topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.58
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 まずはエヴァから習った『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』を唱えて、魔法力を身に纏うネギ。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
 続けて両手で構えた杖の先端をヘルマンに向けながらネギは詠唱を開始する。
 彼の脳裏には、決戦直前に言われた横島の言葉が渦巻いていた。

「いいかネギ! まず最初に、多少時間が掛かっても良いから、二番目に強い攻撃を叩き込むんだ!」

 ネギはすぐさま反論した、そんな悠長な事をしている間に敵が攻撃してきたらどうするのかと。
 しかし、横島はニヤリと悪そうな笑みを浮かべてそれを否定した。
 ネギを名指しし、屋外ステージと言う舞台を用意して、人質を取り、更に学園長を脅して魔法先生達を介入させないようにする。わざわざここまでする魔族が、自ら先手必勝と攻撃を仕掛けてあっさりと勝負を終わらせるような真似などするはずがない。余裕を見せて、心躍らせながらネギの攻撃を待ち構えるに違いないと、横島は予測していた。
 事実、ヘルマンは自分から攻撃を仕掛けようとはせず、笑みを浮かべてネギの出方を窺っている。
 舐められているのか。ネギの中でむくむくと生来の負けん気が鎌首をもたげてきた。
 ならば、修行の成果を見せてやる。詠唱する魔法は『魔法の射手(サギタ・マギカ)』、雷の九矢(セリエス・フルグラーリス )を杖に乗せ、飛行魔法も同時に発動させる。
 重力から解放され、振動し始める杖。そのままネギは自分の脚力に杖の推進力を加え、ヘルマン目掛けて吶喊を開始した。杖に乗って飛ぼうと言うのではない。雷の九矢を乗せた杖を槍に見立てての突撃だ。
 しかも、飛行魔法はその気になれば自動車並の速度が出せる。猛スピードで戦場を貫くその姿は、さながら『魔法の射手』のバリスタであった。
「ぐおっ…こ、これは…!?」
 突き出した掌でその一撃を受け止めようとするが、雷の槍と化した杖はそれを容易く貫通。ヘルマンは手の平を貫かれながらも、そのまま手を払う事で辛うじてそれを受け流した。
 態勢を立て直し、ヘルマンの背後に着地したネギは、更に『魔法の射手』を撃ち込み追撃を掛ける。その全てが無防備な背中に命中し、ヘルマンはそのまま吹き飛ばされてしまった。

「男子、三日会わざれば…さて、何と言うのだったかな?」
 立ち上がったヘルマンが手を一振りすると、瞬く間に無残な姿となっていた掌が元の姿へと戻る。引き千切れたグローブさえもだ。人に近しい姿をしていても魔族と言う事なのだろう。
 考えてみれば、目の前に立つ髭の老紳士の姿は仮初のもの。その正体は硬質な卵の殻のような漆黒の顔に長く捻じ曲がった二本の角を持つ異形の魔物なのだ。帽子や衣服も彼の肉体の一部なのかも知れない。
「フフッ、たかだか数時間の猶予であったが…見違えたよ。一体どんな魔法を使ったのかな?」
 それは紛れもないヘルマンの本心であろう。
 彼の感覚では、女子寮の前でネギの腹に一撃を加えてから十時間も経っていないのだ。その間を、外の一時間が中の二十四時間となるエヴァの別荘で過ごしていた事など知る由もない。
「貴方と話す事などありません!」
「それは残念だ」
 対するネギは、ヘルマンの問いに答える事なく、その余裕の表情を崩さない顔をキッと睨み付けて杖を構える。
 しかし、ヘルマンに落胆した様子はなかった。彼にとっては、ネギがわずかの間に成長してみせたと言う結果が重要なのであって、その過程はさほど重要視していないようだ。
「ならば、君がどこまで強くなったのかを見せてもらうとしよう!」
「言われなくたって!」
 ネギは『魔法の射手』の詠唱を開始。完成した光の矢を虚空に留め、更に光の一矢を牽制として放った直後にヘルマンへの攻撃を再開した。
 その攻撃は魔法力を込めた拳。杖は左手に持っているが、あくまで補助的なもので、専ら防御に使っている。
 ネギ自身の理想を言えば、杖を武器に槍術、棒術を駆使して戦いたい。しかし、エヴァの別荘で修行に明け暮れた一週間と言う時間を以ってしても、そこまで辿り着く事は不可能だった。
 エヴァの修行はあくまで様々なパターンの実戦経験を積ませる事。ネギは独力で自分の戦いを組み立てていかねばならず、武術の師匠がいたわけではないのだから当然の事であろう。
 先程の攻撃も、ネギの事を心配して、傷だらけの身体で様子を見に来てくれた犬豪院ポチの助言でようやく完成したものなのだ。本来人狼族は刀を用いる者が多いのだが、元々戦場に立っていた者として戦国の気風を残す犬豪院の一族は、槍を好んで用いるらしい。

