topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.60
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「おぉ〜! ネギ君達がうまくやったみたいっスねぇ」
 麻帆良の夜空を切り裂く雷光を眺めながら一人のシスターが呟いた。
 少女の名は春日美空。ネギの生徒でありながら、彼にまだ正体が知られていない魔法生徒である。
 今回の一件に関しては、史伽から連絡を受けてネギ達の事情を聞き、ネギとヘルマンが今夜十二時に屋外ステージで戦う事を知った上で、魔物掃討の担当は面倒だと街で魔族の捜索に当たっていた。
 ヘルマンが屋外ステージ、パイパーがどこか人気のないところでネズミを集めていると言う事を知った上で人通りが多く、屋外ステージからも離れた繁華街を捜索しているのだから、サボリである事は言うまでもない。
 人質となったクラスメイト達が心配ではあるが、ネギだけでなく横島も関わっていると言う話なので、こちらについては彼等を信用する事にしている。

 クイクイと、シスターにしては短過ぎるスカートの裾が引っ張られる感覚。そちらに目をやると、小さな褐色の肌をしたシスターが美空の顔をじっと見詰めていた。この美空の胸辺りまでの背丈の少女、名はココネ。シスターの装束に身を包んでいる事からも分かるように、彼女等は魔法先生の一人、シスター・シャークティ担当の魔法生徒である。
 ただし、美空の立場は高音や愛衣と少々異なる。シャークティと美空達の関係は文字通り「先生と生徒」、美空はまだ見習い扱いであり、高音のように魔法先生達と並んで実戦に出る事を許されていない。だからこそ、今もシャークティは他の魔法先生達と共に山中の魔物掃討に参加しており、美空とココネの二人は街中の魔物の捜索に当たっているのだ。
 現在、美空以外にも何人かの見習い魔法使い達が魔族の捜索に当たっていた。勿論、ヘルマンを探し当ててしまっては人質の身に危険が及ぶため、屋外ステージには近付かないよう学園長から通達されている。要するに、表向きは魔族の捜索とされているが、彼等の役目は魔法先生達が魔物を取り逃がし、街中へ入れてしまった時のための備えと言う意味合いが強いと言う事だ。
 実は、美空がこうして繁華街を捜索しているのは麻帆良学園都市の中央に位置するからでもある。
 他の魔法生徒達はこぞって魔族を見つけてやろうと郊外へと向かって行った。しかし、郊外に近付くと言う事は、街中に侵入した魔物といの一番に遭遇してしまうと言う事だ。彼女はそこまで考えた上で繁華街を捜索場所に選んでいた。
「ミソラ…?」
 ココネは睡魔に襲われているようで、美空の名を呼びながらその頭は船を漕いでいる。既に夜中の一時近く、今は非常時であり、それに対処するのが魔法使いの義務であるため仕方がないのだが、幼い少女には酷な時間であろう。
「あ、ココネにはちょ〜っとキツい時間だよね。そろそろ帰ろっか?」
「…ダメ、任務が…」
「良い子は早寝早起きが仕事っスよ〜♪」
 ココネが眠ってしまいそうなのを良い事に、美空はあくまで任務を遂行しようとする彼女を背負って連れて帰る事にした。実は彼女はこのタイミングを待っていたのだ。「ココネが眠ってしまうから」と言う、帰宅するための大義名分が立つのを。
 当初は抵抗していたココネも、流石に睡魔には勝てなかったらしい。美空のなすがまま、帰路半ばで彼女の背を枕に眠ってしまった。
「ココネ、寝ちゃったか〜、寝ちゃったらしょうがないよね〜♪」
 こうなっては仕方がない――と言う割には顔が嬉しそうだが――美空はそのまま戦線離脱して寮へと戻って行ってしまった。二人がこの一件について咎められる事はない。学園長側も人質の事を伏せた上で見習いの魔法生徒達を動かしていたと言う負い目があるのである意味当然であろう。
 しかし後日、明け方近くまで大量に召喚された魔物の掃討作業に追われていたシスター・シャークティが御立腹となったのも当然であり、二人が一日も早く一人前になれるようにと厳しい修行が課されたのもまた、当然である。



