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小鳥は哀しく唄う 5


 ハニワ兵達による過去暴露大会は佳境に入っていた。
 メインであるサングラスを掛けたハニワ兵の番が来たのだ。
 他のハニワ兵達の中身が一般人なのに対して彼は遠い海の向こうの国のマフィア、他のハニワ兵には彼はまるで映画の世界の住人の様に見える。
「ぽー!」
 どこから持ち出したかは分からないマイクを手にスポットライトを浴びるサングラスを掛けたハニワ兵。照明係は元野球少年のハニワ兵だ。
 そして大袈裟な身振りで話し出す。
 彼が命を落とす原因となった最後の仕事、敵対組織のボスの娘を誘拐、暗殺すると言う仕事を。そして、悲しい目をした黒髪の女暗殺者の話を。

 生前の彼は常ににやけた笑顔を貼り付けたような顔をしていた。そのせいで真剣なのにふざけていると言われた事が何度もあった。
 ほとんど癖の様な物だったのだが、今にして思えばそのせいで命を落としたと言えなくもないと思う。

 その仕事を与えられた時、黒髪の女暗殺者を紹介された。
 腰まで伸ばした流れるような黒髪に色白の肌。背丈は彼と比べて頭二つ分ほど低く、まるで子供のようだった。
 東洋系の顔立ちで幼さの残る風貌、実際若かったのかも知れない。東洋人の年齢はわかりにくい。
 ただ、どこか悲しそうな瞳だけが妙に気になった。

 彼がにやけた顔で近付いて少女を誘拐し、女が殺す。
 そう言う手筈だった。実際、相手に警戒心を抱かせないように近付くのは彼の十八番、事実誘拐するまではうまく行った。
 しかし…。


 一方、横島を殿に残して撤退したテレサ達。置き去りにしたとも言うが、そんな事を気にしている余裕は無い。
 そのまま、のどかな農村風景を横切り役場に駆け込むが、直後役場は空前絶後のパニック状態になってしまった。

「ああ、ハーピー達も一緒だったわね」
 タマモがポツリと呟く。
 両腕が翼のハーピーを筆頭に、角の生えたグーラー、巨大なヒヨコのガルーダ達。テレサの外見は人間と変わらないが、現在は片腕が無い状態である。一般人相手にこれで驚くなと言う方が無体な話だ。

「須狩、ここはあんたの出番よ。あんたの社会的立場で、こいつら黙らせて!」
「…どこでそんな権力の使い方覚えてくるのよ、あんたは」
 そう言いつつも、役場の者達に事情を説明しに行く須狩。
 暴走したデミアンが村までやってくればどれだけの被害が出るか、考えるのも恐ろしい。その前に何としても態勢を整えなければならないのだ。

「一体、どういう状況なんですか?」
 役場の職員の中で、いち早く落ち着きを取り戻したのは依頼に来た少し小太りの男だった。先程の騒ぎで汗をかいてしまったのか、タオルで汗をぬぐいながら、状況の説明を求めてくる。
 タマモに一任されていた須狩だったが、インドア派の研究者である彼女にはこれからどうすればいいのかまったく見当がつかない。時間が惜しいと言う事もあって、彼女はすぐさまタマモを呼んでバトンタッチした。
「調査の結果から言うけど、怪鳥は危険じゃなかったわ。この地を去るって事で話進んでるから、その問題は解決するはずよ」
「そ、そうですか。それじゃ皆さんは、どうしてそんなに慌てて?」
「…別口の怪物がいたのよ。最近、ここら辺で行方不明になった猟師っていない? 外見は―――」
 そう言ってタマモはデミアンが被っていた皮の外見的特徴を伝えてみるが、職員全員に訊ねてみても誰も知らないとの事。
 どこか別の場所で襲った人間なのかしらとタマモは一瞬考え込むが、すぐさま今はそれを追及している場合ではない事に気付いて思考を切り替えた。

「ところで、横島さんは…?」
「大丈夫。殺しても死なないから多分無事よ、きっと」
 根拠の有無は分からないが、ハッキリと断言するタマモ。
 その信頼に応えたのか、横島が息も絶え絶えに、それでも無事な姿で役場まで戻ってきたのは、それから三十分程過ぎた後だった。

