麻帆良の森の中にこじんまりと建っているエヴァの家。いつもは静かな森が、今日は朝から賑やかだった。いや、横島達が来てからの事を考えると今日「も」というべきか。
3−Aの生徒達を中心に少女、少女、女性。なんとも華やかであり、賑やかでもある。
「……あんた、ホントに横島君?」
「いきなり何スか」
その状況に耐えられる彼を、令子がいまだに信じられないのも無理のない話である。
それはともかく、これから一行は三つのグループに分かれて行動を開始する。
「では、私達はネギ先生のところに」
まずはあやか、桜子、美砂、円の一般人の面々。
安全のためにと昨夜はレーベンスシュルト城に泊まり、今朝は野良探しに協力してくれていたが、それも終わったのでこれからネギパーティと合流するそうだ。戦う事はできなくても裏方で協力するつもりらしい。
ちなみにのどか、パル、まき絵、亜子、和美、楓のネギパーティの面々は、早朝の内にネギ達と合流している。
次に狙われる可能性がある木乃香と、その護衛の刹那、それに夏美、風香、史伽の横島パーティ予備軍、そしてアキラ、裕奈、千鶴のまだ戦いに出るのはまだ厳しい組は、エヴァ、茶々丸の二人と行動を共にする事になっている。
おキヌも、ひのめを連れてここに合流する事になっている。
「ちょっと待て、私はそこじゃないのか!?」
「いや、千雨ちゃんいないと調査が……」
「諦めるです」
調査用のアーティファクトが使える千雨と夕映は横島パーティ・調査担当として参加だ。さり気にさよもこの組に入っている。
アスナをはじめとする古菲、愛衣、アーニャ、コレットの横島と仮契約(パクティオー)を結んでいる者達。
高音、刀子、シャークティ、ココネ、美空の関東魔法協会関係者。
アーニャはローブ、刀子はスーツ、シャークティ、ココネ、美空はシスター服、それ以外の面々は学校の制服姿だ。コレットのアリアドネーの制服姿ならば、うさ耳を付けたどこかの学生にしか見えない。
「……あんた、家政婦じゃなかったのね」
「いや、普段からこの格好はせんよ、流石に」
例の胸元が開いた着物に着替えて気合十分の千草は、横島除霊事務所の新しいメンバーだ。もちろん被保護者の月詠も一緒である。彼女はいつも通りのロリータファッションだ。
これに令子とシロを加えたメンバーが加わる。シロはいつも通りのTシャツとジーンズという出で立ちで、令子は他所行きの装いながらも動きやすさを優先している。この辺りは仕事柄現場でも依頼人と相対する事が多い令子ならではだろう。
更にザジも加えた総勢19名の大所帯で鈴音の隠れ家に向かう事になる。
道案内するザジが『ナイトメアサーカス』で使う衣装に身を包んでいるため、道化師に率いられる集団の姿は、周りからはさぞ異様な光景に映る事だろう。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.170
鈴音の隠れ家は、世界樹を挟んでエヴァの家とは反対側にあるそうだ。
世界樹前広場を通り抜けていく事になるのだが、そうすると否が応でも昨日より輝きを増した世界樹が目に入る。
「あの木、どうなってんの?」
「あれ、ホンマの名前は『神木・蟠桃』て言うてな、年に一度力が高まってああなるらしいわ」
「ああ、麻帆良祭ってそれに合わせてるのね」
令子の質問に答えるのは千草。女教師組ほどお堅くない大人の女性組である。GSに陰陽師と立場が近い事もあって二人は親しくなっていた。
それぞれひのめと月詠を保護する者という共通点があるのも影響していると思われる。
「あの木の近くで願いを言うと叶うらしいで。特に色恋関係は呪い級の効果やから」
「なんと!? せんせぇーーーっ!!」
「やめんかっ!!」
「きゃいん!?」
令子の隣で話を聞いていたシロが先走ろうとするが、すかさず令子が止めた。
「……あ〜、魔法使いがこっそり止めとるらしいから、やろうとしても無駄やね」
「それでできるなら、アスナがとうにやってるアル」
「それを早く言って欲しいでござるよ……」
シロは、古菲と親しげだ。性格的に相性が良いのだろう。
「まったく、こういう時に願う事って言ったらひとつでしょ」
「金が欲しいとか、即物的な願いは叶わないらしいっすよ、美神さん」
「…………」
横島に先手を打たれた令子は、その先を続ける事ができなかった。
「ほらほら、早く行きましょうよ横島さん」
ここですかさず横島の手を取り、腕を組むアスナ。もう片方の手はアーニャとつなぐ。こういうのは早い者勝ちだ。現に彼の頭は既にさよに占拠されていた。
