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帰ってきたどっちの除霊ショー 6


 その時横島は、ある種の無力感に苛まれていた。
 冥子を守るために、今彼は彼女の周囲を三体の式神と共に固めている。霊視のクビラは冥子の頭の上に乗り甲高い鳴き声を上げ、それを理解しているのだろうか、雷撃のサンチラは近付く餓鬼魂を的確にその周囲と合わせて駆逐していく。そして冥子の背後で壁となっている吸引のバサラは横島達の頭上を越えて襲い掛かってくる者達を凄まじい勢いで吸い込んでいた。
 対して、サンチラの隣に立つ横島。
 左手のサイキックソーサーで身を守り、右手の≪栄光の手≫で斬る。
 冥子の式神と一対一で戦ったとしても負けはしないだろう。しかし、十二匹同時となると難しい。今の状況も同じだ。これだけ多くの敵に囲まれてしまっては、例えその一体一体が雑魚でも彼に出来る事は一気に限定されてしまう。
 バサラの頭上には彼の背をよじ登ってプロ根性を見せたカメラマンがこちらを撮影している。こうなると文珠を使うのも拙い。文珠は極めて特異な能力だ。見せればそれだけで注目を集め、不特定多数が彼に興味を持つだろう。それが拙いのだ。探られて痛い腹、いや腕を持つ横島は右腕に力を込め、苦悶の感情を悟られないよう眼前の餓鬼魂に≪栄光の手≫を叩き込んだ。
 そう簡単に、魔族化した腕の正体を知る事ができない事は理解している。それでも無駄な情報の漏洩は避けたいと言うのが今の横島の心情だ。そういう意味では、彼もまた人ならざる者の一人であった。

 横島は気付いていない。この様な状況下にありながら、冥子がたった三体の式神だけで安心していられるのは彼の存在が大きいためだ。そして、気付いていないからこそ、彼女を不安にさせる様な事もしてしまう。
「冥子ちゃん…」
「な〜に〜?」
 振り向く決意を秘めた男の顔。冥子じゃなければ、しばし見惚れていたかも知れない。
 このまま戦い続けても、まずバサラの吸引に限界が来る。焦りからか、捨て身の覚悟を決めた横島は冥子に微笑みかけ、親指を立ててこう言った。
「ヒーリングする時は、膝枕でヨロシクッ!」
 横島は両手にサイキックソーサーを構えて、それを盾に餓鬼魂の群に吶喊する。
 この状況を打破し、冥子に、御茶の間の視聴者に良い所を見せるためには、敵の群を一掃して離脱するための時間を稼ぐしかない。そして彼はそのための霊能を知っている。使えば意識を失う自爆技を。
「横島く〜ん!?」
 やっと状況を理解した冥子が慌てて声を掛けるが、もう横島は止まらない。
「冥子ちゃーん! 群を一掃したら、皆連れてこっから離脱するんだぞー!」
 そのままの勢いで群の中心部まで来た横島は腕を交差して霊力を練り上げる。
 あの技名は恥ずかしいから、別の名前にしようかな等と益体もない事を考えながら…。


「今、横島君がくだらない事考えてる気がする…」
 かつての雇い主は、離れていても横島のボケを敏感に察知していた。
 正体不明の鎧武者と対峙している最中だと言うのに我ながら余裕があると思わなくもない。令子は笑う。
 鎧武者の一撃は鋭く、重い。際限無く沸いてくる餓鬼魂の群も邪魔で仕方がない。
 しかし、しかしだ。
「あんたなんかに負けてるようじゃ、商売あがったりなのよね。GSってのは」
「その通り、正義は勝つんだシャイニーヴィーナス!」
 不敵に笑う令子。ジャスティスホワイトの言葉は丁重に無視した。
「………」
 対する鎧武者は無言で刀を構える。
 人間と意思疎通する術を持たないのだろうか? それができれば、正体がわかるかも知れないのにと舌打ちする令子。
 どちらにしても眼前の敵は倒すのみ。気を取り直して神通棍を構えると、霊力を込めてムチ状に変化させた。

