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渡る世間は○ばかり 2


「なんだ、今日は横島だけじゃなくてタイガーも休みか?」
「横島さんはあの日以来学校に来てませんよ」
 ピートが朝予鈴ギリギリの時間に学校へ登校してくると、校門の所に雪之丞の姿があった。
 そのセリフから察するに早いうちからここに来て横島達を待っていたらしい。
「タイガーは今日、除霊の仕事があると聞いていますが…何かあったのですか?」
「いや、弓の親父に頼まれてちょっと遠出して現地調査をする事になったんでな。長期になりそうだから挨拶にと思ったんだが、いないならしょうがねぇな」
「長期の現地調査?」
 ピートが怪訝そうに雪之丞を見る。その視線に気付いた雪之丞は苦笑して手を横に振った。
「別にヤバい所に潜入するわけじゃねぇって。よくある公共事業での国と住民の土地絡みのトラブルだ。ただ、その問題になってる山の地主がオカルト関係の連中とつるんでるって噂があってな」
「その真相を探りに行くと」
「そういう事だ」

 よく見ると雪之丞の足元には旅行用と思われる大きなカバンがある。
 しばし、雑談に興じる2人。お互い若手GSとして苦労しているので零れるのは仕事の愚痴ばかりだった。


「おっと、もうこんな時間か それじゃ横島とタイガーにはよろしく伝えといてくれや」
 しばし歓談した後、雪之丞は電車の時間に遅れると足早に去って行く。

 弓家と言えば名門。そこに持ち込まれた仕事とあれば相応に大きい事件なのだろう。
 かつてはブラックリストに載っていたとは言え、今は正規のGS。同時期に免許を取りながら 既に1人で仕事をまかされている雪之丞をピートは少し羨ましく思いながらその背を見送るのだった。



 ふと違和感に気付いて辺りを見回してみると生徒の姿がない。ピートが慌てて時計を見ると既に8時半を過ぎている。

 間違いなく遅刻だった。








「横島さん、待たせたかいノー?」
「いや、今仕度が終ったとこさ」
 昨日の夜、突如横島の家に電話がかかってきてエミから明日の仕事を手伝うようにと告げられた横島。当初は事務所探しを優先するべく断ろうとしたのだが、令子の承諾を得ている上、ただ居るだけでも報酬の1割200万を払うと言われれば断るわけにもいかない。

「エミさん達は先に車で現場に向かっとりますジャー」
「それじゃ急ごうか」
 2人は電車で現場へと向かう。言うまでもなく交通費は自腹だった。





「来たわね」
「や、エミさん今日はどーもっス」
「フッフッフッ。今日一日コキ使ってやるから覚悟するワケ」
「お、御手柔らかに…」
 現場に到着した横島を待ち構えていたのは美しくも呪われそうなエミの含み笑いだった。横島の頬を冷や汗が伝う。

 その時、エミの背後からサラリーマンらしき男がおずおずと声をかけてきた。どうやら彼が依頼主のようだ
「…あの、彼は一体?」
「ああ、私が呼んだ助っ人だから気にしないワケ」
ええ!? 聞いてませんよ。ウチとしてはお支払いできるのはもうギリギリなんですから」
「ウチの若手のために呼んだんだから、おたくにコイツの分の報酬払えなんて言わないワケ」
 そう言ってエミは、依頼主にそこらの喫茶店で時間をつぶしてこいと現場から立ち退かせた。


 依頼主が去ると入れ替わるようにお札の束を持って魔理が来た。おそらくビルの中の悪霊が逃げ出さない様に、周囲の壁に結界を張ってきたのだろう。
「周囲の壁に結界用の札を貼り終わりました…あれ、あんた横島さン?」
「お互い顔見知りだろうから紹介は省くけど、今日の横島の仕事は魔理がピンチになったら助けてくれればいいワケ」
「それ以外は手を出すなって事ですか?」
 エミは頷く。
 あくまで目的は今日初陣の魔理に実戦経験を積ませる事。横島は魔理を守るための保険という事だ。
「そういう事か、まぁよろしく頼むよ」
「こっちこそ、俺は連日の激務で疲れてるから魔理ちゃんが頑張ってくれると嬉しいぞ」
 ちょっと照れた笑みを浮かべて魔理は手を差し出し、横島もまたちょっと弱気な事を言いながらその手を握り返した。



「それじゃ、仕事の内容を説明しますジャー」
 エミのワゴンに集まってミーティングを始める横島達。
 エミが除霊の準備のためにメイクをしているため、魔理と横島に説明するのはタイガーの役目だ。
「現場は5階建ての雑居ビル、内部の壁に描かれたラクガキが霊を呼び寄せ、全体に雑霊が蔓延している幽霊ビルになってますケエ」
「ラクガキがって…誰かがワザと描いたって事か?」
「エミさんが調査したところ、複数の連中が描いたラクガキが重なった偶然の産物らしいですジャ」
「ふーん」
 横島は「エミさんが調査って地味な事もするんだなぁ」と的外れな事を考えていた。

「はい、質問」
 今度は魔理が手を挙げる。
「なんですかいノー」
「今回の仕事はそのラクガキを消せばいいのか…あ、いや ですか?」
 あせった様子で丁寧な語尾に言い直す魔理に苦笑する横島。彼女は職場における先輩後輩の上下関係を顕著に意識するタイプのようだ。
「それも目的の1つですケエ。もう1つの目的は結界内に閉じ込めた雑霊を皆払う事。これは3階中央の部屋でエミさんが霊体撃滅波を使ってやりますケン」
「それじゃ、私は何をすれば?」
 これにはタイガーではなくエミが答えた。
「魔理。私がこのお香で雑霊を引き付けながら3階中央の部屋に向かうから、あんたは1階の奥にあるラクガキを消してから私と合流すればいいワケ」
「見ての通りビルの入り口にはまだ結界は無いですケン。エミさんとわっしが突入したら、入り口に結界用の札を貼ってからラクガキを消しに向かってツカサイ」
 そう言われて魔理はワゴンの窓から霊視ゴーグルでビルの入り口を見る。確かに雑霊は今も何かに導かれるようにビルの入り口から中へ次々と入っている。
 横島の方は霊力を鍛えたせいか自前の目でビルに入る雑霊が見えていた。


「で、俺は雑霊から魔理ちゃんを守ればいいと」
「そうだけど…おたくはあくまで保険よ、保険。魔理がピンチにでも陥らない限りは死なない程度におとなしくしとけばいいワケ!」
「へーい」
 横島の気の抜けた返事でミーティングは終了し、4人は除霊を行うべくワゴンを降りた。



「あれ? 魔理ちゃん、今日は例の特攻服じゃないんだ?」
 横島の言葉に振り返る魔理。彼女が来ているのはミリタリー調の虎縞の上下に黒のジャケット、平たく言えばタイガーと同じ服装だ。おそらくはエミの事務所の制服なのだろう。
「へへっ 似合うだろ?」
 そう言って新しい服を買ってもらってはしゃぐ子供のようにくるりんと1回転する魔理。しかし、横島が今まで見て来た同じ服装の人間と言えばタイガー、ヘンリー、ジョー、ボビー。格好良いかと聞く魔理には悪いが別次元だ。むしろ、あの4人に比べて小柄な事も含めて可愛いの部類だった。
「は、はは…まぁ、似合ってるんじゃない? ちょっとその服イメージ悪いけど」
「なんだよそれ…」
 そっぽ向いてスネる魔理。
 それを見ていたエミは横島のおおよその心境を悟って「別の用意すべきだったかなー」と、魔理に哀れむような生暖かい視線を送っていた。




つづくはず



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