topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.55
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「ホーホッホッ! 庇いあうのもいいだろう、そのまま死ねぇッ!!」
 その言葉と共に振り下ろされる『金の針』。
 先端から放たれた雷球は、盾となったポチごと小太郎をも焼き尽くす――そんな数秒後の光景をイメージして、聡美は思わず顔を背けて目を瞑る。
「ぐほぉっ!?」
「…?」
 しかし、聞こえてきたのは小太郎のものでもポチのものでもない声。
 おそるおそる目を開けてみると、そこには脇腹を押さえたネズミ・パイパーが蹲っていた。痛みがリンクしているのか、ネズミの頭から生えたピエロ・パイパーも同じように脇腹を押さえ、悶えている。
「き、貴様…」
 憤怒の形相で視線を向ける先には田中ハジメ。よく見てみると、ネズミ・パイパーの脇腹には彼の腕が突き刺さっていた。その指は手刀のように真っ直ぐ伸ばされており、文字通り食い込むように突き刺さっている。
「田中ハジメ…!」
 続けて聡美も視線を向けると、そこには崩れ落ちながらも掴み掛かろうとした腕をそのまま発射した田中ハジメの姿があった。無理をして暴発のような形で発射したのだろうか、腕の発射口は黒く煤けてブスブスと煙を上げている。
 バイザーの奥で微かに明滅する光。ほんの僅かにエネルギーは残っているようだが、最早身体を動かす事もままならないようだ。聡美の耳に空回りするようなモーター音が届いている。

「そう、か…こちらに攻撃する隙を突いて…」
 痛みを堪えながら肩越しにパイパーを見るポチ、狼頭の口からくぐもった声が発せられた。
 そう、田中ハジメはパイパーがポチ達を攻撃しようとしたその一瞬の隙を突いてロケットパンチを叩き込んだのだ。
 それは奇しくも小太郎が攻撃した時と同じ、攻撃しようとした腕で出来た死角からの攻撃であった。
「チャンスだぞ、小太郎君!」
「おぅッ!」
「何ぃッ!?」
 ニッと笑みを浮かべたポチの掛け声と共に、彼の陰から小太郎が飛び出した。
 先程まで怪我をして動けなかったと言うのに、その動きは俊敏だ。パイパーに態勢を整える間も与えず、『金の針』を奪うべく襲い掛かる。
「貴様、動けなかったはずでは…っ!?」
「へっ、俺が背負ってた風呂敷には治療用の札が入っとってな!」
「! まさかッ!」
「その通りや! ポチの兄ちゃんの陰でこっそり回復させてもらったでッ!!」
 パイパーは気付いた。あの時、ポチは小太郎の盾になろうとしていたのではない。小太郎が治療用の札で回復するのを、自分の身体でパイパーから隠していたのだと。
 素早い動きで繰り出される小太郎の攻撃、田中ハジメから受けたダメージが思いの外大きく、パイパーは防戦一方を強いられてしまう。
「オラオラオラオラァッ!」
「クッ…」
 回復した小太郎も再び分身するだけの力は残っていない。
 ならば一人の手数で攻めるのみと言わんばかりに、ラッシュを浴びせる。心臓、肺、筋肉、全身を酷使し、破れた衣服から覗く手足はだんだんと熱く、赤くなっていた。
 攻撃を受けるパイパーは息付く暇もないが、攻撃する小太郎の方とて息する余裕があるかどうかも疑わしい。

「不味いですね…」
 このままでは、小太郎も長くはもたない。彼の様子からそう悟った聡美は、小太郎が時間を稼いでくれている隙を突いて、密かにポチへと駆け寄って行く。
 ケーブルを切断されてしまった田中ハジメには、もはや動く力はほとんど残されていない。ケーブルを修復するのは専門の道具がなければ不可能だ。その道具も、彼の腕のスペアも、用意するには一旦地下下水道に隠された秘密研究所に戻らなければならなかった。
 また、小太郎一人でパイパーを押し切るのも見ての通り難しいだろう。
 戦況をこちらに傾けるには、ポチを戦線復帰させるしかない。そう彼女は考えたのだ。
「大丈夫ですか?」
「ム…スマンが、手伝ってもらえるか? 小太郎君と違って、俺の傷は背中なんだ…」
 超のおかげか、聡美は雑学の範囲としてオカルトについてもある程度の知識を持っている。
 小太郎が残して行った件の風呂敷包みから治療用の札を取り出すと、言われるままにそれらをポチの背中へと貼り付けていくのだった。


