『ラブラブキッス大作戦』を終えた翌朝、クラスメイト達の話題はネギとのキスを成功させたのどかに集中していた。
実はアスナも横島とのキスを果たし、仮契約を成立させていたのだが、こちらはクラスメイト達には知られていないようだ。彼女にとっては幸運と言えるだろう。
「アスナさん、顔がにやけていますよ」
アスナのしまりのない顔を見かねて、刹那はコホンと一つ咳払いして注意した。
修学旅行三日目は昨日に引き続き自由行動だ。
アスナ、古菲、刹那の三人は出発前にいつものロビーに集まっているのだが、アスナは自分達の目的を覚えているのか疑問に思えるぐらいに緩んだ顔をして、口元から涎を垂らしてすらいる。昨日の事が尾を引いているのだろう。
「て言うか、よだれ拭くアル」
かく言う古菲も、昨日目の当たりにしてしまった光景を思い出してしまったのか、頬が紅い。
格闘技に関してはストイックであっても、根は純情少女。少々刺激が強かったようだ。
「で、でも、まぁ、仮契約は成立したわけですから」
「そうよね! 仮契約しちゃったのよね、私!」
そして、刹那も昨日までに比べて若干表情が柔らかい。
昨夜は幼馴染の木乃香と語らった彼女、元より刹那はあまり喋る方ではないので木乃香が一方的に喋るばかりだったが、それでも数年ぶりに心安らぐ時間を過ごす事ができたらしい。
木乃香曰く、こちらの表情こそが本来の刹那に近いそうだ。木乃香にとっても嬉しい一夜であった。
「えへへ…仮契約しちゃったんだぁ…」
そして、アスナも幸せの絶頂にある。
「へっへっへっ、それじゃ仮契約カードを渡しとくぜ」
「う…あ、ありがと」
もっとも、目の前で親父臭い、それでいていやらしい笑みを浮かべる自称妖精、アルベール・カモミールに知られた時点で、その幸せも吹き飛んでしまいそうだ。彼の魔法陣で仮契約を行ったのだから、彼に知られるのは当然の事なのだが、水を差されてアスナは眉を顰める。
「って、本屋ちゃんにも渡したんじゃないでしょうね、仮契約カード」
「そりゃ、優勝商品だから渡したさ」
「何考えてんのよ〜、本屋ちゃんは、一般人なのよっ!?」
カードを受け取ったアスナは、空いた手でカモを掴んで締め上げた。片手でも力は十分らしく、カモは顔を赤くしてバシバシとアスナの手を叩いている。
「だ、大丈夫だって! あれは従者用のコピーカードで、魔法を知らなきゃただのカードだからっ!」
「本当でしょうね〜?」
そのままアスナは握り潰すと言わんばかりに力を込める。そこにネギが出掛ける準備を終えて現れ、カモの言う事は本当だと教えてくれたため、アスナはカモを放してテーブルの上に降ろした。
彼の言う通り、仮契約カードにはマスターカードとコピーカードの二種類があり、マスターカードはその名の通りマスターが、コピーカードは従者が持つ事となっている。先程アスナが受け取ったカードもコピーだ。
「ここにいたか、神楽坂明日菜」
その時、エヴァが横島と豪徳寺、そして茶々丸の三人を連れて現れた。
今朝もエヴァは横島達の部屋に行って彼等の朝食をつまみ食いしてきたらしい。
「あ、横島さん…」
エヴァの姿を見てすぐさま霊力を使う方法を聞いてくるかと思いきや、アスナはエヴァの事など意にも介せず、横島を見て、テレテレと頬を染めて顔を伏せていたりする。
「人の話を聞けーっ! 貴様のためにわざわざ時間を割いて来たんだぞっ! 私も暇じゃないんだっ!!」
かく言う彼女の本日の予定は、大阪に遠出し、遊園地で遊び倒す事になっている。茶々丸曰く、麻帆良にはそのようなテーマパークがないため、エヴァはテレビでテーマパークの特集を見るたびに行きたいと駄々をこねていたそうだ。今日は念願叶ったと言ったところだろうか。
「まずは横島にマスターカードを渡すんだ、小動物」
「名前呼んでくんねーな、この姐さんは…」
そう言いつつも、逆らうと後が怖いので、カモは素直にマスターカードを横島に渡す。
受け取った横島がそのカードを見てみると、そこには背丈ほどの長さがありそうな大振りの剣を持ったアスナの姿が描かれていた。その周囲に色々と文字が書かれているが、横島にはカード中央の少し下に書かれている『CAGURAZACA ASUNA(カグラザカ アスナ)』 の文字を読むのがやっとだ。
