topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.17
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 3年A組の面々が新幹線に乗り込むのと時を同じくして、横島と豪徳寺の二人も密かに乗り込もうとしていた。
「豪徳寺、俺はA組の前の車両に乗り込むから、お前は後ろを頼む」
「なるほど、前後から不審者が入ってこないように見張るわけだな」
「そういう事。てか、お前と一緒にいると目立って仕方ないしな」
 そもそもこの二人、密かに京都入りしなければならないのは同じなのだが、その目的は別々だったりする。
 横島の目的は木乃香の護衛であり、豪徳寺の目的はネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として関西呪術協会に宛てられた関東魔法協会の親書を届けることだ。
 ネギと木乃香を別々に行動させる事で刺客の戦力の分散を狙うのも良い、いやそうするべきだと今の横島は考えている。言うまでもなく豪徳寺と離れるためである。
 変装した豪徳寺は現在進行形で周囲の視線を集めまくっているのだ。横島も目立っているが彼の比ではなかった。


 一方、横島と同じく木乃香の護衛に就いている桜咲刹那は、乗車して早々に不審者が乗り込んでいないか調べるために動き出していた。班を離れて行動する事になるのだが、同じ班のメンバーである楓が刹那の事情をある程度知っているためフォローしてくれているので、そちらについての心配はいらない。
 まずはと前の車両に移動すると、そこで見知らぬ男性から声を掛けられた。
「あれ、刹那ちゃん。何かあったのか?」
 急に話し掛けられて身構える刹那。男の顔をよく見てみるが知らない顔である。
 顎髭を生やした男、年の頃は三十路と少しと言ったところだろうか。スーツ姿で魔法先生の神多羅木に似ているような気もするが、目の前の男はサングラスをしておらず、髪形も彼と違ってラフなものだ。何よりその表情は冷静沈着を地で行く神多羅木と違って、やんちゃな雰囲気を醸し出していた。
 一見して普通の会社員、しかもC調気味のお調子者と言ったところだが、それならば刹那に話し掛けてくるはずがないだろう。学園長が木乃香のために個人的に雇っている護衛の者かと思ったが、彼女の知る顔ではない。刹那は何とか思い出そうとするが、どうしても思い出すことができなかった。
「わかんないか? 俺だよ、俺」
 そう言って男は自分の額を指で横一文字になぞる。
 怪訝そうな顔をしていた刹那だったが、その仕草から、ある男の特徴を思い出した。そう、彼のトレードマークとなっている額に横一文字に巻かれたバンダナをだ。
「ま、まさか…横島さんですか?」
「おう、当たりだ。言われなきゃわかんねぇだろ」
 そう言ってニッと笑う男。三十路を越えてはいるが、その笑顔はまさしく横島のものだった。
 実は、横島は今朝になって学園長から呼び出され、変装のための魔法道具(マジックアイテム)を借り受けていたのだ。その名は『赤いあめ玉、青いあめ玉、年齢詐称薬』。微妙に犯罪臭い名前だが、これでもれっきとした幻術系に属する魔法薬(マジックポーション)であり、裏の魔法使いのための通販サイト『まほネット』でも人気の品との事だ。
 最近は魔法使いもインターネットに手を出しているのか、そもそも学園長が何故この品を持っていたか等々、突っ込み所が山のようにあったが、それについてはあえて聞かないことにする。何よりそれは「変装用だ」とヒゲメガネを準備していた横島にとってこれ以上とない助けであった。
 薬を受け取った横島は、その後エヴァ達とともに駅まで辿り着くと、彼女達と別れて豪徳寺と合流。二人でその薬を飲み、変装どころか外見上の年齢まで変化させてしまったのだ。
「ず、随分と変わりましたね…」
「変わらないとバレるからな。アスナの誕生日で結構な人数と知りあっちまったし」
 横島の答えを聞いてそれもそうだと納得する刹那。
 一昨日のアスナの誕生パーティの時、刹那は休暇を言い渡されて木乃香の護衛はしていなかったが、代理で護衛していた者の提出した報告書には目を通していた。それによれば、そのパーティにはA組の生徒が十名以上参加していたそうだ。当然その時に横島は顔を知られているため、下手な変装では彼女達にあっさりと正体を見破られてしまうだろう。
 しかし、外見上の年齢を操作すると言うのは、魔法やオカルトに詳しい者でもなければ普通は思い付かない。今の横島を見て彼だと気付くことができる者はそうそういないだろう。
「でも、豪徳寺がなぁ…」
「どうかしたのですか? 同じ魔法薬を飲んだのでは?」

