topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.53
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 別荘内、二日目の夜。昨晩は横島達より屋上に程近い上層に部屋を借りていた豪徳寺達だったが、引き続き砂浜で特訓を行うために地上に近い部屋を宛がってもらっていた。
 あの後、夕方になってようやく目を覚ました横島はしっかり休むよう忠告したのだが、三人はネギの頑張りを見ていると、休んでいるわけにはいかないと反論。横島はこれ以上言っても無駄だと悟り、アスナ達と部屋に戻る事にした。ここで彼等と一緒に特訓をしようと言う考えに至らないあたりが実に横島である。
 また、少女達の部屋割りにも、昨日と比べて変化があった。愛衣が横島の居る部屋に移ってきたのだ。高音が千鶴と仲良くなったので、わざわざ離れた部屋に居る必要がなくなったためであろう。
 現在はエヴァの魔力補給のために呼び出されて横島がおらず、代わりに隣の部屋に泊まっている和美達が訪れ、各寝室の中央に位置する大きなリビングで寛いでいた。
 この大部屋には小さなものではあるが、ユニットバスも備え付けられているのだ。他にキッチンも存在しており、この大部屋の中だけで生活していく事も可能である。
 実は、隣室の和美達は、昨日もこの部屋を訪れてこのユニットバスを利用した。別荘内にはエヴァ自慢の大浴場も存在するのだが、あえてすぐ側に友人達が居るこちらを使用しているのは、皆が近くに居る方が良いと言う彼女達の不安の現れかも知れない。
 問題があるとすれば横島が居る事だが、昨日の彼はそれどころではなかった。そして、今日は彼がエヴァに呼び出されて居ない隙を狙ってこうして入浴しに来ていると言うわけだ。
「あ〜う〜」
「……どしたの、アスナ?」
 和美と千雨が順番待ちをしながら寛ぐソファの背後で、まるでノイローゼの熊のように歩き回るのはアスナ。
 古菲がそっと耳打ちしてくれた話によると、エヴァに呼び出された横島が、昨日のような状態になって帰ってくるのではないかと心配しているそうだ。それを聞いた千雨は、昨日の横島の惨状を思い出して頬を引き攣らせる。
「まぁ、ネギ君の修行も結構激しくやってるみたいだからねぇ」
「ここに居ると忘れちまいそうだけど、外は現在進行形でヤバいんだよな…」
 実際、別荘内は安全だ。こうしていると、麻帆良学園都市に危機が迫っている事など信じられない――いや、信じられないと言うよりも、今はあえて考えずにいると言った方が正確だ。空元気である。
 皆が目を背けようとしている事に、あえて目を向けてしまうのは、千雨の性格故であろう。
「だ、大丈夫だよ! ヨコシマが悪いヤツらなんか、みんなやっつけてくれるってっ!」
「ヘルマンとやらと戦うのはネギ先生だろうが」
「だ、大丈夫ですよー。ネギ先生だって、そのためにあんながんばってるんだし」
「だと良いんだが…」
 そう言いつつ千雨は大きく溜め息をついた。一番、魔法使い達の存在を受け容れ難いと考えている彼女こそが、一番現状を深刻に受け止めているのかも知れない。
「どっちにしても、アスナ達はともかく私達に出来る事と言ったら、皆の無事を祈る事ぐらいだよね」
 和美の言葉に異論を唱える者はいなかった。
 もう一つ、囚われの身となっているクラスメイト達だけでなく、横島の無事も祈らねばならないだろうが、あえてそれについては皆触れない事にする。

