topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.19
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「おーい、アスナ!」
 鳴滝姉妹の二人が連れ去られた後の窓際でアスナが途方に暮れていると、下の方から何やら彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
 そちらの方に視線を向けてみると、階下に居たのは自転車に跨った横島。変装は既に解いており、普段通りの彼の姿がそこにある。
 その姿を見てようやく安心できたのか、ほっと胸を撫で下ろすアスナ。京都に横島が居る事に驚いている木乃香の手を取り、二人は小走りで横島の元に向かった。

「横島さーん!」
「おっ、木乃香ちゃんは無…」
「それが、風香と史伽が攫われちゃったんですっ!!」
「…誰それ?」
 横島に駆け寄ったアスナは、彼の胸倉を掴んで木乃香の代わりに間違えて鳴滝風香、史伽の姉妹が攫われた事を告げたが、彼はその双子の姉妹の事を知らなかった。
「同じ班のクラスメイトや、ウチがトイレから戻ってきたらおらへんのよ」
「何でまた…いや、何にせよ放ってはおけないな。早く追い掛けないと」
「私も行きます!」
「アスナは木乃香ちゃんに付いててもらわないと…いや、待てよ」
 そこでふと横島は考えた。今の自分達がどういう風に分散しているかについてだ。
 刹那は当然鳴滝姉妹を攫った敵を追っているだろう、木乃香が攫われたと思い込んだままで。
 そしてネギも同じ敵を追っているはずだ。豪徳寺も姿を見せないところから察するに、無事着地に成功してネギの後を追っているのだろう。
 そして、木乃香の元には現在アスナと横島がいる。
 風香と史伽の事も心配だし、ネギと豪徳寺のどちらにも正体を知られていない刹那の事も心配だが、ここで横島も敵を追うと、木乃香を守るのがアスナ一人となってしまう。これはどうしても避けたかった。
 となると、ここで横島が取るべき手は二つある。
 一つは、アスナと共にホテルに残って木乃香を守る事。そして、もう一つ…。

「アスナ、女湯はどこだ?」
「はぁっ!? いきなり何言って…」
「横島さん、そこで何をしていらっしゃるのですか?」
「って、茶々丸さん!?」
 突然背後に現れた茶々丸に驚いて、思わず目の前に立っていた横島に飛び付くアスナ。
 一方、横島は親指を立てサムズアップして「予想通り」とほくそ笑んでいる。
「フッ、俺が覗きをやろうとすれば茶々丸が現れる。これぞお約束ッ!!
「…偶然です。マスターが騒ぎに気付かれましたので、何事か調べて来いと申し付かりました」
 茶々丸は心なしか眉を顰めて悔しそうだった。
 横島はそれには触れずに彼女のそばに寄って簡単に事情を説明する。
「と言うわけで、俺とアスナでその誘拐犯を追うから、木乃香ちゃんをエヴァの部屋に連れてって欲しいんだ」
「そういう事情でしたら」
「あ、横島さん。部屋には古菲が残っとるえ」
「だそうだ。茶々丸、古菲の事も頼むよ」
「了解しました」
 横島にできるもう一つの事。それは、こうして臨時に味方を増やす事だ。
 現在のエヴァは魔力の封印が解かれた全開状態。これ以上となく頼りになる。
 とは言え、彼女は基本的に部外者であると主張しており、仮に誘拐犯を追って欲しいと頼んだところで絶対に動きはしない。しかし、近付く敵はたとえそれが自分には無関係であろうとも「鬱陶しい」と尽く薙ぎ払ってしまうだろう。彼女はそう言う性格をしている。
 横島はそれを利用して、エヴァを木乃香を守るための護衛に使おうと言うのだ。
 当然、エヴァならば横島の思惑などすぐに見抜くだろうが、それでも横島達が戻ってくるまでの間、木乃香を守ってくれるに違いない。横島はそう確信していた。日々踏まれているだけあって、彼女の性格はよく分かっている。

「後程、血などを要求されると思いますが?」
「吸血鬼化しない程度なら別にいいぞ」
「…伝えておきます」
 そう言って茶々丸は恭しく一礼すると、木乃香の手を取ってホテルの中へと戻って行った。
 残された横島は、乗ってきた自転車の向きを変えて、アスナに後ろに乗るように促す。