 一方、エヴァの別荘は三日目の夜を迎えており、こちらではネギが早々に叩きのめされ、エヴァが手持ち無沙汰になってしまっていた。
 そのため、今日は横島が早めに呼び出されており部屋にはおらず、チャチャゼロとの特訓を終え、疲れ果てて戻って来たアスナが部屋でやきもきしていたりする。
「エヴァちゃんも、なんで今日に限って…」
「いいからとっととお風呂行っといでよ、アスナの番だよ〜」
「うぅ…」
 和美に言われてアスナは肩を落としながら浴場へと歩いて行った。
 それを夕映と土偶羅が並んで見守っている。
「あっちの従者はお前とは偉い違いだな」
「『従者』と言う面だけで比べてはいけませんよ、土偶羅さん」
 こちらはアスナのように疲れていないため、暢気に読書に勤しんでいた。
 既に魔界や昔の魔法に関して夕映が知りたい事については全て質問済みらしく、今は二人で魔法界の魔法に関する本を読んでいる。
 夕映の質問は土偶羅にとっては大した事のない内容であった。彼女はまだ魔界に関する基本的な知識を持っていないため、より深い内容に関する質問が出来ないのだ。厳密には異なるが、この状況は『猫に小判』、いや、聞いても理解できないと言う意味では、『馬の耳に念仏』と言った方が良いのかも知れない。
 如何に土偶羅が多くの知識を持っていたとしても、今の夕映にはそれを活かす事が出来ない。要勉強である。

「それじゃ、アスナの後は私達が入るね」
「おっけー」
 千鶴の汚れた靴下を脱がせながら言うのは夏美。
 私達と言うのはこの二人だけでなく、愛衣、高音も含めた四人の事だ。この数日で千鶴と高音の二人が仲良くなったように、夏美と愛衣もまた仲良くなっていた。
「んで、その後が夕食だね。いや〜、エヴァちゃんはいいねぇ、毎日茶々丸さんの料理が食べられるんだからさ!」
「ああ、それは分かる。四葉が料理上手いのは知ってたけど、絡繰のヤツも負けてないよな」
 和美の言葉に珍しく千雨がのってくる。毎食味わえる茶々丸の料理は、一週間この別荘に軟禁状態の彼女達にとって大きな楽しみの一つであった。
 これだけ大勢の客が滞在するのは初めての経験のため、茶々丸自身も張り切っているのだから当然であろう。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.55

「ぬぅうぅぅん…もう、大丈夫だ…」
「大丈夫って…ダメですよ、まだ血がこんなに!」
 ふらふらとした足取りで戦いに参加しようと動き出すポチを聡美が止めた。
 確かに、聡美は彼を戦線復帰させようとしているのだが、ポチの身体はいまだ回復したとは言い難い状況である。特に背中の傷が酷く、毛皮の毛はほとんど焼け焦げ、貼り付けた治療用の札が見る見る内に紅く染まってしまうほどだ。
「痛みは引いた! そして、手足は動く! ならば戦うのみ!」
 しかし、ポチは一歩も引かない。
 回復し切っていないのは小太郎も同じだ。なのにどうして自分だけが悠長に休んでいられようか。
 痛みは引いたと言ったが、正確には若干マシになった程度だ。治療用の札は貼るだけで手軽に使える代わりに、魔法で治療するような即効性は無い。
 しかし、動ける程度に回復した事も確かだ。ならばすぐさま戦線に復帰するのみ。
 ポチは血に染まった札を背に貼り付けたまま、パイパーに向けて駆け出して行った。