「どうせ貴様の事だから、周囲の文字は読めんだろう」
そして、エヴァはその事を的確に見抜いた。横島も事実なので誤魔化さずに素直に認める。
「細かい事は抜きにして、そのカードを神楽坂明日菜だと思って霊力を送り込んでみろ」
「霊力使う修行でやってたみたいにだな?」
言われるままに横島は目を瞑って、手にしたカードに霊力を送る。すると、間髪入れずにアスナが「ん…っ!」とくすぐったそうな声を上げて頬を染めた。驚いて横島は目を開くが、当然その手にあるのはカードだけで、アスナには触れてもいない。しかし、今確かに、横島はアスナに霊力を送っていた。
「仮契約と言うのは、マスターと従者の間に精神的なチャンネルを開くためのものでな。それを利用すれば今のような芸当も可能と言うわけだ」
驚いた横島とアスナがエヴァの方を見ると、彼女は胸を張ってそう答えた。
実は、そう言いつつも成功するかどうか半信半疑だったのはエヴァだけの秘密である。
「魔法使いが従者に魔法力供給を行うのと似たようなものだ。横島の霊力が続く限り、神楽坂明日菜も霊力を使う事ができる。どれ、試しに神通棍を使ってみろ」
「う、うん…」
言われてアスナは神通棍を伸ばして両手で構える。
しかし、いつまで経っても神通棍は反応を示さない。
「あれ?」
「アスナ、持ってるだけじゃなくて神通棍に霊力を籠めるんだ」
「え、あ、ハイ!」
見かねた横島がアドバイスをし、アスナは「霊力出ろ〜!」と唸るが、反応は変わらなかった。
神通棍と言う除霊具は、霊力を持っていれば誰でも扱えるわけではない。手を通して神通棍に霊力を籠めなければならないのだ。
以前、アスナが横島に霊力を送ってもらって光らせていた時は、横島の方がアスナを通して神通棍に霊力を送り込んでいたのであり、彼女が何かをしていた訳ではない。
つまり、アスナには「神通棍に霊力を籠める」と言う基本的な技術がまだ無いのだ。
「…やはりか。これならば霊力を纏った拳で殴った方が効くんじゃないか?」
「えーーーっ!?」
こちらは予想通りだったらしく、溜め息をつくエヴァ。GSは神通棍で悪霊を退治するものだと言うイメージを持つアスナは、それを聞いてショックを受けた様子だ。
確かに、霊力で身体能力を強化された今のアスナは岩を蹴り砕くぐらいの力があり、千草の式神『熊鬼(ユウキ)』が相手でも互角に戦えるだろう。しかし、彼女は技術的には素人同然。素手で戦うと言うのは不安があった。
「姐さん、姐さん! それならアーティファクトを使ってみたらどうだい?」
「アーティファクト…? それって、豪徳寺さんの『金鷹(カナタカ)』みたいな!」
「そう、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』に贈られるスペシャルアイテムさっ!」
エヴァも「それならいけるかもな」と言ったので、アスナもその気になって自分のカードを取り出す。
「姐さんのアーティファクトは『ハマノツルギ』って言うレア物だぜ」
「このカードに書かれてる剣の事よね、結構格好良いじゃん!」
カモに言われるままに、アスナはカードを手に『来れ(アデアット)!』 と唱える。
すると、手にしたカードから強い光が放たれ、どこからともなく現れたそれが彼女の手に納まり、アスナは柄を握り締める手にしっかりとした手応えを感じた。
「よしっ! …て、あれ?」
「ハリ…セン?」
しかし、そこに現れたのは大きなハリセン。
柄部分の造りがしっかりとしていて、叩くと良い音がしそうな、実に見事なハリセンであった。
「! そうか、横島の兄さんのボケにツっこむ事こそが、姐さんの生きる道っ!!」
「なんでやねーんっ!」
「へぶぁっ!?」
素早いツッコミがカモに炸裂。彼を吹き飛ばし、壁に叩き付ける。
「へ、へへ…霊力の乗った、いいツッコミだったぜ…姐さん」
壁からずり落ちながらも、カモは親指を立てサムズアップして白い歯を光らせた。その口の端からは壁に叩き付けられたダメージか血が滲んでいるのだが、その割には余裕がありそうだ。
アーティファクト、『ハマノツルギ』と言う名のハリセンであれば、アスナでも霊力を籠める事ができるらしい。