「どうしたんですか、この自転車」
「リサイクルだっ!」
 川原に捨ててあったそうだ。横島のこういう時のバイタリティは本当に凄い。
 アスナは急いで後ろに乗るとぎゅっとしがみ付いた。横島はブーストスイッチオンである。ただし自前の。
「よっしゃ行くぞ〜ッ!!」
「ハイ!」
 叫んだ横島はかなりのスピードで走りだした。
 思いがけない速さにアスナは振り落とされないように強くしがみ付くが、それがかえってスピードを上げさせる事に彼女は気付いていない。

「あ、そだ。敵がどこ行ったか、連絡取って聞いてみてくれ」
 そう言って走行中の横島はポケットから携帯を取り出すと、自分の胸に回されているアスナに手にそれを渡す。
「ハイ! って、豪徳寺さんにですか?」
「いや、あいつは登録してない。刹那ちゃんに掛けてくれ」
「セツナ? セツナ、セツナ…あ、あった」
 携帯に登録された番号の中から「刹那」と言う名前を見つけたアスナ。しかし、彼女はその名前を見て目を丸くしてしまった。
 そこに登録されていた名前は「桜咲刹那」、彼女が誘拐犯の一味だと疑っていたクラスメイトの名前だったのだ。
「え、え、何で桜咲さんが?」
「ああ、あの子は学園長が雇ってる木乃香ちゃんの護衛なんだよ。アスナだから言うけど、皆には内緒な」
「ええーーーっ!?」
 事も無げに言われた衝撃の事実に、アスナは思わず大声を上げてしまう。
 そのせいで横島は一瞬自転車をふらつかせたが、何とか体勢を立て直してそのまま走り続ける。
 アスナはその後、電話を掛けて相手が確かにクラスメイトの刹那である事を確認。手短に情報だけを伝えられたので詳しい事を聞くことはできなかったが、彼女が敵でない事については納得したようだ。
 しかし、訳が分からない事だらけだ。鳴滝姉妹を救出し、ホテルに戻ったら、刹那を問い質さねばなるまい。何故木乃香に護衛の事を秘密にしているのか、何故、木乃香を守りながら、彼女と距離を置くのか。

「…あのおじさまについて話してもらわないとね」

 そしてもう一つ、新幹線で一緒にいた男についても話してもらわねばなるまい。
 彼女はまだ、あの男の正体が変装した横島である事を知らなかった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.19


 一方、敵を追跡していた刹那は携帯電話を切り、一つ溜め息をついた。
 彼女が横島から連絡を受けて部屋に駆けつけると、そこには従業員の制服を着た髪の長い女性、天ヶ崎千草の姿があった。
 扉を開けてすぐの所にいた千草は驚いた表情で振り向くと、すぐさま式神和紙をばら撒きやけにファンシーな小猿型の式神を大量に出現させる。
 刹那はすぐさま夕凪を抜いて小猿を蹴散らし千草に迫るが、彼女はそこで勝ち誇った笑みを浮かべた。何故かと戸惑った刹那が視線を部屋の奥へとやると、そこにいたのはこれまたファンシーな、しかし巨大な熊型の式神。こちらは簡易式神ではなく、通常の式神のようだ。その式神の肩にロープで縛られた布団が担がれている。
「ッ! まさかっ!」
「ホラ! お嬢様が大事なら手ぇ出すんやないで!」
 そう言って千草はじりじりと下がり、熊は空いた手で窓を開けるとその手で千草を抱き上げる。
「フッフッフッ、神鳴流の裏切り者はん。ほな、さいなら!」
「待てっ!」
 刹那が飛び掛かろうとするが、あと一歩及ばず熊は意外な身体能力を見せて窓から飛び出し、見事な着地を決めるとそのままかなりのスピードで走り出して夜の街へと消えてしまったと言うわけだ。
 丁度その時だった。アスナが部屋に戻ってきたのは。
 あの時の彼女の様子から自分が疑われている事は察していた。考えてみれば新幹線で会った時も怪しまれてしまったかも知れない。
 しかし、刹那は自分が疑われている事に関しては無頓着であった。
 自分はあくまで木乃香を守るための剣であり、盾。そう考えている刹那は自分が他人にどう思われようとも、さほど気にならないのだ。