「あいつ、おっさんになってもリーゼントやめねぇんだよ」

 しかも、リーゼントも年を経て成長したのか、長さが約二倍程度まで伸び、しかも先が尖っていたそうだ。
 ちなみに、彼が変装用に用意した服は、背中に見事な虎の刺繍が施された黒の皮製ジャンパー、所謂「スカジャン」と呼ばれるものだった。しかも、サングラス付きで目立つことこの上ない。下はブランド物のジーンズで、『蛮カラ』と呼ばれている割には意外とオシャレに気を使う彼の性格が見て取れる。
 少々時代錯誤ではあるが、それが様になるのは彼の性格故だろうか。良くも悪くも周囲の視線を集めてしまうのも仕方がないだろう。
「………」
 その話を聞いて頭を真っ白にしながら、刹那は「見張りが居るなら後ろの車両は見にいかなくてもいいかなー」と現実逃避していた。変装中の豪徳寺を見る勇気が出なかったのだ。
 逃避しながらも護衛の事を考えているのは流石としか言いようがない。

「ま、何にせよあれだ。俺も木乃香ちゃんの護衛についてるから、刹那ちゃんも仕事仕事って言ってないで自分も修学旅行楽しんだ方がいいぞ」
「それは…分かってるつもりなのですが…」
 そう言って刹那は力無く微笑んだ。分かっているが止められない。性分、或いは何かしらの理由で義務感を自らに課していると言ったところだろうか。
 その笑みはどこか弱々しく、泣きじゃくる雛鳥を連想させた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.17


 刹那を空いている隣の席に座らせて詳しい話を聞いてみようとした横島だったが、その前に後方の車両がにわかに騒がしくなった。何事かと二人がそちらに移動しようと扉を開けた瞬間、目の前に一羽のツバメが飛び込んでくる。
 何故、新幹線の中にツバメがと、横島が疑問に思うよりも早く刹那が夕凪を構え、居合い斬りでそのツバメを一刀両断。すると、そのツバメはその姿を一枚の紙に変えてしまった。簡易式神だったのだ。
 ひらひらと落ちたところには鳥型に切られた和紙と一通の封筒、見覚えのある封蝋の刻印は麻帆良学園のものだ。これはネギが預かったと言う学園長の親書なのだろうとあたりを付けて横島はそれを拾う。
「関西呪術協会の仕業、でしょうね」
「騒ぎを起こして、その隙に親書を奪うか…」
「元より西と東は仲が悪いので、親書がなければある程度の事は私闘として処理されてしまいますからね」
 つまり、西の誰かが東の者に危害を加えても、余程の大事にならない限り西は目を瞑ると言う事だ。
「…木乃香ちゃんを誘拐するのは『ある程度』なのか?」
「……………西からすればそうでしょうね。お嬢様を東に奪われたと考えている者もいますから」
「就学の自由はどこ行った? ますます、そういう連中に木乃香ちゃんを渡すわけにはいかんなぁ」
 そう言って決意を新たにする横島。
 彼にとって木乃香は煩悩の湧かないタイプではあるが、それでも可愛いものは可愛いのだ。
 言うなれば、見ているだけで心が和む癒し系タイプ。そんな彼女を誘拐しようなど以ての外だ。美女と美少女の敵は横島の敵である。