 一方その頃、横島達は人質にされていた者達を連れてエヴァの別荘に向かおうとしていた。
 部屋着のまま攫われた木乃香と刹那、下着の上にアスナから借りたジャケットを羽織っていたあやか以外は皆着る物がなかったため、高音の使い魔を身に纏っての移動だ。
 しかし、一人に対し使い魔一体であるため覆い隠す範囲が少なく、言うなれば水着で街中を歩くようなもの。時間が時間なので人通りはほとんど無いのだが、横島をはじめとする男達の姿がある。まだ子供であるネギならともかく、彼等の目があればあやかですら恥ずかし過ぎる。
「それじゃ、俺達は先行して通行人の有無を確認すると言う事で」
「そうだな、お嬢さん達の事を考えれば当然だろう」
「任せとけって!」
 あやか達の姿を見ないよう、自分達は先行して通行人と鉢合わせにならないようにする。豪徳寺の提案に山下と中村の二人はすぐさま了承の返事を返した。
「忠夫ちんは?」
「…この扱いには納得がいかん!」
 中村が横島の方を見ると、そこにはすらむぃ達を頭に貼り付かせた横島の姿。彼だけは先行させずにスライム娘達で目隠しし、アスナが手を引いて連れて行くようだ。先行させて姿が見えなくなると、どこかから覗くかも知れないとでも言うのだろうか。
 ヘルマンの配下として横島達と戦った三体だが、話を聞いてみると特にヘルマンとの契約関係があったわけではないらしい。たまたま近くに居たため同じ『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』に封じられていた三体は、相手が明らかに格上であるため従っていたに過ぎず、当のヘルマンが魔界に送還されてしまいようやく自由の身になれたと言ったところだ。仲間意識は全くないらしい。ぷりん曰く魔物はこんなものとの事。
「ま、諦めロ」
 真正面から目を覆い隠すように張り付いたすらむぃが笑っている。
 三体の腰には呪縛ロープが巻かれており、その端は古菲が握っているため逃げる事は出来ないが、その手足は自由だ。言われるままに動いてやる理由はないが、横島の目隠しをしろと言うのは面白そうなので二つ返事で引き受けている。
「くーっ! えー匂いやのに、えー匂いやのに! 目隠しされたら余計に嗅覚が敏感にいぃぃぃッ!!」
「だったら、私が鼻をふさいでやるですぅー」
「…ならば、私が口を…」
 「窒息してしまうわーっ!」と絶叫したいところだが、口を塞がれてしまってはそれも適わない。
 もごもごともがき、顔が紫色になってきた辺りで古菲が気付いて慌ててあめ子とぷりんを引き剥がした。
 ぜーぜーとすらむぃに目隠しをされたまま荒い息を整えようと深呼吸する横島。しかし、あめ子とぷりんの方に悪びれた様子は全く無い。すらむぃは二体を咎めていたが、こちらも遊び甲斐のあるおもちゃを壊すなと言うニュアンスが強いようだ。まったくもって容赦が無い、やはり魔物である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.60

 その後、一行は豪徳寺達の働きもあって誰にも会う事なくエヴァの家に辿り着いた。横島も目隠しをすらむぃだけに任せたため、窒息する事なく無事生還している。
 『別荘』へは、まず女性陣が入り、数分待ってから男性陣が入る事になった。すらむぃ達も古菲が連れて入り、別荘内でエヴァに預ける事にし、横島は「あんまりいじめんなよ〜」とそれを見送る。
 別荘内では二十四倍のスピードで時間が流れるため、外で三分待てば中では一時間が経過するので、女性陣が身嗜みを整える時間は十分に稼ぐ事ができる。たとえ間に合わなくとも、あの広い別荘だ。男性陣と鉢合わせる事もないだろう。
「三分、そろそろ入るとするか」
「そうだな、あまりズレると向こうで数時間経ってしまう」
 時計を見ながら横島達が立ち上がると、ソファで休んでいたネギは既に寝息を立てていた。数分の待ち時間で眠ってしまうとは余程疲れていたのだろう、彼は豪徳寺が背負って別荘に入る事になった。

