レーベンスシュルト城、別棟一階のサロン。いつもの夕食後の寛ぎの時間、満面の笑みを浮かべたアスナが横島に飛び付いた。そのまま彼の胸に頬を擦り寄せて、表情、仕草だけでは飽きたらず、全身で溢れ出す喜びを表現している。
横島が甘えるアスナを全身で受け止めると、丁度目線の下あたりに来た彼女の頭の上で、以前プレゼントした赤いリボンが揺れる。
「よっこしまっさぁ〜ん♪」
「ん? 今日は上機嫌だな。何かあったのか?」
「じゃーん! 見て下さいっ!!」
アスナは一旦身体を離すと、何枚かの紙の束を横島に見せた。今日返ってきたばかりの中間テストだ。
「ああ、アスナ達の方もテストだったのか」
「麻帆良は、中高の定期テストは一斉にやるんですよ」
そんな説明をしながらも、アスナが注目して欲しいのはそこではないようだ。しかし、横島にはそれが何なのかが分からない。
「うふふ、横島さん。アスナさんは、今回の中間テストで、大きく順位を上げたのですわ」
横島がテスト用紙を手に首を傾げていると、アスナの後ろにいたあやかがフォローしてくれた。
どうやらアスナは毎晩の勉強の甲斐あって、前回の定期テストに比べて、かなり成績が良くなったらしい。流石に百点満点は無く、平均点は七十二点と言ったところだ。二年生、三学期の期末のテストの平均点が七十一点であった事を考えればほぼ現状維持だが、色々と事情があって猛勉強したあの時の成績を維持出来た事は、彼女にとって格段の進歩であろう。
アスナはと言うと、胸に抱き着いたまま上目遣いで何やら期待の眼差しを横島に向けている。どうやら褒めて欲しいようだ。
「あーもうっ、可愛いなアスナは! 偉いぞ! よくやった!」
こんないじらしい態度を見せられては、褒めざるを得ない。横島は左腕を彼女の腰に回して抱き寄せると、右手で頭を撫でまくる。されるがままのアスナは、自らも横島の背に手を回し、嬉しそうに笑っていた。
「勉強って、楽しいかもっ!」
ひとしきり褒められ、ほくほく顔になったアスナは、ぐっと拳を握り締めて力強く声を上げる。
『バカレッド』と呼ばれている事からも分かるように、彼女の以前の成績はさんざんなものであった。横島の下でGSを志し、六道女学院の霊能科に進学すると決心してから、真面目に勉強をし始めたのだ。
その努力の結果が、今回の中間テストの成績である。レーベンスシュルト城に引っ越しまでして、毎晩マンツーマンで勉強を見てくれたあやかに感謝しなくてはならない。
余談だが、今回の中間テストは、アスナだけでなく3−A全体の成績が良かったらしい。前回に比べればクラスの平均点が少し下がり、クラス対抗の成績順位も少し落ちてしまったが、これまでの彼女達の成績に比べて格段に良かったそうだ。最近の昼休みに行われている勉強会のおかげであろう。
「て言うか、寮に住んでる連中は、家帰ってから勉強とかしてねーからな」
「昼休みにしてるから、いっかなーって……ねぇ?」
そう言って顔を見合わせるのは、最近になってレーベンスシュルト城に引っ越してきた千雨と風香。
今回の中間テストで平均点が下がった原因は、寮に住む者達のほとんどが、あまり試験勉強をしていない事にあった。昼休みに勉強会をしているのだから、わざわざ寮に帰ってからもする必要はないと考えたのだろう。
「ああっ、嘆かわしいですわっ!」
あやかがオーバーリアクションで、その場に崩れ落ちた。ふわりと翻るスカートの裾と、横島の位置から覗き込める胸元に、彼の目は釘付けだ。
以前の成績が悪かった事からも分かるように、アスナ達のクラスはノリは良く、いざと言う時の行動力は相当なものがあるが、こと勉学に関してはあまり真面目ではない。常に全教科満点の超鈴音のような規格外も存在するが、『バカレンジャー』の五人が存在した事からも分かるように、全体的な成績は学年でも最低レベルであった。