「ところで、これネギのだよな?」
「ええ、その封蝋は学園長の物に間違いありません。騒ぎに乗じて奪われたのでしょう」
「しょうがねぇな…」
 京都行きに浮かれていると言う話は聞いていたので、その気持ちも分かると苦笑する横島。
 刹那からネギに返してもらおうかと考えていると、後方車両の扉が開き息を切らせたネギが現れた。
「あっ、桜咲さん!?」
「え、どこ?」
 続けて入ってきたのはアスナと古菲。親書を奪われたネギが慌てて駆け出したのを見て、彼女達も追ってきたのだろう。
 ネギ達の目の前に立っているのは、当然刹那と横島の二人だ。彼等は刹那の姿を確認すると、次に封筒を手にした横島の方に視線を向ける。
 その視線に気付いた横島は、本人が取りに来たならば直接返せばいいだろうとネギに封筒を手渡した。
「これは、君のかい?」
「あ、はい!」
「坊や、気をつけなさい。特に、京都についてからは…ね」
「えっ…?」
 ただし、正体はばれないように普段とは口調を変えている。
 隣の刹那は思わず噴出しそうになるも何とか堪え、そのままネギ達に背を向けて立ち去ろうとしたので、横島も軽く会釈をしてからその後を追って前の車両へと戻っていった。

「…自分の車両に戻らなくていいのか? 学校行事中に抜け出すのは拙いだろ」
 扉を閉めた横島は、席に座って顔を伏せている刹那に聞いてみるが、どうやら笑うまいと必死になっているようで、先程とは別の意味で涙を堪えていた。
 こちらに来たのは、笑いに堪えた上での勢いらしい。
「よ、横島さんのせいですよ。何ですか、あのエセ紳士みたいな口調は」
「エ、エセ…そんな似合ってなかったか!?」
「申し訳ありませんけど、あまり」
「ガーン!」

 一方、残されたネギ達はと言うと、突然現れた謎の二人組。しかも、そのうち一人はクラスメイトと言う事態に驚きを隠せないでいた。
「見ろよ、兄貴! これ、さっきのツバメの式神を作ってた紙だぜ!」
「ええっ!? それじゃ、やっぱりさっきの二人が…?」
「ま、まさか、刹那が西のスパイアルかっ!?」
 驚きを隠せない面々。
 特に古菲は武の道を志す者同士、親友とまではいかなくとも、それなりに面識があっただけにショックは大きい。
「或いは、さっきの男に騙されて利用されているか…」
 それよりもカモは刹那と一緒にいた男の方が気に掛かっていた。
 式神を扱えると言うことは、関西呪術協会の陰陽師に間違いあるまい。刹那はいつも木刀らしきものを所持していることから察するにおそらく剣士だ。だとすれば、あの男こそが関西呪術協会の刺客ではないだろうか。陰陽師と剣士のコンビとなると、かなり手強い相手だ。
「で、でも、あのおじさんはいい人っぽかったよ?」
「兄貴は甘過ぎるぜ! あの結婚詐欺師みたいな態度見ただろ? ああいう飄々としたヤツの方が、戦場ではジョーカーになるもんさっ!! アスナの姐さんもそう思うだろ?」
「………」
「…姐さん?」
 カモはアスナに同意を求めようとするが、彼女は無言のまま返事をしなかった。
 不審に思った古菲が彼女の前に回り込んで目の前で手を振ってみせるが、全く反応を示さない。
 それを見ていたネギは、ハッと驚いた顔をしてこう叫んだ。
「ま、まさか! さっきの一瞬でアスナさんに何か術を掛けたんじゃ!?」
「何だってーーーっ!?」
 カモが大慌てでアスナの肩に登り、その頬をぺちぺちと叩けば、古菲も負けじと彼女の肩を掴んでガクガクと揺さぶってみる。しかし、脱力しているのか、アスナは糸の切れた人形のようだ。
 しばらくされるがままになっていたアスナは、熱にうかされたかのような口調でこうのたもうた。

「結構シブくて好みかも…」

「………」
「呪いか?」
「いや、いつものビョーキアル」
 どうやら、アスナのストライクゾーンを直撃していたらしい。
 その後もアスナは『向こう側』から帰ってくることができずに「いやっ、私には横島さん! …じゃなくて、高畑先生がっ! いやいや、横島さんも…いやいやいや!」となにやら葛藤しだしたので、ネギ達は仕方なくアスナをそのまま放置して席に戻ることにした。彼女の事も気に掛かるが、ネギにはA組の担任としての仕事があるのだ。
 結局アスナは戻ってこず、京都までそのままの状態だったらしい。