 閑話休題。

 今はヘルマンが防戦一方なのだが、攻めているはずのネギの顔に焦りの色が浮かんでいた。
 やはり、片手だけではヘルマンの防御に対し、攻撃が追いつかないのだ。
 時折、左手の杖にも魔法力を込めて殴り掛かったりしているが、素人のネギでは格闘技を修めた者のような攻撃が繰り出せるはずもなく、ヘルマンに容易く受け止められてしまう。

 杖は手放す、彼の決断は早かった。
 父から贈られた大切な杖なので投げ捨てるわけにはいかず、タイルに覆われている地面に突き立ててそれを手放すと、自由になった両手で殴り掛かる。
 ヘルマンはネギが杖を捨てた事に驚いた様子だったが、ネギにはエヴァから貰った指輪型の発動体があるのだ。この状態でも魔法を使う事は出来る。多くの魔法の矢を同時に維持する事は出来ないが、三本を維持し、隙を見て発射。再び詠唱し、三本の魔法の矢を生み出して、時には拳に乗せて叩き込む。
 ヘルマンも反撃してくるが、ネギは自身が小柄な事も武器にして繰り出す拳をしゃがんでかわし、そのまま懐に潜り込んで一撃を食らわせて再び距離を取る、見事なヒット・アンド・アウェイを繰り返していた。これはエヴァではなく、茶々丸との組み手から見出した戦い方であろう。
「フハハ! 楽しい、楽しいよネギ君!」
「余裕を見せていられるのも今の内です!」
 ヘルマンの拳とネギの拳が空中でぶつかり合う。
 迸る力の奔流は稲光となり、二人の周囲を薙ぎ払った。
 よくぞここまで成長した。ヘルマンは実に嬉しそうに笑みを浮かべ、それがネギをますます苛立たせる。
「ネギ君、やるねぇ」
「………」
 しかし、ネギは何も答えない。
 ヘルマンは苦笑して肩をすくめると、表情を真剣なものにして再び身構えた。
 変身した姿であるため、その表情がヘルマンの本心からくるものかどうかは分からないが、ネギと心行くまでとことん戦おうと言う姿勢である事は確かなようだ。

 彼等の戦いは、まだ始まったばかりである。


「す、すごいですわ…」
 眼前で繰り広げられるネギとヘルマンの戦いを目の当たりにし、信じられない様子であやかは呟いた。
 アスナにジャケットを借りているとは言え、腰から下は下着のみ。それを気にする余裕もなく、呆然とした表情で彼等の戦いを見守っている。
 今まで年齢の割には礼儀正しく利発――しかし、あくまでただの子供と思っていただけに、その驚きは大きい。彼女自身武術を嗜んでいるため尚更であった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.58