「でも、流石にウチのメンバーは成績良くなったよね」
そう言って裕奈も、テスト用紙を手に自慢気な表情だ。引っ越してきたばかりの千雨達にはあまり恩恵はなかったが、この城で毎晩の勉強会を始めた頃から参加していた面々も、前回同様の良い成績を残していた。彼女達の頑張りは、麻帆良女子中の教師である刀子も認めるところである。
同じくバカレンジャーである古菲と夕映の二人も、前回より僅かに平均点が落ちたとは言え、成績を維持する事が出来たと言えるだろう。
横島に褒めてもらえるだけの成績だったが、二人はアスナのように飛び込んでいく事が出来なかった。夕方の修行がまだ少し尾を引いており、彼の胸に飛び込むのが恥ずかしいのだ。
「ところで、旦那様の成績は?」
「赤点は取ってない!」
小首を傾げて問い掛ける月詠に、横島は親指を立てて笑顔で答えた。
「ほんまにギリギリやなぁ……」
千草が彼の鞄から目敏くテスト用紙を見付けて呆れた表情をしている。
横島の点数は、赤点こそ取っていないものの、お世辞にも良いものとは言えないものであった。
「で、でもお兄様は、毎晩警備に出てますから」
愛衣が横島をフォローする。彼女の言う通り、最近の横島は週五日警備の仕事に就いている。当然、試験勉強など出来るはずがない。普段から真面目に授業を受けていない事については自業自得だが、その条件下で一つも赤点を取らなかった事は、むしろ快挙と言えるのかも知れない。無論、褒められたものでは無い事は確かだろうが。
「……まぁ、今回の中間テストは仕方ないかも知れないわね。横島君、期末では挽回するのよ?」
「ハイ……」
千草からテスト用紙を受け取ったシャークティが、溜め息を一つついてから、据わった目で横島を窘める。
横島も、彼女の言葉に神妙な態度で素直に頷いた。なんと言うか、彼女に叱られると素直に聞かなければいけないような気がしてくるのだ。刀子ではこうはいかないだろう。
そんな彼の心情を察したのか、美空が自分も覚えがあると言わんばかりにうんうんと頷いていた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.116
「こう言っちゃなんだけど……環境は良いのよね、ここ」
どこか呆れた様子の刀子が呟く。
関東魔法協会の関係者である刀子は、「元・賞金首」であるエヴァに対しては、一般の魔法使いと同じようなイメージを抱いていた。学園長の命令で、彼女の城に住めと言われた時も、正直なところ断れるものなら断りたいと考えていたのだ。
結局、一緒に命じられたシャークティの方が、裕奈に魔法を教えると横島と約束していた事もあり、レーベンスシュルト城行きを承諾してしまったので、刀子も渋々承諾したのだ。
しかし、今ならば言える。あの判断は正解であったと。
「あ、分かります。ここってすごいですよね。お部屋も広いし……」
刀子の話に愛衣も乗ってきた。更に高音もそれに続く。
「修行場所に事欠かないのは有り難いわね」
「何より、気楽なんですよねー」
最後の愛衣の言葉に、刀子と美空がうんうんと頷いた。
この城に居ると忘れがちだが、魔法使いの情報と言うのは基本的に秘匿するものなのだ。教師、生徒としての表の顔と、魔法使いとしての裏の顔。周囲に秘密を抱えて過ごすと言うのは、多かれ少なかれ気疲れするものである。
その点、この城では全員が事情を知っているのだから、魔法の事も明けっ広げだ。これは初めて味わう開放感と言っても良いかも知れない。
「あー、それなんとなく分かるわ。私もロンドンで苦労したもん」
アーニャも愛衣達に賛同した。魔法界で生まれ育ち、初めて人間界に出てきた彼女は、やはりロンドンで暮らし始めた当初は、魔法使いである事を隠すのに苦労したそうだ。魔法使いである事がバレかけて、お世話になっている現地のベテラン魔法使いのお婆さんにフォローしてもらった事もあった。