「人を見捨てて行くな!」
「やぁね、横島の事信じてたからこそよ♪」

 信頼関係があるのかどうか、微妙な光景である。


「ぽぽ、ぽー」
 サングラスを掛けたハニワ兵、陽気な彼にしては珍しくしんみりとしている。
 実は、誘拐中に何度か女を見捨てる機会はあった。と言うより、そうなるように仕向けられていた。
 誘拐と違って、暗殺の方は絶対必要と言う訳ではない。彼のボスの元に少女を届ければ後はどうとでもなったのだから。
 いざと言う時はスケープゴート。彼は聞かされていなかったが、おそらく仕事が終わった後は女も始末されるはずだったのだろう。もしかしたら、自分もそうだったのかも知れない。
 その事は察しがついていた。しかし、何故か彼は女が危機に陥る度に、彼女を助けてしまったのだ。
 何故助けてしまったのかは自分でもわからない。あの悲しそうな目が気になってしまっていたのかも知れない。

 て言うか、助けてやった恩を仇で返しやがって、この寸胴がっ! と今は思う。
 女は背丈の割りに出るところは出たスタイルだったのだが、それはそれだ。

「ぽー」
 結婚詐欺師だったハニワ兵がスナック菓子を手に続きを促す。少し物思いに耽ってしまっていたようだ。
 サングラスを掛けたハニワ兵は、ずれ落ちかけたサングラスを直した。


 暢気なハニワ兵達とは対照的に難しい顔を突き合わせている横島達。
 横島除霊事務所の所長は横島だが、何か考える時中心となるのはタマモだ。
「まぁ、現実問題として、デミアンはどうにかしないといけないわね」
「コスモプロセッサに復活させてもらった者同士、色々と考えさせられるわねぇ」
「あたいは復活した訳じゃないけど、気持ちはわかるじゃん」
 言葉の上では同情しているテレサとハーピーだったが、その表情は悪い物を見た時のそれである。顔が青い。
 それを見て横島は、美神さんも同じような感慨を抱くのだろうかと考えていた。実は彼女もコスモプロセッサに粉々になった魂を復活させてもらった過去がある。
「横島、アイツと実際に戦ってみてどうだった?」
「う〜ん…肉の槍とか飛んでこないだけマシなんだろうけど、攻撃が効かない事に関しては前以上だったぞ」
 そう言って横島は考え込む。
 対抗策を練っているのだろうが、これと言って良い考えが浮かばないらしい。
「アイツの身体、削っても削ってもキリが無いんだよなぁ」
「普通に殴っても埒が開かないわね」
 そう言ってテレサは、肘から先がなくなった右腕を見せる。
「じ、自衛隊を呼びましょうか?」
「…多分、あの森が焼け野原になると思いますよ、それ」
 そう言って、熱い茶を啜る横島。
 彼が今考えている最後の手段は、精霊石弾頭ミサイルにより、デミアンの居る一帯を焦土にする事だ。
 相手の耐久力関係無しに、全てを焼き尽くす。正直あの状態のデミアンを相手に、それ以外の手段が思い付かない。
 横島が知らない事だが、日本で精霊石弾頭ミサイルを所持しているのはオカルトGメンであり、自衛隊には無い。もしかしたら令子辺りが密かに隠し持っているかも知れないが。
「ぐっ、足止めする方法も思い付かん!」
 そうなのだ。今のデミアンはほとんど転がるように移動しているため、その速度は意外に速い。
 ミサイルを撃ちこむにも、まず動きを止めなければならない。そうしなければ周囲への被害が大きくなってしまう。
「と言う訳で、タマモ!」
「…私はあんたの知恵袋じゃないんだけど」
 タマモは据わった目で面倒臭そうに頭をかきつつ、それでも彼女の脳細胞は事態を収束すべく迅速に計算を始めた。

