「あのっ! 僕はあの時、どうすれば良かったのでしょうか?」
経緯はどうあれ、エヴァへの弟子入りを果たしたネギが、師匠であるエヴァに対し最初の質問を投げ掛けたのは、別荘内で夕食を兼ねてネギの弟子入り記念のパーティを開いている時であった。パーティと言っても形式ばったものではなく、立食パーティのようなものであったが、食事中にそんな話をするなとエヴァは眉を顰める。
しかし、ネギの眼差しは真剣そのものだ。周囲の面々も興味深そうにこちらを見ているので、エヴァは仕方なく真面目に考えてみる事にした。
あの時と言うのは、横島と戦っていた最中にエヴァが人質に取られた時の事だ。あの状況を打破するには、人質を取り戻せばいいのだが、それを実行するには一体どうすればいいのか。
「横島、貴様ならどうしていた?」
「ん? そりゃちょいと相手に隙を作りゃ、後はエヴァが自分で何とかするだろ」
「……………間違ってないだけに、怒るに怒れんな」
あの時のエヴァは、ネギがどう動くかを見たかったので自分から動こうとはしなかっただろうが、実際にあのような状況に陥れば、エヴァは隙を見て脱出しようとするだろう。そういう意味では、横島の判断は間違っていない。
ちなみに、横島が言う隙を作る方法と言うのは、一発ギャグを飛ばす事。給食中に牛乳を飲む子供を笑わせるノリであるのは、ここだけの話だ。
「す、隙を作るだけ、ですか…?」
「ネギ。お前、自分一人だけで助けないとって考えてないか?」
「そ、それは…」
図星だ。ネギは思わず言葉を詰まらせてしまう。
「一人でやるより、数人掛かりの方が楽できるだろうが。ん? 前にも似たような事言ったか?」
「貴様と言うヤツは、どこまでも他力本願な…」
口では呆れつつも、エヴァは少しだけ感心していたりする。と言うのも、横島はネギの持つ欠点、その生真面目な性格故に、何でも一人で背負い込み、自分だけで解決しようとする傾向がある事を的確に突いているのだ。
「で、でも、隙を作るってそんな簡単に…」
「何を言うか、ぼーやでもやれるように、仕込みはしてやっていただろう」
「え?」
面と向かい合った敵に隙を作らせるなど、言うほど簡単な事ではない。ネギは何とか反論しようとするが、そこにはエヴァが、すぐさま横槍を入れてきた。
ほれ、とエヴァが指差す先を見ると、そこには食事中のアスナ達の姿。それが一体何なのかとネギが疑問符を浮かべていると、エヴァは、今回の一件に仕込んだトラップの種明かしを始める。
「魔法でこいつらを脱がせば、確実に横島は隙だらけになっていたぞ」
その言葉に一斉に吹き出す一同。横島に至っては鼻血まで吹き出した。
確かに、それをやっていれば、横島は隙だらけになっていたであろう。横島は煩悩を霊力源にしているため、その隙を逃せば逆に霊力が高まる事となり、確実に勝ち目は無くなっていたであろうが、ネギにとっての千載一遇のチャンスが生まれた事は間違いあるまい。
「エヴァちゃん、あんたそのために私達を呼んだのねっ!?」
「最初に言っただろう『ギャラリーが居た方が都合が良い』とな」
「ぐうぅ…」
顔を真っ赤にしたアスナが詰め寄るも、エヴァは悪びれもしない。そもそもエヴァは「見学に来ても良い」と許可を出しただけで、アスナ達が今日ここに集まったのは自分の意志なのだ。また、ネギに彼女達を魔法で脱がせろなどとは一言も言ってないので、仮に彼がそれを思い付いて実行したとしても、自分に責任は無いとしらばっくれる事もできる。
それに、自ら『英国紳士』と称するネギの性格上、思い付いたとしても実行に移せる確率は二割程度だと考えていたので、エヴァとしても気楽なものだ。実際には、横島が予想外の動きを見せたおかげで思い付く間もなかったため、結果としては無意味な仕込みとなってしまったが。
「ネギー! どうして思い付かんかった!? 今からでも遅くない! さぁ、俺は隙だらけになるゾ!!」
「そんな、思い付いたってできませんよーっ!?」