「そう言えば、ロンドンにも関東魔法協会のような組織はあるですか?」
「あるにはあるけど、ゲートが近いせいか、人間界に拠点を置いてないのよね」
イギリスに限らず、ヨーロッパは『教会』の影響力が強いと言う事もあり、魔法使いのネットワークは関東魔法協会のような組織ではなく、個人同士の繋がりに依るものが大きい。そのため、アーニャはお世話になっているお婆さん以外の現地の魔法使いを、数人ぐらいしか知らなかった。
「子供が占い師とかやってたら、変な目で見られてさー。ネギのヤツは先生でしょ? なんで平気だったのかしら?」
それは当然の疑問であろう。何故なら、アーニャは実際に子供と言う立場で苦労してきたのだから。
アーニャが首を傾げると、アスナ達は冷や汗を垂らし、苦笑いを浮かべた。
と言うのも、彼女達も当初は疑問に思ったのだが「カワイイ子供先生」と、いつの間にかその疑問を忘れて受け容れてしまっていたのだ。アーニャに言わせれば、何とも能天気でお間抜けな話である。
「い、一応、高畑先生がフォローする手筈になってたのよ。海外出張で忙しくなってきた辺りから、私と瀬流彦先生が引き継いだけど」
刀子が慌ててフォローする。学園長も生徒を預かる身なのだから、それは当然の話であろう。魔法関係者以外では、学年主任の新田も3−Aには特に目を掛けるようにしている。
「私から見れば羨ましい話よねぇ……」
しかし、アーニャにはあまり効果がないようだ。
それだけ組織的なフォロー体制が整っている事自体、彼女の立場にしてみれば羨ましい限りなのである。
このままこの話を続けても良い事はない。そう判断した刀子は慌てて話題を変える事にする。
「そ、そう言えば、アーニャちゃんはロンドンで占い師するのが最終課題なのよね? 日本に長期滞在してもいいの? 今から麻帆良祭が終わるまでとなると、あと半月以上あるわよ?」
中学、高校の中間テストが終わってから、十五日間の準備期間が始まるので、正確には麻帆良祭まで今日を合わせて十六日、麻帆良祭は三日間行われるので、合計十九日間だ。
「ああ、いいのいいの。私、課題はほとんど終わってるから」
「え? そうなの?」
「後は、一人前の魔法使いになった後、何をしたいかを決めて、そのための準備をする事ね」
「なるほど、アーニャさんはそれを決めるためにオカルトを勉強しようと言うのですね」
「そう言う事。それが決まれば担当の人に報告して、最終課題は終了よ」
ここで言うアーニャの最終課題は、ネギで言うところの「教育実習生としての最終課題」に当たる。ネギが正式に教師になった後も麻帆良で修行しているように、アーニャもまだまだ修行を続けなければいけない身だ。
ネギと違うのは、最終課題を済ませた後、どのような修行をするかを自分で決めなければならないと言う事だろうか。アーニャは関東魔法協会が情報公開の準備を進めていると言う話を聞き、これからの時代、魔法使いも人間界のオカルトを勉強しなければならないと判断したのである。
「私はね、人間界で活躍する魔法使いになるのよっ!」
ソファの上で立ち上がり、堂々と胸を張ってそう宣言するアーニャ。
なんともおしゃまで可愛らしい姿だが、同時にまだ子供だと言うのに、しっかり自分の将来について考えているアーニャを、アスナ達は眩しく思った。
その後、横島は平日の日課である夜の警備に出掛けて行った。今日のお供は高音と愛衣の二人だ。残ったアスナ達は、こちらも日課である勉強会の始まりである。
これが始まると、エヴァと茶々丸はいつの間にか姿を消して自室に戻ってしまう。この二人は学校の成績など興味も無いのだろう。