 一方、あやか達からネギとヘルマンを挟んで向かい側では豪徳寺、山下、中村の三人と、すらむぃ、あめ子の二体との戦いが繰り広げられていた。
 豪徳寺が『漢魂』を、中村が裂空掌を撃ち込んですらむぃの足を止めると、気で身体能力を強化した山下が踏み込む。
「行くぞっ、3D柔術ッ!!」
「うぜぇんだヨ!」
「ぐわぁッ!」
「山下ーーーッ!?」
 しかし、すらむぃは豪徳寺達の攻撃を片手で受け止めると、空いた手を伸ばし、鞭のようにしならせて山下の腹に叩き込んだ。その一撃で吹き飛ばされてしまった山下は客席に突っ込み、もんどり打って倒れてしまう。
 そのまま動かない、いや、動けないようだ。山下のダメージは大きい。
 不覚である。傍目には幼児程度の大きさであるため甘く見ていた。
 忘れてはいけない、すらむぃとあめ子は二体掛かりで現在捕らわれの身となっている裕奈達を全員まとめて包み込んで攫ったのだ。見た目通りの大きさのはずがない。
「随分と甘く見られたものですー」
「「ッ!?」」
 不意に訪れる足を掴まれる感覚。ぎょっと足元を見てみると、そこには地面から生えたあめ子の上半身が二人の足を掴む姿があった。いや、正確には掴んでいるのではない。伸びた腕が足首から太股まで巻きついている。
 そんな馬鹿な。バッと顔を上げて豪徳寺はすらむぃの方を見ると、すらむぃのすぐ後ろにはあめ子の姿があった。驚きに目を見開いて再び足元を見ると、やはりそこにはあめ子の上半身。
「え? え? 二人?」
「二人じゃありませんよ〜」
 きょろきょろと二つの顔を見比べる中村、それに合わせてあめ子の二つの顔もくすくす笑う。
「『人』じゃなくて『体』ですし、そもそも、二体でもありませーん
 その言葉と同時に二人は物凄い力で引きずられ、カモは慌てて豪徳寺の肩の上から飛び降りて客席に着地する。
 そしてカモは驚きの光景を目の当たりにした。地面から生えたあめ子の上半身が、地を滑るようにしてすらむぃ目掛けて走っているのだ。ただし、真っ直ぐではなく少しジグザグに。
「ま、まさか…!」
 その軌跡を見て豪徳寺は気付いた。地面のタイル――正確にはその隙間の溝。そこに溜まった雨水にあめ子は溶け込んでいると。
 「二体ではない」その言葉の通りにあめ子はあくまで一体。その身体を細く、薄く、足元のタイルの溝に張り巡らせて、二箇所で膨らませていたに過ぎない。頭が一つに手足が二本ずつ、人間の姿をしているからと言って、人間と同じに考える事がそもそもの間違いだったのだ。
「雨が止んでて良かったですねー」
「まったくだ、降ってたらお前等…これで死んでるゼ♪
 引きずられた先に待ち構えているのはすらむぃ。
 満面の笑みを浮かべ、ぐるぐる回す右手の拳をハンマーのように膨らませている。
「おらっ、お前も吹っ飛べッ!!」
「クッ…!」
 豪徳寺は左手を背後、右手を前方に向ける。その手に持っているのは『金鷹』、左手の下駄から気のバーニアを噴かせると、その勢いで中村より前に出て、すらむぃの拳目掛けて躍り掛かった。
「おらァッ!!」
「超必殺『漢気光線』ッ!!」
 迫り来るすらむぃのハンマーと『漢気光線』がぶつかり合う。
 このスピードでは態勢を整えて避ける事は出来ない。そう判断した豪徳寺は、すらむぃの攻撃から身を守ろうとするのではなく、自らも攻撃する事でそれを相殺しようとしたのだ。
「グッ…」
 唸る豪徳寺、すらむぃのハンマーは凄まじい重さだ。『漢気光線』を以ってしても相殺し切れない。
「いってーじゃねぇかヨ!」
 無論、すらむぃの方も無傷ではない。しかし、豪徳寺ほどではないらしく、そのまま力任せにハンマーを振り抜いて彼等二人をまとめて弾き飛ばした。
「か、薫ちん、大丈夫か!?」