 まず、デミアンは完全に殲滅する。これは絶対だ。
 エネルギーを求めて、全ての生命体に無差別に襲い掛かる彼を捨て置く訳にはいかない。
 問題となるのは、本体に攻撃をしなければダメージが無いと言う特性と、削ってもすぐに元通りになる半分液化した擬体だ。
 これについては霊的な力、それもかなり大きな力で殲滅するしか無い。デミアンの体内でランダムに動き回る本体を捕らえるのはほぼ不可能なのだから。
 一番の問題は転がって動き回る事にある。そもそも、殲滅するにも瞬く間に一気に消し飛ばせる訳ではないのだ。
 やはり、あの身体を殲滅し終わるまで、デミアンは動かないと言うのが好ましい。

「完全に殲滅するのに、文珠どれだけ必要になるのかしら…横島、幾つ残ってる?」
 そう言ってタマモは横島に視線を向けるが、対する横島は引きつった笑みで何も無い手の平を見せる。
「あ、あんた、まさか…! 使い切っちゃったの!?」
「堪忍や―! 仕方なかったんやーっ!!」
「仕方なくない! あんたなんか、丸焼きよーっ!!
「ああ! せめて焼き加減はレアにしてっ!!」
 なんと横島はデミアンから逃げ切るために、手持ちの文珠を使い切ってしまっていた。

「と言う訳で、文珠以外の手を考えるわよ」
 消し炭となった横島を背に、タマモは腰に手を当てて宣言する。
「あいつは普通の攻撃が効かないのよね?」
「そのはずじゃん」
「は? 効くわよ」
「「え?」」
 テレサとハーピーの会話に、呆れた顔のタマモの声が割り込んだ。
「え、でも…」
「そもそもテレサ、あんたはあいつに何したのよ?」
「………あ」
 そうだ。テレサはデミアンの胸板にロケットアームを食らわせたのだ。
 あれはダメージこそなかったが、確かに胸板を貫いていた。
 削る事はできるのだ、あの擬体は。削ってもダメージは無いし、すぐに再生してしまうが。
「でも、ダメージが無い事には変わらないじゃない。どうしようって言うのよ?」
 須狩の言葉に、タマモはニヤリと笑って背後の消し炭、横島を指差し―――

「ま・る・や・き♪」

―――輝かんばかりの笑顔であった。


 タマモの作戦は実に単純だ。無くなるまで焼き尽くす。
 凍らせる事も考えたが、それよりも火を付けた方が、コンスタントにダメージを与えられるだろうと言うのがタマモの考えだ。何より、妖狐であるタマモは火の扱いに自信がある。
「そうは言うが、火が付いたまま転げ回ったらどうするんだ。さっきも言ったがダメージは無いんだぞ」
 横島が復活して会話に参加する。彼にはダメージがあるはずなのだが、それが疑わしくなる光景だ。実はデミアンと同類なのだろうかと疑問に思ったタマモだったが、彼が半魔族である事を知っているため、洒落にならないと考えるのを止めた。
「ズバリ、落とす!」
 気を取り直して、そう言ってビッと親指を下に向けるタマモ。その行儀の悪い仕草に横島はハニワ子に代わって彼女の後頭部にハリセンを食らわせる。
 しかし、タマモの言葉はやはり正論だった。
 デミアンは意外と早く転がる。しかし、逆に言えば転がらなければ遅いのだ。最早足と呼べる部位の存在しないデミアンは転がる以外は這いずるしかないのだから。
 タマモの言う通り穴に落としてしまえば、自重により穴から出る事はできなくなるだろう。
「相当深く穴開けないといけないんじゃないか?」
「グーラー、この辺りに奴を落とせる穴無い?」
「う〜ん、心当たりないねぇ」
 地元の人間にも聞いてみたが、やはりそんな穴は無いらしい。
 レジャー施設を作ろうとしてたのだから、工事中の現場に穴を掘ってないかとも思ったが、工事が始まってすぐに怪鳥騒ぎが起きて中断されてしまったため、作業はほとんど進んでいなかった。
「横島、速攻で文珠を出しなさい!」
「無茶言うなや、速成しようとすれば爆発するぞ」
「爆発…」
 少し考えたタマモは、にこやかな笑顔で横島の肩をポンと叩く。