 リーチと言う面ではムチを持つ令子の方に分がある。しかし、踏み込みのスピードは明らかに鎧武者の方が上だろう。何せ、達人級の腕を持つ相手に対し、令子は足元の餓鬼魂を気にしながら戦わねばならないのだ。
 全身の霊力を高める事で纏わりつく餓鬼魂を弾き、その根源との戦いに集中する。
 掛け声一閃、振るった神通棍は的確に敵の側頭部を捉えた。しかし、聞こえてくるのは耳障りな金属音。
「なっ、効かねぇのか!?」
「効かないんじゃない。単純に出力が足りないんだ…」
 そう言うダテブラックとジャスティスホワイトの二人も餓鬼魂の群に囲まれて、令子の救援に向かう事ができない。
 どうやら鎧武者は令子一人に狙いを絞っているようで、令子と対峙してから沸いて出た餓鬼魂の大半を彼等にぶつける事で二人を足止めしているのだ。

 その刀の一撃は令子にとって致命傷。その鎧兜は彼女の攻撃を弾き返す。子供でもわかる事だ、このままでは勝ち目は無い。
 こうなったら赤字覚悟で精霊石を鎧の中に放り込んでやろうかと耳飾りにしていたそれに手を掛けるが、それよりも先に一人の男が立ち上がった。
「フッフッフッ…僕の力が必要な様だね、ハニー♪」
 そう、蔵人醍醐だ。
「な…素人は引っ込んでなさい! この妖怪に破魔札程度じゃ話にならないのよ!?」
 仮にもGS免許を持つ蔵人に対して「素人」と言うのは流石に暴言の様な気もするが、まだGS免許を持っていない「素人」タイガー寅吉よりも彼は明らかに弱い。
 何より、彼の持つ三百万円程度の破魔札ではこのレベルの妖怪に対して大した効果は望めないのは事実なのだ。
「フッ、僕の切り札を見せてあげよう…取って置きの一枚だ。心ゆくまで味わいたまえッ!!」
 余程自信があるのだろう。自分に都合の悪い事は聞こえない独自の進化を遂げた耳を持つ蔵人は、令子の警告に一切耳を貸さず、ベルトに装着しコートに隠していたホルダーから一枚の破魔札を取り出す。
「ちょ、ちょっと…それはッ!?」
「退け、悪霊ォーーーッ!!」
 悪霊ではなく、妖怪だ。そんな全国の霊能者達のツッコミを一身に背負った蔵人の一撃。眼前の令子に集中してた鎧武者には、この側面からの不意打ちに対応する術は無い。
 令子の方も蔵人の攻撃で倒せるなど期待していない。だが、少しでも気を逸らす事ができれば、その隙に渾身の一撃を叩き込む。蔵人とは別の意味で自分の事だけに集中した令子の視線は、眼前の敵を捉えて離さない。
「!?」
 だからこそ、次の出来事に対処できなかった。完全に予想外だった。
 まさか、蔵人の切り札が周囲の餓鬼魂の群全てを吹き飛ばす程の大爆発を起こすなんて事は。
 周囲に爆音が響き渡り、爆炎が迸る。餓鬼魂だけでなく周囲の木々をも薙ぎ倒し、それが霊力による爆発でなければそのまま山火事が発生していたであろう規模の爆発。同じ霊力を用いてガードしない限り、強力な妖怪でもこれに耐え切るのは難しいはずだ。
「やったか!?」
「この爆発だ、おそらく…」
 爆発に巻き込まれる形となったダテブラックとジャスティスホワイトにとっても予想外だった。確かに、自ら切り札と言うだけの事はある。何より、それを「あの」蔵人醍醐が持っていたと言うのが完全に予想外だ。
「この天才GS蔵人醍醐にかかればこんなものさ。さぁ、ハニー! 飛び込んでおいで、僕の胸にッ!!」
 コートを広げて待ち構える蔵人。しかし、当然令子は飛び込んでは来ない。
 そもそも、彼女は鎧武者と対峙していたのだ。至近距離で。そして、爆心地は当然破魔札の命中した兜の側頭部である。
「「「あ」」」
 彼等の視線の先には煤けた顔で呆然と佇む令子。
 そして、彼女の視線の先には…。
「よ、鎧野郎!?」
「生きていたのか!?」
 そう、鎧武者はあの爆発の中心にいてなお生きていたのだ。流石に無傷と言う訳にはいかなかったようだが、その構えは全く崩れていない。
 あの爆発に耐えた令子も令子だが、鎧武者も凄まじい。では、彼女は敵の頑丈さを目の当たりにして呆然としているのかと言われると、実はそうではない。
 彼女は見てしまったのだ。至近距離であったゆえに、蔵人の「切り札」に書かれていた三つの文字を。