「なんて無茶を…」
 しばしその光景を呆然と見守っていた聡美だったが、ハッと我に返ると今度は田中ハジメの下へと駆け寄った。
 彼等があんな状態でも諦めずにその力を振り絞っていると言うのに、自分だけが早々に諦めるわけにはいかない。
 現在、彼女の手元に切断されたコードを直すための道具は無い。しかし、肩から提げた鞄の中には、もしかしたら役に立つかもと詰め込んだ数々の道具がある。
 その道具で田中ハジメを直す? いや、違う。これらの道具は全て電気で動く物だ。全てとは言わないが、そのほとんどにバッテリーが搭載されている。
「強引にでも繋げれば…」
 そう、そのバッテリーの電力を全て田中ハジメに叩き込むのだ。
 彼に必要な電力には程遠いが、せめて数秒だけでも動かす事が出来るかも知れない。
 ほんの僅かな時間だ。しかし、ゼロでは無い。聡美だけ何もしないまま諦めるわけにはいかなかった。


「助太刀するぞ、小太郎君!」
「おぅ、待っとったで!」
 ポチの接近に気付いた小太郎はニッと白い歯を見せて笑うと、飛び上がってピエロ・パイパーの腕を両脇に抱え込んだ。これでピエロ・パイパーはラッパを吹く事が出来ない。魔力を放つにも、方向を定める事が出来ないだろう。
 そしてクィッと顎である方向を指した。そちらに目を向けたポチは小太郎の考えを察するとコクリと頷いて更にその速度を上げた。
「犬っころがッ!」
 近付いてくるポチを迎撃すべくネズミ・パイパーが『金の針』を突き出すが、ポチは滑り込むようにしてそれをかわすとネズミ・パイパーの側面に回りこんだ。
 彼の瞳に映るのは――田中ハジメの腕。
 一瞬時が止まった。二人の意図を察したパイパーの頬をツゥーっと汗が伝う。
「一点集中ッ!」
 そして繰り出されるハンマーのような拳、狙いはネズミ・パイパーの脇腹に突き刺さった腕。
 その拳は見事に命中し、田中ハジメの腕は杭のようにネズミ・パイパーに打ち込まれた。
「グアァァァーッ!!」
「よっしゃ、今がチャンスやで!」
「ウムッ!」
 小太郎はピエロ・パイパーの腕を両脇に抱えたまま、自らの足を持ち上げて目の前にある顎を思い切り膝を叩き込んだ。
「ウラ! ウラ!」
「て、てめっ、た、ただ、じゃ、済まさんぞッ!」
 更にやたらめったら手当たり次第に膝蹴りを食らわせ、ピエロ・パイパーに物言う間も与えない。
 ポチはその隙を逃さず、ネズミ・パイパーの『金の針』を持つ手を掴んだ。
「これでも、犬豪院は人狼族の中でも人間に近い文化的な一族なんだが、な」
 フーッと小さく溜め息をつきつつ、それでも鋭い犬歯を見せて笑い、ポチは大口を開けて思い切りネズミ・パイパーの腕に噛み付いた。

 地下空間に響き渡るパイパーの叫び声。
 田中ハジメの動力炉にバッテリーを繋いでいた聡美は、思わずその大声に肩をすくめて目を瞑ってしまう。
 ギリギリと万力のように締め上げる顎。噴き出す血に、食い込む牙。この時間を一秒たりとも無駄には出来ない。ポチはそのまま一息にネズミ・パイパーの細い腕を食い千切った。
「グァッ!? お、おのれえぇぇぇッ!!」
「うぉっ!?」
 すると、ネズミの頭から片腕を失ったピエロ・パイパーが飛び出し、天井近くまで舞い上がった。
 その勢いで小太郎は振り落とされて、地面に墜落してしまう。
「…フム、たまには野生の血に身を委ねるのも、悪くない」
 口の端から血を垂らし、言葉の上では余裕を見せているが、先程の一撃が正真正銘彼に残された最後の力だったらしい。笑みを浮かべ、表情も変えずに、直立不動の態勢を維持したまま倒れ伏してしまった。
 起き上がった小太郎は、すぐさまポチが吐き捨てたネズミ・パイパーの腕を掴みその手から『金の針』を奪い取る。
「やらせはせんぞッ! 貴様等まとめて消し飛ばしてやるッ!」
「アホぬかせ! てめぇの本体はここや、ハゲぇッ!!」
「させるかァッ!!」
「うぉりゃあぁぁぁぁぁッ!!」
 ピエロ・パイパーは魔力を放とうとするが、それよりも早く小太郎はネズミ・パイパーの心臓目掛け、両手で持った『金の針』を渾身の力で突き立てた。
「い、犬っころなんぞに…」
 ピエロ・パイパーの胸から煙が噴き出し、同時に光が溢れ出して全身を包み込んでいく。
「ガァアッ!?」
 胸を中心とした亀裂が全身に走り、ピエロ・パイパーの身体は溢れる光と共に爆散した。
 それと同時にネズミ・パイパーも大きな爆発と共に消えるが、死の直前に生み出した魔力は制御を失って次の瞬間にも暴発しようとしている。
 しかし、それを避けるだけの力など小太郎には残されてはいなかった。
 加えて脇を見れば、そこには力尽きて倒れたポチ。小太郎としても、彼を見捨てて自分だけ逃げる気にはなれない。

