「えへへ〜」
裕奈と横島が仮契約(パクティオー)した翌日。今日も教室で裕奈はにやけていた。
大好きな兄である横島と仮契約出来たと言うのもそうだが、共に修行をするアスナ達と同じラインに立てたと言うのも嬉しいらしい。昨日からしきりに彼女達とカードを見せ合って喜んでいる。
仮契約の件は、すぐにクラス中に知れ渡った。裕奈は誇らしげに仮契約カードを見せてはいるが、皆カードの事などそっちのけで仮契約した時の事について尋ねてくる。やはり彼女達の興味は、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』やアーティファクトよりもキスの方にあるようだ。
「席に着いてくださーい! ホームルームを始めますよーっ!」
照れ照れの裕奈から惚気話を聞いている内に、いつの間にか始業のチャイムが鳴っていたらしい。ネギが教室に入ってきて、皆に着席を促した。
「はーい」と元気良く返事をして席に着く面々。それを見届けてネギは出欠を取り始める。
「相坂さん」
「はーい!」
まず最初に名前を呼ばれるのはさよ。和美の隣の席で、片手を上げて元気良く返事をした。乳児サイズの彼女では通常の椅子に座っても机に手が届かないため、小さな子供用の補助席が据え付けられている。これのおかげで、さよも皆と同じ様に授業を受ける事が可能になっていた。
ちなみにこの椅子は、先日茶々丸が横島を連れて、洗濯機の時と同じ店に買いに行ったものなのだが、その際奇しくも前回と同じ店員に当たり、彼が何やら温かい目で二人を見ていたのは余談である。
「神楽坂さん」
「はーい」
名前を呼ばれ、気の抜けた返事をするアスナ。名前を呼ばれてしまえば、後は最後のザジが呼ばれるまで待つだけだ。
出欠を取るネギの声と、それに応えるクラスメイトの返事をBGMに、ぼうっと天井を見上げながら、アスナは昨日の事を思い出していた。
仮契約が終わり、疲れていた裕奈が回復した後、アスナ達は日課である修行を行うために出城へと向かった。アーティファクトを確認するために、カモも付いて来ている。
今日の食事当番である、千草、月詠、風香、史伽の四人は不参加だ。このメンバーが決まった際、千草が最近子供と縁があると溜め息をついたのは言うまでもない。
裕奈も今日ぐらいは休むかと思いきや、早速アーティファクト『変幻の女神(モーフ・セア)』を召喚して試してみたいらしく、むしろテンションが上がった状態であった。横島や千草が言うには、こう言うハイになった状態の方が良い結果が出る事も多いそうだ。
ただ、コントロールが緩くなってしまうため、その点は注意しなければならないだろう。アスナ達に霊力供給を行っている時の横島のように、煩悩全開でテンションを上げつつも、心の一部――霊力の制御に関しては波一つ立たない静かな水面のように、冷静でいなくてはならない。
以前、出城での修行中に、強い霊力を制御するための修行を続ける木乃香が、横島にどうやってあんな精密な制御が出来るのかと尋ねた事があった。
その時、彼はこう答えた。「『心眼』のおかげだ」と。それを聞いた木乃香達は、心の目で見ろと言う事だろうかと首を傾げたが、詳しく話を聞いてみると、彼の場合は少々事情が異なる事が分かってきた。
横島がまだ美神令子の下で除霊助手だった頃、素人同然だった彼は竜神小竜姫により『心眼』を与えられてGS資格試験に挑戦したそうだ。
この『心眼』と言うのは、小竜姫の竜気を与えられたバンダナに開いた目と言う奇妙な姿をしているが、その正体は文字通り心の目。素人同然の横島に代わり霊力を制御する、言わば赤ん坊の歩行器のようなものであった。小竜姫の影響か、彼自身にも分からない事を喋る妙なヤツだったらしい。
残念ながらその『心眼』はGS資格試験中、戦いの最中に喪われてしまったが、その後妙神山で霊力制御の修行をする際、横島の念頭にあったのはその『心眼』だったそうだ。
