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帰ってきたどっちの除霊ショー 2


「うわっ、美神さんどうしたんですか!?」
 部屋に入ってきたおキヌが驚きの声をあげる。
 普段仕事のない時は、だらしなくない程度にラフな姿で事務所のソファでくつろいでいるはずの令子が今日に限っては煌びやかに着飾っていたのだ。
「何よ、そんなに驚く事ないでしょ?」
「いえ、普段が普段ですから…」
 昨日も大吟醸の一升瓶を抱えてソファに寝そべりつつ、スルメをかじる令子を目撃していたのだから、おキヌが驚くのも無理はない。その様は不意の客が来たら記憶がなくなるまで殴り続けなければならない程だった。
 基本的にまず玄関で来客に対応するのはおキヌなので、彼女が玄関から事務所に客を案内するまでに身嗜みを整え、取り繕う事ぐらいは朝飯前なのだろうが。

「おキヌちゃん。昨日も言った通り私は蔵人醍醐の一件が片付くまでこの仕事だけに集中するから、他の客が来たら断っておいて」
「いいんですか?」
 何時如何なる時でも金儲けを何より優先する令子らしからぬ言葉におキヌは思わず聞き返す。
「私の霊感が大儲けできる仕事は来ないって言ってるわ。何だったら横島のとこにでも押し付けなさい」
「あ、そういう事ですか」
 おキヌは納得した。
 まだ新参のGSとして大した仕事も来ていないであろう横島に仕事を回すなんて、令子にも良い所があると思ったおキヌだったが、当の令子は横島が助手をしていた頃と変わっていない。儲けの少ない、面倒臭い仕事は横島に押し付けようと考えているだけだったりする。

「それじゃ、私はTV局の方に打ち合わせに行くから後はお願いね」
「わかりました。仕事が来れば横島さんの事務所を紹介すればいいんですね?」
「水戸のご老公にお会いする事があれば、サインを頂いてきて欲しいでござるよ!」
 おキヌとちょうど散歩から戻ってきたシロに見送られて令子は打ち合わせのためにTV局へと向う。
 残されたおキヌはまず、ドラマにおける役と役者の関係をまったく理解していないシロに、それを懇切丁寧に教えるのだった。





 一方、六道家の車で冥子と共にTV局に向かう横島。
 冥子に話を聞いてみたところ、件のプロデューサーは横島へ出演依頼をした後、冥子の元にも訪れ出演依頼をしたそうだ。冥子もまた蔵人醍醐なるGSを知らず、知らない人と一緒は嫌と断ろうとしたそうだが、横島との共同除霊と聞いてあっさり前言を翻したらしい。
「GSが三人か…かなりの規模の除霊なんだなぁ」
 先日、ベルゼブルと戦い、一対多の戦いで苦戦を強いられた横島は眉を顰める。冥子の方はそんな横島とは対照的に気楽そうな表情だ。横島に対する信頼もあるのだろうが、元より彼女の使役する十二神将のうちの何鬼かは多数の敵を一掃する能力に秀でている。

 六道家お抱えの運転手の運転する車は何事もなくTV局に到着、二人は正面からTV局に入った。
「おお、あそこに見えるは!」
 入り口を潜ってすぐに横島が興奮した声をあげる。その視線の先には受付に何かを問い合わせている女性の姿。
 アイドル、モデル、女優、ニュースキャスター。見目麗しい女性が溢れているTV局の中でも一際目立つその後ろ姿、横島だけでなく玄関ロビーにいるほとんどの男性の視線を釘付けにしている。
 そんな女性を目の前にして横島のやるべき事はひとつ。

「ずっと前から愛してましたーッ!!」

 鼻息も荒く、一瞬にしてその細い腰にしがみ付くとあろう事か頬擦りまで始めたのだ。
 しかし…

「ん? この腰から尻にかけてのラインは…」

「よ〜こ〜し〜まぁ〜…!」

 そう、腰に抱きつく横島を見下ろすその顔は、少し前まで毎日のように見ていた顔。ヤクザも逃げ出す美神令子その人であった。





 嬉しそうな冥子に対して、令子は明らかに引いている。今まで令子が冥子のぷっつんで受けてきた被害を考えると無理もない事だ。
 向かい合って座る令子と冥子。令子の足元に倒れ伏す横島が何故か満身創痍なのは触れずに話を進めよう。

「ひ…久々の美神さんの、ヒール…ガクッ」

「あんた達も出演依頼を受けたの?」
「そうなの〜、令子ちゃんと一緒にTVに出れるのね〜」
 そう言って令子の腕を取ろうとする冥子。対する令子はサッと腕を引いてそれをかわす。
 そんな令子の態度に一瞬涙目になりかけた冥子であったが、次の行動は背後から二人、正確には床の横島を合わせた三人に声を掛けて来た男の言葉に遮られた。
「やぁやぁ、よくいらっしゃいました」
 それは横島、そして冥子に出演依頼をした例のプロデューサー。彼に連れられて会議室の一つに移動する一行。まだ立ち上がれない横島は令子が襟首を持って引き摺っている。
 ロビーから出て行く令子を見送る男達の視線に憧憬以外の何かが混じっているのは、気のせいではあるまい。