「あ、横島さん!」
 男性陣が別荘に入り塔の屋上へと移動すると、着替え終えてさっぱりとしたアスナが横島に飛び付いてきた。一時間の間に入浴も済ませたのだろう、その髪は少し湿り気を帯びている。
 他の人影は見えない。一時間程度で入ると事前に約束していたので、アスナは髪を乾かすのもそこそこに出迎えに来たのだろう。
「他の皆は?」
「え、まだ何人かお風呂に入ってるみたいだけど…」
 少々早かったらしい。豪徳寺達の部屋は地上付近のため、外壁の階段を使って降りる事にする。それを聞いたアスナはネギを豪徳寺に任せ、あやかが嗅ぎ付けて来る前にと早く降りるよう促した。眠ってしまって無防備なネギはあやかにとって格好の獲物だ。
「着替えたら砂浜の方に集合ですよ。バーベキューパーティーをやるって言ってましたから」
「お、そりゃ楽しみだ。早く着替えに行こうぜ!」
「ああ、戦勝パーティーだな」
 アスナ曰く、ポチと小太郎は既に普通に動く事が出来るぐらいまで回復しているとの事。流石は人狼族、小太郎よりも重傷だったポチもほとんど完治してしまっているらしい。今は砂浜でパーティーの準備を手伝っているそうなので、それを聞いた豪徳寺達は早く二人に会うために大急ぎで外壁の階段を駆け下りて行った。
 そして屋上に残されたのはアスナと横島の二人。アスナは嬉しそうに神通棍を取り出し、伸ばして見せる。
「見ててくださいね」
 そう言ってアスナは目を瞑り、念じる。
 すると、淡い光が発生し、神通棍を包み込んだ。霊力の光である。ヘルマンの時に見せたあれは、一時的なものではなかったようだ。
 再びアスナが目を開くと同時に、神通棍を包む光がフッと消えた。アスナの意志でしっかりとコントロールされている。もしかしたら、GS資格を取得したばかりの頃の横島よりも霊力が制御出来ているのかも知れない。これも今まで積み重ねてきた修練の賜物であろう。
「よくやった、頑張ったなアスナ!」
 これは横島にとっても感慨ひとしおだ。
 思い切りアスナの頭を撫で回してやると、彼女はされるがままの状態で実に嬉しそうな表情を見せた。横島にしてみれば師匠冥利に尽きると言ったところだろうか。エヴァとネギが見れば、前者は怒り出し、後者は羨ましがりそうな光景である。


 別荘に残っていた面々も含め女性陣は皆、今日は大浴場を使用しているそうだ。横島とアスナの二人は泊まっていた部屋へと移動し、横島は雨に濡れた衣服を着替える事にする。
 先に砂浜の方に降りておくように言うが、アスナは横島と一緒に行きたいらしく彼の支度が済むまで待つと言い張った。ならば仕方が無いと、横島は急いでシャワーを浴びる事にする。とりあえず、汗を流してしまいたい。
「そう言えば、人質にされてた皆は怪我なかったか?」
「いいんちょがサイズの合わない下着のせいでちょっと跡が付いちゃったぐらいですよ、ヘルマンってヤツも人質を傷付ける気はなかったみたいで」
「ホントにネギと戦いたかっただけなんかなぁ」
「バストとヒップはキツかったけどウエストは余裕があったとか言うんですよ、イヤミですよね〜」
 かく言うアスナは、その下着が自分のサイズに合わせられていた事を知らない。
 当初のヘルマンの計画では、アスナを人質にしてネギを誘き寄せるはずだったのだ。それについて知っているのは、下着の用意をしたヘルマンのみである。

 閑話休題。

 ジャージのズボンにTシャツとラフな格好に着替えを終えた横島がアスナを伴って砂浜に降りると、そこでは既にバーベキューパーティーの準備が整えられていた。
「ふおぉぉぉぉっ!?」
 歓喜の奇声を上げる横島。
 焼ける肉の香りが鼻腔をくすぐるが、原因はそれではない。
 なんと、横島達を出迎えたのはメイドの集団であった。
 衣服もないまま別荘に入った女性陣は、服を借りる当てとして茶々丸を考えていたのだが、当の彼女は学校の制服以外はメイド服ばかりで私服は数えるほどしか所有していなかったのだ。これはエヴァを連れ回し子供服で着せ替え人形にしていた裕奈達にも予想外の事である。
 代わりと言っては何だが、茶々丸とチャチャゼロの間の姉妹達であるからくり人形軍団のための衣服は、全てメイド服だがサイズは各種取り揃えられていた。そこで皆してそれを借りる事となり、元々別荘に居た面々も巻き込んで女子中学生メイド軍団が誕生したと言うわけだ。
「横島兄ちゃん! どうどう、似合う〜?」
「あ…横島さん…」
 裕奈のようにノリノリの者もいれば、アキラのように恥ずかしがっている者もいる。
 千鶴は堂々としたものだが、夏美は顔を真っ赤にして千鶴の背に隠れてしまっていた。
 皆に共通して言える事は、この異様な「ノリ」と言う熱気に呑まれてしまっていると言う事だろう。選択の余地がなかった――とは言わない。言ってもいけない。結局のところは、皆楽しんでメイド服を身に付けているのだから。
「ったく、冗談じゃねーぞ。私は制服があるっつーの!」
「よく似合ってるよ、長谷川ー」
「てめぇらはさっきまで人質だったんだから自重しろ! て言うか、まずこの『別荘』に驚けよっ!!」
 ただし、極一部を除いて。