あのバンダナは喪われてしまったが、『心眼』は今も自分の中に在る。そう思う事で「この世に自分ほど信じられないものはない」彼は、自分を信じる事が出来るようになり、本当に霊力を制御する技術を身に着ける事が出来たのであった。
ちなみに、霊力供給中の彼は、自分が煩悩全開でテンションを上げても、自分の中の『心眼』が霊力をコントロールしてくれると思う事で、あの神業的な霊力制御を実現していたりする。
確かに『心眼』の正体は心の目。その言葉のままであれば、横島の心の中に存在してもおかしくはないのだが、それを切っ掛けに本当に制御能力を身に着けているあたり、相も変わらず妙な所で器用な男である。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.124
「それじゃ、召喚してみるね……」
出城に到着した一行。まずは裕奈が前に出て皆の方に向き直り、仮契約カードを手に持つ。
手にしたカードには、毛皮のようなレオタードを身に着け弓を持った裕奈の姿が描かれている。顔を上げてみると、皆がわくわくとした表情で自分を見ていた。その中の横島と視線が合うと、裕奈は仮契約の時のキスを思い出して顔が真っ赤になってしまう。
「……大丈夫?」
ピタリと動きを止めてしまった裕奈に、アキラが心配そうに声を掛けた。その声にハッと我に返った裕奈は、ぶんぶんと顔を振り、ぺしっと両手を自らの頬を叩いて気合いを入れる。そして、もう一度真っ直ぐに横島を見据えると、カードを高く掲げて『来れ(アデアット)!』と唱えた。
裕奈の姿がカードから放たれる強い光に包まれたかと思った次の瞬間、光は一瞬にして消え、そこにはカードに描かれたものと同じ姿になった裕奈が立っていた。
手に弓を持っているのは良い。傍から見ているだけでも、力強さが感じられる弓だ。問題は、アーティファクトを召喚した裕奈の出で立ちそのものである。
カードに描かれていた通りの、白銀の毛皮で出来たレオタード。カードの絵柄では弓を持つ手で隠れていたが、胸元がヘソの上辺りまで大胆に開いて肌が露わになっており、裕奈の最近とみに育った胸を強調している。
首には青白く光るネックレス。波紋の彫刻が施された帯が首に巻き付くような形状をしており、首輪のようにも見えた。
両腕は、中指の銀のリングから二の腕の中程まで黒い布で覆われている。アームウォーマーかとも思ったが、よく見ると目立たないように刺繍が施されてある。何やら呪術的な意味合いがありそうだ。
そして足はと言うと、何故か裸足であった。すらりと伸びた健康的な脚が眩しい。
だが、それはまだ序の口であった。アーティファクトを召喚した裕奈の、一番変化した分。それは―――
「……それ、耳アルか?」
「シッポも生えてるです」
―――頭の上にピンと生えた耳と、お尻からぴょこっと飛び出たシッポであった。
身近に犬神小太郎と言う格好の例がいるから分かる。それは狼の耳とシッポだ。色はレオタードと同じく白銀。そう、今の裕奈は文字通り狼少女となっていた。
その姿を見て、横島は思った。今の裕奈の姿は、人狼族の守護女神をその身に宿した美神令子や、人狼族の少女、犬塚シロを彷彿とさせる。
「裕奈、裸足で痛くないのか?」
「ん〜、平気みたい」
横島に問われ、裕奈は芝生のない小石などが散らばっている場所でぴょんぴょんと飛び跳ねてみるが、裸足の足はまったく痛くなかった。足で土を掴む感覚はあるのだが、足――いや、身体全体が何かに守られているような感覚だ。
そして、頭の上の狼の耳に触れてみると、不思議な事に自分の身体の一部に触れている感覚があった。更にお尻から生えたシッポに意識を集中させてみると、それが自分の意志でパタパタと動かせる事に気付く。
「うわっ、これ付いてるんじゃなくて生えてるよ……」
「さ、さわってみていい……?」
アキラが尋ねて来た。普段は物静かで、感情の起伏が激しいとは言えない少女だ。寮に住んでいた頃はルームメイトだった裕奈は、彼女が無類の可愛いもの好きである事を知っている。狼の耳とシッポを生やした裕奈は、アキラにとって直球ストライクだったのだろう。目を輝かせてうずうずしているのが傍目にも分かった。