奇しくも先程の一撃がそれを証明していた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.25
「アーティファクトってのは本人の資質に依るもんが大きいからな、案の定だぜ」
ネギに魔法で治療してもらいながらも、カモはどこか勝ち誇っていた。
神通棍を使えないアスナが、何故アーティファクトならば使えるのか。それを理解するには、そもそもアーティファクトが何であるかを知る必要がある。
「アーティファクトって、世界パクティオー協会にデーターベースがあるんだよね?」
「ああ、まほネットで見れるぜ」
横島達は初めて聞く名である『まほネット』、それは魔法使い専用のネットワークだ。
近年の魔法使い達は、人間界の科学文明も取り入れ、それに魔法を組み合わせた独自の文化を築いていた。『まほネット』もその一つで、人間界において陰に隠れて活躍する魔法使い達と魔法界本国を繋ぐ、重要な情報網として活用されている。そう、『まほネット』は世界の壁をも越えて繋がっているのだ。
「例えば、兄さん達が使ってた『赤いあめ玉・青いあめ玉年齢詐称薬』だって、まほネットの通販サイトで普通に手に入るんだぜ。兄貴の趣味のアンティークだって、まほネットで手に入れたヤツがいくつかある」
「僕の場合は、オークションがほとんどですけど」
「…お前ら、助手の頃の俺より文化的な生活送ってないか?」
「そ、そうでしょうか?」
『魔法使い』と言う言葉の響きからは想像もできないような話に、横島が思わずツッコミを入れる。
ちなみに、ネギ御用達のオークションサイトは『Mahoo!?オークション』と言うらしい。
閑話休題。
「アーティファクトに関しては、魔法界じゃ『世界パクティオー協会』ってのが管理してるんだ。今までに現れたアーティファクトのデータは全部そこに収集されてる」
のどかの仮契約のカードを取り出して、それを例に説明しよう。
カモ曰く、のどかのアーティファクトは『ディアーリウム・エーユス』と呼ばれる魔法具だ。
それは、1469年に魔導士シャントトによって製作されたもので、人の表層意識を読む事ができる。
使い方によってはかなり強力なそれは、世界パクティオー協会のデータによると、濫用を考える者の手元には召喚されにくいとされている。
それだけを聞くと、魔法具に意志があり使用者を選んでいるかのように聞こえるが、実はそうではない。
どの従者にどのアーティファクトを与えるか、それを選定する第三者が存在するのだ。
「第三者?」
「へへっ、聞いて驚くなよ。『職人妖精』って呼ばれる連中がいるんだ」
「「「職人妖精…?」」」
その時、カモ以外の者達の脳裏に浮かんだのは、手ぬぐいを頭に巻き、法被を引っかけ、そしてハンマーを持ったいなせなオコジョだった。皆が変な事を考えていると察したカモは「そうじゃねぇって!」って声を張り上げて訂正を入れる。
『職人妖精』と言うのは同じ妖精であっても、オコジョ妖精のような今の時代の妖精とは格が違う者達だ。
はるか昔、まだ世界に神と精霊が満ち満ちていた頃に古き神々のために魔法具を作っていた妖精達を指し、彼等が作った物は後に『神器』と呼ばれている。
古き神々の時代が終わると、それに合わせるように『職人妖精』達も姿を消し、同時に彼等の作った魔法具の行方も分からなくなっていたのだ。現在の研究では、彼らも古き神々と共に冥界に去り、魔法具も一緒に持ち去ったと言われている。
「確か、フェンリル狼が暴れまくったんだよな?」
「おお、流石兄さん。よく知ってるじゃねぇか」
意外と博識な横島をカモが褒めるが、かつて人狼族の犬飼ポチがフェンリル狼復活を目論んだ際に、令子から聞いた話の受け売りだったりする。
ちなみに、そのフェンリル狼を捕らえたロープ『グレイプニル』も、ドワーフの職人妖精が作り上げた神器の一つだ。他にも、フェンリル狼により右手を噛み千切られた『戦いの神』テュールのために鉄の義手を作ったりと、職人妖精達はあの時代を語る上ではなくてはならないキーパーソンでもある。
「ん? ちょっと待て。その宮崎さんのアーティファクトは中世の魔法使いが作ったんだよな?」
