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渡る世間は○ばかり 6


 猪場道九(いのば・みちのく)。

 元・GSにして現・GS協会幹部。
 術、道具が一切使えず、最初はあるGSの単なる荷物持ちだったが、プロレス中継を見てエキサイトする事で出力を増す霊力だけを武器にGS資格試験に乗り込み、並み居る霊能者をプロレス技でマットに沈めて見事に合格を勝ち取った変り種GS。
 除霊も全てプロレス技で行い、なんと下級魔族をジャーマンスープレックスホールドで倒した事もある霊的格闘の先駆者だ。

 ある地主の手により勝手に庭石にすべく運ばれた岩神の怒りを鎮めるため岩神の宿る岩を担いで数kmの道のりを歩き、見事元の場所まで運んで怒りを鎮めたのだが、その時に腰を痛めて引退。後にGS協会に招聘され幹部となる。


 かつて六道家の号令で大規模な除霊が行われた際、これに猪場も参加したが、若き日の六道夫人の暴走に巻き込まれて病院に担ぎ込まれる。
 幸いたいした怪我ではなかったのだが、そのタフさを見込まれて幾度か六道夫人と協同で除霊を行う事になる。しかし、その度に猪場は病院に担ぎ込まれていたらしい。
 おかげで今では見事なまでのトラウマになっており、六道夫人の恐怖を思い出すと部屋の隅で体育座りをし、何事かブツブツと呟き続けるとか。

 引退して10年以上経った今もガッシリした体格と厳つい面構えは健在で、最近、老眼鏡をかけはじめたためか『知的なヤクザ』の名を欲しいままにしている。ちょっぴりブルーな52才である。

 以上、説明終り。






 新しく手に入れた屋敷で一夜を明かした翌日、横島はタマモを伴って唐巣の教会を訪れた。
 愛子の方はエミの車で学校に行った。開業すれば学校へ毎日行く事もできなくなるだろうから今のうちにできるだけ行っておきたいとの事だ。



「君の言う事はわからなくもないが、理想論だね」
 横島の目的を聞いた唐巣は表情を曇らせる。
「いや、私も君の考えは素晴らしいと思うよ。しかし、それを実現するとなると…」
「難しい、ですか?」
 唐巣は頷く。確かにそれは横島も薄々感じてはいた事だった。
 対するタマモは横島をフォローするように唐巣に対して反論する。
「でも、愛子は横島のおかげで学校で受け容れられてるって聞いたけど?」
「それは個人レベルの話だよ。局地的な視点で大局を語ってはいけない。私もピートとは長い付き合いだし、除霊対象を退治せずに見逃した事だってある。だが、それだけではいけないのだよ。君の理想を実現するためには」
 唐巣の反論に押し黙ってしまうタマモ。人間に追われていた彼女は唐巣の言葉が現実である事を知っていた。

 唐巣はきつい事を言い過ぎたかと頭をかいた。
「保証人の話だったね。君には私より相応しい人がいる、彼ならば君の力になってくれるはずだ」
 そう言って1枚の名刺と紹介状を横島に手渡す。名刺の方を見るとそこには見慣れぬ名前が、
「GS協会幹部、猪場道九…誰ですか?」
「以前、君とピートにTV出演を依頼した人だよ」
「ああ、あの人ですか…大丈夫なんですか?」
「それは会えばわかるよ」
 そう言って唐巣は微笑んだ。





 横島達は他に頼る人もいないので唐巣の言葉に従いGS協会へと向かう事にしたが、GS協会の前で意外な人物と出会う事になる。

「横島さん、待ってましたよ」
「魔鈴さん? どうしてここに…」
 そう、横島を待っていたのは魔鈴だった。
「話は後です、さぁ行きましょう」
 そう言って横島の手を取りGS協会に入って行く魔鈴。
「ところで、誰を訪ねてこられたんですか?」
「猪場道九さんって人なんですけど…」
「ああ、あの方ですが。執務室はこちらですよ」
 そう言うと魔鈴は横島達を先導して歩き出す。GS協会の内部構造にも詳しいようだ。
「猪場さんの事知ってるんですか?」
「あの方はウチの常連なんですよ」

「…なんで、私達がここに来る事知ってたのよ」
 タマモの疑問ももっともだが、それに対し魔鈴はにっこりと微笑むだけで答える事はなかった。魔女の秘術だとでも言うのだろうか?