談笑しながらしばらく歩く一行。麻帆良祭最終日だけあって、どこもかしこも人が多い。一行は人波を避けながら進み、鈴音の隠れ家に到着する。
エヴァの家と同じように緑に囲まれた一軒家だ。エヴァの家と比べるとこじんまりしているように見える。
「それじゃ……」
ザジは『ナイトメアサーカス』の最終公演があるというので、ここで離脱となった。
麻帆良学園主催の最終イベントは夕方から、それまでにもう一回公演するそうだ。
「プロ顔負けね〜……」
軽業で木から木へと飛び移りながら去っていくザジの背中を見送りながら令子は呟いた。アスナ達にしてみればザジが身軽なのはいつもの事なのだが、これが普通の感覚である。
「あれくらい拙者にもできるでござるよ」
「普通はできないのよ」
なお、シロの感覚もズレていた。
もしかしたら令子は、このメンバーの中で屈指の常識人なのかもしれない。
閑話休題。
隠れ家の扉は当然鍵が掛かっていたが、令子が窓の方を鮮やかな手口で開けてしまった。
「い、いいのかな〜?」
「娘が何かやらかしてないか調べるためだし」
泥棒のようなやり方にアスナ達はおののくが、令子はどこ吹く風だ。
ここで横島が声を掛ける。
「あの、俺が文珠で鍵を開ければ良かったんじゃ?」
「…………」
「…………」
「ま、まぁ、後でどれだけ必要になるか分かんないし、節約できる所は節約しないとね!」
そういう事になった。
「いや、トラップ無いかどうか調べてから開けろよッ!!」
が、千雨はたまらずツっこんだ。
一般人の家庭ではなく鈴音の隠れ家なのだから当然である。それが当然という環境が普通かどうかは置いておこう。
「トラップ……みたいなものは無いな」
こういう時は千雨の出番だ。建物に入る前にアーティファクト『Grimoire Book』を出して調査する。
手慣れた様子を見て、令子は意外と修羅場をくぐっているのかと考えるが、それが大きな誤解である。千雨が上手く対処できているのは、単にゲーム等から得た知識のおかげだ。令子はその辺りが苦手分野なので理解できないだろうが。
調査の結果、幸い窓にトラップやセンサーの類は無い事が判明。中の部屋の安全も確認できたためまずは横島とその頭の上のさよが入り、次に彼に手を貸してもらって千雨が入った。もちろん二人とも靴は脱いで外に預けている。
中に入った二人は、まずは玄関までの安全を確認。鍵を開けて皆を中に入れた。
更に建物全体を調べてみるが、やはり罠は無かった。
「空振りかしら?」
「超一味じゃないザジさんも入れてるんだし、隠れ家としてもダミーなのかも」
「何者でござるか、鈴音殿は」
「そう言われても鈴は鈴としか言えないアル」
「言い方を変えるとしたらアレだな、『美神さんの娘』だ!」
「なるほどっ!」
納得させた横島と、納得したシロ。その二人の背後で握り拳を作る令子を、千草と愛衣が宥めていた。
それはともかく、千雨が一通り調査したところによると、この家は屋根裏部屋がある一階建てで、キッチンが大きい。おそらく『超包子』のメンバーで集まるための場所だろう。
小さいながらもセンスが良い内装で、少女達にこんなところに住んでみたいと思わせる家だ。
しかし、『Grimoire Book』は見逃さなかった。それがあくまで表向きの顔で、ここには隠された地下室が存在している事を。
「そんなものがありますの? それらしい気配は感じませんけど……」
「魔法とかオカルトの類は一切使ってねえな。ジャンルはSFの隠し扉だ」
そう言って千雨が指差したのは、リビングにあるコルクボードが掛けられた壁。コルクボードには料理の写真やレシピのメモらしきものがいくつも貼り付けられている。すぐ隣がキッチンなので、おそらくここで新メニューの開発などを行っていたのだろう。
学祭長者と呼ばれる彼女達の努力の跡だが、この壁に隠し扉がある。
操作盤の類は一切無く、外からは全く分からないようになっている。おそらくリモコンのようなものが無ければ開けられないようになっているのだろう。科学力のみで作られた、魔法使い達には極めて有効な隠蔽である。
しかし、千雨には効かない。『Grimoire Book』でハッキングを仕掛けて調査し、すぐに隠し扉を開いてしまう。
「便利ね〜、それ」
横から覗き込んでいた令子も、思わず声を上げる手際の良さだった。
ちなみに令子は、それがアーティファクトというものだという事は聞いているが、手に入れる方法については知らない。ましてやそれが横島と千雨がキスをして生まれたものだという事は知るよしもない。もし知っていれば、もう少し別の反応を見せていただろう。