「ちょっ、ちづ姉! その格好で出ちゃダメだって!」
「やー!」
「お姉様、ちゃんと身体拭かないと!」
 その時、バスルームから千鶴と高音が飛び出してきた。続けてバスタオルを手に追いかける夏美と愛衣。身体を拭いてもらっていたが、じっとしている事に我慢できなくなった千鶴が高音の手を引いて逃げ出したようだ。しっかりしているようで、やはりまだ子供である。
「…あれ? おにいちゃんは?」
 しかし、部屋に横島の姿がない事に気付くと千鶴はピタリとその足を止め、その間に夏美と愛衣が追いついて二人を捕まえた。
「二人とも、横島さんが居る時はその格好で出てきちゃダメだよ?」
「わ、分かってるって!」
 赤面して答える夏美。流石に夏美達はバスタオルを身体に巻いているが、それでも横島の前に出られる姿でない事は確かだろう。二人は子供達を抱き上げて、早足でバスルームに戻っていった。


 一方その頃、横島がどうしていたかと言うと―――

「おーい…何で縛られてるんだよ、俺」
「フフフ、今日はちと趣向を凝らしてみようと思ってな」

―――ディナーを終えた後、ロープでベッドの四方に両手首、足首を繋ぎ止められて、身動きが出来ない状態になっていた。しかも、上半身は脱がされた状態で。
 頭の下には少々堅い感覚。チラリと視線を上へとやると、そこにはメイド姿の茶々丸の端整な顔立ちが見える。そう、堅い感覚と言うのは彼女の足だ。所謂「膝枕」の体勢ではあるが、彼女はエヴァから横島が暴れないよう押さえておけと命じられてこうしていたりする。
「今日も私は頑張ったぞ。さぁ、ごほーびを貰おうか」
 そう言って、レースで飾られた黒いスリップ姿のエヴァが横島の上に乗りかかってくる。肌をくすぐる感覚、生地はシルクだろうか。
 あれだけ爆音を響き渡らせていたのだから頑張っていたのは分かる。だからと言ってこうして縛られる謂れは無い。
 何とか抜け出そうともがくが、手首、足首を縛られ、首から上を茶々丸にがっちり押さえられた状態では、流石の横島でもどうしようもなかった。
「横島さん、吸血鬼化予防薬は用意しておりますので、覚悟を決めてください」
 冷静にピシャリと言い放つ茶々丸。横島はやられっ放しは何なので、頭を動かしてせめて膝枕を堪能しようとするが、伝わってくるのはやはり堅い感覚だけである。
「あーもー! せめて、茶々丸のフトモモがやーらかかったらなーっ!」
「申し訳ありません。ハカセに相談してみます」
「そんなアホな相談せんでいい。ってコラ、じたばたするな、落ちるじゃないか」
 ベッドに縛り付けられたままにも関わらず、まるで吊り上げられた魚のように跳ね回る横島。その上に寝そべるようにして乗るエヴァは振り落とされないようにしがみ付きながら、横島の首筋にかぷりと噛み付いた。
 力が抜けるような感覚に襲われて、ピタリと横島はその動きを止める。エヴァはその反応に満足そうに目を細めると、時折噛む位置を変えながら『食後のデザート』を楽しむのだった。
 現状において最も暢気なのは、間違いなくこの二人であろう。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.53