「ダイナマイトは確保したわ。これで穴を掘るわよ」
「待てい」

 主従関係においては、横島の方が上司のはず。爆心地に上司を置こうとは、なかなかに豪気な狐だ。

「それじゃ、どうしようって言うのよ。ハッキリ言うけど、奴は今もガルーダを追ってこっちに向かってるんだから」
 しかし、タマモは悪びれない。不思議な物を見るかの様に見詰めている。逆に横島が物分りの悪い事を喚いていると言わんばかりだ。
 一緒に暮らし始めた当時はしおらしい素振りも時折見せていたのだが、だんだん遠慮がなくなってきている。横島は色々と突っ込んでやりたかったが、言っている事が事実なだけに頭を抱えて悩んだ。
 確かに時間が無いのだ。デミアンがこちらに辿り着くまでに準備を整えなければならない。

 横島自身、霊力は残っている。
 一瞬、ヨコシマンバーニングファイヤメガクラッシュでも使おうかと思ったが、あれは使用した後戦闘不能状態に陥ってしまう。そうすると、デミアンとの戦いをタマモ達に任せる事になってしまうので実行する訳にはいかない。
「…あ」
 タマモが何か思いついてくれるだろうと彼女の横顔を何気なしに眺めていた横島だったが、彼女に関するある事を思い出した。
「タマモ! 良い方法があるぞ!」
 自信に満ちた顔で手を上げる横島に対し、タマモは実に疑わしそうな視線で応えた。


「ぽ、ぽー!」
 周りのハニワ兵達が疑わしい目付きで自分を見ている事に気付いたサングラスを掛けたハニワ兵は怒った表情を見せる。
 どうしても普段の彼と、話の中の女暗殺者を助ける彼が一致しないのだ。無理も無い。
「ぽぽぽー!」
 これから良い所なんだから黙って聞いておけと、サングラスを掛けたハニワ兵は皆を黙らせる。
 彼の話は誘拐が成功した後、彼が殺される場面に差し掛かっていた。

 彼にとってはバランスの悪い天秤を持たされたような物だ。
 その両側に乗せられているのは女暗殺者の命と誘拐した少女の命。女を見捨てれば少女は殺さずにボスの下に届ければ済んだ。逆に言えば、女が生きていると任務を遂行するために少女を殺さねばならない。
 どちらも見捨てる事ができれば逃げ出せたかも知れない。もう少し長生きできたのだろう。

 少女を誘拐し、郊外まで逃げて、いざ少女を殺そうとした時にそれは起こった。
 女が少女の前に立った時、サングラスを掛けたハニワ兵が少女の前に立ち塞がったのだ。
 馬鹿な事をしたと思う、少女を助けたい一心で考える前に身体が動いてしまった。後悔していない、と断言できるかは微妙な所だ。
 何故かと言うと…実は女はその時、子供を連れて逃げようとしていたのだ。
 逃げようとした瞬間、自分と少女の間に割って入る男。彼女の目には逃亡を阻止しようとした風に見えた事だろう。
 そして、お互い誤解したまま二人の戦いが始まってしまった。

 戦いは一瞬だった。誤解を解く時間も無い。
 数秒後、男の胸にナイフが突き立てられ、女の腹にフルオートで連射された弾丸が撃ち込まれた。
 男は意識こそ残っていたものの、もう指一本動かす事もできなかった。
 そんな彼が死の間際に見たのは、口元から血を流しながらも笑顔を見せ、少女を抱き上げる女の姿だった。
 その時、男は誤解があった事に気付いた。しかし最早後の祭りだ、女の方も長くは無いだろう。
 女が事前に通報してたのだろうか、近付いて来るサイレンをBGMに、男の意識は闇に沈んでいった。


 デミアンの進行ルートを踏まえて、迎撃するならここだと選んだ郊外の空き地に移動した横島達。
 横島は自信たっぷりだが、この男根拠がなくてもこういう状態の時がある。それを知っているだけにタマモとテレサは疑わしげな視線を向けていた。
「アレで、本当に大丈夫なんでしょうね…」
「大丈夫だ! 多分!」
「嘘でもいいから断言してよ」
 やけに自信満々な横島に対して、右腕をブラブラとさせているテレサがつっこむ。
「本当に、あんなので穴が掘れるんでしょうね」
 須狩が指差す先の地面の上には、横島のサイキックソーサーが無造作に置かれている。
 サイキックソーサーそのものに攻撃力は無い。しかし、ある方法を使えばその限りでは無い。
「それじゃ行くぞ! 何気に初、百パーセントソーサー同士の≪サイキック猫だまし・改≫ッ!!」
 そう叫び、遠隔操作したもう一つのサイキックソーサーを空高くから地面に置かれたそれに向けて急降下させる。