 そして、前の車両では横島も動き出そうとしていた。
「刹那ちゃん、ここ頼めるかい?」
「え? あ、はい」
「例のツバメ、親書を奪っていたとすれば、前の方にそれを回収するヤツがいるって事だ。ちょっと見てくる」
「あ…」
 そう言われて刹那も気付いた。これは関西呪術協会の刺客の正体を探るチャンスだ。あちらが元々西の人間であった刹那の事を知っているのに対して、こちらは相手が何者なのかすら知らない。
 ここで相手の正体を知る事ができれば「正体不明の敵から成す術もなく一方的に狙われる」と言う今の状況を打破する事ができるだろう。場合によっては、関西呪術協会にその情報を流して彼等を動かす事だってできるのだ。
「それなら私も…!」
「いや、ここの見張りがいなくなるのは拙い。それに、麻帆良女子中の制服だと目立つからな」
 刹那は自分も行こうとするが、横島はそれを正論で制する。
 制服姿の彼女は、端の席で座っている分にはさほど目立たないだろうが、術者を探して車内を歩き回るとなると話は別だ。
 ここは一見どこにでもいそうに見えなくもないスーツ姿の横島が動く方が良いだろう。
 刹那は納得したのかおとなしくなったため、横島は一人術者を探して前の車両へと向かっていく。
「…まさか、分かりやすく陰陽師の格好してるわけはないだろうし、どうやって探したもんだか」
 しかし、彼の視界に入ってくるのは一般客ばかり。この中に先程のツバメ型簡易式神の術者がいるのだろうが、横島にそれを探し出す術はなかった。
 横島自身が敵に正体を知られていない身のため、相手側が油断して何かしらのミスをしてくれるのを期待していたのだが、敵もそこまで間抜けではないらしい。
 ここで乗客一人一人の顔をまじまじと覗き込むような真似をすれば怪し過ぎることこの上ない。もし、その中に敵が潜んでいれば自分が怪しいと吹聴して回っているようなものだ。
 どうするべきかと考えた横島は、一旦先頭車両まで行き、怪しい者が見つからなければこの場は諦めることにした。敵を見つける可能性と、敵に見つかる可能性を比較した結果、後者の方が高いと判断したのだ。
「仕方ねえな、敵の正体を探るのは次の機会を…」
 「待とう」と言おうとしたところで、横島がその動きを止めた。
 彼の視線の先にいるのは一人の売り子。すらっとした長身で女性らしいボディラインをしている。
 年の頃は横島より少し上と言ったところだろうか。木乃香ほど艶やかではないが、長い黒髪の和風美女だ。
 眼鏡を掛け、レンズの向こうに見える目はツリ目気味で気の強そうな性格が見て取れる。
「売り子のおっねーさーん! 貴女をテイクアウトプリーズっ!!」
「な、何やねん、あんたはっ!?」
 横島が思わず色めきだってしまうのも無理はないだろう。
 いきなり押していたカートを止められ、手を掴まれてしまった売り子の女性は驚きの声を上げた。