「へっ、俺にしちゃ上出来、やな」
 自分はやり遂げた。ある種の満足感が今の小太郎にはある。
 力無く笑みを浮かべ、そのまま『金の針』に縋るようにガクリと膝を突き、そして、その瞳を閉じた。

「………ッ!」
 その時、パイパーの放った魔力と小太郎達の間に割り込むようにして、一つの大きな影が飛び込んで来た。
「田中ハジメっ!」
「何ぃっ!?」
 聡美の声に驚いて小太郎が目を開いたその瞬間、彼等を迫り来る魔力から守るように、田中ハジメがその巨体を以って立ちはだかった。
 聡美により送り込まれたエネルギー、活動時間にしておよそ数秒。その僅かな時間を、田中ハジメは小太郎達を守るべく、飛び込むためだけに使ったのだ。
 小太郎は慌てて立ち上がろうとするが、力を使い果たした身体が言う事を聞いてくれない。
 田中ハジメは、パイパーの最後の魔力をそのまま体に浴びる。両腕の肘から先を失っている身体では防御する術もなく、容赦なく田中ハジメの身体を焼け焦げた無残な残骸へと変えてしまった。
「ハジメェーーーッ!!」
 喉が張り裂けんばかりに小太郎は叫んだ。
 残酷にもそんな彼の足元に、顔半分が消失した田中ハジメの頭部が転がり落ちる。
「あ、ああ…」
 小太郎は茫然自失で言葉も出ない状態だ。
 聡美もすぐに駆け寄って来て、小太郎の脇を通り田中ハジメへの頭部に近付くと、屈み込んで何やら操作をしている。
「何を、しているんだ…?」
 ポチが顔だけ上げて問い掛けると、聡美は田中ハジメの頭部から一枚のディスクを取り出して立ち上がり「データを回収しているんです」と答えた。声が震えている、彼女も涙を堪えているようだ。
「データ…ハジメは、ハジメは直るんか!?」
「いえ、ここまで破壊されると流石に…」
「そんな…」
 力を振り絞って立ち上がり、聡美に問い掛けた小太郎だったが、その返答を聞いてへなへなと腰を落としてしまった。
 彼の中に、田中ハジメは共闘した仲間と言う意識があるのだからショックもひとしおであろう。
「でも、私は生みの親として、田中ハジメを誇りに思います。このデータ、決して無駄にしません」
 逆に聡美は気丈にも微笑んで笑って見せた。
 確かにT−ANK−α1『田中ハジメ』は大破してしまった。しかし、このデータを次以降のT−ANK−αシリーズに活かしていく事が出来れば、『田中ハジメ』の存在は無駄にはならない。
 今、彼女が最もしてはならない事は、感傷に浸って『田中ハジメ』の遺したデータを無駄にしてしまう事である。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか、嬢ちゃん」
「はい?」
 ディスクを手に、そのまま立ち去ろうとした聡美をポチが呼び止めた。
「すまないが、その『金の針』で向こうにある風船を割ってくれないか? 俺達はしばらく動けそうにないんでな」
「…ああ、呪いで子供にされた人達を助けるんですね。分かりました、ちょっと待ってて下さい。高い所の風船も割れるように、ラジコンか何かを持って来ますから」
「頼む」
 そう言い残してポチは今度こそ力尽きてバッタリと大の字に倒れた。
 聡美はディスクを鞄に仕舞い込んで地下下水道に戻って行く。
「そう言やあの姉ちゃん、どこに戻るんやろなぁ? こんな地下にいきなり現れて」
「…どこかに隠し部屋でもあるんじゃないか? 彼女はこの学園都市でも有名な超一味の一人だ、今更それぐらいで驚かんよ、俺は」
「へぇ〜、魔法使いの街にも物騒なヤツがおるんやなぁ…」
 小太郎もまた両手両足を広げて大の字で地面に横になった。
 すると、コツンと拳に何かが当たる感触があったので、見上げるようにしてそちらを見てみる。
 そこにあったのは田中ハジメのバイザーだった。所々にヒビが入っているが、辛うじて原型を留めている。
「…この戦い、俺らだけやない。お前がおったからこその勝利やで…ハジメ!」
 小太郎はそれを拾い上げると、まるで大事な宝物のように、そっと懐へと仕舞い込んだ。