「それにしても、まさか鳴滝さん達が間違えて攫われていたとは…」
 呆れ果てて、ふと意識が彼岸に飛びそうな感覚を覚えてこめかみを押さえる刹那。
 ある意味では刹那が部屋に駆けつけたのは間に合ったと言えるだろう。
 あの時、刹那が千草の注意を引いていたので、布団の中にいるのが誰であるかと判別できるのが熊の式神だけとなったため、木乃香の代わりに二人が攫われてしまったのだ。
「…半分は私のせいか」
 そう言って自嘲気味に笑う刹那。  アスナからの連絡によると、現在木乃香は無事にエヴァが守っているそうだ。だとすれば彼女の事は心配いらない。
 ならば、今すべき事は木乃香の代わりに攫われてしまった鳴滝姉妹の二人を救い出すこと。疑惑については横島が事情を説明してくれているだろうと、気を取り直して刹那は追跡に集中する。
 敵はJR嵯峨野線の嵯峨嵐山駅へと向かっていた。時間は終電間際、駅にはまだ駅員がいるだろうに、一体どうしようと言うのか。刹那は千草の行動に疑問符を浮かべながらも、必死でその後を追って走り続けるのであった。


 一方その頃、ネギは頭に大きなこぶを作った豪徳寺と合流していた。
 どうやら豪徳寺は川を飛び越えた際に頭から着地したらしい。
「ネギ君! ホテルから離れてどこに行こうと言うんだっ!」
「えっ、えっ、誰ですか?」
 しかし、ネギはそれが豪徳寺だと分からなかった。
 横島と違って変装したままなのだから仕方ないだろう。豪徳寺は彼と違って文珠で『年齢詐称薬』の効き目を中和するような事はできないのだから。
「そうか、変装したままだと分からないんだな。俺だ豪徳寺だ」
 そう言って男は懐から『仮契約(パクティオー)カード』を取り出して見せる。確かに豪徳寺のカードだ。
 それを見ていたカモが「あっ」と声を上げる。まほネット通販の常連である彼は、それがまほネットの人気商品『赤いあめ玉、青いあめ玉、年齢詐称薬』によるものだと気付いたのだ。
「兄貴、ありゃ魔法薬による幻術系の変身だ。」
「どうして豪徳寺さんが魔法薬を…」
「横島が学園長から貰って来たんだ」
 その話を聞いてネギはなるほどと納得した。横島は学園長の依頼で京都に来ているのだから、学園長から正体を隠すための魔法の道具を借りていたとしても不思議ではない。
「そ、そんな事より豪徳寺さん! 僕の生徒が関西呪術協会の刺客に攫われちゃったんですよっ!」
「ホテルの入り口に敵が来たのは見たが、やはりそうだったか! クッ…学園長のお孫さん、何事もなければいいが」
「いえ、攫われたのは鳴滝風香、史伽と言う双子の姉妹なんです」
「…何故?」
 熊の式神が間違えたためだ。
 そんな事知る由もないネギ達は、やはり疑問符を浮かべながら逃げる敵を追う。
 ホテルの外で待ち構えていたネギは、先程人と布団を担いで走る熊を発見し、それに並走する形で敵を追跡していた。
「こういう場合、誘拐犯は黒塗りの車でも用意してるもんじゃないのか?」
「いや、そんな怪しさ大爆発な…」
「あ、見てください! 駅に入っていきましたよ! …って、あれは桜咲さん!」
 ネギが指差す先には嵯峨嵐山駅に駆け込む千草の姿と、少し遅れて駅に入った刹那の姿があった。
 彼の脳裏をホテルでのアスナ達との会話がよぎる。やはり刹那は敵だったのだろうか、心の中で疑惑が膨れ上がっていく。
 豪徳寺がここで刹那の事を教えられれば良かったのだろうが、刹那の事情と、彼女が護衛である事を知っているのは横島を含めて五人程しかいない。そう、彼も刹那の事を知らないのだ。
 刹那が自分の事情を他人に漏らすのを嫌っており、自分が疑われる事よりも木乃香に知られない事を優先しているため、その事を知る横島は豪徳寺に彼女の事を伝えるのを躊躇ったのである。

「ネギ君、急ごう!」
「は、はい!」
 呆然と駅前で立ち尽くしてたネギだったが、豪徳寺に背中を押されてぎゅっと愛用の杖を握り締めながら駅の構内へと入って行った。


「人払いの呪符か…用意周到だな」
 ネギ達より一足早く駅の構内に侵入した刹那は、柱に貼り付けられた一枚の呪符を見て、今回の誘拐事件がやはり計画的に仕組まれたものである事を悟った。
 いかに終電間近とは言え、客はおろか駅員すらいないのはその人払いの呪符が原因だ。千草は事前にこの呪符を準備した上で誘拐に及んだのであろう。