「一億円」

 いちおくえん? 貴方、いちおくえんの破魔札を使いましたか?
 一億円の破魔札と言うと最高級品だ。基本的に破魔札の値段は、内に込められた霊力量により決められる。そして、世界的に見ても高品質の破魔札を作る日本においても一億円以上の破魔札は存在しない。何故なら、それ以上の金額になると精霊石を使った方が威力があるためだ。
 彼女だって同額の破魔札は何枚か持っている。除霊で使用した事も数回ある。
 しかし、それはあくまで最後の手段だったのだ。
 除霊用と言うより対魔族用としての意味合いの強い精霊石と違い、破魔札はあくまで除霊用の物である。その最高峰が日本製の一億円の破魔札なのだ。逆に言えば悪霊や妖怪が相手である通常の除霊で、精霊石を使わなければならないと言う状況はほとんど無い。
「なんで…なんで…」
 除霊具の扱いに長けた令子だからこそ断言できる。通常除霊において、それ以上の物は無い。使えば確実に勝負が決まる。
「………」
 無言で身を沈める鎧武者。一気に踏み込むための前動作だ。
 その動きに淀みは無い。先程までと変わらぬ威力、速度の攻撃が繰り出されるのだろう。
「なんで…」
 在り得ない。否、在ってはならない。
 如何に強力と言えどたかが妖怪。それなのに、一億円もかけた攻撃に耐え切る妖怪など絶対に存在してはならない。何故ならその金額は彼女にとって通常除霊に掛けられる経費の上限ラインだからだ。
「…るわ」
 間違いならば、修正すれば良い。存在してるのなら、抹消してやれば良い。
 己の金銭的価値観を守るために。
 ポツリとつぶやく令子の瞳はどこか虚ろで、それでいてその奥には何かが燃え盛っている。
 アシュタロスと戦った時でさえこれ程の出力はなかったのではないかと言う程の溢れる霊力。その全てを神通棍に流し込む。

「極楽へ、逝かせてあげるわッ!!」

 結論、金銭絡みで美神令子を敵に回してはいけない。
 一億円の破魔札にも耐え切った鎧武者は、斬りかかった刀ごと袈裟懸けに真っ二つにされ、そのまま光の粒子となって霧散するのだった。

「フッフッフッ、僕のサポートを活かしてくれたね。これぞ愛のコンビネーおぶぅッ!」
 そして令子は、返す刀で馬鹿も沈めた。
「あ、愛が痛いよ。ハニー…」
 しかし、馬鹿は懲りていなかった。


 鎧武者が退治された事により餓鬼魂の発生は止まったが、それまでに沸いて出ていた連中は消えなかった。
 令子達が協力して餓鬼魂を祓っている頃、横島は自分達の周囲に残っていた餓鬼魂達を例の韋駄天譲りの霊能で殲滅。そして、案の定気を失い倒れてしまう。
 それを見た冥子は暴走するかと思われたが、出している式神の数が少なかったためか慌てて駆け寄りはしたものの、そのまま全ての式神を出して暴走するような事はなかった。