 魔鈴は重厚そうな扉の前で立ち止まるとノックをして部屋に入る。その仕草はさながら有能な秘書のようだ。
「おや、誰かと思えば魔鈴君ではないか。今日は出前を頼んでいないはずだが」
「いえ、今日は横島さんが猪場さんに話があるそうです」
 魔鈴は横島を前に押し出す。
 横島は猪場の厳つい顔に怯えながらも唐巣からもらった紹介状を差し出した。


「ほう、あの番組収録以来君の噂を聞かないと思っていたら…妙神山で修行をしていたのか」
「ええ、まぁ…」
 唐巣の紹介状には横島が妙神山最高の修行をクリアする実力がある事、美神の留守中にピート達と事務所を盛り立てて成果を収めていた事、そして横島の独立後の事務所の方針ともなる目的が書かれていた。

「君は独立しようとしているのか」
「ええ、色々と面倒な手続きが必要なんですね、恥ずかしい話ですが初めて知りましたよ。昔はGS免許さえ取ればGSになれると思ってたんですけど」
「GS資格試験と言うのは除霊できる実力を問うだけの物だからね、師が単独で除霊ができると判断される事で除霊する事だけに関しては一人前になれる。しかし、事務所を開業する事はGSと名乗って世に出る事を先人に認められなければいけないのだ」
「…狭き門ですね」
「今の世の中はあくまで科学中心に動いているからな。もし、実力の伴わないサギ師まがいの者が世に出ればGS全体が同一視されかねん。事務所を開業しようと言う者が現れれば嫌でも慎重になるものだ」

 横島はGS免許を取った直後、すぐにGSにはなれないと言われ令子に泣きついてダダをこねた事があったが、あの時の令子の判断は正しかったのだろう。今なら理解できる。
 あの頃の自分がGS横島と名乗っていたらGS全体のイメージダウンになっていた事は間違いない。横島はGSを名乗るという責任の重さに身震いした。


「人と人ならざる者との共存か…実は私も同じ事を考えていた」
「え?」
 猪場の言葉に驚きの声をあげる横島。
「何だその顔は、別に君だけが特殊な考え方をしている訳ではないのだぞ?」
「あ、いえ…唐巣神父には実現するのは難しいと言われていた事なので」
 横島の言葉に猪場は苦笑した
「確かに、唐巣君の言う通りではある。この理想を実現するためには二つの障害があるのだが、何かわかるかね?」
 横島は首を横に振る。
「一つ、GSはあくまで異端だと言う事だ。我々が人ならざる者達と分かり合えたとしても、一般人にとって人ならざる者はあくまで未知なる恐怖なのだ」
「………」
「二つ、それは人間の脆弱さだ。妖怪や悪霊に対抗しうるGSは人類の極一部であり、魔族級を相手となれば対抗しうるのは更にその中の極一部となる。それではいかんのだよ、連中は弱い人間をいつまでも見縊り続ける」
「………確かに、そうかもしれません」
 横島は理想に燃えていた。
 そして、今理解した。自分は理想しか見ていなかった事に。
 目の前にいるこの男は、その理想を現実として考えて来た男なのだ。

「…それじゃ、俺は何をしていけばいいのでしょう?」
「一つ目を解決するには一般の人々に理解してもらわねばなるまい。GSの事を、人ならざる者達の事を。二つ目を解決するには…人間全体のレベルアップが必要だろうな」
「できるんですか?」
「やらなければならないのだ」
 弱気になる横島に対し猪場は毅然と言い放った。
「保証人には私がなろう。君のような考え方を持つGSが世に出る事は喜ばしい事だからな」
「いいんですか?」
「かまわんよ。君の実力はあの番組収録で見せてもらったし、君の人間性も隣の妖狐を見ればわかる」
「!?」
 猪場の言葉にタマモは思わず身構えるが、猪場は笑ってそれを手で制した。


「君がGメンが除霊しようとした妖狐と同一であると証明する手段はあるかね?」
「…ないわね」
「なら問題はない」
 そう言うと猪場は秘書に開業申請の書類を持ってこさせ、保証人の欄に署名をした。