「む、やっと来たか横島」
 パーティー会場に現れた横島を、エヴァが手招きして呼び寄せた。
 彼女はメイド服など着るはずもなく、一人だけイブニングドレスでバッチリおめかししている。そのデザインは明らかに大人向けのもので肌の露出も多いのだが、着ているのは傍目には子供にしか見えないエヴァであるため少々滑稽だ。しかし、それについては触れない方が賢明であろう。
 メイドの集団に囲まれるドレス姿の彼女は、まるで女主人――いや、メイド達を困らせるわがままお嬢様と言った方が正確だろうか。
「そいつらいじめてないだろな?」
「たわけ、私を何だと思っている」
 横島の軽口にムッとした表情で反論するエヴァの足元には、腰に呪縛ロープを巻きつけたままのすらむぃ達の姿がある。三体とも周囲の喧騒を物珍しそうに眺めながら、おとなしく座り込んでいた。
 アスナは先程まで戦っていた相手に横島ほど割り切る事はまだ出来ないようで、彼の背に隠れて様子を伺っている。
「で、どうすんだ、そいつら」
「心配せんでも、私が預かってやるさ。空豆ジジイに引き渡したところで、図書館島の『大司書長』送りになるのは目に見えているしな」
 実は、エヴァは以前から魔物の配下と言うものに興味を持っていたらしい。曰く、「悪の魔法使いの嗜み」なのだそうだ。
 魔力の大半を封じられた状態で麻帆良学園に幽閉された状態では魔物の召喚など出来るはずもなく、半ば諦めかけていた彼女にとって、横島達が連れて来たすらむぃ達は正に渡りに船であった。吸血鬼の真祖であるエヴァならば、契約してすらむぃ達を従わせる事など、それこそ造作もない事である。
 「力が全てを支配する」魔界生まれの魔物にとって強者に従うのは極々当たり前の事であり、すらむぃ達もエヴァに従う事に抵抗はないようだ。ヘルマンに従っていた頃のように好き勝手に暴れる事は出来ないだろうが、『封魔の瓶』に封じられる事に比べれば、破格の高待遇と言えよう。
「それなりに戦えるようだしな、番犬代わりには丁度良い」
 エヴァがすらむぃ達を歓迎するのは「悪の魔法使いの嗜み」などと言う、趣味の範疇の理由ばかりではない。
 チャチャゼロが外ではろくに動く事が出来ない事からも分かるように、茶々丸の姉妹達である人形軍団は、魔法力が充溢した別荘内でしか活動する事が出来ない。
 つまり相手が『別荘』内まで入り込んだのならばともかく、それまでは守り手として役に立たない。
 しかし、その『別荘』は麻帆良学園都市内でも一ニを争うほどに守りが堅い地下室に安置されているのだ。本末転倒とは正にこの事である。
 現在、エヴァが使える手駒は茶々丸のみ、と言ってしまって良いだろう。麻帆良学園都市の外に出れば魔力の封印が解けるが、エヴァが欲しいのは、都市内で使える配下なのだ。その点、スライム娘達は良い手駒になってくれるに違いない。
「ぷりんとあめ子は知性もありそうだし、書庫の整理にも使えるかもな」
「コキ使う事ばっか考えとるなー」
「必要ならば貸してやるぞ」
「引き換えに血をよこせって言うんだろ?」
 当然だと言わんばかりにエヴァは白い歯を見せてニヤリと微笑んだ。