ふと見ると、横島がネギに詰め寄っていたので、エヴァは茶々丸にクイッと顎で指示を出す。すると茶々丸は、ツツツと滑らかな動きで横島の背後に忍び寄り、手にしたトレイを容赦なく後頭部に叩き込んだ。その姿はあまりにも無防備であり、隙だらけである。
実際に脱がせて一糸纏わぬ姿を見せるよりも、「これから脱ぐ」と言う餌を目の前にぶら下げるだけの方が、彼は勢い良く食い付き、隙を見せるのかも知れない。
見事なクリーンヒットの一撃を受けて倒れ行く横島の姿を見ながら、茶々丸はふとそう思うのだった。
次に横島が目を覚ましたのはアスナ達が夕食を終えてエヴァ自慢の大浴場へと移動した後の事であった。
むくりと起き上がった横島が、キョロキョロと周りを見回してみると、広場の方では、ネギがパーティで飲んだジュースの空き缶を並べて魔法の練習をしており、テラスでは、エヴァが寝椅子の上に寝そべりながら、チャチャゼロと共に月見酒と洒落込んでいる。
「横島さん、気が付かれましたか?」
「うぉっ!?」
不意に間近から聞こえてきた声に視線を近くへと戻すと、そこには濡れたタオルを持った茶々丸が座り込んでいた。どうやら、横島が意識を失っている間、彼女が後頭部を冷やしてくれていたらしい。
冷やさなくてはならないようにしたのは他ならぬ茶々丸なのだが、それはそれである。
「茶々丸か…他の皆は?」
「現在入浴中です」
「そうか、なら今の内に…」
「?」
そう言って横島はエヴァに近付いて行き、茶々丸も疑問符を浮かべながらそれに続く。
「お、目を覚ましたか」
近付いてくる横島に気付いたエヴァは、ワイングラスを掲げて「お前も飲むか?」と誘うが、横島はそれをやんわりと断った。それよりも、横島はアスナ達のいない今の内にしておかなければならない事があるのだ。
「何とかな。それよりエヴァ、忘れてないだろうな?」
「? 何の話だ?」
「ごほーびだよ! 俺が勝ったらくれるって話だったろーが!」
「………ああ、そういう話もしてたな」
ポンと手を打つエヴァ。この様子では本気で忘れていたようだ。
正直、半分でまかせで言っていた事なので、ご褒美を何にするかなど考えていなかった。しかし、横島が勝った以上、何かを渡さねばなるまい。エヴァは腕を組んで考え始めた。チャチャゼロがナイフでもどうだ、と言っているが、横島としてはそういうご褒美は遠慮したい。
「何が欲しい? 私の下着が欲しければ、今日は特別サービスでくれてやるぞ」
「誰がお子様のなんか。どーせ貰うなら、茶々丸のを貰うわ」
「私のですか? 少々お待ち下さい――」
「この場で脱ごうとするな、たわけがっ!」
エヴァの冗談の提案に対し、横島も冗談で返すが、当の茶々丸はすぐさま動き出してしまった。
その場でスカートに手を入れて脱ぎだそうとする茶々丸。アンドロイドと分かっていながら、横島が思わず目を見開いて、食い入るように見てしまうのも無理はあるまい。エヴァは寝椅子の上から起き上がりざまに飛び掛り、茶々丸に渾身の力を込めた延髄蹴りを食らわせて、これを止める。
「――冗談です」
どうやら茶々丸流の冗談だったらしい。
「貴様の冗談は分かりにくいんだ、このボケロボッ!」
「…い、いや、ナイスだ。成長したな茶々丸!」
「有難うございます」
「こいつらは…」
振り回されてしまったエヴァは息を荒くして、がっくりと肩の力を落とす。再び倒れ伏した横島は、鼻血を流しながらもサムズアップをし、茶々丸に対し輝かんばかりの笑顔を送っていた。
閑話休題。
「ほれ、コイツをくれてやろう」
「ん、何だこれは?」
結局、エヴァが「ご褒美」として横島に投げ渡したのは、可愛らしいリボンの付いた小さな鍵であった。
受け取ってはみたものの、何であるかが分からない横島は、それを摘み上げて疑問符を浮かべる。
「それは私の家の合い鍵だ。貴様にはいつでもこの別荘を使っても良い許可をくれてやる、有難く思え」
「う〜ん、有難味があるような、ないような…」