 今のタマモは《金毛白面九尾の狐》の転生体の妖狐である事は確かなのだが、《金毛白面九尾の狐》そのものではないため、今調べられたとしてもタマモがオカルトGメンの除霊しようとしていた妖狐だと証明する手段は実はない。
 シロ達人狼族よりもはるかに数少ない種族とは言え、妖狐はタマモだけではないからだ。
 もし、オカルトGメンがタマモのデータを集めていたら話は変わっていただろうが、データを集められるだけタマモに近付く事ができていたら、そもそも民間GSに依頼などしていないだろう。


「さて、2人目を誰にするか…」
「あの、よければ私に署名させていただけませんか?」
 そう申し出たのは横島と猪場の話を見守っていた魔鈴だった。

「魔鈴さん、有り難い事なんですけど…いいんですか?」
「実は私、ある人に横島さんの事を頼まれて来たんです」
「へ?」
 呆気にとられる横島を見て微笑みつつ、魔鈴は1通の手紙を横島に手渡す。
「一体、誰からの…」
 差出人の名を見てみるとそこには少々読みにくい文字で、決して忘れる事のできない名前が書かれていた。
「ルシオラ!?」
「はい、ルシオラさんからの手紙です」
 横島は慌てて封を切り中の手紙を取り出した。

 そこには人間の文字に慣れていないのか、少しクセのある字で自分が無事復活できた事、しかし、本調子でない上自分の持つ力の大きさのために人間界へ行けない事を詫びる言葉、ベスパと共に平穏に暮らしている事、パピリオの事を頼むという言葉、そして、紙面から溢れ出すような横島への想いが綴られていた。


「そうか、無事に復活できたんだな…」
 感極まって涙目になる横島だったが、ここである事に気付く。
「って、なんで魔鈴さんがルシオラから手紙を預かってるんです?」
 その問いに魔鈴はにこやかに答えた。
「私、最近引っ越したんです。ルシオラさんの家の隣に
「はい? 魔界じゃ人間の霊力は消耗するんじゃ?」
「最近、発見した魔法の中に人間が魔界で普通に活動できる空間を作る魔法がありまして、それを試してみたくて魔界に引っ越したんですよ」
 事もなげに言う魔鈴。

 実際のところは異空間にある家をその周囲の空間ごと魔界に出現させているだけなのだが、生活していく分には何も問題はないらしい。
「今では良いお隣さんです♪」
「そ、そうなんですか…」


 ともかく、2人目の欄には魔鈴が署名をし、横島は開業申請もクリアする事ができた。

「横島さん、事務所の経営が軌道に乗って一段落ついたらルシオラさんに会いに行ってあげてくださいね。私が案内しますから」
「そうですね。早く会いに行けるようにがんばります」
「はい♪」







 その後、横島は学校帰りの愛子と合流すると開業に関する書類一式を持って令子の事務所に訪れた。独立の準備が終った事を報告するためにだ。
 横島の報告に一番驚いていたのは美智恵だった。実は彼女は横島がメンバーと事務所を見つけてくれば自分が保証人になるつもりだったのだが、当の横島は既に保証人を見つけ、それがGS協会の名物幹部だったのだから無理もない。
 令子は2人目の保証人が魔鈴であった事に怒りバズーカを担いで魔鈴の店に乗り込もうとしたが、それはおキヌとシロによって阻止された。

 愛子から開業申請についてマスク・ザ・ジャスティスと名乗る西条から教えてもらったと聞いた美智恵はおもむろに携帯電話を取り出すとGメンに連絡を取り西条に残業を言い渡した。



「はぁー、ここまでやれるなら認めるしかないわね」
「それじゃ…!」
「認める以上、これからはお互い競いあう商売敵よ!」
「…わかってます。GSと名乗る重みは」
 答える横島の顔に令子はうろたえる。いつの間にここまで成長したのかと。
 しかし、ここで退くわけにはいかない。何故なら彼女は美神令子だからだ。
「あっそ、そこまで言うなら、もう私から言う事はないわ」
 そう言って横島達に背を向ける。


「…美神さん。今までお世話になりました」

 こうなっては下手に声をかける事もできない。
 横島は令子に頭を下げると、愛子とタマモを連れて事務所を出て行った。





「…よかったの?」
「美神さんには美神さんの生き方が、俺には俺の生き方がある。仕方ないさ」

 そう言って横島は事務所に向かってもう1度頭を下げると、背を向け歩きはじめる。
 1人のGSの新たなる旅立ちであった。




つづく?



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