 彼女の名は天ヶ崎千草。
 新幹線の車内で弁当を売る売り子…ではなく、その正体は関西呪術協会の陰陽師である。
 そう、彼女こそがツバメ型簡易式神の術者なのだ。
 客ではなく乗務員として乗り込んでいるのは、その正体を隠すため。護衛も客は疑っても乗務員を疑わないだろうと言う彼女なりの計算だ。現に横島も客の中に術者がいると考えていた。
 簡易式神が斬られた事には気付いていた。千草も横島と同じように、親書の奪還は失敗したが次の機会を待てばよいと考えていたので、今は京都までただの売り子の振りをしようとしていたのだが、まさかこんな悪質なナンパに捕まってしまうとは、想定外の更に外である。
「ボク横島! おねーさんはなんてーの?」
「は、はぁ、千草と申します」
「その言葉遣い…おねーさん、京女ですな?」
「!? え、ええ、まぁ」
「奇遇ですね〜、俺もこれから京都に行くんですよ。よければおねーさんと一緒に京都の街を歩きたいなー!」
「…あの、仕事がありますので」
 自身あまり気にしていなかったのだが、言葉のイントネーションから京都の人間と見抜かれて、一瞬表情を引き攣らせる千草。しかし、横島の方はそれを足掛かりにナンパしてくるだけで、彼女の正体を探ろうという素振りは見えない。
 流石にこの阿呆面の三十路男が木乃香の護衛と言うことはあるまいと考えた千草は、適当にあしらってその場を逃れようとするが、横島はしつこく食い下がってくる。
「おねーさん美人やなぁ。色も白いし、着物とか似合いそうや〜」
「あ、ありがとうございます」
 陰陽師である彼女にとって着物は制服のようなものだ。それを見抜かれてしまったのかと千草は冷や汗を垂らすが、横島の方にその様子はない。彼は本当にナンパしているだけだ。
 何より、横島は先程から関西弁を使用している。これが千草にとっての決め手となった。彼は関西人であり、東の人間ではないと判断したのだ。
 そう判断すると、ナンパも自分の美貌故かと少し優越感を感じてしまったりもする。
 明らかに自分より年上の男に「おねーさん」呼ばわりされるのは考えてしまうが、これは横島に他意はない。千草が見ている変装時の横島の年齢と、実際のそれとの差の問題だ。

 とは言え、ここでナンパ男と戯れている暇はない。
 彼女の目的は親書を奪い関東魔法協会と関西呪術協会が和睦するのを防ぐこと。それと東に奪われた木乃香お嬢様を西に取り戻すことだ。
 目的を達成するために仲間も集めた。彼女は最早後戻りできないところまで来ている。元より後戻りするつもりもない。
「それなら京都名物の『ぶぶ漬け弁当』はいかがどすか?」
「買います、買います! おねーさんのオススメなら喜んでー!!」
「セットでお得になっとりますえ」
「おまけでおねーさんはついて来ないんスか?」
「ええから、それ食ってはよ帰りなはれ」
 このような調子で千草は横島を適当にあしらって行ってしまった。結局、最後まで互いの正体には気付かなかったようだ。
 あとに残されたのは、十数個の『ぶぶ漬け弁当』を手にしつつも嬉しそうな顔をしている横島。席に戻ると、刹那がそれを見て目を丸くしたのは言うまでもない。

 そしてこれ以降、一行が京都に到着するまで騒ぎが起きることはなかった。
 千草が横島によってかなりの時間足止めされたと言うのもあるが、その後も彼のしつこさに辟易した彼女は下手に目立つ事を避けたのだ。横島のお手柄と言えるだろう。
「ぐふふ、千草さんか。京都でも会えんかなー」
「…横島さん、よだれが垂れてますよ」
 もっとも、本人にその自覚は全くなかったが。
 刹那はそれからしばらく横島の隣の席に留まっていたが、やはり木乃香の事が気になるのかA組の車両へと戻っていった。
 その後は何事もなくネギ達は無事京都へと到着。彼等の修学旅行はここからが本番である。


 一方、京都で新幹線を降りた千草は、密かに仲間達と合流していた。
 そこに居たのは白を基調とした可愛らしいフリル付のドレスを身に纏い、とろんとした瞳に眼鏡を掛けた少女。その姿はまるで春の日差しの中ベンチで恋愛小説を読む文学少女と言ったところだろうか。
「千草はん、首尾はどないでした?」
「あかんあかん。式神を真っ二つに斬られてもうたわ」
「あらまぁ…」
 千草が失敗したと言うのに嬉しそうに顔をほころばせる小柄な少女。
 この二人仲が悪い…のではなく、千草の言葉が彼女の予測を裏付けるものだったためだ。
 少女の名は『月詠』、当然本名ではなく裏の世界を生きる者としての通り名だ。
 その可愛らしい外見とは裏腹に、彼女は検非違使の流れを組む裏の武装集団『神鳴流』の剣士。しかも、その中でも珍しい小太刀二刀流の使い手である。

