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狐の子、拾いますか? 1


 数ヶ月ぶりに人間社会に戻って来た横島。
 こう言うとまるで自然にでも帰っていたかのようだが、戦いにあけくれていた日々はある意味、それ以上に性質が悪い。



 一旦、帰宅した横島は一晩休息を取ると翌朝令子達の待つ事務所の方に向かった。
 連絡をせずに突然訪ねる事になったが、幸い今日は仕事がなかったらしくおキヌは満面の笑みで久しぶりに事務所に顔を出した横島を出迎えてくれた。
 そのまま談笑しながら事務所に入ろうとすると横島に吶喊してくる弾丸1つ。
「どわっ!」
「先生、先生、せんせー!!」
 見事な勢いで横島の胸板に頭突きをくらわせる長い髪。視線をズラせば見覚えのあるシッポがフリフリと揺れている。
 忘れもしない、人狼のシロだ。
「シロ、なんでここに!?」
「私が雇ったのよ」
 奥から聞こえてきた声に顔を上げてみるとそこには令子の姿。
「あ、ただいまっス」

「5ヶ月もロクに連絡もしないで…時給下げられるのは覚悟の上よね?」

「あ、えーと」



 踏まれた。黒だった。








 令子から聞いた話によると、人狼の里に戻っていたはずのシロがここにいるのは横島が妙神山に行ってから荷物持ちをする者がいなくなってしまったため、急遽令子が連絡を取り「シロが一人前になるまで鍛える」と契約金ドッグフード一年分でシロをスカウトしてきたためらしい。
「ところで先生、その腕はケガでもしているでござるか?」
「ん、ああ…修行の仕上げでちょっとな」
「大丈夫なんですか?」
「心配する必要はないよおキヌちゃん、これ結構大袈裟に巻いてるんだから」

 嘘である。

 シロが顔を近付けて舐めてヒーリングしようとするのを止める横島。
 何故なら、現在包帯が巻かれ三角巾で吊ってある右腕は肩まで魔族化しており、肩から肘までは人間に擬態しているがそこから先は黒い魔族の腕のままだからだ。
 人間よりはるかに優れた超感覚を持つシロが顔を近づければ気付いてしまう可能性もある。
 妙神山で鍛えた霊力もこの魔族化した腕を隠し、完全に擬態するために使っており、令子達人間の目にはアシュタロス戦後よりほんの少し強くなった程度にしか見えていないはずだ。

「たいして強くなったようには見えないわねぇ・・・」
「いや、これでも霊波の出力が安定したんスよ?」
「ふーん。まぁ、猿神に認められてとりあえず無事に帰ってきたから一人前として認めてあげるけど…その腕じゃ仕事は無理よね」
「す、すいません」
 流石に今の横島に仕事をやらせる事は信用に関わると思ったのか、令子はあっさり休暇の延長を認め、協会から届いていた横島の正式な免許をとりあえず渡しておく事にした。



「ところで、先生が戻ってきたら拙者はお役御免でござるか?」
「そうねぇ、食費もバカにならないし…」
「あ、その事なんですけどね」
 横島がシロと令子の会話を遮る。そして…





「「「独立する〜〜〜ッ!?」」」

 令子、おキヌ、シロの声が見事にハモった。

「横島さんどうしていきなり!」
「ちょ、ちょっとあんたどういうつもりよ!」
「拙者は先生に会えると思ってここに来たのでござるよ!?」
「い、いや、俺なりに考えたんスよ」
 3人の剣幕に後ずさる横島。妙神山での修行でも流石にこのあたりは鍛えられなかったようだ。
 勢いで椅子から転がり落ち、逃げようと這って扉まで移動した横島だったが、そこに救いの女神が現れた。

「あら、どうしたの? 横島君に詰め寄ったりして」
「あ、隊長助けてください!」
 扉を開けて部屋に入って来たのはひのめを抱いた美智恵。横島は妙神山で鍛えたスピードで彼女の後ろに隠れる。
「ママ、そこをどいて!」
「まずは神通棍をしまいなさい、何の騒ぎなのよ…」
 流石に美智恵の前で折檻するつもりはないのか、令子もとりあえずはおとなしく引き下がった。



「なるほど、横島君が独立ね…まぁ、今の待遇を考えたらわからなくもないけど」
「何言ってるのよママ! 修行に行ってケガして帰ってくるヤツなんか丁稚で充分よ!」
「隊長、俺は待遇がどうこうって理由で独立しようってんじゃないっス」
 口々に反論する令子と横島。
 美智恵としては長女も依存し、次女も懐いている横島にはこのまま事務所に残って欲しいと思うが、令子が今の待遇を続けるようでは色々と問題があるため積極的にどちらかの味方にもなれない。
 しばし考えた美智恵は何とかこの一件を収めるべく、1つの妥協案を提案する事にする。