 案内された会議室に入ると、そこには既に蔵人が待ち構えていた。
 歓迎の握手をにこやかに受けつつも、どれほどの悪党か見抜いてやろうと心の中でニヤリと笑う令子。しかし、この蔵人と言う男は令子の予想の更に斜め上を亜音速で飛行している。

「令子さん! 新婚旅行は世界七周旅行でいかがですか?」
「はぁ?」
 開口一番にこれだ。

「と、とりあえず…まずは、番組の打ち合わせをしましょうか?」
「そ、そうですね〜」
 令子とプロデューサーが蔵人を無視して話を進める。四角に並べられたテーブルにホワイトボードの前の席にプロデューサー、その左側に令子、冥子、横島、そして右側の令子の向かいの席に蔵人が座った。
 蔵人は常に令子を仕事とは別の感情の雑じった熱い視線で見詰め続け、令子はそれを避けるように目を逸らし続ける。

「ところで、現役GSを4人も集めるなんて…そんなに規模の大きい除霊なんですか?」
 相も変わらず復活の早い横島の言葉にプロデューサーは頷いて応え、背後のホワイトボードに一枚の地図を貼り付ける。
「山? ここは霊場じゃないわよね? こんな所聞いた事もない」
「ええ、その通りです」
 プロデューサーの説明によると、現場は地元では有名な心霊スポットらしい。ただし、それはあくまでオカルト関係者以外からの評価。令子達から言わせれば霊場でもなんでもない場所なのだが。そこの除霊を令子と蔵人、横島と冥子の二組に分かれて行うそうだ。
 特に霊障があるわけでなし、本当にそんな所を除霊する必要があるのか疑問を感じた横島は、それをプロデューサーに聞こうとしたが、令子がそれを鋭い視線で制したためおずおずと引き下がる。
 冥子は元より難しい話は令子達に任せるつもりだったので、令子一人が蔵人の攻撃をかわしながらプロデューサーと日時や、段取りの話を進め、その日の打ち合わせは何事もなく終わった。
 ちなみに横島は元より令子が会話に参加させない。彼に報酬や条件面の交渉はできないと彼女は考えているからだ。言うなれば一種の過保護なのであろう。もしかしたら彼を己の付属物として考えているのかも知れないが。


 打ち合わせが終わり、TV局に来たからといってミーハーに騒ぐつもりも無い令子達三人はそのまま六道家の車で帰路につこうと席を立つが、会議室から出ようとした直前、蔵人が令子の前に立ち塞がる。
 少しでもふざけた真似をすれば煌びやかな服の装飾に紛れて隠し持った神通棍を食らわせてやろうと表面上はにこやかに、しかし心の中は必殺の心構えで、令子は彼の次の行動を待つ。
 しかし、侮るなかれ蔵人醍醐という男は神魔からも恐れられる令子を別のベクトルで超越しているのだった。
「令子さん、撮影当日まで僕と『香港超高級料理店営業停止になるまで食い尽くしツアー』でもいかがですか?」
「いーえ、先約がありますので失礼しますわ!」
 おそらく、蔵人の自腹であろう意味不明のツアー内容には心惹かれる物があったが、申し出を受ければ撮影当日まで目の前の男と四六時中顔を付き合わせる事になる。ある意味アシュタロス以上の危険性を感じた令子は、その誘いをかわして逃げるように去って行った。
 それを見送る蔵人は「フッ、照れ屋さんだな…」と嫌がられている事をまったく理解していなかった。





 タクシーで来た行きとは違い、帰りは冥子、横島と共に六道家の車に同乗した令子。タクシー代の節約という意味もあるだろうが、心のどこかで一人で帰るとあの男がどこからともなく現れるのではないかと恐れているのかも知れない。
 前の助手席には横島が、後部座席には令子と冥子が座り、横島は顔を後部座席に向けて呆れた声で令子に話し掛けた。
「そ、想像以上に凄い人でしたね」
「まったくだわ。あんたより性質の悪い男がこの世に存在するなんて…」
 令子のその言葉に横島は、自分と自分の父親ではどちらが性質が悪いのだろうかと真剣に悩んでしまった。

 その後、令子はキヌには聞かせられない話があると言ってそのまま横島の家へと来る事となった。
 横島もその話を聞いて、ああ悪巧みかとすぐさま思い至るあたり、美神除霊事務所で丁稚として奉公し続けてきたキャリアは伊達ではないと言う事だろう。

「ところで、あんたは気付いた? あいつの実力」
「蔵人さんですか? 美神さんに比べりゃ大した事ないなって思いましたけど…実は俺、あの人の番組見た事ないんスよ」
「あんたね…」
 令子はこの時、横島が半年に及ぶ妙神山での修行で世事に疎くなっているとは思わず、普段からTVを見るような余裕のある生活をしていないのだろうと判断した。
 かつての横島は確かにそうだった。そういう意味では令子はかつての横島のイメージに未だ囚われているとも言える。