 そんな横島達とは裏腹に、緊迫した空気に包まれているのはポチと小太郎。
 麻帆良学園都市の地下に張り巡らされた地下下水道に侵入するための入り口の前に二頭の獣が立っていた。内一頭は狼――大型肉食獣サイズなので、本当に狼なのかは甚だ疑問ではあるが。そして、もう一頭は小さな子犬だ。
 ネズミの居そうな場所と言う事で、パイパーが隠れているのは地下下水道だろうとあたりを付け、各所に存在する入り口を回って最も強く匂いを感じる所を探したのだ。
「ほんまにここにおるんか? 下水道言う割には結構キレイやし、あのハゲの匂いも全然感じんのやけど」
「それはピントがズレているんだ。物理的な匂いではなく霊的な匂いを探れ」
「そんな事言うても…」
 ポチは分かっているようなのだが、小太郎には理解できない。
 いかに『狗』が人狼族とは言っても、あくまで人間社会で暮らしてきた者達だ。人より優れた超感覚を持っているとしても、街の中ではそれを使う機会もなくおのずと錆びついていく。自然の中でそれを培ってきた本家の人狼族には敵わないと言う事だろうか。
「鼻に拘るな、肌で感じろ。君がヤツの側を横切った時に感じたと言う悪寒…あの感覚を信じるんだ」
「お、おぅ!」
 そして獣達は連れ立って連れ立って下水道へと入って行った。
 水路の両脇に通路があり、その道を二頭は進んで行く。
「…変やな、ここ」
 しばらく進んで、逃亡生活中に何度か下水道を逃走経路として利用した事がある小太郎が違和感に気付いた。
 まず、水路脇の道が広い。通路上もあまり汚れてもおらず、何より「下水道」と言う割には匂いが少なく、水も綺麗に見える。まるで誰かが常日頃から手入れしているかのようだ。
「そうだな…微かにだが、人の通った形跡が残っている」
「あ、それは俺にも何となく分かるで!」
 おそらく魔法先生、生徒達が通路として使っているのだろうとポチは推測した。この下水道が麻帆良学園都市の各所へ秘密裏の内に移動するための通路であると考えれば、道の広さや綺麗さも納得が行く。
 こそこそしてると言うなかれ、魔法使い達はその正体を隠さねばならないのだ。街中でトラブルが起きればすぐさま魔法先生達が駆けつけるが、和美のような報道関係の人間も同じように現場に集まってくる。
 一度や二度ならば問題は無いだろう。しかし、何度も繰り返している内に一般人から見れば「ただの先生」であるはずの魔法先生が、何か起きる度に大急ぎで現場に駆けつける姿に疑問を抱く者が現れるかも知れない。そこから、魔法使いの正体に辿り着かれてしまう可能性もゼロでは無いのだ。
 そう、現場に向かう魔法関係者の姿を極力人目に付かないようにするために用意されたのが、この下水道――に見せかけた地下通路である。ポチが耳を澄ませてみると、壁の向こうから轟々と水の流れる音が聞こえてきた。壁の向こうにパイプが通されているようだ、それこそが本来の下水道なのであろう。
「…この様子だと、パイパーもネズミ集めに手間取っているかも知れんな」
「おお、そりゃそうや!」
 こうして辺りを見回しても肝心のネズミが見当たらない。全くいないと言うわけではないだろうが、普通の下水道に比べて整備されているため、ネズミの数が比較的少ないのは確かであろう。
 まだ間に合うかも知れない。ポチと小太郎は顔を見合わせて頷き合うと、一刻も早くパイパーを探し出すために、先を急ぐのだった。