 聡美が大きなラジコンヘリを持って戻ってきたのはそれから十数分後。
 すぐさま『金の針』をヘリの底部に取り付けると、それを飛ばして次々に風船を割り始めた。
 これで、パイパーに関する問題は全て解決したと言えるだろう。



「あ〜、エヴァのヤツ思い切り吸いやがって…ネギの修行が相当ノってるんだろなぁ」
 丁度その頃、毎晩恒例の吸血を終えた横島は、噛まれた傷を気にしながら部屋への帰路についていた。
 今日の傷跡は腕。横島がソファに座り、その上にエヴァが座って、後から回された腕にエヴァが噛み付くと言った趣向だ。上に座ると言っても軽いエヴァ。彼女なりに考えて横島への負担が小さい方法を考えてくれたのだろう。その分、吸血量は多かったが。

「明日から、またちゃんとアスナの修行見てやらんといかんし、今日はもう休むとするか…」
 言っている間に横島は部屋の前に到着。ガチャリとノブを回してドアを開けると、中から賑やかな声が聞こえてくる。
「あ、横島さん!」
「えっ?」
 中で繰り広げられていたのは『鬼ごっこ』、ただし、豪徳寺達とやったようなムサ苦しいものではない。
 今日も今日とて、一糸纏わぬ姿で走り回る千鶴と高音を、バスタオル一枚だけ巻いた愛衣と夏美が追い掛け回していたのだ。
「むほっ!?」
「きゃーっ!?」
 愛衣と夏美の二人は横島の姿に気付くと、黄色い悲鳴を上げて浴場へと飛び込んで行ってしまった。
 追いかける鬼がいなくなった千鶴と高音は、そのまま嬉しそうに横島へと駆けて行く。愛衣達が隠れてしまったのは残念だが、こちらはこちらで何とも微笑ましい。
 横島はそのまま両手を広げて二人を受け止めようとするが―――

「あの風船は…那波さん? その隣は誰かしら? まぁ、まとめて割っちゃっても問題ないわね、えいっ!」

―――それは、聡美がラジコンヘリで二人の風船を割ったのとほぼ同時であった。

「………」
「………」
「あらあら」
 駆け寄って来た千鶴と高音を受け止める横島。部屋に居た一同が先程まで見ていた光景だ。
 ただし一点、先程と異なる部分がある。それは子供だったはずの千鶴と高音が元の年齢に戻っている事だ。勿論、一糸纏わぬ姿のままで。
 次の瞬間、粘着質な轟音を立てて横島の鼻だけでなく、耳と頭からも血が噴出した。
「うわっ、赤い噴水!?」
「すっげー!」
「横島さん!?」
「ちづ姉、こっちこっち! ここに服あるから!」
「お姉様もこっちですよー!」
 浴場の方から夏美と愛衣が二人を呼ぶ。
 千鶴達が子供の姿の時に着ていた服は、元々彼女達が着ていた服が変化した物だったようで、入浴するために脱いだ服が彼女達の制服に戻っていた。
 呼ばれた千鶴はそのまま浴場へと向かうが、高音の方は全く反応を示さない。
 何事かと和美が近付き、その肩をポンと叩いてみると、その身体が一瞬ぐらりと揺れ、高音は横島と折り重なるようにしてばったりと倒れてしまった。
 相当ショックだったらしく、意識を失ってしまっていたようだ。