 そうこうしている内にネギが豪徳寺、山下、中村の三人を引き連れてパーティー会場に現れた。
 やはり疲労しているのか、ネギは豪徳寺に支えられて足元もおぼつかない様子である。
「ああ、ネギ先生!」
 のどかに先んじてあやかが駆け寄った。こういう時の行動の早さは流石である。
 続けてのどかが駆け寄り、それに美砂と円が続く。のどか以外の三人は魔法使いの事情を知らなかった面々だ、美砂と円はネギが心配なだけではなく、事情の説明が欲しいと言うのもあるのだろう。
 更に面白がったハルナを筆頭に何人もが周りに集まり、またたくまにネギは人の波に埋もれてしまった。
 説明はカモと和美が引き受けるようで、三人はやはり喋るオコジョに驚いている。
 助け船を出す事も可能なのだが、横島はあえてそちらには関わらない事にした。魔法の隠匿については彼自身あまり真面目に取り組んでいるとは言い難い。やはりここは専門家に任せるべきだろう。カモは腹黒いが、ネギの不利益になるような事はしないはずだ。
 これを期に『仮契約(パクティオー)』とか言い出したら、容赦なくサイキックソーサーを叩き込もうと耳をそばだてていたのは、横島だけの秘密である。


「難儀なやっちゃなぁ、あんな囲まれて」
「魔法使いとしては大問題なんだろうが、今回の件については不可抗力だろうな」
 少し離れたところでそれを見守るのは小太郎とポチ。
 流石にまだ完治とはいかないが、普通に動くには問題がない状態まで回復している。この二人はパーティー会場の設置にも男手として活躍していた。
「まったく、女子中学生は凄いパワーだな」
「薫ちん、そんな事言ってると年寄り臭いよ〜」
「まったく、君は若さがない」
 女子中学生の勢いに押されて、何とかその輪から抜け出してきた豪徳寺達が小太郎の下にやって来た。
 ヘルマンの一件が片付いた今、彼等にとって気になるのは小太郎の処遇についてだ。特にポチは、いざと言う時は彼を全面的に擁護するつもりである。
「君はこれからどうするつもりなんだ?」
「…う〜ん、パイパーとかどないかせな、おちおち街も歩けんとしか考えてなかったなぁ。とりあえずの身の安全は確保したし、また西の追っ手から逃げて北にでも行くかな」
 小太郎はそう言うが、京都での一件については、同じく雇われの身であった『月詠』はおろか首謀者である天ヶ崎千草も罪には問われていない。もし、関西呪術協会に小太郎の事を報告したとしても、引渡しを求められる事はないだろう。むしろ、後々のトラブルを避けるためにも、学園長を通じて報告してもらうべきだ。
 その事を小太郎に伝えると、彼は驚いた様子で目を丸くする。西からの追跡者がいるものだとばかり考えて逃亡生活を続けていた彼にとって、「そもそも追われていない」と言うのは予想外の更に外側だった。
「それやったら…どないしょ。追われてなくても、ほとぼり冷めるまで西には戻らん方がええやろし…」
 流石の小太郎もこれには戸惑った様子だ。
 「京都から逃げ出した」と言う事実がある以上、京都に戻ったところでこれまで通りの生活に戻れるとは思えない。
 しかし、両親がおらず、京都の裏の世界で傭兵、賞金稼ぎとして生きてきた彼にとって、京都以上の稼ぐ当てなど思い当たらなかった。
 腕を組んで唸る小太郎の脳裏にまず浮かんだ案は、密航して香港にでも渡り、モグリのGSになると言うものであった。そのバイタリティは称賛に値するが、最近のオカルト業界はアシュタロスの一件以降、霊能力の不正使用に関しては殊更に厳しくなっているため、あまり良い考えだとは言い難い。

 そんな悩み続ける小太郎に、手を差し伸べたのはポチであった。
「小太郎、お前さえよければ…俺達のところに来ないか?」
「な、なんやねん、それ…」
 意外な申し出である。同室である山下も、反対する素振りを見せず黙って微笑むばかりだ。
 パイパーとの戦いを終えて戻って来た時から考えていたらしい。ヘルマンとの戦いに赴く前から山下とは相談しており、実は彼も既に賛同している。
「同族のよしみと言うのもあるが、同じ武の道を志す者として、何より年長者として放っておけんからな」
「………いや、そうは言っても、俺は色々複雑な立場やし」
 照れ臭いのだろうか。もごもごと口篭り、自分の立場を理由に断ろうとするが、それが本心からのものでない事は一目瞭然であった。
「京都での一件の事を言っているのか。それなら学園長が交渉して上手くまとめてくれるんじゃないか?」
 関西呪術協会の総本山で話した時の事を思い出し、小太郎がそう簡単に素直になれる性格ではないと察した豪徳寺は、ここは強引に押し切るべきだと、すかさず彼の断る理由を潰して逃げ道を塞いだ。
「…実は、葉加瀬聡美にも協力を取り付けてある」
 更にポチが追い討ちを掛けた。
 実際、小太郎にはポチ、田中ハジメと共にパイパーを倒したと言う功績があるのだ。
 小太郎が危険人物でないと証明する必要があるのならば、聡美も協力すると言ってくれている。学園長の孫である木乃香に頼んで、彼女から学園長に掛け合ってもらうのも良いだろう。
「しゃ、しゃーないな。そこまで言われたら断るわけにもいかんわ」
 逃げ道を塞がれた事で小太郎も観念したようだ。
 彼にとってこれ以上とない救いの手であった事は間違いなく、恩着せがましい口調ではあるが、表情はそう言っていないのが何とも微笑ましい。