 匂いを頼りにポチが先導して地下通路を進んで行く事しばし、パイパーまでの距離が近付いて来たのか小太郎にもその存在を感知出来るようになってきた。
「ち、近くなってきたな…」
「ああ、そろそろ戦いの準備をするぞ」
 そう言って狼頭の獣人へと変わったポチは、風呂敷包みを降ろして、中身の確認を始め、小太郎も子犬から人間の姿へと戻り、風呂敷包みの中に入れておいた服、山下と中村が買ってきてくれたジャージに着替える。
「風呂敷はお前が持っていろ」
「おう!」
 獣人の姿になると、その首の太さに対し風呂敷が小さ過ぎるため、小太郎はそれを受け取って治療用の札を何枚かをポケットに忍ばせると、残りを詰めた風呂敷は首に巻いて背負った。これで準備は完了だ。
 そのまま慎重に進んで行くと、やがて二人の目の前に広大な空間が広がった。
「こ、これは…」
 呆然と立ち尽くす二人。
 四方は壁に囲まれており、天井は格子状の鉄骨の隙間から木の根が顔を覗かせている。
 足元はいつの間にかコンクリートから自然の地面に変わっており、少し前方を見てみると地底湖、更にその先には地底であるはずなのに何故か森が広がっていた。
 おそらく、天然の地底空間を魔法使い達が壁、天井で囲ったと思われる。何かしらの目的があるのだろうが、ポチ達にそれを知る術は無い。
 そして、彼等の目を捉えて離さないのは、それだけではなかった。
 森の木々の間に漂う無数の風船。それだけならば、なかなかにファンシーな光景であるが、問題はその一つ一つから何故か人間らしき匂いがすると言う事だ。
「あ、あれ、千鶴のねえちゃんとちゃうか!?」
「…その隣は高音とやらか」
 よく見ると風船一つ一つに顔が描かれている、やけにリアルだ。
 小太郎が指差す風船には千鶴の顔が、そのすぐ隣には高音の顔が描かれた風船が浮かんでいる。
「まさか、この風船はパイパーが奪った時間か?」
「よっしゃ、今すぐ割ったる!」
 言うやいなや、小太郎はポチの肩を踏み台に千鶴の風船へと躍り掛かり、破裂させてやろうと爪を立てて攻撃を繰り出す――が、あっさりとその攻撃は跳ね返されてしまった。
 驚愕の声を上げる小太郎。彼の爪を以ってすれば針で突くようなものだと言うのに、いくらなんでも風船を破裂させられないはずがない。
 崩れた体勢を整えて着地し、宙の浮かぶ風船を見上げてみると、ポチもまた険しい表情でそれらを見詰めていた。
「確か、横島が言っていたな。彼女達を救うには『金の針』が必要だと」
「あっ…」
 その言葉で小太郎も理解した。つまり、あの風船は金の針でなくては割る事が出来ない。
 風船は気になるが、二人はパイパー捜索を優先するべく先に進む事にする。
 充満する濃密な木々の匂いのせいか、この空間に入ってからパイパーの匂いを正確に辿る事が出来ない。
 いや、近くに居る事は確かだ。匂いは辿れなくとも、気配は感じる。
「水際で匂いは途切れとるで」
「…そのせいか。仕方が無い、向こう岸に渡ろう」
 漠然と感じる匂いも、向こう岸に渡れば嗅ぎ分ける事が出来るかも知れない。
 二人は早速水へと入る。水深は大柄なポチの腰ぐらいまでだ。
 小柄な小太郎は胸の辺りまで水に浸かる事になり、大急ぎで対岸に上がろうと水を掻き分けて進んで行く。泳いだ方が速いかも知れないが、足が届かないと思われるのも癪だし、犬掻きになってしまいそうなので、あくまで底に足を付けてざぶざぶと歩いて行く。無理をして先行しようとするその姿をポチは苦笑して見守った。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫や! ちゃんと足は届いと……ッ!?」
 「る」と続けようとした小太郎だったが、それが最後まで続けられる事はなかった。グッと足を掴まれる感覚があったと頭で考える間もなく、突然その小柄な身体が水中へと引きずり込まれてしまう。
 ポチは慌てて駆け寄ろうとするが、それよりも早く彼の目の前に巨大な影が立ち上がった。
 褐色がかった灰色の毛に覆われた身体、ポチよりも一回り大きくまるで岩のようだ。同時にすぐ脇で水面から持ち上がる細い尾。そして何より咽返るようなパイパーの匂い。その正体は巨大なネズミ、これこそが悪魔パイパーの正体だ。横島から事前に話を聞いていなければ、驚きの声を上げていただろう。
「そうか、こいつが…」
「ホーッホッホッ、そうさ、オイラが悪魔パイパーさ」
 ネズミの額からピエロ・パイパーの上半身が生えてきた。ネズミの目は小太郎を、ピエロの目は背後のポチを捉えて離さない。
 そして、小太郎の片足を掴み逆さに吊り上げたまま、二体のパイパーが揃って高笑いを上げた。
「こんにゃろ! 水ん中で息止めて隠れてたんか!」
 そう、パイパーは水面下で息を潜めていたのだ。姿と匂いを水で覆い隠す為に。
 ただし、小太郎の言葉は一点、間違っている部分がある。
「息を止めて…? ホッホッホッ、オイラを貴様等と一緒にするんじゃないよ」
「何ぃっ!?」
 巨大なドブネズミの姿をしているからと言って、本当にネズミな訳ではない。
 神魔族は物質の身体を持つ人間界の生き物とは根本的に在り方が違う。具体的に言うと、彼等は呼吸をする必要が無い。その気になれば宇宙空間でも生身で平然と活動し続ける事ができるのだ。
「それじゃ、ちょいと実験とシャレ込もうか? 貴様らはどれくらい沈めてりゃくたばるのかなァッ!!」
 腕を振り上げ、パイパーは掴んだままの小太郎を水面に叩き付け、更に空いた手で小太郎の胸倉を押さえつけて上がってこれないようにする。
 このままでは小太郎が溺れてしまう。その危機にポチがすかさず動いた。
「一点集中ッ!!」
「ぐほっ!?」
 腰を下ろし、渾身の力で正拳突きをネズミ・パイパーの背中に叩き込む。
 これにはパイパーも堪らず小太郎を掴んでいた腕を放し、解放された小太郎は水面から顔を出して荒い呼吸を整えようとしている。
「小太郎君、岸へ!」
「お、おう!」
