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狐の子、拾いますか? 4


 夜道を走る横島と愛子。
 1人は机を担いでいるという異様な姿だが、その必死な様子に声をかける者はいない。
「あの妖狐、どこにいったんだ? いきなり無差別に人間を襲ったりしないだろな?」
「完全に回復したわけじゃないからそれはないと思うけど…」
 二人が探しているのは言うまでもなく先程横島の部屋から逃げ出した妖狐の少女。横島達は密かに彼女を匿っていたので、その事が令子に知られれば恐ろしい事になりかねない。
「美神さんにバレたら大変だぞ、早く探さないと!」
「そうよ、美神さんに…って、もしかしてあの子、美神さんに仕返ししに行ったんじゃ?」

 横島と愛子は顔を見合わせる、互いの目が如実に語っていた。「有り得る」と。
 2人は無言で頷くと美神令子除霊事務所へ向けて走り出した。



 ちなみにアパートの壁は文珠で直しておいた。今更だが霊能とは関係ない世界に突入している。







「あなたは一体何を考えているの!?」
「しょうがないじゃない、除霊対象を知ったのは契約した後だったんだから…」
 一方、美神親子は説教の真っ最中だった。もちろん説教するのが美智恵で、されるのが令子である。
 美智恵が戻ってきてからは度々見られる光景なので、おキヌとシロは既に避難して就寝していた。
 当の令子も金に目が眩めば「モラルも反省もホワイトアウト」するので、この説教もどれだけ効果があるか甚だ疑問なのだが、それでも美智恵は説教をやめるわけにはいかない。
 何故なら、ひのめへの悪影響が懸念されるからだ。令子自身についてはとうに諦めている。

「だいたい、あなたはお金お金とそんなだから横島君に逃げられるのよ!」
「なっ…アイツは関係ないでしょ!!」
 そして2人は説教ではなく口喧嘩に突入する。
 ちなみに、ひのめはおキヌの部屋ですこやかにご就寝中だ。





 美智恵と令子の口喧嘩が実力行使に移行しようとしていた頃、1人の少女が事務所を見上げていた。
「あいつの霊力を感じるわ…ここに間違いなさそうね」
 そう、横島の家から逃げ出した妖狐の少女だ。少女は人工幽霊一号の結界をものともせずに事務所に侵入を果たす。

『オーナー。事務所内に妖怪が侵入いたしました』
「なんですって?」

 とは言え、その事実はすぐさま令子に知らせられたのだが。



「…この部屋ね、焼き尽くしてやるわ」
 妖狐は令子の霊力を辿り迷う事なく令子と美智恵の待つ部屋に辿り着き、奇襲をかけるべく飛び込んだ。令子達が手薬煉ひいて待ち構えていることなど知る良しもなく…





「人工幽霊壱号! ここに妖狐が来なかったか?」
『妖狐かどうかはわかりませんが、現在美神オーナーと妖怪が交戦中です』
「遅かったか!」

 妖狐に少し遅れて事務所に到着した横島達。人工幽霊壱号の言葉に急いで事務所に駆け込むと令子の部屋を目指した。



「クッ、どうして狐火が…」
「残念だったわね、この建物は念力発火封じの札で守られているのよ」
 腕を押えしゃがみ込む妖狐。対する令子は狐火が不発だったらしく無傷で神通棍を構えている。
「あなた、あの時の妖狐ね? 横島君が保護してたはずなのにどうしてここに?」
 美智恵が突然襲いかかって来た少女の正体を察し執り成そうとするが、如何せん令子の方に手加減するつもりがまったくなさそうだ。
「何ですって!? 横島君がこの子を…」
 しかも、美智恵の言葉が令子には神経を逆撫でするものだったらしく、そう言って妖狐の少女を頭から爪先まで品定めをするようにざっと見る。
 確かに、傾国の魔物と呼ばれるだけあってその造形は見事なものだ。
 子供の姿をしているのは転生して間がないからか、まだ力が弱いためかはわからないが、きっと成長すれば男を魅了し骨抜きにしてしまう美女になる事だろう。
 そして、令子はひとつの結論を出した。