「ぬ…この頬に触れるすべすべで柔らかな温もりは…」
「横島く〜ん、目が覚めたの〜?」
 横島が意識を取り戻して最初に知覚した事は、自分が何かを枕にして横たわっている事。頭上から聞こえてくるのは冥子の声。そして頬を誰かになめられている感触、これは冥子の式神の中でヒーリングを得意とするショウトラだろう。
 身体が慣れたのか、出力を抑える事に成功したのか。そうなる予感はあったのだが、横島は以前同じ霊能を使った時とは違い、霊力を補充する治療を行わずとも短時間で目を覚ました。これは彼にとって朗報だ。このまま己の物としていけば、集団戦における手札の一つとなってくれるだろう。
「このほっそりとした生足は…冥子ちゃんか? 冥子ちゃんが俺に膝枕をーッ!?」
 冥子が横島に言われた事をしっかりと実行したと言う事なのだろう。
 横島はこの様な状況で自制できるような男ではない。飛び掛かるべくがばっと起き上がると、膝枕の主と至近距離で目が合ってしまった。
「………」
「………」
 可憐に頬を染めて視線を逸らす膝枕の主、それは…。
「マコラちゃ〜ん、ご苦労さま〜」
 人に近い軟体の身体を持つ式神マコラだった。

「どーせこんなこったろうと思ったよ! チクショーーーッ!!」

 こうして、オカルト業界の人間を色々な意味で揺るがした生放送番組は横島の魂の叫びで幕を閉じたのだった。



 結局、鎧武者を除霊しただけで番組は有耶無耶の内に終了。
 蔵人の正体を晒すにはあれだけでは物足りず。しかも普通なら数億円をふっかける事のできるレベルの妖怪を、よりによって只で除霊してしまった事により令子の気分は最悪だった。
「ったく、最初からこうすりゃ良かったのよ…」
 彼女は帰宅後、すぐさまアシュタロスとの戦いの際に知り合ったゴジテレビのプロデューサーに連絡。GS協会も巻き込んで全国各地で活躍するGSを紹介する番組を作ってしまったのだ。しかも、ご丁寧に放送時間は蔵人の番組と同じ時間帯で。
 GS協会を訪れた彼女は「真っ当なGSがTVに出るようになったら、紛い物なんてすぐに消えるわよ」と語り、GS協会幹部達は蔵人醍醐の正体を世間に知らせると言う依頼はこれで完遂されたと判断した。
 一般人にもGSの事を知ってもらいたいと言う願望を持っていた名物協会幹部にして『愛子組』のクラスメイトである猪場道九は、この番組制作に大乗り気で監修に努めているらしい。


 それから数日後、あの番組に関わったメンバー、令子、エミ、そしてピートとタイガーの四人が横島除霊事務所に集められた。横島が呼び出したとすれば令子は断っただろうが、今回彼女達を呼び出したのは彼でなくヒャクメである。
「とりあえず、あの妖怪の正体が分かったから報告なのねー」
 エミは現場から石碑を持ち帰ったが、自力ではその正体を知る事ができずに妙神山のヒャクメの調査を依頼していたのだ。
「それ、エミが依頼してたんでしょ? 何で私まで…」
「関係あるから呼んだのねー」
 ヒャクメによれば、あの石碑自体はただの封印の蓋にすぎないらしい。肝心なのはそこに掛けられていた術であって、極端な話石碑は漬物石でも問題は無いらしい。
 では、何が問題なのか? それは、その石碑に刻まれた文章にあるらしい。
「封印されたのは今から数百年前。内容の方は要約すると、「こいつは強いから、アシュタロスとの戦いに役立ててほしい」って事なのねー」
「「「アシュタロス!?」」」
 皆の声が重なる。その反応も当然の事だろう。
 あの石碑は数百年前の物、その頃からアシュタロスの野望を感知していたと言うのだ。この「葛の葉」と言う者は。
「でも、使役する方法がないんだから意味ないワケ」
 実はその通りだったりする。
 葛の葉が生きた時代は陰陽道全盛の頃。妖怪を使役する術もあったが、その術を扱える者はあの場にはいなかった。
「ちなみに、資料としての価値は?」
「封印が解けた状態なら零なのねー」
 ヒャクメがそう答えるとエミは完全に興味を失ったようだ。
 金にもならなければ、アシュタロスもとっくに倒されている。まったく無意味な代物だと。
 彼女はそのままピートを引きずり、タイガーを連れて帰ってしまった。