「…クッ、気で強化していなければ、肩が抜けていたな」
 比較的ダメージの少なかった中村がすぐさま起き上がり、豪徳寺を助け起こす。
 豪徳寺の方も『金鷹』で強化された気で身を守っていたため、辛うじて無事であった。ハンマーを受け止めた右腕が痛むが、まだ動く。
「チッ、雨が止まなきゃ倍ぐらいのハンマー叩きつけてやったのにヨ!」
 くやしそうなすらむぃの言葉に間違いは無い。
 先程あめ子がしたように、スライム娘達は液体に身体を溶け込ませて自分の肉体として取り込む事が出来るのだ。雨が降っていた時ならば、すらむぃの大きさは今の比ではなかった。
「さぼるからですよー。降ってる間に取り込んでおけばいいのに」
「うるせっ! 出たとこ勝負でやるから面白いんだってば」
 ネギに猶予を与えて待ちに徹した数時間。雨が降っていたのはそのうち三時間ほどであったが、その間にせっせと雨水を取り込んで、身体を屋外ステージに張り巡らせていたのがあめ子であり、何もせずに待っていたのがすらむぃである。
 スライム娘にも個性があり、この辺りはそれぞれの性格の違いによるものなのだろう。すらむぃはあめ子にたしなめられて、拗ねた様子で唇をとがらせていた。
 傍目には幼い少女二人、何とも微笑ましい姿なのだが、この二体はれっきとした魔物。現在進行形で魔物達と相対している豪徳寺達には、その姿を見て和む暇などあるわけもなく、ただただ額に汗をにじませ、不意打ちされないように身構えるのみである。
「いいじゃないかよ、どっちにしたってあたしらの敵じゃないゼ?」
「…それもそうですねー。私一人でも十分勝てます」
「お、そーかそーか♪」
 何気なく呟いたあめ子の言葉に目を光らせたのはすらむぃだった。
 元より魔法使いのネギをヘルマンに取られ、余りものの掃除を命じられてがっかりしていたところだ。あめ子だけで豪徳寺を片付けてくれると言うのならば、すらむぃはすぐにでもステージ上に向かう事が出来る。
「よぉーしっ! んじゃ、こっちの二人は任せたゼ!」
「えー?」
 笑顔であめ子の肩をぽんと叩くと、すらむぃはさっと身を翻してステージに向けて駆け出して行く。
 止める間もない早業だ。一瞬呆気にとられたあめ子だったが、すらむぃの性格ならば仕方がないかと思えてしまい、やれやれと肩をすくめると、あめ子は気を取り直して豪徳寺達の方へと向き直った。
「お待たせしました、聞いての通りお二人の相手は私がさせていただきますー」
「二対一か…ハハ、楽勝じゃん」
「顔が引きつっているぞ、たっちゃん。俺が前衛に出る、援護してくれ!」
「お、おう!」
 やはり、一対一では敵わない。スライム娘を一体ずつ確実に捕らえていくしかないだろう。
 豪徳寺はあらかじめ裸足で履いていた靴を脱ぎ捨てると、『金鷹』を履いて片腕には呪縛ロープを巻き付ける。隙を見てこれを引き延ばし、あめ子を縛り上げるのだ。
「行くぞッ!」
「裂空…!」
「足元注意ですよー」
 豪徳寺達が動き出そうとした瞬間、足元からあめ子の拳が飛び出して来た。しかも、十数発の。
 元々軟質の身体であるためか、ゴムの塊を叩きつけられたような衝撃が二人を襲う。直線的な動きのためか、一つ一つのダメージは少ないが、数が多くなってくると流石に堪える。
「言い忘れてましたが、そこにも私はいますよー」
「………」
 ここは完全にあめ子のテリトリーのようだ。すらむぃを黙って見送ったのは、これも関係しているのだろう。
 少し下がれば客席だが、そこは段差もあり、豪徳寺達にとっても動きやすい場所とは言い難い。身軽なあめ子の方が有利になるのは間違いないだろう。
 豪徳寺と中村の二人は、覚悟を決めて全身の気を高めていく。
 退く事は許されない。不利でもここで戦うしかないと言う事なのだから。