アスナ達は知らない事であったが、エヴァ達は勉強会に興味が無い以上に、この後の事に興味があった。横島が警備を終えて帰ってくると、エヴァに血を吸われ、茶々丸のネジを巻くために、順に彼女達の部屋を訪れる事になっているのだ。
エヴァは手を変え品を変え、横島から血を戴く。噛み付く場所に始まり、服装、体勢など研鑽に余念がない。先日、夏美が彼の部屋で横島の匂いを堪能している姿を見て以来、エヴァもまた横島の匂いに注目していたりする。
「しかし、夏美のヤツはなかなか見所があるな」
「そうでしょうか?」
着替えながら、独り言のように呟くエヴァに対し、茶々丸は律儀に首を傾げて答えた。ガイノイドである彼女には、理解出来ない感覚のようだ。
「後は、いつアレを使う決心をするかだな」
フリル付きのワンピースに着替えながらニヤリと笑うエヴァ。服装と表情が全くマッチしていない。このような可愛らしい服に着替えていると言う事は、今日は甘えながら血を戴くつもりなのだろう。
先日、エヴァは夏美にある物をプレゼントした。いずれ横島相手に使ってみろと言うと、顔を真っ赤にし、両手を交差するようにぶんぶんと振りながら、何やら訳の分からない事を喚いていた。きっと本人も何を言っているのか分かっていなかったに違いない。何やら女子中学生にあるまじき事を言っていたような気もするが、聞かなかった事にしてやるのが人情と言うものである。
「私は、一言一句逃さず記録していますが」
「武士の情けだ。消去してやれ」
「……分かりました」
茶々丸としては、色々と学ぶ面もあった夏美の言葉だったが、エヴァの命令なので仕方なく消去する。音声データのみ。
文字データとしては残っているが、夏美の言葉とは分からないようにしているので、こちらは消す必要は無いだろう。
「……これは参考になります。横島さんにも好評でしたし」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
最近はエヴァも自制して吸血量を抑えているので、茶々丸が見張っている必要は無い。エヴァが準備を終えると、茶々丸もまた横島を出迎える準備をするために自分の部屋へと戻って行くのだった。
一方、サロンでは賑やかに勉強会が行われていた。
今回は成績が奮わなかった千雨、風香、史伽、アキラも、バカレンジャーに負けていられないと率先して参加している。
当然、アーニャ、千草、月詠の三人は参加する必要が無いのだが、アーニャはここぞとばかりに千草を質問攻めにしている。オカルトを学びたい彼女にとって、現役陰陽師である彼女は、是非にも話を聞きたい対象なのだろう。
そして月詠はと言うと―――
「な、なんでお前もこっちに参加してるんだ!?」
「あぁん、センパイ、そんな邪険にせんといてください〜」
―――何故か勉強会の方に参加していた。
こう見えても月詠は、刹那と同じように学生としての表の顔を持っている。病弱と言う設定で、ほとんど学校には行っておらず、また本人もこれまで興味も持っていなかった。
しかし、先程までのアスナ達の会話を聞き、楽しそうだと思ってしまったらしい。今日は警備に出る事も出来ずに暇を持て余していたところ、それなら暇潰しに勉強会に参加してみようと思い立ったと言う訳だ。
「一応、学校では『おっとりした文学少女』で通ってるんですよ〜」
「あ〜、確かにおっとりしてるな〜、月詠はん」
「よく言われます〜」
「このちゃん! こいつと話さないでください! 伝染りますよ!?」
何やらなごんでいる木乃香と月詠。刹那は慌てて二人の間に割って入り、声を荒げた。何が伝染るのかは分からないが、まるで病気扱いだ。
「それなら、先輩が教えてくれます? ウチ、学校の授業に全然ついていかれへんから」
「ぐ……」
月詠の切り返しに言葉を詰まらせる刹那。かく言う彼女もあまり成績が良い方ではなく、ここでは教わる側の立場にあった。