「あ、あの、ヒャクメ? 私、なーんか嫌な予感がしてたまらないんだけど」
 エミ達が帰った後、令子がひきつった顔でぽつりと呟く。対するヒャクメはいつもの調子で彼女に答えた。
「あ、この葛の葉ってのは人間になった魔族メフィストの偽名なのねー」
 あっさりと、とんでもない事を言う。
 魔族メフィストと言うのはアシュタロスに生み出され、反逆した魔族であり、そして美神令子の前世なのだ。
「それってつまり、今回の騒ぎは美神さんの前世のせいって事では…?」
 直後、令子の一撃がくだらないつっこみを入れた横島の顔面に突き刺さった。

 おそらく、メフィストの中途半端な今の時代に関する知識では、陰陽道の秘術が廃れるなど予測もつかなかったのだろう。何せ彼女がこの時代で会ったのはGSの令子と横島、神族であるヒャクメに菅原道真。そして道真に仕える巫女でもある秘書のミズキだけだ。その全てがオカルトに関わる者達、誤解してしまうのも無理は無い。
「多分、メフィストは自分の記憶にもあれを使役する方法を残してたんだと思うけど…美神さんってば、自分で前世の記憶を封印しちゃってるからねー」
 楽しそうに笑うヒャクメ。対する令子はそれどころではない。
 前世の記憶を封じているとは言え、メフィストの性格は実際会った事がある令子にもよくわかっている。極めて一途で、恐ろしく情熱的。見る人によっては令子も「似た者」だが、彼女はそれを認めない。
 それはともかく、彼女なら確かに来世の自分、いや高島のためにアシュタロスへの対抗手段を遺す事は十分に考えられる。
 そして、やるからには徹底的にやったであろう事が容易に想像できてしまうのだ。
「あー…ヒャクメ? もしかして、メフィストの遺した封印って全国各地にまだあるのかしら?」
「あると思うんだけど巧妙に隠されてるだろうし、記録にも残ってないから探すのは難しいのねー」
 そりゃそうだろうと令子は納得すると同時に頭を抱えた。彼女には何故メフィストが封印を記録に残さなかったかを理解できてしまっていた。
 メフィストにしてみれば、高島の役に立ち、彼に愛されるのは自分一人でよかったのだ。つまり、封印はそのための準備。恋する乙女のいじらしい執念と言ったところか。
 令子にとって一番の問題は、自分の前世が原因の危険物が日本各地に散らばっていると言う有り難くない事実だ。
「は、傍迷惑な…」
 メフィストにとっての唯一の誤算は、その来世が自分の記憶にプロテクトをかける程の意地っ張りだった事。彼女にしてみれば、来世の令子が前世の自分と高島を見る事により、封印に関する記憶が戻ると言うのが本来の計画だったと予想される。当のアシュタロスが滅んだ今となっては詮無き事だが。
「横島君、文珠を三つ出しなさい」
「は? いきなり何を?」
「いいから早くッ!」
「は、はい!」
 嗚呼、まさにパブロフの犬。
 令子に言われるままに文珠を出して差し出す横島。令子はそれをひったくる様に奪うと、そのうちの一つを「忘」の文字を込めて横島に叩き付けた。自分の前世が横島の前世のために尽くそうとした記憶など残してはならない。
 過去に倒しきれなかった妖怪達が各地に封印されているだけ、それで良いじゃないかと開き直る事にしたらしい。
「さぁ〜、次はヒャクメよ〜」
「ちょ、ちょっと、神サマ相手にそれは拙いと思うのねー」
「問答無用ーッ!!」
「キャーーー!」
 意地っ張りもここまでくると芸術なのねー、ヒャクメはそんな事を考えながら己の意識を手放した。