 『神鳴流』は元が検非違使だけあってかつては表の『陰陽寮』と懇意であったが、今は裏の組織として『関西呪術協会』との繋がりが深い。
 『関西呪術協会』の陰陽師が戦いに赴く時は『神鳴流』の剣士が金で雇われて前衛となるのが通例であり、千草は今回の一件に際してこの『月詠』と言う少女を雇ったのだ。
 ただし、これは正規のルートで雇用契約を結んだわけではない。
 千草がやろうとしていることは木乃香の父である『関西呪術協会』の長、近衛詠春の意に反するものだ。
 『関西呪術協会』も一枚岩ではなく、心の中では木乃香が東の祖父の元に預けられていることを面白くないと感じている者も多い。しかし、表立って詠春に反逆する者などおらず、建前における彼等のスタンスは「木乃香に対しては手出し無用」、「東の使者とも、きちんと会って話をする」と言う事になっている。本音では色々と異論もあるだろうが、表立ってそれを口にする者はいない。…一人の陰陽師、千草を除いて。
 いかに裏の武装集団と言えども踏み越えてはならないルールと言うものがある。表立って『関西呪術協会』の方針に逆らおうとする千草に『神鳴流』が力を貸すわけがなかった。
 それにも関わらず月詠が千草に付いているのは、ひとえに彼女の個人的な目的故である。

「飛ぶ式神を真っ二つ…やっぱり、あのお人が?」
「間違いない。木乃香お嬢様の護衛には、西を裏切ったひよっこがついとる」
「はふぅ、とうとう神鳴流同士で戦える日が来ると思うと、ウチ…」
 そう言って上気したように頬を赤く染め、悩ましげな溜め息を漏らす月詠。
 まるで恋する乙女のような表情だが、その瞳だけはどこか常軌を逸していた。
「神鳴流と戦いとうてウチの味方するか。頼もしいやっちゃ」
 対して剣呑な笑みを浮かべるのは千草。
 神鳴流との戦い、月詠の目的はまさにそこにある。
 彼女はより強い敵との戦い、正確には「より濃く迫る死の気配」に取り憑かれた、所謂戦闘狂(バトルマニア)だ。
 人より強靭な身体を持つ人外の者達を狩る為に、破壊力を優先して大振りの野太刀を用いるのが常である神鳴流において、小太刀の二刀流で戦うのも死をより近くに感じるため。それでも満足できなくなった彼女が次に求めたのは、最強と謳われる戦闘集団、すなわち同朋である神鳴流との戦いであった。

「ところで、ガキンチョ二人はどないした?」
「はぁ、黒い子犬のぼーやは出番が来るまで遊ぶ言うて『げーせん』に行きましたえ。白いぼーやは…どこ行きはったんやろなぁ?」
「まぁた姿眩ませおったか!」
 千草は月詠以外にも、更に二人の手駒を用意していたのだが、その二人は彼女を出迎えもせずにどこかに行ってしまったらしい。
 憤慨した様子で懐から携帯電話を取り出した千草は力任せにボタンを押そうとして、ふとその動きを止めた。
「…月詠、あの二人の電話番号分かるか?」
 基本的に連絡は式神を用い、打ち合わせ等は盗聴を恐れて霊的にガードされた場所で直接会って行っていたため、二人の電話番号が分からなかったのだ。
「さぁ〜?」
 当然、月詠も二人の電話番号を知らなかった。彼等は元々千草が打ち合わせの場所に直接連れてきた者達であり、彼女にとって特に興味の湧く存在ではなかったのだ。そのため月詠は二人の名前すら覚えていないのが現状である。
 可愛らしく首を傾げる彼女の仕草を見て、千草は自分の中で何かが切れる音を聞いた。

「あのアホンダラ共が! 午後一時に京都駅に集合って言うたやろがッ!?」
「千草はん〜、あんまり怒るとシワが増えますえ〜」
「ウチはそこまで年くってない! その証拠に、新幹線でもウチをナンパするダンディなおっさんが…ハッ!」