「あ〜、ええもん見た〜。裕奈はバイーンと、ハルナちゃんはムチムチ〜っと、それにアキラちゃんの白い背中からシリに掛けてのラインは…」
 その頃、ステージの上では横島が鼻を押さえながら身を起こしていた。
 先程脳裏に焼き付けた光景を反芻しつつ、再び鼻血を噴き出さないよう裕奈達が捕らわれているスライム牢とは反対側、客席の方へ視線を向けると、こちらに向かって駆けるすらむぃと視線が交錯してしまった。
 魔法使いのネギと戦えないのならGSと戦いたいと考えていたすらむぃは、横島が起き上がっているのを見て嬉しそうな笑みを浮かべている。横島の方もそれに気付いたようで、空に視線を向けて高音達が空中で旋回して戻ってきているのを確認すると、ステージから飛び降りてすらむぃへと向かった。
「高音ー、こっちは任せろー! 人質の方は頼んだぞー!」
「え、ちょっと、横島君!?」
「フハハハ、格好良く戦って汚名挽回じゃーっ!」
「…バカ、汚名を挽回してどうするの」
 着地しつつこめかみを押さえる高音。正しくは「汚名返上」、或いは「名誉挽回」である。
「そんな事より、早く人質の皆を!」
「そ、そうね」
 愛衣に促され、高音は気を取り直してスライム牢へと向き直る。すらむぃに関しては横島に任せてしまっても良いだろう。ああ言った魔物に対してGSは専門家だ。
 ならば自分は人質達を救出する。高音は一体の使い魔を召喚すると、スライム牢へと駆け寄った。そこには既にアスナと古菲の二人が居て、スライム牢を破ろうと奮闘している。古菲は気を叩き込み、アスナは『ハマノツルギ』をがむしゃらに振るっているが、牢はビクともしないようだ。
 高音の使い魔を一撃で送還してしまった『ハマノツルギ』が何の効果も示さない。そんな馬鹿な。このスライム牢は召喚されたものではないと言うのか。
 まさかと思いつつ使い魔の拳を叩き込んでみるが、やはり牢を破る事が出来ない。両手で引き千切ろうとしてみるものの、スライムで出来た牢はゴムのように伸びるばかりであった。
「ど、どうして…」
「…表面にあるのは、ただの水だから」
 突然辺りに響く声、『魔法の射手』を撃とうとしていた愛衣も詠唱を中断し、彼女を含む四人で顔を見合わせてるが、皆顔を横に振るばかり。
 まさか、裏口に潜んでいたぷりんが戻って来たのか。
 裏口へと続く舞台袖の様子を探るべくアスナが振り向いたその時―――