 その後、令子達が帰った後も横島達が部屋から出てこない事を不審に思った愛子が障子を開けて覗き込むと、そこには倒れ伏す二人と粉々に砕かれた元石碑の残骸が残されていたと言う。



「気分悪いったらありゃしないわ」
 そのまま自分の事務所へと戻り、玄関前で最後の文珠「忘」を自分に使用する令子。文字通り気分一新して扉を潜ると、そこにはひのめを抱いた美智恵が待ち構えていた。
「令子、例の事調べておいたわよ」
「例の事? ああ、蔵人の事ね」
 蔵人と言う男の存在に疑惑の念を抱いた令子は、美智恵にその調査を依頼していたのだ。
 疑惑は二つ。何故、GS協会は蔵人を免許停止処分にしなかったのか? これは、意外にも彼の仕事の成功率自体は高かったせいらしい。彼は一億円の破魔札を切り札に持っているのだ、頷けない話ではない。彼の実力から察するに切り札を使う機会は多かっただろうが。能力が高いのに成功率が極端に低い冥子とは好対照である。
 しかし、それでは第二の疑問が問題となる。
 一体、彼はどこからそれだけの破魔札を用意する資金を得ているのか?
 彼は令子と違い規定の料金しか受け取っていない。全ての仕事においてだ。そうなると、余計に破魔札の出所が疑問となる。
「陰陽寮、でしょ?」
「やっぱり、予想できるわよね…」
「あんだけ破魔札持ってるんだから、他にいないじゃない」
 美智恵は溜め息をついた。
 信じられない事に蔵人はGS協会ができるまでは日本のオカルト業界の中心であった京都の陰陽寮出身なのだ。
 メフィストの時代においては強力な術の数々を駆使する陰陽師達を大勢抱えていたが、現在は破魔札製作の秘伝を今に伝える技術者集団としての側面が強い。
「令子、陰陽寮は今でもGSを輩出している名門だって事を忘れちゃだめよ?」
 そう言ってリビングに入る美智恵、そこではおキヌとシロが例のGSを紹介する番組を見ている。今日紹介されるのは京都で活躍する陰陽寮出身のベテラン。子供もGSを目指していると言うママさんGSらしい。
「で、なんでまたその名門が、あんなのをGSにしたのよ?」
「………」
 押し黙る美智恵。どうやら言いにくい事らしい。
 一方令子は、今回の問題の原因についてある程度の予測がついていた。そして、美智恵が押し黙る理由についても。なんて事はない、GS協会は一般人以外にもGS蔵人醍醐は無能だと納得してもらわねばならなかったのだ。そう、陰陽寮と言う古来から続く名門に。
 蔵人がずっとGSを続けていたと言う事は、陰陽寮は何らかの目的を持って彼をGSにしていたのだろう。でなければあれだけの無能だ、きっと誰かが止めさせる。にも関わらず、陰陽寮の他の誰でもない彼がGSであったと言う事は、彼にしかできない何かがあったのだ。