あまりピンと来ない様子の横島に、エヴァはムッとしながらも、例の別荘の端末である水晶玉を取り出してみせた。
「そうか? 例えばこの端末を使えば、別荘内ならどこでも見る事ができて、当然、大浴場の方も…」
「ありがたきしあわせー! これで結構でございますー!」
言い終わる前に、横島は土下座してみせた。エヴァは勝ち誇った笑みで、その頭をムニムニと踏みつける。
「ささ、その水晶玉を俺に使わせてみなさい」
「ほれ」
事もなげに水晶玉を投げ渡すエヴァ。それを受け取った横島は、何か言いたげな茶々丸をよそに、現在アスナ達が入浴中の大浴場を映し出そうとする。
「…あれ?」
しかし、水晶玉は何の反応も示さない。
叩いてみたり、振ってみたりもするが、うんともすんとも言わず、鈍く光るばかり。
しばらくして、見かねた茶々丸がおずおずと声を掛けてきた。
「あの、それは別荘の管理者であるマスターのためのものでして…」
「え?」
「横島さんには使えません」
「………」
「………」
しばし無言で顔を見合わせる二人。
ふとエヴァの方を見ると、そっぽを向いてわざとらしく口笛を吹いている。
「……まぢで?」
「まぢ、です」
「ケケケ、騙サレタナ」
「どーせ、こんなこったろーと思ったよーっ!!」
辺りに横島の絶叫が響き渡る。向こうで魔法の練習をしていたネギがビクッと驚いて、何事かと振り向いたりもしているが、当のエヴァはそんな事気にも留めず、その男泣きを肴に、実に楽しそうにワイングラスを傾けていた。
騙される方が悪い。当然ながら返品は却下である。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.39
「…エヴァちゃん、何やってるの?」
「読書だ。見てわからんか?」
「え〜っと、あんまり…?」
まき絵達が入浴を終えて屋上に戻ると、横島が力尽きて倒れ伏しており、その彼をマット代わりにエヴァが寝そべりながら本を読んでいた。学校ではあまり真面目な生徒とは言えないが、こう見えても彼女は読書家なのだ。
しかし、エヴァの上には更にチャチャゼロがおり、重なり合ったその姿は「読書中」と言うよりも「親子亀ごっこ」と言われた方が納得がいく。なんとも微笑ましい光景であった。
「あの、ちょっといいですか?」
そこにネギがやって来て、しゃがみ込み、倒れている横島に声を掛けた。
「昨日、ちゃんと答えを聞けなかったので…」
「ん、何の事だ?」
「………ああ、ぼーやが『魔法使い』か『魔法剣士』かって話だろ」
上のエヴァの言葉に横島は「ああ」と相槌を打つ。
その話題において、GSはあくまで門外漢。横島としては、正直なところまともな答えを返せるかどうかが不安であったが、ネギもそれを理解した上で助言が欲しいと思っているようだ。
身体を動かして起き上がり、エヴァは組んだ胡座の上に乗せる。横島にとっての「強い魔法使い」と言えば、その膝の上のエヴァだ。神多羅木も強いのだろうが、彼の場合は無詠唱の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』ばかり見ているせいか、あまり「魔法使い」と言うイメージがない。『操影術』が使える高音もそうだ。横島の中では「呪文の詠唱をして魔法を使うのが魔法使い」と言うイメージがあるためだろう。
「そうだなぁ…やっぱ強い魔法使いになりたいなら、エヴァみたいなのを目指したらどうだ?」
エヴァの頭に手を乗せて横島は言う。「強い魔法使い」と言われて、エヴァは満足気だ。
「『魔法使い』、ですか?」
「いや、エヴァはこう見えても魔法無しでも強くてな…」
それはアスナからも聞いた話だ。格闘戦でも強いとなると『魔法剣士』ではないのかと、ネギは疑問符を浮かべる。
「ネギ、『戦える魔法使い』を目指すってのはどうだ?」
「戦える…魔法使い?」
それを聞いたネギは呆気に取られた様子であったが、逆にエヴァの方は得心したようで、ニヤリと笑った。