 攻撃を防ぎ続けて力を失いかけた両手のサイキックソーサー同士を叩きつけて煙幕を発生させる≪サイキック猫だまし・改≫。
 この技は、ソーサーが力を失う前に行うと、爆発によりソーサーを持つ両手にダメージを受けると言う欠点も持っている。
 では、出したばかりのサイキックソーサー同士を激突させたらどうなるのか。それが横島の考えついた事だったのだ。

 その考えは見事的中した。
 むしろ強すぎる爆発を起こし土煙が晴れると、そこには大きな穴が口を開いている。
「…まだ浅いし、小さいわね。横島、まだいける?」
「サイキックソーサーは最初に覚えただけあって使う霊力は少ないからな、じゃんじゃん行くぞ!」
 そう言って横島は再び両手にサイキックソーサーを生み出す。
 何度か須狩が指す箇所に片方のサイキックソーサーを置いて≪サイキック猫だまし・改≫を繰り返すと、やがてデミアンを落として余りある大きな窪地が完成。更にタマモは役所の者達に集めてもらった灯油を穴の底に流し込むと言う念の入れようを見せた。

 そして、待つことしばし。横島達の目の前で森の木が豪快な音と共に倒れていく。
 先程まで居た依頼者も既に避難させているので、この場にいるのは横島、タマモ、テレサ、須狩。そして少し離れた所にデミアンを誘き出すための囮であるガルーダの雛達とグーラーが隠れている。単純に力だけで言えばガルーダの雛達はタマモよりも強いのだが、如何せん攻撃方法が体当たりしかないため、触れる物全てを取り込むデミアンとは相性が悪過ぎると、戦線から外されたのだ。
「さ、横島」
「わかってる」
 そう言って、タマモ達の元から離れて横に回り込む横島。サイキックソーサーを両手に構えてデミアンを穴に押し込むためだ。
 今のデミアン相手には身を隠す必要もない。待ち構え、森から飛び出したところを見計らって飛び掛る。
「お、重い…ッ!?」
 しかし、如何せん大きさが違い過ぎた。
 自分に力が掛かっている事に気付いたデミアンは変形して穴の縁に踏み止まる、踏む足は無いが。
「こ、こいつ…動かんぞッ! 誰か手伝ってくれ!」
「しょうがないわね…!」
 悪態をつきつつも、端を噛んで左手の手袋をキュっと填めなおしテレサが駆け寄る。テレサの手袋ならば霊力が込められているので、サイキックソーサーと同じ様にデミアンに触れる事ができる。
「こいつ、前よりデカくなってない!?」
 テレサが片手でデミアンを押し込もうとしながら悲鳴を上げる。
 よく見ると、半透明のデミアンの擬体の中に薙ぎ倒された木や、獣の死骸が浮いている。ここに来るまでに取り込んだのだろう。
「こんにゃろ! 私の腕も飲み込みやがったわねッ!!」
 その中に千切れた自分の右腕を見つけたテレサは思わず怒声を上げた。

「あーっ、あとちょっとなのに!」
 あと少しで窪地に転がり落ちるギリギリの所で耐えるデミアンの姿に、タマモは歯軋りする。
 預かっていた横島のバッグの中をごそごそと探り、中から取り出した物を、銃を構えた須狩に突きつけた。
「…何よ?」
「テレサの手袋の予備よ! あんたもこれでっ!」
 途端に吹き出す須狩。新開発の装備で武装しているとは言え非戦闘員、あまりにも無茶な話だ。
「で、できるわけないでしょ!」
「押しに行けとは言ってない!」
 そう言いつつタマモが指差す先はデミアン、ではなくその足元、穴の縁。
「自慢じゃないけど、私はノーコンなのよ」
「…任せなさい」
 足元の手頃な石を二枚重ねの手袋に詰めつつ、須狩はニヤリと不敵に笑った。
 破魔札と同じ要領で霊力が込められているだけあって、使い方によってはそれと同じ様に使えるのだ。流石に専門なだけあって須狩は一目で気付いた。横島だったらこうスムーズには行かなかっただろう。

