横島が買い出しを終えて戻ってくると、既に第五試合が始まっていた。
舞台上にいるのは真名と田中さんことT−ANK−α3。
田中さんが口からビームを放ち、真名がそれを避ける。一方的な戦いだが、彼女達の試合はこれまでにない盛り上がりを見せている。
「やけに盛り上がってるなぁ……」
「ああ、さっき朝倉が言ってたんですけど……あのビーム、当たると服が脱げるそうですよ」
「……はい?」
製作者であるハカセの解説によると、相手を傷つけずに無力化するための兵器『脱げビーム』らしい。
それを連射する田中さん。対するは大学生に混じっていても違和感が無い中学生離れしたスタイルを誇る真名。これで盛り上がるなという方が無理な相談である。
横島は説明を聞いて呆気にとられていたが、それを見た令子がジト目で声を掛けてきた。
「あんたは騒がないわね……。ホントに横島君?」
「人をなんだと思ってるんスか」
「横島君よ」
横島は反論できなかった。
しかし、彼が騒がないのにはしっかりとした理由があるのだ。
「真名ちゃんが、あんな攻撃食らう訳ないっスよ。期待するだけ無駄無駄」
彼の言葉にうんうんと頷く明日菜達一同。
その後の試合展開は横島の予想通りに進み、真名はかすらせる事すらなく一発逆転の一撃を田中さんに叩き込むのだった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.157
試合を終えた真名は控室に戻る際、枡席にいる横島に悪戯っぽい笑みを浮かべ「がっかりしたかい?」と声を掛けてきた。
「むしろ手こずっててビックリしたぞ。あれわざと?」
ところが横島は、逆にわざと時間を掛けたのではないかと疑っていた。真名の実力を知っているからこそだ。
「あ〜、あれはだな……」
見透かされた真名は、視線を逸らしながら弁解を始める。
「あれはわざとじゃない。想像以上の連射スピードだったしな」
相手が脱げビームだったので、必要以上に慎重になっていたのは否定しない。
普段の彼女ならば戦闘中の露出など気にも留めず、速攻で田中さんを倒していただろう。
ただ観客の中に横島がいると思い至った時、彼女は考えてしまったのだ。横島に見せるのはヤバい。他の観客の誰よりも横島がヤバいと。
「あと、お前のせいだ」
「なんでだよ」
横島も明日菜達も納得いかなかったが、令子だけは真名に同意していた。
「それと……下手な壊し方するとグロい事にならないかと心配でな……」
「あ〜……」
こちらは全員が納得した。いくらロボットと言っても首から上が吹っ飛んだ姿など見て気持ち良いものではない。超に協力している真名としては、観客を引かせるのは避けたかったのだ。
故に真名の一撃は田中さんの腹を狙って撃ち込まれた。真名の狙い通り、破壊は服の外まで及ばず、傍目には大男が倒れただけのように見えただろう。
「まぁ、下手にバラバラにしても葉加瀬に悪いしな」
最後にそう言って、真名は控え室に戻っていった。
続けて第六試合は小太郎対豪徳寺。どちらもリカード達に鍛えられて実力を伸ばしている好カードだ。
観客達も真っ当で見応えのある勝負に、先程とは別の意味で盛り上がっている。
しかし、横島はそれどころではなかった。
「せんせぇ〜! 悔しいでござるよ〜〜〜!!」
一回戦で敗退したシロが戻ってきて、横島に飛びついていたためだ。
それを見て明日菜が止めようとしたが、負けてショックを受けているのだからと木乃香とアキラが止めた。
くぅ〜んくぅ〜んと甘えてくるシロを慰めている間に試合は終了。激戦を制したのは小太郎だ。
激戦であり、接戦であったが、豪徳寺の切り札である『漢気光線』は観客席に向かって撃つ事ができない。それを活かし、撃たせる隙を見せずに押し切ったのが小太郎の勝因だった。
「はい、そこまで。ほら、行くわよシロ」
「美神殿、後生でござる〜〜〜!」
ここで令子がシロを引きずって会場から去って行った。賭けていたシロが負けてしまったので、もう武闘大会に用は無いそうだ。
この後すぐにおキヌと合流すると言っていたので、なんだかんだで妹ひのめが心配なのかもしれない。
次の第七試合は犬豪院対『黄昏のザイツェフ』、こちらも偉丈夫の実力者同士という好カードだ。
しかし、ここでも横島はそれどころではなかった。
「よこしまさぁ〜ん♥」
シロがいなくなったので、ここぞとばかりに明日菜が抱きつき、頬をすり寄せてきたからだ。シロを見ていて我慢できなくなったのだろう。
それ見てエヴァも面白がってくっつき、コレットもこっそり距離を縮める。
犬豪院達は小太郎達にも負けない激戦を繰り広げていたが、横島にはそれを見る余裕は無く、いつの間にか犬豪院の勝利で終了。
何故か二人の間には熱い友情が芽生えたらしく、二人は舞台上で固い握手を交わしていた。
二人とも満足気な笑みを浮かべているので、おそらく良い勝負だったのだろう。
訳が分からない横島は、刹那に尋ねる。
「何があったんだ?」
「きっとお互いの力を認めあったのでしょう。あのザイツェフという男、魔法界からの援軍だと思いますが、かなりの実力者ですよ」