「ふむ、その言い方だと『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』は『魔法も強い魔法剣士』だな」
「おっ、それもいいな」
まぁ、あまり数は使えんかったようだがな。と、エヴァは続ける。『千の呪文の男』の使う魔法はどれも強力無比なのだが、使える魔法の種類そのものはさほど多くなかったようだ。だからこそ、彼は『魔法剣士』であったのかも知れない。
「え〜っと…つまりどっちなんでしょう?」
「どっちでもいーじゃん」
横島の回答は身も蓋も無かった。しかし、それは真理の一端を突いている。
『魔法使い』を目指すからと言って白兵戦をしてはいけないと言うわけではない。『魔法剣士』が速度ではなく威力重視の魔法を使ってはいけないわけでもない。
いかに戦場においては後衛で砲台となるのが役目である『魔法使い』と言っても、危険に晒される事だってある。そのような時のために、自分の身は自分で守れるぐらいの自衛手段を身に付けておくに越した事はない。
『魔法剣士』もそうだ。白兵戦の技術しか持っていなければ、おのずと射程が短くなっていき、距離を取られてしまうと何もできなくなってしまう。そのために、遠くを狙い撃つための重火力の魔法を隠し持っている事はさほど珍しい話でもなかった。『千の呪文の男』も例外ではなく、ネギも彼が魔族の群を魔法の一撃で薙ぎ払うところを目撃している。
「どっちでも…」
目からウロコ、とでも言うべきなのだろうか。どちらにも一長一短あり、どちらかを選ばねばならないと言われたからこそ、ネギは悩んでいた。しかし、横島はそんな『二つの扉』を前にして立ち止まるネギをよそに、どこからともなくスコップを取り出して、どちらでもない所に穴を掘り始めてしまったのだ。
「あまりオススメはできんが…ぼーやには向いてるかも知れんな」
エヴァもこれには同意した。そもそもこの分類は、強くなるほどあまり意味を成さなくなってくる。魔法使いが実戦において要求されるスキルは様々であり、どちらかだけではおのずと限界が見えてくるためだ。
ネギには、父親譲りの強大な魔法力と言う天性の素質がある。何より『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』たる自らに師事するのだ。ならば、その『限界』を越えた先を目指すのも悪くない。いや、それぐらいやらなければ、彼女の沽券に関わるだろう。
エヴァはネギを見据えてニヤリと不気味な笑みを浮かべる。胡坐をかく横島の組んだ足の上に納まった小さな身体は実に微笑ましいと言うのに、その表情だけが何ともミスマッチであった。
「そうだな…手始めに『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』と言う魔法を教えてやろう。いや、その前にちょいと模擬戦で揉んでやるべきか? さっきは不完全燃焼で終わったのだろう」
「お、お手柔らかに…」
膝の上から立ち上がり、エヴァはネギを引き摺って中央の柱へと向かう。
エヴァがまず、ネギに伝授しようと言うのは、術者自身に魔法力供給を行う事で身体能力を強化する『戦いの歌』。これは『魔法剣士』にとっては必須――いや、『魔法使い』も常に安全な後衛に居られるとは限らないので、全ての戦いの世界に身を置く魔法使いにとって必須と言えるかも知れない魔法だ。
ネギの場合、三人の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』がいるが、豪徳寺は魔法力と相反する力である気の使い手であり、のどかとハルナの二人は前線には出せない素人である。従者への魔法力供給を行わない分、自身に魔法力供給を行ったとしても、さほど負担にはならない。その状態のまま強力な魔法を行使する事も不可能ではないはずだ。
残された横島が修行に向かう二人を見送っていると、そこにアスナが神通棍を持ってやって来た。