「…残念、そっちじゃないです」

―――アスナの後頭部にぷりんの一撃が炸裂した。
 よろめいて膝を付きつつ振り返ると、スライムの牢の表面から細い足が生えていた。靴も履いていない素足。あやかには覚えがあった。その足は彼女や木乃香、刹那を捕らえたぷりんの足であると。
「身体の大部分をこちらに残しておいて正解…」
 その言葉と共にスライム牢の頂上部からぷりんの上半身が生えてきた。
 どうやらこの牢はぷりんの身体で出来ているらしい。雨が降っている間にぷりんは黙々と相当量の水を吸収し、ステージ上はおろか、舞台脇を通って裏口までその身体を伸ばし、人質を捕らえておくことと、裏口の防衛を担当していたようだ。これは明らかにあめ子の身体よりも大きくなっている。
 しかも、取り込んだ雨水に粘性を与え、牢の周囲を包む事により、物理攻撃はおろか、気や魔法による攻撃、果ては『ハマノツルギ』による送還すらも防ぐ防御力を得ていた。いかに一撃必殺の力を誇る『ハマノツルギ』と言えども、水に囲まれたぷりん本体を叩けなければ意味が無い。
「…フゥ、人数が多いですね…」
 そう言って小さく溜め息をつくぷりん。すらむぃは余りものを任せられたと腐っているが、ぷりんの目の前に居るのは四人、これこそ正に余りものではないか。
「………まとめていきます」
 ぷりんが器用に指を鳴らすと、スライム牢の表面から何体ものぷりんが生えてきて、そして牢から分離し、ステージ上に降り立った。
「えーーーっ!?」
「分裂!?」
 これだけ分離したら、牢に使う身体がなくなってしまうのではないか。そう思って牢を見るが、元々裏口まで身体を伸ばした状態であの大きさだったのだ。しかも、裏口まで伸びた身体もぷりんと共に戻ってきている。何体かを分離させたところで、牢の大きさが縮みはしなかった。
 牢を、ぷりんを囲んでいたはずのアスナ達だが、分離したぷりんの数が多過ぎて、いつの間にか自分達の方が囲まれてしまっている。
「で、でも、これなら『ハマノツルギ』が効くんじゃ…?」
「…効きますよ」
 驚いて牢の上を見上げると、ぷりんがアスナを見下しながら無表情で答えていた。
 その目はやれるものならやってみろと如実に語っている。素人風情に当てられはしないとでも考えているのだろう。
 アスナとしても、ここまで挑発されてしまっては、黙ってはいられない。
「やってやろうじゃない!」
 右手に『ハマノツルギ』を構え、左手には足に装着したホルダーから取り出した破魔札を持つアスナ。
「アスナ、よく言たアル!」
 古菲はアスナの背を守るように立ち、分離したぷりん達を見据える。二人で背中合わせに立ち、互いに背後を取られないように守り合う形だ。
「愛衣、貴女はその人を連れて空から援護を!」
「ハ、ハイ!」
「え、ちょっと…」
 高音の指示に従い、アーティファクト『オソウジダイスキ』に跨り、あやかを後ろに乗せて飛び立つ愛衣。彼女の攻撃魔法は遠くを狙い撃つものであり、逆にぷりんには空中を攻撃出来る手段は限られている。既に救出されているあやかの安全を確保しようとする高音の素早い判断であった。
 そして高音は召喚していた使い魔を影へと戻すと、再び一体の使い魔を召喚する。
『黒衣の夜想曲(ノクトゥルナ・ニグレーディニス)ッ!!』
 ただし、これまで召喚していた使い魔とはケタが違う。
 大きいのだが、下半身が存在せず浮いているため、高さはこれまでの使い魔と同じように見える。しかし、全体的にガッチリとしていて腕などは高音の腰ほどの太さがありそうだ。
 また、大きな外套をなびかせ、それがまるで自分の意思を持っているかのように高音を包み、守っている。
 近接戦闘における操影術の奥義『黒衣の夜想曲』、麻帆良学園都市に存在する魔法生徒達の中ではトップクラスと謳われる高音の切り札であった。
「フッ、まとめて蹴散らして差し上げます!」
「………」
 自信に満ちた高音に対し、牢の上のぷりんは無言で分離したぷりんを一斉に襲い掛からせる事で応えるのだった。