刹那の目から見ても、ザイツェフの力量はかなりのものらしい。
「結構悪そうな顔してるけどねぇ……」
「その……あの人、この前助けてくれた人なんだ。悪い人じゃないと思う」
アーニャは彼の顔が怖いようだが、以前野良猫を助けてもらった事があるアキラがフォローした。
そのまま犬豪院とザイツェフの二人は言葉を交わしながら控室に戻っていく。
その後ろ姿を眺めながら、横島は「また雪之丞の同類が増えるかも」と危惧していた。
そして第八試合、いよいよネギの出番だ。これはちゃんと見ねばと、明日菜達に声を掛ける。
対戦相手はクウネル・サンダース。横島の膝の上でご満悦のエヴァによると、本当はアルビレオ・イマという名前らしい。
まず杖を担いだネギが先に控え室から出てきて、緊張した面持ちで舞台に歩いて行く。
次に出てきたのはフードを目深に被ったアルビレオ。こちらは舞台に向かう途中、枡席の近くでピタリと足を止めてエヴァの方を向く。
フードの中には一昔前の横島ならば藁人形を取り出していたであろう涼しげな顔立ちをした男の顔があるが、そのこめかみはピクピクしていた。
昨日エヴァが言っていた「アルビレオと呼んでやれ」が効き、控え室では散々そう呼ばれていたのだろう。
「……やってくれましたね、キティ」
「ん〜? 何の事かな〜?」
恨みがましい声だったが、エヴァは意にも介していない。
「キティ?」
「私の名前にA・Kって入ってるだろう? Kがキティの略だ」
いつもの彼女ならばそう呼ばれれば怒っていただろう。しかし今は流せるぐらいの余裕が彼女にはあった。
「その程度の変装で名前だけ変えるなど、中途半端な事をしているからそうなるのだ」
「……この件については後で話しましょうか」
「断る! 麻帆良祭中は、そんな暇は無い!!」
「…………」
これは取り付く島も無いと判断したアルビレオは、小さくため息をついて舞台に向かって行った。
そんな二人をオロオロと見ていた木乃香が、エヴァに声を掛ける。
「あれ、ええんか? 何か言いたそうやったけど」
「どうせナギの話だろうが……奴はここ数年、図書館島から動いていないはずだ」
学園都市の警備に就いていたエヴァならば、彼ほどの実力者が結界を通れば察知する事ができる。
しかしネギがナギに会ったという夜から今日まで、彼が麻帆良学園都市から動いた形跡は無い。つまり、ナギに関する新たな情報はまず持っていないという事だ。
「あるとすれば仮契約(パクティオー)カードによる現在の生存情報だが……」
仮契約カードは、契約者が死亡するとカードも効能を失うため、ナギと仮契約しているアルビレオはカードを通してナギの生死を知る事ができるのだ。
しかし、これに関してもエヴァは「ほぼ生存」と確信していた。
理由はアルビレオの事を知っているであろう学園長が何も言ってこないからだ。
ナギが死ぬという事は、エヴァを縛る『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を解呪できなくなるという事だ。正確には「魔法使いの手では」だが。
もしそうなったら、学園長はハッキリとそうエヴァに告げるだろう。無論、ヤケにならないようフォローも添えて。それぐらいの筋は通す男だという事をエヴァは知っていた。
それが無いという事は、ナギはまだどこかで生きているという事である。
「まぁ、妙神山のヒャクメという選択肢ができた以上、私にとっての優先度は低い」
ちなみに「アルビレオと呼んでやれ」の件は、身を隠しているなら中途半端な事はするなという警告でもあった。
もし彼を狙う者がいれば、関係者がいる麻帆良を調べないはずがない。大勢の人が集まるため、それに紛れて侵入しやすくなるであろうこの時期は特に。
実際エヴァも見ただけで気付いたのだ。せめて魔法で姿を変えるぐらいはしろという話である。これでも彼女は旧知の知人を心配しているのだ。
「じゃあ、あの人に用があるんは、ネギ君の方なんやな」
「そうだな。もしかしたら面白いものが見られるかも知れんぞ……という訳で神楽坂明日菜、さっさとその腕を放してちゃんと試合を見ろ」
「え、やだ」
明日菜は膝の上にこそ座ってないものの、横島の腕を抱いて身体を寄り添わせていた。
これでもちゃんと試合は見られるのでこのままでいいというのが彼女の弁である。
枡席では火花が散っている一方で、舞台の上では静かな対峙が始まっていた。
ネギは隙無く杖を構えているが、その表情は緊張したままだ。
「あれは……おそらく控え室で奴の正体を知ったな」
「本名……は、もう知ってるよな。何をだ?」
「奴がナギの、ぼーやの父親の仲間だった事さ。まったく、その程度で驚いていては、奴があれを出したら腰を抜かすぞ」
「あれ?」
「見ていれば分かる」
そういうとエヴァは腕を組んでふんぞり返った。背もたれは横島の身体だ。
一方アルビレオは、フードを目深に被ったままだ。
これから戦うとは思えない静かな佇まいに実況の和美も戸惑っている。
「え〜っと、構えはいいの? 始めちゃうよ?