 ポチは更に攻撃を続け、小太郎を対岸に上がらせるための時間を稼ぐ。パイパーも小太郎よりもまずはポチを片付けるべきだと水面を波立たせながら振り返り、ネズミ・パイパーもポチへと向き直った。
 しかし、それはポチにとって待ちかねた動きである。元より地底湖と言っても大した幅の無い水溜りサイズだ。その隙に小太郎は岸へと上がり、また、ポチとていつまでも腰まで水に浸かった不利な状況で戦い続けるつもりは毛頭無い。小太郎が岸に上がったのを確認すると数歩後に下がり、飛び掛ってきたパイパーを踏み台にして対岸に向けて一息に跳躍した。
 流石は人狼族、しかも獣人形態と言うべきか。水の抵抗などものともせずにポチは対岸に見事着地を決める。
「逃がさんぞッ!」
 叫んだパイパーは、右手にその力の源である『金の針』を出現させ、それをさっと一振りすると針は巨大化しネズミの手に収まる。それはまるで突剣のようであった。
 更に、小太郎とポチはそのまま森の中に身を隠そうとするが、木の陰から次々と数十匹のネズミが顔を出す。
 ネズミとは本来ネズミ目に属する約千種以上が含まれる一大グループだ。人家やその周辺に棲息する俗に「イエネズミ」と呼ばれる種類の中にも湿った場所を好み下水道を棲み処とするドブネズミの他に、樹上生活を得意とするクマネズミと言う種類も存在している。
 ドブネズミと比較して大きな耳に身体よりも長い尾。木陰から顔を出したネズミは、明らかにクマネズミである。本来街中ではビル内や天井裏等比較的高い所に生息する種類だが、麻帆良学園都市ではこうして世界樹の根が森林の如く生い茂る地底空間を棲み処としている。
「ホーッホッホッ! まだまだ予定の数には足りないが、貴様らを片付けるには十分過ぎる数だぞッ!」
 下水道があの調子だったのでネズミ集めは芳しくないと考えていたが、それは甘い考えだったと言わざるを得まい。
 現状は、パイパーが居る地底湖を背に、前方の森にはパイパーに操られているであろうクマネズミ達。背水の陣であり、同時に挟撃される形だ。まずはこの現状を打破する必要がある。
「よし、俺に任せとけッ!」
 小太郎が地面に向かって拳を振り下ろすと、彼の影から無数の精悍な姿の黒犬が現れた。人狼族特有の眷属『狗神』だ。純血の人狼族でありながら武道一辺倒で術関連はさっぱりのポチは、小太郎の才にほぅと小さく感嘆の声を漏らす。
「よっしゃ、食い散らしたれッ!!」
 掛け声と同時に動き出す『狗神』達、分散してネズミ達に襲い掛かり、その牙の餌食にしていく。操られているネズミ達は逃げ出す事も出来ずに、ある意味で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる。
「突破するでッ!」
「ウムッ!」
 この混乱の隙を突いて二人は囲みを突破、パイパーから離れる事となるが、これで二人が真正面からネズミ達を取り巻きにするパイパーに立ち向かう形となる。
「チィッ、逃がしはしないぞ!」
 パイパーが『金の針』を指揮棒のように持ち替え、針の先から雷光を放つと、『狗神』達は蹴散らされ、そしてポンと弾けるような音と共にネズミ達が次々に小さなパイパーへと姿を変えていく。『金の針』こそ持ってはいないようだが、小さなパイパー達はそれぞれラッパを手にしている。
「あれは、まさか…」
 ポチの脳裏に横島の言葉が浮かび上がった。「ラッパが大合奏で、魔力でドーム作ってその中全体に呪いを掛けるとなると、防げるか?」なるほど、確かにあれは大合奏だ。ある程度『狗神』によって数が減らされたとは言え、ポチの咆哮を力で押し切るには十分過ぎる数だろう。
「逃げるか!?」
「いや、小太郎君! 風呂敷の中から簡易結界を出すんだ! 横島が入れているはずだッ!!」
「お、おう、そうやった!」
 小太郎は慌てて風呂敷を下ろすと、中から簡易結界である注連縄の輪を取り出して、二人で中に入った。
「まずは貴様等を片付けてやる、行くぞッ!」
 ドームのサイズを地下空間の大きさに留め、その分演奏時間を短くしてパイパーは呪いを発動させる。
 爆発のような大きな音は無い。熱も感じない。ただ、目の前が光に包まれて真っ白になり、簡易結界の注連縄が焼き切れるように断片となって千切れていく。
「た、助かったんか?」
「とりあえずは…な」
 光が収まった時、二人は子供になる事なく元の姿のままであった。
「ホゥ…耐えたか。だが、その結界の縄は後幾つ残ってるのかな? オイラの魔力は無尽蔵だぞ?」
 パイパーの言う通りだ。結界のおかげで一度は呪いを防ぐ事が出来たが、風呂敷の中に入っていた簡易結界はあれ一つのみ、次は無い。逆にパイパーは『金の針』がその手にある限り、何度でもあの規模の呪いを掛ける事が出来る。
 このまま座して待っていても破滅しかない。ならばとポチは攻撃に転じ、死中に活を見出すべく動き出した。
「攻めるぞ、次の演奏が終わるまでにネズミを全て蹴散らすしか道は無いッ!!」
「! ガッテン承知やッ!」
 まずはポチが駆け出し、彼の言葉を聞き少し遅れて小太郎も動き出す。
 対するパイパーはニヤリと笑みを浮かべると、余裕の表情で小さなパイパー達に自分を囲むように円陣を組ませて演奏を開始した。まだ数十匹残っている。この地下空間の範囲ならば、確実に呪いの方が速い。何より、いざとなればネズミ・パイパー自身が『金の針』を武器にして彼等を迎え撃つ事ができるのだから。
「ホーッホッホッ! あがけあがけ! こうしている間にも、ネズミはどんどん集まってきているんだぞッ!!」
 そう、こうしている間にもパイパーは魔力を以ってネズミを集め続けている。
 どうやらこの地下空間は壁の外にも広がっているらしく、周辺にはまだまだネズミが居るはず。
 つまり、もしここで小さなパイパー達が全て蹴散らされてしまったとしても、パイパーはすぐに次を用意する事が出来るのだ。パイパーに言わせれば、ポチ達の行動など無駄な足掻き以外の何物でもない。