 後日、ポチと聡美が小太郎を連れて学園長に会いに行ったところ、彼は意外な程にあっさりと小太郎の身柄の件と、ついでに彼の麻帆良学園への編入を認めてくれた。それこそポチ達が拍子抜けして腰が砕けてしまう程に。
 既にネギから報告を受けていたようで、関西呪術協会にも学園長が話を通してくれていた。
 スムーズに事が運び過ぎているような気もするが、この時学園長はパイパー、ヘルマンだけでなく例のフードの男――『彼』についての報告も受けており、あまり細かい事は気にしていられなかったと言うのもあるのだろう。
 とにかく、こうして小太郎の麻帆良学園への編入はつつがなく決定する事になる。



「向こうは盛り上がってるわね〜」
「いいじゃないか、わしらはわしらで盛り上がろう」
 一方、横島達は横島達で固まってバーベキューを楽しんでいた。
 円形テーブルを中心に椅子を並べ、横島の隣には当然のようにアスナ、逆隣には夕映が座っており、更に古菲、高音、愛衣それに木乃香と刹那の八人と土偶羅の一体でテーブルを囲んでいる。
「更に雪広さん、柿崎さん、釘宮さんの三人に魔法がバレてしまったわけですからね…」
「て言うか、コンプリートじゃないか?」
「超一味が皆魔法の事を知っているならば、そうなるです」
 全員が美空の事をナチュラルに忘れている事については触れないでおく。
 しかし、横島もアスナ達も知らない事だが、美空はれっきとした魔法生徒であり魔法関係者である。ネギが3年A組の生徒全員に魔法使いである事が知られてしまった事に間違いは無い。
 ちなみに、ザジ・レイニーデイも直接ネギと関わっていない一人ではあるのだが、京都での一件において、千草一味との戦いに超の演出担当としてこっそりと参加しているので、彼女を魔法使いの事情について知る一人としてカウントする事に問題は無い。
 聡美曰く、最近のザジは『超包子(チャオパオズ)』のシェフ、四葉五月と一緒に居る事が多く、今日も味見役として一緒にいるそうだ。
「まったく、たるんでるわね。他の魔法先生達に知られたらオコジョにされるわよ」
「あの、バレた人数に関しては、私もお姉様も負けてないと思うんですけど…
「はぅっ!?」
 愛衣の言う通り、この別荘に居る全員に高音と愛衣は魔法使いである事が知られてしまっている。ネギがオコジョにされる事があるとすれば、その時は二人もオコジョであろう。
「まぁまぁ、アスナが霊力使えるようになた事を祝てカンパイするアル」
「そ、そうね、それはおめでたい事ですものね」
 高音もハッと顔を上げて古菲にジュースを注いでもらう。アスナの成長を祝福する余裕は残っているようだ。既に諦めた、或いは開き直ったとも言う。
 実際、アスナ達も無闇に高音達が魔法使いであると言いふらしたりはしないだろう。そんな事をすればネギの身も危ういのだ。何より、関東魔法協会は情報公開のために動いている。そう遠くない内に魔法使いである事を秘密にしなくて良い日がきっと来る。横島や愛衣とは少し違う意味で、高音はその日が待ち遠しくなっていた。
「ウチ、アスナに追い抜かれてもうたなぁ」
 そう言って笑うのは木乃香。彼女は霊力に目覚めている状態だが、自分で制御する事が出来ずに小槌『鬼鎮(オニシズメ)』で式神ごと霊力を封じている状態だ。霊力に目覚め、かつ自分で制御出来るアスナの方が、今の段階では霊能力者として上と言える。
「焦る事はありませんよ。今は精神を鍛える修行を積む事です。アスナさんだって日々の修練に励んで来た結果、今があるのですから」
 刹那がフォローすると、木乃香は「せやな」と微笑んだ。
 木乃香の霊力の師は刹那である。修行すると言う事は子供の頃のように二人の時間を過ごす事が出来ると言う事。木乃香にとって修行は全く苦ではなかった。