「………千草はん、新幹線で何しとったん?」
 月詠の冷めた視線がやけに痛いが、ここで怯むわけにはいかない、女として。
 確かに彼女は月詠や麻帆良の女子中学生に比べて、良く言えば大人、悪く言えば年増である。
 だからと言って年寄り扱いされるいわれは無い。これでも美容には気を掛けており、肌の張り艶には自信を持っているのだ。
 月詠にそれを言えば「まだ若いから、気に掛ける必要もない」と強烈なカウンター攻撃を食らってしまうだろうが、その時は「十年後に後悔するがいい!」と呪う気満々であった。

 陰陽師、天ヶ崎千草。
 微妙なお年頃の彼女に対して、年齢に関する事は禁句である。

 閑話休題。

「と、とりあえず式神飛ばして探そか。間に合わんかったら、今夜は二人で行くで」
「はい〜、その方がウチも刹那センパイと思いっ切り戦えます〜」
 何とかその場を取り繕った千草は、再びツバメ型の簡易式神を作成し空へと放った。
 彼女の予定としては、これから麻帆良の修学旅行生が向かう清水寺で生徒達に酒を仕込み、親書を持った魔法先生が木乃香だけに構っていられなくなったところで夜襲を決行する手筈になっている。
 本来ならば総力戦を仕掛ける予定であったが、残り二人が今晩までに間に合うかは微妙なところだ。

「…ま、護衛がいたとしても魔法使いのガキンチョと件の裏切り者だけ。ウチらだけでも十分やな」
 横島達が千草達の正体を掴めないように、彼女達もまた学園長が揃えた護衛については一切気付いていなかった。
 ましてや、そのナンパをしてきた「ダンディなおっさん」こそが、木乃香の護衛のリーダーであるなどとは想像すらしていなかったのだ。



「うぅ、何か寒気がするなぁ…」
「風邪か? 横島」
 そして横島も、まさか新幹線でナンパした売り子が今回の一件の首謀者であるとは全く気付いていなかった。
 そんな彼は、京都駅で豪徳寺と合流。ただの観光客の振りをしてネギ達の後を追うべく、タクシーで清水寺へと向かった。当然タクシー代は必要経費である。
「ところで、俺達はいつまでこの格好でいなきゃならんのだ?」
「とりあえず、旅館に着くまで我慢しろ。俺だって髭が鬱陶しいんだ」
 そう言って顎を掻く横島。慣れない髭に違和感を感じているようだ。
「それに…何だ、その大荷物は」
 豪徳寺の視線の先には横島の旅行バック。彼自身も四泊分の着替えを詰めたバックを持っているので手ぶらと言うわけではないのだが、横島のそれは明らかに豪徳寺の倍近い量があった。
「いや、例の薬もらったから結局使わなかった変装セットがな」
「なんだ、そのスーツじゃなかったのか、変装は」
「俺、仕事中は大抵これだし」
「…よくバレなかったな」
「ネギ達は気付かなかったぞ。有り触れたスーツだしな」
「なるほど」
 豪徳寺は納得した。
 見た目の年齢が違っているため、同じスーツを着ていても同一人物とは感じなかったという事だろう。
 ちなみに、横島の旅行バックには彼が最初に用意していた変装道具、ヒゲメガネをはじめとした様々な物が入っているのだが、豪徳寺は知る由もなかった。

「確認しとくが、俺達は極力アスナや古菲、それにエヴァも巻き込まない方向で行くぞ」
「分かっている。こちらはネギ君次第だが、せっかくの修学旅行だ。あの子達には楽しんで欲しいからな」
 力強く頷く男二人。
 彼等はまだ、今回の一件を甘く見ていた。
 その事に気付くのは、もう少し先の話である。



つづく



あとがき
 一つ気になったのですが、

 天ヶ崎千草って何歳でしょうか?

 流石に十代ではないと思うのですが、どうにも設定が見つかりません。
 一応、二十代半ばのつもりではありますが、作中では具体的な年齢は出さずに進めていこうと思います。


 ちなみに『ぶぶ漬け弁当』についてですが、これは実在するそうです。
 京都ではぶぶ漬け(お茶漬け)を出されたら「早く帰れ」って意味なのですが…それって観光客に出していいの?

 興味のある方は検索してみてください。
 すぐに出てくると思いますので。
 

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