「くぅ〜、向こうでも戦いが始まったか! 野郎はともかく、女の子達はすぐに助けに行かないと!」
「随分余裕じゃねぇか、楽しい戦いにしようゼ」
 客席とステージの間――ネギとヘルマンとはまた異なる位置――で相対する横島とすらむぃ。
 横島は周囲の様子を伺っているが、すらむぃがその隙を突いて不意打ちを仕掛けようとする様子は無い。
 その言動から察するに、本当に横島と真正面から戦いたいようだ。スライムにも古菲のようなバトルジャンキーな人種、もといスライム種が存在するのだろうか。
 横島は改めてすらむぃの顔をじっと見てみる。
 スライムの変身なのだろうが、髪を二つに結った少女の姿をしており、キラキラした瞳で彼を見上げるその姿はまるで子供だ。本当に横島と、正確には強い相手と戦いたいのだろう。スライムの年齢などよく分からないが、実際子供なのかも知れない。
「それにしても…なんでそんな姿に? 俺が知ってるのとは随分と違うんだが」
 横島が知るスライムは、ドロドロしたゼリー状の塊で、纏わりつかれると皮膚が焼け爛れるアメーバのような魔物だ。どうあがいても目の前の少女や、周囲で戦っている少女達とはイコールで結び付かない。
「お前が知ってるのはどーせ下等なスライムなんダロ? あたし達はもっと上等な、所謂ハイ・スライムってヤツサッ!」
「へー」
「あっ、お前分かってねーダロ!」
 ハイだローだと言われても横島には理解出来ない。
 自慢げに胸を張るすらむぃに対し、気の無い返事で返していると、自分が馬鹿にされていると思ったのか、すらむぃが人で言う髪の部分を逆立てて怒り出し、構えを取った。何とも器用である。
「いや、一つ分かった事があるぞ」
「へぇ…」
 興味を持ったのか、フッと構えから力が抜けるすらむぃ。
 正確には、分かった事は二つだ。一つは、スライムと言っても自ら『ハイ・スライム』と名乗るだけあって、人並みの知性を持っており、意外と話に乗ってくると言う事。

「お前はアホだーーーっ!!」
「何いぃぃぃッ!?」

 そしてもう一つは、すらむぃは阿呆だと言う事。
 すらむぃは激昂して殴りかかってくるが、怒りのせいかその攻撃は直線的で、横島はひょいひょいと容易く避けながら、自信有り気にニヤリと笑う。
 ハッタリで言ったわけではない。横島には、そう判断するに足る、明確な理由があった。
「だいたいお前ら、水を吸収して大きく変身出来るんだろうが」
「だからどーした! てめぇを殺すのに、そんな大きさ必要ないゼ!」
「何故、もっとムチムチボイーンでナイスバディなねーちゃんに変身しないかッ!!」
 続けて攻撃しようとすらむぃは飛び掛かるが、それを横島は気迫で押し戻した。
 あまりに大声であったため屋外ステージ中に響き渡り、アスナ達はおろか、豪徳寺達にネギ、更にはぷりん、あめ子に、こっそり聞き耳を立てていたヘルマンさえもずっこけてしまう。
「………」
 直接言われたすらむぃはずっこけこそしなかったものの、言葉を失ってしまった。呆然と立ち尽くし、唇に指を当てて考え込む。
 そして数十秒後、考えがまとまったのかすらむぃはポンと一つ手を叩いた。

「その手があったかぁぁぁーっ!!」

 頭を抱えて叫ぶすらむぃ、背景に稲光が轟いていそうだ。
 本当に阿呆である。敵と味方の境界線を飛び越えて、皆の心が一つになった瞬間であった。
 スライムにも雌雄の区別があり、少女は大人に憧れたりするのだろうか。当のすらむぃに取ってはコロンブスの卵だったらしく雨は降らないかと空を見上げていたりする。しかし、つい先程止んだところだ、早々に降りはしないだろう。
 やがてハッと我に返り、横島がニヤニヤと自分の事を見ている事に気付くと、すらむぃはスライムなのに顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
「バッ、じょ、冗談に決まってるダロ! バーカ、バーカ! 身体がデカくなると制御に疲れるんだヨ! あたしはスピード重視なんだ、無駄な水なんて吸収しやしな…ハッ!」
 気付いても時既に遅し、横島はニヤニヤした笑みを更に深め、むかつく目付きですらむぃを見ていた。ステージの上ではぷりんがこめかみを押さえて呆れている。
「ほぅ、疲れるのか。それは良い事を聞いた」
「ぐっ、うぅ…」
 そう言って横島は文珠を一つ取り出した。
 込められた文字は『雨』、水を吸収し過ぎると疲弊すると言うのならば、際限なく水を吸収させてやろう。そうすれば、あめ子もぷりんも自滅するはずだ。
 いい気になった横島が文珠を天高く掲げ、発動させようとしたその時―――