「い、いいよ……」
覚悟を決めて了承の返事を返すと、アキラはこわごわと裕奈の頭に手を伸ばし、優しい手付きで耳の生えた頭を撫で始めた。撫でるアキラの方が、とろんとした幸せそうな表情になる。
「あ、人間の耳も残ってるんだね」
「え? あ、ホントだ」
アキラに言われ、裕奈はアーティファクトを召喚した際に解けていた髪の中に、本来の人間の耳がある事に気付いた。つまり、今の彼女は四つの耳がある状態と言う事だ。
「こっちの耳は飾りなの?」
「うひゃっ」
アキラが疑問符を浮かべながら頭の上の耳を摘むと、裕奈はくすぐったいのか思わず声を上げてしまった。やはり感覚がある。試しに人間の耳を塞いでみたが、普通に音が聞こえる。どうやら、狼の耳でも普通に聞く事が出来るようだ。むしろ、人間の耳よりもクリアに聞こえているかも知れない。
「ねえ、これって夕映の土偶羅みたいに弓だけ召喚出来るのかな?」
「……無理みたいだぜ。そこまで行くと、衣装もアーティファクトの一部なんだろうな」
プリントアウトしたアーティファクトの解説を読みながらカモが答えた。
どうも『変幻の女神・アルテミス』は、弓だけでなく衣装まで含めて一つのアーティファクトのようだ。つまり、弓だけ召喚すると言う事は出来ない。逆に衣装だけ召喚する事は出来るようなので、衣装の方がメインと言うべきかも知れない。
「ところで、『ヘカーテ』と『セレーネー』に変身は出来るのかい?」
「う〜ん……なんか、無理っぽいよ」
裕奈は目を閉じて念じてみるが、残り二つの姿に変化する兆しは見えない。解説を読む限り、方法自体は間違っていないはずだ。
『変幻の女神』と言うアーティファクトは、使用者をサポートし、その能力を増幅する力がある。どうやら基本的な魔法を使うのがやっとである今の彼女では、残り二つの姿は扱えないと言う事なのだろう。
「おとなしく真面目に修行しなさいって事?」
「平たく言えば」
「うわぁ……」
アーティファクトではなく、仮契約する事そのものを目的としていた裕奈だったが、思っていた以上に良いアーティファクトが出現してくれた。それこそ裕奈自身がアーティファクトに負けるぐらいに。
いつしか裕奈の顔に笑みが浮かんでいた。かえってやる気が湧いてくる。『変幻の女神』は、いわば横島と裕奈を結ぶ絆だ。必ずこれを使いこなしてみせる。そう決意を新たにした裕奈は、霊能力、魔法の修行を更に頑張ろうと、ぐっと拳を握り締めるのだった。
扱いの難しいアーティファクトで、契約者をやる気にさせる。もしかしたら、これもアーティファクトの効果の一種と言えるかも知れない。
「とりあえず、今分かるのはこんなとこだな。よし、それじゃオレっちはアーティファクト協会にコイツを報告してくるぜ!」
今現在分かる事はこれぐらいだろう。そう判断したカモは、プリントアウトした解説を筒状に丸め、紐を使ってそれを背負わせてもらうと、そのまま別棟の方に戻って行った。
『変幻の女神』も、世界パクティオー協会に登録されていない新発見のアーティファクトだ。これを報告すればまたまたボーナスが貰えるだろう。
レーベンスシュルト城へと走りながらカモは思う。横島忠夫は本当に不思議な男だと。
六人の少女と仮契約をし、その内五人が新発見のアーティファクト。千鶴のアーティファクトを報告した頃から、魔法界でも「三人連続で新発見のアーティファクトを出現させた男」として、彼の事が研究者の間で話題に上がるようになっていた。
ある研究者は「横島忠夫はGSだから、今まで出現しなかったアーティファクトが出やすいんだ」と言う説を提唱した。つまり『魔法使いの従者』ではなく『GSの従者』だから、魔法使いが仮契約するのとは異なるアーティファクトが現れるのだと。