「そう言えばここで一週間ほど過ごして忘れてましたけど…明日からゴールデンウィークなんですよね」
 ふと思い出したかのようにポツリと呟いた愛衣の一言にアスナ達の動きが止まった。
「そう言えば…」
「す、すっかり忘れてたわね」
 一同揃って忘れていたようだ。
 下校時は休日の予定を考えてウキウキと心躍らせていたと言うのに、それが遠い昔のように思えてくる。丸々一週間を別荘内で過ごしたので、あながち間違いとは言い切れないのが恐ろしいところだ。
「ム、となると明日からも修行三昧アルか?」
「いや、それは勘弁…って言うか、俺は予定がある。今、思い出した」
「え…?」
 今の今まで忘れていたのだが、横島はGS協会からの紹介で、ゴールデンウィークに地方からの除霊依頼を受けていたのだ。
 まだ霊力を使えないアスナを連れて行くわけにはいかないと、一人で行くつもりだったのだが―――

「ハイ! 私、霊力使えるようになりました!」

―――アスナが霊力に目覚めたとなれば、連れて行かないわけにはいくまい。
 急な予定変更なので色々と不都合はあるが、その辺りは依頼料据え置きと言う事で何とかなるだろう。
「勿論、私も行くアル!」
 当然の如く名乗りを上げる古菲。
 彼女もアスナと同じく正式な除霊助手なのだから当然の流れだ。
「私も行くです!」
 続けて名乗りを上げたのは夕映。
 彼女は除霊助手ではないが、アスナと同じく横島の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である。
 その目は真剣そのものであり、彼女なりに良い従者として横島をサポート出来るようになるべくGSの仕事について勉強したいと考えているようだ。
「…ダメですか?」
「う〜ん、流石に夕映ちゃんを除霊現場に連れて行くのは…」
「私は従者なのですから、アスナさんやくーふぇさんと同じように呼び捨てにしてください!」
 夕映の瞳に炎が宿っていた、これは一歩も引きそうにない。
 見かねた土偶羅が「ユエを連れて行けば、わしのデータを利用できるぞ」と援護射撃。横島は白旗を揚げて絶対に除霊現場には来ないと言う条件で夕映の参加を認める事にした。

「木乃香ちゃん達も来るかい?」
「う〜ん…今回は遠慮しとくわ。今のウチが行っても役に立ちそうもないし」
 GSの勉強をするならばと横島は木乃香と刹那も誘ってみるが、木乃香はそれをやんわりと断った。
 いつも通りのニコニコ笑顔だが、アスナに追い抜かれた事で彼女なりに奮起しているらしい。ゴールデンウィークの連休を使って、修行に励もうと考えているようだ。