「ウチの丁稚をたらし込んだかァーーーッ!!」
「はぁ!?」

 妖狐は呆れた声を上げながらも振り下ろされた神通棍を必死に避ける。
「ちょ、ちょっと待ちなさい令子!」
「ママは黙ってて! コイツが生きてる事が知れたら私は違約金を払わないといけないのよ!」
 美智恵はその言葉に頭を抱える。嫉妬という本音とそれを隠すお金という建前。あまりにも条件が揃いすぎている。この状態では令子を説得するのも挑発して気を逸らすのも非常に困難だろう。
 こうなっては母として叱り付けるしかないのだが、
「何言ってるの! 相手はまだ子供だって言うのに!!」
「だってお金が好きなんだもの!」
 そう言いつつも鞭状の神通棍を振るう令子。やはり、無理だったようだ。
 妖狐の方は何度か手足に掠らせながらも直撃を避けるべく逃げ回るのが精一杯で、そうこうしているウチに妖狐は部屋の隅に追いやられてしまう。部屋は家具が散乱しかなり壮絶な状態だ。

「随分と部屋を荒らしてくれたわね…覚悟しなさい!
「ちょっ、部屋を荒らしたのはあんた…!」
「極楽へ行かせてあげるわッ!!」
 有無を言わせず神通棍を振り下ろす令子。妖狐は迫り来る神通棍を勢いに思わず目を瞑った。



 だが、次の瞬間耳障りな金属音にも似た音をたてて神通棍が弾かれてしまう。
 妖狐の少女がおそるおそる目を開くと、眼前に彼女を護るように六角形の霊気の塊が浮いていた。
「なっ…サイキックソーサー!?」
 その正体に気付いた令子が扉の方へ振り返ると、そこには横島と愛子の姿があった。

 猿神の修行により霊力を扱う術を身に付けた横島はサイキックソーサーをある程度自由に遠隔操作ができるようになっていたのだ。雪之丞ならGS資格試験の時点でできていた事なので実はそうたいした事ではなかったりする。



「横島君、来てくれたのね…」
 ホッと胸をなで下ろす美智恵に対し令子は
「横島君、どういうつもり!?」
 語気を荒げて横島に向き直った。
 しかし、横島も引き下がらない。
「美神さんこそ、こんな子供相手に何やってんですか!」
「その子供にたらし込まれたのはあんたでしょ!!」
「何言ってんですか!?」
 令子の攻撃目標が妖狐から横島に移ったため、横島はすぐさまサイキックソーサーを戻し防御する。
 あまりにも苛烈な令子の勢いに片手では捌ききれないと判断したのか、横島は怪我のフリをしていたもう片方の手からもサイキックソーサーを出して両手で防御し始めた。

 かつてのサイキックソーサーは全ての霊力を集中して防御力を得る代わりに他の部分の防御を限りなくゼロに近付けるものだったが、今のそれは一定の霊力で形作っているため他の部分の防御が落ちる事はなく、その気になれば複数展開させる事も可能としていた。
 とことん基礎能力の向上を図った修行の成果だ。



「丁稚の分際で〜ッ!!」
 横島が思いの外手強くなっていたため令子の意識が横島に集中する。愛子はその隙をつき、妖狐の手を引いて救出した。
「横島君、もう大丈夫よ!」
「お、おぅ!」
 正直、防戦一方で追いつめられていた横島はすぐさま神通棍を両手で弾いて距離をとると


「サイキック猫だまし・改ッ!!」


 両手のサイキックソーサー同士を叩き付けて炸裂させた。
 すると、二つのサイキックソーサーに込められた霊力が迸り爆炎を巻き起こす。ただの目くらましではなく、スモークの役割も兼ねたサイキック猫だましの改良型だ。
 その目的は逃げの一手を打つための布石なので

「………」
「…逃げたみたいね」

 煙が晴れた頃には当然の事ながら横島達の姿は消えていたのだった。



「あいつめ〜。妙神山で修行してきたってのに、姑息な手ばっかり身に付けてっ!」
「…それ、本気で言ってるの?」
「どういう意味よ!」
 まったく気付いた様子のない令子に美智恵は近すぎて見えないモノもあるのかと溜め息をついた。
 確かに横島は世界を救った英雄の1人だ。しかし、それでも彼はあくまで素人なのだ。