確かに、アーティファクトの選定は契約者主従の両方を見て決められるものだと言われている。ならば、主が魔法使いではなくGSである事も影響するはずだと言うのだ。これは情報公開が行われ、魔法使い以外も仮契約するようになれば検証する事が出来るだろう。
だが、自称・仮契約コーディネーターであるカモは、それだけではないと考えていた。
横島は様々な意味で変わった男だ。彼だからこそ、新発見のアーティファクトが出現する。横島忠夫と言う男を直接知るカモは、そのように考えているのだ。
「兄さんへの好感度を調べた感じじゃ、まだ何人か従者候補がいそうだしな〜。まだまだ儲けさせてもらえそうだぜ!」
げへへといやらしい笑みを浮かべるカモ。彼にとって重要なのは、これからも横島が仮契約してくれるかどうかだ。
肝心のネギの方は、のどかと仲睦まじく、傍から見ていて実に微笑ましい。彼の周りにはまき絵や亜子もいるが、こちらの二人は弟を見るような目でネギを見ており、むしろのどかを応援する側だ。色恋沙汰を煽ってくれそうなハルナも、のどかとの友情を思ってか、完全に観戦モードに入っている。
何より小太郎を筆頭に共に戦う仲間にも恵まれている事もあり、新たに仮契約する必要性を感じないのだろう。当然の事ながら、ネギは自ら望んで男相手に仮契約するような性格ではない。
横島と違い、こちらはなかなか仮契約をしてくれそうになかった。
「ネカネの姐さんも喜んでるみたいだし、これで良いんだろうなぁ……」
ふと立ち止まり、遠い目で空を見上げるカモ。
ネギの事は、今よりずっと幼い頃から知っている。彼の事を「兄貴」と慕いながらも、どこか年長者として子供を見守るような気持ちがあった事は否定出来ない。
そんな彼にとって、ネギの今の状況は喜ばしいものであった。たとえ仮契約してくれそうになくてもだ。
いつの事だったか、アスナは横島と出会って人生が変わったと言っていた。
横島の周りに集う他の面々もそうだろう。特に関東魔法協会の関係者などは『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の城で、本人と同居するなど想像も出来なかったのではないだろうか。
「ま、兄貴が仮契約してくれない分、横島の兄さんで稼がせてもらいますぜ」
カモもまた、そんな人生を変えられた一人――いや、一匹であった。
新発見のアーティファクトを続出する横島が研究者達に注目されているように、それらの仮契約を執り行ったカモも、にわかに注目される立場になっている。オコジョ協会内での立場も向上していた。
「自称・仮契約コーディネーター」から「自称」が取れる日も、そう遠い事ではないのかも知れない。
一方、出城の方では、場所を出城内に移動し日課の修行が行われていた。そう、霊力供給だ。
元々怪我をした時などに使う医務室としてベッドが並べられた部屋だったが、今は霊力供給の修行用の部屋になってしまった感がある。修行を受ける人数が増えたため、部屋内にはソファが幾つか増えていた。
次は裕奈の番なのだが、横島の前に立った彼女は『変幻の女神・アルテミス』の姿のままだ。
「にいちゃん、ちょっと気になったんだけどさ。この修行を発展させるために、霊衣を通販してるって言ってたよね?」
「ん? ああ、もうちょいで届くって話だな」
通常の服と違い、霊衣は霊力を通すため、霊力供給の修行をするにも肌と肌を直接触れ合わせる必要がなくなる。安定した体勢で霊力を供給するために、横島は千草を通じて京都の陰陽寮から霊衣を取り寄せようとしていた。到着まであと数日掛かる見込みである。
「これじゃダメなのかな? 一応、魔法のアイテムなんだよね?」
そう言って裕奈は自分の着ているレオタードを指差す。
「……どうなんだろ?」
仮契約カードから召喚されるアーティファクトは、オリジナルではなくレプリカ。たとえ壊れてしまったとしても召喚し直せば元の状態で呼び出す事が出来る。つまり、実体がないと言う事だ。
では、そのレプリカは何で形作られているかと言うと、これは従者自身の力で形作っているらしい。すなわち魂の力、生命力だ。アスナのアーティファクト『ハマノツルギ』が、アスナ自身の状態によってハリセンになったり大剣になったりするのもそのためである。