「諦めんと追いかけて来はったんか。しつこいお人は嫌われますえ」
 駅のホームに足を踏み入れたところで掛けられる声。
 声の主の方に視線を向けると、そこには熊型の式神を従えた千草の姿があった。
 鳴滝姉妹の入った布団は彼女の足元に置かれている。追っ手が刹那一人のため、電車に乗って逃げる前にここで彼女を始末しようと言うのだろう。
「フン、私はお嬢様を守る事ができれば世界中を敵に回そうが構いはしない」
「ホーホホホホホ! 忠犬どすなぁ。でも、それはお嬢様のためになりまへんえ」
「貴様と問答する気はないッ!」
 話に付き合ってやる義理はないと、刹那は彼女の話を遮って『夕凪』を抜き放ち躍りかかった。
 その反応は想定の範囲内だったらしく、千草は慌てず熊型の式神、『熊鬼(ユウキ)』に命じて刹那を迎え撃たせる。
『クマーッ!』
「なっ!?」
 ファンシーな見た目とは裏腹に凶悪な爪を伸ばして『夕凪』の一撃を受け止める熊鬼。
 間抜けなのは外見だけと気付いた刹那は、咄嗟に距離を取って隙を窺う。

「ホホホ、ウチの熊鬼はなかなか強力ですえ」
「クッ…」
 式神使いと戦う時のセオリーは、真正面から式神を相手にするのではなく本体を叩く事。
 刹那は隙を見て千草を攻撃しようとしたが、熊鬼はなかなか隙を見せてくれない。それどころか千草は更に小猿型の簡易式神を十数匹出して鳴滝姉妹の入った布団が常に自分と刹那の間になるように移動させている。
 このままでは埒があかない。この膠着事態を動かすには何かしらの横槍を入れる必要がある。そう考えた刹那は時間を稼ぐために、千草の問答に乗るべく声を掛けた。
「貴様、何故こんな事をする! 貴様のやっている事は東だけでなく、西も敵に回す暴挙だぞっ!」
「ホーッホホホホ! これやから何も分かっとらん小娘は。神鳴流の裏切り者は知らんみたいやなぁ」
「な、何の事だ…?」
 本気で分からない刹那の様子を見た千草は舌打ちして彼女を睨みつける。
 そして更にもう一体の式神、大きな猿型の『猿鬼(エンキ)』を出し、二鬼掛かりで襲い掛かって来た。どうやら刹那は時間を稼ぐつもりが、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
 こちらもファンシーなのは外見だけらしく、その力は熊鬼と互角。
 刹那は抵抗するが、多勢に無勢。幾度か正面から襲い掛かってきた熊鬼の攻撃を受けて怯んだところで、背後に回り込んだ猿鬼により、コンクリートのホームに叩きつけられてしまった。

「多分、お嬢様も知らんのやろなぁ…そうやないと、東の総本山になんかおれるわけあらへん」
 歪んだ笑みを浮かべた千草は取り押さえられた刹那に歩み寄ってしゃがみ込むと、前髪を掴んで無理矢理その顔を上げた。
 そして静かな、しかし隠しきれぬ怒気を孕んだ声で刹那に語りかける。

「お前みたいな小娘でも、二十年前の大戦については聞いたことあるやろ!」
 前髪を掴まれているため頷く事はできないが、当然刹那はその事について知っていた。
 京都を舞台に関東魔法協会と関西呪術協会の間に勃発した大戦。東西問わず、裏の世界に関わる人間であれば常識である。
 二十年前に終戦するまでに多くの魔法使い、陰陽師が命を落としたとされるそれは、現在に至るまでの東西の不和の原因となっていると言われている。
「知っとるか? そもそも、何が原因で大戦が始まったのか
 千草の言葉を聞いて、自分の記憶を辿った刹那は驚きに目を見開いた。
 彼女は知らないのだ。大戦については歴史の教訓として語られているにも関わらず、その原因については東西どちらにおいてもタブーとされている。
「知らんやろ? おねーさんが教えたるさかい、よう聞き」
 そう言ってにっこり微笑む千草。しかし、殺気はむしろ先程よりも膨れ上がっている。

「大戦はなァ…東の魔法使いが西の総本山を襲撃した事から始まったんや!