「それにカモ君、職人妖精って北欧神話で活躍した人…妖精さん達だよね? どうして『金鷹』みたいな日本の下駄型の物が存在するの?」
それぞれ疑問を投げ掛ける二人に対し、カモは待ってましたとばかりにニヤリと唇の端を持ち上げて笑った。彼等の言う通り『ディアーリウム・エーユス』の製作者は中世の魔法使いであり、また古き神々の時代に下駄などが存在するはずもない。
その疑問に対する答えは、古き神々と共に人間界から去った職人妖精のその後が関わっていた。
彼等は既に実体を失ってしまったが、存在そのものが消えてしまったわけではない。
今も『冥界』――つまり神界、魔界が在る場所――所謂『あの世』に存在しており、最高の職人集団として今もなお魔法具を作り続けているのだ。
「つまり、そのアーティファクトの製作者も…」
「職人妖精の仲間入りを果たしたって事だろうなぁ」
カモはあえて言わなかったが、魔導士シャントトは『魔女狩り』によって非業の死を遂げている。
当時最高峰の魔法具製作者であり、『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』でもあった彼の魂は、死後冥界において職人妖精達に認められ、職人妖精達の仲間入りを果たしたと言うわけだ。
なお、職人妖精達の作り上げた神器の数々と同じように『ディアーリウム・エーユス』もオリジナルは現存していない。
この辺りは魔法界でもよく分かっていないのだが、実体を失い冥界に存在しているのだと考えられている。
「って事は、アスナの『ハマノツルギ』も実体じゃないのか?」
「その通り。仮契約カードってのは、アーティファクトの写し身を冥界から召喚するためのパスなんでさぁ」
写し身を形作っているのは召喚者の魂の力『生命力』であり、それが強い者ほど強力なアーティファクトが与えられるそうだ。
職人妖精達は、仮契約が行われると、古き仮契約の魔法陣の盟約に従いそれを祝福して従者のためにアーティファクトを一つ贈る。
そうやって彼等は自分達の作り上げた強力な神器を扱える者が現れるのを、今か今かと待っているらしい。
この辺りは冥界の事情も関わってくる。そう、『デタント』だ。
神族、魔族が対立しつつも、表立って戦う事はなくなってしまったため、彼等の作る神器が必要とされなくなったのだ。職人妖精達にとって最も不幸な事は、作り上げた魔法具を役立てられない事だ。使う者がいなければ、役に立つ立たない以前の問題である。
そこで彼等が目を付けたのが人間だった。
仮契約の魔法陣は、古き神々の時代が終わった後、ある魔法使いが神器の力を得ようと編み出した物と言われているが、一説には職人妖精の方が魔法使いの所へ押し売りセールスに来たとも言われている。
彼等は神魔族よりも脆弱な人間に使わせた方が、自分達の作った魔法具の有り難味が増すと考えているのだろう。
仮契約において、魔法使いではなく従者の方にアーティファクトが贈られるのも、その辺りが理由なのかも知れない。
件の『金鷹』や『ハマノツルギ』は、職人妖精の誰かが近年日本文化を知って製作した魔法具なのだろう。では、冥界にいるはずの彼らはどうやってそれを知ったのか。疑問を抱いた古菲がカモに質問をする。
「でも、その職人妖精達はどこで日本文化を知たアルか? 私だて日本に来るまでハリセンなんて知らなかたアル」
「まほネットで見たんじゃねぇか?」
「………い、意外と文明人アルなー」
身も蓋もない答えに呆れる古菲。
まほネットと言うのは、冥界にも繋がるらしい。
下手に繋ぎ間違えると、モニターから何かが出てきたりするから注意が必要だ。
「ところで、その話を聞いて気になったんだが…」
「何スか、兄さん」
「アーティファクトってのは大っぴらに使っていい物なのか?」
魔法使いに関わる物ならば、彼等と同じように存在を隠匿しなければならない可能性がある。
それを聞いたアスナは、せっかく手に入れた『ハマノツルギ』が使えなくなってはたまらないと声を上げるが、カモは「大丈夫だぜ、姐さん」と横島の疑問を否定した。
「仮契約の魔法はとてつもなく古いんだ。魔法使いが表と裏に分かれる前から存在するんで、魔法界だけのものって訳じゃねえんだよ」