「裕奈、ちょっと手貸してみろ」
「えっと、右手でいい?」
言われるままに右手を差し出す裕奈。横島はその手を取ると黒い布に覆われた腕に手を当てた。
「んっ!」
そのまま霊力を供給してみると、不意打ち気味に霊力を注ぎ込まれた裕奈が思わず声を漏らす。
案の定、アーティファクトの衣装を通して霊力を供給する事は可能なようだ。
「出来るみたいだな」
「それじゃ、今日はこのままやってみて♪」
笑顔でベッドに上ってくる裕奈。嬉しいのか、お尻から生えたシッポが勢い良く揺れている。
横島に背を向けたまま身体を密着させてくる裕奈。裕奈は普段から彼の身体を背もたれのようにして甘える体勢を好んでいた。
「俺の方は普段着だからなぁ……」
霊衣を通せば肌同士を接触させなくても良いが、それはお互いに霊衣を身に着けていた場合の話だ。どちらか片方が普段着のままでは、やはり肌同士を触れ合わさなければならない。この場合、横島はジャケットを脱いで上はTシャツのみなので、肌の露出した腕が裕奈に触れていなければならないだろう。
「そう言えば、裕奈の活性チャクラは腹だったな」
「そうだよ」
正確にはみぞおちの部分、第三チャクラ『マニプーラ』だ。
「それじゃ……」
横島は裕奈の腹に両腕を回し、そのまま彼女を抱き寄せた。こうすれば、肌を露出させた腕を裕奈の活性チャクラがあるみぞおちに触れさせる事が出来る。
普段と大して変わらないようにも見える体勢だが、裕奈はハッキリとその違いを感じていた。普段ならば、首筋に横島の手の平がくるため、どうしてもその手の分だけ彼との距離が開いていたのだ。だが、今はそれがない。いつもよりも密着感が増している。
横島は、更に腕の位置についても大胆に踏み込む事で裕奈のたわわな胸を腕で持ち上げるようにし、その重みを腕に感じさせる。これで彼の煩悩永久機関はフルスロットルだ。
「行くぞ……!」
「ふぁ……っ!」
横島が霊力供給を開始すると、裕奈はすぐに声を上げた。
活性チャクラ目掛けてダイレクトに霊力を供給されているため、いつも以上に刺激が大きい。じんわりと熱くなってくるお腹を中心に、横島の霊力が全身を駆け巡っていく感覚。裕奈は思わず身体をくねらせるが、横島に抱き締められた状態であるため、彼の腕の中でもぞもぞと動くだけであった。当然、腕はしっかり裕奈の腹に回され、霊力供給は滞りなく続けられている。
「あんっ! い、いつもより、すご……っ!」
更に留まることなく霊力供給は続く。元より裕奈はマイトが高いため、その分大量に霊力を注ぎ込まれるのだ。
裕奈の顔は火照り、首、胸元も真っ赤になっている。息もだんだんと荒くなってきた。手持ち無沙汰な手は、自分の腹に回された横島の手に震えながら添えられ、重ね合わせた手は、彼のそれをぎゅっと握り締める。
「きゅ〜〜〜ん……」
思わず裕奈の口から漏れる甘い声。まるで犬が甘えているかのような声だ。
よく見ると、彼女の頭の上に生えた耳はぺたっと伏せており、二人の身体に挟まれ、窮屈そうに横に向けて飛び出したシッポは、小さく震えている。
横島の方は、密着する身体、腕に感じる胸の重みで絶好調だ。勢い良く、それでいて経絡を傷付けず、かつ刺激するギリギリを見極めた神業的な霊力供給が続く。
「に、にいちゃん! ダメっ! 私、もうダメぇっ!!」
そしてとうとう裕奈に限界が訪れた。
ピンッと身体を伸ばして身体を震わせる裕奈。横島は、一気に霊力供給をストップさせるのではなく、徐々に波が引いていくかのように霊力を弱め、裕奈の経絡を癒しながら、段階を踏んで霊力供給を終える。
すると裕奈は、糸が切れたマリオネットのようにぐったりと力が抜けて横島にもたれ掛かった。活性チャクラに直接霊力を供給された事もあり、いつも以上に刺激が強かったようだ。
「……大丈夫か?」
自分でやらかした事だと言うのに、心配そうに問い掛ける横島。