隠し扉の向こうは地下への階段になっていた。
もちろん調査せなばならないが、その間に鈴音達が戻ってきても困るという事で、刀子、シャークティ、ココネ、美空、千草、月詠の六人は地上に残る。
横島達は地下を探索する事になるのだが、千雨がもしやと調べてみたところ、入ってすぐのところからトラップが仕掛けられていた。
ここからが本番かと、千雨と横島を先頭に解除しながら慎重に進んでいく。もちろん横島の役割は、いざという時に体を張って千雨を守る事である。
「なるほど、上にトラップが無かったのは、ここには何も無いと思わせるためですね」
「ユエ、どういう事?」
階段を下りながら夕映が呟くと、コレットが首を傾げながら問い返した。
「地上部分は、普通に『超包子』で使っているようになっていました。まぁ、実際に使っていたのかもしれませんが」
「確かに隠し扉に気付かなかったら、普通に『超包子』用だと思いますよね」
そう答えたのは愛衣。もし彼女が魔法生徒としてここを調査していれば、隠し扉には気付かずにそう判断していただろう。
ここが何かと問い詰めても、『超包子』の新商品開発室とか言って押し通されていたのではないだろうか。
「トラップがあったら、そうはならないと思うです」
「……なるほど」
つまり、トラップが無い事がトラップだったという訳だ。
そのやり口に舌を巻いた面々の視線が令子に集まる。
しかし令子は、今回は慌てず騒がず反撃した。
「いや、そういうやり口って、どっちかというと横島君の方じゃない?」
なんでもかんでも母親だけのせいにされても困ると。
しかし、横島もすかさず反撃する。
「こういう幻惑させるのって、どっちかというとルシオラ本人じゃないっスか?」
だからといって父親に押し付けられても困ると。
鈴音は横島と令子の娘であると同時に、ルシオラの生まれ変わりなのだ。いうなれば三人のハイブリッドである。
その事実に気付いた面々は、改めて横島鈴音という少女の厄介さを思い知るのだった。
その後は無言でいくつもあるトラップを解除しながら下りていった面々だったが、地下室にたどり着いたところで思わず感嘆の声をあげる事になる。
「これは凄いわね……」
そこに広がっていたのは、SF映画のセットのような白い壁の地下室。いや、『Grimoire Book』で調べたところによると、上の家よりも広いようだ。
「これ見ると、鈴音さんが未来から来たって信じられるわね……」
呆然と部屋を見回すアスナの呟きに、一同はうんうんと頷いた。
「って、お前ら下手に動くなよ! 私が調べてからだからな!」
ふらふらと思わず壁などを触ろうとしていた面々を、千雨が声を張り上げて止める。
ここからの千雨の独壇場であり、『Grimoire Book』を手に調査を進めた結果、一行はトラップに引っかかる事なく壁の大きなモニターがある部屋にたどり着いた。
更にハッキングをして情報を引き出そうとする千雨。
次々とモニターに情報が出てくるが、それが何であるかを理解できる者がいない。
「ここは土偶羅さんの出番ですね。『出よ(アデアット)!』」
一歩前に出た夕映がアーティファクト土偶羅魔具羅を呼び出す。令子が驚きの声を上げたが追及できる雰囲気ではなく、夕映から簡単に説明を受けた土偶羅は、手近な椅子に座ってモニター上のデータを解析し始めた。
「ふむ……これは……おい、それを貸せ」
「えっ……あ、ああ」
更には千雨から『Grimoire Book』を受け取り、自分で操作し始める。
皆が固唾を呑んで見守るなか、土偶羅がキー操作する小さな音だけが響く。
「ムッ……これか!」
やがて土偶羅は一つのファイルにたどり着き、ッターン!とキー操作してそのデータを壁のモニターに表示した。
「なっ!?」
「こ、これは……!?」
思わず声を上げた横島と令子。他に理解できたのは夕映とコレットだけのようで、二人は「横島さん、これって……」と不安気に彼の袖を掴んでいる。
モニターに表示されていたのは、ある計画書。一瞬で内容を判別する事はできなかったが、彼女達は冒頭のタイトルだけで十分だった。
そこにはこう書かれていた。『神木・蟠桃、コスモプロセッサ化計画』と……。
つづく
あとがき
超鈴音に関する各種設定。
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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