 その後、帰宅するまでに令子は数度の電話を掛け、横島達が家に到着する頃にはエミ、タイガー、ピートと、これから大規模な除霊が行われるのではないかと思える程のメンバーが出揃っていた。
 無論、除霊のために集まったのではない。対蔵人醍醐のために令子が集めたのだ。

 おキヌに聞かせられない話を冥子にも聞かせられるはずもないのだが、当然一人だけ帰れと言っても聞くはずもない。
 令子達は事務所として使っている部屋へ移動し、冥子は令子に言いくるめられて、いつも六道の生徒達が集まっている庭の方へと向かった。
 令子とは別の意味で伝説のOGである冥子の登場により、庭にいる彼女達は色々な意味で緊張感溢れる時を過ごしている事だろう。


「美神さん、こんなに人集めてどうしようって言うんですか? 番組の除霊ってそう大した仕事じゃないでしょ?」
「…あんた、あれが除霊だとまだ思ってたの?」
 横島の言葉に対し、令子は呆れた顔で切り返す。そう、件の霊場での除霊は二時間スペシャルと言っても今までの蔵人の除霊番組と同じ…そう、やらせなのだ。おそらく敵として出てくる悪霊もスタッフの仕掛けた低級霊であろう。

「はっきり言って、あれは除霊じゃなくてTVで夏場によく見かける肝試しよ」
「…まさか、私達にお化けの役をやれって言いたいワケ?」
 似た者同士故か真っ先に令子の意図に気付いたエミが訝しげな声をあげる。それに対して令子は笑顔で頷いて応えた。
「エミの呪い、タイガーの精神感応、更に霧になれるピートが色々とやってくれれば完璧よ。確実にあの男に赤っ恥をかかせてやれるわ」
 自信満々に言い切る令子。
 タイガー、ピートに選択の余地はないとして問題はエミ。ただのGS協会からの安い仕事ならば受ける気もなかったのだが、実はエミ自身間接的に蔵人の被害を受けている。
 エミの客には通常の除霊の依頼者以外に、警察関係者という特殊な依頼者が存在する。そちらの仕事は言わばエミの本職「呪い」を求めているのだが、オカルトGメンが設立されて以来、この依頼者達は中途半端なオカルト知識で何かと理由を付けて依頼料を引き下げようとする。当然の事ながら蔵人醍醐の存在もその「理由」の一つとなっているのだ。

「…まぁ、理由があのイカサマGSをどうにかするって言うなら協力してやってもいいワケ」
「依頼料を払うのは私じゃなくて協会の方だからね」
 そう言って互いに火花を散らせる二匹の女豹達。とりあえず、これでエミの協力は得られたと言う事だ。

「で、具体的にどうするワケ? ただ力でねじ伏せるだけじゃダメなんでしょ?」
「ちょっと考えてる事があってね…」
 そのまま顔をつき合わせて悪巧みを始める令子とエミ。
 普段の仲の悪さは周知の通りだが、なかなかどうして。同じ目的に対して邁進する二人はまるで十年来の相棒のようだ。
 それを見てタイガーとピートはどんな悪事に加担させられるのかと戦々恐々としていたと言う。

「ところで、俺達はどうすりゃいいんスか? ただの肝試しなら行く必要もないと思うんスけど?」
 妙なノリになってきた令子達に取り残された横島がポツリと呟いた。
「確かに、あの男をどうにかするだけなら必要ないけど…むしろ、あんた達二人はTV局側が必要としているのよ」
「なんでまた。俺達、前にピートと一緒に番組メチャクチャにしたんですよ?」
 まったくわかっていない横島に、令子は落胆したように首を横に振る。
「だからよ。あんた達は選ばれたの蔵人醍醐に対する引き立て役としてね」
「なっ!?」
 無論、あのプロデューサーの男も以前横島達が出演した番組の顛末は知っているだろう。
 いや、知っているからこそ、一方を格好良く見せるために、あえてもう一方を落とす。そのための失敗する役割を横島と冥子、厳密には冥子に求めたのだ。もう一人がピートではなく横島なのはルックスの問題だと思われる。

「だから、あんたが当日にやるべき事は一つ。冥子を暴走させずに番組を終わらせる事よ」
「それが一番難しいような気が…」
 まったくもってその通りなのだが、こればかりは向こうから指名した事なので代わってやる訳にはいかない。仮にできるとしても、令子に代わってやるつもりは更々ないのだが。

「どうせ、向こうに用意できるのは低級霊程度よ。冥子に式神を出させないでおけば大丈夫よ………多分」
 令子の言う通りならば確かに問題なく事を運べそうなのだが、それでも不安が拭いきれないのは冥子の冥子たる所以か。
 それ故に








「…ま、別行動なら冥子がぷっつんしても私に被害は及ばないでしょ」
 令子の本音がこうだとしても、誰も彼女を責める事はできないであろう………多分。



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