それに対し、裕奈は力無く笑みを浮かべるとこう答えた。
「あ、あんまり大丈夫じゃないかも……」
仮契約のキスに引き続いてのこれは、流石に刺激が強過ぎたらしい。身体に力が入らず、指一本動かせない状態になっていた。まるで全身の感覚が鈍く、ふわふわと浮いているかのような状態。そんな状態の最中で、自分の中に溜まった横島の霊力の流れだけが、やけにはっきりと感じられる。そんな不思議な状態であった。
だが、経絡へのダメージは皆無なようだ。しばらく休んでいれば、霊力の方も落ち着くだろう。横島は裕奈を抱き上げると隣のベッドに寝かせて、その頭を撫でてやった。
「あの……」
その時、背後から声が掛けられた。夕映の声だ。
何かあったのかと振り返ると、そこには夕映だけでなく古菲、千鶴の三人が並んで立っていた。三人揃って真剣な眼差しで横島を見据えている。
「ど、どうかしたのか?」
思わずたじろいでしまった横島だったが、そこで三人が何かを持っている事に気付いた。
「アーティファクトに付いている衣装なら、霊力供給出来るんですよね?」
いつものにこやかな表情ではなく、据わった眼差しを投げ掛けながら、千鶴が静かな声で尋ねてくる。
そう、三人が持っていたのは仮契約カード。横島は思い出した。三人共、衣装そのものがアーティファクトだったり、アーティファクトのオマケとして衣装が付随していた事を。
「わ、わた、私もお願いするアル!」
最後に、古菲が自分達も裕奈と同じ様にアーティファクトの衣装を着た状態で霊力供給して欲しいと頼んできた。余程恥ずかしいのか、真っ赤な顔でそっぽを向いている。
そんな彼女達のお願いの前に、横島は断る術など持ち合わせていなかった。
「―――さん! アスナさん!」
「ふぇっ!?」
あやかに名前を呼ばれてハッと現実に引き戻されるアスナ。いつの間にか授業が始まっていたらしい。前方の席のあやかが、眉を吊り上げてアスナを見ている。
「アスナさん、もう授業は始まってますよ。せっかく成績が上がってきたんですから、ちゃんと授業も聞いてくださいね」
「う、ゴメン……」
昨日の事を思い出し、物思いに耽ってしまっていたらしい。アスナは慌てて教科書を取り出す。
「大丈夫ですか? アスナさん」
後ろの席の夕映が、背中を突いて尋ねてきた。アスナはちらりと彼女の方に視線を向ける。
「………?」
小首を傾げる夕映。いつも通りの物静かな彼女の表情。そんな彼女が昨日は、アーティファクトに付随した衣装――際どい水着のような露出度の高い悪の女幹部ルックで、白い肌も露わにして横島に抱き着き、あふんあふんと言わされていたのだ。アスナから見て右側の席に座る古菲と千鶴の二人もである。
霊力供給を受けていたのはアスナも変わらない。注ぎ込まれた霊力量は、千鶴はともかく、夕映と古菲よりもアスナの方が上だろう。それでもアスナは三人、いや裕奈も含めた四人が羨ましかった。
「なんで私のアーティファクトには、衣装が付いてないのかしら?」
隣の木乃香にも聞こえないような小さな声でポツリと呟くアスナ。
裕奈達四人は、皆いつも以上に横島に身体を密着させていた。裕奈よりも先に霊力供給を終えていたアスナは、それが羨ましくて堪らなかったのだ。
アーティファクトの衣装がなくとも服がなければ身体を密着させる事が出来るため、何度「私、脱ぎます!」と言い掛けたか分からない。
「私も、登録する衣装を考えないとね……」
再びポツリと呟くアスナ。幸い、カードには何種類かの衣装を登録する事が出来る。
その内の一つは横島との修行で着る物を登録しよう。横島に可愛いと思ってもらえるものを。
本来の仮契約カードの用途とは異なるような気もするが、それが今の彼女の偽らざる気持ちであった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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