「横島さん! 私も神通棍の練習するんで、見ててもらえますか?」
「おぅ、いいぞ」
返事を聞くやいなや、アスナはパジャマ姿のままその場に座り込んで、神通棍を額に押し付けて唸り始める。
そのまま瞳を閉じて集中、しようとするのだが―――
「はっはっはっ、どうしたどうした? 手加減してやるから耐えてみせろよ?」
「は、はいーっ!」
―――周り、正確には若干約二名が騒がしいせいか、どうにも集中できない。
「茶々丸、別荘内にどっか静かな部屋はないか? こっちは屋内でもできるから」
「承知いたしました。ご案内いたします」
横島が茶々丸に頼んで、別荘内に部屋を用意してもらう事となった。案内された先は二人用のゲストルーム。二人用と言ってもかなり広い部屋で、横島とアスナはテーブルを囲んで向かい合ったソファに座り、修行を再開する。
「何かありましたら、携帯でご連絡ください。そちらのベルを鳴らせば誰かが来るでしょうが…」
茶々丸が指差す先を見ると、そこには華麗な装飾が施されたベルが置かれていた。
ガラスで出来ているのか、蒼く透き通っている。音色も同じように透き通っているのだろうか、思わず手を伸ばそうとするが、その動きは茶々丸の次の言葉でピタリと止まる事となる。
「それを鳴らすと、私の姉が来ますので」
「…姉? チャチャゼロ?」
「いえ、私とチャチャゼロ姉さんの間には大勢の姉妹がいるのです」
かつて『人形使い(ドールマスター)』と謳われたエヴァが率いるメイド人形軍団、それが茶々丸の姉の正体だ。
その外見を裏切ることなくメイドとしての能力も持ち、普段はこの別荘内に常駐しているのだが、茶々丸と違って人間相手には機械的に応対する事しかできない。
だから、ベルではなく携帯を使って自分を呼んで欲しい。茶々丸はそう言って屋上へと戻って行った。考えてみれば、彼女は今日ここを訪れた十人以上の客の世話を一人で行っているのだ。当人が客をもてなすのに燃えていると言うのもあるだろうが、横島達はそんな彼女の颯爽とした後姿に、頭の下がる思いであった。
その後、二人はそのまま二十四時間が過ぎて外に出られるようになるまで、二人で過ごす事となる。
修行をし、身体を休めていただけなのだが、当然のごとく周囲は囃し立てた。言われてアスナは気付いたらしく、顔を真っ赤にしてしまったが「ああ、そいつらなら修行して寝てただけだぞ」意外にもエヴァがフォローを入れてきた。こちらも延々とネギを「修行」と称してしごいていたのだが、その合間にきっちりと二人の事を見張っていたらしい。あの二人に関しては「前科」があるため、目を放すのは不安だったのだろう。
「そうそう、別にやましい事なんて…って、何でエヴァちゃんが知ってるのよーっ!?」
「言ったはずだぞ、私はこの別荘内ならどこでも見る事ができると」
アスナは更に顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。ただし、怒りで。
しかし、エヴァはどこ吹く風。まるでそよ風に吹かれたかのように涼しい顔だ。横島にその事を教えていたのだから、今を平穏無事にいられるのだ、むしろ感謝しろと言いたげである。
「…兄貴、大丈夫かい?」
「カモ君、横島さんが言ってたよ。サイキックソーサーも、『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』も、覚えた時は大変な目に遭ったって………僕もナニかに目覚めるかも〜」
「兄貴ぃーーーッ!!」
そして、ネギは力尽きていた。仮に目覚めるものがあったとして、それが横島と同じもの、霊能でない別の何かであったら洒落にならない。
別荘から出れば外は夜だ。明朝までゆっくりと眠れるだろう、それこそ泥のように。「死んだように」とも言うのかも知れないが、それについては忘れた方が幸せであろう。
こうしてネギ達はそれぞれに別荘での一夜を終えて外の世界へと戻った。