 その後、騒ぎを聞きつけたエヴァ達がやってきて「血を無駄に流すな」と叱ったのは言うまでもない。
 結局、横島は出血量が多過ぎたため、そのまま茶々丸預かりとなってしまった。
 女子高生の中でもかなりスタイルの良い高音に、ある意味その彼女をも超える千鶴。流石にこの二人は彼にとって刺激が強過ぎたのであろう。
 ちなみに、この横島が血を噴いて倒れた騒ぎでその日の晩はてんやわんやとなり、二人が元に戻れたのはパイパーが倒されたおかげであると皆が気付くのは別荘内時間での翌朝、回復した横島が目を覚ました後の事である。



「ム…」
「伯爵、どうしたですかー?」
「…どうやら、パイパーが倒されたようだ」
 別荘内で騒ぎが起きていた時と多少前後するが、世界樹前広場近くの屋外ステージでは、魔族ヘルマンがパイパーの死を敏感に察知していた。
「へぇ、魔法使い達もやるじゃん!」
「件のGSかも知れんがね」
 仲間が倒されたと言うのにどこか嬉しそうに微笑むすらむぃ。
 ヘルマンの方も平然とした表情で、それほどショックを受けたようには見えない。所詮利害の一致で行動を共にしているだけの仲、と言う事なのだろうか。
 むしろ、ヘルマンはパイパーほどの魔族を倒した者に興味があるようだ。
 パイパーが小太郎達に倒された事までは分からないらしい。
「やれやれ、これならば男子寮の方にも私が挨拶に伺うべきだったかな?」
 そう言って肩をすくめるヘルマン。しかし、その直後にまだ望みがある事に気付く。
 くるりと踵を返して振り向くと、そこにはランジェリー姿で両手を縛られたあやかと、すらむぃ達によって作られた水牢に閉じ込められた他の人質達の姿があった。ご丁寧に木乃香と刹那の二人だけはそれぞれ単独で左右にある別の小さな水牢に捕らえられている。
 あやかの背後にある大きな水牢に捕らえられている者達は入浴中に攫われたため何も身に着けていないが、水牢の中は適温で保たれており肌寒さは感じない。また水の中だと言うのに何故か呼吸も出来た。人質に死なれては困るヘルマン達が、その辺りは調整したのであろう。空腹だけはいかんともし難いが、こればかりはどうしようもなかった。

「ハハハッ! 私には君達がいたんだったね」
 実に朗らかな笑みを見せるヘルマン。
 それを見たあやかは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ネギ君を始末した後は、再び君達を使ってパイパーを倒した者をおびき寄せよう。学園長の孫がこちらの手の内にあるのだ。きっとすぐにこちらの要求を聞き入れてくれるだろう」
「ネギ先生を始末ですって!?」
 あやかが声を張り上げた。
 ヘルマンの話の内容が不穏当と言うのもあるが、それにネギが関わっているとあらば黙っているわけにはいかない。
「おや、気になるかね?」
「当たり前です! そんな馬鹿な事は止めて、さっさと私達を解放なさい!」
 力尽くで黙らせる事は容易い。しかし、ヘルマンはあえてそうはしなかった。
 ネギに準備し、覚悟を決める時間を与えるために夜の十二時を指定したのは良いが、待ちの時間が長過ぎて少々暇を持て余していたのだ。
 それに、ヘルマンは人間そのものに興味を持っている。
 あやかがこの状況で一体何を言い出すのか、非常に好奇心がそそられてしまう。
「そうはいかんよ、私はね六年前から彼に目を付けていたのだよ」
「ろ、六年前…?」
「そうだ。あれから彼がどれだけ成長したのか、私は非常に楽しみなのだよ」
「………」
 絶句したのか、あやかは返事を返さない。
 ヘルマンは構わず話を進める事にする。
「君が何と言おうと止めるつもりはないのだよ、すまないがね」
「………」
「…どうかしたのかね?」
 いつまで経ってもあやかが何も言わないため、とうとうヘルマンも怪訝そうに眉を顰めて話を中断してしまった。
 よくよく見てみると、あやかは何か小声でぶつぶつと呟いているようだ。ヘルマンは近付いて、その呟きに耳を傾けてみる事にする。
「六年前…三歳、三歳のネギ先生…」
「彼女は一体どうしたと言うのだろうか?」
「さぁ〜、壊れちゃったんじゃないか?」
 すらむぃが冗談交じりに言うが、あながち間違いとは言い切れないかも知れない。
 なんとあやかは、六年前の三歳のネギの想像をし、顔をにやけさせてぽわんと意識を彼岸へと跳ばしている。
「う〜む、人間については私もまだまだ勉強不足と言う事なのかな」
「……人間の言葉にこんなものがあるそうです。『知らない方が良い事もある』と」
「ほぅ、一つ勉強になったよ、ぷりん」
 そう言ってヘルマンは笑う。
 まさに今の状況こそがその言葉の通りなのだが、ヘルマンはその事に気付いていなかった。