それでは第八試合! 我らが子供先生、ネギ・スプリングフィールド対謎のフード、クウネル・サンダース……Fight!!」
和美は律儀にクウネル・サンダースと呼んだ。
しかし、試合が始まっても二人は微動だにしない。
「あれ? おーい! 二人とも試合始まってるよー!」
和美が声を掛けるが、二人は舞台上で向かい合い小声で何やら話している。
「……ネギ君、『認識阻害』の魔法をお願いできますか?」
「え? あ、はい」
何か話があるのだろうと判断し、ネギは素直に魔法を掛ける。これで二人の会話の内容は外には漏れない。
「さて、先程も言いましたが私の名はアルビレオ・イマ。『千の呪文の男(サウザント・マスター)』ナギ・スプリングフィールドの仲間でした」
その言葉と共に彼の周囲に何冊もの本が出現して宙を舞う。
それは彼のア―ティファクト『イノチノシヘン(ハイ・ビュブロイ・ハイ・ビオグラフィカイ)』、その能力は特定人物の身体能力と外見的特徴の再現だ。
ただしこの能力は、自分より強い者は数分しか再現できず、自分より弱い者を再現する意味は少ないため、あまり有用とはいえない。
このアーティファクトの真価は、もうひとつの能力にある。
それは『半生の書』を作った時点での対象者の性格、記憶、感情全てを含めての全人格の完全再生だ。一時的にその人物になりきる。再現時はアルビレオの意志と関係なくその人物が動くため、一時とはいえ復活させると言い換えてもいいだろう。
説明を聞きながらネギの身体が震えていく。
聡明な彼は察したのだ。『千の呪文の男』と共に戦い抜いた男にとって、最大の武器となったのは誰の再現か。
そして今まで身を隠していたアルビレオが、どうしてこの武闘会に現れたのかを。
「……気付きましたか、聡い子ですね」
アルビレオは微笑み、宙を舞う無数の本の中から一冊を手に取ってネギに見せる。
「そう、これはいわば『動く遺言』です。十年前、我が友からある事を頼まれました。自分にもし何かあった時、まだ見ぬ息子に何か言葉を残したいと……」
「ま、まさか……」
「そう、『千の呪文の男』ナギ・スプリングフィールドです……ああ、このメモを」
「……えっ?」
不意に差し出されたメモ用紙に、ネギは目を白黒させる。
「今の状況を記したメモです。ナギが再現されたら渡してください。私が彼を再現できるのは十分。そして一度限り。一分一秒も無駄にしたくはないでしょう?」
「あ、はい!」
そう言われて納得したネギは、一旦構えを解いてメモを受け取った。
「では、始めましょうか」
そう言ってしおりを本に挟み光と共に引き抜くと、足元から溢れ出した光がアルビレオを包み込んだ。
その瞬間、ネギはハッとある事に気付き、アルビレオの姿が光に飲まれる前に声を張り上げる。
「あ、待ってください! 六年前! 六年前に助けてくれたのは! この杖をくれたのはアルビレオさんなんですか!?」
「……六年前、私は何もしていません」
そう言い残してアルビレオの姿は光の中に消える。
次の瞬間強烈な光が辺りを包む。それが収まる頃には舞台上にアルビレオの姿は無く、ネギをそのまま成長させたような、いや、それに少し野性味をプラスしたような青年の姿があった。
彼の周りにはいつの間にか無数の白い鳥が現れ、飛び去っていく。
和美を始めとする事情が分からぬ者達には、単にアルビレオがフードを脱いだように見えるだろう。もしかしたら彼が、あえてそう見える衣装を選んだのかも知れない。
男はゆっくりとネギの方に向き直る。
「よぉ、お前がネギか?」
そして何気ない様子で声を掛けると、ニッと白い歯を見せて笑った。
その様子を見守っていた横島は、エヴァの頭を撫でながらポツリと呟く。
「……で、あの鳥も再現したのか?」
「いや、アルビレオの演出だろ。あのローブの中に隠してたんじゃないか?」
「手品か」
アルビレオの「演出」に二人揃ってツっこみを入れていた。
つづく
あとがき
アルビレオがナギを再現した時、鳥が出てきたのは原作通りです。
あれは多分再現ではないでしょうから、アルビレオが演出のためにローブの中に隠していたと思われますw
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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