「え…?」
 その時、突如乱入する第三者の声。
 千草がそちらを見ると、そこには豪徳寺を伴ったネギが呆然とした表情で立っていた。彼も千草の言葉を聞いてしまったらしい。最悪のタイミングである。
「ネギ先生!」
「………」
 刹那が呼びかけても、ネギは反応を示さず立ちつくしている。
「おや、カワイイ先生はん。さっきはおーきに」
 そう言って千草はにっこりと微笑むが、ネギは足ががくがくと震えて動くことができず、豪徳寺も刹那が取り押さえられている状態では下手に動く事ができない。

 刹那の前髪を放して、千草はネギの方に向き直る。
「先生はんも聞いとき、どうせ魔法使いも隠しとるんやろ。どうやって大戦が始まったか
 その言葉を聞いてビクッと肩を震わせる。
 聡明なネギは、この時既に千草が何を言いたいのか気付いていたのかも知れない。

 そして千草は切々と語り始めた。大戦の始まりについて。
 その狙いが何であったか今となっては定かではないが、東の魔法使いと西の陰陽師が互いに不干渉を貫いていた頃、一人の魔法使いが西の総本山を襲撃したのは事実のようだ。
 当時の長は、この襲撃事件により死亡。歯止めの無くなった西の陰陽師達は堰を切ったかのように大戦へと雪崩れ込んでいったらしい。
 その後、長きに渡って長不在のまま大戦を続ける西。それを救うべく新たな長となったのが他ならぬ木乃香の父、近衛詠春である。彼が長になった事により、東の長である近衛近右衛門の間で協定が交わされ、和睦こそできなかったものの、大戦は終わって現在に至っている。

「そんな…魔法使いが陰陽師に戦争を仕掛けてたなんて…」
 それが限界であった。
 ネギは力なく膝をついて崩れ落ち、それを見た豪徳寺は弾かれたかのようにアーティファクト『金鷹』を発動させて刹那を押さえ込む猿鬼に飛び掛るが、熊鬼に受け止められて不発に終わってしまう。

「ホホホ、ケツの青いクソガキどもはそこでおとなしゅうしとき。どうあがこうとも、お嬢様は既にウチの手の中に…」
 刹那は猿鬼に押さえつけられて身動きが取れない。ネギはショックで茫然自失となっている。
 豪徳寺は伏兵であったが、これも熊鬼が押さえ込んだ。
 最早、自分の勝利は揺るがない。そう判断した千草は刹那達に木乃香を見せ付けて勝ち誇ってやろうと、小猿型の式神達に確保させていた布団へと近付き、そのロープを解き始める。

「ほぅら、お嬢様はこの通…り?」
「………」
「………」
 そこで千草の動きが止まった。
 布団の中から現れたのは勝ち気そうな瞳で気丈にも千草を睨みつける少女、風香と、怯えた瞳で千草を見詰め風香にすがりついている少女、史伽。木乃香ではない。
 千草の頭の中を疑問符が渦巻き始める。
 熊鬼には木乃香一人を攫わせたはずだった。現にもう一人寝ていた古菲は部屋に残されていた。
 しかし、ここにいるのは二人。これが一体どういう事かと言うと―――

「お嬢様が分裂したーーーっ!?」

―――残念ながら、それは間違いである。

「バカめ、貴様は最初から攫う相手を間違っていたんだ! お嬢様は今もホテルに居るっ!」
「んなアホなっ!?」
 頭を抱えて天を仰ぐ千草。せっかく勝ち誇っていたのに、この一瞬で全てが崩れてしまった。
「クッ、こうなったら…!」
 千草が指を鳴らすと、熊鬼が豪徳寺を蹴飛ばして彼女の元に戻る。
 事前に用意した電車が到着するのが横目に見えた。ここは逃げの一手しかない。しかし、式神を回収して逃げるには少々状況が不利だ。  そこで千草は、まず比較的弱そうな豪徳寺の方を蹴倒して熊鬼を戻す事にした。
「って、うわっ! 離せよクマーっ!」
「おねえちゃーん!」
 この時千草が考えていたのは、間違って攫ってきてしまった子供を人質として、電車に乗ってこの場から逃げ出す事だ。
 できるなら比較的臆病そうな史伽が良かったのだが、咄嗟に風香が史伽を庇ったため、熊鬼は風香を抱き上げてしまう。しかし、取り替えている時間はなさそうだ。蹴り飛ばした豪徳寺は意外と頑丈だったらしく、既に起き上がりつつある。これが刹那ならば、とうに飛び起きて斬り掛かってきたと思われるので、豪徳寺を選んだ判断が間違いだとは思わないが、どちらにしても彼女に悠々と逃げる余裕は与えてくれないようだ。
 千草と風香を担いだ熊鬼が電車に飛び乗り、猿鬼は扉が閉まる直前に影に戻す。これが一番素早い回収方法だ。
 重石のなくなった刹那はやはりすぐさま飛び起きるが、その時には既に扉がしまって電車は走り出している。
 それでも負けじと刹那はまだスピードに乗らない電車に追いすがるが、突如足を取られて転倒。何事かと足元を見てみると、そこには小猿型の式神達が彼女の足に纏わりついている。使い捨てにできる簡易式神だからこそできる芸当だ。電車が走り去った後、小猿達はぽんと音を立て弾けて消えてしまった。