 水牢の中ではヘルマン達の会話を横目に人質となった者達が顔を付き合わせていた。
「くぅ〜、いい気になって笑ってるわねぇ」
 笑うヘルマン達を眺めながら、入浴中も外さなかったメガネの位置をクイッと直すのはハルナ。
「大丈夫だよ、ネギ君が助けに来てくれるって!」
「それに、きっと横島さんにも、連絡がいってるはず…」
「そうそう、横島兄ちゃんもきっと来てくれるよ!」
 まき絵、アキラ、裕奈の三人も、ハルナと同じくネギが魔法使いである事を知っているため、このような状況下でもあまり悲観的にはなっていないようだ。
「あんた達、よくそんなに落ち着いてられるわねぇ…」
「そもそも、なんであのオッサン、ネギ君を狙ってんのよ。趣味?」
 一方、落ち着いていられないのは柿崎美砂と釘宮円の二人だ。
 彼女達は魔法使いの事情を知らないため、現在の状況を現実のものとして受け容れる事が出来ない。周囲の皆が落ち着いているため何とか堪えてはいるが、正直今にも泣き出したい気分であった。
「え〜っと、それについては本人がいないとこで説明するわけにはいかないんだよねぇ」
 彼女達の気持ちを察したハルナは、事情を説明して安心させてやりたいとは思うのだが、流石にネギ当人がいない所で彼の正体や魔法使いについてを話すのは流石に気が咎める。
「ホラ、横島兄ちゃんはGSだから! あんな連中相手にするのは専門だって」
「そうだよ、今は横島さんを信じていよう。きっと、大丈夫だから…」
「…うん、そうだよね。修学旅行の時もシネマ村で助けてもらっちゃったし」
 裕奈とアキラが口々に横島を信じるようにと元気付け、ようやく美砂と円の二人は落ち着きを取り戻してきた。
 魔法使いと違ってGSについては普通に喋っても良い。この状況下において誰かが助けに来てくれるに違いないと言うのは希望となる。

「ところでハルナ、例のアーティファクトはないの?」
「流石にお風呂の中まではね」
「やっぱりそっかー」
 ハルナの返事にがっくりと肩を落とすまき絵。ハルナのアーティファクト『落書帝国(インペリウム・グラフィケース)』は非常に強力なアーティファクトなのだが、流石に手元になければどうしようもない。
「まずったわ、今度からはちゃんと入浴中も持っとくようにしないといけないわね、仮契約カード」
「そうだね〜」
 そして、二人揃って小さく溜め息をついた。
 なんとも暢気な二人であるが、この状況下において「今度から」を考えられると言うのは、彼女達の大きな強みなのかも知れない。
 楽観視とはまた少し異なるが、彼女達はネギが助けに来てくれるに違いないと言う大きな信頼感を抱いていた。
 裕奈とアキラもそうだ。彼女達の場合はより親しい横島が助けに来てくれると信じている。それが拠り所となって彼女達の心を強くし、このような状況下でも心が折れずにいられるのであろう。



つづく


あとがき
 T−ANK−α1『田中ハジメ』に関する設定。
 治療用の札の具体的な効力について。
 パイパーに子供にされた時の服は、元の服が変化したもの。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です、ご了承下さい。

 パイパーに子供にされた時の服については、原作の方で子供にされた者達がちゃんと子供服を着ていた事から設定したものです。
 きっと、子供の頃の記憶にある服に合わせて、着ている服を変化させているのでしょう。

 今回のネタのために設定をでっち上げた、と言うのも否定はしません。
 それも、紛れも無い真実です。

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