「もー、もたん!」
「寝ぼすけ狐、何とかするなら早くなさい!」
 横島は顔を真っ赤にし、テレサの手は手袋に込められた霊力が尽きかけているのか、徐々に擬体にめり込んでいっている。
 対するタマモは「助けるのやめてやろうかしら」とぼやきつつも、デミアンが落ちると同時にかけてやろうとグーラーと一緒にガソリンの入ったタンクを構えている。
「頼むわよ、名投手!」
「フッ、これでも学生時代は野球部だったのよ!」
 マネージャーだった事は秘密だ。
 しかし門前の小僧と言うべきか、マウンド上のピッチャーのごとく構える姿はなかなか様になっており、須狩はそのままデミアンの足元に狙いを定め、大きく振りかぶって…投げた。
「いっけえぇぇぇッ!」
 狙い通りとは言わないが、十分許容範囲の所に手袋は命中。小さな爆発を起こしてデミアンの足元を崩す。
 それによりデミアンはバランスを崩し穴に転がり落ち、身を崩すようにつぶれる。そのチャンスを逃さずタマモは号令一下、グーラー、須狩との三人がかりでガソリンを穴の中に撒き散らし、続いて渾身の力を込めて狐火を放った。

「丸焼きよォーーーッ!!」

 ガソリンを撒いただけあって勢いよく燃え上がった。
 デミアンは穴を這い上がろうとするが、あまりにも自重が重過ぎるためかうまく行かず、その度に横島達に落とされる。
 やがて、動きが小さくなり体積も小さくなって行く。ガソリンと妖気により燃え盛る炎は、そのまま擬体の中に潜んだ本体すらも焼き尽くしてしまった。魔族デミアンの最後だ。
 その姿は人間界に取り残されたハーピーや、適応しきれていないガルーダ達には他人事ではない。グーラーも我が子達の事だけに複雑、なのだが―――

「ふぁいやぁーーーっ♪」

―――穴の縁で高揚したタマモが、実に楽しそうに高笑いをあげているため、どこか間の抜けた光景だった。

「あー、おもしろかった♪」
 存分に火遊びをして満足したのだろう。やけに艶々とした顔をしたタマモが、どこか疲れた顔をしている横島達の下に戻ってきた。
 ハーピーは対照的に沈み込んだ顔をしている。
「…なぁ、あたい魔界に帰れるじゃん?」
「横島、本当に何とかなるんでしょうね?」
 テレサもどこか訝しげだ。しかし、ここは横島に頼るしかないため、縋るような目付きで彼を見ていた。横島の方は小竜姫と言う頼れる相手がいるため平然としていたが。
「ダーリン、あの、私達も魔界に連れて行ってもらえるかな?」
「それは問題ないと思うが、ガルーダ達はともかくお前は無理なんじゃないか?」
 元々魔界に生きる種族のガルーダと違い、グーラーは人間界の精霊の眷属。魔界の瘴気に触れれば力が消耗していく。
「でも、この子達を放っておくわけにはいかないし…大丈夫、適応できない訳じゃないから」
 そう言って力なく微笑むグーラー。危険だが、親として放っておけないと言う事だろう。
「だいじょーぶだっ! 俺に任せておけ!」
「自信満々なのはいいけど、どうするつもりなのよ?」
 技術者としてゲートを開くのがいかに困難であるかを知る須狩は、変に自信満々な横島を嗜めるが、彼は怯まない。「ちゃんと、小竜姫様に頼んでやるっ!!」
「他力本願かい」
 テレサが残った左手でつっこんだ。


 依頼者達にハーピーの事情を、魔界の事は伏せて故郷に帰ると説明すると、地元の名物をおみやげに貰っていた。
 人に危害を加えていなかった事もあるだろうが、その境遇に同情されたのだろう。
 その後、ハーピー達を妙神山へ連れて行き、小竜姫に事情を説明すると、すぐさまパピリオを通じて魔界に連絡を入れてゲートの使用許可を取ってくれた。
 グーラーが魔界に行く事に関しては眉を顰めたが、ガルーダ達との関係を知ると嘆息して彼女が魔界に行く事を認めた。説得しても無駄だと悟り、諦めたとも言う。