 小さなパイパー達も所詮はネズミ。その力はポチ達から見れば敵ではないのだが、如何せん数が多い。
 真正面から突っ込み、演奏が終わる前にパイパーの前に陣取る十匹ほどを蹴散らしたが、まだパイパーの左右、背後にも同程度の数が残っている。
 そのまま二人は左右に分かれようとするが、そうはさせじとパイパーも動いた。ただし、ネズミのパイパーではない。その額から生えるピエロ・パイパーの上半身だ。
 両の掌から魔力を放ち、二人に攻撃を仕掛けてくる。ポチは押されながらもかろうじて堪えるが、ウェイトの軽い小太郎は、その一撃で吹き飛ばされてしまった。
「小太郎君!?」
「大丈夫やっ!」
 小太郎はすぐさま空中で体勢を整えて受身を取る。ポチのそうだが、双方ダメージは大した事がなさそうだ。
 しかし、この攻撃で小太郎はパイパーから離されてしまった。すぐさま再び駆け出すが、この攻防が繰り返されてしまったら、どうあがいても演奏終了までに間に合わせる事は出来ない。

「ほらほら、もう演奏は終わるぞ!」
 そして演奏はクライマックスを迎え、辺り一帯が魔力のドームに包まれた。
 後は演奏を完了させ、パイパーの掛け声で呪いが発動すれば、勝負は決まる。
 もはやこれまでかとポチが苦悶の表情で目を閉じたその時―――