確かにアーティファクトの研究は魔法界に一日の長があるのは事実だ。しかし、同時に仮契約の魔法が表と裏両方に存在するのも事実であり、アーティファクト自体は本来、冥界の職人妖精集団の管轄である。
魔法界本国の一部の頭の古い魔法使い達は良い顔をしないだろうが、魔法界としては、世界パクティオー協会に情報が送られているうちは何も言わないだろう。つまり、アスナが除霊助手としてアーティファクトを使っても問題はないと言う事だ。
「そもそも、世界パクティオー協会がアーティファクトの情報を集めてるのは、仮契約における重要な要素ってのもあるんだが、現存する魔宝具を魔法界で保護するためでもあるんだ。アーティファクトとして現れる魔法具は『現存していない』からな」
「ま、その辺の話は子供にゃまだ早いさ」とカモはタバコを吹かす。
と言うのも、人間界に現存する魔法具は、中世の『魔女狩り』の時代に当時の魔法使い達から奪われ、現在は『教会』によって保管されている物がほとんどなのだ。
両者の間には血に染め上げられた歴史が存在し、あまり子供に聞かせられる類の話ではない。良くも悪くも大人であるカモはその辺りの分別がついた。同じくその歴史の生き証人であるエヴァもこの件については黙して語らずにいる。
ともかく、アーティファクト『ハマノツルギ』は、その形状からして最近になって作られた魔法具であろう。
素人のアスナでも扱えるが、これは当然の事だ。アスナの魂に合わせて選ばれた物であるため、元より彼女との相性が抜群に良いのだ。
問題は、何故カードに描かれた大剣ではなく『ハリセン』なのかについてだが…。
「魔法具の写し身を形作っているのは魂だからな。今の貴様ではその大剣、使いこなせないのではないか?」
あまり興味なさげにエヴァが言う。カモはそんなアーティファクトがあるなど聞いた事がなかったが、彼女の言う通りであれば色々と納得がいく。
アスナも自分が未熟だと言う自覚はあったので、何も言えない。
ただ、言われっ放しで終わるつもりは毛頭なく、修学旅行が終わり麻帆良学園に帰ったら、横島に頼んで更なる修行を積もうと決意を固めていた。
「お、オコジョが喋ってる〜?」
「う〜む、悪いタイミングだったようでござるな〜」
そして、少し離れた物陰から彼等の会話を聞く二つの影。のどかと楓がネギを誘いに来ていたのだ。
ネギ達関係者が集まってるのを見た楓があまり近付かないように制したおかげで、話の詳細までは聞かれなかったようだが―――
「え〜っと、確か…『来れ(アデアット)』 ?」
―――最も聞かれてはならない部分が聞かれてしまったようだ。
楓が慌てて止めようとするが既に遅し、昨夜の『ラブラブキッス大作戦』の賞品として渡されたカード、仮契約カードが強い光を放って『ディアーリウム・エーユス』が彼女の手に収まる。
「わぁ、カードが本に…きれい、何か光ってる?」
のどかは目をコシコシとこすってみるが、光は消えない。カードが発した強い光が目に焼きついているのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。本自体が淡い光を放っている。
中には何が書かれているのだろうか。好奇心にかられたのどかはパラパラとページをめくってみるが、歴史を感じさせる装丁とは裏腹に
中は白紙が続いている。
がっかりしたのどかは、見逃したものはないかと逆方向にページをめくって行く。
そして表紙の手前まで辿り着くと、表紙の裏側に解説文らしきものが書かれている事に気付いた。
その解説文によると、この本の名は『DIARIUM EJUS(ディアーリウム・エーユス)』と言うらしい。なんと、人の心の表層を読むことができる魔法具だと書かれている。
そんな馬鹿な。空想好きの一面を持っているのどかでも、これはにわかに信じられない。
更に読み進めてみると、解説文の下に1469年に魔導士シャントトによって製作された魔法具であると記されている。
シャントトという名前は聞いたこともないが、その当時魔法使いが実在してこの本を作ったとでも言うのだろうか。話のネタとしては面白いが、同じく図書館探検部の綾瀬夕映に話せば「何バカなこと言ってるですか」と一蹴されてしまいそうだ。
