼んでみたら、是非連れて来いってさ。根性叩き直してやるって言ってたぞ」
なんと、横島は妙神山に電話を掛けて小竜姫本人と直接交渉したのだ。
小竜姫の方も、月詠の話を聞くと、そんな悪の剣士がいるのであれば、是非とも改心させてやりたいと意気込み、二つ返事で了承してくれた。これぞ正に、横島だからこそ出来る荒業である。
「と言う訳でだ、紹介出来るのは確かだ。後は、月詠ちゃん次第なんだが……」
横島が最後まで言い終わるよりも早く、月詠は席を立って絨毯の上に膝を突くと、姿勢を正して正座をし、横島に向き直った。その態度の変化に、他ならぬ千草が驚いてしまう。
「お兄さん。ふつつかものですが、よろしくお願いします〜」
そう言って三つ指をついてペコリと頭を下げる。
音に聞こえし武神、小竜姫と戦うためならば、刹那と戦うのも我慢出来る。月詠は横島との取り引きを受ける事にしたのだ。
「ちゃんと俺の言う事聞いてくれるって事だな」
「はい〜、先輩と戦うのは、我慢します〜」
横島が近付き、月詠の肩をポンと叩くと、彼女は顔を上げて横島を見詰める。その表情は満面の笑みを浮かべており、眼鏡越しに見える目は、まるでおもちゃを与えられた幼子のようにキラキラと輝いていた。
こうして横島は、最悪の敵になりかねない少女剣士を、味方に引き入れる事に成功したのである。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
修学旅行編以降の千草と月詠に関する各種設定。
関西呪術協会、及び陰陽寮に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
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