 ところがどうだ、妙神山で修行を終えて来た彼は特殊な力を身に付けたわけでもなければ、特別な技を修めたわけでもない。しかし、素人からいっぱしのGSに変わっていたのだ。
 基本を身に付けただけでこうも変わるものかと驚く半面、我が娘が師としてすべき事を全くしていなかった事を悟り、美智恵はこめかみを押さえて唸った。


 …実は、ひとつだけ令子が師として横島に伝授したモノがある。
 それは令子の言うところの「姑息な手」。そう、ある種裏技的な戦い方は間違いなく令子譲りだ。その事に気付いた美智恵の心は更に沈み込むのだった。





 その頃、横島は愛子と妖狐を連れて事務所から脱出し、文珠で直したばかりのアパートに辿り着いていた。
「これで、あんた達には二度も助けられたってわけね…」
「ん、まぁ そうなるかな」
 憮然とした表情で妖狐は睨むように横島を見ている。
 対する横島は火に弱い愛子を庇うように間に入りながらも令子との戦いで消耗したのかへたり込んでいた。
「…あんたもアイツと同じ退治屋なの?」
「退治屋じゃない、ゴーストスイーパーだ」
「ごぉすとすいぱぁ??」
 目覚めたばかりの妖狐には初めて聞く言葉だ。
 目を丸くして子供らしい表情を見せる少女に苦笑しながらも横島は続ける。
「何でもかんでも退治するわけじゃないぞ。話し合いで済めばそれに越した事はないし、人間の方が悪いと思えば妖怪だろうと何だろうと俺は助ける」
「でまかせ…じゃないわね、後ろのあんたもその口?」
 妖狐の視線は横島から愛子に移る。
 机を抜きにして見れば人間と変わらぬ姿だが、見る者が見ればすぐに妖怪だとわかるだろう。
「そうね、私も横島君のおかげで今の学校に受け容れられたようなものかしら」
「ふーん」
「おいおい、俺なんか褒めたって何も出ねーぞ。それに愛子ぐらい可愛けりゃアイツらは妖怪だろうが気にしないって」
「フフ、こういうヤツなのよ」
「…なるほどね」
 そう言って愛子と妖狐は呆れたような視線を横島に投げかけつつ、揃って笑みを浮かべた。対し、横島はその視線に耐え兼ね強引に話題を変えようとする。
「しかしまいったな。あと6日で独立の準備を済まさないといけないのに美神さんを怒らせちまった。ありゃ、明日から本気で妨害してくるぞ」
「独立?」
「横島君は今、美神さんの所から独立しようとメンバーと事務所を探してるのよ」
 怪訝そうに眉をひそめる妖狐に横島に代わって愛子が説明をした。
 愛子の『青春』こと『将来設計』に多少歪められてはいるが、おおよその事は伝わったはずだ。妖狐の方はその話に興味をそそられたらしく、真剣にその話に耳を傾けている。
 そして、愛子の話が終ると横島に対し1つの提案を持ち掛けた。

「私を助けてくれたお礼に、あんたと対等な取引をしてあげるわ。あんたは私を護り、衣食住を保証する。私はあんたのジムショとやらのメンバーになる。…どう?」

 言葉づかいは偉そうだが、上目遣いにこちらを伺う態度からは不安が見て取れる。暗に妖狐は「自分も協力する」と言っているのだ。
 横島はそんな妖狐の様子に気付かないフリをしたまま、ニッコリと笑って差し出された小さな手を取った。
「よろしくな。ええっと何て言うんだっけ?」
 自分の手を握る暖かい感触に安心したような笑みを浮かべた妖狐はまだ自分が名乗っていなかった事に気付き、少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべこう言った。



「私の名はタマモ。心配しなくてもあんたの魂の髄にこの名を刻みこんで、イヤでも忘れられなくしてあげるわ…」










 後日談そのいち。

 次の日、事務所のメンバーとして雪之丞達にタマモを紹介したが、雪之丞は既にさんざん叱責を受けながらも友人の事務所を手伝う事を弓家に伝えていたらしく、弓家での評判を落とし、当の横島は既にメンバーを見つけていると踏んだり蹴ったりだったらしい。



 後日談そのに。

 令子は『何故か』巨額の脱税が発覚し、妖狐退治の報酬以上の追徴金を支払わされたそうだ。
 愛子はその事を新聞で知りおおよその原因を悟ったが、怖くて口に出すことはできず、机に隠れてガタガタ震えていたそうだ。




おわる



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