「おねえちゃーん!」
 布団から這い出た史伽が走って電車を追うが、完全に出遅れてしまっている。
 彼女がホームの端まで辿り着いた時には、既に電車は完全にスピードに乗って駅から離れつつあった。
「誰か、おねえちゃんを助けて! 先生ー!」
 ホームにネギがいる事に気付いた史伽が駆け寄って彼を揺さぶる。
 それで我に返ったネギだったが、魔法で何とかするにはもう手遅れだった。電車が遠くに行き過ぎている。

 一方、走り去る電車の中では風香が千草と言い争いを繰り広げていた。
「はーなーせー!」
「おとなしゅうしとき、京都駅に着いたら解放したる」
「やいコラ、離せよオバサン!」
「オバっ!?」
 風香が騒いでも放っておくつもりだった千草だったが、そう言われては黙ってはいられない。渾身の力を込めて熊の両腕に捕らえられたままの風香の頭に思い切り拳骨を食らわせた。
「クソガキ、ちょっと黙っとき!」
「〜〜〜っ!」
 風香は痛みで涙目になるが、これぐらいで引き下がる性格ではない。
 何とか逃れようと自分を捕らえる熊鬼の腕にがぶっと噛み付いてみせた。
 残念ながら熊鬼は変わらぬファンシーな笑顔で痛みを感じていないようだったが、代わりに千草が歯型のついた腕を痛そうに押さえている。
 それを見てニヤリと笑う風香。彼女はオカルトに関しては素人だし、式神など全く知らなかったが、自分が噛み付いた事と、千草が腕を押さえている事が繋がっている事は察しがついた。
「せーのっ!」
 熊鬼に抱き上げられる形で、ぶら下がった状態だった足をばたばたとさせて熊鬼の腹を蹴りまくる。
 ダメージがそのまま伝わっているわけではなさそうだが、振動は確かに伝わっているらしく千草が腹を押さえると同時に、熊鬼の腕の力がふと緩んだ。
「チャンス!」
「あっ、待ちなはれ!」
 風香はその隙を見逃さず、熊鬼の腕からスルリとすり抜けて逃げ出した。
 車内に他の客の姿はなかったが、電車が走っている以上、前後に運転手と車掌がいるはずだと、風香は比較的近そうな後部車両へと走って行く。
 立ち直った千草も熊鬼と共にその後を追うが、こちらは風香と違い走りもせずにゆるりとその後を追っている。
 彼女は知っているのだ。風香が最後尾の車両に辿り着いたところで、どうしようもない事を。

『………』
「そ、そんな…」

 息を切らせて最後尾の車両に辿り着いた風香は「それ」を見て絶句していた。
 車掌室に「居た」、いや「あった」のは人間大の大きさの人の形をした紙、簡易式神だった。なんと、この電車は千草の操る式神によって運転されていたのだ。

「そういうわけや。どうあがいたって逃げられん。諦めておとなしくしとき」
「………諦めない! ボクは諦めないぞ!」
 怖さから涙目になってしまっているが、それでも食い下がろうとする風香。
 少女のあまりにもなしつこさに溜め息をつく千草だったが、風香に残された手段は最早わめく事ぐらいだ。
 式神に適当にあしらわせていれば良いだろうと、熊鬼を前にやって自分は座席に腰掛けて一息つく。
「絶対に、絶対に助けに来てくれる!」
「誰がや。わざわざ助けに来んでも京都駅で解放すると…」
「ヒーローが助けに来てくれるんだからなっ!」
「…テレビの見過ぎや」
 小馬鹿にした様子で再び溜め息をつく千草。
 風香にとって信じているヒーローを否定されるショックは大きかったらしい。感極まり今まで堪えていた涙が頬を伝う。
 そして、風香は腹の底から叫んだ。
 奇しくもそれは、駅のホームで姉の救助を求める史伽の叫びと同時だった。