「横島さんは明日から出掛けられるのですか?」
 背後から掛けられた声に振り向くと、そこには茶々丸、エヴァ、そして聡美の三人が立っていた。
 横島にとっては初めて見る組み合わせなのだが、聡美は元々茶々丸の生みの親の一人だ。一緒に居ても何ら不思議もない関係である。
「どうかしたのか?」
「実は、ゴールデンウィークの三連休を利用して大規模なメンテナンス等、その他諸々の作業を行う事になりましたので、その間横島さんにマスターの事をお願いしようと思ったのですが…」
 茶々丸も明日から麻帆良大学工学部の方に泊り込みになるとの事。チャチャゼロやスライム娘に関しては茶々丸、聡美でどうとでもなるのだが、エヴァだけは放っておくと何をしでかすか分からない。従者がマスターに対して抱く考えではないが、紛れも無い事実である。
 そこで茶々丸は、エヴァの事を横島に任せようと考えたのだが、頼みに来たところで先程の話を聞いてしまったと言うわけだ。茶々丸は横島に予定があるのならばと強く出る事が出来ず、どうするべきかおろおろしている。
 しかし、彼女のマスターであるエヴァは遠慮しなかった。
「出掛けると言っていたが、どこに行くんだ?」
「地方でのGSの仕事だ」
「田舎か?」
「都会ではないな」
 そこまで聞いてエヴァはニヤリと笑う。
 日本文化を好むエヴァは、どちらかと言うと都会よりも田舎、麻帆良では見られない日本の原風景を好む傾向にある。GSの仕事については特に興味はないが、横島達の仕事に便乗して観光するのも悪くは無い。
 何より、学校が休みならば麻帆良学園都市から抜け出しても『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いは発動しないのだ。この期を逃すと言う選択肢は、エヴァの頭の中には存在しなかった。
「よし、私も行くぞ。文珠のストックは残っているな?」
「そう来る事は予想出来たが、俺達は仕事だぞ?」
「エスコートしろとまでは言わんよ。それに、私の方も貴様に麻帆良の外へ連れて行かせようと考えていたのでな」
 元々エヴァは、ゴールデンウィークの連休を利用して、横島に麻帆良学園都市の外に連れて行ってもらおうと考えていた。十数年間幽閉状態だった彼女が、横島の文珠と言う抜け道を見つけてしまったのだから、そう考えるのも当然であろう。
 目的地を指定できないのは残念だが、地方に行くと言うのならば贅沢は言うまい。
 エヴァの思考は、茶々丸がいないためどうやって荷物を運ぶべきかと、大量に買い込むおみやげの運搬方法を考えるに至っていた。最早ここまで来てしまえば、横島に選択の余地は無い。
「いざって時は手伝ってもらうぞ?」
「フフフ、私も恩義を知らんわけではない。それぐらいならば構わんぞ」
 ダメ元でいざと言う時の助っ人を頼んでみると、上機嫌のエヴァは二つ返事でそれを了承。これには横島を始めとする一同は驚いて目を丸くし、茶々丸に至っては表情こそ変わらないもののどこか感激した様子で、そっとハンカチで目頭を抑えていた。もちろん、彼女が涙を流すわけは無いのだが。
 こうなると除霊作業に関しては素人同然であるアスナと古菲をフォローする役として彼女以上の適役者はいないだろう。一時的に封印が解け、魔力全開となったエヴァはこれ以上となく頼りになる。
 無論、頼りっぱなしでは血を要求されるだろうが、いざと言う時に彼女が控えていてくれるとなると心強い。横島はエヴァの同行も認める事にした。

「『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』を麻帆良の外に連れ出すなんて…」
「お、お兄様が一緒なら大丈夫ですよ!」
 魔法界では「寝ない子は『闇の福音』が攫いに来るぞ」と、ナマハゲのように語られるエヴァの伝説を聞いて育った高音は引き攣った笑みを浮かべるが、エヴァの可愛らしい外見にほだされている愛衣がそれをフォローする。
 実際にこの別荘で一週間を過ごし、エヴァが伝説に語られるような極悪人でないと感じているのもあるが、何より愛衣は横島の事を全面的に信頼している。
 横島はエヴァも連れて行くならばと高音と愛衣にも声を掛けてみるが、魔法生徒としての任務がある二人は、あっさりとそれを断った。愛衣は未練がある様子だったが、やはり魔法生徒としての務めの方が優先のようだ。
 チャチャゼロは茶々丸が預かり、スライム娘達はエヴァとの契約を済ませて留守番させる事となっているので、明日からの除霊は、横島、アスナ、古菲、夕映、エヴァの五名で行く事となる。夕映のアーティファクトである土偶羅は、明日の朝には一旦魔界に帰るそうだ。

「それで、どこに行くんですか?」
「どこと言われてもな…」
 アスナは行き先を訪ねるが、横島は困った様子で頭を掻いた。
 疑問符を浮かべるアスナ達は、彼の次の言葉でその理由を知る事になる。

「連休使って三箇所回るんだ、強行軍になるから覚悟しとけよ」

「「「「え…?」」」」
 アスナ、古菲、夕映だけでなく、エヴァの額にも一筋の冷や汗が流れた。



つづく


あとがき
 美空が魔法使いとしてはまだ見習いであると言う設定。
 スライム娘をはじめとする魔界の魔物に関する設定。
 そもそも、スライム娘達が魔界の出身であると言う設定。
 エヴァ、及び彼女の自宅に関する細かな設定。
 裏稼業をやってた頃の小太郎の主な活躍の舞台が京都だと言う事。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承ください。

 次回以降は、学園祭編の前に『見習GSアスナ奮闘編』に突入します。
 結局、霊力に目覚めて本当の意味での『見習GS』になるまで60話掛かってしまいました。
 亀の歩みですが、これからも彼女の成長を見守ってやってください。

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