「ほな、二人まとめてウチが教えたるわ」
「よろしゅう〜」
「くっ……わ、分かりました。月詠、妙な真似はするなよ?」
「はい〜」
やる気があるならばと、木乃香は平然と月詠を受け容れ、二人まとめて勉強を教える事にした。
麻帆良で再会した時からそうだが、木乃香は月詠と直接戦った事が無いせいか、彼女の事をあまり恐れてはいなかった。危険人物だと言う認識はあるのだろうが、だからと言っておとなしくしているのに邪険に扱う気にはなれないようだ。
「せっちゃん、やる気ある人をそんな悪く言うもんやないよ」
「し、しかし……」
それどころか、刺々しい態度を取る刹那をたしなめたりしている。
前々からその片鱗はあったが、中々の大物振りだと言えよう。
「ところで、アスナ、美空、ココネちゃん。明日の朝ご飯どうする?」
「んー?」
そんな最中、裕奈がアスナに声を掛けた。テストの見直しをしながら、あやかと共に復習をしていたアスナは、顔を上げて裕奈の方に顔を向ける。
声を掛けた当人を含め、四人は明日の朝の食事当番だ。この食事当番は基本的に三人一組となっているが、ココネはまだ小学生なので美空とセットの扱いになっている。
「朝ご飯って、いつも通りパンと……って、そっか。明日からか」
朝食のメニューをいくつか挙げようとしたアスナだったが、そこで裕奈の質問の意図を理解した。明日から麻帆良祭開催までの十五日間は「学園祭準備期間」である。明日から麻帆良学園都市内の全学校は、各クラスで出し物を決め、その準備に入るのだ。
全学園合同と言う事もあり、この準備期間中、麻帆良学園都市は上を下への大騒ぎになる。麻帆良祭開催中に攻めてくるであろうフェイトが、この混雑を狙ってくる可能性を考え、早い内から援軍を呼び寄せた学園長の判断は、英断だと言えよう。
それはともかく、学園祭準備期間に入ると麻帆良女子中に程近い場所で、毎朝ある店が開店する事になる。
その店の名は『超包子(チャオパオズ)』。そう超が経営する中華点心の屋台である。超が中学入学と同時に転校してきて以来、一昨年、去年と準備期間中の忙しい人達のために屋台を開き、大成功を収めている。いまや準備期間の名物となっている店だ。
アスナ達も超一味の作る点心のファンであるため、準備期間中は毎朝早起きして『超包子』で朝食を取っていた。
もし、今年も超包子のお世話になると言うのであれば、明日からしばらく朝食を作る必要がなくなるのだが……。
「でも、ここから『超包子』の屋台は遠いアルよ?」
古菲が、裕奈達が忘れている事実を指摘する。彼女の言う通り、麻帆良女子寮からならばともかく、エヴァの家から『超包子』の屋台までは、少々距離がある。そこで朝食を食べようと考えれば、かなり早い内から家を出る必要があるだろう。
「ここから『超包子』までジョギングするか?」
千雨が問い掛ける。彼女は、レーベンスシュルト城の中だけでゆっくり自分のペースで走れるから参加しているのだ。エヴァの家から学校までアスナ達と一緒に走る気は無い。と言うか、付いて行く事が出来ない。
「あ、そっか……」
これは効果覿面であった。
早朝のジョギング、その開始前の横島とのスキンシップはアスナにとっても貴重な時間だ。それと『超包子』を天秤に掛けたらどちらに傾くのか、真剣に悩んでいる。
「そう言えば、古菲って去年は『超包子』でウェイトレスしてたよね? 今年もするの?」
「いや、ここから通うのは難しいから、今年はパスするアル」
アキラが問い掛けると、古菲は残念そうに首を横に振りながら答えた。
客としていくにも微妙な距離だと言うのに、開店前から屋台に到着しなければならないウェイトレスは難しいと言う事で、古菲は茶々丸と同じく、今年は『超包子』を手伝えない旨を、既に超に伝えていた。