「「助けてヨコシマーン!!」」
「ほい来たぁッ!」

 その叫びに応えるようにホームに飛び込んできた影。それは自転車に乗った横島とアスナだった。
 改札口に駅員がいないのをいいことに、自転車に乗ったまま駅構内に突っ込んできたらしい。
 しかし、いくら何でも自転車で走り去る電車に追い付けるはずがない。そう思った一同だったが、そこはそれ。横島忠夫と言う男、反則技はお手の物である。
「刹那ちゃん、飛び乗れ!」
「えっ、は、はい!」
 横島の言葉に反射的に動いて自転車に飛び乗る刹那。
 彼女が自転車の最後尾に飛び乗ると、横島はホームから線路に飛び出して電車の後を追い始めた。

「刹那ちゃん、例の城で使ってた何か飛ばす技、あれを使ってくれ。アスナは刹那ちゃんを支えるんだ」
「は、ハイ!」
「え? 電車に向ってですか?」
「いや、向こう側」
 横島が指差す先は電車の進行方向とは真逆の後方であった。
「え、でも…」
「早く! 間に合わなくなる!」
「…分かりました。斬空閃ッ!」
 何でこんな事をと思いながら、多少力を抜いて斬空閃を放った刹那だったが、その瞬間自転車のスピードが跳ね上がった。
 後方を向いていた刹那が驚いて振り返るとアスナも目を丸くしている。その向こう側の横島は前方を見据えて必死にバランスを取っていた。しかし、ペダルは漕いでいないようだ。
「刹那ちゃん、もっと!」
「思い切り行きますよ!」
 今度は力を込めて斬空閃を放つ。するとその放たれた斬撃と同じ分だけ自転車の速度が上がる。
 種明かしをすると、横島は自転車の車輪に文珠を仕込んでいたのだ。
 込められた文字は『滑』、車輪表面の摩擦係数をゼロにしている。タイヤを回転させないまま、斬空閃の反作用で疾走していく。

「斬空閃ッ! 斬空閃ッ! もひとつオマケに斬空閃ーーーッ!!」
「よーしよしよしよし、もうじき追いつくぞ!」
「やたっ! 桜咲さん、頑張って!」
 しかし、アスナの応援とは裏腹に、そこで刹那の動きがピタリと止まった。
「あの、どうやって止まるんですか? タイヤが滑るって事はブレーキ効かないんじゃ…」
 ポツリと呟いた刹那の言葉に、ピタリと動きを止めるアスナ。摩擦云々についてはよく分からなかったが、「ブレーキが効かない」と言うのは流石に理解できたようだ。

「はっはっはっ、決まってるじゃないか…飛び移るぞっ!!
「「ええーーーっ!?」」

 アスナ達が止める間も無く一塊の弾丸になって電車に突貫する三人。
 アスナと刹那は思わず目をつむるが、そこは横島。少女達に怪我をさせるような真似はしない。
「今夜は文珠の大盤振る舞いっ!」
 飛ぶと同時に『護』の文珠を発動させて自分の周囲に結界を張ると、その結界ごと電車に突っ込んだ。
 たやすくガラスを突き破り車内に突入を果たす横島達。文珠の結界だけではその衝撃から『護』り切れなかったのか、横島は頭から血を噴出していたが、アスナと刹那の二人は怪我一つ負っていないあたり流石である。

 中の千草は突然の出来事に呆然としていた。
 まさか自転車で電車の後を追ってきて、しかも追いついてミサイルのように飛んで来るなど、予想外もいいとこである。
 あまりにもな出来事に呆然としている彼女に対し、瞳を輝かせているもう一人、そう風香だ。
 彼女が見詰める先には、煙を切り裂くようにして現れる一人の男。
 いい感じに流血した男は風香の無事を確認すると、ニッと笑ってこう叫んだ。

「ヨコシマン、参上ッ!」



つづく



あとがき
 二十年前の大戦の原因についてですが、これは『見習GSアスナ』で捏造された設定です。
 特定の魔法使い個人や魔法使い全体を貶めようと言う意図はありません。
 今は「悪いヤツがいたんだな〜」ぐらいに考えておいてください。

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