「あれれ…」
ふと気付くと、解説文が書かれたページの隣、一ページ目に文字と絵が現れていた。
上半分が絵で、下半分が文字。まるで絵日記のようだ。
「…!?」
浮かび上がった内容を読んでのどかは頬を紅く染める。
なんとそこには口づけを交わすのどかとネギの姿が描かれていたのだ。
文章の方は更に凄い。昨夜の出来事を自分が日記に書けばこうなるであろう文章がそこにはある。
キスをしたはいいが半分事故のようなものであった事を残念に思う気持ちから、次があれば今度はもっとロマンチックなキスがしたいと言う普段の彼女ならば表に出せないような大胆な想いまで、現在ののどかの気持ちが赤裸々に綴られていた。
「のどか殿、顔が赤いでござるよ?」
「ふぇっ!? えっ、か、楓さんっ!?」
突然背後から声を掛けられて、のどかは慌てて本を閉じてしまった。
元々、楓と一緒に二人でネギを誘いに来たのだが、それを忘れてしまうほどに本に集中してしまっていたようだ。
「ネギ坊主を誘うなら今でござるよ。どうするでござるか?」
『ディアーリウム・エーユス』が現れたのを見て内心慌てているが、楓は表情には出さずに問い掛ける。
元々、楓は刹那に頼まれて横島達に協力しているのであり、彼等の事情について全てを知らされているわけでない。彼女が知っているのは、刹那が中学に入学した頃から木乃香の護衛をしている事、ネギが木乃香の実家である関西呪術協会に親書を届けなければならない事、そして、横島と豪徳寺は学園長に依頼されて刹那とネギを助けに来た事だけだ。刹那が木乃香の幼馴染である事や、ネギが魔法使いである事は知らされていない。
とは言え、近くに居れば知らされずとも色々と分かってしまうもので、刹那と木乃香が中学入学以前からの知り合いである事や、ネギが何かしらの能力者、恐らく魔法使いである事は察しがついていた。
隠しているからには、何かしらの理由がある。ならば、あえて問い質すことはない。そう考えていたのだが、今回に限っては「中途半端に知っている」事が仇となってしまったようだ。
「! これって…」
『ディアーリウム・エーユス』の使用方法は、使用者の心を読むばかりではない。
本を開く前に名前を呼べばその人の心が、質問をすればそれに対する解答が紙面に浮かび上がる。
先程ののどかは楓に声を掛けられた事で慌てて本を閉じ、振り返って彼女の名を呼んだ。そして、本を開くとそこに書かれているのは――そう、今の楓の心の表層。一般人であるのどかに魔法絡みの事を知られてしまいそうで焦る気持ちだ。
これは拙いのではないか、何とかして誤魔化さねばならないのではないか、そんな葛藤が全て読み取られてしまっている。
「楓さん、私の知らないネギ先生の秘密を知っているの…?」
のどかの心に小さな疑惑の芽が芽生えた瞬間であった。
「それじゃ、ネギと豪徳寺は今日関西呪術協会に親書を渡しに行くっつー事で」
「ああ、任せておけ」
「そうですね、そしたら後は木乃香さんを守る事に集中できますし」
そんな事など露知らず、横島達は今日の予定を確認し合っていた。
まずネギ達だが、彼らは今日関西呪術協会に出向く事になっていた。
二日目は千草達の襲撃もなく平穏無事であったが、だからこそ三日目に襲撃があるに違いないと考えていた彼等は、先手を打つ事にしたのだ。
親書が関西呪術協会に届けられる事は千草も避けたいはず。彼女達の第一の目的は木乃香の身柄を確保する事だが、ネギが関西呪術協会に向えばそちらに戦力を割かざるを得ないだろう。
「それで、横島さん達は…」
「俺達は時代劇村だな。丁度良い、あそこなら刹那ちゃんが『夕凪』担いでても違和感ないだろ」
「そうですね」と刹那は苦笑している。自分では当たり前になってしまっていたので深く考えた事はなかったが、確かにかなりの長さがある『夕凪』は非常に目立つ。
木を隠すなら森の中、時代劇村の貸衣装にでも着替えれば、誰の目も憚ることなく『夕凪』を腰に佩ける。身に付ける防具も本物にしてしまえば完全武装で千草達を待ち構える事ができる。
「こっちは俺とアスナと刹那ちゃんに古菲の四人か…」
「僕達は後で楓さんとも合流しますから、三人ですね」