「アホは貴様だ、ヨコシマーーーッ!!」

―――今度は屋外ステージに備え付けられたスピーカーから土偶羅の絶叫が響き渡った。
「聞こえますか横島さん!」
 続けて聞こえてきたのは夕映の声。監視カメラを使って屋外ステージの様子を見ているのだろう。
「よく見てください。同じ雨の中にいたはずの三体のスライムはそれぞれ大きさが違います。おそらく水を吸収するかどうかを自分で決める事が出来るんです。際限なく自動的に吸収してしまうのなら、今頃彼女達はもっと大きくなっているに違いありません!」
 まさにその通りであった。
 もし、横島がそのまま『雨』の文珠を使ってしまったならば、確かに状況は一変していたであろう。ただし、悪い方向へ。何故なら夕映の言う通り、三体のスライム娘はそれぞれ自分に必要な分だけの水を吸収して強くなっていたのだから。
「あ、あぶなかった…」
「やーいやーい、叱られてやんノ! ぶぁーか!」
 今度はすらむぃが勝ち誇る番だ。実に嬉しそうに横島の周りを跳ね回っている。
 しかし、横島は大人だ――すらむぃと比べて――その程度で目くじらを立てたりせず、つつつとすらむぃに近寄り、背後に回ってしゃがみ込み、懐から隠し持っていたそれを取り出した。
「ここをこーして」
「…お?」
 何事かとすらむぃは動きを止めるが、横島の手の動きは止まらない。
 横島が何をやっているかに気付いたすらむぃは慌てて動き出そうとするが、その時には既に縛られて殆ど動けない状態になってしまっていた。横島の素早いロープワークの勝利である。
「これでよし!」
「って、おい! 何やってんだテメーっ!」
「はっはっはっ、油断したな!」
 横島がロープを片手に立ち上がると、そこにはぐるぐる巻きにされたすらむぃがぶら下がっていた。
 すらむぃが勝ち誇って油断している隙に近付き、背後から呪縛ロープで縛り付けたようだ。足をじたばたとさせて何とか抜け出そうとしているが、呪縛ロープでしっかり縛られているため、身体を変形させて抜け出す事も出来ない。
 やがて無理だと悟って諦めたのか、すらむぃはがっくりと頭を垂れた。

 何にせよ、勝ちは勝ちである。
「わざと失敗したと見せ掛けての、俺の頭脳プレイの勝利ーッ!!」
 すらむぃを小脇に抱えて勝ち誇る横島。すらむぃは余程口惜しいのか、その体勢から自由な足で彼の腰を蹴るが、呪縛ロープのせいで全く力が入らない。横島は「こそばゆい、こそばゆい」と笑うばかりだ。


「す、すごい、流石横島さん…」
 尊敬やその他諸々の想いが込められた熱い視線で横島を見つめるアスナ。
 対して「無い無い」と呆れた顔で手を横に振るのは高音。
 奇しくもそれは、スライム牢の上のぷりんと同じ動きであった。



つづく


あとがき
 杖を用いたネギの戦い方。
 舞台となった屋外ステージの細かな設定。
 スライム娘達に関する設定。
 これらは『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

 ちなみに、山下慶一が『一撃兄ちゃん』なのは原作通りです。
 こちらも合わせてご了承下さい。

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