「ゲートの出口には、ルシオラちゃん達が迎えに来てるはずだから安心するでちゅよ」
「すまないねぇ、何から何まで」
「私が言うのも何だけど、元気でね」
 関係者と言う事で須狩も妙神山まで見送りに来ている。何気にオカルトGメン日本支部初の妙神山入山者だったりする。美智恵は過去に来た事があるかも知れないが、当時の彼女は民間GSだったので例外だ。
 明日の仕事は休む事になるだろう。美智恵に怒られるかも知れない。

「お前等、元気に育てよっ!」
「「「「「ぴよー!」」」」」
 横島の胸にこぞってタックルを食らわせるガルーダ達。感動の別れのシーンだ、多分。
 十秒も経たない内に横島は毛玉に埋もれてしまった。
「むむ、やるでちゅね」
 パピリオが密かにライバル意識を燃やしていたのは秘密だ。

 そして、テレサ、タマモ、ハーピーの三人。テレサは無くなった右腕を外套を羽織って隠している。
 タマモは疲れたのか子狐姿でテレサの頭の上に乗っていた。何だかんだと言って持久力が無い。
「世話になったじゃん」
「ま、他人事とは思えなかったからね」
 コスモプロセッサに振り回された同士と言う事か、二人がどこかシンパシーを感じていたのは事実だ。二人は笑顔で握手を交わしている。
 テレサの頭上のタマモは「不幸な奴同士、通じる物があるのかしら」と、どこか哀れんだ瞳で二人を見ていた。それが真実なのかも知れない。

「ゲートが開きました。飛び込んで下さい!」
 小竜姫の声に合わせてハーピーがまず飛び込む。続いてガルーダ達が次々に飛び込んで行き、最後にグーラーがゲートの前で立ち止まり、名残惜しそうに横島の方を一瞥してから、ゲートに飛び込んでいった。

 横島のこの行動は神魔族の間で注目され、コスモプロセッサにより強制的に人間界に召喚され、取り残された魔族達の事が問題となるのだが、それはまた別の話である。
「よーしっ、これで怪鳥騒ぎは解決だな!」
「妙神山までの交通費が痛いわねぇ、ただでさえ安く請け負ってるんだから」
 特に、こんな話題で盛り上がる彼等には何の関係も無い話だった。





 それから数日後、サングラスを掛けたハニワ兵がいつも通り木陰で庭掃除をさぼっていると、元野球少年のハニワ兵が彼の所にやって来た。
 過去暴露大会以降、サングラスを掛けたハニワ兵の話が本当なのかどうかがハニワ兵の間で話題になったのだが、普段の彼の行動から考える限り女暗殺者を助けるヒーローの様な活躍をするわけが無いと言うのが大半の意見だった。
 しかし、中には彼の話を信じる者も存在し、元野球少年のハニワ兵もそんな一人だ。

 彼はしばらく迷っていたようだが、やがて決心して切り出す。
 サングラスを掛けたハニワ兵の話を信じる者達が一番気になっていた事、すなわち「件の女暗殺者がその後どうなったか」を問うて来たのだ。

 その問いに対してサングラスを掛けたハニワ兵は「攫った少女は無事保護されたはず、女は…まぁ、幸せなんだろう」とだけ答えて明言を避けた。
 元野球少年が更に食い下がると、彼はニヒルに笑い、ぽーと付け加える。


 出来の悪い娘に苦労してる、ざまーみろ。


 楽しそうに煙を吹かす彼の視線の先には―――

「ぽぽぽー!」
「ちょっ、ハニワ子勘弁!」

―――逃げるテレサを追い掛け回す、箒を手にしたハニワ子さんの姿があった。



丸焼け


 あとがき

 まるやきー。

 と言う訳で、これにて魔族デミアンは退場です。
 生き延びて、アメーバ状になった肉片が蠢いて…とも考えましたが、流石にやめました。

 魔界へと渡ったハーピー、グーラー、ガルーダの雛達に関しては次の『黒い手』シリーズ外伝、ぷちルシ魔界編『ぷちルシちゃんの魔界的ぴふぉあふたぁ』をお待ちください。

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