帰り際にエヴァは、これから毎日別荘で修行をするから忘れずに来るように、とネギに申し渡す。それを聞いたネギは心なしか怯えた様子であったが、これも強くなるためだ。覚悟を決めて頷いた。
「あの、豪徳寺さんも連れて来ちゃダメですか?」
「来るなら断りはせんが…格闘家があそこを使ってもあまり意味がないぞ?」
あるとすれば一時間で二十四時間の修行が行える事だが、一人で出来る特訓と言うのには限界がある。茶々丸が組み手の相手をすれば話は別かも知れないが、もてなしに燃える彼女はそれを受けないだろう。
別荘以外の場所、例えば世界樹前広場等でネギの修行を行うと言う手もあるが、これはエヴァの都合により却下だ。
彼女は、麻帆良女子中学卒業までの限られた時間を有効に使うために、京都から持ち帰った文献の調査を別荘で行っているのだ。それ故にネギの修行は別荘でなくてはならない。
自分とエヴァだけでは不安であったため、豪徳寺に見張っていてもらおうと考えていたネギは言葉を詰まらせる。
「ククク、別に心配してお目付けを連れてこずとも、取って食いはせん」
「うぅ…」
エヴァは、そんなネギの不安をあっさりと言い当てた。こうなれば、おとなしく従うしかあるまい。
見かねた横島とアスナは「暇があったら俺も一緒に行ってやるから」「その時は、私も一緒に行くわ」と、その肩をポンと叩いた。有難いが、この二人、その時はきっとまた二人だけで修行をしているだろう。
気休めにしかならないが、その気持ちが嬉しいと、ネギはそっと涙を流すのであった。
翌日の昼休み、横島は豪徳寺に捕まり食堂棟へと引き摺られていた。先日紹介できなかった気の使い手である友人達、中村達也、山下慶一、大豪院ポチの三人を横島に紹介しようと言うのだ。それを聞いた横島は、すぐさま逃げ出そうとしたが、なんと彼は今まで知らなかったのだが、中村は横島、豪徳寺と同じクラスだった。流石の横島も二人がかりでがっしりと捕まえられてしまえば、逃げ出す事ができない。
「安心しろ、今日は本当に紹介するだけだ」
「いきなり勝負しろとか言わないって」
「「明日以降は知らないけどなっ!」」
口々にフォローしようとし、最後にはハモって見せる豪徳寺と中村。何とも素晴しいコンビネーションである。
「お前らと知り合わんかったら明日以降も平穏無事なんじゃー!」
「はっはっはっ、そう言うな。袖すり合うのも他生の縁と言うじゃないか」
「んな縁いらんわーっ!!」
そんなやり取りをしながらも、三人は食堂棟に到着。そこには既に山下と大豪院が待ち構えていた。
レストランの隅の席に陣取っていた二人は、横島の姿を確認すると逃げられない位置に彼を座らせる。
辺りを見回せば、幾人か3年A組の生徒達の姿があるのだが、今日は流石に横島に声を掛ける事もなかった。横島と豪徳寺だけならともかく、見ず知らずの男が他に三人もいれば躊躇してしまうのも無理はない。
「君が横島君か、噂には聞いているよ」
まず最初に握手を求めたのは山下。今は学生服であるため、彼の奇抜なファッションセンスは伺い知る事ができない。そのため横島は、とりあえずその手を取ったものの、心の中では「美形は敵じゃ」と毒づいていた。
一方、大豪院はよろしくと軽く会釈するだけであった。この二人、麻帆良男子高校の三年生でそれぞれ別のクラスらしい。ただし、二人は麻帆男寮では同じ部屋のルームメイトである。
また、豪徳寺と中村の二人も寮ではルームメイトだそうだ。それを聞いて横島は確信した。この四人は何者かの意思によって隔離されているのだと。学園長辺りの意思によるものだと思われる。
既に横島の性格を知っている豪徳寺はさほどではなかったが、中村と山下は明らかに横島と戦いたいようだ。
逆に大豪院は落ち着いた様子だ。横島が、こちらは話が通じるのではないかと、一縷の望みを託して話し掛けてみる。すると、大豪院は「無理に戦わせても良い戦いにはならない」「戦う気になったら言ってくれ」と言った。こちらも戦いたいようだが、無理強いするつもりはないと言う事だろう。