 では、蔵人醍醐にしかできない事とは何か? 彼は破魔札でしか除霊できないが、あのナルシストぶりからそれを格好良く見せる事ができると言う稀有な才能の持ち主だ。つまり…。
「陰陽寮製破魔札の宣伝活動…でしょ?」
「正解よ」
 昔と違い、現在は世界各国で破魔札は製作されている。国によっては名前が違うがそれは些細な事だ。
 そして、最近ある事が原因で陰陽寮製の破魔札の売り上げが落ち込んでいたのだ。
「どっかの組織が安いからって海外の破魔札大量に使用してるからねぇ」
「…耳が痛いわね」
 その原因は言うまでもなくオカルトGメン。この組織の装備はウルトラ見鬼くんをはじめ最新鋭の物が揃えられているが、その反面普段から大量に使用する破魔札は海外製の安い物で揃えられているのだ。経費削減と言う事なのだろうか? 令子に言わせれば鼻で笑ってしまう様な的外れな事だ。
「だいたい、何で私が高い陰陽寮製の破魔札とか、ザンス製の神通棍使ってると思ってるのよ?」
 除霊具を扱った戦いにおいては世界有数の腕を誇る令子。彼女はそれだけに道具の良し悪しを見抜く目を持っている。彼女が新しい除霊具を入手したら、それに追随して同じ物を手に入れようと躍起になる者達が続出する程のカリスマGSなのだ。
 そんな彼女が他のどこでもない破魔札ならば陰陽寮、神通棍ならザンス王国を選ぶ理由は推して知るべしである。
「ウルトラ見鬼くんだって、千キロ離れた針の先ほどの霊力も見逃さないって、千キロ離れた相手に何する気? それに、針の先ほどって無害な低級霊だってもう少し霊力あるわよ?」
 つまりは、無駄に高性能過ぎると言う事だ。
 普段説教されてばかりなので、ここぞとばかりに嫌味を言う令子。
 その他の装備もそうだ。その全てが最高級の性能を誇るが、掛かる費用が恐ろしく高い。そして、その高い性能も通常除霊には不必要な高さだと令子は考えている。
「そ、そういう装備に頼らないといけないって言うのが、今のオカルトGメンの現状なのよ…」
 娘にそこまで言われて机に突っ伏してしまう美智恵。突っ伏す前にひのめをおキヌに預けるあたりは、流石母親だ。
「もう辞めたら? お金かかるだけなんだし」
 令子は言う、美智恵もそれは考えなくもないが、無理な相談だ。
 実は美智恵はアシュタロスとの戦いの際に、オカルトGメン本部とある契約を交わしている。それは民間GSを辞め、オカルトGメンに入って日本支部を軌道に乗せる事。それが民間GSである美智恵に世界中のオカルトGメンの指揮全権を任せる条件だったのだから、その契約を反故にする訳にはいかない。
 令子を真人間にする事に比べれば楽な仕事だと美智恵は自分を奮い立たせるが、我ながら悲しい慰めだと彼女は虚ろに笑った。笑うしかなかった。