「なんだぁ、こいつはッ!?」

―――突然、噴出音と共にどこからともなく湧いて出た煙が辺りを包み込んだ。
 パイパーは何事かとキョロキョロ辺りを見回すが、煙に紛れて誰かが攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
「チッ、脅かしやがって…こんな、何の力も込められていない煙など、目くらましにも――」
 その時、「ならない」と言おうとしたパイパーの言葉を、耳障りな音が遮った。
 なんと、演奏中に煙に包まれ、それを思い切り吸い込んでしまった小さなパイパー達が咳き込み、苦しがっているのだ。
 パイパーの力で変身しているとは言え、元は普通のネズミ。生きている以上呼吸をせねばならず、煙を吸い込んで咳き込んだ事で演奏が中断されてしまった。辺りを包んでいた魔力のドームも、今は霧散してしまっている。
 演奏により形成された魔力のドームはどうする事が出来なくとも、そもそも演奏させなければドームは発生しない。考え方はポチ達と同じものだが、そもそもラッパが吹けない状況にすると言うのは盲点であった。
「皆さん、今ですよ!」
 煙の向こうから聞こえてくる少女の声。方角は地下水道へと続く出入り口だ。誰かが二人の後を追って援軍に駆け付けてくれたのかも知れない。
 その声に奮い立ったポチと小太郎は、呆然としているパイパーが復活する前に、彼に周囲に陣取る小さなパイパー達を次々に駆逐していった。
「よし、これが最後の一匹やッ!」
 小太郎が最後の一匹を蹴り上げると、小さなパイパーは空中でネズミの姿に戻り、ショックで支配から逃れたのか、地面に落ちると鳴き声を上げて逃げ去る。
 これでパイパーが集めたネズミは全ていなくなった。次のネズミ達が集まってくるまで、パイパーは自分でラッパを吹くしか呪いを掛ける術はないが、それもポチの咆哮ならば相殺する事が出来る。
「チッ、やるじゃねぇか…何者か知らんが、まずはこの煙幕の主から片付けた方がよさそうだな」
 そう言ってパイパーは声がした方に視線を向ける。ピエロもネズミもポチ達に背を向ける体勢だ。
 この隙を逃す手は無いと攻撃に移ろうとした二人であったが、それよりも早くパイパーが動いた。『金の針』を手にしたまま、声の主に向けて駆け出して行き、ポチと小太郎も慌ててその後を追う。
「誰か知らんが、一気に決めさせてもらうぞッ!」
 声の感じからして相手はまだ子供。パイパーは子供好きを自称しているが、それはあくまで素直で可愛い無抵抗な子供の事だ。自分の邪魔をする子供を蹴散らす事に何の躊躇も無い。
 先程の声から察するに、その主は地下水道に続く出入り口付近に居る。地底湖を一息に飛び越え、『金の針』を以ってそのままの勢いで串刺しにするべく、勢いを殺さずに吶喊する。
「死ねぇッ!!」
 必殺の気合を乗せた攻撃、子供に止められるものではない。
 重い物同士がぶつかり合ったかのような衝撃音が響き渡り、パイパーは何かに激突した手応えを感じてニッと唇の端を吊り上げた。