「ところで横島君、その腕は完治にどれくらいかかるの?」
「ヒャクメは1週間ぐらいって言ってましたよ」
 美智恵はほくそ笑んだ。長くもなく、決して短くもない期間だ。
「横島君、あなた妙神山から戻ってきたばかりだし 独立の準備とかはしていないんでしょ?」
「え、ええ…」
「それじゃ、こういうのはどうかしら? 横島君は1週間以内に独立の準備をしてそれができたら令子は独立を認める。できなかったらとりあえず独立を諦めて今は残る」
 美智恵の提案に横島も尤もな話だと頷いた。期限が少々短い気もするが、横島にとって決して損な話ではない。
「わかりました。一週間ですね」
 美智恵の提案に横島は同意した。そして令子は…
「………」
「令子はどうなの?」
「…わかったわ。私が幾つか条件を出すから、それを満たせば独立を認めてあげるわ」
「あまりムチャな条件出しちゃダメよ」
「わ、わかってるわよ!」
 美智恵に先手を打たれて令子は隠れて舌打ちをした。



「コホン、とにかく 条件は3つ! 1つ! 経理全般をまかせられるメンバーを雇う事! あんたは商才はそれなりにあるかも知れないけど、私と違ってそういう書類関係の仕事とか苦手そうだからね。事務に強いメンバーは必須よ」
「まぁ、正論ね」
 美智恵もこれには同意する。「当たり前だ」と言いたげな表情を少し見せた令子だったが、母娘対決の決着は後程つけると今は流して言葉を続けた。
「2つ! 除霊見習いを雇う事! 1人より2人の方が、当たり前だけど安全に仕事ができるし、規模によっては1人じゃどうしようもない仕事ってのもあるわ。何より、その度に助っ人雇ってたら商売あがったりよ! だから、専属メンバーとして除霊をサポートしてくれる人を雇う事!」
「美神殿がまともな事言ってるでござるよ…」
「黙りなさい」
「きゅ〜ん」
 シロは令子に睨まれて完黙。令子は更に続けた。
「最後! 独立する以上ちゃんと事務所を構える事!」
「美神さん、一週間でそれはムチャなんじゃ…」
 おずおずと口を開くおキヌを横島が手で制して止めた。
「おキヌちゃん、いいんだよ。美神さん、その3つの条件を満たせば独立を認めてもらえるんスね?」
「横島さん…」
 横島の目は真剣だ。令子は一瞬たじろいたが、すぐにいつもの調子に戻りそれを肯定し、最後にこう付け加えた
「ただし、1週間で条件が満たせなかった時は時給250円ね!」
「ぐっ…わかりました」
 令子にとってはこれは賭けだ。負うリスクに対し、それぐらいのリターンは当然なのだろう。
「それじゃ拙者が先生のところの除霊見習いに!」
「あんたは私と契約してるんでしょうが、違約金払う?」
「うぅ…」
 早速横島除霊事務所のメンバーに立候補するシロだったが、あっさり撃沈。

「それじゃ私が…」
「あのね、私は嫁入り前の娘を人様から預かってるのよ? それを放り出すような無責任な真似できるわけないでしょ!」
「私は気にしません!」
「そういう問題じゃないの!」
 続いておキヌも名乗りをあげるが、令子が最も似合わないと思われる『倫理観』を振りかざしたためそのまま言い争いに発展してしまう。

「素直じゃないわねぇ…」
 これは三人の言い争いを第三者として眺めていた美智恵の言葉。
 ふと横を見れば、横島はここでくつろぐ時間も惜しいのか事務所のメンバーを探しに行こうとしている。言い争いをしている3人は気付いていないようだ。
 ただ一人それに気付いた美智恵はひのめを抱いて横島を追う。
「横島君!」
「あ、隊長」
「令子の言った事、決して間違いじゃないわよ。GSって除霊できるだけじゃやっていけないし。事務所を持つというのは、それだけ仕事できるっていうハッタリにもなるわ」
「ははは、わかってますよ。俺が全然準備とか考えてなかったのも確かですし」
「もし、無理だったとしても私から令子に正社員扱いするように口添えしてあげるから、ね?」
「あ、ありがとうございます」
 横島は戸惑いながらも素直に礼を言い事務所を後にした。



「はぁ、成長したわねぇ横島君。どっちが子供かわかんないわ」
 美智恵は自分の道を切り拓くべく歩き出す横島の背を見送ると、今なお横島がいなくなった事に気付かず言い争いに続ける3人の元に戻っていくのだった。

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