「陰陽寮の破魔札ってそんなに凄いんですか?」
 令子と美智恵の会話に口を挟んだのはおキヌ、彼女にしてみれば今まで令子が使用してきた除霊具以外は学校で使用する練習用ぐらいしか見た事がないのだ。道具の良し悪しなど今まで考えた事がなかった。
「…あー、おキヌちゃんはまだか」
「まだ?」
「破魔札製作現場の見学って、六道の修学旅行定番コースなのよ。壮観よ〜、あれは」
「そうなんですか?」
 壮観と言われても、そもそも彼女は破魔札をどうやって作るかを知らない。

「ねぇシロ、破魔札を作るのにどれくらいの「広さ」が必要だと思う?」
「ひ、広さ? 強さではなく、広さでござるか?」
 いきなり話を振られて困り果てるシロ。しかも、その内容は彼女には見当もつかない内容であった。
 訳がわからなくておろおろとしているシロを美智恵が苦笑しながらフォローする。
「破魔札はね、それ用の魔法陣の中心に元となる媒体、この場合は特殊な製法で作られた和紙を置いて、術者が霊力を込めて作るのよ」
「確か、数人で作る場合もあるんですよね? それは授業で習いました」
「そうね…十万円ぐらいの破魔札になると術者は三人ぐらいかしら? 魔法陣はこの部屋ぐらいの広さになるわ」
「成る程、それで広さでござるか」
 魔法陣が大きければ大きいほど参加できる術者の数が増え、破魔札に込められる霊力量も増える。これが破魔札の威力に比例して値段が跳ね上がる原因なのだ。
「私が見た儀式は凄かったわよ〜」
 そう言って笑う令子。
 彼女が修学旅行の時に見た破魔札製作の儀式。それは球場ぐらいの広さがある曼荼羅を模した魔法陣の上に百人以上の術者を諸仏の配置に合わせて立たせ、一斉に呪言を唱えて中央にある一枚の小さな破魔札に霊力を込める物だった。
 それだけ大規模な破魔札作成の秘伝を伝えているのは古来より破魔札を作り続ける陰陽寮だけであり、他に真似できる組織は世界中を探しても無い。
 魔法陣全体から光が放たれる、まるで冥界の門が開いたかの様な光景は、それを見た六道の生徒達に大きな影響を与えた事だろう。もっとも、令子はその時何とかして破魔札を一枚でも持って帰れないかと考えていたようだ。
 その後、完成した破魔札に一億円の値が付けられた事の方が彼女に与えた影響が大きかった事は想像に難くない。

「あれこそが、本当に必要な高性能って奴よ。ママもその辺り考えないと」
「分かってはいるんだけどね…」
 如何に霊力の無い者でも効果があると言っても、本当の意味で使いこなすには相応の霊力と技術が必要とされる。
 例えば破魔札に込められた霊力を一点に集中して解放する事により威力を高める。令子ならお茶の子さいさいであるが、オカルトGメンの隊員では美智恵と西条以外にそれができる者はいない。
 それ故に一枚一枚の威力は弱くとも投げる枚数、範囲によって調整できる海外製の安い破魔札を大量に使用すると言うのは、実は間違った考えではなかったりする。
 結局のところ、民間GSになれなかった者達が集った隊員構成と言う現状が全ての元凶なのだ。
 ちなみに、破魔札の効果範囲の調整は蔵人もできないだろう。だからこそ、あれだけ広範囲に渡って爆発したのだ。
「まぁ、日本のGSは余程の三流でもない限り陰陽寮製のを使ってるからね。あの番組でCMでも流せば向こうの問題は解決するわよ」
「こっちは問題山積みだけどね…」
 晴々とした笑顔を見せる令子に対して、美智恵はどこか疲れ切った表情だったと言う。
 陰陽寮の方も、破魔札の売り上げが元に戻ればいつまでも蔵人にGSを続けさせようとはしないだろう。これで自称天才GS蔵人醍醐に関するトラブルは終結するはずだ。


「あ、番組終っちゃったみたいですね」
 会話をしている内に番組は終ってしまったらしく、画面には次回予告が映っている。来週は新鋭のGSを紹介するようだ。
 そして、令子は画面に映る人物を見て表情を強張らせる。

「正義の使者、ダテブラック!」
「正義の使者、ジャスティスホワイト!」

 言うまでもなく例の二人だ。

「「二人はッ…!!」」

 令子は無言でチャンネルを変えた。誰も咎めはしなかった。



つづく





あとがき
 少々長くなりましたが、これにて「帰ってきたどっちの除霊ショー」は完結となります。難産でした。
 何が難しいかと言うと、それは蔵人醍醐です。
 この男どうしようもなく馬鹿で無能なのに、何故かやけに評判が良いという不思議なキャラだったりします。そのため、下手に嫌われ者にする事もできないと言う、実に取り扱いの難しいキャラでした。
 蔵人醍醐のお約束であるタコ殴りができなかった事が心残り…かな?

 なお、破魔札に関する設定は「黒い手」シリーズ独自の物です。原作全部読み返してもこんな設定はありませんのでご了承下さい。

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