 やがて煙が晴れ、パイパーの目にも串刺しとなった獲物の影が薄っすらと見えて来た。 
 自分の邪魔をしたのはどんな子供か。確認するべく針先を持ち上げようとするが、何故か針はピクリとも動かない。
「何いぃぃぃぃぃッ!?」
 針の先にあるモノを確認したパイパーは驚愕の声を上げた。  何と、それは串刺しにならず、手で『金の針』を掴んでいたのだ。しかも、それは子供の手ではなく、ポチ以上に大柄な男の手である。
「『こんな事もあろうかと』…ですね。妙に騒がしいので、この子を連れて来て正解でした」
 大柄の男の向こうから少女の声がする。
 何て事はない。最初から声の主である少女の前にはこの男が立ちはだかっていたのだ。
 レザーと思われるジャケット、その中に着ているのはタートルネックのセーターだろうか。逆立てられた髪はピンと立っており、少し長めである。
 彫りの深い顔立ちで、目元はサングラスに、耳は何かしらの機械的なパーツで隠されている。神多羅木を髣髴とさせる強面だが、彼に比べても殊更がっしりとした印象だ。

 男の陰から少女が姿を現した。大柄の男とは裏腹に小柄な少女である。
 広く額を見せた三つ編みを二つ結った髪型で、眼鏡を掛けている。麻帆良女子中の制服を身に纏い、その上に白衣を纏ったその姿。そう、超一味の一人にして茶々丸の生みの親の一人でもある3年A組が誇る天才少女の一人、葉加瀬聡美、通称『ハカセ』その人であった。

「連絡は受けていますよ。貴方が悪魔パイパー、ですか。この子の実戦テストの相手として不足はありません」
「テスト? オイラを出汁にしようってのかい? 生意気なガキだねぇ…やれるもんならやってみなッ!」
 聡美の物言いにカチンときたパイパーは凄んでみせるが、当の聡美は怯むことなくにっこりと微笑み返す。
「では、遠慮なく。その前に紹介しておきましょう、この子は機体番号T−ANK−α1試作型、工学部で実験中のロボット兵器です」
 なんと、この大柄な男は人間ではなくロボットだと聡美は言う。
 その言葉を証明するように、男の背中からは太いケーブルらしきものが地下水道へと延びていた。
「さぁ実戦テストよ、行きなさい!」
 大袈裟な身振りで命令を下す聡美。魔族相手に実戦テストが出来ると言う事で、若干興奮気味のようだ。
「貴方の力を見せるのよ! 『田中ハジメ』ッ!!」
「…了解」
 名を呼ばれた男、機体番号T−ANK−α1試作型、通称『田中ハジメ』は短い言葉と共に、サングラスの奥を小さく光らせて応えた。
 そして、このやり取りの間にポチと小太郎もパイパーに追い着いて来た。これで聡美以外の三人でパイパーを取り囲む形となる。
 パイパー対ポチ、小太郎、そして田中ハジメ。これより第二ラウンドの開始である。



つづく


あとがき
 エヴァの別荘内にある部屋に関する設定。
 麻帆良学園都市地下下水道に関する設定。
 本体がドブネズミ等のパイパーに関する細かな設定。
 T−ANK−α1試作型、通称『田中ハジメ』の存在。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

 特に、地下下水道については、ネギま原作でタカミチが「知らない」と言っている事を承知の上で書いております。
 「ネギま」作中における下水道の通路が、下水道と言う割にはキレイだった事から、この設定を考えてみました。

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