「誰かさんがネギと一緒に行ってくれりゃ安心なんだがなー」
「何か言ったか?」
「誰かさん」ことエヴァの本日の予定は大阪に遠出しての遊園地だ。京都から離れるので彼女の助勢は望めないだろう。京都に居たからと言って助けてくれるとは限らないが。
「たかが暴走した過激派数人だろ? そんなくだらないものに私の手を煩わせるな」
「てか、敵が千人でも助けてくれないんだろ?」
「分かってきたじゃないか」
この一件に関する彼女のスタンスはあくまで「降り掛かる火の粉は払う」だ。それ以上でもそれ以下でもない。
魔法の事を知り、かつ首を突っ込みたがるようなまき絵や裕奈達を抑えてくれるだけでも有り難いと思うべきなのだろう。エヴァは遊び倒すだけで、実際に気を使うのは茶々丸だろうが。
「それじゃ、皆さんそろそろ行きましょうか」
ネギの号令で横島達はソファから立ち上がった。
そこにのどかと楓がネギを誘いに現れたので、ネギと豪徳寺、そしてカモは彼女達と共に出発する。事前に楓から聞いた話によると、彼女達の今日の予定は京都のアミューズメントセンターに赴き、あるカードゲームの関西限定カードをコンプリートするとの事だ。班員の早乙女ハルナと綾瀬夕映がハマっているらしい。
ネギ達は、彼女達がそのカードゲームに熱中している隙にその場を離れて関西呪術協会に向う事になっている。
横島達の方は班のメンバー全員、事情を知らない木乃香や風香や史伽さえも千草の事を知っているので精神的な余裕があった。危険がある事を知っているのと、知らないのでは大きく違ってくるからだ。
いざ千草達が木乃香を狙って現れたとしても、アスナと古菲に木乃香達三人を任せて逃がし、横島と刹那が千草達を抑えれば良いのだ。
「あ、横島さんだー」
「ねぇ、アスナ達も今日は時代劇村なんでしょ? 一緒に行こうよ」
「え゛?」
椎名桜子を先頭に和美達が駆け寄ってきた。彼女達の今日の行き先も時代劇村らしい。
彼女達は皆アスナの誕生日パーティの際に知り合い、横島とは既知の仲なので、躊躇することなく同行を申し出てきた。男が一人でもいれば、ナンパ避けになるとでも考えているのかも知れない。
「なんですって、ネギ先生が宮崎さん達と!? は、離して! 私はネギ先生の元にっ!」
「ダメよ、あやか。今日は時代劇村に行くんだから、着物を着るのあんなに楽しみにしてたじゃない」
更にネギを追おうとするあやかとそれを引き止める那波千鶴達も現れた。
彼女達の今日の目的地も言うまでもなく時代劇村である。
こちらは横島の事を知っているのはあやかだけだが、千鶴は横島がいる事をさほど気にしていない様子だ。他の班メンバー、村上夏美、長谷川千雨、春日美空は何か言いたげだったが、千鶴の押しの強さに何も言えないようだ。
そんな千鶴の目的は、昨日頑張ったのどかを応援する事らしい。それは同時にあやかの邪魔をする事になるのだが、あらあらうふふと微笑みながらあやかを羽交い絞めにしてしまう辺り、彼女もなかなかに豪気である。
「と言うわけで、私達もご一緒していいかしら?」
「え、あ、うん…」
結局、彼女達の誘いを断りきれずに、アスナ達の五班、和美達の一班、あやか達の三班、横島と刹那を合わせて合計十七人の大所帯で時代劇村に向う事になってしまった。クラスメイトの約半数だ。
今日は楽勝だ。そう考えていた数分前の自分が懐かしく思えてくる。
これだけの一般人を守りながら、木乃香も守り切らねばならない。
横島と刹那は圧し掛かる重圧感(プレッシャー)に身が縮む思いだ。
「わ、私達だけで守りきれるでしょうか…」
「俺に聞くなや…」
流石に刹那も自信なさげな様子を見せるが、こうなっては覚悟を決めるしかない。
風雲急を告げる修学旅行三日目、これより開幕である。
つづく
あとがき
アーティファクトに関する諸々の設定は『見習GSアスナ極楽大作戦!』独自の設定です。
魔導士シャントトについても同様で、この人物に関する設定はほとんどオリジナルのものです。
「表の世界のGSが使っても問題無し」とするために、意図的に原作の設定を曲げております。ご了承ください。
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