「そう言えば、ウルスラと麻帆良男子高校は、『超包子』に寄ると遠回りになるわね」
「あっ……!」
トドメと言わんばかりのシャークティの一言にアスナは頭を抱えた。
いくら人気の屋台と言っても、麻帆良中の人々が集まる訳ではない。中には『超包子』の点心を食べるために寄り道すると言う客もいるが、それでも限度と言うものがある。
「朝食は、いつも通りウチで食べましょ」
「……そだね」
横島達が寄り道をするのは難しいと言う事で、アスナ達は『超包子』で朝食を食べる事を諦めた。点心も好きだが、それ以上に横島と一緒の方が大事なのだ。
「まぁ、超りんとこはお昼か晩にするのもええんとちゃう?」
「超に頼めば、デリバリーぐらいやてくれると思うアル」
「そうね〜、そうしましょうか」
朝が無理なら、いつ食べるかと言う話にシフトしていくアスナ達。
そんな中、あやかがふとある事に気付き、ポンと手を打った。
「そう言えば……横島さんは、麻帆良の学園祭は初めてでしたわね」
「え? そりゃ、春に転校してきたばっかだし……あ、そうか!」
アスナもすぐに、あやかが何を言いたいのかに気付いた。
この麻帆良には、学園祭準備期間が始まると見られる名物が、超包子以外にももう一つある。
他の面々も、すぐにあやかが何の事を言おうとしているのかに気付いた。
「確かに、あれは横島さんにも一度見せておきたいです」
「うんうん、分かる分かる。あれは一度見とかないとねー」
「……うん、あれは見ておいた方が良いと思う」
皆も概ね同意のようだ。口々の賛成の言葉を述べる。
「それじゃ、明日は少し家を出るのを早くして、ちょっと寄り道してから行くと言う事で」
「「さんせーい!」」
3−Aの面々の満場一致により、明日はいつもより少し早くに出発して、ある物を見るために少し寄り道して行く事が決定した。
しかし、横島と同じく、麻帆良の学園祭が初めてである千草、月詠、アーニャの三人は何事か分からずに首を傾げている。
「え、えーっと、どう言うこっちゃ?」
とりあえず、年長者である千草が代表して、アスナ達に尋ねてみた。
「あ、ゴメン。準備期間が始まるとね、麻帆良祭の名物が見られるようになるのよ」
「明日、それを見に行くって事?」
「そうよ。アーニャちゃんも、明日は早起きしてね」
「う〜ん、そうね。面白いのがあるなら、私も見てみたいわ」
「決まりね」
刀子とシャークティも特に反対する様子はない。彼女達もアスナ達が何の話をしているかは気付いているようで、せっかくなのだから、それを見に行った方が面白いと言う事については同意見のようだ。それで遅刻すると言うのであれば問題だが、その分早く家を出ると言うのであれば、わざわざ目くじらを立てる程ではない。
「それじゃ、明日は皆で学祭門を見に行きましょうか」
「おーっ!」
こうして、明日の朝、皆で麻帆良祭名物である「学祭門」を見物に行く事に決定した。
たかが門と侮るなかれ。木製だが、その大きさは見る者を圧倒する。何より、準備期間が始まると、学祭門の周りを中心に宣伝合戦も始まるのだ。麻帆良祭を楽しみたいと言うのであれば、一度行ってみておくべきだと言えるだろう。
「横島さん、驚くだろうなぁ」
目の当たりにした時の横島の反応を想像し、アスナの口元も楽しげにほころぶのだった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
アーニャのロンドンでの生活における各種設定。
超鈴音に関する各種設定。
月詠に関する各種設定。
『超包子』に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
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