「ったく、他にもいるんじゃねぇだろな、お前らみたいな戦闘民族」
「…麻帆良じゃ、そう珍しくもないさ。横島、お前を含めて、な」
そう言って大豪院はフッと笑った。横島がGSである事を言っているのだ。確かにGSに比べれば、大豪院達はまだ一般人の範疇と言えるかも知れない。
しかし、それは横島としては反論したかった。彼に言わせれば、自ら戦いを望む時点で戦闘民族。そもそも、気を飛ばせるような者は一般人とは言わない。いや、言ってはならないだろう。
そう言うべく立ち上がろうとしたその時、不意に横島の名を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。
「あの…ちょっと、よろしいですか?」
聞き覚えのある声。振り返ってみると、そこには鳴滝4号、もとい綾瀬夕映の姿がある。
ハルナも一緒ではないかと周囲を見回してみるが、姿が見えない。それどころかのどかの姿もなかった。
何と、夕映は一人で横島に声を掛けてきたようだ。横島にしてみれば「ハルナと一緒にいるおとなしい子」と言うイメージがあるのだが、横島と豪徳寺は顔見知りとは言え、半分以上が知らない男子高校生の集団に一人で話し掛けてくるとは何とも豪気である。
「今日は一人か。どうした、何か用か?」
「一つ、お願いしたい事がありまして…」
「お願い?」
内容を聞こうとするが、夕映はチラチラと豪徳寺達に視線を向けるばかりだ。あまり人に聞かれたくはないのだろう。
最初にその事に気付いたのは山下。フェミニストを自称する彼は、仕方が無いと横島を解放し、横島と夕映は二人で別の席へと移った。
別の席に移った横島は、あちらではまだ注文もしていなかったので、こちらで改めて昼食を注文する。
夕映にも奢るから好きなものを注文するように言うが、こちらは既に昼食を済ませているようで、持参したパックジュースを飲んでいた。そこに書かれた文字は『アボガドマキアート』、初めて見る物であったが、何ともまずそうだ。横島は、自分では決して買わないだろうと思った。
「それで、お願いってのは?」
「あの、その前に聞きたいのですが、横島さんは麻帆良男子高校の方で、何か部活をしているですか?」
「部活? いや、してないな。仕事もあるから、そんな時間的余裕もないし」
「そうですか。なら、幽霊部員でもいいから、籍だけを置くとかできるですか?」
「できなくもないが…どうした、部員が足りんのか?」
横島が問うと、夕映がふるふると首を横に振った。
彼女は図書館探険部以外にも哲学研究会、児童文学研究会と三つの文化部を掛け持ちしているが、どのクラブもそれなりの規模を誇る。夕映の願いはそんな事ではないのだ。
恥ずかしいのか、夕映は伏し目がちでもじもじとしている。傍目に見ている分には可愛らしいのだが、これでは話が進まない。
横島は真正面から見据えて問い質してみた。すると、夕映も決心がついたのか、おずおずと話し始める。
「それじゃ、お願いって言うのは何だ?」
「実は…図書館探険部に入部して欲しいのです」
「…はい?」
魔法先生の間でも重要視されている、麻帆良学園都市、中学、高校、大学の合同巨大サークル『図書館探険部』。横島の下に訪れたのは、その中でもブラックリストに名を連ねる問題生徒である綾瀬夕映からのスカウトであった。
それを聞いた瞬間、横島のアゴがカクーンと落ちたのは言うまでもない。
つづく
あとがき
『魔法使い』、『魔法剣士』に関する説明は、原作における設定、描写に加えて『GSアスナ』独自の設定も加えて書いております。ご了承ください。
そして、夕映が動き始めた事により、新エピソードの始まりです。
今回は導入部分、その入り口のみですので、詳しい事は次回をお待ち下さい。
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